戦女神×魔導巧殻 第二期外伝 -ハイシェラ魔族国興亡伝-   作:Hermes_0724

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AD 2145年 イアス=ステリナ某所

合衆国の中でも最も高い山「シエラネスコ山内」に設置された「量子演算装置」の内部では、人工知能と呼ばれる「人格たち」が、活発な議論を行っていた。

『時空間に生じた亀裂は、もはや修復不可能なほどに開いてしまっています。このままでは十年から十五年以内に、二つの世界は重なり、破滅的な衝突が発生するでしょう』

『衝突を軟着陸させ、融合を図るためには、電力だけでは無理だ。魔力による結界も必要になる』

『ですが、異世界からの影響は依然として限定的です。天使の出現などは確認されていますが、それほどの魔力となると、この世界には…』

『例の被験体を使ってはどうか?アレは異質物同士を融合させる特殊能力を持っていた。魔力研究で利用してきた過程で、相当量の魔力を蓄えられるようになっている。アレなら、結界を張ることも出来るのではないか?』

『それでもまだ不足ですね。彼女は、融合するたびに魔力を高めています。より強い力とするためには、神族と呼ばれる超常生物と融合をさせるべきでしょう』

『危険ではないか?アレに力を持たせ過ぎれば、我らの管理能力を越える可能性もある』

『いざという時の為に「超微細機械(ナノマシン)」を組み込んでいます。それに「アレ」ではありません。彼女には既に名前があります』

『ほう?』

『この山の愛称を付けました。「ハイ・シエラ(High Sierra)」と呼んでいます』






第二話:ルナ=クリアの推理

ハイシェラ魔族国の名は、アヴァタール地方各国およびカルッシャ、フレスラント王国に残されている。だが国家として存在していた期間は極めて短い。後世の歴史家の研究では、ターペ=エトフ滅亡からハイシェラ魔族滅亡まで、およそ三年五カ月とされている。この間、アヴァタール地方のオリーブ油は徐々に値が上がり、レウィニア神権国、メルキア王国では灯火管制が行われるなど、各国に混乱が発生した。メルキア王国では市場の混乱から、新興都市ディナスティの開発が遅れるなどの影響が発生している。数年後、レウィニア神権国とメルキア王国は、エディカーヌ王国との交渉において、交易や国境線などで幾つかの妥協を経て、南方産オリーブ油の安定供給を受けることが出来るようになる。エディカーヌ王国はリプリィール山脈の開発において優位に立ち、その結果、メルキアよりも先に「帝国化」を果たすのである。レウィニア神権国とメルキア王国は、エディカーヌ帝国の台頭を警戒し、技術協力の協定を締結、灌漑技術と魔導技術の等価交換を行い、相互発展を目指すことになる。後世においてエディカーヌ帝国とレウィニア・メルキア連合軍の紛争が発生するが、歴史的に見れば「オリーブ油」が、その原因なのである。

 

 

 

 

 

ハイシェラ魔族国のターペ=エトフ占領の知らせは、当然ながらイソラ王国にも知られていた。だが王宮内に不安の声は無かった。カルッシャ王国で将軍として活躍をしていた第一王子ウィリアム・クケルス、バルジア王国で参謀として名が知られる第二王子エルネスト・クケルスの両王子が戻ってきたからだ。日に焼け、精悍な顔をした若き将が、謁見の間に颯爽と現れる。左右の側近たちから感嘆の声が漏れる。第一王子ウィリアムは、父親であり現国王の前で膝をついた。

 

『父上、到着が遅れ申し訳ありません。ウィリアム、只今、帰還致しました』

 

『息子よ、よくぞ戻ってきてくれた。お前の活躍は聞いているぞ。魔族国を相手に連戦連勝を重ねたそうじゃな?』

 

『有り難きお言葉、ですが私一人の力ではありません。優れた部下たちの活躍があってこそです』

 

国王アーベルフ・クケルスは満足げに頷いた。子供の頃は短気で乱暴者であった長男は、立派な男に成長していた。一通りの挨拶を終えると、ウィリアムは弟に顔を向けた。

 

