無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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ヴィレッタの一期の格好がとても好きです。ゼロ部隊は純血派とはちょっと違うデザインのものを着ていますがだいたいはあんな感じなんじゃないかな。


1-6

ジェレミア・ゴッドバルトは非常に熱い、厚い、篤い忠誠心の持ち主である。

心に決めた相手にはどこまでも忠義を尽くす。現在皇族のヴィ家に仕えているが、それはもともと彼らの母、マリアンヌに仕えていたことに由来する。彼女亡き後も残された兄妹に仕え守り続けて、今ではこのアリエスで最も古い臣下だ。

 

「すまないな」

「いえ」

今日のルルーシュ殿下は既に公務を終えられ、調理場に立たれていた(実際は座っているが)。彼が料理を本格的に趣味とし始めたのはここ数年のことで、そもそもは料理人が信用できないと疑心暗鬼になったところから始まっている。彼が11歳の頃の話だ。

ちょうどそのころ薬物に耐性を付けるための訓練を行っている最中で、余計にそういったものへ敏感になり、わかりやすい拒絶反応を示していた。そんなところへ毒入りのスープが出てきたものだから堪らない。結局料理人は買収されており、辞めるその日に殿下に毒を盛った料理を出し、そのまま逃げようとしていたところを捕まったのである。信じられないほど間抜けな計画は、やはり間抜けな貴族の仕組んだものであった。とうぜんあっさり捕まったわけだがしかし、そのような立場の者が殿下を裏切ったことに、アリエスには大きな動揺が走ったものだ。

殿下ご自身が決めたわけでもない使用人。皇帝に寵愛されし妃のもとに、力が集まらないわけはないのだ。落ちれば掌を返すような薄っぺらい忠誠心の者だっていた。

信用できるわけもない。今アリエスに仕えているのは、ルルーシュとナナリーが選んだ人間だけだ。

「ジェレミア、冷蔵庫からミルクを」

「イエス、ユアハイネス」

「あとバニラエッセンスも出してほしい」

「了解致しました」

ひんやりと冷えたミルクを渡す。ルルーシュ様は彼専用に作られた調理スペースで手際良くレシピを進めていった。

「殿下、今日はどうされたので?」

「何かないと料理してはいけないか?」

「いえ、そんなことはございませんが……今日の殿下はやけに楽しそうに動いていらっしゃいますので、何かあったのかと」

「ほう?具体的にどのあたりにそう思うんだ」

ルルーシュ様はきらりと目を輝かせ、面白そうに笑む。その間も作業は進めて行く。いつもより何もかもの動きが少しずつ速く、そのお顔、いやお体全体から上機嫌なのが伝わってくる。

わくわくしている、という表現がぴったりだろうか。

「いいことがあったのは確かだ。だからこうして今日の晩餐を皆に振る舞おうと早くから準備しているのではないか。きちんと教えるから、夜まで待て」

「イエス、ユアハイネス」

「……ジェレミアは俺をよく見ているな。いつでも、どこでも。お前ほど信頼できる人間もそういない」

「身に余るお言葉でございます……これからもこのジェレミア、誠心誠意仕えさせて頂きます」

「ふ、頼もしいな」

殿下はハンドミキサーで混ぜていた生クリームが出来上がったのか、手を止める。ティスプーンですくって味見をして、うん、と頷かれた。

「おまえも舐めるか?」

「い、いえ、そのような」

「遠慮するな。どうだ?」

殿下から差し出された別のスプーンを恐る恐る口にする。それは上品な甘さでふわりと舌に乗り、やさしくほどける。

「美味でございます」

「そうか」

殿下は悪戯が成功したように目を輝かせ、さっと調理台に向かい直した。時刻はまだ昼の2時で、殿下が今作っていらっしゃるのは今晩のデザートである。何を作るのかは教えてもらえず、ジェレミアには検討がつかない。なにせルルーシュ殿下と来たら、とんでもない手際の良さで一度にいくつもの品を作られてしまうのだ。所狭しと並ぶ器具と材料の用途をわかっているのは彼だけである。

