戦女神×魔導巧殻 第二期外伝 -ハイシェラ魔族国興亡伝- 作:Hermes_0724
ハイシェラ魔族国の滅亡後、ケレース地方は再び「混沌の地」へと戻ることになる。ターペ=エトフが三百年に渡って耕したオリーブ畑や農牧園などは廃れ、プレメルの街もその面影は殆ど残っていない。イソラ王国の王族にしてマーズテリア神殿の騎士であったリーフ・テルカは、ケレース地方の様子についてこう述べている。
…現在のケレース地方は「混沌の楽園」と呼ぶに相応しいだろう。北華鏡の集落はそれなりに栄え、人間族と亜人族が手を取り合い、牧歌的な暮らしをしている。東ケレース地方からレスペレント地方へと入る入り口には、イソラ王国がある。イソラ王国は紆余曲折の歴史があるが、シュミネリア女王の代で復興し、現在では小国ながらも複数の光神殿を持つ国として、東ケレース地方で豊かに暮らしている。一方、西ケレース地方では南部に悪魔族、北部に竜人族が暮らし、その一方でフレイシア湾にマーズテリア神殿が砦と灯台を建設し、光と闇と古が入り混じっている。友好関係というわけではないが、相互不干渉が黙約となっている。そしてオメール山は、トライスメイルによって厳重な結界が敷かれ、何人も立ち入ることが出来ないようになっている。何故、オメール山が封鎖されているのかは不明だが、シュミネリア女王は「未来永代にわたってイソラ王国はオメール山に入らず、その代わりにイソラ王国とメルキア王国バーニエとの交易路を認める」という外交協定をトライスメイルと結んだ。ケレース地方全体を見れば、は魔獣や亜人族など多様な種族がそれぞれに縄張りを持つ混沌とした地だが、それぞれに互いの領分を尊重しあい、平和に暮らしているのである。マーズテリア神殿がフレイシア湾以上の進出をしないのは、この「混沌とした均衡」を護るためであろう…
ハイシェラ魔族国崩壊時、絶壁の王宮やプレメルの街は、その都市機能は稼働しており、十分に自給自足が可能な広大な農牧場もあった。それにも関わらず、ルナ=クリアはプレメルを放棄し、マーズテリア神殿全軍を撤退させている。聖女の中でどのような判断があったのかは、一切が不明のままである。
それは一瞬のことであった。聖女ルナ=クリアが放った極大神聖魔術がハイシェラに墜ちようとしたその時、ルナ=クリアの後方で待機をしていた兵士たちが弾けた。瞬きする間も無いほどの一瞬であったが、ルナ=クリア、エルヴィン・テルカ、そして対魔特務機関の七人は、確かに見た。漆黒の何かが、音を超えるほどの速度で横切り、光の柱の中に入った…
屋根が崩壊し、床が割れる。三百年間にわたって西ケレース地方を見下ろしてきた白亜の宮殿に極大神聖魔術が降り注いだ。だがすぐに光は消えた。光の柱に呑まれたはずの魔神ハイシェラは完全に消えていた。後方から呻き声が聞こえる。振り返ると、兵士たちが複数名、倒れていた。見たところそれほどの怪我ではない。だが美しい貌に険しさが浮かぶ。確保したはずの魔人シュタイフェの姿が無いからであった。
『アンデルセン機関長…』
『既にケネスが追っている。アレは一体、何者だ?』
クリアは頷き、自分たちが見た者の正体を語った。
『一瞬のことでしたので確証はありませんが、このようなことが出来るのは唯一人… ターペ=エトフの黒き魔神ディアン・ケヒトです』
アンデルセンは頷くと部下たちに指示をした。
『我々も直ちに追跡する!どうやら本命が登場したようだ』
五人の部下を従え、対魔特務機関長ドレッド・アンデルセンは謁見の間から出ていった。その後姿を見ながら、ルナ=クリアは考えていた。恐らく、捕らえられないであろうと…
絶壁の王宮から東へ数里離れたルプートア山脈の中腹部に、二柱の魔神と一人の魔人が降り立った。だが意識があるのは黒衣の魔神だけである。ディアン・ケヒトは、久々に着けた黒仮面を外した。二十歩ほど離れた岩場に向けて声を掛ける。
