がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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神隠しで連邦に迷い込んだ主人公が、Vault居住者に助けられなんやかんやあって元の日本に帰ってきた体で話が進みます。


第1章 遠足編
第1話 帰ってきたミニッツメン、学園生活部と出会う


 この荒れたガソリンスタンドを仮の宿として選んで、一晩が明けた。

 給油に来た客にも開放されていたのだろう、事務所と続きの休憩室には自販機が設置されている。

 電気は通っていないが、ここに来るまでに工事現場の軽トラに載せてあったのを見つけたバールを使ってなんとかこじ開けた。

  少しは水分補給に役立つが、やはりミネラルウォーターのような飲料用の水が必要だ。

 ストックにはまだ余裕があるとはいえ、今日か明日にでも探しに行かねばならないだろう。

 割れた窓をありあわせの材料で塞いだ隙間から、外を慎重に伺う。

 あいつらの同類であろう一体が、道路の反対側をゆっくりとした動作で足を引きずりながら移動しているのが見える。

 

 事務机に置いていたハンティングライフルを静かに手元に引き寄せ、コッキングレバーを引き弾薬が装填されていることを確認する。

 マガジンを引き抜いて残弾数を確認してからは、サプレッサーを付けた銃口を割れたガラスに引っかからないように慎重に隙間から突き出し、低倍率のスコープを覗き込む。

 この距離でスコープは必要ないだろうが、わざわざ外すこともない。

 そう考え、狙いを目標にあわせる。

 

 目標は黒ずんだ皮膚、腕はだらしなく下がり足を引きずるように非常にゆっくりと歩道を移動している。

 服装はサラリーマンを思わせるスーツ姿であるが、如何せん大きく引き裂かれたシャツや、乾いてしまった後であろう黒ずんだ血の跡が、その人間だった者が尋常ならざる存在であることを雄弁に語っている。

 

 あちら、コモンウェルス・ウェイストランド――住民は単に連邦と呼んでいた――にもいなかった存在、ゾンビだ。

 少なくとも、それ以外にあれらを適切に表現する言葉が出てくるまでそう呼ぶことにしている。

 連邦にはグールと呼ばれる存在がいるが、彼らは普通の人間のように意思の疎通が図れる。

 フェラルグールと同一視されることもあるが、あれは放射能によって正気を失った人間の成れの果てだ。

 

(それに走ってくるしな、あいつらは)

 

 上下左右に揺れる頭部をスコープの十字と重ね、引き金をゆっくりと引き絞る。

 発射された弾頭はゾンビの側頭部に命中し、民家の塀に弾頭と脳と骨の破片を叩きつけ役目を終える。

 ゾンビは糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。

 その周囲には、同じように地面に横たわるゾンビが何体も存在した。

 レバーを引いて排莢し、次弾を装填しておく。

 弾着とゾンビが倒れた音を聞きつけて、周囲からゾンビが近寄ってこないかしばらくそのまま様子を見た。

 手元の時計で5分ほど様子を見ていたが、音につられて新たに寄って来る気配は感じられない。

 突き出していた銃を戻し、安全装置を掛けておく。

 

 弾帯を取り付けているハーネスをロードレザージャケットの上から着込み、ベルトに下げたホルスターにはサプレッサーを装着できる10mmピストルを差し込む。改めて銃を取り出して、スムーズに抜き出せるか確かめ、予備マガジンが弾帯に入ってることを確認する。

 外への扉の内鍵を外し、扉にそっと手を当て静かに押し開きながら、サプレッサーを装着した10mmピストルを外に向け、ゾンビが周囲にいないことを確認していく。

 道路を渡り、倒したゾンビに近づく。

 拾っておいた棒きれでゾンビの足側から突いて、完全に無力化したことを確認した。

 

「……ひとまず、安全になったな」

 

 一息吐き、ガソリンスタンドの休憩室へと引き返す。

 

「ここからここは大体見て回ったから……、今日は信号の先の住宅街の方に行ってみるか」

 

