旅人マレファの旅日記   作:ONE DICE TWENTY

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かぐや姫は夢を見る、より


旅人と求婚と姫、時々怪盗と探偵と暗殺臣。

 

 昔々のそのまた昔。

 竹取の翁といふもの在りけり。

 

 そんな言葉から始まる昔話、竹取物語。

 このお話の最後に、かぐや姫は月へと帰ってしまい、翁と媼は「かぐや姫のいない世界で生きていても意味は無い」と、かぐや姫から貰った蓬莱の薬を火山へと投げ入れて燃やしてしまう。

 

 でも、その最後が少しだけ、ほんの少しだけ違ったら?

 本当の事は誰だって、秘密にしておきたいのだから。

 後世にまで、伝わっているはずもないのだ。

 

 ●「OPENING」

 

「お茶が美味しいですね」

 

 ズズ、と音を立てて、彼女は言った。

 竹林の中にある日本屋敷。その縁側に、着物を纏った美しい女性が座っている。

 竹の合間から零れる陽光が彼女を照らし、その烏の濡れ羽のような黒髪をキラキラと輝かせていた。

 

「うぅん……東洋のお茶は苦いだけだわ……」

 

 そんな純和風な風景に似合わない異国語が零れる。

 女性の隣。顔を顰め、しかし出されたものを飲まないのは()()()()()ダメだ、という精神で緑茶と格闘を続ける少女。

 黒髪こそ同じだが、浅黒い肌や露出の多い衣装は先の女性と対比するかのようだった。

 

鞠葉(マリハ)さん、お茶は急いで飲むものではないんですよ。ゆっくり、舌で転がして、苦味の中の深みを見つけるんです」

「そうは言われても、真っ先に苦味が来るから……うぅ」

「ふふ……」

 

 暖かな日溜りの中で、二人は穏やかな時間を過ごす。

 コト、という音と共に、急須とお盆が二人の間に置かれた。

 

「お父様。わたしが自らやりますのに……」

「いや、いいんだ。華代(かよ)、お前は()()との時間を大切にしなさい」

「ありがとう、えと、ミヤゾウさん」

 

 華代と呼ばれた女性がにっこりと微笑む。

 ミヤゾウ……宮造と呼ばれた老人も、二人の湯飲みにお茶を注いでから、また家の奥へと戻って行った。

 

「……まさか、貴女に会えるとは思っていませんでした。معرفة」

「私もよ。八百と少し……。私と()()()()()存在なんて少ないから、これでも嬉しいのよ?」

「そうですね……。わたしも、嬉しいです」

 

 遠い空の向こうを見る二人。

 お日様の上がっている今は見えないが、あの向こうに華代が帰る場所がある。

 

「……私は、時の流れから上がってしまったわ。好きな場所に辿り着ける。好きな時間に旅が出来る。でも、貴女は違うのでしょう? 貴女の方が……ずっと、孤独」

「はい。でも、お父様や……お母様。それに鞠葉さんやあの方のような方がいますから」

「あの方? ……あぁ」

 

 儚く笑う華代の言葉に一瞬疑問を浮かべ、すぐに納得する鞠葉。

 二人の脳裏には、華代にも引けを取らない絶世の美人の姿が浮かんでいた。

 

 そんな、のほほんとした昼下がりだった。

 突然、

 

「たのもぅ~!!」

 

 と、すわ道場破りでも来たのではないかという声が上がったのだ。当然ここは道場などではないので、何事かと二人は顔を見合わせる。

 宮造が対応しに行った音が聞こえたものの、何かを言い合っている様子。

 日本語に不慣れな鞠葉が行ってどうにかなるということもないだろうが、華代と鞠葉はごぞって玄関へと向かった。

 

 そこにいたのは、長身で長刀を持ったドイツ人と、軽薄そうな顔をした日本人の青年。

 鞠葉にはその顔に酷く見覚えがあった。

 探偵卿――ICPOが探偵卿きっての武闘派と頭脳派の二人がそこにはいたのだ。

 

「お客様ですか?」

 

