拝啓友人へ   作:Kl

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毎回のことですが多くの誤字脱字報告本当にありがとうございます。至らぬ作者故に本当に多くて申し訳ありません。

誤字報告にあったのですが、逆説的の意味合いと言うか言葉選びを間違えておりました。私的には逆接詞の意味合いで使いたかったのですが、逆説と誤字をしておりました。そして、逆接的とという言葉はどうやらないようです。本当に無知ゆえにご迷惑をおかけして申し訳ありません。訂正させていただきます。





第十七話

「うん、ここはやっぱりいいね」

 

それは秋もずっと深まり紅葉の季節も後わずかで終るであろう頃だった。彼女は高台にある転落防止用のガードレールの傍に立ちその下を見下ろしながら言った。腰まである長い特徴的な翡翠色の長髪が秋風に吹かれながらサラリと揺れる。右手には飲みかけの缶コーヒーが握られていた。

 

何時もとは違いキャップを深く被る訳でも、サングラスをしている訳でも、マスクをしている訳でもない我が友人は素顔のまま、心地い音色を奏でながら楽し気に笑う。そう、彼女は今、外にいると言うのに変装していなかった。

 

外に出る時に彼女が変装をしない数少ない場所が俺達が今現在立っている場所だ。

 

東京にあるとある公園。俺たちが今いる場所は、ちょうどその公園が見下ろせる高台だった。

 

『たまには散歩でもしようよ』

 

という、彼女の言葉をうけ、思いついた場所がここだった。

 

「うん、確かにここはいい。俺も好きだよ」

 

彼女に習いガードレール一杯まで近づくと公園を見下ろす。何分、小さい公園だ。中央にある大きなドーム状の遊具とその周りを囲う様に公園の隅にブランコと砂場後は、植えられた木々と倉庫そして、公衆トイレがあるだけの公園。それでも、住宅街にあり、家から近いと言うこともあってか子供たちには人気らしく、五、六人の子供たちが元気に駆け回っているのが見えた。元気な子供たちの笑い声がここまではっきり聞こえてくる。

 

「久しぶりに来たけど何も変わらないね、ここは」

 

彼女はガードレールにその両腕を置き、体重を預けるとしんみりとそう呟いた。ここには以前から彼女とくることがよくあった。ふと、時間が空いた時に散歩と称してこの公園まで足を運んだことはそれこそ指の数では足りないだろう。

 

「そうだな。ここは何も変わらないな」

 

そう言って友人に笑いかける。

 

最近は色々とあり足を運べなかったが、久しぶりに訪れたこの場所は何も変わっていなかった。時折優しい風が吹き抜け、子供たちの無邪気な笑い声が聞こえてくる。

 

――人間も、喰種も、恨みも、怨恨も、殺意も、因縁も、組織も、何もかもと切り離された世界がここにはあった。

 

ここにあるは、そんなドロドロと頭を悩ませるようなことではなく、ただの日常があるだけだ。

 

「うん、ここは何も変わらない。だから、いい」

 

友人はそう言うと優しく微笑んだ。それは久しぶりに見る心からの笑みだ。

 

――もしも、この世界に理想郷があるとするならば、ここなのかもしれないな。

 

ここに足を運ぶたびにこんなことを思う。人間も喰種も関係ない世界、因縁や執着など頭を悩ませる物のないこの空間が永遠に続くのであればそれは間違いなく理想郷と呼べるものだろう。

 

「子供は好きだよ」

 

彼女はコーヒーを一口飲むと、公園で遊ぶ子供たちから目を逸らさずに言った。

 

「俺も好きだよ」

 

「うふふふふふふ。同じだね」

 

彼女はただ楽し気に笑うと続ける。

 

「彼らは純粋だからね、大好きだ。それは喰種だろうと、人間だろと同じ。純粋なうちは喰種に対する恨みも、人間に対する食べるべき餌という概念もない。ただただ、あるがままに暮らしを謳歌するだけ」

 

「……そうだな」

 

「ねぇ、先生」

 

彼女は視線を動かさず吐き出すように言葉を続ける。

 

「ヒトの成長って往々にして獲得よりも破棄の割合が多いと思うんだ。色々なことを知るにつれて、色々なことを経験するにつれて、かつての自分を捨てていく。ただ、何も考えずに友人と笑っていた自分を、喰種なんていうものを知らなかった自分を、喰種に恨みなんてなかった自分を、自身が食べている人間というものが自分達と殆ど同じような肉体をしていることを知らなかった自分を、その人間を狩るのに罪悪感を感じていた自分を――」

 

ゆっくりと彼女は言葉を続ける。その様子はまるで、俺だけではなく、

 

「――そして、喰種と人間に恋なんてものが成就しないと知らなかった自分を……」

 

自分自身にも言い聞かせているかのようだった。

 

「そんな自分自身を捨てていく。言うなれば純粋さを捨てていくわけだよ。そして、一度捨てた純粋さは二度と返ってこない。死んだ者が生き返らないように永遠に……」

 

