歯車戦記   作:アインズ・ウール・ゴウン魔導王

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本日、皮膚科なり。

左手に魚の目っぽいものが出来て数ヶ月、治る気配が無いのとなんか心配なので貴重な休日の午前中を潰して受信待ち。

お待たせ致しました。遅れてすいません。



第23話

「待て!…山猫部隊の連中だ。数は2人だ…やり過ごすか始末するか…いや、考えるだけ無駄だ」

 

「コピー(了解)、やり過ごしましょう」

 

 

男の言葉に女は了承を伝えると、手にする先が尖った枝を持ち直してゆっくりと茂みに身を伏せた。

 

その茂みの前を歩く2人の黒野戦服に赤いベレー帽の兵士は、女に気付かぬまま素通りし、奥の木々が生い茂る向こう側へと消えていった。

 

 

「よし、行くぞ」

 

「はい」

 

 

男は兵士が消えたのを確認してから、手にするSAAを構えつつゆっくりと別の茂みから身を起こし、腰を屈めた体勢で進みだす。

そして女も男が進みだしたのを確認すると、先ほど隠れた茂みから出る。

 

2人はなるべく落ちている枝や小石を避けつつ音を立てないように───しかし迅速な行動で歩を進めていく。

 

 

「待て、伏せろ。歩哨だ」

 

 

新たな敵兵士を見つけた男が女に指示を出し、互いにその場に伏せた。目の前には先ほどとは違い、1人だけで辺りを哨戒する黒野戦服の兵士がいた。

 

手にしたショットガンの銃口で茂みを広げたり、足で雑草や枝の山を踏みつけたりしつつ、徐々に男と女のほうへと近づいてくる。

 

 

「敵歩哨接近、身を隠します」

 

「コピー(了解)、俺はここで動向を見張る」

 

 

男は女に自分の行動を伝えると、伏せていた場所から近場にある深い雑草の茂みに音を立てないよう横に転がりながら入り込んだ。

対して女は歩哨の視線が一瞬逸らされた隙を狙い、歩哨の側にある倒木と地面の隙間へと匍匐で潜る。

 

男は茂みからSAAを歩哨に向かって構えつつ、倒木と地面の隙間部分に潜った女に目線を向けた。

すると女は先ほどの先が尖った枝を取りだし、男に対して喉を親指でなぞるサインをしてくる。

 

女の目的をサインで送られて理解した男は、同じくハンドサインで「やれ」と返す。

 

 

「♪〜」

 

 

女は男のハンドサインを見て、枝をしっかり握ると体勢を変えつつ口笛を吹いた。当然歩哨の兵士はいきなり森林地帯で響いた口笛に注意を向け、口笛が聞こえてきた倒木に近づく。

 

彼は対応を間違え、運も無かった。警戒して周りに呼び掛けるなり、隠れているかもしれない敵を想定して倒木目掛けて射撃を行うべきだった。

しかし自分以外にも多数の兵士が周りを哨戒しているという状況と、自身が近距離で破滅的な威力を指向できるショットガンを手にしているという状態から、彼はショットガンを構えつつも倒木から身体を乗り出すように音の主を確認しようとしてしまった。

 

故に敵を見つけた彼が声を出すよりも、そして引き金を引くよりも素早く繰り出された鋭く先が尖った枝が、無防備に乗り出していた彼の喉を貫くほうが速かった。

 

 

「…!?ゴブッ…!」

 

「フッ!」

 

 

突如として突き出された女が左手に持つ枝で喉を深々と貫かれた兵士は目を白黒させ、周りに知らせようと声を出そうとするも、口からは声の代わりに血が溢れただけであった。

 

そして女は即座に空いてる右腕で男の頭を抱え込み、自分のほうへと引き摺り込んだ。そしてほぼ虫の息であった男の首を思い切り捻り上げ、沈黙させた。

 

 

「よくやった」

 

 

女が見事に敵を始末したのを見計らい、男がゆっくりと倒木のほうへと近付いてきた。

 

 

「どうもです、スネークさん。じゃあ進みましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男と女───スネークとヴィーシャは、再びグロズィニグラードへと舞い戻るべく、自分達を捜索する山猫部隊の兵士を何度もやり過ごし、時には排除しつつジャングルの中を進んでいた。

 