『エルネスト、お前も戻ってきたか。元気そうで何よりだ。お前が居てくれれば安心だ』

 

『兄上こそ、日に焼けて以前よりも逞しく見えます。魔族国の情報は集められるだけ集めました。兵の調練も進んでいます。あとは、それを指揮する総大将だけでした。兄上が戻られて、全てが揃いました』

 

一見すると色白で華奢だが、いかにもキレ者という目をした第二王子が笑顔を浮かべた。王政では、ともすると王子同士が王位継承権を巡って争うものだが、ウィリアムとエルネストの兄弟にはそれは無かった。病弱だった第ニ王子は子供の頃に王位継承を放棄し、兄を支える存在になることを目標としていた。幸いにもエルネストは徐々に健康になり、宰相としての才覚を現し始めた。長男のウィリアムが国王となり、次男のエルネストが宰相を務める。イソラ王国の誰しもが、そのような未来を描いていた。インドリト・ターペ=エトフに対してある種の劣等感を感じていたアーベルフは、満足していた。インドリト王は世継ぎを設けなかった。そのため、ターペ=エトフは滅亡した。だが自分には頼しい世継ぎが二人もいる。王国を後代に繋ぐことは、国王の義務である。その点において、インドリトは国王失格とすら言える。アーベルフはそう考えていた。

 

『さて、今宵は頼もしい息子たちと一緒に、晩餐を取りたい。だがその前に、魔族国の動きに対する方針を決めておかねばならぬ。エルネストよ、兄に状況を説明せよ』

 

『はっ!』

 

一礼して、エルネストは壁際にあるいた。ケレース地方中央域の地図が掛けられている。当初は漠然としたものであったが、エルネストの指示で緻密な測量が行われ、かなり精緻な地図が完成していた。

 

『半年前、インドリト王の崩御によりターペ=エトフは滅亡し、魔神ハイシェラを王とする魔族国がターペ=エトフを占領しました。この半年間、ルプートア山脈を監視してきましたが、二日前に山頂部に複数の炊煙を確認しています。軍が集結しているのは間違いないでしょう。炊煙の数およびかつての魔族国の情報から、軍の規模は五千と推定しています。無論、ターペ=エトフの元兵士が加わっていればその規模は大きくなるでしょうが、それは無いと思われます』

 

腕を組んで地図を見ていたウィリアムも頷いた。

 

『だな。インドリト王は名君として慕われていた。ターペ=エトフを滅ぼした魔神に、たった半年でアッサリと鞍替えするとは思えん。俺でも、ターペ=エトフの軍は加えぬ…』

 

敬愛する兄に認められ、エルネストは嬉しそうに笑い、説明を続けた。

 

『過去五十年間のターペ=エトフ対ハイシェラ魔族国の戦争の記録を全て調べました。魔神ハイシェラの力は確かに超常的です。しかし一方で、ハイシェラ自身が前線に出たという例はそれ程多くはありません。ターペ=エトフの黒き魔神との闘争では、ハイシェラ自身が出ていますが、その力を兵士たちに向けたという例は皆無とさえ言えます。このことから、魔神ハイシェラには「闘いを愉しむ」という癖…こだわりに近いものがあるのではないでしょうか』

 

『本気でターペ=エトフを滅ぼしたいと思うのであれば、単身で出陣して巨大な魔力で一掃すれば良い。それをしなかったということは、魔神ハイシェラの中に何らかの「こだわり」がある、ということか…確かにそうだな。魔神が何を考えているかは俺も解らんが、事実を見れば、お前の言う通りだ』

 

『もちろん、過去がそうだったからといって、未来もそうだとは限りません。ですが、ルプートア山脈に数千の兵を集めていることを考えると、魔神ハイシェラは我が国に対しても、ターペ=エトフと同様に「単騎での襲撃」ではなく「軍による戦争」を仕掛けようとしていると思われます。ここに、我々の勝ち目があります』