薄く微笑みながら話す彼女の言葉に、何と返せばいいのか考える。

 

「確かに、成長するということは破棄の側面もあるのかもしれない。でも、成長するということは獲得することでもある。色々な知識を獲得し、色々な体験をしていく。そして、様々なことを得ることで、獲得することが出来るかも知れない」

 

「――かつての自分を、純粋だったころの自分をね。確かに、死んだ者は生き返らない。でも、まだ俺たちは生きている。生きているなら、きっと取り戻すことも出来る筈さ。悲観的に考えるよりこうやって楽観的に考えた方が人生楽しいだろ?」

 

そう言った俺に、彼女は、

 

「確かにそうだね。絵空事だとしても、そう考えた方が楽しそうだね」

 

そう言って笑うのだった。そして笑いながら続ける。

 

「ねぇ、先生」

 

「何だ?」

 

「I have a dream that one day on the world, the sons of “Human” and the sons of “Ghoul” will be able to sit down together at the table of brotherhood!」

 

流暢な英語で彼女はそう言って、ほほ笑んだ。

 

「そうなるといいな」

 

友人の言葉をうけて俺もそう言って笑った時だった。

 

「あっ! 兄ちゃん! お姉ちゃんじゃん!」

 

そんな元気な声が下方より聞こえてきた。声の方角を見下ろせばそこには先ほどまで走り回って遊んでいた子供達がこちらを見ていた。どうやら気付かれたみたいだ。

 

「やぁ、久しぶりだね!」

 

彼女はそう言うと子供たちに大きく手を振ると、こちらを向いた。

 

「それじゃあ先生行こうか」

 

俺の返事を待たずして友人は公園へと足を進める。その足取りは軽い。そんな友人の後を俺もゆっくりと追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

「いずみお姉ちゃんだ!」

 

「最近来てなかったけどどうしたのー?」

 

「そんなことより遊んで遊んで!」

 

友人の後を追いかけて公園内に足を踏み入れた時には、彼女は既に子供たちに取り囲まれてもみくちゃにされていた。先ほども言ったように俺と友人がこの公園を訪れるのはこれが初めてではない。それなりの頻度で訪れている。だからこそ、いつの間にか子供たちの知り合いも出来て、いつの間にか一緒に遊ぶこともそれなりの回数あった。

 

「いずみお姉ちゃんもお兄ちゃんもどうして最近来なかったの?」

 

友人に抱き着いていた少女が首を傾げる。

 

――いずみお姉ちゃん。

 

子供達は彼女のことをこう呼んでいる。それは彼女が、いずみと自分の名前を紹介したからだった。名前の由来は恐らく、高槻泉の訓読みだろう。作家高槻泉でもなく、本名である愛支でもなく、ただのいずみとして彼女は子供たちの前に立つ。

 

「うーんとね、少し忙しくてね、最近。しばらく来れなくてごめんね」

 

彼女は集まった子供たちの頭を撫でながら笑う。何分、身長が小さく、顔も童顔なため、その様子はまるで姉弟や姉妹のように見えた。

 

――もしかしたら、彼女にもこんな日常がありえたのかもしれない。

 

Ifを考えてもどうしようもない。Ifはいつだって、Ifであり、現実ではありえない。そんなことは分かっている。分かってはいるがそのことを考えずにはいられない。

 

――もしも、人も喰種も関係ない世界があるとすれば……そんな世界は歪み何てないのだろか?

 

「もしかして、お兄ちゃんと何かあった?」

 

「うん? どーしてそう思うのかな?」

 

「だって、いずみお姉ちゃんとお兄ちゃんいっつも一緒にいるから、二人に何かあったのかなーって思って」

 

少年が我が友人に訪ねる。

 

「別に何もないよ。私も、彼もいつも通りさ」

 

少年の短い髪を撫でながらそう笑う彼女に、

 

「あぁ、そうだな」

 

俺は素直にうなずいた。

 

「そう言えば、いずみおねーちゃんとお兄ちゃんの関係ってどんな関係?」

 

「えー、そんなことも知らないの?」

 

少年がぽつりとつぶやいた言葉に隣にいた少女が反応した。

 

「私、知ってるよ! いずみお姉ちゃんとお兄ちゃんは恋人同士なんだよ! 間違いないよ!」

 

「えー、恋人ってあれだろ? 彼氏とか彼女とかいうやつだろー。俺は違うと思うなー。だって、いずみお姉ちゃんはこんなに優しくて綺麗なのに、お兄ちゃんは冴えない顔してるし、釣り合ってないじゃん」

 

「えーでも、お母さんが言ってたよ。いつも一緒にいる男の人と女の人はカップルって言って恋人同士なんだって!」

 

「俺は認めねぇぞ!」

 

「和樹君は、いずみお姉ちゃん大好きだもんね!」

 

「あ、こら! それは言わないって約束しただろ!」

 

和樹と呼ばれたツンツン頭の少年は顔を林檎の様に真っ赤に染めるとからかった少女に向かって走りだす。

 

