がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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サブタイトルのセンスの無さに、もはや諦めの境地に達しています。


第10話 体育祭やります→やりました。ホームセンター行きます→行きました。

 方針決定会議を行って、既に数日が経過していた。

 その間、亜森と学園生活部の面々は何とか資材調達先であるホームセンターの情報を集めようとしていたが、残念ながら成果は出ていない。

 初めは、職員室で電話帳の様な物が何かしら見つかるだろうとたかをくくっていたのだが、それらしき物は発見出来ず。

 公衆電話の存在を思い出した悠里の情報から、その場を確認しに行くも、電話帳は黒ずんだ血だまりに沈んで、既に使い物にならなくなっていた。

 校内から情報を得ることを諦めた亜森は、この二日ほど周囲の住宅を回っている。

 情報を得るついでに、回収可能な物資を集める目的も兼ねていた。

 

「なぁアモ、何か見つかったか?」

「ダメだな。見つかるのは、スーパーかサプリメント系のチラシばっかりだ」

「結構見た記憶があるけど、探すとなると出てこないんだよな。こういうのは」

「まぁな。いっそ直樹の言っていた道を辿りながら、行き当たりばったりで行ってみるか……」

 

 亜森と一緒に探索している胡桃からも、未だ発見の報せはない。

 多くの家が新聞を購読していたのは助かっているが、目的の情報には行き着いていないのだ。

 無論、かつて住んでいた住民が備蓄していた保存の効く食料品や日用品を回収する事は出来ていたので、全くの無駄足というわけでは無い。

 しかしながら、遅々として進まぬ状況に苛立ちと疲れを覚え始めていることも確かだった。

 

「はぁ、ちょっと休憩するか」

「あたしもそうする」

 

 比較的状態の良いリビングのソファーに並んで座り、手にしていた新聞や雑多なチラシをテーブルに放り投げ、亜森はPip-Boyから飲み物を取り出す。以前、ガソリンスタンドで回収していた缶飲料だ。

 コーラ系飲料を胡桃にも手渡し、プルタブを開け缶を傾けた。

 

「ぬるい炭酸って何かイマイチだよなぁ」

「そうか? 俺は慣れてるから気にならないけど」

「ジュースが飲めるだけマシ、か」

 

 一度躊躇いを見せた胡桃も、諦めた様にプルタブを開け飲み始める。

 

「そう言えばアモは聞いたか? 体育祭の話」

「体育祭? 何やら丈槍が張り切ってたのは知ってるが」

「多分それ、一応明日やるんだってさ」

 

 亜森が相槌を打ちながら聞けば、昨日発案され今日はその準備を行っているらしかった。

 

「何だ、今日はサボりに来たのか?」

「サボってねーよ、自分の分はもう終わらせたんだよ」

「それは失礼をば」

 

 ハッハッハと、態とらしい笑い声を上げる亜森を横目に、胡桃もこれまた態とらしく溜め息をつく。

 

「アモも気が付いたろ、りーさんとみきのこと」

「昨日から何かギスギスしてたな、生理だと思ってた」

「おい、セクハラかよ」

「女性として生きる以上、避けられない事だろう? その為にモールの物資の中に、生理用品を突っ込んでおいたんじゃないか」

「そりゃあ、無いよりあった方が断然良いけど……(そのせいで、みきがアモと距離とってんだろうなぁ)」

 

 胡桃は、倉庫で記録をとっていた美紀が、亜森の事をジト目で見ていた姿を思い出していた。

 カゴいっぱいの生理用品を見せられたら、そういう反応になるのは女子高生には仕方のないことである。

 

「その話はいいから、真面目に聞け」

「ハイハイ」

 

 胡桃が言うには、昨日悠里と美紀との間にちょっとした諍いがあったようだ。

 美紀が誰に断りもなく、一人でバリケードを越え図書室へ行ったことを悠里が咎めたら、それに反発。

 そこからは売り言葉に買い言葉で、エキサイトしかけた時に由紀が仲裁するように体育祭をやろうと提案した。

 由紀の言葉に勢いが削がれた二人は、一応は矛を収めた形になったが、今日の様子を見る限り蟠りは残っているらしい。

 