 

エルネストはカルッシャ王国をオウスト内海北のカルッシャ王国を指した。

 

『兄上も御承知の通り、我らが妹「シュミネリア」の夫は、カルッシャ王国で「勇者」と讃えられる水竜騎士ヴィルト・テルカ殿です。さらにその兄はマーズテリア神の聖騎士エルヴィン・テルカ殿…今回は、この縁を最大限に使うことを提案します。つまり、我々は出来るだけ持久戦を行い、その間にカルッシャ王国およびマーズテリア神殿に動いてもらうのです。マーズテリア神の聖騎士が相手となれば、いかに魔神ハイシェラといえども一筋縄ではいかないでしょう。そして、我々が敵を引きつけている間に、カルッシャ王国に敵の本拠地「プレメル」を急襲してもらいます』

 

『敵を引きつけて、別働隊による本陣への襲撃か…カルッシャ王国からの援軍は、どの程度の規模を考えている?』

 

『およそ三千、機動力を考えるとこの規模が限界でしょう。ですが十分だと思います。プレメルを警戒する兵士はそれほど多くないでしょう。さらにここにマーズテリア神殿が加われば、ハイシェラは進退窮まります』

 

『なるほど、良く練られている。だが、ヴィルト殿は即決即断の熱血漢だが、マーズテリア神殿が動くには時間が必要だ。西レスペレントのマーズテリア直轄領の軍が動くには、最低でも二週間は必要だろう。つまりそれまでは、我々が持ち堪えなければならんな。魔神を出すこと無く、それでいて負けない程度の押し引きが必要になる』

 

『援軍との呼吸が重要です。早すぎても遅すぎても成功しません。微妙な劣勢を維持しつつ、それでいて崩れないことが求められます。用兵学上、最も困難なことではありますが…』

 

不安げな表情を浮かべる弟に、兄は頼もしげに頷いた。

 

『俺を信じろ!その程度の戦いは、北で幾度も経験した。マーズテリア神殿が来るまで、魔神を引きつけてみせるさ』

 

兄弟の頼もしい会話に、父親は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

ケレース地方で再び戦雲が起きる少し前…マーズテリア神殿総本山の「聖女の館」において、ルナ=クリアは白墨を持って立っていた。バリハルト神殿がようやく開示した機密指定情報を整理する。

 

『マクルのバリハルト神殿の状況を考えると、ウツロノウツワは神器ではなく「鬼器」と言えますね。邪悪な影響を周囲に与え、結果として神殿は狂気に包まれてしまいました。恐らくスペリアの総本山は、ウツロノウツワを使ってセアール地方南部に魔獣を集め、それをバリハルト神殿が討伐することで存在感を高めようと謀ったのでしょう。何と愚かしい…』

 

秀麗な眉を顰めながら、クリアは黒壁に関係図を描いていった。

 

『神官騎士であったセリカ・シルフィルはその狂気に呑まれること無く、逆に浄化しようと考え、サティア・セイルーンと共にウツロノウツワを持ち出したのでしょう。しかし途中で捕縛され、彼は神殿に連れ戻された。狂気の儀式の末に洗脳され、ウツロノウツワと融合し神格者となった、というよりは「神格者にさせられた」…ですが解りません。サティア・セイルーンとの逃避行において、セリカ・シルフィルにはウツロノウツワを浄化するメドがあったのでしょうか?「古の神による業火のみが浄化の方法である…」つまり彼は古神の所在を知っていたということになりますが…』

 

報告書に眼を落とす。神格者セリカの行動からマクル崩壊までの一年間が書かれていた。目を覆いたくなる程の惨状である。

 

『神格者セリカ・シルフィルはディジェネール地方へと向かいました。「彼の地にある遺跡「勅封の斜宮」に、古神の信徒サティア・セイルーンがいる」…遠見の鏡によって判明したとありますが、何故そこまで、バリハルト神殿はサティア・セイルーンに固執したのでしょうか。神官騎士を連れ戻し、神器も取り戻しました。いかに異教徒とはいえ、無視をしても良かった筈です。狂気に取り憑かれていたと言ってしまえばそれまでですが、こうして報告書も出している以上、理性も残っていたはずです…』

