戦女神×魔導巧殻 第二期外伝 -ハイシェラ魔族国興亡伝- 作:Hermes_0724
『グァァァァァッッ!!』
椅子に拘束された青髪の女が叫び声を上げる。頭部は上半分が、金属製の兜で覆われている。頭や四肢には管が繋がれ、女から何かを吸い取っているかのようであった。女が動かないよう、巨大な甲冑のような機械が、肩を押さえ込んでいた。空間が歪む。時の流れが早くなったり遅くなったりする。女は口から泡を吹いていた。あまりの苦痛に意識を失いそうであった。
…時空間座標軸固定、時空連続体トノ接続ヲ完了、次元融合ニヨル歪ミヲ集約、三次元空間確立マデ後カウント十秒…
天井から事務報告のような抑揚のない声が聞こえてくる。女にとって、終了までの僅かな時間が、永遠に感じるほどの苦痛であった。やがて苦痛の時は終わる。女を押さえ込んでいた甲冑の手が離れ、手足の拘束具が外れる。女はだらしなく、椅子からズレ落ちた。凄まじい疲労感であった。このまま意識を手放し、眠りにつく衝動にかられる。だが女は床を這った。唇を噛み、痛みと血の味で意識を保ちながら、逃げようとする。
『う…ううぅっ…』
廊下は暗かった。非常灯が辛うじて視界を確保してくれている。朦朧とする意識の中で呻きながら、女は必死に逃げる。やがて外に出た。山の斜面である。久々に見る夜空があった。遠くに爆発音が聞こえる。だが女にとっては、今は逃げることが先決であった。斜面を転げ落ちる。力の殆どを吸い取られ、幼い魔獣程度の力しか残されていない。何処まで逃げたのかは解らない。何日間か彷徨い、やがて深い森の中で倒れる。意識が離れていく中で、女は復讐を誓った。
プレメルの街は騒然としていた。民衆たちの多くが隠れる。元兵士など勇敢な者は、剣を手にとって襲撃者たちの前に立ちはだかったが、抵抗も虚しく倒れる。
『向かってくるのであれば仕方がありませんが、無抵抗な民衆には決して危害を加えてはなりません!たとえそれが、悪魔族であろうともです!』
馬上からルナ=クリアが指示を出す。王宮に続く昇降機は止まっていたが、それは既に計算済みであった。王宮への路は昇降機だけでは無い。資材などを運ぶための山道を確保する。
『大図書館の他、各神殿や魔導技術研究所を確保するのです。何かしらの情報が残されているかもしれません。半日後には、歩兵および輜重隊が到着します。それまでに、山道の調査を行いなさい!』
ルナ=クリアの足元に、オメール山の偵察部隊が戻ってきた。魔神ハイシェラが入ったこと、山全体に結界を張り、魔力を用いた情報伝達を遮断したことを報告する。ルナ=クリアは頷いた。これで数日は時間が稼げるはずである。絶壁の王宮を見上げながら、爪を噛みたい衝動に駆られる。改めてこうして観ると、まさに難攻不落の要塞である。昇降機が無い以上、山道を使ってルプートア山脈を攻め上がるしか無い。その途中には木柵などが設けられ、守備兵が待ち構えているだろう。数そのものは圧倒的にこちらが有利だが、相手はひたすら守りを固めれば良いのだ。こちらはそれを撃破し、王宮を占拠しなければならない。ここまで上手く事を運んできたが、それでも尚、成功する確率は五分五分に思えた。
『ナーサティア神殿に本陣を構え、後詰めの受け入れを行え!街の出入り口を封鎖せよ!』
聖騎士エルヴィンも矢継ぎ早に指示を出している。数刻で、プレメルは完全に占領した。民衆たちには危害を加えないこと、できるだけ外出を控えること、病気などで困っている者は申し出ること、などを伝えていく。プレメルでも最大の建物であるナーサティア神殿に本営を置き、絶壁攻略の作戦を話し合う。やがて山道の調査報告が届いた。
『全部で三箇所に鋼鉄製の柵が設けられ、弓隊が待ち構えています。数は少ないですが、士気は高いようです』
『ご苦労様でした。やはりここは、力攻めしか無いでしょう。歩兵隊が到着次第、一気に攻め上がります』