「ジェレミア、そろそろ時間じゃないか?」

「は。夕食の一時間前には必ず戻ってまいります」

「急がなくていいぞ、たまにはゆっくり稽古をつけてやれ」

ジェレミアはこれから暫く軍務である。ナナリー殿下の下に着く前に所属していた部隊にも顔を出すので、ルルーシュ殿下はそれのことを仰っているのだろう。

ジェレミアは挨拶をして、甘い香りの漂う厨房から退室した。毎度のことながら、殿下自らがお作りになったものを口にできるなどなんと贅沢なことか。夜が楽しみだと、期待に胸を膨らませずにはいられない。

 

 

「……やりすぎ?そうか?これは数日しっかりお前とあいつのやりとりを聞いての行動だし、お前もこれくらいは……は、調子に乗ってるとボロが出るぞということか。それは一理ある……にしてもジェレミアは本当によく見ているな。ちょっと怖いくらいだ。さすがに別人だとは思い至らないみたいだが、ちょっと不審がっていたぞ。ああ、まったくだ。我が部下たちは優秀すぎていけない。……お前のじゃないって?その通りだ。ん、まだ何かあるのか――ナナリー?どうだろうな、わかってほしいようなそうでないような――複雑な心境だ。

……お前もそう思うだろう?」

 

 

 

 

ヴィレッタ・ヌゥは、もともと庶民の出である。騎士候という身分を手にしてはいるが、それにしたってまだまだ低すぎる階級だ。無論こんなところで終わるつもりはない。上がれるところまで這い上がり、冷笑されることもなく堂々と政治の場に立つのだ。

そういった考えでは、今の所属部隊に身を置くのは、将来性を捨てたとも同義であった。

ヴィレッタが現在所属しているのは、ゼロ部隊と呼ばれるヴィ家の皇族が取り仕切る異色の部隊だ。全ての構成員を合わせたって十数人しか存在しない、戦闘ともなればもっと少なくなる少数精鋭部隊は、KMFの登場で成り立つようになった編成だ。全員に割り振られたハイスペックのナイトメアと、高い技術力がなくては話にもならない。皇女であるナナリー・ヴィ・ブリタニアはその中でも最も高い操作技術を持つ、才能に恵まれた努力者だった。力あるものが先導するのは当たり前の話で、リーダーである彼女が突っ込んでいくこともままある。けれどもそれを指示するのが彼女を世界で一番、そして唯一の宝とする実兄ルルーシュなのだから恐ろしい。兄妹の絆は強く固く、まるで世界に二人しか存在しないよう。二人が部隊の人間に親しい意味での笑顔を向けるようになったのは、この2,3年の話なのだ。

ゼロ部隊は強い。ブリタニア軍を率いるコーネリアやダールトンも認めるところで、シュナイゼル宰相閣下などはとくに目をかけてくれている。それなのに部隊の地位は低い。

いや、第十一皇子と第十二皇女の部隊である。決して低いはずはない。けれどもやはり、現場にいるのは相手の地位を文字として識別し従うロボットではなく、ドロドロの心を持つ人間だ。彼らは、幼い頃には特に、皇帝陛下からの冷遇と同じものを、そっくりそのまま国の人間から受けていた。逆に言えば、肉親の情と、庇いだてしても地位が危うくならない皇族の数人だけが彼らを支援している状況だ。見事なまでに孤立している。それはマリアンヌ皇妃が亡くなり一年にもならないころ、二人を支援しようとした有力貴族があっさりと爵位を剥奪されたことにも大きな関係があるだろう。大財閥を持っていたアッシュフォードもそれに続き、そうなるともはや、二人に居場所はなかった。軍の道へ入るよりほか、ブリタニアで生き延びる術はなかった。

 

「ああ、ヴィレッタか。済まないが、ナナリーとアーニャはどこへ行ったか知らないか?」

廊下を歩いていると、声を掛けられる。振り返ればルルーシュが、きょろきょろとあたりを見回しながら車椅子を走らせているところだった。ヴィレッタは仰天して、思わず叫ぶ。あんなことがあったばかりだというのに!

