無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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「ルルーシュ様、朝でございます」

「ああ、起きてるよ――入れ」

 

咲世子が入ると、主、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアはいつもと変わらぬ朗らかな笑みを浮かべ、ベッドの上で待っていた。

 

「おはようございます」

「ああ、おはよう」

 

渡された服に、自分で着替えてゆく。多少の不便はあってもルルーシュにとってはこれが普通、当たり前にできることだ。ただし、これが人間としてごくありふれた光景でも、皇族として奇妙なことであるのは否定できない。

 

「お加減はいかがでしょう?」

「平気だよ。結局あれで怪我一つしなかったんだから、運に感謝だな」

「無茶はもうやめてくださいね。ご自分をもっと大事になさってくださいませ」

「わかっているさ」

 

身体が持ち上げられた。車椅子に乗せられ、礼を言う。これがいつもの朝だった。

はじめこそ――もう何年も前のことだ――一人で全部やると言い張っていたが、動かぬ足を抱えて一人で車椅子に乗り降りするのはなかなか労を要する。皇族なのだから、自分がいるのだから、と押し切られ結局咲世子に任せることになっていた。

だがそれでも、支度は出来る限り自分でやると決めている。

簡単に今日のスケジュールを確認する。いつものルーチンだ。淡々と受け答えを進めていた咲世子は、だが、最後にやや戸惑いがちに言った。

 

「私のお部屋に匿っている方は――」

「後で話をしたい。顔は隠したままで、アリエスに送り届けられるか?」

「了解致しました」

 

――昨晩は、眠るまでには時間がかかった。

深夜の騒ぎは、ルルーシュが大事にするなと言って憚らなかったせいでそこまで大きくはならなかった。

が、事件は事件。第5皇子は捕らえられ、沙汰待ちだ。ルルーシュは今日の仕事を終えてから、夜、捜査に協力することになっている。

幸運に恵まれましたななどと言われたが、半分正解で半分間違いだ。昨晩は、一人の男が確かに死んでいる。

 

自分と同じ姿をした男――L.Lが。

 

 

「ルルーシュ様。隣のお部屋に何者かが……」

あとで聞いたことだが、衛兵たちが事の重大さにさらに上のものを呼び出している間、彼女は不審そうに、L.Lにこう囁いたらしい。

流石は篠崎咲世子。彼女だからこそ、自分の護衛を安心して任せられる。それでL.L.はこちらへやってきて、咲世子を部屋へ引き入れた。沈黙が落ちる。ルルーシュは少し考えて、シーツを剥いで再びベッドに起き上がった。

目を合わせると、彼女が息を呑む気配がした。

 

「咲世子、それは私の影だ」

「……影、ですか?」

咲世子は目を丸くしてL.L.を見る。驚愕の眼差しを向けられる男は、目だけでいいのかと確認を寄越し、ルルーシュは頷いた。そうして次の瞬間、L.L.は嘘のようにあっさり立ち上がった。

「先日見つけて、交渉中なのだ。密会の途中だったのだがな。意図せずして、本当に演じてもらうことになってしまった」

咲世子は納得したようにルルーシュとL.L.を交互に見つめ、感嘆のため息を吐いた。

「すばらしい変装術ですね」

「いや、こいつはもとからこうだ」

ぎょっとする。あまり表情を動かさない咲世子にしては珍しいといえる顔。

「素顔なのですか?」

「ああ」

「まあ………」

ぽかんと口を開けるさまは、ますますレアな光景だった。

「……天然でここまで似ている方は、世界のどこを探してもいらっしゃらないでしょうね。まるでドッペルゲンガーです」

「だろう?」

ルルーシュは笑んだ。

「それで咲世子、悪いんだが、これを朝までお前の部屋に置いてほしい。私が影武者を使おうとしていることが知れるのは喜ばしくないからな。顔を隠せるもの……怪しくない程度に姿を曖昧にできるものが欲しい。すぐ用意できるか」

「もちろんです」

「助かる――頼んだぞ」

 

そうして咲世子が手早く持ってきた、彼女自身のものだというマントと侍女服にL.Lは着替えた。よりにもよってと思ったが、そうそう都合の良い話もないだろう。

細いからか見苦しくない。見苦しくないーーと言うより、まっさきに浮かんだ感情は、

 

(似合うな……)

 

化粧も何も無しに女装が似合う男というのを初めて見て、ルルーシュは人肌に温まっている己の服を着直しながら戦慄した。

姿かたちが同じなのだ。

それは、自分にも似合うということではないか。

恐ろしい考えを振り払い、気を取り直して口を開く。

 