『これほど完璧に気配を消しながらも、オレを追跡してくるとはな。マーズテリア神殿の対魔特務機関か?』
岩場から痩せた男が姿を現した。両手には刺突武器を持っている。ゆっくりとした独特の歩調で岩場を離れる。気がついたときには、眼の前に刺突武器が繰り出されていた。辛うじて躱すが、左頬が切れる。だがディアンも腰から短剣を抜き、男の腕を切り落とそうとする。僅かに掠め、男は再び距離を取った。左頬の傷から煙が出る。
『見事だ。「溜め」が一切なく、気配と動きで相手の意識を反らせて一瞬で殺す。暗殺術に長けているようだな。そしてその武器、呪術によって神聖属性を与えているのか』
男は無言で、再び攻撃を繰り出した。ディアンも短剣で受けるが、絶妙な距離感で追撃を許さない。巧妙な闘い方であった。相手の狙いが時間稼ぎであることは明らかであった。実際、強烈な気配が六つ、近づいてくるのを感じていた。ディアンの眼が細くなる。暗黒の気配が立ち昇る。
≪お前の時間稼ぎにこれ以上は付き合えん。終わらせて貰うぞ…≫
そう呟いた瞬間、男の首が跳んだ。ディアンの残像が消えた時には、既に男は倒れていた。死体を見下ろしてディアンは舌打ちをした。だが時間がなかった。ハイシェラとシュタイフェを抱えると、純粋魔術を放ち、山を崩す。東に向けて飛行する。崩れ落ちてきた岩を避け、あるいは破壊しながら、ドレッド・アンデルセン率いる特務機関の一団は、逃げた三名の背中を見上げていた。アインヘル・ルッケンが矢を番えようとするのをアンデルセンが止めた。
『止めておけ。位置的に我々のほうが不利だ。これ以上、相手に情報を与える必要はない。ケネス、闘った感想はどうだ?』
首の無い死体が動き出し、自分の頭を掴む。再び接合する。何事も無かったかのように、暗殺者ケネスはアンデルセンの前に跪いた。
『…まだまだ力を隠していたため、予想でしかありませんが…』
『構わん。お前の見立てではどの程度だ?』
『…最低でも上級魔神以上、上は測れません。下手をしたら第一級神にも匹敵します。討伐には、特務機関の総力が必要かと…』
『ふえぇぇ~ じゃ、アタシたちだけなら全滅してたかもね?』
獣人の戦士ミーリンが惚けた声を上げる。アンデルセンは息を吐いて、部下たちに指示を出した。
『撤収するぞ。魔神ディアン・ケヒト… 主の神名に誓って、いずれ討ち果たしてくれる…』
その場の全員が首肯した。
目を覚ますと、そこには青空が広がっていた。水のせせらぎが聞こえる。どこかの広場のようであった。シュタイフェは欠伸をして起き上がった。
『その様子なら、問題ないようだな…』
懐かしい声が聞こえ、振り向く。黒衣の男が石に腰掛けていた。
『ダ、ダンナッ!』
『久しぶりだな、シュタイフェ… ターペ=エトフの民の移住、本当に良くやってくれた』
『どうして、ダンナが?』
『お前の部下が転送機を使って、エディカーヌ王国に駆け込んできた。マーズテリア神殿が攻めてきたとな。だが公に動けば、マーズテリア大神殿があるベルリア王国とも事を構えることになる。女王がオレに、単独でシュタイフェを救出せよと命じたのさ』
シュタイフェはキョロキョロと周囲を見た。黒衣の男、ディアン・ケヒトは笑って説明をした。
『ここはトライスメイル、エルフの杜だ。白銀公が許可をしてくれてな。オレも立ち入ったのは初めてだ。ハイシェラも無事だ。多少なりとも極大神聖魔術を受けたので、部屋で寝ている。いや、もう起きているな…』
ディアンが顔を向けると、蒼髪の美女が歩いてきた。ディアンは立ち上がって頷いた。
『ハイシェラ、やはりお前はそっちのほうがソソるぞ?』
