拝啓友人へ   作:Kl

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第十四話

――ねぇ、先生。

 

――この物語の主人公は最期、ヒロインを救って死んじゃったね。

 

――うん、まぁ面白かったよ。退屈しのぎにはなったかな。

 

そう、それは今は昔の夏の日の話。

 

――ねぇ、先生、もしも私が悪者に殺されそうになったら……。

 

愛支は読んでいた小説をパタンと閉じるとこちらを向いた。ふいにその右目が血の様に紅く染まる。

 

――その時は先生は“何か”を犠牲にしてでも助けてくれる?

 

愛支が読んでいた小説はファンタジー小説だった。随分前に買って本棚に突っ込んであったやつを愛支が文字を読む勉強として読んでいた。俺が読んだのは随分と前のことだったので話の詳細は忘れたが、確か異世界の剣と魔法の物語だったはずだ。そして、主人公の剣士は物語の最期に魔王に攫われたヒロインを助けに行き、そこでヒロインを逃がすために死んでしまう、そんなありふれた物語だった。

 

――えー、私が悪の組織に捕らえられるイメージが湧かない? うふふふふふふ、確かに私は強いけど、世の中には悔しいことにこんな私よりもちょっぴり強い人間がいちゃうんだよね。それに、これはもしもの話だよ。だから、先生の思うがままに言ってもらえたらいいかな。

 

――もう一度聞くよ。もしも私が悪者に殺されそうになったら、先生はその時“何か”を犠牲にしてでも助けてくれる?

 

愛支が何故急にこんなことを聞いてきたのか、それは分からないが、俺がなんて答えたのかだけは覚えている。

 

俺はその物語の主人公の様にヒロインに愛だの恋だのをはっきりと口に出したりは出来もしないし、口に出したとしても似合いもしない。そうじゃなくても、命を賭けて救うなんて、そんなカッコいいセリフを吐くなんて恥ずかしくて出来やしない。それに愛支は妹のような娘のような存在であり、ヒロインでも何でもない。

 

だから俺は、

 

『そうだな、命を賭けてなんて、臭いセリフは似合わないだろうし……。うん、そうだな、もしもそんな場面があったとしたら――――腕一本、利き腕一本だけならくれてやってもいいかな』

 

その答えに愛支は、

 

――そう、それは嬉しいね。

 

そう言って楽し気に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、そうか報告ご苦労だった。下がっていいぞ」

 

部下からの報告を受け、真戸呉緒は考えを巡らした。

 

――あの二人組の怪しげな高校生の情報提供以降、フエグチ親子に関する情報はなしか。

 

あの木製の面を被った人物にフエグチ親子の逮捕を邪魔され、親子に逃げられて以降、この件は全く進展していなかった。いや、進展はあったのだが、それはフエグチ親子と直接関係することではなく、怪しげな高校生の男女二人組がイラストに似た親子を二十区の外れにある重原小学校辺りで見たという情報提供があっただけだ。

 

――あの二人組を取り逃がしたのは大きいな。

 

マグカップに入ったコーヒーを啜りながら呉緒はあの時のことを思い出した。

 

その情報提供があった時にたまたまその場に居合わした呉緒は怪しげな男子高生の方をRc検査ゲートに通して見たのだがゲートは反応しなかった。そこで呉緒はその二人組を解放したのだが、後でその二人が語っていた身元を調べて見るとそれは出鱈目であり、一応とばかり捜査をした重原近辺では何もフエグチ親子に関する情報を得ることは出来なかった。

 

出鱈目の身元を語り、出鱈目な情報を流す。この事から考えられるのは、二つ。悪戯か情報をかく乱させるかだ。そして、呉緒の直観は後者を指していた。

 

――情報のかく乱が目的だとすれば、あの二人は間違いなくフエグチ親子を知っていることになる。やはり、あの時自分の直感を信じてもう少し引き留めておくべきだったか……。

 

Rcゲートに通したのは、男子のみだった。女子の方も通しておけば結果はまた違っていたかもしれないと遅い後悔をする。呉緒の読みが正しければあの二人はフエグチ親子を庇おうとしている。

 

――それにラビットの動きも気になる。

 

ラビットとはウサギ型のお面を被った喰種の通称のことであり、ここ最近動きが活発化している喰種だった。東京の様々な場所に現れては捜査官を襲っていた。

 

――ラビットによる被害の頻度は多いが、殺されたのは中島くんだけか……。

 

ラビットが襲った捜査官は多数いたが、その殆どが軽い戦闘をしての離脱であり、その襲われた多くの捜査官が無傷、もしくは負っても軽い怪我だけだった。

 

――ラビットは無差別に捜査官を襲っているように見えるが、それはカモフラージュであり、本当の目的はそれらの捜査官ではなく、二十区にいる捜査官を殺すことだったら?

