紅蓮の壁を踏み越えて。   作:むりー

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第2話

さて、都内で『織斑千冬』と『佐竹泰三』両名が顔合わせと今後についての確認をした翌翌日。

 

『佐竹泰三』が慌ただしく引っ越しのために荷物を纏めている頃、一機の軍用機が横田飛行場に降り立った。

 

キュッとタイヤとアスファルトから音を響かせ、降り立ったのは、『C-130 ハーキュリーズ』。

運用されてから半世紀以上経つ老いた空飛ぶ巨人である。

そして、たった今着陸した機体には、日本の国籍を示す赤い円ではなくアメリカの物を示すラウンデルが描かれている。

管制塔の指示に従って指定された場所に駐機したその機体には、ある女性が乗っていた。

 

 

陽の光を浴びれば煌めくであろう金髪は、短く切り揃えられており見るものに活発そうなイメージを与える。

そのボディラインは、出るところがやり過ぎな位に(恐るべき事にゆったりとした軍服の上からも確認できる)自己主張をしていて、引っ込むところもしっかりと引っ込むナイスなバディをしている。

 

 

まさに、アメリカ人ブロンド美人のステレオタイプみたいな、バインバインのパツキンのチャンネーである。

ビキニの水着でも着れば、ウサギがトレードマークの男性誌の表紙を飾りかねない。

 

だが、十人に聞けば十人が美人だと答える彼女の顏は、残念なことにキリリとつり上がった眼尻がただの美人からキツ目のへと評価を変える。

とは言え、万が美しいと評する彫像に付いた、僅かな疵ほどにしか評価を下げる物でしかないのだけれども………

 

「fuck.」

 

そんな彼女は、只今これ以上に無いくらいに絶賛不機嫌であった。

平素でもきつい顔立ちの彼女が、不快感を顔に浮かべれば、それはもう周囲が萎縮するような威圧感があった。

 

 

彼女が乗ってきたのは、お世辞にも乗り心地が良いとは言えない軍用機である。

加えて、遥々西海岸からハワイで乗り継いで横田へと向かう強行軍。

鍛えられた軍人とは言え、機嫌の機嫌のひとつも悪くなろうものである。

最も、彼女が不機嫌なのはそれだけが理由ではなかったが。

 

 

 

「おい、ジェイク。今度は、至極不機嫌で爆発寸前だったなぁ。呑みに誘ったら殴られたぜ俺!」

「何を言ってんだ、ジャック!そりゃ、結婚指輪嵌めたままナンパなんかしたら殴られるだろうさ!それに、俺達は普段敵を殺すための爆弾なんかのパッケージを運んでるんだ!生理で不機嫌な女くらい朝飯前だろ?」

 

「「HAHAHA!!(米笑)」」

 

機材と共に、彼女を運んできた機体の機長と副機長のお喋りの鬱陶しさが、彼女の神経を逆なでするのだ。

 

「うっせー!聞こえてんぞこのセクハラ野郎!!然るべきところに訴えるぞ!」

 

「「oh...」」

 

「………はぁ。ったく、くだらねー軽口一つ叩く暇があるなら、奥さんにプレゼントの一つでも買ってやれよ!フライト前に機体の横に居たのお前の奥さんだろうが!ナンパをバッチリ見られてんじゃねーかよ!乗り込む直前まであんなにいみじみのあすなな愚痴をさんざ聞かされたんだぜ、こっちは!?」

 

「それはなんともまぁ、悪かったな!俺がこんな奴だと知った上で結婚してくれた、可愛いんのが嫁さんなんだがな!大丈夫、ナンパつっても一線越えてアイツを泣かせる真似はしねぇよ!っとぉ、そんなに睨みなさんな!兎に角、thanks and r.i.pだ。恩に着るよ、マリンコ。お陰でフライト前にアイツの可愛い怒り顔が見られた!」

 

「ふざけんな!人をダシにしていちゃついてんじゃねぇよ!!」

 

「ハハハ災難だったな、IS乗りの嬢ちゃん!こいつは後できっちり締めとくよ!それはそれとて、ここでの生活を楽しみな!ここは日本、ヘルシーな飯がクソ旨いクレイジーな国だ!あと、泡盛、焼酎、日本酒(ライスワイン)!」

 

「酒ばっかりじねぇかよ!まぁ兎に角、ありがとよ、クソ野郎共!」

 

「「おう!good luck Marinco!」」

 

 

不機嫌になったのは確かだが、不思議とそこまで不快ではなかった。

海兵隊の空気を纏ったこのやり取りに、安心感を持ったのかもしれない。

 

「なぁ、最後にデレたぞあの娘。」

 