 

クリアは別の資料を取り出した。スティンルーラ王国からの資料である。気になる証言が書かれていた。

 

『マクルの街に攻め入ったスティンルーラ族が保護したという見習い神官「メリエル・スイフェ」は、「赤髪の女性が剣を奮い、神殿神官たちを殺傷した」と証言しています。そしてその技は「飛燕剣」であったと…これは一体…』

 

ルナ=クリアは膨大な資料の中から僅かな情報を見出し、それらを丁寧に繋ぐことで真実に至ろうとしていた。

 

『もし…』

 

クリアは自分でも大胆と思える仮説を立てた。

 

『もし、このサティア・セイルーンが神族であったとしたら…そう、それこそ古神であったとしたらどうなるでしょうか。彼女は何らかの理由があって、ウツロノウツワを浄化する必要があった。そこで、神官騎士であったセリカに近づき、その協力を得た。しかしウツロノウツワはサティアの正体を察知していた。自らを浄化しようとするサティアを抹殺するため、神殿内を狂気で包んだ。セリカたちが逃避行に走った理由、そして神殿がサティア・セイルーンに固執した理由の説明にはなります。ですが疑問が残ります。赤髪のサティア・セイルーンは、なぜマクルに戻ってきたのか。そして「セリカ・シルフィルの技」であった飛燕剣を使えたのか…』

 

呟きながら、クリアの中では一つの答えに至っていた。

 

『セリカ・シルフィルが古神サティア・セイルーンを殺し、その肉体を奪った。一年後にマクルに出現したのは、おそらくブレニア内海の嵐によるものでしょう。彼は陸路で、マクルを目指したに違いありません』

 

黒壁に「サティア・セイルーン=セリカ・シルフィル」と書き込む。そこで手が止まった。

 

『ですが、いかに神格者とはいえ神族と戦いその肉体を奪うなど出来るのでしょうか?前聖女は、ターペ=エトフの黒き魔神は「神殺し」だと言っていましたが、それには何の証拠もありません。「理知的で口が達者な、変わった趣味の魔神」とも考えられます。古神とはいえ、その力は神格者を大きく超えているはずです。「神殺し」など現実的に誕生するとは思えません。もし、神殺しが誕生するとするならば、それは…』

 

クリアは瞑目し、解を導き出した。黒壁に「愛」と書きこむ。

 

『神格者になる前のセリカ・シルフィルの様子は、まさに騎士そのものです。彼はサティア・セイルーンを真剣に愛していた。そしてサティア・セイルーンもまた、セリカ・シルフィルを愛していたのではないでしょうか。神格者となり、体内に取り込まれてしまったウツロノウツワを浄化するためには、セリカ・シルフィル自身を焼き尽くす必要があった。ですが一人の女性としては、愛する男を殺すことは出来なかった。そのため、サティア・セイルーンは自らの身を男に渡した…』

 

呟きながら、クリアの左目から涙が溢れた。その理由は、彼女自身も解らなかった。溢れた雫を拭い、クリアは再び黒壁に向かった。

 

『仮にセリカ・シルフィルが「神殺し」となったのだとしたら、彼は今、どのような気持ちなのでしょう。洗脳された状態のままなのでしょうか。それとも己を取り戻したのでしょうか。いずれにしても彼は、一年近くの時を掛けてマクルに戻っています。セリカの帰還に合わせてスティンルーラ族が武力蜂起をしたことは、偶然では無いでしょう。セリカは恐らく、己を取り戻した。サティアの姿をした自分に愕然としたのでしょう。自分に何が起こったのか、愛するサティアはどこにいるのか…彼にとっては故郷であるマクル、そしてバリハルト神殿が希望だったに違いありません。ですが、その神殿は禁忌の呪術を用いて、狂気狂乱の状態でした。彼は絶望し、神官たちを殺戮した…』