 鞠葉が止める間も無く華代が宮造に話しかける。

 無論華代がこの二人などにどうにかされるとは微塵も鞠葉は思っていなかったが、あの二人はある種のトラブルメーカー。曲がりなりにも怪我をしている華代が近づくべきではない。

 

「警察の方だよ。なんでも、クイーンという怪盗が、この村に現れるそうだ」

「まぁ、それは面白そうですね」

 

 明るく笑う華代。

 宮造と華代を挟んで、鞠葉はドイツ人の男と目があった。

 

「おい、ソイツは――」

「さぁ、おまえは奥にいっていなさい。まだケガの調子が良くないのだから。申し訳ないが鞠葉さん、華代についていってやってくれないか」

「はい」

 

 助け舟を出してくれた宮造に会釈をしてから鞠葉は華代の手を引く。

 殺気染みたピリピリとした視線が首筋に刺さっていたが、遮るように宮造が動いた事で、鞠葉は安堵の吐息を漏らすのだった。

 

 ●「ダブルフェイス……いや、コンビニ王!」

 

 春咲宮造の家を訪ね、拠点であるコンビニに帰る最中である二人。

 探偵卿、ヴォルフ・ミブと花菱仙太郎だ。

 二人は山道を雑談や推理の混じった会話をしながら歩いていた。

 

「どう思う?」

「旦那、文脈を無視して聞かれたってなんのことだかわかんないぜ?」

「……あの小さな女の事だ。何故奴がここにいる?」

「さぁ?」

 

 ヴォルフは固く長刀を握りしめる。

 

「なんであそこにいたかは分からないけど、あの子が暗器術を使うのは知ってるぜ」

「そんなものは身のこなしを見ればわかる」

「いや、そんなんでわかるのはおかしいんだけど……」

 

 ポリポリと頬を掻く仙太郎。

 彼は過去にエジプトのコンビニやピラミッドの前で彼女に会っているのだ。

 よくよく考えればヴォルフも一緒にいたので、知っているのは当たり前だったなと思い直す仙太郎。

 

「あいつも暗殺臣(アサッシン)の仲間か?」

「いや、暗殺臣(アサッシン)は日本の暗殺者集団だろ? 彼女、確かICPOの資料に会った限りじゃ世界中のいろんなとこに出向いてるぜ。それに前に遭遇した時にちょっと調べたんだ。探偵卿マンダリン、探偵卿ジオット、そんで旦那。既に三人の探偵卿の前に現れてるけど、犯罪らしい犯罪は犯してないよ」

「お前も探偵卿だろ」

 

 あぁ、忘れてたとばかりに指をもう一つ折る仙太郎。

 彼にとって本業がコンビニ店員(今は店長)で、副業が探偵卿なのだ。

 なお、探偵卿は副業禁止である。

 

「おれからしてみれば、あの家にアラビア語を理解できる人間がいた事の方が驚きだよ。駒井社長は確かに手広くやってる人だけど、通訳なんかするとは思えないし……」

「たどたどしくとも日本語を話せるんだ。泊めて欲しいくらいは言えるだろ」

「……それもそうだな」

 

 今、仙太郎の脳内にはたどたどしい日本語で「今夜一晩泊めてくださいませんか?」とか弱い子ウサギのような態度で古民家を尋ねて回るヴォルフの姿が浮かんでいたが、声に出さなかったので大事には至らなかった。

 もし声に出していれば、今頃仙太郎の首は竹林を軽々と越えて日本海の方に飛び出していた事だろう。

 

「めんどうな事になってきたな――」

 

 既にこの村の人間関係を把握する事を放棄しているヴォルフが、うわごとのように呟いた。

 

 ●「仙太郎とヴォルフと鞠葉」

 

 コンビニに帰って衝撃の事実――事実上の店長乗っ取り――が判明した後、仙太郎とヴォルフはこの竹取村に落ちたという隕石の落下地点へとやってきた。

 未だに竹の焦げた匂いの染み付く竹林。

 

 チャキ、と長刀を構えるヴォルフ。

 

「あれ、君は」

「……」

 

