Opening -Paratrooper-
〜第二次世界大戦終結後、世界は東西に二分された──────冷戦と呼ばれる時代の幕開けである〜
―5:30AM August 24, Pakistan Airspace―
僅かに明るみが見える暗さの中、パキスタンの空を飛行する1機の軍用機の姿があった。
尾翼にUSAF(アメリカ空軍)の名が刻まれた軍用機────機体左下側面から斜め下に突き出た複数のバルカンカノン砲と機関砲を備えたその異様さは、少なくともただ飛行するためだけにそこにいる訳では無いことは明らかだった。
そしてそれを肯定するかのように、機体内部にパイロットの声が響き渡る。
「パキスタン上空、高度3万フィート。間もなくソ連領空に近付きます」
ソ連────それは、あの大戦以来、協力ではなく侮蔑と嫌悪、イデオロギーの対立でアメリカと対を成す独裁国家であった。
そしてそのソ連領空に接近する軍用機の機内では、後部ハッチ付近に2人の男が待機していた。
1人はバイザー付ヘルメットで顔を覆った男───彼は幾つかの装置を操作しながら、着々と報告をしていく。
「降下20分前…機内減圧開始。装備チェック…アームメインパラシュート(自動開傘装置のアーミングピンを外せ)」
「よし、準備はいいか」
そして軍用機のある区画では、数人の男女が複数の画面が備え付けられた大型コンピューターを前に、作業を進めている。
「高気圧、依然として目標地域に停滞中。CAVOK(雲底高度・視界無限)、オーケー」
「よし、良いぞ。視界は良好だ」
その中でリーダー格とおぼしき、片目に縦に切り傷の痕を持つ壮年の男性が、現在の状況に機嫌良さげに一人ごちる。
そして、場所は格納庫に戻り、もう1人の人間─────彼はオリーブドラブの野戦服を纏い、葉巻をふかしていた。
そんな彼に、作業を進めていた男性が次の作業に移るため、男性に準備を促した。
「葉巻を消せ。酸素ホースを機体のコネクターに接続、マスク装着せよ」
しかし男は聞こえていないのか、葉巻を消そうとも、マスクを装着しようともしない。
「…あの男、素人か?」
指示通りに行動しない男に対して、彼は嫌味を含めて聴こえるように呟くが、それすら葉巻を吸う男は受け流していた。
そこにパイロットから目標地点への接近報告が来る。
「リリースポイント(降下実施点)に接近中…」
「降下10分前」
「おいっ!聞こえたか?葉巻を消してマスクを装着しろ」
なかなか準備に移ろうとしない男性に、ついにコントロールルームで作業を眺めていたリーダー格の男性が有無を言わさない口調で直接指示を出した。
男性はというと、有無を言わさない相手の指示に口元に笑みを浮かべ、葉巻を投げ捨てる。
それを見た作業員の男性はやっとかと言いたげなため息を漏らしながら、作業に移る。
葉巻を捨てた男がマスクを被り終わると、バイザー付ヘルメットを着けた作業員の男は機材を操作しながら次の作業へと移る。
「機内の減圧完了、酸素供給状態確認。降下6分前!後部ハッチ開きます!」
そして徐々に開かれていくハッチの先からは、目を奪われるような雲海の先から朝日がゆっくりと昇りつつあった。
「日の出です…」
「外気温度、摂氏マイナス46度。降下2分前…スタンドアップ(起立せよ)」
ハッチ解放と共に、マスクを着けた男は立ち上がり、ハッチの手前へと移動する。
「時速130マイルで落下する。風速冷却での凍傷に注意しろ」
「降下1分前…後部に移動せよ」
「ペイルアウトボトル(酸素装置)作動」
開かれたハッチの端で止まった男の眼下には、分厚い雲に覆われた空が辺り一面に広がっている。
「これが記録に残る世界初のHALO降下になる…」
リーダー格の男性の呟きと同時に、作業員が降下のカウントダウンを開始する。
「降下10秒前…スタンバイ…全て正常、オールグリーン!降下準備…カウント…5 4 3 2 1──」
「鳥になってこい!幸運を祈る!」
リーダー格の男性の激励と共に野戦服の男はハッチからバランスを前に傾けて落下────空中で何度か回転を行いバランスを整えると、垂直の体勢で一気に雲海の底へと消えていった…。
野戦服の男の降下を確認した軍用機のコントロールルームでは、先ほどのリーダー格の男性が椅子に座り込み、一息入れていた。
「さて…後は奴から連絡が来るのを待ってからだな…」
そこに突然、機内無線を通してパイロットから緊急の報告が流されてきた。