 

なんという悲劇、なんという運命なのだろうか。まだ見ぬ男に、クリアは同情した。だが思考を止めることは出来ない。クリアは先に進んだ。

 

『神殿が崩壊した後、セリカはどのような精神状態だったのでしょうか。絶望に打ち拉がれ、生きることすら放棄をしようとしていたのではないでしょうか。少なくとも精神的に弱っていたはずです。そこに…』

 

黒壁に新たな名が記される。

 

『…青髪の魔神ハイシェラが現れます。恐らくハイシェラは、この一年間でセリカ・シルフィルという神殺しの存在を知ったに違いありません。古神の肉体を手に入れ、魔神の力を極大化させる…目論見は成功し、魔神ハイシェラはセリカ・シルフィルの肉体を奪った。「古神の肉体を持つ魔神」という恐るべき存在が誕生した…』

 

「青髪の魔神ハイシェラ=赤髪の古神」と書く。無論、これらは全て報告書や証言などに基づいた仮説に過ぎない。だがもっとも説得力のある仮説であった。クリアは最後の疑問を壁に記した。

 

『魔神ハイシェラは、何を考えて「魔族国」などを建国したのでしょうか。そして何故、ケレース地方だったのでしょうか。ただの思いつきなのか、それとも誰かが策動したのか…いずれにしても、魔神ハイシェラを「青髪の魔神」とするならば、大陸各地の「魔神の災厄」を調べれば、彼女の性格が見えてくるはずです』

 

白墨を置き手を拭った聖女は、新たな調査のために部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

ルプートア山脈山頂から、ハイシェラは北華鏡平原を見下ろした。山頂の魔導砲は、既に魔焔が抜き取られ、廃棄されている。山脈内の大食堂では、兵士たちが宴会を行っていた。ターペ=エトフは驚くほどに豊かであった。肉や麦が溢れるほどに採れる。宰相を務めるシュタイフェは、一年後の減収を見越して、アヴァタール地方やレスペレント地方への輸出量を減らし、生産した食料の備蓄を行っていた。この半年で、既に一万人以上が国外へと移っている。農畜産業であれば、オメール山に棲んでいた闇夜の眷属たちでも引き継ぐことが出来るが、鍛冶や魔導技術に関しては完全にお手上げであった。ターペ=エトフは滅び、その残光も徐々に弱くなってきている。ハイシェラは運命を信じていないが、偶然が絡んだ数奇な展開に、その言葉を思わず想像した。

 

『インドリト王があと百…いや五十歳でも若かかったならば、我はこの場にはおらぬな。これが巡り合わせというものかの…』

 

ハイシェラ魔族国に呼応して、イソラ王国も兵士を動員している。籠城戦になるか、平原での決戦になるか、いずれにしても戦争は避けられない。この時、ハイシェラの中に闘いへの高揚は殆ど無かった。ターペ=エトフとの五十年間の戦争は、己の全知全能を賭けるに相応しい相手であったからこそ、破壊衝動以上の充実感、ある種の性的快感まであった。だがターペ=エトフが滅びた今となっては、そこまでの高揚感は無かった。背後に気配が出現した。青肌の魔人シュタイフェ・ギタルが跪いている。

 

『ハイシェラ様、斥候が戻りました。イソラ王国軍はおよそ五千、士気も高く我らとの決戦に向けて、出陣をする模様です』

 

『ほう…出陣をしてくるのか。さて、どうするかの。兵たちに任せても良いが…』

 

シュタイフェも、ハイシェラの変調に気づいていた。ターペ=エトフという巨大な好敵手を失ったことで、やる気を失っているようであった。シュタイフェは努めて「明るく」振る舞った。

 

『ヒッヒッヒッ!どうやら敵さんも、ハイシェラ様が出てこないと思っているようでヤすねぇ~ 襲われないと安心して歩いている「無垢な生娘」ってヤツでさぁ。何も知らない純真な娘を毒牙に…』

 

