無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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なんとなく予想はできていた。もちろん、信じるかは別として。

 

「……別世界の俺は、どうして人間じゃなくなってるんだ?その世界とやらは魑魅魍魎が闊歩する世界だとでも?」

「俺も昔は人間だったさ」

L.L.が屈託なく笑う。

「まだ確認はしていないが――この世界でも、条件を満たせば不老不死にはなれる可能性はある」

「不死だけじゃなく不老なのか。……おまえいくつなんだ」

「さあな。18の頃にこうなったとだけ言っておこう」

「本気で言ってるのか?」

「これは異なことを、殿下」

くつくつと、酷薄さを感じるような笑い声。かんに触る。

「その異能を見たばかりじゃないか、昨日」

「……見たわけではない」

「屁理屈を」

L.L.は言いながら、前髪をかきあげる。確かに額を撃たれたはずなのに、傷跡ひとつなかった。優雅に足を組み――ルルーシュには絶対出来ないことだ――おそらく癖なのだろう――左手で奪ったばかりの黒のクイーンを弄ぶ。

「俺も聞きたいことがある。……母上が亡くなった詳しい経緯と、お前が今置かれている状況を教えてくれ。なぜナナリーが戦場に出ている」

「……いいだろう」

尋ねられるまま、自分の人生と環境について語った。

と言っても、誰が調べてもすぐに知れる程度のことだけだ。わざわざ本人に会うまでもないようなことである。一通り聞き終えたL.L.は唸り、何だか知らないが頭を抱えた。

 

「お前の世界では、撃たれたのはナナリーだったのか?」

「そうだ」

顔を右手で顔半分を覆い、くぐもった声を出す。次には隠されていない左目で、じろりとルルーシュに視線を乗せた。

「悪いが、あまり詳しくこちらのーー俺のいたもとの世界について話す気はないぞ」

「何故?」

「未来を知りたいか?そうなるともわからない、いたずらに不確定な、お前の大事な人間が死んでいくだけの話を。――――荒唐無稽な話だが、これは本当のことだ。俺は自分自身に嘘が吐けると思うような評価を下していないし、だからこそ事実を話すことにした。そちらの方が遥かに手っ取り早いーーそう思うだろう?自分に嘘を吐くほどバカバカしいこともない。……まあ、この世界のお前が俺と違って愚鈍でなければの話ではあるが?」

「……そうだな」

 

ルルーシュは盤上に手を伸ばし、黒のビショップを進めた。駒を取ったわけではない。しかしこの局面での最善手。それを見たL.L.は、満足そうに目を光らせた。いいだろう、と偉そうに言葉を吐くと、話を続ける。

 

「さっきも言った通り、もといた世界についてあまり詳しいことは話せない。が、こちらも困ったことに連れが消えている。ワープした場所はもとの世界でもここ――ペンドラゴンではなかったし――それどころか遠く離れている。俺にはあいつがどこに飛ばされているかわからない。ワープするのに使ったネットワークのようなものに接続ができなくて、連絡も取れない」

「連れとは、さっき言ってた緑髪の女か?」

「そうだ」

「ネットワークとは一体なんだ」

「話す気はないーー知るべきでない。この世界にその仕組み自体があるかもわからないし、あったとしたら迂闊に話せばお前の身が危うい。いろんな意味でな。必要であれば、時期が来れば話す」

「…………そうか」

「やけにあっさり引くな?」

「俺は頑固だからな、話さないと言ったら話さないんだ」

「ふ、そうだったな」

 

ルルーシュはもうひとりのルルーシュ――ややこしいのでやっぱりL.L.と呼ぶことにした――彼に問うた。

「足を悪くしたのがナナリーだったというのなら――それでは俺が今のあの子のように筆頭騎士として戦場に出ていたのか?」

L.Lは目を丸くした。不思議そうに、

「お前、自分が戦闘で活躍できると思うのか?その足が自由だったとして」

「……いや、思わない。俺は戦略を考えるのに向いているよ。……質問するだけ無駄だったな」

 

ルルーシュは、ほかのどの人間に対してとも違う、不思議な一体感をL.L.に感じていた。不老不死らしいが、見た目は18歳。

つまり己の一つ上だという、不思議な青年。神も超能力も信じていないところに、突然不老不死の人間が現れて困惑しないわけはない。今だって頭の中はごちゃごちゃだ。

けれどもその戸惑いを、知らぬ、しかし心地よい安心感が緩和していた。

思ったままにそれを告げれば、彼も頷く。

「他人という感覚が薄い」と。

魂の結びつきとはこういうことを言うのだろう。こればかりは、体験しなければわからない。言葉で言い表すには特殊な感覚に過ぎた。

妙な催眠をかけられている可能性も捨てきれはしなかったが、だとすればルルーシュに勝ち目はない。

例えそうであったとしても、ただ殺されるだけで済むものか。存分に利用してやる。しかしそれも、そんなことにはならないとどこかで誰かがルルーシュに告げていた。誰であれ気を許すのは危険だとそう思うのに、心がほっとしてしまう。