『フンッ、今の我は力を失い、国も失った負け犬じゃ。汝も汝じゃ。我を助ける暇があったのであれば、あ奴らを皆殺しにすれば良かったものを。じゃが… まぁ、シュタイフェを救ってくれたことは感謝するだの』
ディアンは苦笑した。これだけ強がりを言えるのであれば、もう大丈夫だろう。
『さて… では二人共、行くぞ?』
『何処へじゃ?』
踵を返そうとしたディアンに、ハイシェラが疑問を投げかけた。ディアンは当たり前の事を聞くなという表情で、行き先を告げた。
『決まっているだろう?エディカーヌ王国だ。そこでなら、お前たちも安心して生を謳歌できる』
だがハイシェラは意外な返答をした。
『ならばシュタイフェだけを連れていくが良い。我は汝とは行かぬ』
『なに?』
『我の旅は、一区切りがついた。国を率いて他国を攻め滅ぼそうとも考えたが、その国も失った。最早、我は王では無い。ただの一介の魔神じゃ』
『だからこそ、エディカーヌ王国だろう?そこなら…』
ハイシェラは首を振った。
『力を失ったとはいえ、我は地の魔神ハイシェラじゃ。汝の情けは受けぬ。我を必要としている者が、オメール山で眠っておる。いずれ目覚めた時、記憶を失いしその男には、我が必要じゃ。一方、汝に我は必要なかろう?』
『
『「誰かに必要とされる喜び」… 「汝ら」との闘いで得たものだの。我は、我を必要とする者の為に生きよう。シュタイフェ、この時をもって汝の職を解く。我の生き方に付き合う必要はない。汝は、汝の途を歩むが良い』
『ハ、ハイシェラ様…』
『最後まで我に仕えてくれたこと、礼を言う。汝のことは決して忘れぬ…』
シュタイフェは双瞳から涙を零し、両膝を折った。ハイシェラは穏やかに微笑み、頷いた。
『さらばじゃ、黄昏の魔神よ。いずれ何処かで、会うこともあるやも知れんの?』
ディアンも得心をしたような表情を浮かべ、頷く。
『あぁ… 達者でな』
蒼い光が、トライスメイルから東へと飛び立った。その光をシュタイフェは暫く、見つめていた。
プレメル、そして絶壁の王宮では、兵士たちが遺物の捜索を続けていた。だが状況は思わしくない。
『聖女様、ダメです。行政府と思わしき建物は全焼し、紙切れすら残されていません』
クリアは溜息をついた。
『まさかここまで完全に消却するとは… これではいずれ、ターペ=エトフという国は「伝説」になるでしょう。大図書館や魔導技術研究所はどうですか?』
『数冊の書籍と何点かの部品らしきものは発見しましたが、殆どが空の状態です。宝物庫にはそれなりの金銀が残されていましたが…』
『そんなモノには価値はありません。全く、やってくれますね。インドリト王は…いいえ、あの男はこの日があることまで、予見をしていたのでしょう』
兵士が筒状のものを抱えてきた。クリアは首を傾げて、それを手に取った。
『これは…』
『武器庫と思われる部屋にありました。箱に鍵が掛けられていたことから、貴重な武器だと思われます。それと、同じ箱の中にこれが…』
水晶片のようなものが差し出される。クリアは手にとって陽に透かした。中で炎が燃えているように見える。強い魔力が込められていた。
『恐らく魔導技術の一種でしょう。総本山に持ち帰ります。壊れないよう、厳重に包んで運びなさい』
クリアは絶壁の王宮から西ケレース地方を見下ろした。マーズテリア神殿として、この地をどうするか考えていた。
ディアンとシュタイフェは、未だにトライスメイルに留まっていた。すぐに立ち去らなかったのは、白銀公が戻ってくるという知らせを受けたからだ。きちんと礼を述べて、筋を通しておきたかった。また、トライスメイルでは抱えられない「荷物」もあるということであった。それも引き受けなければならない。シュタイフェは果実を齧りながら呟いた。
『それにしても、残念でヤスねぇ… 西ケレース地方はこれからマーズテリア神殿の支配域になる。あの豊かな土地を光神殿がおさえるっていうのは…』
