拝啓友人へ   作:Kl

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何か色々な小説書いていたら遅れました。すみません。

そして相変わらず話が全く進んでおりません。


第二十一話

――先生、私は思うんだ。『The world is a fine place and worth the fighting for 』

今は昔、かの大文豪、ヘミングウェイはこう言ったけど、それはある意味で間違いだったってね。だって世界はこんなにも汚れていて、こんなにも歪んでいるんだ。人間がいて、喰種がいる。こんな可笑しな世界が美しいわけない。世界はどこまでも腐っている。

 

――だから、私は戦う。こんな世界を壊すために……。

 

――世界は素晴らしい。戦う価値がある。……後半部分にだけは賛成かな……。

 

――でも、私は思うんだ、先生……。唯一人、ただ一人この地球上の誰でもない貴方だけでいいから心の底から『The world is a fine place and worth the fighting for 』と確信して欲しい。それが私の願いだよ。

 

今は昔のとある人物の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ……」

 

空を見上げればよく晴れた秋の空が頭上を覆っていた。バケツ一杯の水に青の絵の具をこれでもかと言うほど溶かし、それを巨大な画用紙にぶちまけたような空の色は何だか夏よりも空気が澄み空が高く見える。秋の空は高い、昔からそう言われるがこの空を見ると確かに高く見えると納得する。

 

青く塗られたキャンパスの上には申し訳ない程度に鱗雲が見えるだけで、見事なまでの秋晴れが広がっていた。本日は晴天なり。

 

そんな天気もよく、お出かけ日和だと言うのに、俺の横を歩く少女はむすっとした表情。頭には黄色リボンがトレードマークの純白のハットを被り、お気に入りのピンクの花柄のワンピースを着ているのと言うのに気分は斜めのままなのか家を出てからずっと頬袋を膨らませていた。まぁ、ずっとと言ってもまだ五分と経っていないが……。

 

「ほら、ヒナミちゃん機嫌直してよ」

 

リスのように頬を膨らませて不機嫌さをアピールしているヒナミちゃんに声を掛ける。

 

「別にお兄ちゃんに怒っているんじゃないもん……」

 

起きた後のヒナミちゃんの慌て様は凄かった。まるで幽霊でも見たかのような悲鳴を上げた後、跳ねるような勢いでそのまま部屋に戻っていった。

 

――そんなに俺に寝起きを見られるのが嫌なのかなぁ……。

 

生憎さま女性の知り合いが少ないため、その辺りの女心はイマイチ分からない。知り合いの筆頭として上げれられるのは我が友人の愛支だし、その愛支に関していえば寝顔を見られて悲鳴を上げるどころか酔いつぶれた俺の布団に入ってきて、朝逆に俺が悲鳴を上げる羽目になるし、愛支以外で付き合いが深い女性と言えば、大変不本意ながらイトリになる。イトリに関していえばその実あんななりでも実は結構ズボラであり、たまに店に行くと机に突っ伏して寝てたり、自分から飲もうと誘ったくせしてさっさと俺の横で寝息を立ててたりする。

 

イトリと付き合いの深い四方さん曰く、警戒心の強い奴らしいのだが、無防備に寝息を立ててる姿を見るとどうも警戒心が強いとは思えない。警戒しなくてもいいと安心されているのか、それとも警戒するまでもないと相手にされていないのか、いや、間違いなく後者だろう。何かしようと思ってもイトリに勝てるビジョンが俺には思い浮かばない。あんな奴だが、奴は喰種の中でも強者だ。下手に藪をつついていい相手ではない。藪を突いて出るのが棒ならまだいいが、蛇や鬼だったら笑えない。

 

――イトリかぁ……。アイツらも一応警戒しておかないとな。

 

