戦女神×魔導巧殻 第二期外伝 -ハイシェラ魔族国興亡伝- 作:Hermes_0724
魔神アムドシアスの名前は、レウィニア神権国、スティンルーラ女王国、イソラ王国に残されているが、その大半は「ケレース地方華鏡の畔に棲む魔神」という程度である。アムドシアスが何故、華鏡の畔に棲んでいるのか、それ以前は何処で何をしていたのかなどについての詳細は解っていない。一説には、七古神戦争以前はラウルバーシュ大陸中央域に棲んでいたが、突如出現をした古神七柱と対立をしたため転居したとも言われている。アークリオン神殿総本山にある秘密書庫には、イアス=ステリナ時代に書かれた魔導書「
魔神アムドシアスの「人となり」について描いた貴重な記録としては、マーズテリア神殿騎士「ゾ・ノジ」の手記がある。ゾ・ノジの手記は、聖女ルナ=クリアの日記と共に非公開とされているが、歴史学者たちの度重なる要請により、一部分だけが公開された。ゾ・ノジは「神の墓場」と呼ばれる異界において、魔神アムドシアスと数年を過ごしている。公開されたのはその時の一部分に過ぎないが、アムドシアスを識る上での貴重な資料となっている。
…何処からともなく竪琴の音色が聞こえてきて、私は目を醒ました。私は歪みに飲まれ、死んだはずなのに意識がしっかりしている。空は朱く、ここが何処なのかは見当もつかない。(中略)音の方に進むと、角を生やした魔神が遺跡らしき柱に腰掛け、曲を奏でている。黒衣の男が連れていた魔神だ。確か、アムドシアスという名であった。私と共に最後まで残った「酔狂な魔神」である。アムドシアスは私に気付いていたようで、曲を奏でながら語り始めた。
『ここが何処なのかは、我にも解らぬ。だが、そのようなことは瑣末なこと…この美しい遺跡を見てみよ。恐らくネイ=ステリナ世界の意匠であろう。亜人族にも美を解する者がいたと見える』
『…ここが何処かを知るのは、重要なことだと思うが?』
私は呆れながらも、どこかで安心をした。この魔神は「破壊と殺戮」の存在とは違うようだ。魔神は一曲を奏で終えると、散策をしようと私を誘った。「散策」という表現自体が、この魔神の「危機感の無さ」を証明している。どうやらこの魔神は、現状を認識するという力が著しく低いようだ。私は別の意味で不安になった…
後世、大陸一美しい都市と言われたエディカーヌ帝国第二の都市「水と芸術の都フローレル」にある皇立美術博物館の館長として、頭に角を生やした女性が就任している。フローレルには大陸中央以東から様々な画家、彫刻家、音楽家が集まる芸術都市として栄えるが、この「一角の女性」の正体については判明していない。
ケレース地方からアヴァタール地方まで広がる森林地帯「トライスメイル」の長「白銀公」は、泉の畔に建てられた亭で花弁を浮かべた茶を啜っていた。若いルーン=エルフが、華鏡の畔について状況を報告している。
『魔族国は、北と南から挟み撃ちをする形で、華鏡の畔を包囲しています。万一でも魔神同士の戦いが発生すれば、先の災厄が再び起きてしまうのでは…』
『それは無いでしょう』
白銀公は嫋やかに微笑んで首を振った。
『魔神アムドシアスは「美を愛する魔神」と言われています。その魔神が、自分の蒐集品を焼き尽くすような戦いをするでしょうか?』
『はぁ…では、もし魔神がこの杜に攻めてきたら、いかが致しましょう?』
『その時は、全力で迎え撃ちましょう。ですが魔神ハイシェラは、恐らくは攻めてこないでしょう。彼女はどうやら、魔神であって魔神では無い存在のようですから…』
白銀公の言葉に、若いエルフは首を傾げた。
華鏡の畔では、ハイシェラ魔族国の侵攻を迎え撃つため兵士たちが慌ただしく動いていた。兵士たちの服装は華やかである。銀色の甲冑を纏った騎士団が城門前に整列する。城壁には真紅の布を腕に巻いた弓隊が強弩を番えている。各部隊で甲冑や衣服の色を統一し、見た目の華美さはターペ=エトフを凌いでいる。白亜の庭園では、楽隊が優雅な曲を奏でていた。アムドシアスは庭園を眺めた。よく手入れされた庭園を彩っていた彫像は撤去され、地下倉庫に保管されている。城壁は修復可能だが、美術品は別である。絵画や陶器、甲冑など宮殿内の美術品も、全て格納した。ターペ=エトフ滅亡後、いずれこの地に「戦争バカ」が攻めてくることを想定し、美術品の保存に邁進していたのだ。膨大な蒐集品は一つずつ丁寧に梱包され、強固な結界を張った地下室に隠した。
