拝啓友人へ   作:Kl

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すみません、遅くなりました何でもしますから許して下さい。


第十九話

 

死のうと思った。全てがばれてしまった。もう私に希望はなかった。ふと、右を見た。

 

急に足を止めた私を怪訝に思ったのか、私の数歩前で彼が止まっていた。彼と目が合った。

 

――今の私はどんな顔をしているのだろうか。

 

きっと、酷い顔に違いない。死刑囚が処刑される瞬間の顔かも知れないし、信じていた人に裏切られた人の顔をしているかも知れない。どちらにしても、絶望の二文字が顔面を覆っていることには違いない。

 

――彼は今どんな顔をしているのだろうか?

 

怖い。ただただ怖い。

 

「あ、……あ、あ」

 

言葉にならない思いが零れる。

 

――死のう。

 

はっきりとそう思った。

 

「なにそんな顔してんだよ?」

 

彼はそんな私に一歩足を近づけると、笑いながら言った。その笑顔は、いつも通りの笑顔で、私の知っている笑顔で、そしてもう二度と私に向けられることはないと思っていた笑顔だった。

 

「な、なんで……?」

 

私には分からない。私には理解できない。私には想像できない。彼が笑える訳を、彼が私にほほ笑む理由を、彼が私と一緒にいてくれるその心を。

 

――だって、私は彼とは違う。私は彼とはもう一緒にいられない。彼の家族を襲ったのは私の同胞――

 

「わ、わたしはアイツと同じ――」

 

――そう、私は喰種だ。

 

私の言葉を塗りつぶす様に先に彼が口を開いた。いつも通り穏やか口調で、優しくまるで小さな子供に話しかけるように。

 

「なに驚いてるんだ? まさか、俺があんな些細なことを気にすると思ったか? それなら心外だなぁ」

 

西日に照らされながら彼は続ける。清々しく堂々と。

 

「俺にしてみればお前が何物だろうと何だろうと関係ない。これまで少なくない時間をお前と過ごしてきた。お前のことはそれなりに知っているつもりだ。俺にとって大事なことは君が君であるということだけだ。俺にとってみれば、お前が人間だろうが喰種だろうがそんな物は些細な問題だよ」

 

彼はここで一度言葉を区切ると、さらにゆっくりと言葉を吐き出した。

 

「喰種だの、人間だの言う前に君は“芳村 愛支”だ。そして、“芳村 愛支”は俺の親友だ。大事なのはそれだけだろ?」

 

彼はそう言って笑顔をつくると、私よりも一回りは大きな左手で私の右手を握った。彼の体温が握られた右手から全身に伝わってくる。一回りしか変わらない筈なのに、その手は大きく……本当に大きく感じられた。

 

「ほれ帰るぞ、愛支」

 

彼と一緒に生きたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都内のあるとあるマンションの一室。俺の住んでいるボロアパートよりも何倍も小奇麗なそこのインターホンを押せば返事はすぐに返ってきた。

 

『あ、ドクトルさんですね。お待ちしてました。今開けますね』

 

インターホン越しに聞こえる声は聞き慣れた声だった。無機質な機械越しからでも分かる穏やかそうな声は、そのまま声の主の性格を表しており、事実今まで出会ったヒトたちの中でも一二を争うほど温厚なヒトだった。

 

インターホンが途切れて数秒後、ガチャリと鍵が開けられ扉が開かれる。

 

「おはようございます、ドクトルさん」

 

扉の向こうには柔和な笑みを浮かべた美人がいた。癖のない綺麗な茶色の長い髪が特徴の彼女は笛口リョーコさん。俺がバイトがてら行っている家庭教師の親御さんであり、またそれ以外にも色々と縁があるヒトだ。最近は色々とあって家庭教師に行けていないため、こうして会うのは久しぶりとなる。

 

「おはようございます。リョーコさん、ご無沙汰しております」

 

「いえいえ、こちらこそご無沙汰してます。ささ、まずは上がって下さい、ヒナミも少し時間が掛かりそうですので」

 

「それではお邪魔します」

 

笛口さんのお言葉に甘えて玄関に足を踏み入れる。綺麗に靴が並べられ整理整頓されたそこはウチの友人の家とは多く異なった印象を受けた。

 

――アイツの家の場合、玄関から本だの原稿用紙だのが散乱しているからなぁ。比べる相手が悪いか。

 

他人の家は勝手に掃除していくのに自分の家になると無頓着になりすぐに汚部屋になるアイツと笛口さんを比べるのは悪いとすぐに考えを改めて口を開く。

 

「どうですか、生活は? 不便をおかけしてますが、何か困ったことはないですか?」

 

「えぇ、芳村さん達や“木”の方々のお陰で以前と同じとまでは勿論行きませんが、それでも不自由なく暮らせています。本当にその節はドクトルさんにお世話になりました」

 