自分がもうひとりいるというのは、とても奇妙で、安心するものだった。

 

「あいつを探し当てないことには帰るにも帰れない。一体どうなっているのか……どこで何をしているんだか」

「なんだ、仕組みをすべて理解しているわけではないのか」

「ほとんどわかってないと言ったほうが正しい。ここに来ることだって、予想できなかったわけじゃなくとも、やはりイレギュラーだ。パラレルワールドはいくつもあるらしいが、俺たちがここを指定したわけではない」

ルルーシュは相槌を打つ。L.L.に詳しいことを話す気がない以上、自分にはどうしようもない。

「その女はブリタニア国外にいるかもしれないのか?」

「ああ。俺が放浪して探すには難しい」

「つまり手伝えということか。その代わりに俺の影を務めてくれる、と。」

「そうだ」

 

いつのまにか、黒の駒はルルーシュが進めることになっていた。

L.L.の一人遊びから、ルルーシュとの対戦へと変化していた。

 

強い。

 

ルルーシュはいくつもの罠を避け、こちらも同じように網を張り巡らす。

ルルーシュよりは性格の悪くない打ち方だ。数手交わしたところで、自分と同じ顔が辟易したように眉を寄せた。

 

「お前の打ち方は、シュナイゼル兄上とばかりやっていた人間だと言うのがよくわかる癖がある。周りに強い人間がいなかったんだろうが――」

「はっきり言ったらどうだ?底意地が悪いと。シュナイゼルもお前の世界にいるのだな。ほとんど鏡写しのようなものなのか」

「ノーコメントだ」

 

L.L.は言い、できれば捨てたくはないと思っていたポーンをあっさりと奪った。予想していなかったわけではないが、思わず苦い顔になる。

「しかし……これだけ見た目が同じなら、たとえ入れ替わっていても、相手が身内でも騙せるだろうな。昨日の咲世子のように」

「お前のほうが少しだけ幼い顔をしているが、誤差の範囲か」

かつん。駒が倒れる。

仕返しとばかりに、ルルーシュが白のナイトを討ち取ったのだ。L.L.がぴくりと眉を寄せた。

自分と自分の会話は、恐るべきスムーズさで進んでいく。

二人の契約は、彼が向こうの世界に帰るまでという条件付きで、成立することになった。自分が協力する代わりに、お前も自分に協力しろ、と。

 

 

「……チェックメイト」

 

どれほど時間が経っただろう。途中で咲世子が(今この男をただのメイドに見せるのは無理だ)新しく持ってきてくれた紅茶が冷めきった頃、対局は結末を迎えた。

ルルーシュの負けだ。

ギリギリでL.L.が勝利をもぎ取ったというところだが、まぐれ勝ちでないところは確かだ。

悔しさに表情を消すルルーシュに、L.L.は16歳の自分に負けたらそれこそ終わりだと苦々しく吐く。どうやら自分が16歳の時よりも、この世界のルルーシュは強かったらしい。

 

「……お前は魔王なら、魔法も使えるのか?魔王、とか言っていたが」

 

ふと、思いついて尋ねた。

別の世界から来たというのであれば、そこで不思議なことがいくら起きてもおかしくない気がしたのだ。非科学的?いまさらだ。

黒のキングを手に取った彼は、穏やかに返事を寄越した。さあな、と。

「……お前の世界には、魔女や魔物もいるのか?」

これにはL.L.はくすりと笑った。

「ああ、いるかもしれないな」

 

 

 

 

 

「エリア11だと?」

L.L.が素っ頓狂な声を上げた。部屋がない彼は、ナナリーたちに紹介するまでルルーシュの私室に居住することになった。風呂上がりで濡れた髪を拭くのもそこそこに、ルルーシュを凝視している。

「そうだ」

「……お前、日本にはこれまで行ったことがあるか?」

「ないが?なんだ、エリア11に何かあるのか」

問い返せば、L.L.は言葉を濁す。それこそが答えでもあった。

辺境エリアの名に大げさな反応を示した時点で、逃げられはしない。自分に嘘は吐けないのを目の前の男もわかっているからか、隠しはしなかった。しかし、多くを語ることもなかった。

 