『全く、迷惑なことだ。無限の命を持ちながら、戦争などという非生産的なことに時を費やすとは… 麗しき楽曲の中で茶を愉しむという歓びを知らんのか…』
白銀の甲冑で武装した騎士が、静かに近づき跪いた。
『アムドシアス様、魔族国の軍が結界外で陣を構えました。そろそろ…』
アムドシアスは茶を飲み終えると立ち上がった。
『結界によって当分は持ち堪えるであろうが、いずれは破られよう。汝らは雑兵どもを食い止めよ。ハイシェラは私自身が相手をする。楽隊よ!高らかに軍歌を奏でよ!』
楽隊長は頷き、指揮棒を構えた。
『なに?降伏を勧告せよと申すか?』
華鏡の畔の北部に陣を構え、いよいよ開戦という時に、シュタイフェが降伏勧告を進言した。シュタイフェには、アムドシアスに対する義理は無い。だが三百年間、ターペ=エトフと共に生きてきた魔神に対して、情けを掛けたいという思いがあった。ハイシェラは怪訝な表情を浮かべて問い返した。
『ヘイッ、アムドシアスは「美を愛する魔神」でヤス。庭園内の彫像などを護りたいと考えていることでしょう。そこで、「降伏をすれば美術品を含めてどこか別の土地で暮らすことを認める。さもなくば華鏡の畔そのものを吹き飛ばす」と脅しては如何でしょうか?』
シュタイフェの進言は、普通であれば聴く価値のあるものであった。だがハイシェラ魔族国では別である。
『シュタイフェ、汝の進言も一理あるが、我は闘いたいのじゃ。魔神でありながら「芸術」などという下らぬものに現を抜かしているバカに、思い知らせてやろうぞ。我らは魔神、闘争こそが本質だの!』
『ですが、アムドシアスは魔神でヤス。降して臣下とされれば、国の防衛にも役に立つかと…』
『クドいっ!』
『ヘイッ!ご無礼を致しやした』
ハイシェラに一喝され、一礼して下がる。シュタイフェは内心で、ハイシェラの限界を感じていた。インドリト王であれば間違いなく、降伏させて臣下として迎え入れるであろう。ハイシェラの本質は、やはり「覇」なのだ。「王道」を歩むことはハイシェラには出来ないだろう。それがハイシェラの「王」としての限界であった。
(ディアン殿がいてくれたら、説得も出来たかもしれないが…)
シュタイフェは小さく溜息をついた。
後世においては、華鏡の畔では魔神アムドシアスの居城が「遺跡」として残されている。城壁などが焼けていることから、ハイシェラ魔族国との戦争があったことは間違いないが、魔神同士による戦争としては、驚くほどに綺麗な形で残されている。そのため、第二次ハイシェラ戦争のような「魔神同士の直接衝突」は無かったのではないかとも言われている。
≪さて、では小賢しい結界を打ち破ってやるかの!≫
気配を一変させたハイシェラは、結界に向けて飛翔した。上級魔神を越える圧倒的な魔力を右手に込める。
≪ハァァァァッ!!≫
強大な魔力を込めた右手が結界に突き刺さる。雷のような音が響き、結界が軋む。結界内にある白亜の城内では、結界の魔力源である魔焔に亀裂が入る。アムドシアスは呆れた様子で叫んだ。
≪何と野蛮な奴よ!強引に破壊するつもりか!≫
巨大純粋魔術をも弾き返す強固な結界に白い光が走る。ハイシェラは左手にも魔力を込めた。
≪トドメだの!≫
左手を突き刺し、引き裂くように両腕を左右に広げる。結界が歪み粉々に砕ける。その様子を見て、シュタイフェが指示を出した。
『全軍総攻撃!ハイシェラ様に続けっ!』
雄叫びを上げて、魔族たちが城壁に向かって駆け出した。結界を破ったハイシェラはその様子を見て一息ついた。両掌から少し煙が昇っている。呼吸を整え、白亜の城を目掛けて飛翔する。城壁では華美な鎧を着た兵士たちが戦っているが、見た目だけであった。個々の練度では彼我に大きな差がある。
≪さぁ、愉しもうぞ!≫
ハイシェラは中庭を飛び越え、単騎で宮殿に攻め入った。
≪何じゃ?どこからか曲が聞こえるの…≫
無人の宮殿内をハイシェラが進むと、やがて
≪招かれざる客「魔神ハイシェラ」よ!一騎打ちを所望する!≫
≪…この音楽は何じゃ?汝はここで、何をしておるのじゃ?≫