「ひょっとして、俺に脈あり?」

 

「ねぇよ!クソが!」

 

 

そんな会話を背に負いながら、彼女はタラップから降りる。

 

「…ここからの風景は、ステイツのベースと違わないがなぁ…。」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

根幹を為す記憶は、吸い込まれるような空の蒼。

何処までも沈んで行くような、海の藍。

 

生家のある州。

私の故郷フロリダが誇る、抜けるようなカリブの空と海。

 

 

そして、その両方が黄昏に呑まれる瞬間………

 

果てしなく広がる二つの青。

その全てが紅に染まる。

 

それこそが、私の原初の風景と言えるだろう。

青に恋して、紅を愛しているのだ。

 

………そして、私にとってのISは黄昏の紅であり、輝ける黎明の蒼だ。

 

私は、所謂お嬢様だったとおもう。

実家はアメリカで防衛産業に携わっていた。

………IT企業として。

 

実家の生業は、海軍向けにネットワークを構築、その管理をする事。

 

私とISのファーストコンタクトは、要するに、実家の作った商品と培ってきた信頼を『白騎士事件』によってズタズタにされたことから始まった。

 

日本を母港とするアメリカ第七艦隊のシステムがハックされたのだ。

そして、そのハッキングを行った奴はあろうことか日本の首都へミサイルを放ったのである。

 

当時の海軍は激怒した。

まぁ、当たり前だ。

一隻で何億円もする軍艦の攻撃システムを相手

の思うがままに操られてしまったのだ。

 

そして、アメリカの世論も沸騰した。

 

…後は大体想像がつくだろう。

 

父の会社は、その煽りを受けて倒産したのだ。

 

実家の商売をおじゃんにされて、其からはもう、お決まりのような転落人生。

まず車を売って、次に家を売った。

 

もう一度自身の人生を軌道に載せるために、父が私の身体を売ろうとしたときに………私は逃げ出した。

海兵隊へと。

 

陸軍でも、空軍でも無かったのは、多分父が懇意にしていた海軍が嫌だったから。

後は、募集所が一番近いのが海兵隊だったから。

近所に陸軍の募集所が有ったなら、彼女は陸軍に身を置いただろう。

空軍の募集所が有ったなら、そこに身を置いただろう。

 

 

で、入隊の試験を受ける際に、そのIS適正が発覚。

そこから、私は海兵隊のIS部隊に配属…なんて事にはならなかった。

 

ISは、私の人生をぶち壊しにして、それなりに良かった筈の両親との関係をぶち壊しにした代物である。

 

言われるがままにISに乗ろうという気には成らなかった。

 

そして、私は一般的なG.I としてのキャリアを歩み始める。

 

 

 

不眠不休で丸太を運んだり、夜のビーチで海に浸かりながら一晩歌ったり。

沼のなかを泳いだり、登ったり降りたり兎に角走ったり…

 

気づけば私は、泣いたりならば海兵隊員(殺人機械)になっていた。

 

 

 

そんな私がISに乗るようになったのは、入隊して二年後のことだった。

 

きっかけは海兵隊のIS部隊の拡大が決まった事。

 

アメリカのコア割り当が増え、使用可能なISが増えた為新たなIS乗りが必要になったのだ。

 

その時の上官の懇願により、私は再び適正テストを受けた。

 

以前に受けた物との最大の違いは、実際にISを動かすテスト項目があったことだった。

 

そして、私はISに魅せられた。

 

身体1つで果てしない大空を自由に泳ぐ感覚。

 

機体を上昇させた所で、一面に広がる空の蒼。

 

それは、私にとって大切な…あのフロリダの空に通ずる所があった。

 

 

無くしてしまった、父からの愛。

母と手を繋いで歩いた、夕焼けの海岸。

 

明日はどんな素敵な事が起こるだろう?

と、胸をときめかせていたあの輝ける日々…

 

重ねて言おう。

私は、ISに魅せられたのだ…

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

滑走路から、近くの建物に入ったところで彼女へ声をかける者が居た。

スーツに身を包んだ恐らく世界最強の教師『織斑千冬』である。

 

「…『レジーナ・アイゼンバーク』大尉だな?」

 

「元ですよ。元大尉です。昨日づけで海兵隊(古巣)は御役御免になっとります。」

 

「ほう…随分と日本語が堪能な様だな、元大尉殿?」

 

「今日びのIS乗りに、日本語が出来ねぇ奴は居ねえよ。なんせたった一人の開発者様が日本人だ。とは言え、士官学校の短期でしか学んでねぇんで、ケイゴとやらはさっぱりだ。」

 

「なに、これからは同僚なんだ。その辺りは気にしなくても構わん。」

 

