歯車戦記   作:アインズ・ウール・ゴウン魔導王

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痛み
恐怖
終焉
憤怒
悲しみ
喜び
平和


色々居ますコブラ部隊!


第12話

─グラーニニ・ゴルキー南の森林地帯─

 

 

 

 

 

 

「はぁっははは!何処を狙っている?俺はここだ!」

 

「くっ…!!」

 

 

チョルナヤ・ピシェラの洞窟においてザ・ペインを倒したスネークは今、グラーニニ・ゴルキー(グラーニン設計局)南側に位置する森林地帯にて新たな敵に直面していた。

 

 

今から1時間ほど前、スネークはEVAから受け取った情報からソコロフが監禁されているというソ連の秘密設計局の1つ、グラーニン設計局へと潜入した。

 

 

潜入したスネークは科学者を気絶させて縛り上げたのち、その科学者の白衣を着て変装し設計局内部を進み、設計局地下にある施設へと辿り着いた。

 

 

しかしそこで待っていたのはソコロフではなく、レコードを流しつつスキットルでウォッカを浴びるように飲む、グラーニン設計局の局長───アレクサンドル・グラーニン本人だった。

 

 

スネークによる潜入はヴォルギンに知られており、そしてザ・ペイン敗北の知らせを受けた事でヴォルギンはグラーニン設計局に監禁していたソコロフの身柄を急遽移送したという。そのためスネークは、グラーニンからソコロフは既に設計局に居ないと聞かされ、ソコロフは何処に移送されたのかと尋ねた。

 

 

その途端にソコロフの設計したシャゴホッドによって、グラーニンは自身のあらゆる兵器設計・開発がヴォルギンの持つ"賢者の遺産"と呼ばれる莫大な資金──そこから出資されていた費用を全て打ち切られたが為に中断に追い込まれたと喚きちらし、酔った勢いかソコロフや軍上層部への恨みかスネークへと協力を申し出てきたのだ。

 

 

彼はスネークにソコロフが移送されたというヴォルギンの本拠地である大要塞グロズィニグラードへと通ずるルートを教えるだけでなく、そのルートである山岳地帯へ入るための扉の鍵すら渡してきた。

 

 

そうしてスネークはグラーニン設計局を後にし、山岳地帯へと通ずる扉があるという少し前に通った物資倉庫へと戻ろうとしていたところを、突如として新たな敵───コブラ部隊兵士による襲撃を受けた。

 

 

彼の周りを常人とは思えない速度で、うっすらとだが輪郭が見える透明な存在が木々の枝を跳び回っていた。しかもその存在は隙あれば次々と鋼鉄製の矢をスネーク目掛けて発射してくるのだ。

 

 

現に今も枝が揺れていた場所目掛けて牽制射を加えたスネークに対して、全く違う方向から矢が飛んできたのだ。間一髪、咄嗟に横っ飛びして矢をかわすが、休む間は無い。

 

 

「まだまだだ!さぁ、死ぬ気で避けろよ!」

 

 

密林に響く声の直後に連続してボウガンの弦がしなる音が聞こえ、スネークは伏せていた状態から即座に立ち上がると全力で駆け出した。

 

 

するとたった今スネークが伏せていた場所に数本の矢が刺さった。そしてそれだけに終わらず、今スネークが駆け抜けるすぐ後ろに次々と矢が刺さっていく。

 

 

スネークは倒れている倒木を飛び越えると、すぐさま倒木と地面の陰に横転で潜り込むが、それでも一息つく暇はないのだ。

 

 

グラーニン設計局の敷地を抜けて森林に入った瞬間をザ・フィアーに奇襲された時は、避けきれずに毒矢を太ももへと受けてしまった。何とか木々に隠れながらパラメディックの指示で事前に用意されていた複数の血清からザ・フィアーがわざわざ口に出した「クロドクシボグモ」という蜘蛛毒用の血清を打ったお陰で最悪の事態は避けられた。

 

 

ザ・フィアーがわざわざ自分に対して矢に塗られた毒の種類を言った理由───それは毒により死に至る経過を事細かに伝えてきたザ・フィアーが直後に言った「だがそれでは面白くない、まだ死ぬな」という台詞が物語っている。

 

 

ザ・フィアーは自らが戦場で見いだした『恐怖』の感情…それを徹底的に自分へと味わせようとしているのだ。

つくづくコブラ部隊の兵士はどこか頭のネジがずれているなと思わざるをえない。さて、まずは危急の問題がある。

 