「住んでいたことがある」

「ほう?」

「昔の話だ」

「……そういえば、答えていなかったな。お前はいくつなんだ?」

「気になるか」

「いや、それほどでもない」

 

素直に首を振ると、L.L.はフンと鼻で笑った。足を組み(こちらの気を遣って止めようとしたのだが、ルルーシュはその類の気遣いが大嫌いだと主張した)ソファーに腰かけ、数分前まで第五皇子の件で通信をしていたルルーシュを眺める。

ルルーシュの服はわずかに小さく、夜着のズボンは少しだけ短かった。踝が露わになっている。

 

「で、どうするんだ。いつから俺はお前の身代わりをすればいい?」

「エリア11に行ってからはもちろんだが――そうだな、試験的な意味合いも兼ねて、いくつか夜会に出て欲しい。エリア11、日本。あそこはテロは多くとも資源は潤沢で経済もなかなかに潤っている。そんな美味しい座を、尊ぶべき生まれの第三皇子から庶民の血の混ざった捨て犬に譲れるかという話だ。昨日みたいなことがまたすぐ起きてもおかしくない」

「……ブリタニアはそんなにあからさまに皇子を狙う国だったか?」

「お前の世界ではそうはならなかったのか?」

「いや……まあ、そうか。皇帝から7年も無視され続けていればそうなるか」

明らかに誤魔化しだ。

 

(……今はいいか。まだ)

 

追及する気はない。

ルルーシュは窮屈な襟元を寛げる。今夜の予定はすべて終えた。湯浴みののち寝るだけだ。

 

「とにかく、実力がいくらあろうと、俺とナナリーがなんとか体面を保っていられるのはシュナイゼルやコーネリアたちの言葉添えあってこそだ。それはつまり手柄を奪われた奴が大勢いるということ。正直恨まれるクチだけは年々増えている」

「だろうな」

「ブリタニアは弱肉強食、蹴落としてこその国だ。没落貴族なんていくらでもいるし、その端の端の連中が襲い掛かってくることも多い。自分が利用されてるなんて夢にも思わずにな。哀れすぎていっそ笑える。咲世子がついている時は撃退してくれるが、あれに任している仕事も多いし、常に一緒というわけにはいかないんだ」

「もちろんそれはわかっている。そうではなく」

「ああ、ちゃんと考えている」

 

ルルーシュは頷いた。

 

「お前には常に俺の側にいてもらう。要は側近だ。いつでも入れ替われるようにな。正体は臥せるが、お前が影武者を演じることはうちの――ナナリーもいる戦闘チームだけに明かすことにする」

「メンバーは?」

「ナナリー、ヴィレッタ・ヌゥ、ジェレミア・ゴットバルト、ナナリーの専任騎士候補のアーニャ・アールストレイム。名前だけ知らせても仕方がないから後で資料も見せるが、この4人だけだ。あとは咲世子だな」

「了解した」

「で――表向きには新しい側近ということにするつもりなんだが。顔は隠して」

「ああ」

「お前には適当な偽名を考えてもらいたい。L.L.なんて名前では、流石に皇宮で働かせるわけにはいかない」

もっともな主張だ。兵士が顔を隠すこともあるブリタニア。皇族の直属ともなれば、どんな変人や奇妙な経歴を持った人間がいても、制度的にはなんら問題ない。だから、顔を隠すこと自体に不安はない。しかし名前は別だ。記号が名前なんて、怪しすぎる。

L.L.は確かにと頷いた。

 

「アラン・スペイサーなんかどうだ?」

「偽名と言って真っ先に思いつくのがそれか。俺と同じで気味が悪いなーーーー偽名臭すぎる、却下だ」

「ルル・ランペルージとか」

「ふざけているのか?ランペルージはともかく、ルルはない」

「……なら、ジュリアス・キングスレイなんてどうだ」

 

L.L.は唇の端を吊り上げて言った。

どこか、含みのある笑みだった。

 

「……変わった名だな。悪くはないが」

「是非ともこれで」

「何かあるのか?」

「少し、な。お前に悪いようにはならないから」

 

悪い顔だ。とてもナナリーには見せられないような。

L.L.を睨めつけるが、得体の知れないドッペルゲンガーは相変わらず平然としていた…………まあ、いいだろう。

「それで」

ルルーシュは気を取り直して、

「お前の連れは何という名前だ?」

「C.C.」

「……お前と同類か。そいつも不老不死なのか?」

「そうだ」

「……そうか。で、特徴は?」

「それなんだが」

L.L.は腕と足を組んで難しい顔をした。

「名前も特徴も大っぴらにして探すことはできない。彼女はもともと追われる身で、もしかするとこの世界でもそれは同じだ。そちらを助けることはできるかわからないが、もしもいたとして、無関係の彼女にとばっちりで何かあったら困る」