『…ならば我らの力を使うが良い!』
ナーサティア神殿内に声が響いた。大柄な黒衣の男の後ろに、それぞれに武装した六人が立っている。歩調を合わせ、七人が入ってくる。マーズテリア神殿対魔特務機関の七人であった。
『アンデルセン機関長、ずいぶんとお早い到着ですね?歩兵隊と一緒に来ると思っていました』
『捷さは力也… 我らであれば、あの王宮など一瞬で落とせよう』
だがルナ=クリアは首を振った。
『皆さんには、魔神ハイシェラとの闘いで活躍をしてもらいます。魔族国は一人ひとりの兵士たちの力によって、滅ぼさなければなりません』
マーズテリア神殿によって魔族国を滅ぼす。西方諸国から中原へのフン、と鼻から息を吐き、アンデルセンは部屋から出ていった。
オメール山内が振動していた。ハイシェラは数発の純粋魔術を古代兵器に放ったが、傷一つ付けられない。古代兵器ガルガシオンを身に纏う魔神アムドシアスは、狂ったように哄笑した。
≪クハハハハッ!無駄無駄ァ!完成された美の前には、貴様のような野蛮人など赤子も同然っ!≫
≪なるほどの、やはり魔力を弾くか… ならば肉弾戦で倒すのみよっ!≫
ハイシェラの拳がガルガシオンの顔面に刺さる。巨体が揺らぐ。その細腕からは考えられないような破壊力であった。腕を掴み、背負うように投げ飛ばす。
≪お、おのれ…≫
アムドシアスの貌が怒りで歪む。ハイシェラはそれを無視して、装甲を引き剥がそうと隙間に手を差し込んだ。バキバキという音と共に、表装が剥ぎ取られる。掴もうとする腕を斬り飛ばす。ハイシェラの貌に凄惨な笑みが浮かんだ。
≪死ねぇっ!アウエラの裁きっ!≫
引き剥がした表装から内部に腕を差し込み、再び純粋魔術を放つ。内側からの爆発に、古代兵器もさすがに耐えられなかった。爆発によって引き剥がされたアムドシアスは、絶叫を上げながら壁に打ち付けられ、意識を失った。バラバラになったガルガシオンを踏み潰し、ハイシェラは四方の壁に声を掛けた。
≪アリスッ!姿を顕さぬのであればそれで良い!この遺跡と共に、永遠に消えるが良かろう!この山ごと、跡形もなく消し飛ばしてくれるわっ!≫
両手に極大純粋魔術を込める。その時、耳障りな音が響いた。何処からともなく、声が聞こえた。この世界の言葉ではない。
『ビーッ!ビーッ!被検体ノ暴走ヲ確認 被検体番号LC-6E、CodeName”High Sierra" 危険ト判断 「
突然、ハイシェラの視界が真っ白になる。凄まじい頭痛に襲われる。
≪ガッ…ガアアァァァァッ!!≫
頭を抱え込み、ハイシェラが身悶える。白一色の視界の中に、様々な景色が浮かんでいく。オメール山が過る。イソラ王国が過る。ターペ=エトフが過る。シュタイフェやシュミネリア、インドリト・ターペ=エトフ、黄昏の魔神などの貌が浮かぶ。マクルの街、紅き月神殿、ニアクール遺跡… 二千年以上に渡るハイシェラの記憶が通り過ぎていく。
『被検体ノ記憶ヲ確認 初期化マデ、カウント10』
≪ああああああああ!わ、我の記憶を…消すつもりかっ≫
ハイシェラの中の最後の記憶が浮かぶ。白衣を着た男たちが取り囲んでいる。何を喋っているのか、全く理解できない。ただ恐怖だけが自分を支配している。涙を浮かべ、震える自分を冷徹な瞳が観察する。恐怖の中で、ハイシェラは悟った。自分は勝てない。どれほど力を高めようと、この存在には自分は決して勝てない。
≪ヤ…メ…ロ…≫
意識が消えようとしたとき、ハイシェラの世界が反転した。何かが急速に離れていくのを感じた。それは自分なのかと思った。眼を開けると、そこに紅い髪をした人間が立っていた。
(何故、我が立っているのだ?我は一体… あれは…)
『エラー検出、被検体ニ変化 未知ノ存在ヲ確認 Unknown Unknown Unknown Unknown…』