 胸ポケットに忍ばせておいた地図を取り出し、今日の探索範囲に印をつけながら独りごちる。

 地図にはこれまでの移動ルートであろうマークが、いくつも書き込まれていた。

 それらのマークとは離れたある地点に、大きく『4人、生存者か?』と書かれている。

 そこは地図記号によると学校施設のようで、地図には折りたたまれた小さな便箋がテープで貼り付けられていた。

 『わたしたちはここにいます』、そう書かれた便箋には生存者と思われる4名の姿が描かれている。

 便箋の裏には、緯度と経度と思われる数字が記されていた。

 

「いい考えだ。少なくとも一人は、ここに向かうようになったわけだし」

 

 

 

 10mmピストルを構え、交差点や建物の角を注意深く覗き込み付近にゾンビが近づいていないかを見る。

 そして、一軒一軒の住宅の玄関扉を確認していく。

 

 扉が不自然に開いていれば、大抵の場合住民がゾンビ化して中で彷徨いている。

 開いていなければ鍵が掛かっていないか確認し、一階の窓が人が通れるほど割れていないかを観察する。

 割れていて中に争った様子や血の痕跡があれば、やはりゾンビが居る可能性が高い。

 それも見当たらない場合、ようやく生存者の可能性が浮上してくる。

 大半は、最期の日に外出したままゾンビ化し、自宅に戻ることすらないのだが。

 

 生存者が居る事は願っているが、今のところ住宅に目立った被害や痕跡がなくても、中の住民がゾンビ化していることがあった。

 感染して建物内に逃げ込んだ後、変異したか。

 若しくは絶望して自殺を図り、その後なんらかの理由で変異したかだ。

 そのような場合、中に入るまでは確信が持てず危険性が増す。

 家の中でも、廊下やリビング、キッチンにいるなら比較的楽に対処できる。

 遮るものが無く、距離も保てる。

 使用すれば一時の疲労感を伴うV.A.T.Sも、日本の住宅程度の広さなら、命中率95%を切ることはまずない。

 

 問題はトイレや風呂場、自室、クローゼットなどの扉を一枚隔てた狭い空間に隠れたままゾンビ化した場合だ。

 対処するには壁越し扉越しに銃撃するか、扉を開けて何かで殴りつけたり銃撃するかだが、安全に対処するには距離が保てないし、扉を開けることでゾンビを刺激し、より危険性を増す結果になる。

 無視するにしても、壁一枚向こう側にゾンビがいる事を認識しながら探索するのは精神をすり減らせる。

 結局、リスクを承知で対処しなければならなくなるのだ。

 そんなことをしているから、一日で移動できる距離は微々たるものになっていく。

 

 夜間にゾンビの活動が鈍るのは確認できているが、彼等は音はもちろんのこと光の刺激にも反応する。

 そんな状態で、ライト片手に移動するわけにもいかなかった。

 日中の明るい間に移動距離を稼ぎたくても、住宅や店舗の確認を一つ一つこなしていれば自ずと時間は制限されて、あっという間に夕方になる。

 そうなれば一日の探索は終了だ。

 仲間がいればまた違っただろうが、今はいない。

 

 

 ずいぶん前は2人だった。少し前はたくさんいて、今となっては一人ぼっちだ。

 自分で選んだ結果だ、後悔があるわけではない。

 ただいつも共にいた仲間達と、もう会えない事が寂しかった。

 

 ……感傷は後にしよう、少しでも距離を稼ぎたい。

 車で移動できれば何時間と掛からない距離のはずだが、まともな車はまず見つからない。

 道路に関しても、彼方此方で事故車両が塞いでいる。

 

 自転車も考えたが、死角から突然襲われた場合、咄嗟の対応が困難になりかねない。

 結局、徒歩が一人で移動するのに適していた。

 

 住宅街を移動しているが、どの家も荒れているのが見て取れる。

 玄関の扉や取っ手には血のついた手で触った様な痕が残ったまま、窓ガラスは割れカーテンが引き摺り降ろされている。

 荒れているのを確認すれば、それは何か目的でもない限り避けるべき建物だ。

 通りの家を一通り確認し、次の角を曲がろうとカーブミラーに視線を向けた時、微かに音が聞こえた。

 今となっては、聞き慣れなくなったエンジン音だ。

 

(生存者がいる!)