「誰に追われていると?皇族より厄介な相手か?」

「ああ」

頷いてから、訝しい顔をするルルーシュの視線に耐えかねて――というより、自分と同じ頭脳が次々と推測を弾き出しているだろうことに、気まずげに視線を逸らした。

……まあ、いいだろう。

ルルーシュは先ほどと同じことを思って、話を次に移した。

 

 

 

 

 

 

新総督が不老不死の男と怪しげな会話をしている頃。

ところ変わって、エリア11――いや、日本。京都だ。

かつて観光客で賑わったその街も、今ではブリタニアに占領されるエリア11のいち都市に過ぎない。けれど文化財は破壊されるか放置されるかなこの国の中で、比較的マシな対応ができている地域でもあった。それは現総督クロヴィスが日本古来の文化を大層気に入っているからであり、ここを拠点とするとあるグループの力が大きいことも理由のひとつだ。

租界ともゲットーともつかない郊外。

山と海の近いその場所に、白い壁に囲まれ、決して仰々しくはないささやかな、それでいて厳重な警備の行き届いた建物があった。外からでは、それが何の施設かはわからない。

一見ただの民間会社のビルのようだ。

 

もちろん実際は、そうではない。

 

こここそが日本最大の反帝国組織、キョウト六家の盟主の数ある家のうちのひとつであり、大企業・皇コンツェルンの京都第三支部であった。無機質なコンクリート造りの建物。

大企業だというにはあまりに人の少ないビル。内部の部屋もパソコンの並ぶ事務室やや応接室、会議室――どれも驚くようなものではない。

しかしそのうち一つのフロアに、あまりにも場違いな空間があった。他の階とは打って変わって、広がるのは日本古来の風景。

畳が敷かれ、襖がある。

廊下は当然のように、あたたかみある木製。

コンクリートの壁には和室用の壁紙が張られたうえで丁寧な処理が施され、見た目には違和感がない。

ワンフロアまるまるを使用してのそれは、襖を開け放てばどこかの城に迷い込んだかと思うほど広々としている。

専用のパスを打ち込まなければ停まることすらないその階で、エレベーターを降りたひとりの少年がいた。

この空間によく馴染む、袴姿である。腰には鞘に収まった一振りの刀。両手でワゴンを押している。楢でできた、細やかな彫り物がされているものだ。抽斗の金具の台座に鎮座するのはこの国を象徴する菊。

少年は柔らかそうなくるくるとした茶色の髪を揺らし、ぴかぴかに磨かれた廊下を足袋で歩き続けると、ひとつの襖の前で止まった。

しゃがみこみ、姿勢を正し、凛とした声を出す。

 

「神楽耶様。枢木スザク、参上仕りました」

 

しばしの間を置いて、返答があった。

 

「――お入りなさい」

 

少年――スザクは丁寧な所作で襖を開けた。しかし部屋にいるのが彼女ひとりだとわかると途端、静まり返った水面のような空気を砕けさせた。

先ほどまでの臣下然とした礼はどこへやら。

遠慮をすっかり放り出し、ずかずか部屋へ入り込む。

 

「なんだ、神楽耶ひとりか」

「なんだとはなんです、スザク」

 

可憐な声が不服気に返す。

部屋はこのフロアにあるどの部屋よりも豪勢に作られていた。というよりこの最上階は、ここと、この隣しか普段は使っていない。他は客人と会談するための部屋ばかり。あくまでここは主である少女の隠れ家のような的場所なのだから、当然でもあった。

少し離れた場所に寝室あるけれど、ここにはあまり泊まることもない。

豪勢だが下品ではない、日本の繊細な技術を凝らして作り上げられた部屋。

少女は大きく設けられた御簾の向こうにいた。

文机に向かい、何やら書き物をしていたようだ。隣には積み上げられた本と、開かれたパソコン。少年は神聖な雰囲気すら漂う御簾をあっさりとめくり、聖域へと侵入する。

少女も否やは唱えなかった。

彼女こそが皇の姫にしてこの建物の主、またキョウト六家の盟主、皇神楽耶その人である。

相対する少年――スザクは、日本最後の首相枢木ゲンブの息子であり、彼女の元許嫁であった。

 