 

当の血清がもう無いことだ。元々作戦地域に生息する毒を持つ生物ごとに複数用意していた為に、余分な量を携行することが出来なかったからだ。

 

 

一応敵の拠点等では医務室や保管庫等にそういった血清がそれなりに確保されているため、無くなった血清は補充すればいい。しかしそれはつまり、血清が尽きている今ここで次、あの毒矢を受ければ助からないということになる。

 

 

「居たなぁ!」

 

 

見つかった!───上から聞こえてきた声に確認する余裕もなく、真横に転がると自分が潜んでいた場所に矢が撃ち込まれた。すぐさま立ち上がると、真上目掛けて牽制射を行う。

 

 

「ぬぉっ!やるな!」

 

 

牽制射がうまくザ・フィアーを怯ませたらしく、あのうっすらとした輪郭のある透明な存在が自分の真上にある枝から、別の離れた枝へと跳んでいった。

 

 

それを確認し、近くにあった大木の裏へと移動した。そこからそっと顔を出して辺りを確認してみると、自分の近場の枝が僅かに揺れていた。

 

 

それが意味するのは一つだ。ついさっき離れていったように見えたザ・フィアーが、あそこにいつの間にかいたのだ。だが、とすると奴は今は一体どこに行ったのか…。

 

 

顔を戻すと、上から何かが微かに擦れるような音が聞こえた。即座に真上に視線を送ると、そこには今まさに自分目掛けてボウガンを放とうとするザ・フィアーが木に張り付いていた。

 

 

その瞬間、両手で握りしめたM1911を瞬時に真上に向ける。だがザ・フィアーは張り付いた体勢から既にボウガンを構えており、放とうとしている。

 

 

互いの視線が交差した直後、ザ・フィアー目掛けてサイトを中心へと合わせ、トリガーガードに添えて伸ばしていた人差し指をトリガーへと当て────弦がしなる音が鳴る。そして弦の音に一瞬遅れて3発の連射が響いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──直後、

 

 

 

 

 

「ぐっ…!」

 

 

 

 

僅かコンマ数秒の間に起こった出来事───うめき声を挙げたのはザ・フィアーだった。透明な状態を解除し腹部を押さえながら、突然空中に垂れ下がった。スネークが発射した弾は3発とも、ザ・フィアーの腹部へと命中していたのだ。

 

 

そして、ザ・フィアーの放った矢はスネークの足元からわずか1cmのところに刺さっていた。ザ・フィアーの攻撃は外れた…しかし何故か?それは当人であるザ・フィアーのみにしか理解出来ないだろう。

そしてザ・フィアーはまさに今、命が消えるまでの僅かな時間を思考へと回していた。

 

 

 

「ッ…(外したか…申し訳ありません、ザ・ボス…私はここまでのようです………しかし、何故私は外したのだ…?奴の構える速度以前に私は既に奴を捉えていた…放てば矢は奴の額を先に貫いていた筈だ…何故…奴と私は視線を交わして…私は先に矢を………"視線"?)」

 

 

そこでザ・フィアーは辿り着いた…自身がスネークより先に攻撃しながらそれを外した理由に…。

 

 

「…("視線"か!奴の瞳を見て、矢を外したのか!奴の瞳に動揺してずれたのだ…ああ…『スネーク』のコードネームは只の名では無かった…奴の瞳に…私は恐怖を感じたから…外したのか!初めて感じたぞ!今まで敵にしか与えてこなかった恐怖を!これまでの恐怖など足元にも及ばん!まさに!!)」

 

 

スネークは、空中に垂れ下がっているザ・フィアーを警戒しながらゆっくりと足を進める。ここでスネークが気付いたのは、ザ・フィアーの背中や手足からは、何十本もの黒いワイヤーが伸びている事だった。

 

 

あの人間とは思えない身体能力は彼の素質だけではなく、あの幾つものワイヤーによるものだったのだ。だからこそまるで蜘蛛のように木を登り降りし、軽く見積っても数m以上ある枝と枝をいとも簡単にジャンプで移動出来たのだ。

 

 

むしろだからこそワイヤーを使っていたのだろうか?ならば、まさにドイツ兵達がザ・フィアーを糸を用いて獲物を狩るハンターに準えて蜘蛛兵士という渾名で読んでいたのにも納得がいった。

 

 