EVAからの無線通信では、グロズィニグラードの裏口───駐車場内へと通ずる坑道がある滝の裏の洞窟で合流すると言われたため、その滝を目指しているのだ。

 

道自体は迷う程ではない。滝の裏ということは、滝があるのは上流である。つまり川の流れとは反対方向へと進んでいけばよいだけなのだ。

 

むしろ問題は、未だにスネークとヴィーシャを見つけ出すために捜索を行っている山猫部隊の兵士達であった。

 

多数の部隊という訳ではないが、それでも軽く見積もって2個分隊は駆り出されている。

そいつらがあちらこちらに散らばり、スネークとヴィーシャの姿もしくはその痕跡を探そうと躍起になっていた。

 

どうやら動かせる人員に対して、捜索範囲は広大らしい。でなければ全員ではないとはいえ、精鋭のスペツナズが各個撃破されやすい単独行動で捜索に当たるなどあり得ないだろう。本来こういった捜索や哨戒は2人1組(ツーマンセル)が大原則だからである。

 

だがそのお陰で、スネークとヴィーシャはどうにかその警戒網を潜り抜けられた。

 

 

「見えました。滝です」

 

「ようやくか」

 

 

ようやく滝に辿り着いた2人は、ほっと詰まらせていた息を吐いた。後は滝の裏の洞窟で、EVAと待ち合わせるだけである。スネークは最後に残った武器であるSAAを手に滝に入ろうとした。

 

実はスネークは、ザ・ボスから牢獄で渡されたSAAを肌身離さず持ち歩いていたのだ。

だが残念ながらSAAに弾は入っていない。これはオセロットがあの牢獄でのロシアンルーレットに用いた───スネークの右目を奪った凶弾を放ったSAAだからである。

 

弾はその時の一発だけであり、シリンダーには使用済みの空薬莢のみ。また他に補給する暇も場所もなかったがために、実銃でありながら弾が無いハリボテ銃と化していた。

 

だが無いよりはマシだ。実際に撃たずとも突き付けるだけで相手を威圧することは出来る。そして滝裏の洞窟に入ろうとしてる今も、そんななけなしのハリボテ銃の威圧頼りであった。

 

そしてヴィーシャも放水路で唯一の武器であったマカロフと銃剣を投げ捨てたために、丸腰である。そのため適当に地面に落ちていたそれなりの太さの枝を岩で削り、即席のスピアとして使っていた。

 

ゆっくりと足音を立てないよう滝の裏へと回ろうとするスネークの背後を即席武器の枝を構えるヴィーシャが守りつつ、両者は進んでいく。

 

 

 

 

 

「……!あぁぁぁーーーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそこに突如として響き渡る後方警戒をしていたヴィーシャの叫び声が、周りを騒がせた。

鳥は驚いて飛び立ち、野生動物は逃げ出し、当然捜索を続けている山猫部隊の兵士達も今の叫び声に気付いただろう。

 

しかしヴィーシャはそんなこともお構い無しに、スネークにある一点を指差しながら声高に呼び掛けた。

 

 

「スネークさん!あれ!あれ見てください!!」

 

「静かにしろヴィーシャ!敵に見つか…」

 

「そんなの今はどうでも良いですよ、あれですあれ!あの木の根元に!」

 

 

ヴィーシャが叫びながら必死に指差す先にいるもの…そこには一匹の生物が、此方をじっと伺うように止まっていた。

 

 

「ツチノコです!!!」

 

 

ヴィーシャはその生物の名前を叫んだ。だが、その名前を聞いて反応したのはスネークではなかった。

 

 

<<スネーク、ヴィーシャ!ツチノコを見つけたのね!>>

 

<<何だって!?>>

 

<<本当か!>>

 

「ええ、はい!間違いなくツチノコです!蛇の頭と尻尾に、ずんぐりとした茶色の胴体!本物です!スネークさんの背後で後方警戒していたら見つけました!きっと私かスネークさんどちらか1人だけでは発見出来ませんでしたよ!」

 

<<よくやった!流石はスネークと行動を共に出来るだけある!>>

 

<<ああ!彼を送り込んだ甲斐があったし、君と組んだのも幸運というものだ!さっさと任務を終わらせてソイツを連れ帰ってくれ>>

 

「はい、これは歴史に残りますよ!」

 