 仙太郎もわかった。

 落下地点へと続く道の途中に、あの少女がいる。

 少女は幽鬼のような瞳を二人に向けると、スタスタと竹林の中へと入って行った。

 

「追うぞ」

「本気で言ってるのか? こんな竹林、闇雲に探して迷ったら一日は出て来れないと思うけど」

「足跡を追えばいいだけだろ」

「……ま、それもそうだな」

 

 ヴォルフは野生の勘と観察眼から、仙太郎は探偵卿一の洞察力から。

 二人は当初の目的を変え、竹林の中へと入って行く。

 

 

 

「ここは……」

「お堂、かな? 偶然こんなトコに出るとは思えないし、あの子はここに来るつもりだったんだろうけど……」

 

 開けた場所に出た。

 そこにあったのは、一つのお堂。

 それ以外は何もない。まるで何かを恐れるかのように、竹達でさえそこにスペースを空けていた。

 

 そのお堂の前に佇む少女。

 少女の隣には、一匹の大きな犬がいた。

 

「ヤマイヌか?」

「……いや、旦那……あれは犬じゃねえ。信じたくないけど……狼だ」

「この国じゃオオカミは珍しいのか?」

「明治三十八年――今から百年以上昔に絶滅してる」

 

 少女は狼の毛並みを撫でている。

 何かを話しているようにさえ見える。

 

「おい」

 

 待っているのも面倒だったので、ヴォルフは少女に声を掛けた。

 少女がヴォルフを睨みつける。

 

「……後にしてくれる? 今、忙しいの」

「それは出来ないな。お前があの家に居た理由、話してもらうぞ」

 

 既に戦闘体勢に入っているヴォルフに対し、少女は顔を向けているだけで身体をヴォルフに向ける気配すらない。

 

「さがってろ」

「言われなくても」

 

 戦闘のできない仙太郎を下がらせ、ヴォルフは長刀を正眼に構えた。

 

「……あなたの鎮魂は、もう少し先みたい。ごめんね、あと少しだけ待っていてくれる?」

 

 呟き、狼の頭を撫でる少女。

 くぅんと一声鳴いて、狼はお堂の方へと下がった。

 

「さて、お久しぶりね、探偵卿さん。エジプト以来かしら? それとも、香港以来?」

 

 その言葉を聞いた途端、ヴォルフの頭にノイズがかかる。

 否、かかっていたノイズが晴れて行った、という方が正しいのかもしれない。

 

「……催眠術か」

「いいえ。辻褄合わせよ。少しくらいの幻術は使えるけれど、催眠術なんて便利な物は持ち合わせていないわ」

「なんでもいい」

 

 シャラ、と音を立てて長刀を抜き去るヴォルフ。

 ほぼ同時。

 

 ヴォルフの長刀は確実に少女の首を撥ねるコースで、少女の水平踵落としのような蹴りはヴォルフの首を切り裂くコースで、互いが互いに吸い込まれるように接近し――、

 

「なに……!?」

「あな、た……」

 

 二人の間に入ってきた狼によって、そのどちらもの攻撃が阻まれた。

 狼の首を断ち切って相殺したのだ。

 

「……そう、もう、待てなかったのね」

「くぅ……」

 

 少女の問いかけに返事を返した()()から急いで距離を取るヴォルフ。

 ()()――跳ね飛ばされた狼の首は、まだ生きていた。

 

「だ、旦那……」

「……おい、お前」

 

 その世にも恐ろしい光景に怯える事無く、少女はキャリーケースのジッパーを降ろし、中から何かを取り出し始めた。

 赤い布。杯。蝋燭。何かの石。

 

 赤い布を地面に敷いて、そこに狼の首を乗せる。継いで身体も乗せようとしたが、小柄な少女の身体では上手く持ち上げられない。

 と、ふと軽くなった胴体に少女が顔を上げると、そこには仏頂面のヴォルフがいた。

 

「供養するんだろ」

「……ええ」

 