 

 直ぐに近くの高い建物を探したが、どれも一般的な住宅で付近には雑居ビルすら見当たらない。

 時間をかけていたら、車は移動してしまうかもしれなかった。

 近くの電柱によじ登り、耳を澄ませる。

 ゾンビの足を引きずる音やうめき声、風が街路樹を揺らす音に混じりエンジン音が聞こえてくる。

 少しづつ大きくなっているようだ。

 これなら100mも離れていないはず、一つ道の向こう側にいるだろう。

 音を立てない様に、しかし焦った様子で電柱から乱雑に降り、エンジン音が聞こえた方向へと足早に移動する。

 交差点の住宅の塀を背にして、車が向かった通りを覗き込んだ。

 

(いた!) 

 

 赤の普通車、大きくは無い、恐らく4人乗り。

 

 一人、シャベルを持ったセーラー服姿の女の子が車を降り、一軒の家の中に入っていくようだ。

 あの制服はたしか、そうだ便箋の絵の制服に似ている。

 ポケットからもう一度便箋を取り出し、確認する。

 色使いや人物の特徴も、今の子はツインテールにシャベルを持っていた、絵にも同じような娘が描かれている。

 

 さてどうする、声の掛け方次第で変に敵対されても困る。

 先ほどの女の子がシャベルを持っていた事を踏まえると、飛び道具は持ってないか貴重で車に残しているかのどちらか。

 日本で銃の入手先は、警察か自衛隊か、若しくは暴力団か猟師ぐらいしかないだろう。

 たとえ銃を持っていたとしても、ここで接触しないなんて無理な注文だ。

 ようやく出会った生存者なのだ。

 

(俺はミニッツメン、善良な住民の味方だ。少なくとも敵対されないうちは、此方から何かする事はない)

 

 静かに歩きながら、何と声をかけようか考える。

 

(こういうのは、将軍の方が得意だったのに)

 

 仕方ない、行き当たりばったりでやるしか無い。

 女の子が入って行った家に注目しているようで、車の中の人間は接近中の此方には気づいていない。

 運転席側の窓をコンコンとノックし、あの便箋を窓に押し付ける。

 凄く驚いている。

 

「俺は――、ミニッツメンだ。君達はこの生存者達か?」

 

 

 

 コンコン

 

「――! な、なに!?」

「わっ、びっくりしたー! 誰だろう?」

「に、人間よね? それにこれ……」

「ねぇりーさん、これって私達が風船で飛ばしたお手紙じゃないかな」

「そう、だよね。……ゆきちゃん、くるみを呼んできてくれないかしら。今すぐ」

「わかったー。じゃあ呼んでくるね」

 

 由紀は後部座席のドアを開け、胡桃を呼びに家の中へと急いで向かった。

 

 それを、男は静かに見送った。

 悠里は運転席の窓を少しだけ開け、手紙を手にしている男を刺激しないよう慎重に声をかける。

 

「あの……人間ですか? いえ、ごめんなさい。声をかける時点で人間ですよね」

「ああ、まだ人間だよ」

「……(どうしたらいいのかしら、見た感じ銃を持ってるし危険かも。でも襲うつもりならもうやってるだろうし)」

「……そうだな、お互いのために少し距離をとって話せないかな? 君は車に、俺は道の反対側に」

 

男の提案に、悠里は暫しの間思案するも、その申し出を受け入れた。

 

「……それでいいわ、その……銃も」

「話し合いに武器は必要無いと思ってる。少なくとも、お互いが攻撃的になるようなことが無ければ」

「そんなことしないわ」

「なら、お互いに問題無しという事になるな」

「ええ、そうね」

「それじゃ少し離れる」

 

 そこに、胡桃と由紀が戻ってきた。

 

「りーさん無事かっ!?」

 

 そう言って見知らぬ男と、悠里の間に立ち塞がるように割って入る。

 

「くるみ、この人は問題ないわ、今のところは。それに、彼が手に持ってる紙を見て」

「紙だって? それが一体何だって……」

「あー! やっぱり私達が出したお手紙届いたんだ!」

 

 胡桃の隣についてきた由紀が、男が持つ便箋を指差し驚きの声をあげる。

 

「なぁあんた、それを何処で手に入れたんだ」

「しばらく前の事になるが、風船が飛んでいたんだ。こんな有様の時に飛ばすのは生存者だろうと思って、撃ち落とした。そうしたら案の定、情報が付いてきた」

 