「殿下!伴のひとりくらいお付けください。咲世子はどうしたのです」

「咲世子はちょっと、調べ物をさせに本宮の資料室に行ってもらっててな」

「ジェレミア卿は」

「さっきまで一緒にいたんだが、今日は軍の用事があるから」

「……ならば私をお呼びください。なんのための内線ですか」

「悪い」

ルルーシュは悪びれもなくそう言うと、で?とヴィレッタを見上げた。

「いえ、ナナリー様は今日は御見掛けしておりません。アーニャに連絡いたしましょうか?」

「いや、知らないのならいいんだ」

そう言いながらもルルーシュは車椅子を止める気配がない。どこへ行くのだろうか。

ヴィレッタの気持ちを見透かしたように、ルルーシュは短く「厨房に戻るところだ」と言う。

「部屋で休憩してたんだが、そろそろ始めないと夕飯に間に合わない」

「お手伝い致しましょうか」

「いや、いいよ。ああ、その手に持ってるの、頼んでいたナナリーの古いシミュレータのデータだろう?懐かしいな。今もらっておこう」

ヴィレッタは記録媒体と紙媒体、両方のファイルを渡す。何故今更これが必要になるのかわからなかった。ルルーシュは受け取ると、それを置きに部屋に戻ろうと車椅子を回転させて逆方向に進み出す。慌てて後を追う。

「兄上の特派を知ってるか?」

「はい」

「あそこがナナリーの専用機を作ってくれることになってな。今開発中のランスロットは、試験機とはいえ魅力的だ。それに乗れたら一番いいかと思ったんだが……」

「何か問題でも?」

「あれはダメだ。簡単な設計を見せてもらったんだが、ナナリーに乗せられる代物じゃない。パイロットの身体のことを考えてなさすぎる。ユグドラシルドライブの扱い方といい、共鳴パルス設定とかいうのも……パイロットの神経作用数値があまりにも高すぎる。脱出ポッドがないのは後からどうとでもできるが……ナナリーは女の子だぞ?ただでさえKMF戦は成長期の身体に過酷なのに、もし身体機能に問題が出たりしたら……」

ルルーシュは考えるだけでも恐ろしいというふうに目を閉じる。ヴィレッタはパイロットとして必要なことを学んだだけなので、ルルーシュの言っていることすべてはわからない。

「ですが特派が、なぜ……」

「例によってシュナイゼル兄上のご厚意だ。が、ちょっとした縁ができそうだよ。それも今晩説明する」

はあ、とヴィレッタははっきりしない返事を返した。帰還した晩、明後日の夜は皆開けておけと命じられた。それが時々開かれる夕食会であり、何か話があるということしかわかっていない。

「今は全員グロースターだからな。そこに特派の機体が入れば戦力も変わるぞ。いずれは皆の専用機も作りたいが、資金の問題もあるし」

ルルーシュはそこで彼の自室に辿り着くと、もういいぞ、とヴィレッタを返そうとした。

しかし、彼はこれから厨房に戻るのだ。しかもどうやら一人で。この間あんなことがあったばかりなのに、そんな危ないことはさせられない。ヴィレッタは尾のように括りあげた長い髪を揺らし、すぐさま首を振った。

 

 

 

ヴィレッタは上昇志向だ。ここでいつ死ぬかもわからない危険な戦へ突っ込むのを繰り返すよりは、コーネリア軍や他の将軍のもとで功績を上げるほうが良いだろう。

しかし、それにどれだけの時間が要るのか。それを思えば若い時分は、この舞台で一発逆転、好機が訪れる確率に賭けてみようかとも思ってしまった。ジェレミアは軍に所属した際の初めてのボスであり、その彼があっさりと地位を捨てここへ所属したことも大きかったかもしれない。