俺の前では警戒心のけの字も見えないが、それでも彼女が掴みどころのない胡散臭い奴だと言うことは短くない付き合いの中で十二分に知っている。彼女の所属している組織自体、胡散臭さの塊だ。調べてもロクな情報が出てこない。イトリ自身色々とおしゃべりなため様々な情報を落としてくれるがそれもどこまでが本当か分からない。ただ要注意な団体人物だというくらいは分かっている。

 

「お母さんも、もう一回起こしてくれればよかったのに……」

 

どうやら、ヒナミちゃんは笛口さんがもう一度起こしに来てくれなかったことに拗ねているみたいだ。

少しだけ頬を膨らませて拗ねる少女を見て思わず、笑みが零れる。

 

――寝坊をして、母親に拗ねる……か。

 

その行動が何だか普通の子供の様で、その行動を喰種である彼女が行っている。その子供っぽさが、その振る舞いが……。何だかそれが無性に嬉しくなった。

 

――俺たちは間違っていないんだ。

 

小さな事だが、俺たちが行っていることが間違ってはいない事だと確かな確信を抱かせてくれる。

 

「もう、お兄ちゃん、何笑ってるの! 私、本当に驚いたんだよ!」

 

どうやら笑っていた顔を見られてたみたいで、ジト目でみられてしまった。

 

ショートヘアにワンピース、それに平均よりも低い身長。ヒナミちゃんを見ていると何だか昔の愛支の事を思い出すときがある。今ではあんなに髪を伸ばしているが、昔はショートヘアで随分と短かった。それに今では見る影はないが、愛支も昔は可愛らしい時があったりする。俺の後ろをおっかなびっくりについてきたり、俺のシャッツの袖をずっと掴んだまま街中を歩いていた時代も確かにあった。まぁ、その話をすると今の彼女は直ぐにへそを曲げるため、誰にも言う機会はないのだが……。

 

ヒナミちゃんの姿と昔の愛支の姿があまりにも似ていたせいか、つい無意識の内に白い帽子の上から彼女の頭を撫でていた。昔の愛支はこうすると少しは機嫌がよくなったのだ。

 

「むぅ……お兄ちゃんはすぐに私を子供扱いする」

 

しかし、どうやら子供時代の我が友人とヒナミちゃんは違うようで、ますます頬を膨らませてしまった。きっとヒナミちゃんにとってすれば不機嫌さをアピールするための行為だろうが、残念なことに元々の顔が可愛らしく愛嬌のある顔なため、怖いというよりも可愛いらしいという印象を受けてしまう。まるで頬袋一杯に餌をため込むハムスターやリスの様だ。

 

「ごめんごめん」

 

帽子から手を離しつつ、先ほどの笛口さんとの会話を思い出す。

 

――『実は、今日の事がよっぽど楽しみだったのか昨日の夜に寝れなかったらしくてですね。さっき起こしたんですけど……二度寝しているのかも』

 

――『何でも、お兄ちゃんとデート! お兄ちゃんとデート! ってずっと言ってましたし、よほど楽しみみたいです』

 

ヒナミちゃんにとっては今日この日をずっと待ち遠しにしていたようだ。それなら俺も全力にその期待に応えなければいけない。

 

未だにぷくりと膨れ頬のヒナミちゃんに左手を差し出す。

 

「お嬢さん、手を繋いでくれませんか? 折角のデートなんだ、機嫌直して、楽しんで行こうよ」

 

全く似合わないセリフだとは理解している。でも、今の俺に出来ることはこれくらいだろう。

 

「お兄ちゃんはヒナミと手を繋ぎたいの?」

 

「それは勿論、こんな可愛い子がいるんだ。男なら誰でも手を繋ぎたいと思うよ」

 

気障な笑顔を浮かべる俺を見て、ヒナミちゃんは少し考える素振りをした後、少し顔を赤らめて、

 

「お兄ちゃんがどうしてもって言うなら繋いであげるっ!」

 

笑顔で俺の手を取ってくれた。

 

――やっぱり彼女には笑顔が似合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見てお兄ちゃん、凄く大きなお魚さんだっ!」

