魔法少女リリカルなのは INNOCENT BRAVE 作:ウマー店長
始まりというものは、いつだって思いのほか簡単なものである。
例えば、なんとなく参加したオープンキャンパスの大学をいたく気に入り、そのまま進学先としたり。
例えば、入学試験の帰りにたまたま見かけたアパートが目に留まり、そのまま入居することを決めたり。
それ以外の人生の転換期のようなもののきっかけを思い返してみても、案外大したことのないものであったように感じる。
『18と少ししか生きていない若造が何を知ったような口を──』
実家で同居していた祖父が笑いながら俺を小突いてきたことを思い出した。
それでも俺は思う。
始まりは劇的なものではなく、いつだって簡単なものなんだと。
名前を呼んで、手と手をつなぐ。
そんな簡単なきっかけでずっと一緒にいるような得難い友人を得ることだってある。
その出会いが、新しい物語の始まりにつながるかもしれない。
──今年の4月から、俺は大学生になる。
きっと数多の出会い、数多の出来事が新天地で俺を待っているだろう。
不安がないわけじゃない……でも、それ以上にドキドキしている。
これまでの当たり前の日常が動き出して、胸が高鳴るような出来事が始まる。
そんな未来と出会える、小さなきっかけ。
それがきっとこの先で俺を待っている。
そう思わずにはいられなかった。
──だからきっと、この出会いは運命だった。
『魔法少女 リリカルなのは INNOCENT BRAVE』
「よし、片付けも大体終わったな」
首にかけていたタオルで額の汗をぬぐう。
思いっきり伸びをして引っ越し作業で凝り固まった筋肉を伸ばしてやると、言葉にしがたい気持ちよさが疲労の貯まった体を駆け抜けた。
改めて、新天地の拠点となるアパートの一室を見渡してみる。
部屋は当然のごとく一部屋。
玄関から延びる廊下にはキッチンが備え付けられ、風呂とトイレそれぞれに続くドアが一つずつ。
そして廊下を抜けた先には今俺が立っている部屋がある。
広さとしては7畳ほど。
一人暮らしには十分な広さだ。
クローゼットとバルコニーもついてお家賃はひと月5.5万円である。
そんなアパートの一室にはすでに各種家電や家具が運び込まれ、こまごまとした荷物も片付け終わった。
それらの荷物を運ぶために用いられていた段ボールはすでにその役目を終え、たたまれた状態で部屋の隅に立てかけられている。
「っと、まずい。もうこんな時間か」
テーブルの上の置時計を見ると、もうすぐ10時になろうとしていた。
昨日アパートに到着して家具家電の片づけ、そして一晩明けた今日の朝の7時に起きてからずっと荷物の片づけをしていた。
もう少しのんびりしててもいいのではないかと思われるかもしれないが、今日はどうしても行きたい場所があるのだ。
「ブレイブデュエル……!」
昨日の昼に食事を買うため駅前のコンビニまで出かけた時だった。
途中の駅前広場で何かのチラシを配っていて、特に何も考えずに受け取った。
その場では中身も見ずに折りたたんでポケットにしまってしまったが、家に帰ってきてからその内容を読んでみると新作の体験型シミュレーションゲームの体験会の案内だったのだ。
もともとゲームは大好きだし、それの新作を体験できるとなればいかない理由がない。
会場は『グランツ研究所』。
駅前からバスが出ているらしいが、このアパートからそう離れた場所でもないので自転車でもいけないことはない。
バス代自体は大した額ではないが、節約できるところは節約しなくては。
それにどうせ駅とグランツ研究所はこのアパートをはさんで反対方向にあるのでわざわざ遠ざかってまでバスに乗りに行く必要はないだろう。
「体験会は10時半から……余裕で間に合いそうだな」
作業用に着ていたジャージを脱いで体を軽く拭いた後、普段着に着替える。
財布とスマホをポケットに突っ込んでアパートを飛び出した。
「お次の方、どうぞー!」
係員と思われる少女の指示に従い壁面に備え付けられた機械へ向かって歩を進める。
結果的に言えば、俺は全然余裕で間に合ってなどいなかった。