けれどもとにかくアリエスへ来たばかりのヴィレッタは、見捨てられた皇子の部隊と今までの地位、それに大した変わりはなく、内部での冷遇ぶりを除けば、名目上は騎士候という出世が待っていたためにこの道を選んだだけで、ルルーシュとナナリーに対する忠誠などかけらも持ってはいなかった。あるとすればそれは「皇族」への敬意だけであった。

6年前。

ジェレミアを追ってきたような形になった彼女を一目見たルルーシュの視線の冷たさを、きっと忘れることはないだろう。ナナリーの不安げに揺れる瞳も。

「あんな若い女にナナリーを任せられるか?おまけにあの目。わかるだろう、ジェレミア。信用ならん」

「ですがルルーシュ様。あれの能力は私も高く評価しております。与えられた任務はきちんと遂行する者です」

「忠誠を誓うのが僕らならな!」

ルルーシュとジェレミアがこう会話するのを、アリエスに来て三日目でヴィレッタは聞いた。運悪く扉の前に来た時に聴こえただけなのだが、結局盗み聞きのようになってしまい、ルルーシュは「それみたことか」と言わんばかりだった。

マリアンヌ皇妃が亡くなってから一年。ルルーシュが留学から戻り、ほんの一月と経たない頃だった。

ヴィレッタに与えられた仕事は、ナナリー皇女の護衛と、彼女の軍事訓練のコーチ役であった。ナナリーは物覚えもセンスもよく、教えたことはすぐに自分のものにした。幼さゆえに体に負荷がかかる過激なものは避けても、体術の訓練である以上、ナナリーには生傷が絶えなく。そのたびに兄は、代わってやりたそうに心配していた。

とはいえことナイトメアに関しては、ルルーシュが口出しすることが多かったのだが。

 

「ナナリー!」

シミュレータのポッドから降りてきた妹に、幼い少年の鋭い怒声が飛ぶ。訓練を開始する際には確かにいなかった姿に、少女は思い切りびくりと跳ね上がった。ルルーシュは人を避け、器用に車椅子を走らせると、ものすごい剣幕で怒り出した。

「お兄様」

「今のはなんだ?あんなところを攻撃していては意味がないだろう!無駄撃ちだ。それじゃあすぐにエナジーフィラーが切れておしまいだ。それに作戦も良くない。同じ機体で正面突破できるほどお前は強くない!囲まれて終わりだ。この間は出来ていただろう、もっと集中しろ」

「は、はい……」

「実戦ならお前は生きて帰ってないぞ」

「でもお兄様、敵はグラスゴーには乗っていません。対KMFでなければ、今の――」

「言い訳をするな。確かに敵との戦いではまだナイトメア戦ではないが、お前が前線に出るころにはそれが普通になっている。そうでなくとも、手を抜いていい話にはならない」

「……」

「手抜きでなくとも集中できていなければ同じ話だ。わかるな?」

「……はい」

ナナリーは泣きそうになっていた。唇をぎゅっと引き結び、目に力をこめ、泣くのを懸命に堪えている。ナナリーは当時8歳。こんなところへ出てくるには、あまりにも幼かった。実戦に出るのは10歳になってからだという兄の厳命に従い、ひたすら訓練を繰り返す毎日だ。この頃は独立部隊はまだなく、勢力を付け始めたコーネリア軍に面倒を見てもらっている状況であった。

