歯車戦記   作:アインズ・ウール・ゴウン魔導王

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皆さん、クリスマスイブですね。

…クリスマスって何?食えるのそれ?


第14話

グラーニニ・ゴルキー(グラーニン設計局)は、兵器開発者であるアレクサンドルレオノヴィッチ・グラーニンに与えられた秘密設計局である。

 

 

秘密設計局ということから、ソ連領内でも木々が生い茂り偵察機による目視やカメラ程度の上空偵察では発見出来ないような深い森林地帯に建てられている。

 

 

つまり設計局と敷地以外はほぼ手付かずの自然なままの森林が広がっているのだ。だがその森林地帯の一角、グラーニニ・ゴルキーの南側に広がる森林地帯は、手付かずとは到底言えない有り様を呈していた。

 

 

立ち並ぶ木々は至るところが焼け焦げ、銃弾跡が蜂の巣のように点在し、破片や血の跡、空薬莢などはあちこちで見つかる。極めつけは周囲360度に広がるように木々や地面に突き刺さった鋼鉄製の短矢に、2つほどある軽自動車サイズの爆心地跡である。

 

 

この有り様を呈する森林地帯を見て「手付かず」や「自然の」と言える人間には、私としましては眼科か心療科をお勧めしたくなるところですね。

 

 

皆さんこんにちは、ターニャ・デグレチャフ少佐であります。よく映画では「残念だったな、トリックさ」みたいな気軽さで死を演じたりしますが、現実に死を偽装するのはなかなかに大変なものですね。

 

 

現在、スネークと戦ったグラーニニ・ゴルキー森林地帯にて、彼が去るのを待ってから隠れていた穴から這い出しているところであります。

 

 

 

 

 

─グラーニニ・ゴルキー森林地帯─

 

 

 

 

 

 

 

つい先ほどの戦い───スネークとの戦いで密着体勢から後ろへと跳び爆弾を起動すると同時に、私は地面に落ちる瞬間に思い切り地面目掛けて渾身のパンチを叩き込んだ。後は重機以上のパワーによって抉れた即席の蛸壺に爆発の際の爆風を受けて落下───スネークから見れば地面付近で私が粉微塵となったように見えた事だろう。

 

 

もっとも代わりに、起爆した爆弾の破片やら爆風で巻き上げられた周囲の小石などが身体の至るところに細々とした傷を残したりしてるので、あちこちがヒリヒリして鬱陶しいが…。

 

 

地面から這い出し終えると、胸元に忍ばせていた"ある物"を引っ張り出した。分厚い豚肉である。こいつこそがスネークのナイフを防ぎ、刃が心臓に到達するのを阻止した功労者である。

 

 

そんな功労者を私はその辺りに投げ捨てると、森林地帯の険しい道へと進み出した。豚肉に関してはそもそも役目を終えた無用の長物と化したし、そもそも私の素肌に密着していた豚肉など食べたいと思う輩は居ないだろう。

 

 

険しい道は、目的地へのショートカットルートだ。すなわちスネークが今目指しているクラスノゴリエ山岳地帯へのルートである。まぁ一般人からすれば道ではないのだが、私は昔からこういったのをやらざるを得なかったから慣れているので問題はない。

身体の至るところの傷に関しても1時間程度あれば治ってしまうだろうし。

 

 

むしろこの先にはまだ2人のコブラ部隊兵士が待ち構えているうえに、山岳地帯には私の部下を待機させているので、スネークのほうが私以上に大変な思いをするだろうが。

 

 

では皆さん、私はこれより山岳地帯を通りグロズィニグラードへと向かうスネークのために、色々と準備がありますので、また後程お会い致しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

─ソクロヴィエノ─

 

 

 

 

 

 

 

一ヵ所に留まらず、無駄撃ちをせず、忍耐強い。

 

 

 

 

基本的に狙撃手(スナイパー)には高い技能が求められる。それは肉眼では捉えられない距離の先にいる標的を、確実に射抜くためである。

 

 