そう言って頭を下げようとするフエグチさんを静止する。

 

「止めて下さい笛口さん。お礼なら十分に言っていただきましたし、何より私たちは私たちの存在意義を果たしたまでに過ぎません。だから、頭を下げる必要なんて何一つないんですよ。それに、笛口さんには私の方こそお世話になってますし、頭を下げるのなら私の方ですよ」

 

そう言って俺も頭を下げる。そう俺は、俺たちは何も褒められるようなことをした訳ではない。ただただ自分たちの存在意義を果たしたに過ぎないのだ。自己満足をしたに過ぎないと言っても過言ではない。

 

「そんなやめて下さい、ドクトルさん」

 

「じゃあお互いさまという訳で」

 

「そうですね」

 

そう言って二人で笑う。笛口さんは優しく温和な笑みで、俺の方はいつも通り不器用な笑顔で。

 

会話が一つ途切れたところで、そう言えば、と俺は切り出した。

 

「実はもうすぐ試作品が出来るのでまたよろしければお願いしてもいいですか?」

 

俺の言葉を聞いた笛口さんは、

 

「まぁ、それは楽しみですね! もちろん喜んでお手伝いさせていただきますよ」

 

と笑顔のまま快諾してくれた。

 

「毎回毎回笛口さんにはお世話になります。あと、そう言えばヒナミちゃんは一体?」

 

先ほどから一向に姿を現さないヒナミちゃんについて聞いてみる。いつもだったら玄関を開けるとすぐ目の前にいるのに今日に限っては声すら聞いていない。

 

「あー、それなんですが……」

 

笛口さんはその笑みを少しだけ苦いものに変えるとさらに続けた。

 

「実は、今日の事がよっぽど楽しみだったのか昨日の夜に寝れなかったらしくてですね。さっき起こしたんですけど……二度寝しているのかも」

 

「あぁ、そう言う訳ですか」

 

「何でも、お兄ちゃんとデート! お兄ちゃんとデート! ってずっと言ってましたし、よほど楽しみみたいです」

 

「楽しみにしてくれているなら誘ったかいがこちらもありましたね」

 

それだけ楽しみにしてくれているならこちらとしても誘ったかいがあったというものだ。あぁ、ちなみに言っておくけど、今日のこれは別にデートでも何でもない。いくら彼女のいない歴=年齢だとしても、教え子に手を出すほど人間をやめてはいない。俺としては妹を遊びに連れていくような感覚だ。

 

ほら昔の作家も言っているだろ。

 

――あなたもご存知でしょう、兄妹の間に恋の成立した例のないことを、ってね。

 

まぁ、兄妹云々の前に俺は少女に欲情するような変態ではないのでそこは悪しからず。

 

「でも、本当に出てこないわね、あの子。すみません、ドクトルさん迎えに来ていただいた挙句にお待たせしてしまって、もう一度部屋を覗いて来ますね」

 

そう言って笛口さんが立ち上がろうとした時だった。玄関から見て一番奥の部屋からドタバタという音と声が聞こえてきた。

 

『ね、ね、寝坊! 寝坊! あぁああああああ! 何で今日に限って寝坊するかな!? あわわわわわ! どうしよう!? どうしよう!?』

 

そんな声が扉越しに聞こえてきたと思ったらガチャリと勢いよく扉が開かれ、一人の少女が飛び出してきた。少し寝癖が付いたショートヘアに、ピンクの可愛らしいパジャマを着たヒナミちゃんは笛口さんを見るなり叫ぶように口を開いた。

 

「お母さん! どうして起こしてくれな――――――――」

 

そこまで言ってようやく俺が居ることに気が付いたのか、捲し立てていたヒナミちゃんと目があった。

 

「―――――っ!!!!!」

 

瞬間言葉を止めて、口をパクパクさせるヒナミちゃん。その顔に浮かぶは驚愕の色。

 

「…………お兄ちゃん?」

 

あわあわと目を回しているヒナミちゃんに片手を上げて挨拶をする。

 

「おはよう、ヒナミちゃん」

 

そして、数刻後、

 

「きゃああああああああああああああ!!!!!」

 

ヒナミちゃんの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

――ねぇ、先生久しぶりだね。

 

久し振りか? 一昨日も顔を合わせただろうに……。

 

――いやいや、私の見立てが正しければ、約半年ぶりに感じるけど……?

 

おい、馬鹿それ以上はやめておけ、お互い不幸になるぞ。

 

――うふふふふふ、まぁ冗談は置いておいて……ねぇ、先生。

 

ん?

 

――先生ってロリコンなの?

 

ぶっはっ! いきなり何言ってんだよ!?

 

――うふふふふふふ。いやなに、年端もいかない少女とデートしたって小耳に挟んでね……。

 

お前のその情報網の広さはどこから来るんだよ……。

 

――今度一緒に水族館行こうよ、行くよね先生?

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