 ヴォルフにもわかる。

 首を落とされたはずの胴体は未だに脈を打ち、冷たくなるはずの身体は確かに力熱(ねつ)があった。

 狼の金色の眼がヴォルフを見る。

 ヴォルフは、出来るだけ元の形になるように、その身体を赤い布の上に置いた。

 

「……これで」

 

 少女はその身体の前に杯を置いて、赤い布の四隅に蝋燭を立てる。

 ヴォルフがその蝋燭に手持ちのライターで火を付けた。

 仙太郎もヴォルフの隣に立ち、手を合わせる。

 

「――♪」

 

 杯に何かの石を入れて、少女は手を組みながら歌を歌い始めた。

 

 するとどうした事だろうか。翡翠のような色をした石は、まるで氷かなにかのようにドロドロと解けて液状になり、並々と杯へと満たされたではないか。

 少女は歌を途絶えさせること無くその杯を持ち上げ、一番高い所から狼の身体へ注ぐようにしてかける。

 

 翡翠色の液体はゆっくりと狼の身体へ馴染んでいき、連動するようにして急速に蝋燭の蝋が減り始めた。

 

「おやすみなさい。八百年もの間、良く頑張ったわね。お疲れ様。文句なしの、100点満点(イステカーマ)よ」

「八百年……」

 

 少女の労いが終わると同時に、ブワッと狼の身体から熱が迸る。

 まるで緑色の狼の氷の彫像が蒸発するかのように――跡形も無く、その存在はこの世界から消え去った。

 

「仙太郎。こういう時、日本じゃ『成仏しろ』であってるか?」

「ああ」

「……成仏しろよ」

 

 空を見上げて言うヴォルフ。

 熱が通り抜けた事で空気は一層冷え込み、まるでそこには初めから何もいなかったかのような、今見た事は全て幻だったかのような錯覚を覚える仙太郎とヴォルフ。

 その横で少女は布や杯をキャリーケースの中へ手際良く仕舞って行った。

 

「……君は」

「私は旅人だから、その土地の死者を悼むモノなのよ。真実を暴くだけの探偵卿(あなたたち)には分からないだろうけれどね」

「いや、おれは日本人だからな……死者を悼む気持ちはわかってるつもりだ。それが人間でも、狼でも……八百年か。多分、辛かったんだろうな……」

「ドイツにだって鎮魂の概念はある。……ちょっと待ってろ」

 

 言うなり、竹林の中へと消えて行くヴォルフ。

 そして直ぐ戻ってきたその手には、花が握られていた。

 

「この堂がコイツの住処だったのか?」

「ええ、そうよ。忘れられたお堂。何百という時をここで過ごしたらしいわ」

「そうか」

 

 短く言うと、ヴォルフはお堂の入り口に花を添えた。

 仙太郎もまた、お堂の前で手を合わせる。

 

「案外、優しいのね。ちょっと見直したわ。80点(タイェブ)よ」

「ふん、犯罪者に見直されても何も嬉しくないな」

「失礼ね、あなた。私は罪なんて犯したことないわ。減点。-80点(ライサ・ジャィィダン)

 

 つまり0点って事だな。

 ヴォルフは一瞬のうちに引き算が出来た事に自分で自分を褒めた。

 

「さ、そろそろ私は行くわ。貴方達、ここから元の道に出られる自信はある?」

「あんたの助けは借りん。いくぞ、仙太郎」

「いや、ここは素直に帰り道聞いた方がいいと思うんだが……」

「いくぞ!」

 

 仙太郎の首根を掴み、歩いていくヴォルフ。

 その方向にはコンビニも春咲家も無い事を少女は知っていたが、言わなかった。

 助けは要らないみたいだし。

 

 ●

 

「……今凄い勢いで男の人が転げ落ちるように逃げて行ったけど……」

「いえ、ごめんなさい。多聞さんに襲い掛かろうとしたものですから……」

「いや全く。びっくりしたぜ」

 

 小高い丘。

 竹林を抜けてきた鞠葉の目の前にいるのは、二人の男女。

 春咲華代と、麓の村に住む多聞という青年だ。

 

「ま、いい刺激にはなるんじゃない?」

「アイツ、なんだかんだで鍛えているみたいだったし、大丈夫だろ?」

「まぁ、丈夫な方なのですね」

 