ナナリーが厳しい視線の兄を懸命に見つめ返すのを見て、とうとうルルーシュが相好を崩した。

「でも、良くなってる部分もあったよ、ナナリー。僕が見てたのは途中からだけど、スラッシュハーケンの扱いも上手くなってた。最初に壁を崩そうとしたのはとてもいい」

「本当ですか?」

「おまえに嘘を言ってどうするんだ。……ほら泣くな。今日はもう終わりだろう?迎えに来たんだ。美味しいアップルパイを焼いたから」

「おにいさま……っ」

ルルーシュに抱き着くナナリーをよしよしと撫でながら、彼は妹に向ける情のこもった目から一切の温度を無くし、ヴィレッタを見た。笑んだままではあったが、その目は敵を見るそれである。

「アリエスまではジェレミアについてもらう。君は今日のデータの保存をして、次回の予定を調整してきてくれ」

「は」

のちに司令官となる兄ルルーシュがこの時期何をしていたかというと、ひたすら勉強し、自分の味方をしてくれる皇族のところへ顔を出してはその仕事ぶりを学んだり、手伝ってみたり、医師を探しては治らない足をどうにかしようと躍起になったり、目まぐるしく様々な、その実どこか単調で、日々に大きな変化をもたらすことはないことをしていた。おそらく彼が最も辛かった時期のはずだ。

皇子なのに。

皇族なのに。

いいや、だからこそ。

ヴィレッタが経験してきた荒波よりもずっとひどい激流に、10歳の子どもは立っていた。現実には機能しない足を叱咤し、なんとかこの皇宮で生き残る術を探していた。足掻こうとする姿は滑稽かもしれなかったけれど、ひどく美しいものにも思えた。

傍で見ていたヴィレッタに、心境の変化はないわけはなかった。ただの踏み台としか思っていなかった当時の地位にいつしか誇りを覚え、誰に何を言われても関係ない、必死に生きる彼らを守りたいと、そう思うようになった。いや、違う。期待以上に仕事をこなし、自分こそが彼らをブリタニアの上層へ押し上げてみせるのだと、そう息巻いていた。

庇護する対象でなく、心から敬愛する主君と仰いで彼らについて行こうと思うようになるのは、そのもっと後のことである。

 

 エリア7の反乱の鎮圧にルルーシュが駆り出されたのは、5年前の冬のこと。12歳の少年に指揮を任せるなど正気の沙汰ではなく、決定したのは些か変わり者の部下も多く持つシュナイゼル・エル・ブリタニア第二皇子。とはいえまさかルルーシュを総司令に置くわけにもいかない。シュナイゼル本人が赴き、最近傍に置くようになった軍師が試験的に指揮執り、ダメなようなら第二皇子本人が出てくる、という形での起用だった。

まさか12歳の子供に命を預けたい兵士もいないだろう。ルルーシュは幼すぎる声を隠すよう変成器を使い、兵士の前に姿を現さず、エリア7へと赴いた。自分も本物の戦いを勉強すると言い張ったナナリーとともに。彼女が戦場をその目で見るのは、初めての経験だった。

当時ゼロ部隊はまだ存在せず、ヴィレッタは皇女つきの側近に過ぎない。そのため戦うことはなく、司令部で彼の動きを見ていただけだった。

舌を巻いた。

最新鋭のナイトメアに真正面から向き合うことを避けた相手は地形をたくみに利用し、こちらの戦力を限りなく落とした。ルルーシュはそれをさらに利用し、圧倒的な武力のごり押しでなく戦略で攻め落とした。利用するはずがされた敵はぬかるんだ窪地に追いこまれ、敵の所有する数少ないナイトメアたちがどうにか上がろうとしても、それは叶わなかった。スラッシュハーケンを刺して、機体を支えるだけの強度がその土になかったのである。相手が立てていた作戦そのものを嫌味なほどなぞる形で、ルルーシュは一網打尽にしてすべてを焼き払った。

作戦内容自体は、優秀であるとはいえ驚くほどのものではない。そもそも負けることが想定されていない戦況だった。しかしこちらの犠牲は少なく、何より初めてだとは思えぬ冷静で堂々とした指示。それこそにヴィレッタは身震いした。少年の持つ可能性が恐ろしかった。

 

だが。

 