「へぇ、それで食事の時の空気が悪かったんだな」

「そういうこと。りーさんもそうだけど、みきのヤツもストレス溜まってたのかなぁ」

「会議でやることは決まったけども、進展が見えないからな。それで心の余裕が無かったんじゃないか」

 

 缶を傾けながら、胡桃は憂鬱そうにため息を吐く。

 

「はぁ、今戻っても空気悪いからこっちも憂鬱になりそう。モールで取ってきたトランプとかボードゲームで遊ぼうぜって誘っても、みきは『結構です、本を読むんで邪魔しないで下さい』って言うし、りーさんは『遊んでないで、家計簿の計算手伝って』で取り合ってくれないし……。そういう感じに成らないために遊ぼうって言ってんじゃんかっ」

 

 それぞれの声真似をしながら、両者の言葉を端的に表しているが、胡桃自身も相当苛立ちを覚えているようだ。

 飲みきったアルミ缶を右手で握りつぶしながら、亜森に愚痴をこぼしている。

 これが連邦であれば、ファックだのビッチだの罵倒の言葉に変換されるのであるが、彼女はまだそれに比較すれば御上品な方であった。

 胡桃の話を聞いていた亜森は、うんうんと相槌を打ちながらも『下手に関わると余計拗れそう』としか思っていなかった。

 女子同士の喧嘩に男子が混ざったところで、矛先が男に向くだけである。嘴を突っ込むだけ損というものだ。

 亜森は、時間と由紀発案の体育祭の成り行きに任せるつもりであった。

 

「おい、ちゃんと聞いてるか」

「聞いてるよ、二人が聞く耳を持たないって話だろ?」

「そうだよっ、全く何であたしが……」

「まぁまぁ、これ食って機嫌直せ」

 

 愚痴る胡桃に亜森がPip-Boyを操作して取り出したのは、モールで大量に手に入れたお菓子類の一つ、板チョコであった。

 まだ封は開けられておらず、溶けている様子もない。

 それを見た胡桃は開けた口を閉じ、唾をごくりと飲み込む様に喉を鳴らす。

 

「い、いいのか? チョコは貴重品だろ?」

「今日は外で探索に付き合ってもらってるし、まぁお駄賃ってヤツ」

「やった!」

 

 亜森から手渡された板チョコの封を破り、胡桃は自身の口に一欠片放り込む。

 懐かしい甘さが疲れを癒してくれる。至福であると、言葉にしないが緩む頬は隠せていない。

 

「それ食ったら、今日最後のところに探しに行くからな」

「おっけおっけ、何処に行くんだっけ?」

 

 チョコを味わうことに注意が向いてる胡桃に、亜森が次の予定を話し始める。

 

「この通りの角にあるコンビニ。車やバイクのドライバー用に地図も売ってると思うんだが、詳しいトコまで載ってるかどうか……」

「何とかなるって、アモは心配性だよな。結構」

「準備が出来なきゃ、上手くいくこともいかなくなるんだ(将軍みたいに、『敵の弾薬を拾えば良いじゃないか』ってやれればこんな苦労はしないよ)」

「ほぉーん」

 

 改めて自分の恩人の突き抜け具合にため息を覚えつつ、胡桃の休憩が終わるのをゆっくりと待つ亜森だった。

 

 

 

 コンビニの探索を終えて二人が学校に戻ってこれたのは、既に夕方の時間帯になってからだ。

 必要な地図は、店頭には置いていなかったものの、事務所内の店員が業務に使う書類棚に放り込んであり、そこには地図も電話帳も併せて置いてあった。

 目的のホームセンターの位置も、電話帳に載せてある住所を地図と照らし合わせて位置を確認でき、亜森は胸を撫で下ろしていた。

 ようやく見つかって安心したやら、最初からココを探せばよかったやら。

 この数日の苦労が報われたことを、一応喜びながら亜森と胡桃は部室で食事を取りつつ、他の皆に成果を報告していた。

 

「これで場所は分かったから、明日一日掛けてホームセンターに行ってこようと思う」

「やっと見つかったよなー、もう家探ししなくていいのは助かった」

「お疲れ様でした」

「ようやく一歩前に進めますね」

「アモさん、明日お出かけ? 皆で体育祭やろーって準備してたのに」

 

 話を横で聞いていた由紀は、明日の体育祭に亜森が居ないことを残念に思っているようだった。

 