『いや、恐らくはそうならないだろうな』
首を傾げるシュタイフェに、ディアンが説明した。
『マーズテリア神殿がプレメルの街を統治して、オリーブ園を管理する… 出来ると思うか?「人も、魔導技術も無い」のに?』
シュタイフェは膝を叩いた。
『「撤収」ですと?この地を放棄すると仰られるのですか?』
聖騎士エルヴィン・テルカは声をあげた。時を費やし、犠牲を払い、ようやく魔族国を滅ぼしたのである。この豊かな土地をマーズテリア神殿の直轄領とし、膨大な物産を神殿のために役立てるべきだと主張する。だがクリアは首を振った。
『確かに、いまは豊かな土地に見えるでしょう。ですが、この地を管理し豊かさを維持するために、どれ程の人員が必要だと思いますか?私の見立てでは、最低でも十万人は移住させる必要があるでしょう。またその人達の生活はどうやって維持するのです?プレメルの街の水道を見ましたか?あれは未知の魔導技術によって、維持されています。魔導技術者がいなければ、すぐに壊れるでしょう。オリーブ園もそうです。山の斜面に広がる広大なオリーブ園… 手入れをするためには毎日のように、山を登り降りしなければなりませんね?どれ程の労力が必要でしょう。仮に人が集まったとしても、オリーブ油を精製する建物、石鹸等を製造する技術、全てが失われているのです。この地は「ターペ=エトフでなければ統治できない地」なのです』
皆が圧倒された。クリアの貌に、滅多に見られない感情が浮かんでいたからだ。それは、怒りを通り越した「呆れ」であった。
(ここまで徹底的に「焦土」されると、むしろ清々します。結局、マーズテリア神殿が手にしたのは「魔族国討伐」という実績だけです。)
深呼吸をして、クリアは己の感情を鎮めた。普段のような美しく輝く微笑みを浮かべる。
『申し訳ありません。少し、昂ぶっていたようですね。私たちは既に、大きなものを手に入れています。魔族国を討伐したという事実は、西方神殿の中で大きく評価されるでしょう。たとえ魔族国であっても、人の力で倒すことが出来る… 皆さんによって、それが証明されたのです。中原を覆っていた暗雲もこれで晴れます。皆さん、本当に良くやってくれました。さぁエルヴィン殿、勝鬨を…』
聖騎士は頷き、剣を天に掲げた。絶壁に雄叫びが響いた。
『一体、どういうことだ?私は確かに、美の頂きに達していたはずだが…』
白銀公が苦笑する。トライスメイルに戻ってきたエルフ族長は、頭痛の種を持ち帰っていた。美を愛する魔神アムドシアスは記憶が不明瞭なようで、自分がなぜトライスメイルに居るのかさえ、理解していないようであった。ディアンは出来るだけ噛み砕いて(都合の悪いことは歪曲して)、「芸術バカ」に説明をした。ハイシェラが居なくなったことを知ると、上機嫌になったようだ。
『あの野蛮な「戦闘バカ」が居なくなれば、ようやく私も静寂に戻ることが出来る。よし、華鏡の畔に戻って、庭園の手入れをするか!』
『あぁ~ そのことだが… あの宮殿の地下にあった美術品は、もう無いぞ?オレが回収して、エディカーヌ王国に運んだ』
『なにっ!貴様っ!私の
激昂する芸術バカに、ディアンは穏やかに語りかけた。
『アムドシアス、お前らしくもないな。「美」とは独り占めをするものではないだろう?多くの人に観てもらうことで、美は生命を宿す。お前の蒐集物は、謂わば「世界の宝」だ。エディカーヌ王国に来い。王国では現在、「美の街」を建設しようとしている。美に触れることで、新たな美が生まれる。「美が集まる理想郷」…芸術と音楽の都を創ろうとしているのだ。お前も手を貸せ』
『「美が集まる理想郷」だと?』
アムドシアスの心が揺れる。ディアンは頷き、トドメを刺した。
