いつにも増して気怠さで重い瞼を起こしながら、窓に視線をやると、とっくに日は登っていた。いくら遠坂凛は朝が苦手といえども、最早これは遅刻どころの時間帯ではない。
「九時過ぎてる……いいや、今日は学校サボろう」
重い身体をまどろんだ意識で持ち上げながら、昨夜の召喚で大半の魔力を持っていかれたことを再認識する。
ライダーも言っていた。サーヴァント召喚直後のマスターは満足に活動できないと。
「そっか。私ライダーを呼び出したんだ」
口にした途端、その事実は少し重みを増した。
「魔力が戻るまで一日ちょい。今日は慣らし運転ってところね」
事実は事実として受け止め、納得をする。それは正しく遠坂凛のライフスタイルとも言えた。
兎にも角にも、現状の確認が最優先である。
凛が呼び出したサーヴァントはライダーで、召喚主であるマスターに礼をとらない――とはいえ、どこかフェミニストのような言動から、ある程度の礼節は心得ているらしい――上に、何故かやたらと料理が上手い俺様野郎である。
「あ――、あいつの真名、聞くの忘れてた」
重要事項を思い出し、居間へと駆け込んでみれば、その事を忘れかけるほどに、居間の惨状は見事に元通りになっていた。
「うわ、見なおしたかも、これ」
確かに片付けを命じたのは凛だったが、一晩足らずでここまで回復できるとは思ってもみなかったのだ。
「ようやくお目覚めか。せっかく用意した朝餉が無駄になるかと心配したぞ」
どこから調達してきたのか、居間で新聞を広げながら男は肩を竦める。しかも服装は昨夜と違い、作務衣姿ときたものだ。
その上、テーブルの上には、これまたどこで調達してきたのか、石窯で炊いたご飯に鯖の塩焼き、お浸しやお漬物にお吸い物まで揃っている。和食のフルコースといった趣だ。
「……ウチに鯖なんてあったっけ?」
「冷蔵庫に主菜になりそうなものが無かったのでな。市場まで行ってきた」
俺様全開な言動の割には、料理にかけては一家言あるらしい。力の入れようが少しおかしいぐらいだった。
「私、朝食っていつも食べないのよね」
凛がごく普通に言うと、ライダーは目を見開き、まるで妹を諭すかのように捲し立てる。
「マスター、食事は全ての活力の源だ。ただでさえ、お前は召喚の影響で疲れが出ている。そんな時を敵に襲われでもしてみろ。聖杯戦争の幕開けとしては目も当てられないぞ」
「……まあいいけど。疲れてるのは事実だし。食べる」
その後の凛はといえば。
一口目を口にした途端、その勢いは増すばかりで、先程まで頭にあった懸案事項の事などすっかり忘れ、食事に没頭していたのだった。
「……………ごちそうさま」
箸を置いた所で懸案事項を思い出し、照れ隠しに呟く。
「アンタ、食事の時って何も話しかけてきたりしないのね」
「当然だ。食事の時間には天使が降りてくる、そういう神聖な時間だからな」
「それも、おばあちゃんが言っていた、ってやつ?」
ライダーは無言で頷く。どうやら彼はおばあちゃん子だったようだ。
「――ってそうだ! ライダー、アンタの真名よ!」
「何を言っているマスター。既に名乗っているだろう。そもそも最初に聞いてきたのはマスターの方だ」
「――は? 一体いつ?」
「お前の最初の問いだ。俺はこう答えたはず――天の道を行き、総てを司る男、つまり天道総司だ」
てっきり冗談で言っているものだと思っていたせいで、凛はすっかり失念していたようだった。
「あ、アンタ、紛らわしい言い方しないでよね!」
「なんだ、何かを気にしていたようだったが、そんなことだったのか。それよりも、こちらも教えてもらわなければ不便でかなわない」
「教えるって――何のことよ?」
聞いて天道は嘆息し、やれやれと言いたげに首を振った。
「本当に朝は弱いようだな。人に名前を聞いておいて、自分は名乗らず仕舞いなど、礼を失するにも程が有るぞ」
「――あ」
思わず放心してしまった凛。全く、昨夜からポカばかりやらかす自分にいい加減嫌気が刺してくるのだが、やはりそこは遠坂凛である。仕切り直しとでも言うように天道をしっかり見据えて言い放った。
「私、遠坂凛よ。貴方の好きな様に呼んでいいわ」
それを聞いて天道はといえば、
「凛、か。正しくマスターを表す名前に他ならないな」
などと少年のような笑顔で返すものだから、凛の顔はしばらく赤面が収まらないのであった。
いつまで経っても話が進まない……
とりあえず序盤はのんびり(とはいえ原作よりは早めに)進みます