「悪い、明日は仕事に使う物を沢山買ってこないといけなくてな。朝早くから出ずっぱりになるから、明日はほとんど一日居ないと思ってくれ」

「ふうん、まぁお仕事なら仕方ないね」

「あぁ、俺の分も丈槍が頑張ってくれよ。お土産に何かお菓子買ってきてやるから」

「やったね! みんなお菓子だって!」

「良かったわね、ゆきちゃん」

 

 喜ぶ由紀を横目に見ながら、美紀が亜森に小声で話しかける。

 

「(良かったんですか? あんな約束しちゃって)」

「(大丈夫、もう既に十分な量をモールから回収しているし、他の皆の分もあるから)」

「(え、いや。私が欲しかったわけじゃ……)」

「(いらないってんなら、それでもいいけど)」

「(いらないとは言ってませんっ、もういいです)」

 

 諦めた様子で、美紀は話を切り上げた。

 亜森はそれを笑って見送り、食事を続ける。

 

 

 

 食事が終わり、それぞれシャワーを浴びて就寝まで自由に過ごしている頃、亜森は自身の寝床としている教室で日課をこなしていた。

 ソファーにだらしなく座りながら、持ち込んだ生徒用の机に置いたロウソクの灯りを頼りにして、手帳に今日探索した住宅の事や明日のホームセンター探索で必要な事を書き込んでいる。

 

(道路の様子が分からないし、徒歩で移動する方が速いかもしれない……。しかし、結構距離があるんだよなぁ。車無しだと、日付けを越える可能性も出てくる。あまり時間をかければ、丈槍も不審に思いかねん……)

 

 徒歩で移動すれば、自身の安全を最大限確保しながら探索を終えられるだろう。

 しかし、Pip-Boyとて容量が無限にあるわけでも無い。

 限界を超えて物資を抱え込めば、それは肉体の疲労として影響が色濃く現れるのだ。

 動けなくなるわけでは無いのだが、万全の状態とは言い難い。

 特に資材として利用出来るものは、容積も重量も嵩む傾向にある。

 可能な限り、物資の長距離運搬にはモールで手に入れたトラックを利用したいところだった。

 

 色々と思案しながら鉛筆をいじっていると、教室の入り口をノックする音がした。

 亜森が入り口の方を見やれば、寝間着に着替えた美紀がライトを片手に佇んでいた。

 

「おう、入っていいぞー」

「あの……失礼します」

 

 おずおずと亜森の近くまで寄り、机の側で立ち止まった。

 美紀はどう話を切り出そうか、迷っている様子だ。

 

「ま、椅子に座んなよ。何か飲み物を出そうか?」

「いえ、大丈夫です」

「遠慮しなくてもいいんだぜ」

「別に遠慮はしてませんから」

 

 勧められた椅子に座り、美紀は話を始めた。

 

「あの、明日……ホームセンターに行くんですよね?」

「ダメだ、連れては行かないぞ」

「まだ何も言ってないじゃないですか……」

「でも、そういう話をしに来た。だろ?」

「……まぁ、そうです」

 

 考えていた事を言い当てられて、美紀はばつの悪そうな顔をする。

 そんなに顔に出ていただろうか?

 美紀は頬を指でかきながら、亜森にダメな理由を問い質した。

 

「どうしてダメなんですか?」

「大方、若狭と喧嘩して居心地が悪いから、明日の体育祭をサボりたいんだろ」

「……くるみ先輩ですか」

 

 今日、亜森と行動を共にしていたのは胡桃だった事を、美紀は思い返していた。

 それに胡桃は、悠里と美紀の間を取り持とうとして、二人にあしらわれている。

 恐らくその件について亜森に愚痴でも零したのだろうと、美紀には察しがついた。

 

「それもあるし、飯時の空気も悪かったな。特に誰かさん達を中心に」

「……すみません」

「謝らなくてもいいんだけど、理由を知っておきたいな。狭いコミュニティなんだ、シコリが残り続ける様な事態はお前さんも避けたい筈だ」

「……結局のところ、私がムキになったのがいけなかったんだと思います」

 