俺が自転車をこいでグランツ研究所に到着したころにはすでに長蛇の列が出来上がっており、結局1時間ほど並ぶことになってしまった。
だが待った甲斐もあり、ようやく自分の番が回ってきたのだ。
「はい、まずはこちらをどうぞ!」
赤毛を三つ編みにした活発そうな少女が何かのケースとUSBメモリのようなカートリッジを手渡してきた。
「そちらはゲームで使用するカードをセットするブレイブホルダーと、プレイヤーデータを保存するためのデータカートリッジです! 両方ともプレイに必須なのでなくさないようにしてくださいね!」
元気よく説明をしてくれる赤毛の少女の話に頷き、そこからさらに彼女の指示に従ってプレイヤー情報の登録を始めた。
自分の身長や体重などのパーソナルデータを入力すると、機械上部のカメラから動き出し、自分の体をスキャンし始めた。
「うわっと……なんだ?」
「ふふっ、びっくりしましたか? 大丈夫ですよ。ほら、カードローダーを見てみてください!」
少女が指さした先、カードローダーと呼ばれた機械の窪んだ部分に光が集まり始め、だんだんと長方形のカードのような形を取り始めた。
やがて光が収まると、杖のようなものを構えた自分の姿が印刷されたカードが一枚、コトンと音を立てて受け取り口へと落ちていった。
「それはパーソナルカードです! ブレイブデュエルでのあなたの分身であり、一番の基礎になるカードなんですよ」
「へぇ……一緒に出てきたこっちのカードは何かな」
「そっちはスキルカードですね。魔法を使うために必要なカードで、いろいろと集めると戦略の幅が広がりますよ!」
俺は並んでいる次の人にローダーを譲り、赤毛の係員の少女の後についてシミュレーターへと向かった。
その道中でゲームについて簡単に説明をしてもらった。
パーソナルカードとスキルカードでデッキを組み、スキルカードに登録されている魔法を使って対戦相手と戦い、先に相手のLIFEを0にした方が勝者となる。
他にもいろいろな対戦方法があるらしいがそれは今後順次実装されていくらしい。
「今日は体験会なので対戦はできないんですが……ブレイブデュエルは本当にすごいゲームなので、ぜひ楽しんでいってください!」
赤毛の少女は俺をシミュレーターまで送り届けると、次の客の案内をするためにカードローダーの方へと戻っていった。
その後ろ姿を見送り、俺はシミュレーターへと足を踏み入れる。
『データカートリッジを読み込み中……プレイヤーネーム“アヤト”さん。読み込みが完了しました』
機械的な音声がシミュレーター内部に響く。
やがて足元の幾何学模様が光を放ち始めるとともに、自分の体がシミュレーター内部に浮かび上がり始めた。
「うぉお!?」
人生初の浮遊体験に思わず驚愕の声を上げてしまったが、そんなことには構わずシステム音声がこちらに指示を飛ばしてくる。
『ブレイブホルダーを手に持ち、正面にかざしてください』
「ぶ、ブレイブホルダー? えっと、こうか!」
パーソナルカードやスキルカードを収納したブレイブホルダーを右手に構え、正面へと突き出す。
『ブレイブホルダー認証完了、開始ワードは“リライズ・アップ”です』
「えっ……か、開始ワード?」
つまり、それを叫べばゲームがスタートするということだろうか?
ブレイブホルダーの構え方と言い、開始ワードを叫ぶ様といい、まるで某日曜朝の戦隊物の変身シーンのように思えてならない。
いい年して変身バンクのようなことをするのは少し恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
「よし……ブレイブデュエル、リライズ・アップ!!」
俺がそう全力で叫ぶと、一気に世界が塗り替わった。
「──────」
言葉が出ない、とはこのことだろうか。
先ほどまで俺はメカメカしいシミュレーターの中にいた。
しかし、いつの間にか自分の周囲は青に染まっていた。
──周囲を見渡せば、一面の青い空。
──足元を見れば、遥か先に一面の青い海。
髪を揺らす心地よい風も、少し鼻に着く潮の匂いも、そのすべてがリアルに自分の五感を刺激する。
──俺こと結城アヤトは今、空の蒼の中にいた。