「お前、いったいどこからやってきたんだ」

「異世界から。……と言ったら信じるか?これが真実だが」

「…………」

超常を目の前で見せられたのだ。嘘だなと、さっきのように鼻で笑うことはできない。だからと言って、そうだったのかと頷くことも簡単ではなかった。

答えず、「これからどうする」と次を問う。

 

「とりあえずシー……こちらの連れを探す。手がかりがないわけじゃないしな」

「さっき言っていた緑髪の女か?」

「ああ」

「…………それ、もっと楽にしてやろうか」

「は?」

「皇族の権限を使えるようにしてやろうか、と言っている」

 

L.L.はメイドのエプロンを後ろで結ぶ手をぴたりと止め、ルルーシュを凝視した。

 

「条件は?」

理解の速い男だ。頭の回転まで、等しく自分のようではないか。

「お前、俺の影武者をやれ」

先ほどの嘘を本当にしてしまおうというわけである。

L.L.はきょとんと眼を丸くし……その後でフンと笑った。実に高慢ちきな笑みだった。

 

「味をしめたか」

「悪いか?」

「いや。……いいだろう。結ぶぞ、その契約」

 

――正体不明の怪しい男に、何故そんなことを言ったのか。

一夜明けた今でも、不思議と後悔はない。

とにかく今日アリエスに帰ってから、詳しい話をすることになるはずだ。

ルルーシュは身支度を終え、待機していた咲世子を呼んだ。

 

 

 

 

ブリタニア宮の宰相棟にある大会議室はざわついていた。

時間になっていないからか、まだこの場のリーダーが顔を現していないからか、各々好きに話し合っている。揃った顔は一部の皇族と軍の上層部に、数人の大貴族。どうでもいい話をしているもの、水面下で駆け引きしながらにこやかに笑うもの、真剣な顔で真剣に国を案じているもの――様々である。

皇帝はこのような会議には出てこない。ルルーシュとしてもしょっちゅう会いたい相手ではないからそちらのほうが助かるが、このところ彼は、政治は他の者に任せきりであった。公の場に姿を現すこともめっきり減っている。

そろそろ退位した後のことをお考えになられているのでは、と専らの噂だ。それはつまり、今現在最も次代の皇帝と予想されている人物が、即位してうまくやっていけるかどうかの様子見期間ではないかということ。

 

部屋に大きく設けられた楕円形のテーブルに、一か所だけ椅子の用意されていない、ぽっかりと空いた空間がある。

自分の席だ。

ルルーシュがそこまで行き、車椅子のロックをかけている間も、自分を見てはひそりひそりと会話する声は聞こえていた。部屋に入ってからずっとである。いつものことで、慣れたものだった。

昨日あんなことがあったせいで余計にひどい。ナナリーに向かってこんなことをしているのを見れば一瞬で腸が煮えくり返るが、自分なら、相も変わらず好きものだなと思うくらいだ。

くだらないおしゃべり。

聞いておくべき価値のあることはほとんどない。よってどうでもいい。しかし今日はひときわ大きな声で話しているのが媚びを売って損ではない相手でもあったので、顔を上げ、偶然目が合いましたというふうに目を瞬き、とびきり優しく微笑んでおいた。この席に着くまでに通った道に居た者には(つまりは皇族である)挨拶をしていたが、彼らのところへは行っていない。

 

暫くして、お待ちかねの男が入ってくる。

第二皇子シュナイゼルだ。

第一皇子であるオデュッセウスが入室した時よりも、はるかに場の空気が引き締まる。帝国宰相。現在皇帝に一番近いとされる男。

優雅に現れた異母兄は側近のカノンを連れ見事なブロンドを揺らし、「遅れてすまないね」と朗らかに言った。

 

ルルーシュがこれに呼ばれるようになったのは一昨年のこと。

発言権は皇族であるからもちろん存分にあるが、あるだけで本当に自由にできるかというとそうでもない。分を弁えて行動しろという話だ。

好きにぽんぽん言葉を吐けば、いくらそれが有用な意見であろうとも、うるさいと思われることは必至。

何より皇帝であるシャルルが、ルルーシュが政ごとに口を出すことを一切良しとしないのだ。軍略は別としても、ブリタニアという国の重要な一手に関わることには手出しさせてもらえない。