<<スネーク!絶対にソイツを食べたりするんじゃないぞ!いいな?>>

 

「ああ…」

 

 

これまでは日本でのみの観測であり、捕獲事例の無い極少なまでにレアなUMAが、今まさにロシアという広大な国の中で初めて観測され、あまつさえその個体の捕獲が出来る直前まで来ていた。

 

そしてヴィーシャはいつの間にかスネークから離れて、ジリジリとツチノコの側へとにじり寄っていた。

 

顔を汗にまみれさせながら目をギラギラとさせており、さながらその様相は部下を殺した姿を消せる地球外生命体への対抗心を燃やし、トラップというトラップを仕掛けつつ、己の肉体ひとつで戦いを挑まんとしている某アメリカ特殊部隊の筋肉もりもりマッチョマンの隊長を彷彿とさせた。

 

そしてそんなギラギラとした捕食者のようなヴィーシャに気圧されつつも、蛇のような鳴き声をあげて威嚇するツチノコ…

 

両者の距離は徐々に縮まっていき、ついに僅か1mを切り────

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィーシャが声をあげてツチノコに襲い掛かった。そして勝負は、一瞬で着いた。

 

 

「獲ったー!!!」

 

 

見事両手にUMAツチノコを握りしめ、神に供物を捧げるかの如く高々と掲げるヴィーシャ。

 

 

彼女の勝利であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません…つい…」

 

「あれだけ大声を出せば当然だ」

 

 

ヴィーシャとツチノコの対決(というよりは捕獲)は、ヴィーシャに軍配が上がった。

そしてやたら叫び声を上げまくったヴィーシャと側に居たスネークは当たり前の如く、捜索にあたっていた山猫部隊に気付かれた。

 

すぐさまヴィーシャはスネークに引っ張られ滝裏の洞窟に共に隠れたものの、表は山猫部隊が居るため発見されるのも時間の問題であった。

 

 

「とにかく今は息を潜めることだ。それとツチノコは…」

 

「逃がすなんてとんでもない!」

 

「………」

 

 

ツチノコを胸元に抱きしめ、イヤイヤと首を振りながら頑として否定を口にするヴィーシャ。

彼女との捨てる捨てないの問答は無駄だと悟ったのか、スネークは何も言わずに黙り込んだ。

 

 

「…!」

 

「…!」

 

 

しかし直後に滝の外で鳴り響いた銃声と悲鳴に、2人はすぐさま兵士の顔つきへと表情を変えた。ここは流石と言うべきだろう。

 

スネークはSAAを構え、ヴィーシャはツチノコを野戦服の胸元に仕舞い込んで即席槍を構える。

 

外で響くのは拳銃とショットガン、アサルトライフルそれぞれの銃声である。そして銃声に加えてバイクのエンジン音も鈍く響いている。

 

拳銃音が鳴る度に兵士達の悲鳴や叫びが聞こえ、ショットガンやアサルトライフルの銃声はただ鳴るだけ、バイクのエンジン音は消えない。

 

そして数秒後、けたたましくエンジンを響かせながら流れ落ちる滝を割って洞窟内へと飛び込んできたのは、1台の濃緑に塗られた軍用バイクであった。

 

軍用バイクを操るドライバーは、パワフルなエンジンに翻弄されることなく見事にバイクを制御しながら地面へと着地し、スネークとヴィーシャの前で止まった。

先ほどの拳銃音の主であろうドライバーは右手に持つモーゼルC96をモデルとしたコピー銃をホルスターに収めると、スネークとヴィーシャに対して挨拶を述べる。

 

 

「初めましてスネーク、ヴィクトーリヤ。私がタチアナよ」

 

「ずぶ濡れだぞ(ですよ)、EVA(さん)」

 

「そう言う貴方たちもね」

 

 

タチアナと名乗った女性───スネークの協力者であるKGBの女スパイ、EVAは開口一番のスネークとヴィーシャの言葉をそのまま2人に返した。

実際に勢いよく流れ落ちる滝を潜り抜けた2人は、それぞれ着ているものが上から下までぐっしょりと濡れ鼠状態である。

 

そして返す言葉も無いとばかりに、スネークとヴィーシャがくしゃみをするのは同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流れ落ちる滝と弾ける焚き火と炎、そして食べ物の咀嚼がこの洞窟内に響く音であった。

 