「きゃーお兄ちゃん助けてー!」

 

追われた少女は叫びながら俺の後ろに回り込む。どうやら俺を盾にするつもりらしい。

 

「な、なんだよ!」

 

和樹君は顔を赤らめたまま俺の前で立ちどまった。興奮してるのかその息遣いは荒い。

 

「いや、何でもないよ」

 

そう言って彼の頭を撫でる。友人とは違い男らしい固い髪質が手のひらにあたり少しこそばかった。

 

――願わくば彼女を好きだと言った彼の純粋さが失われないように。

 

「ほーら、喧嘩しないの! 皆仲良くね!」

 

友人のその言葉に子供たちは元気に「「はーい」」と頷いた。不服そうな和樹君も小さな声で「ぅん」と頷いたあたり子供たちの彼女に対する信頼の高さがうかがえる。

 

「じゃあ、久し振りにみんなで遊ぼっか! みんな、何がしたい?」

 

「俺、缶蹴りがいい!」

 

「私は鬼ごっこ!」

 

「かくれんぼがいいな!」

 

「うーん、やっぱり縄跳びかなー」

 

 

「縄跳びは昨日やっただろ! やっぱり大人数いるんだしドッチボールだろ!」

 

彼女の言葉に子供たちは各々応える。

 

「はいはい、じゃあ隼人くんが早かったから今日は缶蹴りをしよっか!」

 

「えー、かくれんぼがいい!」「いや、鬼ごっこ!」「縄跳びだよ!」「ドッチボールだ!」

 

「はいはい、喧嘩しないの! かくれんぼも、鬼ごっこも、縄跳びも、ドッチボールも、今度また遊びに来た時にしよっか」

 

彼女はパンパンと手を叩き、子供たちの注目を集める。

 

「えー絶対だよ!」

 

「うん、絶対だ。それじゃあ最初の鬼はいずみおねーさんがするから、みんな逃げろー!」

 

彼女はそう言うと飲み干して地面に置いてあった缶コーヒーの周の地面に足でラインを引いた。

 

「じゃあ俺が最初蹴る!」

 

活発そうな少年が缶を思いっきり蹴とばす。甲高い音を立てて黒い缶が空を舞う。

 

「きゃー、隠れろー!」「逃げろー!」

 

缶が空を舞うのと同時に子供たちはきゃーきゃーと叫びながら四方へ散らばる。その様子を満足げに眺めながら彼女が、

 

「じゃあ今から10数えるよー!」

 

そう言ってしゃがみ込み目を隠そうとした時だった。彼女は後ろを向いた。

 

「なぁ、いずみお姉ちゃん」

 

そこには彼女の服の袖をつまんでいる和樹君の姿があった。

 

「ん? どうした和樹君? 何かあったのかな?」

 

和樹君は少し躊躇いの表情を見せたが、それを首を左右に振ってふっきると、

 

「――いずみお姉ちゃんとお兄ちゃんが恋人同士って本当か?」

 

「――うふふふふふふ。さぁ、どうだろうね?」

 

彼女はその問いに答えることはなく、ただ微笑みながら俺を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

――お兄ちゃん、久しぶりー!

 

久し振りだねヒナミちゃん。元気だった?

 

――うん、元気だよ!

 

そうか、それは良かった。

 

――お久しぶりです、ドクトルさん。

 

リョーコさんもお元気そうで何よりです。

 

――本当にあの時はありがとうございました。この恩は感謝してもしたりません。

 

いえいえ、気にしないでください。それよりも不便はないですか? 生活は?

 

――えぇ、芳村さん達の協力もあって不便はしていません。前のようにとは私は行きませんが、ヒナミは何時も通りの生活を送れそうです。それこれも全部……。

 

辛気臭い話は止めましょう、ヒナミちゃんもいますし。

 

――そうですね。

 

――あぁ! お兄ちゃんまたお母さんとばっかり話してる! ずるい!

 

ごめんごめん。

 

――そんな子供みたいに頭を撫でられても嬉しくなんかないんだからねっ!

 

そっか、ヒナミちゃんはもう大人だもんね。

 

――で、でもお兄ちゃんが撫でたいっていうなら、と、止めないよ!

 

あはははははは。そうか、じゃあもう少しこうしておこうかな。あぁ、そう言えば遊びいく約束していたけどどこがいい?

 

――え? お外にいってもいいの?

 

うん、勿論(真戸呉緒は行方不明。気がかりは亜門鋼太朗くらいだが、出くわしてもはぐらかして逃げる事くらいは簡単だろう)

 

――えー、じゃあ水族館がいい! ペンギンさんが見たいの!

 

分かった。じゃあ、来週の日曜日にでも行こうか!

 

――うん、約束だよ!

 

あぁ、約束だ。

 




執筆速度=やる気と見つけたり。

こういうほのぼのが書きたかったんだ……ほのぼの?



次回はヒナミちゃんとのデート回になる予定……多分。

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