 和気藹々とした雰囲気を作ってこそいるが、鞠葉は知っていた。

 何も転げ落ちるように逃げて行ったのは男性……ジョーカーだけではない。

 周囲一帯の小動物どころか虫までも、この小高い丘から一斉に逃げ出していたのだ。

 

 全てはこの絶世の美人、春咲華代の闘争心によるもの。

 

「……月の住民ってみんなそうなのかしら?」

「え?」

「なんでもないわ。さ、宮造さんの所へ戻りましょう?」

 

 不思議そうな華代と対比するかのように笑顔の鞠葉と多聞だった。

 

 ●「鬼の居ぬ間にお見合う臣逢、老いぬ御身は大隠し」

 

 華代の婿選びが始まった。

 集まった男達は、駒井――弁天グループの社長――にヴォルフ、天文学者の遊佐に扮するジョーカー、華代の幼馴染を名乗る多聞、そして堀越TVチームが星のZ(ツェット)

 宮造はそんな彼らに向かって言う。

 この家に在る蓬莱の薬を見つけ出す事が出来れば、華代の婿として認めると。

 

 暗殺臣の影朗の乱入も在りながら、春咲家の大捜索が始まった。

 

「おい」

 

 ヴォルフと仙太郎は蓬莱の薬をすぐにでも探し始める……という事も無く、まず真っ先に縁側にいた少女に話しかけた。

 少女――鞠葉は、ゆっくりと振り返る。

 

「何か?」

「お前は知らないのか。蓬莱の薬の在り処」

「知っている、と言ったら?」

「力づくで聞き出す」

 

 ヴォルフが長刀を握りしめる。

 鞠葉は、フフと笑った。

 

「そんなに華代と結婚したいの? あなたには確か……そう、レーテ、と言ったかしら。彼女がいたと思ったんだけど……」

 

 その瞬間、ヴォルフは目の前の女に斬りかからなかった自分を褒め称えた。

 普段ルイーゼのからかいに晒され続けているヴォルフは、からかいに対しての耐性を得ていたのだ。

 

「なぁ、知っているならアンタが見つけ出してもいいんじゃないか? アンタと華代さんは友達なんだろ? 旦那を含めて、どこの馬の骨とも知らない男に取られるくらいなら、アンタの方が適任だろ」

「あら、私の性別がわからないの?」

「そりゃわかるけど、華代さんはクイーンでも良いって言った。性別不明のクイーンでも良いんだから、アンタだっていいだろ。別に一度結婚したからって離婚しちゃいけないわけじゃないしな」

 

 ヴォルフの頭の中に骨だけになった馬の怪物が現れる。その馬が華代を攫っていくシーンに、ヴォルフは固く長刀を握りしめた。

 ……骨の怪物に、おれの刀が効くだろうか。

 

「まぁ、そういう見方もあるわね。でも、ダメよ。私じゃ、()()()()()()()()わ」

 

 鞠葉の言葉にハテナを浮かべる仙太郎。

 彼の瞳はまだ黒いままだ。

 

「それより貴方……足、怪我しているの?」

「ん? あぁ、ちょっと骨折しただけだよ」

「……その怪我を治す事は出来ないけれど、痛みを和らげることくらいは出来るわ。どう、やる?」

「いや、いいよ。痛い物を痛くなくするなんて、怖い事はしたくないからさ。あの狼を見てから、強く思うんだ」

 

 ぐっと拳を握る仙太郎。隣でヴォルフが「ほぉ……」と感嘆の息を漏らし、鞠葉も少し目を見開いた。

 

「そんで、自分の命を精一杯生きて……必ず、コンビニ王の座を取り戻すんだ」

「少し安心したゼ。足だけじゃなく、頭まで打ったのかと思った」

「ごめんなさい、私日本語には疎いんだけど……コンビニ王って、つまり社長って事でいいのかしら?」

「いや、コイツの言うコンビニ王は店長の事だ。あまり深く考えない方がいいぞ」

「……そうね、考えないでおくわ」

 