『確かな審美眼を持つ「美の管理者」が必要だ。お前にこそ相応しい役職だろう。美術館を建設し、お前の蒐集物を並べ、美を広く世界に知らしめる。その隣では毎日のように、楽隊が名曲を奏でる。日々集まる「新たな美」をお前が品定めする… どうだ?エディカーヌ王国で、永遠に美を追求しないか?』
陶然とした表情を浮かべる芸術バカを見ながら、シュタイフェは小さく溜息をつき、心の中で思う。
(要するに、蒐集物はエディカーヌ王国のもの。アムドシアス殿は、ただ指を咥えてそれを眺めるだけってことでしょうが。相変わらずこの御仁は…)
アムドシアスとの話が落ち着き、頭痛の種が消えた白銀公は、優雅な仕草でディアンに挨拶をした。ディアンは丁寧に一礼をして、感謝を述べた。
『白銀公。私も、そしてエディカーヌ王国も、貴女には感謝しきれない。王国はまだ新興国ですが、必要なものがあれば、出来るだけのことをさせて頂きます』
『ではディアン殿に一つだけ… オメール山に眠りし「もう一人の神殺し」についてです』
ディアンの表情が引き締まる。白銀公は言葉を続けた。
『どれだけの未来かは解りませんが、いずれ彼は目覚めます。そして、自らの運命と対峙をすることになるでしょう。その時は、彼に助力をしてあげて頂けませんか?彼を「破壊神」にしないために…』
『解りました。私も些か、彼には縁があります。その時が来れば、彼に力を貸しましょう』
白銀公は微笑み、その場を後にした。ディアンは振り返り、二人に声を掛けた。
『シュタイフェ、アムドシアス… そろそろオレたちも行こうか?』
『あぁ~ ダンナ… アッシもエディカーヌ王国には行けねぇでヤス…』
『……』
ディアンは沈黙して、シュタイフェの言葉を待った。
『アッシはインドリト様にお仕えし、そしてハイシェラ様にお仕えしヤした。もう宮仕えは十分でさぁ。これからは一介の魔術師として、流れ歩きたいと考えていヤス』
『流れ歩くと言っても、お前は魔人だろう?東方ならともかく、西方には行けないだろう』
『ヘイ… そこで、ディアン殿にお願いがあるんですが…』
シュタイフェの要望を聞き、ディアンは頷いた。両手に魔力を込め、シュタイフェの頭を左右から挟んだ。
金髪の男が手を振って西へと去っていく。ディアンも手を振り、その後姿を眺めた。横にいる芸術バカは一刻も早く、新たな理想郷に行きたいようであった。馬を南へと向ける。馬上で揺れながら、ディアンは笑った。
…どうせ外見を変えるのであれば、出来れば「超絶美男子」でお願いしヤス!そうすりゃ西方の美女たちとズッコンバッコンッ!…
…まぁ、出来ることは出来るが、本当に良いのか?…
『アイツ、解ってるのか?あの貌で下品なことを言えば、他人はどう思うかって… まぁいいか』
生きている限り、再び巡り合う日も来るだろう。レンストの街を抜け、やがて新たな理想郷が見えてきた。芸術バカが歓声をあげて馬にムチを入れた。ディアンは笑って、それを追いかけた。二柱の魔神はほぼ同時に「闇夜の国」に入った…
第二期外伝:了
【Epilogue】
■ラウルバーシュ大陸北東部「氷結の台地」
荒涼とした大地に血飛沫が広がる。蒼髪の魔神は魔獣から精気を吸収した。両手を見て息を吐いた。
『随分と鈍っておるわ… それだけ、「あの肉体」に依存しておったということだの。早く力を取り戻さねばならぬの。いずれ来る日の為にも…』
魔獣の群れが見えた。ハイシェラは再び、剣を握った。
■ラウルバーシュ大陸中原ベルリア王国首都「ランヴァーナ」
金髪の男が横を通り過ぎると、女たちは一斉に顔を朱くし、振り向いた。男が見惚れる程の美男子である。萬屋に入り、斡旋された仕事を終えたことを告げる。男はただの美男子では無かった。野盗討伐、希少植物の採取などで何件かの実績を挙げている。凄まじい魔法を駆使する「天才魔術師」として、名が知られ始めていた。