ハイシェラも何が起きたのか理解できなかった。だが目の前の人間に懐かしさを感じた。自分の中の何かを失ったという寂寥感と目の前の人間への懐かしさで、ハイシェラの瞳が霞んだ。
≪そうか… 目覚めのだの…≫
凄まじい炎が立ち上った。此の世の全てを焼き尽くすほどの灼熱の炎である。ハイシェラでさえも、見たことが無い程の力であった。部屋の壁を破壊し、区画一帯を焼き尽くした。機械の音声が悲鳴のような声を上げる。
…エラー…エラ-…ウェ‥ラ・・・
≪それが「女神の力」か…≫
『俺は…俺は…セリカ…』
数十年ぶりに目覚めたセリカは、炎が消えるのを確認して倒れた。ハイシェラは室内を見渡した。灼熱の炎は壁内の「
≪セリカ・シルフィル…久しいの…汝の存在は、ずっと感じ続けておったわ…≫
セリカを抱え上げる。その顔を見下ろすハイシェラの瞳から、雫が溢れた。
≪我の旅は終わったわ。これから何を求めて生きれば良いというのかの?じゃが今は、汝には我が必要であろう。汝は生きよ。我を喰ろうて、生き延びるが良い…≫
青髪の魔神は自ら服を脱ぎ、セリカの上に腰を落とした。
絶壁の王宮へと続く山道では、ハイシェラ魔族国とマーズティアとの熾烈な戦いが続いていた。騎馬隊一千と歩兵隊三千、計四千名のマーズテリア神殿精鋭部隊は、数度目の突撃を開始し、第二防衛線をようやく突破した。対する守備隊は僅か十分の一以下であるが、その練度はマーズテリア神殿にも劣らない。
『もうすぐ王宮だっ!このまま一気に突破するぞ!』
聖騎士エルヴィンの鼓舞により、兵士たちが雄叫びを挙げながら山道を駆け上がる。だが城門前の最終防衛線において、大きな障壁が立ちはだかった。魔人シュタイフェと魔人パラバムの二柱が立ちはだかったのである。
『ボフッ!シュタイフェ…ハイシェラ様は?』
『ハイシェラ様はもうすぐ戻られる!それまで、何としても持ち堪えるでヤスよ!』
『アイアイッ』
パラバムが触手を振りながら突撃する。シュタイフェが後方から魔術で支援をする。爆発がそこかしこで起きる。だが神殿側も負けてはいない。弓が斉射され、門を護る亜人たちが一人、また一人と倒れる。
『もう少しです。ここを突破すれば、我らの勝利は確定します。一気に殲滅しなさいっ!』
聖女の檄と共に、雷系魔術が降り注ぐ。頑強な抵抗も、徐々に削られつつあった。エルヴィン・テルカの剣がパラバムを切り裂く。既に矢が何本も刺さった体では、さすがの魔人も限界であった。啼声をあげてパラバムは崩れた。
(ここまでか… インドリト様、もうすぐお側に行きますぞ…)
シュタイフェは純粋魔術を打ち上げ、王宮内の部下たちに合図を送った。
ハイシェラは気怠さの中で考え事をしていた。精気を失った古神は、ハイシェラのみならずアムドシアスまで貪り、精気を吸い続けた。ハイシェラは抵抗すること無く、セリカに身を委ねた。自分を貪る男の頭を撫でながら、ハイシェラは自分の今後について漠然と想う。ディル=リフィーナ誕生から二千数百年、自分の旅は一つの区切りを迎えた。無我夢中で逃げ出したあの頃はただ孤独で、生きることだけを考えていた。数多の生命を屠り、生を吸収し、力を蓄えてきた。悪夢は終わった。もう夜に震えることは無いだろう。これからの永遠を何に使うかを考えるのは、意外に愉しいことであった。
(護るのは性に合わぬ。そうだの… 世界征服なんて、面白いかも知れぬの)
セリカは赤子のように、ハイシェラに縋りついた。胸を吸う男の頭を抱える。セリカの精気が回復をしたら、魔族国に迎えよう。この男には、自分が必要だ。この男を護りながら、共に生きるのも良い… ハイシェラはそう感じていた。誰かが、近づいてくる気配があった。穏やかな表情に険しさが浮く。身を起こし、全裸のまま入り口で身構える。やがて見知った顔が近づいてきた。翠玉色の髪を持つ美しいエルフが一礼する。
『ハイシェラ王、お取り込み中のところを失礼します』
«白銀公か… こんな場所まで何用じゃ?»