スネークは蛇の丸焼き、ヴィーシャは焼き魚をそれぞれ咀嚼している。

両者共にようやくグロズィニグラードから脱出出来たという安心感故か、一気に押し寄せてきた空腹を拒もうとはせず、一心不乱に受け入れていた。

 

スネークは3匹目のほどよく焦げ目がついた蛇の丸焼きに手を伸ばし、ヴィーシャに至っては既に4匹目の焼き魚を半分まで食べ進めている。

 

と、そこでスネークは食事をする手を止めて視線を上へとずらした。その視線の向こう───焚き火の反対側でEVAがスネークを見ていた。

 

 

「君もどうだ?」

 

「私はいらないわ」

 

 

スネークは自分の傍へと座り込んだEVAに別の蛇の丸焼きが通された串を差し出すも、断られた。

 

 

「ははっ…任務でも蛇は食えないか」

 

「…貴方なら…食べたい」

 

 

そう言ってEVAは座り込んだ場所から腰を上げると、下着だけのしなやかで扇情的な肢体をくねらせながらスネークへと寄り添った。

勿論スネークはそんなEVAに目を奪われ食事を中断してしまうほどに、満更でも無いようだ。

 

ちなみにヴィーシャは2人の世界に入ったエージェントとスパイを居ないものとして扱ってるのか、焼き魚のハラワタを咀嚼して舌鼓を打っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─翌日、グロズィニグラード裏通路に繋がる洞窟内─

 

 

 

 

「スネーク、調子はどう?いけそうかしら?」

 

「問題ない。君の見事なテクニックで無事抜くことが出来たしな」

 

「それは良かったわ。もしまた機会があればしてあげるわよ」

 

「その時は優しく頼む」

 

 

 

 

…一応言っておくと、EVAとスネークの会話は決して夜に営む"下の世話"の事ではない。

 

グロズィニグラードの尋問部屋で、スネークがオセロットに埋め込まれた発信器の事である。

あの尋問部屋で当事者として居たEVAはスネークの背中の不自然な盛り上がりを見て、スネークがまだ発信器除去を行っていないことに気付いたのだ。

 

そこでEVAは必要な器具が無いこともあり、道具を一切使わずに発信器除去を行った。本来は傷口を広げないよう手術器具やそれに近い道具を用いるのだが、彼女はそれを傷口を広げずに成した。

つまりは素手で直接背中から発信器をぶっこ抜いたという訳である。

 

そのあまりに見事な技術にスネークは驚き、もしまた発信器を埋め込まれるようなことになった時は頼むと、冗談を交えた雑談を交わしていただけである。

 

 

「じゃあスネーク、これが例の爆薬よ」

 

「例の…ソコロフが言っていた、自由自在に形を変えられる爆薬か…」

 

「ええ、C3爆薬よ。形を変えられるから狭い隙間や容器なんかにも入れられるけれど、1つ注意して───この爆薬を爆発させるには、事前によくこねなければならないの。こねなかったり、こねかたが不十分だと火がつくだけで爆発しないわ。電気信管でも同じよ」

 

「分かった。潜入の合間にこねるとしよう」

 

「それともう1点、フルシチョフがグロズィニグラード近辺に軍を動かしたわ。多分貴方が失敗した時の保険ね。それを知った大佐が対抗するために部隊を集結させているわ。急がないと警戒がより厳重になるわよ」

 

「分かった。後で格納庫外で落ち合おう」

 

「ええ、じゃあ後で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大要塞グロズィニグラード・兵器厰区画】

 

 

 

 

 

今のグロズィニグラードを一言で言うなら、厳戒態勢だ。普段ならばもっとトラックや車両が行き交い、基地の要員があちらこちらで指示を飛ばしている筈だが、今は僅かな兵士達の反復訓練の銃声と怒声くらいしか聞こえない。

 

 

大方、ほとんどの兵力はスネークの侵入を警戒して哨戒か施設内警備に割かれたのだろう。現状を物語風に言うなれば最終決戦前といったところだろうか。

 

そんな最終決戦前というのは、物語ではよく「重大な事が判明」だとか「目的の物を発見」だとかやってるが、どうやら現実でも起こりうるらしい。

 

 

 

 

 

「そうか…ついに見つけたか」

 

