拝啓友人へ   作:Kl

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しれッと更新すれば長い間更新していなかったことがばれないって誰かに聞いた気がします。


嘘ですごめんなさい。諸事情により更新が滞ってました。


第二十二話

――ねぇ、先生。今は昔かの大文豪はその著書で『You can’t get away from yourself by moving from one place to another』こう書いたよね。

 

――私はこの格言は本当だと思っているんだ。例え、世界を旅して回ったとして、他の喰種や人間から逃げ続けたとして、自分自身からは絶対に逃げられない。そして、自分から逃げられない奴は世界からも逃げられない。

 

――だから私は戦うよ。この腐った世界を叩き壊して、そして全ての人間の前にありのままの世界を、現実を叩きつけてやるんだ。

 

――分かっているよ。何も言わなくていい。先生と私の理想の形が違っていることなんて分かっている。だから、決定的に袂を分かつまでは、こうやって”何もないぬるま湯”に浸かっていたいんだ。

 

――そう思うことは怠惰で傲慢だろうか? 先生

 

今は昔のとある人物の言葉

 

 

 

 

 

 

その日は特筆するようなことが何もないある冬の一日になる予定だった。勿論、予定だったと書いた手前特筆するべき日になったのだが、その特筆すべき事情とやらが俺にとっては大きな問題だった。

 

「うふふ、結構寒くなってきたね」

 

何時ものように急に部屋に上がり込んできた友人は楽し気に笑う。手に持つのは何時ものコーヒーカップではなくワイングラス。そしてその中には彼女が持ってきた”ワイン”。右手でワイングラスを回しながら、左手は炬燵に突っ込むという完全防備をした彼女は、そのままワインを一口口に含んだ。

 

「そうだな。天気予報ではこれから今日はさらに寒くなって雪まで降るらしいからな……。全く厄日だよ今日は」

 

愛支のいうように先ほどよりも幾分と気温が下がった部屋で愛支と同じく俺用のワインが入ったグラスを持ちながらこうなった原因を見上げた。

 

目線の先、年季の入った壁に取り付けられているのはこれまた年季の入った一台の機械。通常室内機と呼ばれるその機械はいつもの異音はもとより電源のランプすら付いてない完全な沈黙状態となっていた。

 

そうつまり、俺が冒頭で述べた特筆すべきことというのは真冬の凍えるような寒さの日にエアコンがついにサボタージュを飛び越えストライキを決行したということに他ならない。

 

「しかし、とんでもないタイミングで壊れたね。エアコン」

 

飲み初めに脱いだ上着をまた羽織直した愛支はワインを飲みながら楽しそうにそういった。ワインを飲んでいるためか真っ赤に染まった右目を細め、嬉しそうに口端を上げる彼女の様子はかなり機嫌が良い時のものだ。

 

「全くだ。どうせ壊れるなら秋か春にしてくれればいいものを……」

 

愛支のセリフに頷きながらワインを一口含む。今日彼女がお土産がてらに持ってきてくれた一本なのだが、やはり彼女の選んだものだけあってかなり美味い。俺がいつも飲んでいる安酒とは大違いだ。

 

その実、ワインの美味さと値段は比例の関係にあるので、この一本がいかほどの値段がするのか恐ろしくて聞けやしない。きっと聞いた瞬間に緊張のあまりワインの味がわからなくなること間違いなしだ。

 

「まぁ、でもよく持ったほうだと思うよ。私は」

 

まるで懐かしむかのように壁に取り付けられた室内機を愛支は見る。その目に映るのは懐古か憧憬か。

 

――まぁ、確かにこいつとは長い付き合いだったな。

 

思い返せばここに引っ越してきたときから取り付けてあったため相当な付き合いになることになる。両手の指を足しても足りないくらいの年数だ。今年の夏も猛暑となりいつものように彼を酷使してしまったため、ここらでいい加減ストライキを起こしたくなる気持ちも非常によくわかる。

 

――しかしなぁ、エアコンの修理、最悪付け替えとなると幾らいるんだ?

 

そう考えながら、自分の口座に今いくら入っていたのか思い出してみる。

 

そして、出た結論は――。

 

無理だ。どうあがいても金が足りん。今月色々と出費が嵩んだから食費だけでカツカツだ。

 

――はぁ。

 

自分の甲斐性のなさにため息が出た俺に、

 

「何、ため息なんてついてるの? 幸せ、逃げちゃうよ?」

 

と、笑いながら突っ込んだあと、ふと何かに気づいたのかさらに口を開いた。

 

「あー、なるほど。お金貸そうか?」

 

いつのまにか台所事情だけでは財政状況まで愛支に知られていたらしい。

 

「いや、結構だ。我慢する」

 

いくら俺が甲斐性がないとはいえ、友人である愛支に金を借りるわけにはいかない。本人は気にしてないだろうが、俺にも意地ってものがある。愛支に借りるくらいならいっそ、イトリに……。

 

いや、イトリに金を借りようものなら巡りに巡って身ぐるみ剝がされそうなため、やっぱり駄目だ。

 

昔、イトリに借りを作ったお陰で偉い目にあったことを思い出す。

 

「本当にいいの? このアパート隙間風とか凄いけど……」

 

「…………」

 

痛い所を突かれたため、返答に一瞬戸惑った。その外見から愛支にお化け屋敷と称される我が家はそのまま築うん十年のボロアパートだ。内装は頑張って取り繕って小奇麗にはしているものの、やはりボロは隠しきれず、隙間風は吹くわ、とうとう台所の横では雨漏りが発生するような場所だ。