『二点、ハイシェラ王にお伝えしなければならないことがあり、罷り越しました。ハイシェラ王もお気づきと思いますが、この遺跡、そしてそこに眠る神殺しは、ディル=リフィーナにおいて脅威の存在となり得ます。古の技術を掘り起こし、神の秩序を乱さんとする輩にとっては、何としても手に入れたいと考えるでしょう。放置をすることは出来ません。そこで、私共トライスメイルが結界を張り、神殺し共々、この場所を封じます』
ハイシェラは鼻で嗤った。この遺跡を最も知るのは自分であり、同時にこのケレース地方の支配者も自分である。これまで森に引き篭もっていたエルフに勝手にされるのは不愉快であった。ましてセリカは、五十年以上を共に過ごしたのである。セリカを手放すことなど、ハイシェラには考えられないことであった。
«余計な手出しは無用だの。このオメール山は我の支配域じゃ。この山もセリカも、我が魔族国が責任を持って護ろう。汝らは森の中で大人しくしておれ…»
だが白銀公は首を振った。表情を変えぬまま、二点目の用件を告げる。
『やはり、お気づきではないのですね。この山は神聖魔術によって封鎖の結界が張られていました。この術式は光神殿、おそらくマーズテリア神殿のものです』
«なんじゃと?»
『三日前、マーズテリア神殿の騎馬隊が華鏡の畔を通過し、プレメルに向けて進軍をしています。お伝えしたいことの二つ目はそれです。ハイシェラ王、貴女は罠にかけられたのです』
ハイシェラは歯ぎしりをし、自らの服を取った。白銀公が止めようとする。
『お止めになられたほうが良いでしょう。プレメルも王宮も、もはや陥落していると思われます。騎馬隊の中には、聖騎士と聖女の姿もあったそうです。以前の貴女ならともかく、力を失った状態では、殺されに行くようなものです』
魔神は本来、独立独歩の存在である。普通の魔神であれば、国を捨て独りで逃げるであろう。だがこの時、魔神ハイシェラは全く違う価値観で動いていた。
«留守中の護りはシュタイフェに任せている。そう簡単に負けるはずがない。我の還りを待ちながら、抵抗を続けているはずだの。我は王じゃ!我を信じ、我を必要とする臣下を捨てるなど、我には出来ぬっ!»