更に狙撃手は総じて忍耐強さを求められる。それは標的が、いつ狙撃手の狙う方向を通るか分からないからだ。場合によっては標的が通らず、空振りに終わることすらある。

 

 

 

だが、今スネークを狙う男は、そんな高い技能と忍耐を求められる狙撃手達の中でも3本の指に入る存在である。

 

 

 

 

ジ・エンド

 

 

 

 

大戦初期をソ連軍狙撃手として戦い、ソ連軍狙撃手の中でも最も多くのドイツ兵を狙撃した兵士である。もっとも彼の功績は本人が希望しなかったことと、上層部が祖国を守る英雄の象徴として掲げた赤軍狙撃手ザイツェフの存在によって、表の歴史には載らない。

 

 

だがその実力は本物である。むしろ彼の真骨頂は狙撃数ではなく、狙撃を成功させる為の技術にあった。まず彼はそれまでは単独行動が普通であった狙撃手の任務に観測手随伴を取り入れた。これは今後、狙撃手が狙う標的は銃の高性能化によってより遠距離になり、地形・風向き・気温・重力といった複雑な状況から最適な狙撃環境を整える必要が出てくるからであった。

 

 

そうなると必然的に狙撃手の負担が増す。それで肝心の標的を狙撃出来ないのは本末転倒である。ゆえに彼は観測手の必要性を感じたのだ(もっともそのジ・エンド本人は戦場を森林地帯に限定すれば、観測手無しで長距離狙撃をこなせる化け物なのだが)

 

 

他にもスコープレンズの反射を防ぐための塗装やギリースーツ等による高度なカムフラージュ方法、これまで対戦車ライフルとして用いられていた大口径銃を『対物ライフル』として新たに開発し、遠距離の対人狙撃に充てる基盤を考えたのも彼である。

 

 

そんな彼に軍関係者達が名付けたのは『近代狙撃術の父』であった。そしてこのソ連領ソクロヴィエノにて、スネークはそんな人外狙撃手によって狙われている状況にあった。

 

 

 

 

【Side スネーク】

 

 

 

 

迂闊に動くことが出来ない。だがここで留まっているのは迂闊に動くのと同じくらいに愚策であった。

 

 

このソクロヴィエノに入ってから聞こえてきたのは、ジ・エンドと名乗る老齢の男性の声だった。目視ではまず見つけられないほど先の距離にいる筈だというのに、ジ・エンドの声はまるで直ぐ近くにいるかの如く聞こえていた。

 

 

ジ・エンドの宣告を受け終わってすぐ、近場にある折れた大木の虚へと身を隠した。そこからジ・エンドの居場所を探るために少しばかり顔を出した瞬間、鼻先を弾が通過した。

 

 

外れたのではなく、わざと外したのだろう。恐らくジ・エンドは、自分が隠れた場所を見ていた。ならば彼は既にこの大木の虚辺りを監視している筈だ。

 

 

だからこそ動く事が出来ないのだ。そして動かずに持久戦に持ち込むのも愚策なのは、ジ・エンドの能力によるものであった。

 

 

EVAから聞かされたジ・エンドの能力───それは人間の身でありながら光合成をするというものであった。聞いた当初「化け物か?」と言ってしまうくらい衝撃的な話であった。

 

 

蜂を操る奴といい人間重機のような奴といい、なぜコブラ部隊にはこうも人外染みた技術と能力を併せ持つ兵士がホイホイ居るのか、神がいるなら文句の一つでも言いたくなるほどだ。

 

 

そんな頭を抱えたくなる状況の中、太陽の光がふと途切れだしたため空を見る。すると、先ほどまで晴れていた空に雲が掛かりだしていた。

 

 

それと同じくして唐突に雨が降りだした。どしゃ降りとはいかずとも、それなりに強い雨である。事前のブリーフィングでこの辺りは天候の移り変わりが多いらしいとは聞いていたが、その通りだったようだ。

そのため既に周囲の視界は目に見えて悪くなりだしている。だが同時にチャンスだと考える。

 

 

(これだけ視界が悪ければ、奴(ジ・エンド)も俺を見付けるのは容易ではない筈だ。奴の射線から移動するのは今しかない)