<<はっ。現在"例の物"は地下金庫内に厳重に保管されていますが、どうやら運びだそうという動きがあります>>

 

「不味いな…よし、少しばかり早いが、私はこれより攻撃準備に移る。貴官は運び出されそうになったら構わん。敵を排除し、"例の物"を奪え」

 

<<はっ。了解致しました少佐殿>>

 

 

通信が終わると、私はそれまで潜んでいたダンボール箱の中から這い出した。

初めは他に隠れられそうな場所が見つからなかったために、ダンボール箱を軽く罵りながら潜り込んだのだが…

 

 

「まさか全く見つからんとは…」

 

 

たまに資材の運び出しや物品の在庫確認にGRUの兵士や将校が出入りしたり、ダンボールを開けたり閉めたりしていくのだが、何故か私が入り込んだダンボール箱だけは見向きもしない。

 

たまにそのダンボール箱に目をつけたかと思えば「邪魔だな」と言って持ち上げたりせずにズリズリと床を擦らせながら端っこに寄せたり、「只の箱か」と呟いてそのまま無視して去っていったりと、見つからないのは良い事なのだがなんか釈然としない感覚はある。

 

 

(それに何だ…こう、安心感というか…人間はこうあるべきというか…そんな妙な感覚が沸き立つぞ…)

 

 

何か悟ってはいけないものを悟りそうな気がしたので、とりあえず必死に頭の中からダンボール箱のことを追い出した。

 

どうも皆さん。ターニャ・デグレチャフであります。いつもならば少しばかり挨拶を入れるのですが、今は時間が無いのでお許しを…。

 

さて、スネークは見事に脱走を果たした。そして今、恐らくはもうグロズィニグラードへと再潜入を果たしているだろう。シャゴホッドの破壊とヴォルギン大佐の排除───そして、ザ・ボス抹殺のために…。

 

たった1人の科学者と1つの悪夢の兵器から始まった世界を揺るがす駆け引きは、今このソヴィエトの端っこの要塞にて結末を見んとしている。

 

スネーク、FOX、シャゴホッド、ヴォルギン大佐、ゴースト・カンパニー、コブラ部隊、ザ・ボス…

 

見る者が見ればさぞや滑稽に映るだろう。複数の大国があらゆる人間・組織・部隊・情報網を通じて必死の形相で獲ようとしている物が、あんな小さな物質だということに。

 

だが、『その小さな物質の中には世界を動かせるだけの莫大な資金のデータが収められている』と聞けば、笑える者は居なくなるだろう。

 

そう、ヴォルギンが奪われることを恐れ、グラーニンがスネークに明かした、2度の世界大戦を経て3大国の真の権力者達が持てる資産から供出した世界を動せる悪魔の金の事である。

 

 

 

 

"賢者の遺産"

 

 

 

 

だからこそヴォルギンはああまで必死に遺産を守ろうとし、誰も彼をも疑っているのだ。

 

…と、長々と舞台の裏を語ってはみたものの、私としてはそんな時代遅れの老人達が必死こいて供出した遺産を鼻で笑い飛ばすがな…はっきり言ってくだらない。

世界を支配出来る莫大な資金?そんな事で世界を支配出来るなど夢物語どころか中二病患者の誇大妄想もいいところだ。

 

昔からあらゆる国や人間が金や武力・知略に物を言わせて世界や広範囲に覇を唱えようとしたが、誰もが最終的に失敗した。ローマは一大帝国を築いたが、仕舞いには分裂して西と東で仲違いをして片方が滅亡、片方が衰退の一途を辿った。

 

大英帝国は7つの海を支配したなどと持て囃されたがそれも泡沫の夢───アメリカ大陸を独立戦争で失い、残った植民地インドもインパール作戦に携わったインド国民軍将兵を極刑に処すことを流布した途端にインド各地で大暴動が発生、大戦で国力の疲弊したイギリスには暴動を鎮圧するだけの余力すら残っていなかったために、インド独立を認めた。

 

アレキサンダー大王もチンギス・ハンも志し半ばに終わり、一番世界支配に近かったチョビ髭伍長に至ってはほとんど自滅である。

 

つまり所詮は世界支配など、人間には不可能なのだ。世界に通ずる規範か高性能AIでもなければ、必ずどこかで綻びが生じるのである。

 