雄叫びをあげて天井をぶち破り、ハイシェラは遺跡から脱出した。残り少ない魔力を振り絞り、必死に絶壁の王宮を目指す。白銀公は若いエルフたちに指示をした。セリカの肉体は魔法布で包まれ、室内に安置する。その側に、トライスメイル産の服を置く。深緑の外套の側には、一振りの剣を置いた。まるでハイシェラに何が起きるのかを見越していたような手際である。変事を起こした原因である芸術バカは、すでに連れ出されていた。
『水の巫女様の言う通りでしたね。ハイシェラ王は魔神ではなく、「神」に近い存在です。そしてこの若者… 「セリカ・シルフィル」の覚醒は、川の流れにどのような影響を与えるのでしょうか。流れを変える巌か、水面を揺らす岩魚か… いずれにしても、それは少し先の未来です。今はただ、お眠りなさい。いずれ再び起きるであろう、激流に備えて…』
神殺しが眠る部屋を結界で封じ、白銀公たちは静かに立ち去った。
絶壁の王宮にある「謁見の間」で、ハイシェラ魔族国は最後の抵抗を続けていた。シュタイフェの合図により、行政府の部下たちは一斉に動いた。ターペ・エトフから続く数百年間の記録の全てを消去する。王宮に隣接する行政府は劫火に包まれていた。元老院に掲げられた「万機公論に決すべし」の標語も燃えている。部下たちの大半は、地下の転送機を使って新たな理想郷へと逃げた。この場にいるのは、王宮を護る僅かな衛兵と自分だけである。
『シュタイフェ様、もはや扉が保ちません。早くお逃げ下さいっ!』
『ハイシェラ様は必ずお戻りになられる!最後まで護るのが臣下の役目でヤスッ!』
大きな音が響き、扉が破られる。マーズテリア神殿の騎士たちが一斉になだれ込む。シュタイフェは魔術杖を掲げ、炎を放った。だが騎士たちの前に強力な結界が展開される。騎士たちの間から純白の聖衣を纏った美女が進み出た。
『魔族国宰相シュタイフェ・ギタル殿ですね?私はマーズテリア神殿聖女ルナ=クリアです。ここまで良く、戦われました。ですが、これ以上は無意味です。投降するのであれば私の名誉に賭けて、手厚い保護を約束します』
『ヒッヒッヒッ…アッシは魔人、悪人ですぜ?アンタみたいな美人に請われるのは嬉しいでヤスが、生憎とそこまでバカ正直じゃありヤせん。アンタたちの狙いは、アッシのココでしょう?』
シュタイフェは自分の頭を指差した。再び魔術杖を繰り出す。自分の持つ最大級の純粋魔術を放つが、ルナ=クリアの結界を破ることは出来ない。シュタイフェは舌打ちをした。
『やれやれ、魔力以上に智慧が危険… そう言われていヤしたが、どうしてどうして、魔力も十分に怪物級ですぜ』
誰に向けての言葉か、シュタイフェは賛辞を込めて呟いた。ルナ=クリアは片手を挙げた。先端に分銅が付いた鎖を騎士たちが持つ。
『多少、手荒でも構いません。彼を捕縛なさい!』
同時に複数の鎖が放たれる。火系魔術を放って防ごうとする。だが上方から網が放たれた。網がシュタイフェに絡まりつく。
『シュタイフェ様ッ!』
網を除こうとする衛兵たちが、次々と矢に倒れる。シュタイフェは悲壮な笑みを浮かべた。杖の先端から暗黒の光が放たれる。
『いけないっ!自爆をするつもりです!止めなさい!』
全員が飛び掛かろうとした時、天井が崩壊した。強い魔の気配が謁見の間に舞い降りる。青髪の美しい魔神が出現した。
『ハ、ハイシェラ様?』
«どうやら、ギリギリで間に合ったようだの?シュタイフェ、無事か?»
外見が変わっているため、シュタイフェは一瞬だが戸惑った。だが発せられる口調や覇気は、紛れもなく主君のものである。ハイシェラは歓喜の心を抑えて膝をついた。
『ヘイッ!留守を護れず、お詫びのしようもありヤせん!どんな罰でもお受けしヤす!』
«良い、これは我の落ち度だの»
ハイシェラは侵入者たちを睨んだ。
«マーズテリア神殿の輩か…フンッ、何が光の神殿か!何が正義の神か!我の留守を狙ってのこの襲撃、汝らの行為は、ただの盗賊と同じだのっ!»
魔神の出現に、騎士たちは聖女を護るように身構えた。剣を抜いたハイシェラの横に、網から抜け出たシュタイフェが立つ。だがハイシェラがそれを止めた。
«シュタイフェ、汝は兵たちを連れて逃げ落ちよ。ここは我が食い止める»
『恐れながら、ハイシェラ様…その命令だけは聞けヤせん。アッシは何処までもお供をするとお誓いしヤした。第一、主君と別れるのは一度で十分でヤス』
ハイシェラは笑みを浮かべ、頷いた。最後まで抵抗しようとする主従の前に、聖女が進み出る。
『…失礼ながら貴女は、ハイシェラ王なのですか?ハイシェラ王は、赤髪の魔神と聞いていましたが?』
«色々あっての… 我が名は地の魔神ハイシェラ、死に急ぎたい者から掛かってくるが良い!»