公共事業――例えば自分と同じように、何かしらのハンデを持つ者が暮らしやすい国になるように配慮された街の整備とか――できるのはその程度だ。ニュースに取り上げられたとして、責任者の名前もろくに出ないような、出たとしても次のニュースにすぐ忘れられてしまうような、そんな仕事たち。そのあまりにあからさまな理不尽に、ルルーシュたちが日陰者、もしくは兵器のひとつとされる状況の最も大きな理由がある。

 

この場で最も力があるのは、第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアであった。宰相閣下であるのだから当たり前だ。

そしてルルーシュたちが皇帝に見捨てられながらも地位をなんとか保てているのは、シュナイゼルがルルーシュたちを擁護し支えようとしてくれているからでもある。よって、ルルーシュはこの食えない男に頭が上がらない。

10歳の頃に突きつけられた皇帝の言葉がずっと刺さったままであるこちらとしては突っぱねたい施しでも、そうもいかないのだ。こういった席でも「ルルーシュはどう思う?」と話を振られることが多く、そこできちんと発言できるか否かは、この面々を前には非常に重要なことだった。

 

とはいえ今日の面子を見れば、大きなことを決めるわけではないだろう。

まず始めにと切り出されたのは昨日の事件。沙汰が下りるのは1週間後ということで、それまで第五皇子の拘束は解かれないらしい。

大変だったねと微笑みかけられても、大多数に「そのまま死ねばよかったのに」と思われているのが間違いないこの場では心も休まらない。

次々変わってゆく話題に耳を傾けながらも、昨日突然現れた男について考えていた。

 

「さて、次にクロヴィスの任期終了の件だが」

――クロヴィス・ラ・ブリタニア。第三皇子だ。現在はエリア11の総督をしている。

ブリタニアにおいてエリアの総督というのは、通常の場合6年周期で交代の決まりを持つ。そのまま続行するのも良し、本国に帰るのも良し、だ。ひとつのエリアを自分の国のようにしている総督は少なくないためクロヴィスが交代を希望しない可能性もあったが、彼はそろそろ国に戻りたいらしい。

エリア11といえば7年前に制圧した、地下資源サクラダイトの保有エリアだ。経済的にとても重要な場所だが、未だにテロの絶えない地域でもある。そろそろそれについての話が回ってくるだろうなと思っていたルルーシュは驚きはしなかった。しかし、次の異母兄の言葉に目を丸くすることになる。

「私はルルーシュが良いと思うんだが、どうかな?」

「シュナイゼル殿下!?」

「ルルーシュ殿下を、ですか」

 

会議室がどっとざわめく。あちらこちらから視線が飛んできたが、ルルーシュは完全に虚を突かれ、それどころではなかった。

 

「…………兄上?」

「どうしたんだい、ルルーシュ。クロヴィスの希望でもあるよ。嫌かい?」

「……いえ。とても光栄です。是非とも任せて頂きたい。しかし、兄上、なぜ私に?」

 

狙っていなかったわけではない。しかしエリア11では、何かとっておきの作戦が必要で、また長期に渡って戦わなければいけないテロ事件も起きていないはずだ。他にも候補はたくさんいるし、廃嫡寸前と指を指される自分にお鉢を回したいと思う人間はそうそういないだろう。

そう、例えば、シュナイゼルのような人間を除けば。

 

「知っての通り、エリア11には未だにテロが多い。こちらが危うくなるほどのものではないのだけどね。しかし、叩いても叩いてもなかなか減らないから困るとクロヴィスが嘆いていたんだ。君の力を借りてみたいと言っていたから、それなら後任を任せてみたらどうかと私が勧めたのさ。陛下も了承してくださった。……できそうかい?」

「やってみせます」

はっきりと答えた。

ルルーシュをひとつのエリアに置くということは、今までのように便利屋のような扱いはできないということだ。それがあるから自分が推されることはないだろうと踏んでいた。今ここで自分にどこかのエリアを任せても、ブリタニアには大したメリットはない。

しかしルルーシュからすれば実力を発揮できるのと、息苦しいブリタニアから抜け出せるのとで、二重の意味でのまたとない好機だ。

クロヴィスは確かに目をかけてくれているが、そう来るとは。

もし自分がここにひとりであったなら、高笑いのひとつでもしていただろう。シュナイゼルが何も考えずにルルーシュを推したわけではないことくらいわかっている。どうせ裏では何か食えないことを考えているのだ。しかしそれを差し引いても、飛びつかない理由がない。いくつもパターンを思い浮かべてみても、ルルーシュとナナリーにデメリットがないのだ。

 