 夜が更けて行く。

 大捜索は明日が大本命。クイーンが蓬莱の薬を盗みに来ると予告した日でもある。

 たなびく雲は月を覆い隠し、その尻尾を見せる事が無い。

 

「……あなたの言う通り、長く生きるのはとても恐ろしい事よ。精一杯、許された命を走り続けなさい」

 

 自分達に割り当てられた離れへと向かうヴォルフと仙太郎の背中に、そんな言葉が投げかけられた。

 泣きそうな声だった。

 

 ●「五人の求婚者。誤認の求道者」

 

 夜が明け、屋敷の大捜索が始まった。

 皆ドタバタと走り回るような事はないものの、やはりピリピリとした雰囲気を隠す事が出来ていない。

 人間性を見る、と言われたにも拘らず、他人を出し抜く事で頭がいっぱいなのだろう。

 

 そんな()を、縁側で眺める少女が二人。

 

 勿論鞠葉と華代である。

 

「皆さん、頑張っていますね……」

「貴女はいいの? ()()()()()

「……いいえ。もう、会いましたから」

 

 目を伏せて言う華代。

 目を伏せたのか――地下を見ているのか。

 

「……私なら、」

「いいえ。鞠葉さん、それは冒涜です。わたしたちの言えた事ではありませんけど……それは、やってはいけない事です。違いますか?」

 

 いつもより幾分か硬い口調できっぱり断る華代。

 鞠葉は、ばつの悪そうな顔をして目をそらした。

 

「私は旅人。悼む事はあっても、嘆く事は出来ないわ。こういう所は、クイーンやあの背の高い名探偵が羨ましいわね。本当に赤い夢の住民なら、そういう感情も持てたのでしょうけれど……」

 

 呟く鞠葉。

 子供達の夢見る赤い夢の住民たち。

 そこには本来、旅人は含まれていない。

 

「あ」

 

 小さく華代が声を上げた。

 視界の端、土蔵の中へ入って行く存在が見えたのだ。

 ヴォルフに、仙太郎に、そして遊佐。

 

 華代は力なく微笑んだ。

 

 ●

 

 ヴォルフ達が出て行った土蔵の、その地下にある部屋。

 蓬莱を探すためとはいえ家探しにあったかのような様相のその部屋を、綺麗に掃除していく存在があった。

 

 鞠葉だ。

 

 ある程度の掃除を終えると、鞠葉は一枚の肖像画の前に立った。

 ガコ、と音を立てて、肖像画を外す鞠葉。

 

 そこには、初老の女性の、生首が置いてあった。

 力なく微笑むその顔――瞳は鞠葉をじっと見つめていて。

 時折瞬きをするその瞳が、この首は生きているのだという事をわからせてくれた。

 

「お久しぶりね。私が誰だか、わかる?」

「ええ」

 

 絞り出すようなガラ声で返事を返す生首。

 何日も何日も水を飲んでいないかのような、そんな声だった。

 

「そう、脳の機能は失われていないのね。でも、とても苦しそう」

「ええ」

 

 鞠葉は気が付いた。

 これは返事ではないのだと。

 

「ええ、ええ……ええ」

「……もう喋る事が出来ないのね。ええ、大丈夫よ。もうすぐだから。今日の、零時。大丈夫、必ず連れて行ってくれるわ。

 ――もし、貴女があちらへ行けなかったのなら、私が届けてあげる。旅人はね、どこへでだっていけるんだから」

「ええ……エ、エ……」

 

 生首は泣く事すら敵わない。

 老いる事の無い、死ぬことの無い身体は、とうに水分を使い果たしていたのだ。

 それでも干からびる事がないのは、蓬莱の薬という呪いの強さ故か。

 

「……もうすぐよ」

 

 最後にもう一度呟いて、鞠葉は肖像画を元に戻した。

 

 ●「鬼が出るか、蛇が出るか、影が出るか、それとも?」

 

 春咲家の奥の間。

 天井からぶらさがっているのは、笠つきの白色電球。

 今、二十畳の部屋に多くの人間が集まっていた。

 