 

水族館に着くころにはすっかり機嫌を戻したヒナミちゃんに半ば引っ張られるように足を進める。駆け足のような状態で足を進め、水槽の前に着くと、ヒナミは俺の左を離し、ガラスに両手をつき、食い入るように水槽の中をのぞき込む。この水族館の売りとなる巨大水槽は、建物の一階から三階部分まで中央部分を突き抜けるような形で作られており、中には多くの魚が悠々自適に泳いでいた。

 

流石に休日と言うこともあって人も多い。やはり水族館という場所のせいか、子供連れの家族やカップルが多く見えた。

 

はぐれない様に一歩ヒナミちゃんに近づく。どうやら、彼女はこの水族館の一番の目玉であるジンベイザメに興味深々なようだ。

 

「ほぇー、とっても大きいよ、お兄ちゃん」

 

感嘆の声を上げながら、ジンベイザメの泳ぎを見つめるヒナミちゃん。視線の先のジンベイザメは多くの視線を物ともせず、ただゆっくりと泳いでいた。

 

「あぁ、あれはジンベイザメといって鮫の一種だよ」

 

「へ!? あれ、鮫さんなの!?」

 

「まぁ、鮫と言っても、ヒナミちゃんが想像している鮫とは違って温厚な奴だからね。主食もプランクトンなんだ」

 

「プランクトン……?」

 

「そう、プランクトンって言うのは、海月や魚の小さい時のことを言うんだよ」

 

「へぇー」

 

俺の説明で理解できたのか分からないが、ヒナミちゃんは巨大な水槽に張り付いたままだ。この分では暫くは動きそうにない。

 

――良かった。そこまであの時の事はトラウマになってないみたいだ。

 

今日一日のヒナミちゃんの様子を見て、小さく胸を撫で下ろす。思い返すはあの時の事、笛口さんとヒナミちゃんが白鳩に襲われた時のことだ。

 

大事には至らなかったとはいえ、捜査官に襲われたのだ。こんな小さな子供がトラウマにならない筈はない。きっと、心のどこかで傷になっていることは間違いない。しかし、今日の行動や発言を見ている限りではまだ大丈夫ではあるようだ。勿論だからと言って気が抜ける状況ではない。これからも心のケアは大事になって来る。

 

――もっとやりようがあったはずだ。

 

ガラスの中を我が物顔で泳ぐ魚の群れを見ながら、考える。

 

あの時、あのタイミングで真戸呉緒と亜門鋼太朗を止めるのが精一杯だった。しかし、前から亜門が墓を暴いたという情報はあったんだ。あの時点で、襲撃を止める方法は考えれば何処かにあったはずだ。

 

今回はたまたま、上手くいった。しかし、次は分からない。どうしても受け身にならずを得ないのは分かっている。それでも、理想を追い求めるのは間違えだろうか……。

 

――失敗は許されない。

 

自分でも知らぬ間にいつの間にか俺は右手で力強く拳を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっふーん、ふふっふーん」

 

辺りが西日に包まれ、街が茜色に染まるなか、少女の明るい鼻歌の音が響く。俺の数歩前を歩く少女はくるりと振り返ると、ニコニコした満面の笑みを浮かべる。

 

「お兄ちゃん、今日はありがとう」

 

水族館からの帰り道、そうほほ笑むヒナミちゃんの手には二つの少し大きなぬいぐるみが抱えられてあった。一つは、ペンギン、もう一つは本日見て気に入ったらしいジンベイザメ。可愛くデフォルトされた二つにぬいぐるみを胸に抱きかかえて歩く彼女はどこからどう見ても年相応の少女だった。

 

「ううん、気にしないで、俺も今日はとても楽しかったよ」

 

ヒナミちゃんの歩幅に合わせてゆっくりと歩きながら応える。ここ、最近仕事ばかりしたため、こうやってゆっくりと休日を過ごすのは久しぶりだった。

 