他の面々はルルーシュそっちのけで話を続けている。ここで総督として成功を収められては困る人間も多いはずだ。年々実力をつける自分をしつこく暗殺したがっている連中とか。

ルルーシュの頭脳は本国にあってほしいと望む声もあったのは、本心かはともかく嬉しい限りだ。自分がシュナイゼルに勝るとは言えずとも、引けをとらない自覚はある。

ルルーシュは黙って成り行きを見守っていた。

正直外野が何と言おうとも、宰相であるシュナイゼルがこう言っているなら決定だ。どうかな?などとしらじらしい態度をとっていても、それは最早父を通した決定事項なのだから。

あの男がルルーシュをどうでもいいと思っているのなら、極東の島国に放るのも頷ける。

けれどもここまで冷遇しておいて、いまさら総督の地位を与えることは不可思議ではある。奇妙とさえ言える。

 

「ルルーシュ、君に希望はあるかい?」

やがて話がまとまり、シュナイゼルが問うた。

間髪入れず頷く。これだけは譲れない。そしてシュナイゼルの中では、これも決定事項であろうことは想像がついた。ナナリーと引き離されて、ルルーシュが頷くはずないのだから。

地位の向上よりも何よりも、ルルーシュにとっては彼女を傍で守ることがすべての前提条件であるのだから。

 

「私の妹であるナナリー皇女を、直属部下もしくは副総督にして頂きたい」

 

異母兄は、予想に違わず頷いた。

 

 

「ルルーシュ」

ぞろぞろと出て行く貴族たちに続こうとすれば、シュナイゼルに引き止められた。

車椅子をくるりと方向転換させる。

「なんでしょう、兄上」

「昨日は大変だったね」

「ええ。兄上の沙汰、ひどいものにならなければよいのですが……」

嘘だ。正直死刑にしてほしい。今度何かされたらたまったものじゃない。ルルーシュで失敗したからと、ナナリーに牙が向かうかもしれないのだ。

シュナイゼルはやや申し訳なさそう(に見えるだけ)な顔を作った。

 

「私のせいかもしれないね」

「……と、言うと?」

「クロヴィスとルル―シュの話をしていた時、あの子もあそこにいてね。君を総督にしたくなかったんだろう」

 

(……なるほど)

 

ようやく合点が行く。確かに突然の凶行だとは思っていた。

昨日のうちに死んでいれば、総督になれるはずもない。そんなニュースも知らずにあの世行きだった。

シュナイゼルがどこまで第五皇子の行動を読んでいたのかーー。考えたって疲れるだけな問題に、ルルーシュは早々に見切りをつけた。

極上に甘やかな、それでいて自信に満ちた凄みのある笑みを浮かべる。

 

「兄上の期待にお応えできるよう、尽力致します」

 

 

ナナリーには、帰ってきてからのサプライズにしてやろうかな。

そう思って携帯を懐に直した。決定事項とはいえど、正式な拝命はまだである。未発表の事柄が漏れまくるのはどこでも同じだが、さすがにシュナイゼル自身が選んだメンバーでの会議でそれをやる人間はいなかった。あの男のことだ、漏らした人間を特定するくらいわけない。

 

クロヴィスの任期終了は二か月後。無論それ以前からエリア入りしてもダメなわけではない。クロヴィスのことだ、少し早くに来いと言うのは容易に予想がつく。

二か月以内にの予定は入っていない。細かな事柄をひとつひとつ処理しながら、昨日当然現れた男、L.Lをどのタイミングでどのように使うか、ルルーシュは考えた。これは実際本人と話し合うのが良いだろう。連れの女を探す手立ても見つけなければならない。

「……そういえば、エリア11――日本といったか。咲世子の国だったな」

ルルーシュはアリエスへの道すがら、車椅子を押す執事に話しかけた。

電動車椅子だ。自分で押すと言っているのに、喜々としてやらせてくださいと言われては断りづらい。実際咲世子の押し方はとても丁寧なので嫌ではないが。

ルルーシュがなんでも一人でやりたがるので、従者としては物足りないのかもしれない。ジェレミアなんかはその筆頭であり、もっと使ってください!としつこいくらいに言われる。既に最大限に使わせてもらっているというのに。