 美紀は、自身が感じていることをぽつりぽつりと話し始めた。

 環境が変わって良かったと思う一方で、由紀の件では全面的には賛同できないところを了承してしまったこと。

 今まで一人でやってきた自負が、他人に対するちょっとした配慮を消していること。

 正式な部員ではないのだから、部のルールに従う理由がないと屁理屈を捏ねたこと。

 一つ一つの理由は大したことはなくとも、不満が積り重なれば爆発もする。

 結果、一度表面化した反骨心にブレーキが利かない状態になってしまった。

 一旦は、由紀の提案により有耶無耶になっているが、美紀は悠里との間に溝を感じたまま。

 美紀自身もこのままではいけないと思っているが、どうしたらいいのかも分からなかった。

 

「それで、直樹は自分が悪かったと思ってるのか?」

 

 話し終わった美紀に対して、亜森は尋ねる。

 

「分かりません。でも、ゆうり先輩が悪いわけじゃないとは思います」

「ふうん……。ところで、直樹は先日の話し合いをどういう目的で開いたと思う?」

「? 今後の予定を立てるためでは?」

「それは、結果として有用な案が出ればラッキーぐらいにしか考えて無かったよ。実際は」

「ではどうして」

「お互いをよく知るため。普段どういう考え方をしているのか、物事の優先順位は? 体調の良し悪しは? 自分が問題視していることと、相手が問題視していることは同じだろうか? そして、いざという時ココにいる仲間達は本当に信頼できるだろうか? と、言った具合だ」

「……そこまで考えていたんですか?」

「まぁ、半分ぐらいは」

 

 亜森の考えていた事を聞いて、美紀は愕然としていた。

 そこまでの目的を持って開かれた話し合いとは、思っていなかったのだ。

 亜森はリラックスした状態から姿勢を正し、椅子に座る美紀に向き直って言葉を続けた。

 

「俺達は、まだ知り合って日がそれほど経ってない。お互いを信頼するには、まだかなりの時間を要するだろう。俺に至っては、男と女で性別まで違うしな」

「それは、分かります」

「信頼は、時間と行動によって生まれると俺は考えてる。俺達にはその時間が足りてない、それならどうするか。行動するしかない」

「亜森さんの言う行動が、先日の話し合いだと?」

「そういうこと。あの時まで、恵飛須沢が農作業を手伝って欲しいと考えてるとは知らなかったし、若狭のちょっと押しに弱そうなことも知らなかった。直樹がホームセンターの場所を知ってることも、な」

「私も、亜森さんがバリケードを補強したいと思っているなんて、知りませんでした」

「そうだろう? 一つ一つの積み重ねで、信頼関係を作るんだ。直樹は今回、それをちょっと疎かにしたってだけさ。あんまり気に病むなよ」

 

 亜森の言った言葉を反芻しつつも、美紀は自分の行動を省みていた。

 悠里に対しても胡桃に対しても、突き放したような態度を取っていたような気がする。

 今に思えば、もっと違う事が出来たのではないか?

 もっと、言葉を選んでも良かったのではないか?

 "後悔先に立たず"とは、このことを言うのだろう。美紀は今まさに、後悔している最中だ。

 

「私は、結局どうすれば良かったんでしょう……」

「直樹は図書室に行ったんだったな」

「はい」

「一言、『図書室に行きます』と言えば良かったんじゃないか? ついでに『一緒にどうですか?』でもいいな」

「それだけですか?」

 

 亜森の言葉に、美紀はそんなことでいいのかと思った。

 もっと、具体的な事を言ってくれるのではと期待していたのだが、当てが外れた気分だ。

 

「たったそれだけが、大きな違いだ。俺が明日ホームセンターに行くことを誰にも言わず実行していたら、お前達は心配するだろう? 多分」

「まぁ、するでしょうね」

「それと同じだ。若狭は、居なくなった直樹を心配したんだよ。たった少しの間のことでもな」

「心配……してくれたんでしょうか」

「したんだろう。どうでもいい相手には、そもそも会話も成立しないぜ」

「……、一度ゆうり先輩と話してみようと思います」

「そうしてくれ」

 

 話が終わった美紀は、椅子から立ち上がると教室の入り口へ向かっていった。

 一度振り返り、亜森に話を聞いてくれた礼を述べる。

 

「あの、ありがとうございました」

 