≪五十年前、貴様に我が
ハイシェラはポカンと口を開け、そして嗤い始めた。
≪クッ…クハハッ…ハーハッハッハッ!何ということだの!外で戦っている汝の兵たちは、このための「時間稼ぎ」か!何と愚かな!このような下らぬことの為に兵を犠牲にするとは、呆れ果てるわっ!まぁ、バカもここまで貫けば見上げたものだの!≫
アムドシアスは剣を抜き、眼前に構えた。左手を後ろに回し、決闘の
≪アホらしいわ…何故、汝のバカげた闘い方に合わせねばならんのだ?この建物ごと、一瞬で消し飛ばしてくれるわっ!≫
≪き、貴様!この高揚せし楽曲に乗りながらの魔神同士の決闘に、「美」を感じんのか!≫
アムドシアスの顔に怒りが浮かんでいた。ハイシェラは鼻で嗤った。
≪バカかっ!汝とは永遠に理解し合えぬの。愚者のまま、消し飛ぶが良い≫
アムドシアスは歯ぎしりをし、やがて剣を降ろした。ハイシェラは首を傾げた。斬りかかってくると思っていたからだ。
≪この美しき地を荒野に変えるなど出来ぬ。ならばまだ、降伏の屈辱を選ぼう…≫
ハイシェラは首を振って小さく溜息をついた。やはりこの魔神の発想は全く理解できなかった。
華鏡の畔は降伏し、兵士たちは武器を降ろした。アムドシアスは特殊な呪術が込められた縄で縛られている。魔神であっても、この縄を解くことは容易ではない。城壁での攻防戦ではそれなりの死傷者が出ていたが、その大半はアムドシアスの手勢であった。華鏡の畔には、ごく少数の民衆も暮らしていたが、全員がプレメルへの移住を希望している。
≪ハイシェラ様、アムドシアスを降伏させた以上、もはやこれ以上の血は流すべきではないでしょう。民衆も兵士も受け入れられては如何でしょう?≫
≪汝の好きにせよ。我は最早、この地に関心は無い。戻り次第、戦勝の宴とする!大いに飲んで喰らうが良い!≫
兵士たちは歓呼の声をあげた。厳重に縛られたアムドシアスは、場上で落ち込んでいた。
≪クッ…美を解さぬ者は度し難い…黄昏の魔神であれば、我が決闘を受け入れたであろうが…≫
(いや、ディアン殿でも同じことをしたと思いヤスぜ?下手をしたら、もっとエゲツないことをしたかもしれませんなぁ。あの御仁の口先なら…)
シュタイフェは肩を竦めた。
絶壁の王宮では無礼講の宴が開かれていた。アムドシアスに従っていた楽隊たちが曲を奏で、魔族や亜人族たちが杯を交わす。アムドシアスは首を鎖でつながれ、下着姿で踊っていた。怒りと屈辱で顔が赤い。ハイシェラは大笑いをしながら酒を飲み、手を叩いた。シュミネリアは、次は自分に踊れと言われるのではないか、不安であった。
『ケレース地方は実質的に統一した!最早、この地に我らを止めるものは居らぬ!皆の者、今宵は大いに騒ぎ、愉しむが良い!』
ハイシェラの上機嫌に合わせながらも、シュタイフェの頭脳は次を想定していた。ケレース地方を統一した巨大魔族国の存在は、周辺諸国にとって目障りのはずだ。必ず何か事を起こしてくるだろう。だが何をしてくるかが読めなかった。この状況で出来ることは、民衆の転移を急ぎつつ、国土防衛のための強化を行うしか無い。考える表情を浮かべるシュタイフェに、ハイシェラが声を掛けた。
『シュタイフェ、汝も楽しめ。解らぬことを考えたところで、仕方がないだの』
『…ですなっ!』
シュタイフェは気を切り替えて酒を呷った。出来ることは限られる。そしてそれらは皆、いま考えても仕方がないことばかりであった。ならば今は、愉しめば良いのだ。アムドシアスに混じって、シュタイフェも裸踊りを始める。「痴の魔人」と化した宰相に、場は大いに盛り上がった。
ハイシェラ魔族国によるケレース地方統一は、およそ半月後には西方諸国にも伝わっていた。レスペレント地方諸国は警戒し、国境を巡る紛争は全て止まった。それはアヴァタール地方でも同様であった。レウィニア神権国、メルキア王国も軍備拡大に力を入れる。だが当面は「様子見」であった。魔神ハイシェラの次の行動が読めないからである。今後を見通すことが出来たのは、ごく一握りであった。マーズテリア神殿総本山「聖女の館」で、ルナ=クリアは今後の見通しを立てていた。