「はい、そうでございます」

「昔、似たようなことを聞いたが……もう一度聞かせてくれ。日本人のお前が、アッシュフォードに雇われたのは何故だ?」

「アッシュフォードには戦時中に大きな御恩がありましたので。ですがそのおかげで、ルルーシュ様とナナリー様に仕えることが出来ました」

咲世子は滑らかに答えた。事前に用意されていたのがわかる言葉選びだ。

篠崎咲世子。もう6年ほどの付き合いだ。

マリアンヌの後見であったアッシュフォード家はテロを阻止できなかったことやナイトメア開発競争において帝国との価値観の相違、続けての事業の失敗などにより、現在は伯爵位を剥奪されている。それにより、ルル―シュたちは見事なまでに後ろ盾を無くした。現在はお互い助け合う形をとっているが、それだって言い方を変えれば利用しあっているだけだ。

彼女はアッシュフォードの代表であるルーベンの屋敷のメイドとして雇われたが、優秀さを買われてブリタニアに送られたのだ。

尋ねたことはない。けれどおそらく、祖国を離れることは彼女の本意ではなかっただろう。自分から国を奪ったブリタニアの、まして皇族に使えるなど。

当時の彼女の心中を思うと胸が痛んだ。

同時に自分自身の持つ消えぬ憎しみも、腹の底で疼く。

 

始めこそルルーシュもただのメイドとしてアリエスに住まわせていたのが、いつからかこのような形に変わっていった。それほどまでに当時のアリエスには人手がなく、皇帝に見放された立場というのは危うかった。明日にも皇位継承権を剥奪されるかと噂されていたものだ。もちろん今だってその可能性は消えていない。こんなふうに捨て置いておきながら、地位や権限は奪われなかったことはいっそ不自然と言っても良かった。それとも、すっかり忘れられているということか。

 

「今の日本は、日本人から見てどう思う?」

「……かつての姿はもうありません。日本人ははっきりと差別され、イレブンは人とも思えぬ扱いを受けております」

「そうか」

 

咲世子はずれた回答をした。しかしそれで十分だ。これ以上は皇帝への批判であるとわかっていたから言葉を濁したのであろう。彼女が今口にしたことは、ブリタニアでは当たり前の、国是に過ぎない。

 

それが気に入らない。

 

自身の本当の安らぎは、あの男を引きずり下ろした先にしか存在しないのだ。あの男のすべてを否定する方法で、エリア11を治めてみたかった。

「………咲世子」

ややあって、わずかな乱れもなく車椅子を押す彼女に問うた。

いや、確認だった。

 

「着いて来てくれるな?」

「もちろんでございます」

 

その言葉に、ルルーシュは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

アリエス宮に帰還する。

さて、件の男は客間に居た。着ているものは咲世子が手配したのだろうか――自分のものだ。メイド服で居させ続けるのも酷だろう。

 

「おかえり」

 

ルルーシュを一目見るなり、言った。

相変わらず殺気なんてどこにもない。暇をしていたのだろう、部屋に備え付けられているチェス盤は対局の最中だった。対戦相手はL.L、彼自身であるようだが。

ゲームの進め方は、ルル―シュのものと非常に似ていた。いや、自分より上手かもしれない。戦ってみて、果たして勝てるだろうか。

こつんと小さな音を立て、白のキングが黒のクイーンを倒した。

 

「キングをそんなに前に出すのか」

「ああ」

当然だ。L.Lは悠然と微笑んだ。

 

「――王から動かなければ、部下は付いてこないだろう?」

 

同じ顔をした男。

その口から発せられる、ナナリーと自分の志のひとつ。

ルルーシュは息を呑んだ。

 

「……契約をするにあたって、確認しておきたいことがある」

「そうだろうな」

 

命を救われ、目の前で超常を見せられたのだ。ひとまず話を聞く気にはなっていた。それでも完全に信用するにはほど遠い。

対する男はリラックスしていて、昨晩撃たれたことに対し文句の一つもない。

ルルーシュのために用意されたアフタヌーン・ティ。

紅茶を一口飲んで本題に入った。

 

「簡潔に聞こう。貴様、ただの空似ではないな。突然現れた理由も――異世界とか言っていたが。わかるように話してもらおうか」

「いいだろう」

L.L.は驚くほどあっさりと、

 

「パラレル・ワールドの存在を、お前は信じるか?」

 

ルルーシュは肯定も否定もしなかった。

「おそらくお前も、予想はついているのだろうが」

彼はそこで言葉を切り、自分の紅茶に口を付けた。

 

「懐かしい味だな。母上が好きだった銘柄だ」

「お前は……やはり、」

「そうだ」

 

L.L.は頷いた。

 

「俺の昔の名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第十一皇子だった。異世界の、おまえ自身だ」

 

 

 


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