拝啓友人へ   作:Kl

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第七話

―――ねぇ、先生。私は諦めないよ。別に私がやらなくていいかもしれない。ほかの喰種がするかもしれない。でもね、それは逃げなんだ。

 

――私は逃げない。父のようには逃げない!

 

――だから、私がやるんだよ、先生。でもね、こんな私が言うのも何だけど……。

 

――先生。それは、先生がしないといけないことなの? 出来ることなら、先生には普通の人間として生きてほしいよ。

 

 

                 今は昔のとある日の記憶。

 

 

 

 

「ほらほら、早く早く! 時間は有限だよ!」

 

嬉しそうに彼女は笑いながら彼女は軽い足取りで足を進める。何がそんなに楽しいのか俺にはサッパリだが、彼女の機嫌はどうやら良いらしく、スキップに近い軽やかな足取りだった。

 

ある春の日、これ以上ないというほどに晴れた青空の下、俺は友人と共に繁華街へと来ていた。

 

特徴的な翡翠色の髪を春風に靡かせながらニコニコと笑う我が友人だが、何時もの家にいる時の恰好とは違う。頭にはキャップを被り、目にはサングラスを掛け、口元はマスクで覆っているという恰好だった。端から見れば怪しさ満点である。軽い足取りと口調からマスクの下は笑顔だと言うことは見なくても分かった。

 

高槻泉は有名な作家である。その実その人気は凄まじく、作品そのものだけでなく彼女自身のファンという者もいるくらいだ。だからこそ、彼女と外を出歩く時は彼女は毎回変装をしている。変装をした結果ただの怪しい不審者になっているのだが、素顔で歩いて人だかりができるよりは何倍もマシである。そこらの有名人よりもよっぽど有名なのが我が友人なのだ。

 

「で、何処にいくんだ?」

 

「んー、まずは服でも見に行こうかな」

 

さて、ここらで俺と愛支が何でこんなところにいるのかを語っておこう。別になんてことはない。あの例の一件があった後、機嫌が最高によろしくない愛支のご機嫌を取るために来ているだけの話だ。昔から愛支の機嫌が悪い時は、下手なことをせずに、愛支本人の希望を聞いて機嫌を直して貰うのが吉だった。なので、今回も無駄な事をせずに直球に、どうすれば機嫌が直るか聞いた結果愛支の「じゃあ、二人で買い物でも行こうよ」という言葉をうけて今に至るという訳だった。

 

男女二人で買い物というとデートと言う言葉を思い浮かべがちだが、愛支の場合は違う。毎回こういう場合は俺を連れまわすだけ連れまわし、荷物持ちをさせるだけだ。これまでもそうだったし、今日もそうだろう。きっと、コイツは荷物持ち兼、会話相手が欲しいだけだ。きっと、愛支にとって俺は体の良い召使いのような物に違いない。昔はあれだけ可愛かったと言うのに最近はすっかり横暴になってしまったものだ。まぁ、今回に限っては完全に俺が悪いため、サーヴァント(召使い)の地位に甘んじておこうと思う。

 

「ほら、行くよー!」

 

四月にしては今日は気温が高い。バケツ一杯の水に絵の具を一本丸々溶かし、それを画用紙に思いっきりぶちまけた様な、空の下には何も日差しを遮るものがなかった。何もしなくても汗ばむような天気だった。そんな中、マスクにサングラスに帽子と端から見ても暑苦しい恰好をした愛支は暑苦しさを微塵も見せない足取りで、トントンと進むのだった。

 

 

「はぁ……そんなに張り切って転ぶなよ」

 

機嫌がいいのは何よりだが、是非とも俺を連れまわすのはほどほどにしてほしいものだ。と、恐らく無駄に終わるであろう希望を心の中で抱きながら、その背中をトボトボと追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、これはどうかな?」

 

愛支御用達の服屋にて、我が友人は服を体に当ててこちらを振り向く。淡い色のワンピースだった。飾り気のないシンプルな服装を好む我が親友らしいチョイスだった。

 

――さすが、よく似合うなぁ……。

 