『もう少し、西に行こうか。どうせならマーズテリア神殿総本山にも入って見たいでヤ…見たいものだ』
誰も聞いていないのに、わざわざ言い直して頷く。外見と名を変えた「元魔人」は、更に西を目指した。
■アヴァタール地方レウィニア神権国王都「プレイア」
絶対君主「水の巫女」を祀る神殿の最奥にある「奥の泉」において、神と聖女の対談が行われていた。聖女が聞きたかったのは「赤髪」の正体である。話を聞いた聖女は暫く考え、やがて頷いた。神殺しセリカ・シルフィルは、今は長い眠りに就いている。その正体を見極めるのは、目覚めてからでも遅くはない。「古神の肉体を持つ」ということだけで、絶対悪とは決められない。マーズテリア神の妻もまた、元は古の女神なのだ。神の輝きを放っていた石像は、元に戻っている。ルナ=クリアは退出しようと立ち上がり、そこで止まった。桟橋の向こう側に、黒衣の男が立っていた。暫くお互いに見つめ合い、同時に歩み始める。桟橋の中央、互いにあと一歩というところで止まった。涼しい風がお互いの間を通り、黒髪が揺れる。暫しの沈黙後、聖女から口を開いた。
『ディアン・ケヒト殿、こうしてまた会えるとは思っていませんでした。新しい国での生活はどうですか?』
『快適さ。貴女が思う以上にな。聖女ルナ=クリア、オメール山の男をどうするつもりだ?』
『今は何も… いずれ目覚めし時に、その正体を見極めるつもりです』
『そうか…』
また沈黙が流れる。再び、ルナ=クリアから口を開いた。
『貴方は、マーズテリア神殿にとって危険な存在です。貴方は新たな思想を言葉に乗せ、現神世界を揺るがそうとしている。何より危険なのは、貴方の思想を誰も否定できないという点です。かつての聖女ルナ=エマは、貴方によって心が揺さぶられ、そして信仰の形が変化した。マーズテリア神殿としては、貴方を無視することは出来ません』
『貴女自身としてはどうなのだ?』
『……』
クリアは少し瞑目し、しっかりとした意思でディアンを見つめた。
『ディアン・ケヒト殿。私は貴方の思想を理解しているつもりです。貴方が何を考え、何を目指しているのか、全てではありませんが、それが見えているつもりです。ですがその上で、私は言い切ります。私はマーズテリア神の聖女として、貴方を全力で止めます』
『聖女殿。私もあなた方の信仰は理解をしているつもりだ。私は神も、信仰も、宗教も、神殿も、否定をするつもりはない。私と貴女は、同じものを見ているのだ。どちら側から見るかで、見え方が違うだけだ。聖女ルナ=クリアよ。貴女はやはり「彼岸の住人」だ。私たちは、お互いに近づくことは出来ても、交わることは無いだろう』
『そうですね。私から見れば、貴方こそ「彼岸の住人」です。対話を重ねて理解を深め合うことは出来ても、私達の狭間に流れる川は、決して超えられないでしょう』
ディアンは頷き、背を向けた。
『聖女ルナ=クリアよ。貴女とはいずれ再び、言葉を交わすことになるだろう。出来れば、交わすのは言葉だけにしておきたいものだ』
そう告げ、桟橋から飛び立った。その姿が消えるまで見つめ、聖女は静かに泉を後にした…
【後書き】
「戦女神×魔導巧殻 第二期外伝 -ハイシェラ魔族国興亡伝-」は、本話をもって終了です。第三期のスタート時期は未定ですが、セリカが眠っていた百二十年間~狭間の宮殿までを描きたいと思っています。
聖女ルナ=クリアの描き方ですが、ディアン・ケヒトと対等の「言葉の力」を持つ存在として描いていきたいと考えています。第二期~外伝で出てきた様々な「オリキャラ」も、引き続き登場します。
出来るだけ早く、スタートさせたいと思います。具体的な時期が固まり次第、活動報告でお知らせします。
これからも応援の程、宜しくお願い申し上げます。
17年6月23日 Hermes_0724