『ナナリーは私が必ず守り抜く。例えどんなに汚い手を使おうと。どれほど恥辱に塗れようと。……それが、彼女の手を汚すことであったとしてもだ』

 

あの日。

生々しい戦場に画面越しですら耐えられず、吐いて倒れたナナリー。それもそのはず、当時はナイトメア戦が主流になりつつある段階で、移行期で、つまり歩兵や旧時代の戦車だって数多く存在したのである。指令室では顔色を悪くしながらも平気なふうに装ってみせ、側仕えの者とルル―シュだけになるまで耐えたのは、彼女の皇女としてのプライドと兄の顔に泥を塗るまいという信念から。類稀なる才を持った、少女の強さの欠片がそこに現れていた。

未だ戦地。常のものではない慣れぬ寝台に横になって眠るナナリーの小さな手を握り、ルルーシュは言ったのだ。ナナリーはどんな手を使っても私が守り抜く、と。

後ろで手を組み、距離をとって控えていた自分。そこに側近らしい近しさは微塵もなかった。決意の滲む声にヴィレッタが何も言えないでいると、ルルーシュはそれを別の意味ととったらしい。

『おかしいと思うか?私は歩けもしない。立つことすらできない。私はいずれ、この子に守られることになる』

なぜこの兄妹が、わざわざ皇位継承争いの真っただ中に飛び込まねばならなかったのか。

理屈はわかる。このブリタニアにおいて、自分の意志で生きようと思うなら、彼らはこうするしかなかった。身の振り方を自分で決める、それすら彼らはできない。

それを生きているとは言わないのだと、ルルーシュとナナリーは言った。血の滲むような努力を重ねる兄妹には、なにやら大事な約束が交わされているらしい。つらいとき、アリエス宮のメイドである咲世子に教わったという指切りを大事そうに、秘めやかに、二人がするところを何度も見ていた。

小指を絡ませながら、生きるのだと言う。それがこの頃の二人の習慣で、口癖だった。

ヴィレッタは、小さな幼い背中に告げた。

 

『殿下、それは、守られているのではありません』

『……では、何だと?』

『ナナリー様にできないことを、殿下が。殿下にできないことを、ナナリー様が。自分の得意なことで互いを守り合う。それは背中を合わせて、共に戦うと言うのです』

『……』

 

ルルーシュとナナリーの、いずれ花開くであろう力を知っているから。この魑魅魍魎の宮廷をきっと生き抜かれると思えるから。でももう、それだけではなかった。

『ルルーシュ様。このヴィレッタも、その道で共にありたいと思っております』

彼らが戦地で散ることになろうとも。最後まで、と。

その時の自分に、打算はなかった。地位の向上すら頭から消えていた。

そんなことは初めてのことだっただろう。

心からの願いだった。

『……ヴィレッタ』

ルルーシュは長い長い沈黙を破り、自分の名前を呼んだ。

 

『俺は――』

 

 

自分は、もはや6年前と同じではない。

いくら彼らを貶されようと、価値のわからぬ輩めと笑ってしまえる。自分が彼らの側にあれることに、誇りを持っていた。

たとえこの二人がどんな危機に瀕しようとも――この命を散らすことになっても。最後の瞬間まで仕え続けたいと、そう思っている。

だが、もちろんそんなことにはなりはしない。

自分は生き延び、いつの日か、主人の抱える円卓の騎士となるのだ。

 

 

「……余計なことを言うな?何がだ。お前が特派のことをべらべらしゃべるから、てっきり俺は……そんなつもりはなかったって、お前、それで司令官として大丈夫か?」

 




ヴィレッタさんはそう簡単に命を捨てるほどの忠誠心とか持たない人だと思うので悩みました。結局地位の向上は全く諦めてないポジで落ち着くという。
12歳のルルーシュくんは何を言ったんですかね。ヴィレッタさん、ラウンズになるおつもりっぽいですよ、殿下、大丈夫ですか?

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