我が友人は、顔も整っているがスタイルも良い。唯一の欠点とすればちっこいところだが、みる人が見ればそれもプラスの要素として働く。つまり、何が言いたいかと言えば、似合うのだ、何を着ても……。

 

――本当に羨ましい。

 

ヒトは中身が重要だとはよく聞く話だ。別にそれを特段否定するわけではないが、我が友人を見ていると美人は得だと思う訳だ。ヒトは確かに中身も重要だろうが、見た目もそれ並みに、いやそれ以上に重要だろう。中身がどうであろうと、見た目がよければ得をする場合が多いのだ。

 

「似合ってるよ、とても」

 

口下手なためそんな事しか言えない自分が少しばかり恥ずかしい。語彙能力がないと言わればその通りなのだが、実際に似合っている物はしょうがない。それに、もしも俺に半端がない語彙能力があったとしても、それを半ば妹のように思っている我が友人に対して言う度胸はないので、これでよかったのかもしれない。

 

「うふふふふふ。そー? じゃあこれも買おうかなぁ」

 

愛支はマスク越しに楽し気に笑うと、手に持つ服を俺のもつかごにいれた。既にかごの中身はそれなりに潤っていた。さきほどのやり取りも結構な回数を繰り返している。

 

女子の買い物は長いと言うが、その言葉は人間だけでなく喰種にも当てはまるようで、服屋に入ってから既にそれなりの時間が経っていた。もっとも、普通の女子とは違う点はなまじ財力があるあまり、何を買おうか悩むというよりは、どれが似合うのかを探してる点だろう。基本的にコイツの財力があれば服なんて何着でも買えるのだ。

 

「ねぇ、キミも私に合う服を探してよ」

 

「……とはいっても、ファッションとか分からないからなぁ。その辺りはお前の方が詳しいだろ」

 

女性もののファッション誌なんて生まれてこの方読んだ試しもないため、女性のファッションというのはいまいちわからん。そんな俺に頼むよりは、自分で好みの服を買った方が何倍もいいだろう。そう思って軽くあしらった俺に

 

「むぅ……。本当にキミは何もわかってないね」

 

我が友人は冷ややかな視線を飛ばしてきた。

 

――お前は俺に何を求めているんだよ……。

 

俺がファッションに疎いことなんてよく分かっているはずなのだが、愛支は不満に頬を膨らませた。

 

「いいから! 選んでよ! どーせ、お金はあるんだしさ! 早く早く!」

 

いつもなら、文句を言いつつもそこで終る筈はずなのだが、今日の友人は一味違うらしい。

 

「……とは言ってもなぁ」

 

「今日はキミが選んでくれるまでは、この店から出ないからね」

 

どうやら、今日の友人は頑固なようだ。

 

――ここは折れておくか。

 

「センスないもの選んでも文句言わないでくれよ」

 

転ばぬ先の杖と、そう言った俺に、

 

「うん、大丈夫だよ。キミが選んだものなら私は何でも満足だから!」

 

我が友人は笑いかけるのだった。本当に機嫌が直ってよかったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、今日は楽しかったねー」

 

茜色に染まる空の下、我が友人はうーん、と一つ伸びをした。

 

マスクとサングラスで表情は読めないが、声色と動作で分かる。彼女の顔は喜色一面だ。

 

「そうか、それはよかった」

 

両手に大きな紙袋を抱えながらそう応える。両肩両手に大きな紙袋を下げた俺は端から見れば中々に面白いことになっていそうだ。唯一の救いは入っている物の殆どが衣類な事だろう。少々持ちにくいのは否めないが、見た目に反して重さは殆どなかった。

 

「うんうん、私は満足だよ!」

 

俺よりも2mほど先を歩いていた愛支はご機嫌な様子でくるりとターンを一つ決めた。淡い色のスカートがひらりと揺れた。来た時と服装が違うのは、例の服屋で俺が選んだ服をそのまま今着ているからだ。

 

自分なりにはそうとう悩んで愛支に似合うものを選んだつもりだが、それでもきっとセンス皆無の俺の事だ。見る人が見れば愛支の良さを引き出せてないとダメ出しを押されること間違いない頃合なのだが、それでも愛支は喜んでくれた。