「緊急───コントロールルームに伝達、レーダーに所属不明の大型機影確認。方位210度、高度2万9千フィート。ソ連・パキスタン間の国境付近を目指して飛行中の模様」
「まて、直ぐに確認を取る…」
パイロットから告げられた報告に、コントロールルームのリーダー格の男性が手元の数枚の紙を見ながら、コンピューターのキーボードを操作していく。
そこへ、またパイロットからの報告が入る。
「コントロールルーム、不明大型機、ソ連領空に到達───旋回を始めました」
「待て……パイロットへ、上からの確認が取れた。そいつはイギリスの民間機だ。パキスタン行きの航空便だが、計器の故障で国境まで飛んでしまっていたとの事だ。直ぐに引き返す筈だ」
「了解、こちらでも確認しました。大型機影、旋回飛行を中断し、パキスタン領空へと引き返しました」
「よし、では続けるとしようか」
問題の解決で機内には一瞬安堵の空気が漂うが、搭乗員逹は直ぐに気を引き締め、自分たちの作業へと戻った。
──不明大型機が引き返す少し前──
大型機の内部───後部区画の格納庫内には、10人程度の屈強な身体つきの男達が各自の装備を確認しながら雑談に興じていた。
そばにいる作業員は隊長格と思われる小柄な将校と会話を交わしながら、作業を進めていく。
そんな中で、先ほど作業員と会話を交わしていた小柄な将校が兵士達へと向き直り、状況説明を始めた。
「諸君、"蛇"が先ほど降下したとの事だ。作戦の第一段階開始だ…我々もこれより、ソ連領空よりHALO降下を行い、ソ連領ツェリノヤルスクへ降下する」
「「「「「はっ!」」」」」
兵士達が規律の取れた動作で返答し終えると、うち何人かの部隊長が冗談混じりの雑談を始める。
「しかし、作戦故に仕方ないですが、我々も初のHALO降下という恩恵に預かりたかったものですな」
「そう、ボヤくな。我々はまた少将閣下の下で働けるのだ…それだけで御の字だろう」
「大尉、それは昔の階級でしょう。今は少佐殿ですよ」
「確かに。だがあの時の大隊長殿の少将への昇進は我等が一番誇りに思える出来事でしたな」
「諸君、お喋りはそこまでにしたまえ…そろそろあのコンバットタロンのレーダーに我々が引っ掛かる頃だ…ダミー情報は流しているが時間が掛かれば不審がられる。時間との勝負だ、良いな?それと、全員マスクの装着は済んだな?」
「「「「「イエス、マム!問題ありません!」」」」」
小柄な将校の言葉に雑談をしていた隊長格と兵士達は再び規律の取れた動作で返答する。
その辺りで、作業員から報告が入る。
「マスクの酸素供給状態、問題無し。機内の減圧完了、後部ハッチ、開放します!」
後部ハッチが開かれ、小柄な将校の後ろに男達が続いてハッチ手前まで移動を始める。
「外気温度摂氏マイナス45度。降下2分前…」
「諸君、時速100マイル超えでの降下だ。まさかと思うが、降下し終わってから風速冷却での凍傷で作戦遂行不能などという事態は勘弁してくれたまえよ」
「ご安心を少佐殿、そのような輩がいれば、バルバロッサの時に既に凍死しておりますので」
「なら煩わされる心配は無いな」
「降下1分前…後部に移動、ペイルアウトボトル(酸素装置)作動」
開かれたハッチの端で止まった将校以下兵士達の眼下には、あのコンバットタロンから降下した男も眺めたであろう分厚い雲に覆われた空が辺り一面に広がっている。
「さて諸君、これは世界で2番目となるHALO降下だ!残念ながら彼らと違い我々のは記録には残らないがな!だが諸君の心には死ぬまで刻まれる、それを忘れるな!」
将校の演説に合わせたかのように、作業員が降下のカウントダウンを開始する。
「降下10秒前…オールグリーン!降下準備…カウント開始…5 4 3 2 1──」
「諸君!鳥になろうではないか!降下!!」
将校の激励と共に兵士達は、率先して降下した将校に続いて次々とハッチからバランスを前に傾けて落下────皆、あの軍用機から降下した野戦服の男のように空中で何度か回転を行いバランスを整えると、これまた垂直の体勢で一気に雲海の底へと降下していった。
まだ全ての部品は揃っていない…
だが鋼鉄の歯車はゆっくりと…
だが、確かに音を立てて回り始めた…
幕が開いた動乱の時代を戦い、生き、死んで行く者達の記録を刻むために…
彼等の"戦記"を刻むために…。
………あと、幼女の記録も………。
幼女最高!!
以上!!!