『ケレース地方統一という目標を達成したハイシェラは、ここで一旦は落ち着くでしょう。インドリト王との約束を果たすためです。ターペ=エトフの民衆を移動させることで、ケレース地方は人口希薄地帯になります。人口の減少は物産や国防に大きな影響を与えます。それらを調整し、安定した国家となるまでには時間が掛かります。果たしてハイシェラは、その時間を耐えられるでしょうか?過去の行動を見る限り、破壊と殺戮を行う魔神であることは間違いありません。遠からずハイシェラは、「何のために国王を務めるのか」と自問自答をするでしょう。つまり「飽きる」はずです。そこに罠を仕掛けます。彼女が興味を惹くであろう情報を意図的に流すのです』
『それが「例の羊皮紙」ですか?しかしまさか、オメール山にそのような遺跡があったとは…』
ケレース地方の地図を見ながら、聖騎士エルヴィン・テルカが唸った。扉が叩かれた。位の高い神官衣を纏った男が入ってくる。
『ロコパウル卿、お呼び立てをして申し訳ありません』
カルッシャ王国マーズテリア神殿神官長のロコパウルであった。穏やかな表情のまま、聖女と聖騎士に一礼をする。
『クリア様、エルヴィン様、お元気そうで何よりです。この私めにお話があるとか?』
『その前に、お礼を述べさせて下さい。カルッシャ王国からの督促に、良く耐えて下さいました。マーズテリア神殿が動く時は、魔族国を滅ぼす一撃を加える時です。卿の抑えがなければ、今頃は先の見えない戦争になっていたでしょう』
『これもマーズテリア神の試練と受け止めています。カルッシャではアリア・テシュオス殿下のご体調が優れず、王国も神経質になっています。そうしたことから、能動的に動こうとする主戦派の声も小さくなりつつあります。まぁ、ヴィルト殿は声高に攻勢を唱えていらっしゃいますが…』
『愚弟がご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。弟は義妹を心から愛しています。それ故、自らの手で取り戻したいと熱望しているのです』
『お気になさらず。ヴィルト殿も理屈は理解をしているのです。ただ感情がついていかないのでしょう。愛する者を奪われれば、怒りの感情が生まれるのは仕方のないことです』
聖女の部屋で、三人は今後についての話し合いを行った。それは長時間に渡り、日が沈むまで続いた…
ターペ=エトフが滅亡してから、一年が過ぎた。この一年間で、ケレース地方の地図は激変した。ハイシェラ魔族国によって勢力図は塗り潰され、ラウルバーシュ大陸最大の魔族国が出現した。宰相シュタイフェは、多忙な業務をやり繰りし、ルプートア山脈山頂に来ていた。先王インドリト・ターペ=エトフの死去からちょうど一年、命日に訪れたのである。錆びることのない純鉄の鉄柱には、多くの花束が敷き詰められていた。その中に、ケレース地方には無い花もあった。艶やかな色彩を持つ南方の花である。
『ディアン殿も来ていたのか…』
シュタイフェは花束を置き、膝をついて鉄柱に語りかけた。
『インドリト様、ターペ=エトフの民は、無事でヤス。エディカーヌ王国への移住も順調ですぜ?あと二年で終わる見込みでヤス…』
穏やかな風の中で、シュタイフェは語り続ける。
『ケレース地方は統一しヤした。ソフィア殿もいないので、アッシの仕事は増える一方でさぁ。まぁ、部下たちもしっかりしているので、何とか楽しくやっておりヤス…ですが…』
風の音だけが聞こえる。魔人の肩が震える。
『ア…アッシは、寂しいんでさぁ…アッシが冗談を言って、ファミに蹴り飛ばされて、ソフィア殿に怒られて、そしてそれをインドリト様が笑っている…あの頃が‥懐かしいんでさぁ…』
鉄柱に向かって声を震わせながら、シュタイフェは語り続けた。やがて顔を拭い、立ち上がる。振り返えると、赤髪の魔神が立っていた。その表情は穏やかで、どこか寂しげであった。
『ハ、ハイシェラ様…これは…その』
『良い。旧主を想う汝を責めるつもりはない』
ハイシェラは頷き、言葉を続けた。
『じゃが、今日で一年になる。そろそろ気持ちに区切りを付けよ。汝はもう、ターペ=エトフの大臣ではない。我が魔族国の屋台骨たる宰相だの…』
シュタイフェは瞑目し、魔神の前に膝をついた。
『改めて、お誓いしヤス。このシュタイフェ、どこまでもお供致しヤス』
風が吹き、主従の間に花弁が舞った。