「差し入れを持って来たよ。宇治の新茶だってさ」

「まあ素敵。…………スザク。またわたくしに淹れろと?」

スザクのスに妙なイントネーションをつけて、神楽耶は眉を寄せる。

「だって、神楽耶が淹れたほうが美味しいじゃないか」

「それはそうですけれど」

「神楽耶の好きな最中も持ってきたよ」

スザクはじっとりとした視線の彼女を気にもせず、いそいそとお茶の用意をする。

一度廊下に出て、押してきたワゴンから次々に敷物と皿を出し、神楽耶贔屓のメーカーの最中を乗せる。茶以外の用意は進んでやるのだった。神楽耶はふうとため息を吐くと、芳醇な香りの茶葉を急須へ運び、そこに湯を注ぐ。

 

「それで?」

 

その一言に、うきうきした様子だったスザクが真剣な顔つきになる。

「うん。やっぱりクロヴィスは国へ戻るみたいだ。再来月には新総督がここへやってくる。誰かまでは、まだブリタニアの方でも決まってないみたいだけど」

「まあ、皇族の誰かでしょうね」

「僕もそう思う。皆で可能性が高い人を挙げてみたけど、途上エリアのここに矯正エリアのための人材派遣はないだろうし、今の状況がとんでもなく悪化することはない、と」

「希望的観測ですわ。最悪の事態を考えないと」

「……だよね。神楽耶はどう考える?」

「曲がりなりにもサクラダイトの産出エリアです。そろそろテロ組織を壊滅させたいと思う総督が来るかもしれません。それも、きちんと能のある」

「……紅蓮に乗ることになるかもしれないかな?」

「それは総督次第でしょう。いずれにせよ、軍の中で発表があればすぐに知らせなさい」

「それなんだけどさ、神楽耶」

「なんです?」

 

神楽耶は湯呑に茶を注ぐ。こぽこぽと軽やかな音が響く中、スザクは胡坐をかいた膝の上に乗せた拳を握りしめた。ぎりりと歯を食いしばっている。

 

「やっぱり僕もブリタニア軍に、」

「なりません!」

「だって!僕だけ何もせず見てろっていうのか!?軍の訓練だって受けたんだ、僕ならすぐに現場に――」

「スザク、あなたは枢木スザクなのですよ。ゲンブ叔父さまの息子。代わりはいないのです」

「わかってる!だけど、任務だってそうそう死に直結するものばかりでもないし、うまい具合に躱せば、安定した――」

「上官の機嫌一つで奪われる命の何処が安定していますか!バカなことを言うものではありませんッ」

「だけど、神楽――」

 

ぱん。乾いた音が響いた。

手を振り上げた少女。

横を向いて目を丸くする少年。

神楽耶がスザクの頬をはたいたのだ。

彼が呆気にとられる中、神楽耶はまっすぐ声を張る。

 

「あなたはわたくしの夫でしょう!不安になるのはわかりますが、しっかりなさい!」

スザクは暫し呆けたのち、ばつが悪そうに顔を背けた。

「……元、だけどね」

「些細なことです。どうせ、日本を取り戻した暁にはそうなるのでしょうから」

神楽耶は毅然とした調子だ。どう見ても不安定であるスザクとは、まるで逆。

そのまま湯呑に口を付ける少女に、スザクも倣った。あつあつのそれを、ぐいっと飲み干す。ふうふうと冷ましてから飲んでいる神楽耶には到底真似できない芸当であった。

 

「……落ち着きましたか?」

 

神楽耶は頃合いを見計らい、問うた。

スザクの頭が上下する。

いつまでたっても大きな変化をもたらせないことに、彼がいらついているのはわかっていた。つい数か月前に完成した国産のナイトメア、紅蓮。クロヴィスの任期終了間近に騒ぎを起こしては、次に派遣される総督が腕の立つ軍人になることは明らかだ。

だからこその戦略的な温存期間。

しかし、血気盛んな少年には耐えがたい。

スザクは軍の最下層で、それでもスパイとして身を張る仲間たちのことが羨ましいのだ。

日本のために。そう思って戦えることが。命を投げ打つことができるのが。スザクは日々、益があるのかわからない交渉に出掛ける日々だ。何の役にも立たないと感じていることだろう。

 

「スザク。あなたは今の任務をきちんと遂行しなさい」

 

神楽耶は少年の頬を両手で包み込み、目を反らすことは許さないというようにじっと覗き込む。スザクは悪い考えを取り払うように瞬きを繰り返すと、神楽耶を見つめ返した。

 

「了解致しました、神楽耶様」

 

そして少女の小さな手を取り、はっきりとした口調で言った。

 

「――俺が君を守るよ。俺たち二人で絶対にこの国を、日本を取り戻すんだ」

 

 

 




こういうスザクくんと神楽耶がどうしても読みたくて読みたくて、探したのになかったんでもう書きました。増えろ~~

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