 

呉緒の直感がささやく。ラビットの目標は私たちではないか、と。

 

――もしも、それが正しいのであれば、その狙いは口封じ。私たちを殺してしまえば写真も映像も残っていない以上捜査は難航する。

 

母の方はともかく、娘に関しては写真も映像も全くなかった。あの日、フエグチ親子の姿は“何故か”どの監視カメラにも映っていなかった。つまりあの場にいた捜査官を全員殺すことが出来れば、娘の方を摑まえることは厳しくなる。

 

――それが本来の狙いであれば、ラビットこそフエグチ親子につながる手掛かりになる。

 

呉緒の考えがここまで達した時、ふいに声を掛けられた。

 

「真戸さん、どうしたんですか? 難しい顔をして、何か考え事ですか?」

 

声の方に目をやれば、部下である亜門が少し心配そうに顔色で呉緒の方を見ていた。

 

「あぁ、少しな」

 

「もしかしてあの木製の面をした謎の男の事ですか? あれ以降目撃情報もありませんよね」

 

「ふむ、その件もある」

 

呉緒はふぅ、と一つ息を吐くと窓の外を見た。外は曇り、午前中はあれだけ青空が広がっていたというのにいつの間にかいつ雨が降っていてもおかしくない空模様となっていた。

 

「そう言えば今日は急な雨が降るかもと天気予報で言ってましたね。これは今にも一雨来そうです」

 

亜門の何気ない会話を聞いて呉緒は思い出す。

 

――そう言えばあの時も急な雨が降って来たな。

 

驟雨。

 

この言葉が呉緒の頭に思い浮かんだとき、閃いた。

 

「亜門くん私はこれから出かけてくる!」

 

「ちょっと! 真戸さん!? どうしたんですか、突然!?」

 

呉緒の直感が告げる。今、二十区にいけば、あの木製の面を被った人物と出会えると。呉緒がCCG支局を出た時、雨はまだ降っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫ですよ。捜査官の目は撒きました」

 

「そうかい、ありがとう。本当に助かったよ。あのままじゃ、白鳩に殺されていたよ」

 

「いえいえお気になさず。お婆さんにはいつもためになる知恵とかを教えて貰っていますからせめてもの恩返しです」

 

目の前の腰の曲がった老婆にそう言って笑いかける。

 

「亀の甲より年の劫。ただの悪運強く生き残ってきた年寄りの知恵なだけだよ」

 

「それじゃあ私は色々とありますのでこれにて失礼します。これからは本当に注意して行動してくださいよ。偶々今回は私がいましたけど、それは本当に運が良かっただけですので」

 

急な出来事だったため事前の準備が出来ず、服装は普段着であり武器は懐に忍ばせた包丁代わりのナイフが一本だけというありさま、そしてとりあえず顔を隠すために鞄に入っていた木製のお面を顔につけている。以上が俺の今の姿だった。どう見ても怪しさ満天の格好だが、しょうがない。こんな有事に遭遇すると分かっていたのなら、部屋においてある物干し竿代わりの一品とローブも持ってきたのだが、それは無理な注文だった。

 

ふと、空が目に入った。

 

――嫌な空模様だな、今にも雨が降りそうだ。

 

驟雨とは急に降り出す雨の事を言う。いつだってそれは俺にとって良くないことを運んでくる。生まれてからこれまで、まだまだ短いといえる間だが、それでもよくないことが起った時には必ずと言っていいほど驟雨が降っていた。

 

「本当にありがとうね、今日は。お礼はまた今度かならず」

 

そんな言葉と共に去っていく老婆の後ろ姿を見送るっていた時だった。

 

ポツリポツリと空から雨粒が降って来たと思ったら、雨はその勢いを強め、すぐに傘が必要なほどの勢いになった。

 

――やっぱり降ってきたか……。何も起きないといいが。

 

心の中で嫌な感情を吐露して、もう必要ない仮面を取ろうとした時だった。後ろに急に人の気配を感じた。

 

「久しぶりだな、木面男」

 

慌てて振り向いた先にいたのは一人の男。痩せた男だった。雨が降り始めたにもかかわらず傘も差していない男の特徴的な白髪から雨水が垂れていた。そしてその手には傘の代わりにアタッシュケースが握られている。

 

――最悪だ。あぁ最悪だ。

 

彼の事は知っている。実際に合うのは初めてだが資料として情報として知っている。彼の強さは本物だ。並みの喰種捜査官ではない。

 

そんな彼に対して俺の手にあるのは包丁代わりのナイフが一本。思わず現実逃避をしたくなる。

 

「クク……あの時はよくも邪魔してくれたな。その代償しっかりと払って貰うぞ!」

 

――あぁ、やっぱり驟雨は嫌いだ。

 

もしもこうなることが分かっていたのなら、もっと打つ手はあったのに……そんな遅い後悔をしながら、雨の中俺は喰種捜査官――真戸呉緒と対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ。 アイコントーク

 

――いぇい! 

 

声を聞くだけでこの場から立ち去りたくなったよ。何故ここに居る、イトリ?

 

――いやぁ、少し気になる情報を聞いてね。それでキミを探してたのよ。

 

帰り道に待ち伏せ何てたちの悪い事しやがって……。

 

――相変わらず私の扱い酷いなぁ……私はキミを心配してきたのに。

 

心配? 

 

――そうそう小耳に挟んだけど喰種捜査官とやりあったんだって?

 

……(いつも思うけどどうやって情報集めてるんだお前らは……)

 

――まぁ、見た目心配要らなそうでよかったよ。よかったよかった! じゃあそれじゃあキミの無事を祝して私の家で飲もうか! もしかしたらイイコト……あるかもよ。

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