 ほれ、と男は便箋を指で挟んで胡桃に差し出す。

 胡桃は警戒しながらも便箋を受け取り、確認する。

 勿論、視界に男を収めたままだ。

 確かに自分達で描いた絵と、学校の位置を記した数字が書いてある。

 

「確かにあたしらが書いた手紙だ、それでどうするつもりだったんだ。内容によっては」

 

 胡桃は武器があることを示すように、シャベルを握りしめる。

 

「おいおい、そう結論を急がないでくれ。俺はただ、人類最後の男じゃなかった事が嬉しくて、手紙の主に会いたくなっただけだ」

 

 男は胡桃に両手の掌を見せながら敵意がないことを強調し、少し落ち着くように言った。

 その間にも、道路の左右をチラチラと確認するように視線を走らせる。

 その様子を不審に思った胡桃は、男を問い詰めた。

 

「さっきから落ち着きがないな。お仲間に合図でも送ってんのか?」

「そうじゃ無い、仲間はいない。ただいつまでも道路で話していると、面倒な客が寄ってくる。それを警戒してるんだ」

 

 それを聞いて胡桃は周囲に視線をやる。

 今のところ視界に動く物は見当たらないが、ずっと話していれば何れ現れることは十分に予想できた。

 胡桃がどうしたら良いのか考えがまとまらないところに、車の中の悠里から声がかかった。

 

「ねぇくるみ。その人を信用するかは一先ずおいて置いて、ここから移動しないかしら」

 

 その提案を待っていたかのように、男は胡桃達に安全に話せる場所に心当たりがあると言う。

 

「ここから少し行ったところにガソリンスタンドがある。通り道だったから周囲はすでに掃除が済んでるんだが、どうかな」

「給油だって必要だわ、ガソリンもいつまでもあるわけじゃ無いし」

「スタンドには自販機が併設された休憩スペースもあった、勿論中身があることは確認してある」

「はい! ジュース飲みたいです!」

 

 由紀が手を挙げながら、ジュースを所望する。

 避難所として利用している学校で飲んでいるものは、水と購買部や職員室で手に入れた茶葉やインスタントコーヒーぐらいのものだ。

 年頃の女子高生が甘いものを欲しがるのも、無理はなかった。

 

「分かった……。でも妙な素振りでもしたら容赦しないからな」

「そんなことはしない、俺はミニッツメン。善良な住民の味方だ」

「ミニッツ……なに? それがアンタの名前?」

「いやミニッツメンは、あー……その辺のこともまとめてスタンドで話そう。付いてきてくれ」

 

 男はそう言って10mmピストルをホルスターから抜き、先導するように道を歩いて行く。 

 進んでいく男を視界に入れながら、胡桃は車の助手席に戻り由紀にも車に乗るように言った。

 

「ほんとに付いて行って大丈夫かしら」

 

 悠里は不安そうな口ぶりで、乗り込む胡桃に問いかける。

 胡桃はシートベルトを装着しながら、眉を若干顰めつつも答えた。

 

「分からない。でもあの手紙持ってるってことは、学校の場所も知られてるってことだ」

「ここで無視してもいずれ会いに来るし、銃を持ってる相手に悪印象を与えたくも無い……ってこと?」

「ああ。アイツの言葉を信用するなら、危害を加えに来たわけじゃなさそうだ」

「早くジュース飲みたいなー。ねぇくるみちゃんりーさん、二人は何がいい?」

「あ、ああそうだな。りーさん行こうぜ、もう成るように成るさ」

「そうね……、行きましょうか。……私も久しぶりにジュース飲みたいし、炭酸試してみようかしら」

「わたしはねー、いちご牛乳がいいなぁ」

「なんだよ由紀、子供かよー」

「むっ、じゃあくるみちゃんは何が飲みたいの?」

「私? 私は……バ、バナナ牛乳かな?」

「くるみちゃん、人のこと言えないじゃん!」

 

じゃれるように喧嘩を始める二人を、悠里はたしなめる。

 

「はいふたりとも、喧嘩はそこまで。見失わない内に出発しましょ」

「はーい」

「ちぇー」

 

 車のキーを回し、エンジンを始動させ、男が歩いている方向へ車を静かに走らせた。


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