シギントからコブラ部隊兵士達の特徴や戦闘方法を聞いてはいたが、あの世界大戦でザ・フィアーに襲われたドイツ軍の兵士にとっては、まさに毒蜘蛛を彷彿とさせただろう。

 

 

そんな考えに耽っていたスネークの前で、突然ザ・フィアーは顔を上げてスネークを睨み付けてきた。そして、まるで自らが執着してきた感情の極致を見つけたかのように叫んだ。

 

 

「これだ…恐怖…恐怖だ!見えたぞぉ………恐怖(フィアー)がぁ!!!」

 

 

叫んだと同時の自爆。

 

 

ザ・フィアーの叫びで嫌な予感が脳裏をよぎっていたスネークは、彼の自爆と共に躊躇せずに大木の1つへと身を隠した。

 

 

それは正しい判断であった。案の定、ザ・フィアーはただの自爆では終わらなかった。自爆と共にスネークや周囲360度目掛けて、ザ・フィアーより下に位置していた辺り一帯にザ・フィアーが用いていた鋼鉄の矢が無数に飛び散ったのだ。

 

 

もしスネークが予感していなければ、もし予感に対して迅速に行動していなければ、スネークは今頃針鼠か剣山のような遺体となってこの場所に転がっていただろう。

 

 

戦闘による疲労と痛む傷のせいでここいらで一息入れて休息したいが、いつまた敵が現れないとも限らない。まずは倉庫へと戻ってからにしようと、スネークは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Sideスネーク】

 

 

 

自分は決して周囲への警戒を怠っていた訳では無かったが、ザ・フィアーとの戦闘直後故の疲労から気付くのが僅かに遅れる。

その襲撃者は突然生い茂った木々の間から、常人が出せるとは思えない瞬発力で襲い掛かってきた。

 

 

それでも気付いてから回避動作までの動きは迷いなく、スネークは首を後ろに反らした──そして凄まじい速度で真横に振り抜かれた手刀がスネークの首を掠め、隣の大木の表面をごっそりと抉った。

 

 

もし気付くのがコンマ数秒でも遅ければ、少しでも首をそらすのが遅ければ、手刀は確実にスネークの喉仏を大木のように抉っていただろう。

手刀が掠った部分から血が垂れるが、スネークは気にするのを後回しに、M1911とサバイバルナイフを襲撃者へと向ける。

 

 

はたして、そこにいたのは屈強な体つきの兵士でも、特殊な装備を持った兵士でも無かった。

そこにいるのは女性だ。いや、女性は女性だが、かなり小さい。身長は150cm以下でしかないし、顔つきも成人どころか10代後半ですらない若さ。

 

 

極めつけはその口から放たれた、舌足らずな幼い言葉であった。

 

 

 

「…外したか」

 

 

 

それは幼女であった。どう見ても10才か、10才を1・2年過ぎただけくらいにしか見えない顔つきと身長の幼女だ。

 

 

だが街中や村でならともかく、こんな僻地のこんなジャングルの中にただの幼女がいる筈はない。

むしろ居たとしたら親に「育児放棄(ネグレクト)だ!しっかり子育てしろ!」と叫ぶだろう(ところでこの時代に育児放棄の概念はあったのだろうか?)。

 

 

少なくともこの幼女以外に先ほど自分の首目掛けて側面から手刀を繰り出してきた襲撃者は見当たらない。

 

 

そこまできて、その幼女の着る幼女には似つかわしくない、度重なる使用で煤けたのであろうフィールドグレーの野戦軍服──その二の腕付近に縫い付けられたワッペンに気が付き、叫んだ。

 

 

「その部隊章…お前もコブラ部隊か!」

 

 

幼女はと言うと、ようやく気付いたのかと言わんばかりの顔で喋り出す。

 

 

 

 

「私は、ザ・ピース。私の手刀を初見でかわした兵士は久しぶりだ…戦いに関しては流石ザ・ボスの弟子といったところか?」

 

 

その言葉から、やはり先の手刀は目の前の幼女が繰り出してきた攻撃だと確信した。しかしその事実に驚きは隠せない。

 

 

目の前の存在は本当にただの幼女なのか?先の大木の表面を容易く抉る手刀といい、拳銃を構えた目の前の自分に物怖じすらしない。

 

 

スネークは、今自分の目の前に立つ存在の名を反復した。どうやらまだまだここから逃げ出せはしないようだ…。

 

 

「お前が、ザ・ピース(平和)…!」

 




次回、ターニャのコードネームの由来を解説。

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