「えへへへ、お兄ちゃんも楽しかったんだ……」

 

「うん、とてもね」

 

「えへへへ、そっかー、そうなんだ」

 

夕日により顔を朱に染めた少女は恥ずかしさを隠す様に口元をぬいぐるみに埋めながら前を向き直し、足を進める。その足取りは軽く、機嫌よさが伝わってくる。

 

そして、そのまま暫く足を進めた時だった。彼女の家まで曲がり角二つといった所、すれ違う人もまったく居なくなった路地にて、また、少女がくるりとこちらに体の正面を向けた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。少し聞いてもいいかな?」

 

その声色は今までとは違い、真剣さを帯びていた。

 

「なんだい?」

 

「勉強って何でしないといけないのかな? お母さんは勉強しないさいって言っている。お兄ちゃんとの勉強は楽しいし、嫌いじゃない。でも……」

 

そこで少女は言葉をきった。

 

暫くの静寂が辺りを包む。その間はきっと、少女が言葉を考える時間でもあり、覚悟を決める時間でもあった。数秒か数十秒かそれとも数分か、少女の体感ではそのどれかだった気もするし、そのどれでも無かった気もする。兎も角、いくばくかの時間が確かに流れた後ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「結局、私は人間の子達みたいに学校には行けないし、勉強をしても友達が増えるわけでもない。勉強すればするだけ、周りの子達と違いがより分かってきて……」

 

愛支は言った。成長とは何かを捨てることだと……。

 

俺は言った。成長とは何かを得ることだと……。

 

きっと、彼女は悩んでいる。学ぶにつれ、外の世界を知るにつれ、そして成長するにつれ、嫌顔でも分かって来る様々なことについて悩んでいる。自分のこと、他人のこと、そして世界のことを知るにつれ彼女は色々なことを理解してしまった。聡明な彼女だからこそ、大きな壁に直面してしまったのだ。

 

彼女が成長をどう感じるかは分からない……。しかし、俺は思う。

 

――いつか君にも確信してほしい。『世界は素晴らしい』と……。

 

「――ねぇ、お兄ちゃん喰種って悪なの……。私たちって本当に悪い存在なの?」

 

そう言った彼女の姿は何時もよりもさらに小さく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

――おっひさーっ!

 

げっ、イトリ……。

 

――げって酷い反応だなぁ、傷ついちゃうなぁお姉さん。

 

嘘をつけ、お前がこんなんで傷つくたまかよ。

 

――相変わらず女心が分かってないなぁ……そんなんじゃモテないよ。

 

………………。

 

――あれ拗ねちゃった? 大丈夫大丈夫、行き遅れたら、お姉さんが責任をもって貰ってあげるからさ。

 

ふざけたこと言っていると愛支に言いつけるぞ。

 

――あははは、それは勘弁してほしいかな。あの子の相手は少しばかり骨が折れるからさ。

 

で、要件はなんだ?

 

――なんもなしに君の所に来ちゃだめなの? やっぱりロリコn

 

おい、誰から聞いたその情報!?

 

――さぁ、誰だろうね、気になるね!

 

…………

 

――あぁーちょっと無言で帰らないでよ!

 

だから、要件はなんだよ

 

――久しぶりに店で飲まない? 今日は定休日だし貸し切りだよ。久し振りに飲もうよ。

 

何企んでる?

 

――別に何も企んでないよ。今日は本当に純粋に飲みに誘っただけだって!

 

ふーん……

 

――あー、その顔信じてない顔だね。まぁいいよ来ないなら来ないで……でも来なかったら……

 

来なかったら何だよ?

 

――いつの間にか、君が年端もいかない少女とデートするロリコンだっていう情報が出回ってるかも知れないねっ!

 

……一つ貸しだぞ

 

――あははははは、何だかんだ言いつつ、来てくれる君の事は大好きだよ。

 

はいはい、お世辞として受け取ってやるよ。

 

――あはははははは。

 

 

 


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