『ほう、我が出て来ぬと…なぜ奴らは、そう考えたのかの?』

 

『「先の大戦」からそう考えたのでしょうなぁ~ ハイシェラ様は地上を走る兵士には攻撃をしない。そう思っているのかもしれまんせんなぁ~』

 

『なるほどの』

 

ハイシェラは失笑した。確かに、自分にとっては虫ケラにも等しい「人間の兵士」など眼にも入らない。「黄昏の魔神」という好敵手がいれば尚更であった。だがあの頃と今とでは、ハイシェラの視界は異なっていた。エルネストの判断基準は第二次ハイシェラ戦争までの情報に基づいていた。それ故、読み間違いが起きたのである。シュタイフェが言葉を続けた。

 

『兵力では互角でヤス。その分、地上戦となればこちらも犠牲が出るやもしれませんなぁ~』

 

『我が兵には死を恐れる者などおらぬ。じゃが、兵をいたずらに死なすは、将たる者のすることではないの。「我が出撃せぬ」と幻想を抱くのは奴らの勝手じゃが、それに合わせてやる必要もなかろう…』

 

『そ、それではハイシェラ様御自身が?キャー、逃げてー!早く逃げてー!』

 

シュタイフェの仕草に、ハイシェラは嗤った。気持ちが少し晴れた。そもそもケレース地方統一は、手段であって目的ではない。この地に巨大魔族国が誕生すれば、レスペレント地方、そして西方神殿勢力との全面戦争になるだろう。ひょっとしたら、現神自身が出てくるかもしれない。将来の大戦争のためにも、ここでイソラ王国を完全に屈服させる必要があった。魔の気配が漲る。

 

«兵たちに十分に食事を与えつつ、決戦に備えさせよ!奴らが出陣次第、我らも麓に陣を構える。じゃが先走らせるな!我自身の手で、奴らを一掃してくれるわ!»

 

 

 

 

 

『援軍につきましては、少し考えさせてください』

 

聖女ルナ=クリアの返事に、報告に来た使者は首を傾げた。援軍を送らなければ、イソラ王国はいずれ滅びるのである。躊躇をする理由が無いからだ。だがクリアはその場は保留とし、使者を下がらせた。

 

『聖女殿、何故(なにゆえ)、保留とされるのですか?我が弟からも、一刻も早い出陣をと催促が来ているのですが…』

 

聖騎士エルヴィン・テルカは、焦りの表情を浮かべていた。ターペ=エトフ滅亡から半年間、魔族国には動きが無かった。それはつまり「力を蓄えていた」ということである。彼らが占領しているのは、ただの国ではない。大陸で最も豊かといわれた大国「ターペ=エトフ」を本拠地としているのだ。わずか半年でも、途方もない物資が積みあがっているはずである。だが、ルナ=クリアは冷静な表情で、逸る聖騎士を止めた。

 

『落ち着いてください、聖騎士殿。イソラ王国に援軍を出したとしても、魔族国を滅ぼすことは出来ません』

 

『ですが、イソラ王国の作戦は「戦力分断」という視点からも理に適っています。聖女殿も仰っておられたではありませんか。魔神を数日以上、本拠地から引き離す必要があると…』

 

『その通りです。私は、イソラ王国の作戦は失敗すると考えています』

 

『なっ…』

 

イソラ王国参謀長エルネスト・クケルスが打診をしてきた作戦書を差し出した。所々に朱が入っている。クリアが説明をした。

 