 

例えそれがお世辞でも、美人に喜んでもらえたのならやはり嬉しいもので、悪い気はしない。

 

「そうか、喜んで貰えて何よりだよ」

 

「うふふふふふ。ねぇ、先生。今日はありがとうね」

 

「いいよ、気にするな」

 

そして、彼女の家まであと少しといった時だった。

 

「ねぇ、先生最後くらい手でもつなごうか」

 

彼女はいきなりそう言うと、トテトテと俺の横まで来る。

 

「何言ってんだ、急に?」

 

「いいじゃん、たまには手をつないで帰ろうよ」

 

「と言っても両手ふさがってるしな」

 

両手に提げた紙袋を掲げて肩を竦める。両手がふさがっているアピールだ。

 

しかし、彼女はそんな俺の主張を気にすることなく、近づくと、

 

「こーすればいいんだよ」

 

とそう言って俺が左手に持っていた紙袋の一つを奪い取る。止める暇もなかった、見事な略奪だ。

 

そして、彼女はそれを自らの左肩に提げると、空いた右手で俺の左手を握った。

 

「相変わらず、手、ちっこいな」

 

その手は小さかったが、確かな暖かさを持っていた。そう、愛支の手は人間と何ら変わりはなかった。

 

「――むぅ、それは身長が14の時からほとんど伸びなかった私を馬鹿にしているの?」

 

「いや、そんなことはないよ」

 

「どーだか、自分だけずんずんと身長伸びたからね、キミは……」

 

顔を覗き無用に見上げてくる我が友人。俺と彼女の身長差は結構な物で頭一つ分は確実に違う。サングラス越しでも彼女の視線が俺の瞳を覗き込んでいることが分かった。

 

「別に馬鹿にしてないって。それにちっこい方が可愛らしくていいじゃないか」

 

「……むぅ。まぁ、キミがそう言うのならいいか」

 

何が楽しいのか俺にはさっぱり分からんが、彼女は楽し気に繋いだ右手を大きく振りながら足を進める。

 

「~~♪ ~~♪」

 

鼻歌交じりの軽い足取りは機嫌が相当良い時の証だ。

 

「ねぇ、先生?」

 

「ん、どうした?」

 

「恋って何だと思う?」

 

「恋ねぇ……」

 

問われたのはいつかの問い。今は昔に確かに問われた問いだった。

 

「『私は確信したい。人間は恋と革命のために生まれて来たのだ』」

 

「斜陽か?」

 

彼女の口から出たのは太宰治の斜陽の一節。彼女が昔から太宰治を好んで読んでいた。

 

「うん、斜陽。……ねぇ、先生。人間が恋と革命のために生まれてきたのなら、私たち(喰種)は何のために生まれてきたのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『昨夜、都内にあるビルの屋上から鉄骨が落下、通行人が下敷きになる事故がありました。この事故の結果、男女二人の内、一人が死亡、一人が重体だと言うことです。警察は事故の原因を調べるとともに被害者の身元の確認を急いでおります。――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ アイコントーク3

 

――ねぇ、先生。買い物に付き合ってよ。

 

買い物? この前付き合っただろう。ひとりで行けよ。

 

――えー、そんな連れない事言わないで行こうよ! ちゃんと変装していくからさ!

 

いや、そういう問題じゃないんだけど……。

 

――行ってくれないと……

 

行かないとどうなるんだ?

 

――また先生の晩御飯が塩分多めになっちゃうかも……てへっ

 

何がてへ、だ。歳を考えろよ……。

 

――先生、女の子の歳に触れるのはアウトだよ。

 

……分かった今回だけ付き合ってやるよ。

 

――うふふふふふ、ありがとう。

 

……で、ここはどこだ?

 

――どこってランジェリーショップだよ? 今日は先生に選んで貰うまで帰らないから。私に似合うのを選んでね!

 

(頭がいたくなってきた……)

 

――うふふふふ。

 

 




皆さんは愛や恋と聞いてどんな作品を思い浮かべますか?

初めに思いついた作品が、漱石の「こころ」とナボコフの「ロリータ」だった私はきっと変わり者でしょう。
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