床の間を背負った上座に、春咲華代。その両隣に宮造と鞠葉。

 華代に向かって右側に四人。駒井、遊佐、多聞にZ(ツェット)

 左側には堀越組がスタッフ。

 家庭用ホームビデオのカメラを手にしたスタッフが、ただ一人の人物だけカメラに映らない事にしきりに首をかしげていたが、声を出す事は無い。

 静寂――。

 

 部屋にヴォルフと和装になった仙太郎が入ってくる。

 

「さて――」

 

 仙太郎の推理が始まる。

 まず、遊佐が蓬莱を見つけた事。これについては全員が悔しがりながらも祝福した。

 そして、華代の除籍謄本。華代の正体。

 さらには、多聞が影朗であるという推理。しかし、これについては状況証拠不十分で否定されてしまう。

 

 だが、クイーンを見つけ出したことは褒められるべきだと、駒井が仙太郎に拍手をした。

 駒井の手が蓬莱の薬に伸びる。

 

「ダメだ! 蓬莱をわたしちゃいけない!」

 

 仙太郎の瞳が銀に輝く。

 だが、もう遅い。駒井の手の中に、既に蓬莱の薬が入った壺が収められていた。

 

 正体を明かす、駒井。

 彼こそが暗殺臣の影朗。自らの足を自分で切り裂き、容疑者から外れていたのだ。

 

 正体を明かした駒井――影朗と、ヴォルフの戦いが始まる。

 だが、戦いと呼べる物ではなかった。

 

 圧倒的に、影朗の方が強い。速度において、全ての行動を上回る影朗にヴォルフはついていけない。

 

 そうして、ヴォルフは日本刀ごと両脚のふとももを切り裂かれ、崩れ落ちた。

 畳に広がる血。

 さぁ、次はクイーンだと、影朗は華代の方へ振り返る。

 

 しかしクイーンはいない。いるのは宮造だけだ。

 

「あなたは、無礼な人だったんですね」

 

 影朗の背後で声が聞こえた。

 ひ、と情けない声を上げて、影朗は飛びのいた。

 コイツは、なんだ?

 

「あなたはこの家を血で汚しました。何の目的があって、暴れているのですか?」

 

 影朗は答えられない。

 目の前にいる生物が、同じ人間とは思えない。

 一刻も早く排除しなければならない。これは暗殺臣としてではなく、人間としての義務だ。

 

「消えなさい」

 

 華代が手を伸ばす。

 影朗にはその手が、どんな近代兵器よりも恐ろしく感じられた。

 最強とは、人間相手に競う物。

 人間ではないものと比較しても、意味は無い。

 

 ただあるのは、「死」だけ――。

 

「ひぃーっ!」

 

 今度こそ影朗は生命の危機に瀕した悲鳴を上げて、素早く宮造の背後に回った。

 そしてその首を掴み、盾にする。

 

「近づくな!」

 

 華代の殺気が消えた。

 よし。

 影朗がそう安堵した時、突然部屋の明かりが消えた。

 仙太郎が背中で部屋の明かりを消したのだが、そんなことを影朗が知る由もない。

 影朗にわかるのは、たった今視界の端で動いた()()の影。

 

 内、最も殺気の多い方へ対処した。クイーンを倒す為に身に着けた、素手で鉄をも切り裂く技術。

 だが、それは躱されてしまう。

 

「お前、天文学者じゃないな」

「ぼくはジョーカー。クイーンの仕事上のパートナーだ」

 

 ただの天文学者に己の攻撃がかわせるはずもない。

 そう思って放った言葉は、意外な場所で繋がった。

 好機。そうほくそ笑んだ影朗は、一つの事実に気が付いた。

 

 もう一人は、どこへ行った?

 

 斬!