 亜森はその声に片手を上げて答えるにとどめ、再び手帳へ視線を落とす。

 それを確認した美紀は、教室から出て皆のいる部室の方へ歩き出した。

 心なしか、足取りが軽くなっているのを感じている。

 

(さて、どんな話をしてみようかな)

 

 一歩一歩足を踏み出しながら、美紀はどんな話題がいいか思い浮かべた。

 

(そうだ、取り敢えず学園生活部のルールから聞いてみよう)

 

 部室の扉に手をかけ、悠里に声をかけながら入っていく。

 

「ゆうり先輩、ちょっといいですか? 実は――」

 

 

 

 次の日の朝早く、亜森は出発の前にコーヒーを飲むつもりで、学園生活部の部室へ移動していた。

 

「ふわぁ~。もう少し寝ていたいけど、早く行けばそれだけ明るい日中の作業時間が伸びるしなぁ」

 

 扉を開けると、そこには胡桃と悠里の二人が席について座っていた。

 テーブルには、何かの包みと水筒、そして皿に載せられたおにぎりがあった。

 

「おはよう、二人共。やけに早いな」

「アモ、おはよう」

「おはようございます」

 

 亜森はマグカップを手に取り、インスタントコーヒーを入れて、自分の椅子に座る。

 

「それで、どうしたんだ? こんなの用意して」

「亜森さんに用意したんです。朝早いって聞いてたので、おにぎりぐらいしかありませんけど」

 

 亜森の疑問に答えた悠里は席を立ち、彼用にインスタントの味噌汁を用意し始めた。

 

「ついでに、昼用のメシと水筒な。栄養ブロックでもいいだろうけど、こっちのほうがいいかと思って」

 

 胡桃はテーブルに用意された包みと水筒を亜森の側へ押しやって、持っていけと言った。

 

「助かるけど、良かったのか?」

「いいよ、ホームセンターに行くのは私達の為でもあるんだし。これぐらいは協力しないと」

「はい、どうぞ」

 

 味噌汁を亜森の前に配膳した悠里は、胡桃の隣へ座る。

 

「それもありますし、みきさんのことでも何かしてもらったようですから」

「新入り同士、友好関係を確認しただけさ。何もしちゃいない」

「それでも、私は助かりましたので」

「ま、お礼は貰っておくよ」

「ふふふ、そうして下さい」

 

 "それじゃあいただきます"と、亜森は手を合わせて、少し早い朝食を始めた。

 

「そうだ、お昼の分はくるみが作ったんですよ」

「りーさんっ、別に言わなくても」

「あら、大事なことでしょう?」

「別に誰が作ったって一緒じゃないか……」

 

 悠里の突然のカミングアウトに、胡桃は照れた様子を見せる。

 おにぎりを頬張り、温かい出汁の利いた味噌汁で流し込んだ亜森は、意外そうに胡桃を見た。

 

「へぇ、恵飛須沢。料理できる側の人間だったんだ」

「そりゃあどういう意味だ、アモ」

 

 亜森の率直な言葉に、口元を引きつらせる胡桃。

 そこに追い打ちをかけるように、からかいを含むトーンで悠里が口を挟む。

 

「言葉通りの意味じゃないかしら」

「失礼なっ! おにぎりぐらい、あたしにだって出来らぁ!」

「分かるよ、バクダンだろ?」

「三角だよ!」

「へっへっへ、冗談だよ、冗談。そうカリカリするなって」

「誰のせいだと……」

「まぁまぁ」

 

一部を除いて和やかな空気の中、亜森は用意された朝食を済ませ、一人トラックに乗って出発していった。

 

 

 

 胡桃と悠里は梯子の掛かった教室から、校門を抜けていくトラックを見送っていた。

 

「行っちゃったな、一人で大丈夫かね?」

 

 割れたガラスを掃除した窓枠に肘を預け、胡桃は心配そうに呟く。

 

「私達皆で行くよりも、安全なんじゃないかしら。多分」

「そうかも。由紀が体育祭を言い出さなくても、アモは『皆で行こう』とは言いそうに無いな」

「よね。その辺り、亜森さんはきっちり線引がある感じだもの」

「あたし達が頼りないっていうより、単純に向いていないって思ってるんだろうなぁ」

「あぁ、ありそう。亜森さん以上の適任者が居ないっていうのもあるんだけどね」

 