 

 

この行動は決して最良の手ではないかもしれない。しかし今雨が止んでしまえば、数少ないチャンスをふいにすることになる。持久戦では自分が不利なのだから。

 

 

そうして慎重に出てみると、ジ・エンドは撃ってこない。やはり強い雨で視界を遮られているのだろう。して、それは奴に近づくチャンスでもある。

 

 

ゆっくりと腰を屈めながら慎重に歩を進め、ついに崖の真下に潜り込んだ。そこからやや草が生い茂った獣道を使い、崖の上を目指して歩き出す。

 

 

最初のジ・エンドの射撃は上方からの攻撃であった。また弾が通過した直後に音が鳴り響いたことから、最低でも数百mは離れた地点からの射撃である。

 

 

そこから高確率で弾き出される答えは、崖の上である。恐らくジ・エンドは崖の上を移動しながらこちらを探している筈だ。ならばジ・エンドが待ち構えているという危険性があるとしても、自分も崖の上へと移動しジ・エンドの地の利を失わせる必要がある。

 

 

そもそも自分が持つ武器は麻酔銃とM1911にサバイバルナイフ、手榴弾だけである。遠距離を狙えるスナイパーライフルを持つジ・エンドと近距離戦闘にしか使えない自分の装備では崖下から崖上の相手と対等に戦うことは不可能だ。

 

 

ならばジ・エンドが待ち構えているという危険性があったとしても、奴に地の利を失わせなければ勝機はないということだ。しかしこういう事態となると、旧式のガーランドでもいいからライフルが欲しくなる。

 

 

だが無い物ねだりをしても意味がない。それ以前に、とにかくまずは崖の上へとたどり着き、何としてでもジ・エンドを見つけ出さなければならないのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─ソクロヴィエノ、ジ・エンドの襲撃から20分後─

 

 

 

 

 

スネークはようやくジ・エンドを見つけた。彼は最初に自分を襲撃した位置から、50mほど離れた草の茂みに潜んでいたのである。スネークがジ・エンドを発見出来た一番の要因は、一つだけ残っていた足跡の向きであった。

足跡が残らないよう移動したのか、または残った足跡を消しながら移動したのかは分からないが、その足跡だけがうっすらと地面に残っていたのである。

 

 

その向きからスネークはジ・エンドが潜んでいそうな茂みや岩影などを自分も身を隠しながら双眼鏡で探ったのだ。結果として、僅かに茂みから覗くライフルの銃口を発見出来たわけである。

 

 

そして今スネークはジ・エンドが潜む茂みの真後ろから、ゆっくりと足音を殺しながらジ・エンドのライフルが覗く位置へと近付いていた。そして彼の真後ろに立つと、拳銃を突き付けてホールドアップをした。

 

 

「終わりだ、武器を捨てろ」

 

 

しかしジ・エンドはうんともすんとも言わず、ライフルを構え続けている。スネークはジ・エンドが既に老体故に警告を聞き逃したのではと考え、今度はより響くように大きく喋る。

 

 

「ジ・エンド、武器を捨てろ!」

 

 

だが彼は答えない。ふと嫌な予感に駆られたスネークは彼のギリースーツの真ん中辺り───背中部分を踏みつけた。すると踏みつけた部分からは非常に硬い感触が返ってきた。

 

 

そしてそれが踏みつけられた衝撃でゴロリと転がると、そこにはジ・エンドは居なかった。ジ・エンドの身体だと思ったのは落葉や草を取り付けた布を被せただけの木の幹、そしてスナイパーライフルは破損したAKMを部分的に削りそれっぽく見せただけのガラクタであった。

 

 

罠!!