 

いくら炬燵があるとはいえ、この冬を炬燵だけで乗り切れるかと聞かれれば返答に少しばかり困ってしまう。

 

「うふふふふふふ、先生も意地を張らなくてもいいのに。どーせ私のほうが今では稼いでいるんだしさ」

 

「これはそういうことじゃ……」

 

まるで俺の言い訳を聞かず愛支はさらに続ける。

 

「あ、そうだ。じゃあ先生が私の部屋に来るっていうのはどう? ほら、前みたいに一緒に住もうよ。この冬だけでも」

 

確かにこの極寒地獄に比べて愛支の部屋は何十倍も何百倍もましだろう。まずボロアパートと高級マンションという時点で比べることが烏滸がましい。愛支が俺の部屋のように気を使って掃除でもすれば桃源郷のような部屋になるだろう。

 

「何馬鹿な事言ってんだよ。俺はこの部屋を気に入ってんだ」

 

軽口を叩く友人に俺もこれまた軽口で返した。あの日この部屋を出ていった愛支の背中を見送ってから俺と彼女の関係は劇的なまでに変わってしまった。あの日のことを俺は生涯忘れることはないだろう。

 

「…………そっか、そうだよね。私の部屋は先生が住むには少しばかり物足りないよね」

 

俺の軽口に彼女は逡巡し、少しばかり間を取ったあと口を開いた。その表情は何かに納得しような表情だった。

 

そして、彼女はワインをくっと一気に飲み干すとさらに続ける。

 

「うん、やっぱり先生にはこの部屋が似合うよ」

 

そう言った彼女の右目は赤く紅く光っていた。

 

 

 

 

 

 

既に夜の九時を数分回っていた時間帯だったため室内機の修理等を完全に諦め愛支と飲み明かすと決めて数分が立った時だった。エアコンが天寿を全うし、時間がそれなりにたったからか部屋の温度はかなり低くなっていた。

 

いくら炬燵があるとはいえ暖かいのは下半身のみ、ワインを飲んで多少は酔ってはいるものの寒いものは寒い。外出用のコートを俺が羽織ろうと立ち上がろうとした時だった。

 

体面に座る愛支が何か考えついたのか、口を開いた。

 

「ねぇ、先生。随分寒くなったね」

 

「そうだな。今晩は今年で一番の冷え込みらしいからな。明日の朝には表に雪が積もっているらしぞ」

 

愛支が来る前にテレビで見た天気予報の内容を伝えてやる。

 

「ふーん、そっか……」

 

彼女はそういうとニヤリと口端を上げた。

 

――あぁ、これは絶対に禄でもないことだ。

 

愛支との付き合いは長い。お互いの表情で言葉にしなくても何を考えているかくらいは分かる。間違いなくあの顔は禄でもないことを思いついた顔だ。

 

愛支は笑いながら立ち上がると俺の部屋に勝手に持ってきた彼女専用の掛け布団を手にとり、

 

「先生、少し詰めてね」

 

その横までやってきたと思ったら、そのまま俺の隣に入り込んだ。そして、手にもつ掛け布団を自分と俺にまるで羽織るかのような形で掛けた。有無も言わさない早業であり強行であった。

 

「……」

 

文句の一つでも言ってやろうかと思っている俺に、

 

「ね、暖かいでしょ?」

 

彼女はそういってカラカラと笑って言うのだった。全く今日も今日とてよく笑うやつである。何がそんなに楽しいのか、その楽しさの一欠けらでも分けてほしいものだ。

 

「何がいつも、そんなに楽しいのやら」

 

「Who Cares? I’m happy just standing here next to you」

 

そう言った俺に帰ってきたのはネイティブもかくやというくらい発音の奇麗な英語だった。仕事で必要なために英語の読み書きは出来るようになったが、なにせん聞くことと話すことは大の苦手な典型的日本人である俺である。彼女の流暢すぎる英語は1ミリも理解できなかった。

 

しかし、そんな俺にも分かることがある。

 

――まぁ、いいか。

 

別に彼女が何と思っていようが俺にはあまり関係ない。この場合大切なことはたった一つだけだ。

 

――よく分からんが、あいつは楽しいわけね。

 

彼女が嬉しそうに笑っている。

 

俺だって男だ。美人が笑顔で横にいるだけで嬉しかったりする。そして、美味い酒もある。エアコンの修理費ではお釣りがくるだろう。

 

「まぁ、確かに一人でいるよりかは暖かいな」

 

高級布団と横に引っ付く愛支の体温のお陰でコートを取りに行く必要はなくなりそうだ。

 

そう笑った俺の横で彼女は笑顔でワインを口に運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク

 

――いぇい!

 

…………。

 

――ちょっと、無言で回れ右しないでよ!

 

イトリ、お前最近こっちに来すぎていないか? 大人しく店に籠っていろよ。

 

――全くいつも通り私への扱いが酷いな、キミは……。

 

んで、今日は何の用だ?

 

――素っ気ないな……相変わらず。まぁでもそう言うところもキミらしいよ。後、話は戻すけど今日付き合わない?

 

この間も付き合わされた気がするんだが……。

 

――気にしない気にしない。キミの好きなお酒手に入ったし、それに少しばかり金木君の情報をね、知りたいでしょ? 彼の情報。

 

今晩だけだぞ。

 

――そう言って付き合ってくれるキミのこと好きだよ。

 

勝手に言ってろ

 

 

 

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