 

 影朗は、両腕を断ち切られた。

 そう、錯覚した。

 

「なッ――!?」

 

 寸での所でその足が止められていなければ、現実になっていたことだろう。

 暗い部屋で妖しく光る瞳。

 駒井に扮していた時から気になりはしていた、春咲家と何のかかわりがあるのか分からない、鞠葉という少女。

 その娘の足が、影朗の両腕を切り飛ばしかけていたのだ。

 

「……何故、止めたの?」

 

 鞠葉は問いかける。

 影朗に、ではない。

 鞠葉の足を止めたその存在に、だ。

 

「それは勿論、旅人の君にそんな血腥い事をさせるわけにはいかないからね」

 

 その声にジョーカーが目を見張った。

 影朗もまた、驚いてその()を凝視する。

 

 多聞。

 

 彼の口から、クイーンの声が出たのだから。

 彼は髪をもぞもぞと触る。すると、ボサボサの髪の下から美しい銀髪が出てきたではないか。

 

「それに、君はわたしと闘いたいんだろう? 両腕を切り落とされた状態でわたしに負けても、色々と文句をつけてきそうだからね。万全の状態で戦って上げるよ」

 

 ●「昔々あるところに。そして、今在るところに」

 

 中庭でクイーンと影朗の戦いが始まった。

 果敢に影朗が責める一方で、クイーンは避けるばかりだ。

 あくびをしながら、つまらなそうに。

 

 竹林に入ってもなお戦闘を続ける二人。

 その摩擦で、枯れ木や枯葉、竹にボッと火が付いた。

 

 火は瞬く間に燃え広がり、炎となって春咲家を取り囲んでいく。

 

「おい、あんたら、逃げるぞ!」

「だめですよ」

「ダメよ」

 

 メラメラと燃える竹林を眺めるだけだった華代と鞠葉に声をかける仙太郎だったが、二人の言葉に気圧された。

 仙太郎は一瞬で考える。この二人をどうにかする事。

 足をけがしている自分とヴォルフをどうにかする事。

 その思考速度は、コンマを切った。

 

「あんたらが何者かは知らないが、死ぬなよ」

 

 華代も鞠葉もその言葉に顔を見合わせ、にっこりと彼に笑顔を返した。

 

 ●「お迎えの時間」

 

 クイーンの恐怖から、死の恐怖から逃げ出した影朗は、屋敷の中に転がっていた壺――蓬莱の薬の入った壺を発見し、嬉々とその壺を割った。

 中から出てくる、乾燥したキノコのようなもの。まるで生きているかのように脈を打ち、手触りは絹織物のようだ。

 

 これを飲めば死なない。

 

 そう考えれば、決断は早かった。

 それを口に入れようとして、

 

「やめておきなさい」

 

 土蔵から、風呂敷包みを持って現れた宮造に止められた。

 不老不死の薬だとわかっているのなら、やめておきなさい、と。

 その言葉に、万感の意が籠められていた。

 

 宮造は華代の隣に立つ。

 華代に風呂敷包みを握らせ、二人で燃え盛る屋敷の奥へと歩いていく。

 すれ違う時、影朗は華代に囁かれた。

 

「飲むも飲まぬも、あなたの自由。ですが、飲めばあなたに安らぎの地はなくなりますよ」

 

 轟々と音を立てて崩れ始める屋敷へ歩いていく二人。

 その後ろ姿に、クイーンが頭を下げた。

 鞠葉は、小さく右手を振った。

 

 月が、大きい。違う。

 月じゃない。

 あの、光の球は――。

 

 その光は、影朗も、クイーンも、ジョーカーも、そして鞠葉も。

 春咲家の全てを、竹取村の全てを包み込み、その後、ゆっくりと……消えた。

 

 ●

 

「――もし」

 

 白い空間で、声が響く。

 

「もしも、あなた達が……本当に、心から死を望むのなら……」

 

 ここはどこだろう。

 地球か? 宇宙か?

 

「私が、あなた達が”そう”なる前に、旅をして――あげる」

 

 どろり、と翡翠色の液体が落ちてくる。

 それは段々と、子犬のような形を取り、その口が何もない虚空へ噛み付く前に――首を落とされた。

 

「それじゃあ、須臾(しゅゆ)の先で待っているわ」

 

 声が響く。

 

 声だけが、どこかに響いていた。

 

 ●

 

 






ヴォルフと仙太郎、いいよね……
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