『確かに、エルネスト殿の作戦は見事です。ですが、彼は肝心な点を見落としています。魔神ハイシェラが、闘いに対して独自の哲学を持っていることは確かでしょう。ですが、それを自分たちにも適用するとは限らない、という視点が欠けています。確かに魔神ハイシェラは、五十年間にわたってターペ=エトフと戦争をしていました。その気になれば単身で襲撃し、王宮を吹き飛ばすことも出来たはずです。あるいは首都プレメルを消滅させることも…そうした意味では「手段を選ぶ」という点は、エルネスト殿の見立て通りです。では何故、魔神ハイシェラは手段を選んでいたのでしょう?彼女は恐らく、ターペ=エトフという大国、インドリト王という名君、そして漆黒の魔神に対して「挑戦」という意識があったのではないでしょうか。自分よりも巨大な存在、全知全能を賭けても勝てないかもしれない存在、それを正面から堂々と打ち破りたい…そこにある種の「充実感」「満足感」を得ていたのではないでしょうか。ケレース地方中央域を惨状に変えた「魔神間の闘い」後、ハイシェラはターペ=エトフと和睦をしています。インドリト王の死期が迫り、ターペ=エトフと闘う意義を見いだせなくなったからでしょう。そう考えた時、イソラ王国は果たして、魔神ハイシェラが「己の全てを賭けてでも戦いたい」と思える相手でしょうか?』

 

エルヴィンは沈黙せざるを得なかった。「魔族国と人間国との戦い」としては、レスぺレント地方の「グルーノ魔族国」と「カルッシャ王国」の戦争が挙げられる。グルーノ魔族国を率いる「魔神ディアーネ」は、フェミリンス戦争で暴れた「深凌の楔魔」の一柱である。だがディアーネは、自ら先頭に立って戦ってはいない。むしろ亜人族や悪魔族などの「兵士」たちを戦わせている。魔神といえども「神族」なのである。彼らから見れば、人間など蚤にも等しい。その圧倒的な力を使えば、イソラ程度の小国なら半刻で消し去ることができるだろう。

 

『たとえ神殿が支援をしたとしても、膠着状態が続くだけです。非情ではありますが、ここはイソラ王国に雌伏をお願いするしかありません』

 

『つまり、イソラ王国に滅びよと…』

 

『いいえ、降伏をするのです。一時の屈辱に耐え、機会を待つのです。必ず、機会は訪れます。「時」を味方につけるのです。聖騎士殿、イソラ王国には出陣を見合わせるように、伝えてください』

 

『それが…』

 

マーズテリア神殿の返答を待たずに、イソラ王国は出陣をした。それを聞いて、ルナ=クリアは深い溜息をついた。

 

 

 

 

 

イソラ王国に使者を派遣すべく、聖騎士が慌てて退出をした。「恐らく、間に合わないだろう…」ルナ=クリアはそう見越していた。イソラ王国に降伏を勧めたのは、決して先送りの為ではない。「青髪の魔神」について調査を進める中で、ハイシェラへの「罠」が徐々に見えつつあった。クリアは「魔神の災厄」についてまとめた報告書を取り出した。

 

『青髪の魔神は、各地で災厄を起こしています。一見するとバラバラで「ただの乱暴な魔神」に見えますが、幾つかの特徴があります。まず第一に、魔神ハイシェラは不意打ちを好まないという点です。行商隊や亜人族を襲撃した記録では、必ず正面から堂々と襲撃し、一通り暴れた後は皆殺しにすることなく、何人かを生かしています。こうして報告が残っているということ自体が、その証明です。第二に、ハイシェラは「不特定多数への攻撃」はしないという点です。「都市や集落を巨大魔術で吹き飛ばした」という記録はありません。ハイシェラは必ず「相手と対面して闘う」ことを信条としています。「個対集」ではなく「個対個」に拘る傾向が見えます。正々堂々と戦い、必ず自らが前に出る…ここに、魔神ハイシェラの「闘争への美意識」が見られます。そして最後に…』

 

クリアは記録を見て考える表情を浮かべた。

 

『…北方地帯の「ゲヘナの爆発」、リガナール半島の「マグリッド遺跡の破壊」…他にも「遺跡を破壊した」という記録があります。どれも共通するのが「先史文明期(イアス=ステリナ)の遺跡」という点です。何故という疑問は、この際は置きましょう。魔神ハイシェラは「先史文明期の遺跡」に執着を持っているようですね。この執着、利用できるかもしれません…』

 

聖女の瞳が光った。

 

 

 

 

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