『ハイシェラ…青髪…』
ルナ=クリアは眼を細めて呟いた。目の前の女は確かに魔神に違いないが、その力は著しく落ちている。ハイシェラは古神の肉体を乗っ取っていたはずだ。赤髪の肉体は何処にあるのか?オメール山で、一体何があったのか?疑問は尽きない。だが今は、それを考えている場合ではない。魔神が出現をした以上、当初の計画通りに対応すべきだろう。ルナ=クリアの目配せに、エルヴィンが頷いた。騎士たちの間から、七人の男女が姿を顕す。凄まじい殺気と存在感であった。
『こ、これは…』
シュタイフェは思わず一歩退いた。ひと目見ただけで、一人ひとりが超常の力を持っていることが解る。中央に立つ銀髪の男が背中に刺した二振りの剣を抜いた。七人が同時に言葉を発する。
…我ら軍神の剣也 我ら軍神の盾也 我ら軍神の死兵也 只伏して主に許しを請い、只伏して主の敵を倒す者也 隊伍を組みて方陣を敷き、悪鬼羅刹となりて魔を討ち滅ぼす者也 我ら「
『汝らに救いは無い。ただ躯となりて野に還るが良い…』
対魔特務機関長ドレッド・アンデルセンの瞳は、狂気の光を発していた。ハイシェラとの間合いを一瞬で詰め、凄まじい斬撃を放つ。ハイシェラは辛うじて、剣で防いだ。だが右頬と左肩が切れる。ハイシェラが剣を繰り出す。たとえ力を失っているとはいえ、魔神の繰り出す一撃を防げる人間はいない。だがアンデルセンは防ぐのではなく剣身で受け流した。態勢が崩れたハイシェラの腹部に、強烈な蹴りを放つ。ハイシェラは蹴り飛ばされ、壁にめり込んだ。シュタイフェが叫びながら魔術を放とうとする。だが目の前の男は残像を残して消えた。後頭部に一撃を受け、白目をむいて気を失う。
『シュタイフェ・ギタルの捕獲完了、それにしても…』
ハイシェラが震えながら壁から躰を起こす。冷たい視線を放ちながら、アンデルセンが溜息をついた。
『上級魔神以上というから、六名もの部下を集めたのだが、まさかこの程度とはな。聖女殿、聖騎士殿で十分だったではないか…』
口から血を吐き、荒い息をしながら、それでもハイシェラは闘おうとする。止めを刺そうとするアンデルセンをルナ=クリアが止めた。アンデルセンを下がらせる。シュタイフェは縄を掛けられ、騎士たちが抱えている。
『魔神ハイシェラ…勝敗は決しました。もう十分でしょう。ここで降伏をするのであれば、貴女を封印するだけに留めることを約束します』
«嘲笑わせよる… 魔神として生まれて幾星霜、これまでどれほどの生命を奪ってきたと思うておる?我が名は地の魔神ハイシェラ、命惜しさで虫ケラに膝を屈するはずがなかろうがっ!»
剣を構える。瞳が輝く。残り僅かな魔力を燃やし、最後の瞬間まで「己」で在り続ける。数奇な運命の中で魔神となり、闘い、奪い、喰らい続けること二千数百年… 地の魔神ハイシェラの生命は、その終着点に着こうとしていた。自分に向けて特攻を仕掛ける魔神をルナ=クリアは見つめた。眼を細め、両手を天に掲げた。
『…やむを得ません。マーズテリアの威光をっ!』
歴代聖女の中でも最高の魔力を持つルナ=クリアの一撃が放たれる。遙か上空から、白く輝く巨大な光の柱が落ちてきた。ハイシェラの視界が真っ白になる。
そして、意識が途切れた…