だからこそ私は賢者の遺産をくだらないと考える。どうせなら遺産をガガーリン少佐やアームストロング船長もびっくりするぐらいの盛大な打ち上げ花火にしてやりたいくらいだ。

 

もっとも、それが出来ないのが今の私の立場であり、悲しい現実なのだが…

 

ともあれ、哀れかな…ヴォルギン大佐には悪いが、遺産は我々ゴースト・カンパニーが頂く。ソヴィエトにも間抜けな中国にもビタ1文譲る気はない。

 

理由はひとつだ───それが我々ゴースト・カンパニーに課せられた任務(ミッション)だからだ。

そして私が求める平穏な日常へのファーストクラスチケットでもある。

 

コーヒー片手に書類を片付けて夕暮れには自室で趣味を満喫出来ていた平穏な日常から一転、政治屋のせいでこんなくそったれな遺産奪取に駆り出されたのだ。ご丁寧に世界大戦と世界滅亡のカウントダウンを添えてリボンでラッピングしてな!

絶対にスネークには核戦争を止めて貰わねば…そして私は銃声と硝煙・謀略が渦巻く危険地帯から再び安全な後方勤務に就いてやる。遺産奪取してついでに私に尽くしてくれた部下のためにヴォルギンの奴を地獄に叩き落としてな!

 

私は静かに手に持つM−16の挿入口にマガジンを填め込むと、目的の兵器厰本棟へと進みだした。

勿論胸中で安全な後方勤務をもぎ取ってやると息巻きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─貯水槽区画・物資搬送トラック荷台─

 

 

 

グランツは上官であるヴァイスの命に従い、この貯水槽区画の哨戒任務に就いていた。表向きの目的はグロズィニグラードの警備だが、実際にはアメリカのエージェントの手助けのためである。

 

昨日のアメリカのエージェントであるスネークと、スパイ容疑を掛けられた同僚のヴィーシャの脱獄騒ぎでは、グランツは捜索隊の足止めや撹乱が任務であったのだが、途中までは首尾よく遂行出来ていた任務は、いきなり現れたオセロットのせいで全てが御破算になってしまった。

 

その時、グランツは1個分隊を召集していたところであった。分隊は全員、上官であるターニャが様々な手段で篭絡したGRUの兵士達だ。

召集した目的は、既に忠誠心をターニャへと募らせた彼らを各捜索隊に加わらせて、嘘の情報や偽の痕跡をそれとなく掴ませつつ、スネークとヴィーシャの脱出時間を稼ぐためである。

 

しかしいざ命令を下そうとした時にその原因が、いつものカウボーイ気取りの装いで現れたのだ。

 

オセロットは数人の山猫部隊兵士を連れてグランツの前に来ると、グランツが指示を出そうとしていたGRUの1個分隊を「分隊召集ご苦労」とだけ言って、止める間も無く彼らを連れて貯水槽区画の、あのアメリカのエージェントが使った出入口に入っていってしまった。

 

お陰でエージェントとヴィーシャを逃がすために別ルートから潜入したノイマン大尉からは説教を受け、ヴァイス大尉からは頭蓋に拳を叩き込まれた。

 

そんな経緯から、グランツは今ここで名誉挽回のために警戒任務に就かされていた。

だがその名誉挽回の機会が、即座に舞い込むことになるとは思ってもいなかったが…。

 

 

「ん?」

 

 

今、トラックの荷台に積んであるダンボールが動かなかったか?

自分の目の前にある物資搬送用トラックには備品が詰められた伝票付きのダンボールがいくつも積載されている。

 

その中の真ん中に乱雑に置かれた2つの大きなダンボール───その片方が僅かにだが動いた気がしたのだが…。

 

近付いてよく眺めると、うっすらとだが人の気配がした。

人の…人の?

 

 

(…ああ!なんだ、ここに居たのか!)