「そいつぁ助かるね。世界最強(ブリュンヒルデ)殿。」

 

「雇用契約書にはサイン済みなのだろう?なら、我々は既に同僚と言うわけだ。これからよろしく、レジーナ先生?」

 

そう言って差し出された織斑千冬の手をとる、金髪の新任教師『レジーナ・アイゼンバーク』。

 

冬の横田飛行機、その寒空の下で交わされた握手で、またひとつ世界が動き出す。

 

――――――――――――――――――――――

 

「すげぇな、ここ。こんなとこ、日本にあるのかよ。」

 

視界に映る警備員は、武装している。

目の前の重厚なゲートの向こう側…即ちIS学園へ入るには、IDの掲示と網膜認証が必要であるらしい。

 

それは、バイトで来ている者たちも同じであるようだ。

普段の現場とは違った空気に戸惑っているのが、こちらにも伝わってくる。

 

彼、『佐竹 泰三』は今、お引っ越し中である。

 

三日前に、職場を離れるよう告げられ、大慌てで荷造り。

私物も少なくあっという間に終わったとは言え、署内関係各所への挨拶回りも含めドタバタとした三日間であった。

 

目の前に聳え立つのは、IS学園の搬入用のゲート。

今まで見たことの無いような大きなシャッターが、その口を広げている。

 

その両サイドを見れば、ショットガンで武装した女性警官の姿が認められる。

 

…世界的にも平和であると言われる国、日本。

その国で働く消防士さんである佐竹は、初めて大きな銃で武装した警察官を自分の目で見た。

 

(デカイ銃って、想像以上におっかねぇ…)

 

 

これが、正門からの来園であればニコニコと愛想の良い警備員に向かえられ………それでも、最低限の武装をしているが………ここまで緊張させられる事は無かっただろう。

 

しかし、彼はこれから内部の人間として『IS』に関わって行く事となる。

 

ISという、既存の人間社会での異物に関わって生きて行くのだ。

 

警備レベルの高い搬入ゲートでの手続きは、織斑千冬の佐竹へのある種の心遣いであった。

 

 

 

「IDの確認が出来ました。どうぞ、佐竹先生。」

 

「えっ、はい。あぁ、ありがとうございます。」

 

先生と呼ばれる事に違和感を覚える為か、スムーズに返事を返せない佐竹。

 

その返答によって、「警戒の必要あり」と心のメモ帳に記す程には警備に就いている彼女らは優秀であった。

とは言え…

 

「それじゃあ、これからどうぞ宜しくお願いします。俺もこれから、先生としてここで働くんで…あっ!これ、良かったら皆さんで食べてください!東京銘菓のヒヨコ大福です。何でも新発売らしいのでお口に合えば良いのですが。」

 

こちらを気遣い、新しい環境に馴染もうとする彼を殊更警戒しようとはどうしても思えなかった。

 

「……ふふっ、ありがとうございます。佐竹先生。しかし、申し訳ありませんが、我々はそういった心付けを受け取るわけにはいかないのですよ。そのお菓子は、これから会う同僚の先生たちに渡してあげてください。きっと喜ばれます。」

 

彼女達は警察官であり、この場所を警備する者である。

警護対象から贈られた物を素直に受け取ることは、セキュリティ面からも公的組織の一員であるという自負の面からも出来ないことであった。

 

だが、しかし。

そんな彼女たちもまた人間である。

 

警備と言う仕事の性格上、彼女達はあまり人から暖かい感情を向けられる事はあまり無い。

 

そんな中で、こちらを気遣い、丁寧な物腰、更には土産物さえ用意していた。

 

『新任の先生は、割といい奴だ。』

彼女がそんな一文を心のメモ帳に記すのは、当然の流れと言えた。

 

 

 

 

 

トンネル内の照明が、規則正しく流れて行く。

 

白、黒、白、黒…そして、眩しさ。

 

「…でけぇよ。」

 

IS学園を、目の当たりにした佐竹の感想第一号はそれであった。

 

 

更にトラックを五分ほど走らせて到着した教師寮…というか、IS学園に勤める大人たちの住まう寮へと到着した。

 

そこから、あれよあれよと言う間に佐竹のこれからの家に荷物と共に運ばれる。

 

業者が

「おっかれっしたぁ!」

と言い残して差って行くまで一時間もかからなかった。

 

汗水垂らして、業者のバイト君と荷物を運び、元消防士だと打ち明ければ、こそばゆい尊敬の眼差しを向けられた。

 

 

 

そして、部屋にある多量の未開封の段ボールに囲まれて気づいたのだ。

 

「あ、これ今日中には終わらんわ。」

 

と。

 

 

 


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