 

 

今まさにスネークは間抜けな獲物としてジ・エンドの仕掛けた単純なカムフラージュに引っ掛かったのである。コブラ部隊との連戦がスネークの正常な判断を鈍らせたのか、それとも慢心ゆえか、はたまたその両方か…。

 

 

ジ・エンドによる罠だと気付いた時には既に手遅れ───射撃音が響くと共に、スネークの肩に麻酔弾が撃ち込まれた。

 

 

「グゥッ!」

 

 

実弾ではなく麻酔弾とはいえ、麻酔薬を相手の体内に注入するためのデカイ針が付いている。肩にそれを撃ち込まれたスネークは、針が皮膚を貫き食い込む痛みに呻いた。

 

 

『"蛇"よ、それでもザ・ボスの弟子か!』

 

 

単純な罠に引っ掛かったスネークに対して浴びせられたのは麻酔弾だけではなく、森に響き渡るジ・エンドの叱責であった。

 

 

痛みを堪えながらスネークは近くの岩へと身を隠し、先ほど麻酔弾が飛んできた方向へとカバーアクションの体勢から右手に握るM1911を連射する。

 

当てるつもりではなく、とにかくジ・エンドに対する牽制になればとの考えからだろう。しかし牽制とは名ばかりの焦りに満ちた乱射への返答は、太ももへの麻酔弾であった。

 

 

「ガァッ!」

 

 

先ほど肩に受けた時と同じ激痛が太ももに走り、スネークはその場に倒れ込んでしまう。しかも状況はあっという間に悪くなる。

 

 

先ほど肩に撃ち込まれた麻酔弾の麻酔薬が身体に回り始めていたのである。倒れ込んだスネークは何とか身体を起こすものの、全身に気だるさと眠気が襲ってくる。

 

 

罠に掛かった際の攻撃───あの射撃を終えた時点で既にジ・エンドは射撃位置を変えていたのである。スナイパーは一ヶ所には留まらない。

 

 

秘密作戦に従事するエージェントとして、ましてやザ・ボスの弟子としてそんな当たり前の常識すら頭から抜けてしまっていたのである。この危機は今のスネークには、当然の結果であった。

 

 

『どうした?儂はここにいるぞ』

 

 

そうジ・エンドの声が響くと同時に、また別の方向から麻酔弾が撃ち込まれた。今度は腹部である。しかし麻酔針が刺さる激痛は、全身に回りつつある麻酔薬のためか感じない。

 

 

もはやスネークは銃を撃つどころか、自らの足で歩くことすら困難である。そしてそんなスネークに、ジ・エンドの失望に満ちた声が森から響いてくる。

 

 

『未熟者め…今の貴様は、本当の終焉には値しない…』

 

 

だが軽口の一つも返せない。事実スネークはこれまでのコブラ部隊との連戦で疲労してはいたが、同時に慢心していたからだ。ザ・ペイン、ザ・フィアー、ザ・ピースを相手に生き残ったことに自信過剰気味になっていた。

 

 

そしてそのツケがこれである。脅威的な実力のスナイパー、ジ・エンドによって次々と攻撃を受け、死期の近い芋虫のようなザマで岩にもたれ掛かっている。

 

 

終わりか…。

 

 

そんな弱気な考えがスネークの頭をよぎった…そこでスネークの傍の茂みがガサガサと揺れた。敵兵か野生の獣か、それは茂みから飛び出すとスネークの身体に自分の体重を乗せながら押し倒した。

 

 

その相手の顔を見た途端、スネークは先ほどまで麻酔で朦朧としていたにも関わらず、驚愕の状況から若干の覚醒をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は…EVAの…!!」

 

 




【歯車戦記版:コブラ部隊に関するシギントとの通信】



「コブラ部隊の隊員達の名前は、それぞれが戦場で抱く特別な感情からきているらしい」

「特別な感情?」

「ああ。至高の痛み、ザ・ペイン。真実の終焉、ジ・エンド。無限の憤怒、ザ・フューリー。至純の恐怖、ザ・フィアー。永久の平穏、ザ・ピース。そして無上の歓喜、ザ・ジョイ」

「ザ・ジョイ?」

「ザ・ボスのもうひとつの名だ。戦いに感じる喜びのことらしい」

「………」

「大戦中、彼女にはザ・ソローという相棒もいたらしい。哀しみと喜び。いいコンビだったという話だ」

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