 

 

人の気配がする2つのダンボール───既にグロズィニグラードに再潜入している筈の2人組。

そしてダンボールに貼り付けられたシャゴホッドが格納されている"兵器厰本棟"行きの伝票。

 

 

「兵器厰本棟か…」

 

 

そうと分かれば話が早い。早速搬送用トラックの運転席に乗り込むと、エンジンを入れてトラックを発進させる。

 

グロズィニグラードは侵入者対策として、車両を奪われた場合にあらゆる区域を簡単には行き来出来ないように区画分けされている。だから広いとはいえ兵器厰自体は貯水槽区画及び試作戦車の駐車兼点検用区画の隣に位置しているのだが、トラックやジープで行くためには車両用ゲートから出て大きく迂回する必要があるのだ。

 

そうしてトラックを運転して、兵器厰本棟前のゲートへとやって来た。するとゲート横の小さな警備室から当直の兵士が眠たそうにあくびをしながら顔を出してきた。

 

兵士は運転席にいる自分の姿を見てからトラック、そして積載されているであろう物資がある荷台を見て、一応セキュリティルールだからと言いたげな感じで、流れ作業のように用紙を挟んだバインダー片手に訪ねてくる。

 

 

「荷物は?」

 

「兵器厰本棟行きの備品と機材。可燃物は無しだ」

 

「…兵器厰本棟備品と機材、可燃物無し…荷物の伝票は?」

 

「いつも通りだ。面倒だから適当にサインして直接ファイルに挟んどく。どうせ事務の奴も誰が確認してサインしたかなんて気にしないからな」

 

「オーケー、通ってよし」

 

「ありがと」

 

 

ここに来てから何度も目にして、自分も繰り返したセキュリティ対策とは名ばかりの杜撰な流れ作業。

 

ソ連軍の中でもグロズィニグラード勤務の兵士や士官はかなりの怠惰と腐敗ぶりだ。表にこそ出ないが、兵器厰東棟勤務の備品管理士官は物資を横流ししているし、各武器・弾薬や食料の倉庫を管理する奴も目録なんて使わず目測計算で適当に記入するだけ。

 

上官があんなイカれた大佐という事を考えれば、当たり前だろう。実際にはここにいる連中は皆、あの大佐に辟易しているのだ。

 

出身国の軍に勤務してた頃に上官の付き添いで顔合わせした、メキシコの偽装基地勤務になる予定だというやたらハイテンションな大柄の武装親衛隊少佐や、ポーランド辺りで捕虜を使った"表に漏れたら不味い実験"を繰り返しているという妙ちきりんな眼鏡の科学者を連れた丸眼鏡で肥満体型の親衛隊中尉なんかもかなりのものではあった。

 

しかしどちらも部下に規律と節度を敷いていた。だから少なくとも腐敗が広がっていた親衛隊組織の中で、あの2人の下で横領や横流しといった噂は聞かなかった。

 

そんな彼らと比べると、グロズィニグラード要塞司令官という、基地と大部隊を国から預かる要職に就く男の有り様には呆れしか出てこなかった。

 

 

「さて…と、おいそこのあんた。後ろの荷物を降ろすのを手伝ってくれ」

 

「ああ」

 

 

丁度その辺りでゲートを抜けた先───兵器厰本棟前のロータリーに着いたので、トラックを止めると近場にいた兵士に荷物の運び込みの手伝いを頼む。

 

 

「備品か…こいつの中身は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ…今もっとも重要なもの───俺にとってのVIPさ…」

 

 

「?」

 




【ツチノコ】
MGS3では簡単に無限フェイスペイントを手に入れるための生物。ラットトラップ片手に出現ステージに仕掛けまくったのは良い思い出。
本作品ではツチノコ狩りにヴィーシャ参戦。
で話題変わるけど、けもフレにもツチノコって出てきたよね。あのフード被った可愛い奴。
※レアUMAとはいえ決してヴィーシャみたいに潜入中に声をあげてはいけません。死にます。主に貴方が。


【横領や横流し】
ゲームなので施設やら倉庫やらから武器やアイテムを奪っても気付かれないシステムですが、現実に則って考えてみたら気付かれない理由として汚職や横流し故の適当な管理が有り得るかなと思い、本作品ではグロズィニグラード要塞の汚職と杜撰な管理実態を捏造。というかヴォルギン大佐へのような上官がいたら本当にまかり通りそう。


【ハイテンションなメキシコ勤務予定の少佐と、ポーランドで不味い実験繰り返している科学者連れた眼鏡の肥満中尉】
何処かで見たというか出てきた親衛隊の士官や佐官の方々。ナチスって文句無しの悪人だし悪役組織だけど、創作作品では妙に格好良さとかカリスマ性持ったキャラクターが生まれるから不思議。

「世界一ィ!!」
「よろしい、ならば戦争だ!!」

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