 二人はグラウンドに疎らにいるゾンビ達を無感動に眺めながら、会話を続けた。

 

「ねぇ、くるみ」

「なに?」

「亜森さんに『一緒に来るか?』って聞かれなかったのが、そんなに不満?」

「……、まぁ少し」

「そんな顔して少し?」

 

 胡桃自身も悠里に言われるまでもなく、"ふてくされたような顔をしているだろうな"と、思っていた。

 昨日の探索同行にはオッケーを出してくれたのに、今日に限っては何の音沙汰も無かったのだ。

 由紀発案の体育祭の件で遠慮したのだろうが、胡桃は"一言ぐらいあっても良かっただろうに"と不満を感じている。

 

「あたしも分かってはいるんだよな。アモ並に動けたり出来ないと、足手まといになりかねないって」

「亜森さんが、そう思っているようには見えないけどね」

「あたしが一人で思ってんの。アモは足手まといがいたって、問題なくやれそうだけど」

「確かに」

 

 話が途切れ、暫く沈黙を続けていた二人だったが、胡桃はふと何か思い出したように話し出した。

 

「案外、アモの言っていたことは全部ホントなのかもな」

「アメリカにいたってこと?」

「そうそれ。ぴっぷぼーいとかいうスマホもどきだってあるし」

「あぁ、アレね。初めて見た時は、本当に驚いたわ。起きながら夢を見てるかと思ったもの」

「アモも全部を話してはいないだろうけど、あたし等が知っておくべき事は話したんだろうな。嘘を混ぜたりしないで」

「嘘は言ってないでしょうね。何ていうか、そういうところは誠実そうだし」

「うん」

 

 二人は、普段のアモの様子を脳裏に浮かべた。

 不必要な嘘をつかず、有言実行し、時折冗談を交えながら会話する亜森。

 武器の扱いに手慣れ、身体を鍛え上げ、様々な事態に対応出来るように思案している姿。

 これだけ抜き出せば、"一体何処のハリウッド映画の主人公だ"と、胡桃は思わないでもなかった。

 しかし、"それはないな"と思ってしまうのは、彼の持つ愛嬌の為せる技なのかもしれない。

 不思議と笑みを浮かべてしまう胡桃は、それを誤魔化すように言葉を続ける。

 

「結局さ、アモにあたし等を頼れる仲間だと思わせられればいいんだよな」

「そうだけど、難しそうね。基本的に何でも出来るのよね、亜森さんって」

「まぁね。取り敢えず今日の昼……はいないから、夕飯から頑張ってみようぜ。あたし等なりに、頼れるって所を見せるためにさ」

「そうよね、出来ることから一つづつね」

「そうそう」

 

 亜森の話題が終わり、二人が夕飯の内容について話していると、廊下の方から足音と由紀の声が聞こえてた。

 

「りーさん、くるみちゃん。こっちにいたんだ。おはよー」

「お二人とも、おはようございます」

 

 部室の方にいなかった二人を探しに、由紀と美紀が現れ教室に入ってくる。

 

「おはよう」

「おはよう、二人共。ぐっすり眠れた?」

「えへ、あんまり。体育祭が楽しみでつい」

 

 由紀は照れたように手を後頭部へやり、あまり眠れなかったと答えた。

 

「やっぱりゆきは、前日に寝れないタイプだよなぁ」

「なにおーっ!」

「へへ、そう怒るなって。早いとこメシ、食いに行こうぜ。あたし腹減ってきたよ」

「はいはい、私達も朝食にしましょうか。みきさん、準備手伝ってくれる?」

「はい、いいですよ」

 

 

 

 その日の体育祭は順調に終わりを迎え、後片付けが終わりそうな日没に差し掛かったころ、亜森もトラックに乗って無事学校へ戻ってきていた。

 皆に出迎えられた亜森は成果があった事を告げ、詳しいことはまた後でということになり、一人誰もいない部室で休憩している。

 

「一日中気張ってたから、久しぶりに疲れたなぁ。やっぱりPip-Boyに詰め込みすぎたのがいけなかったか?」

 

 "しかし、トラックも満杯近いし、寄り道だってしてたんだから、仕方ないことだよなぁ"と、亜森は自分で自分を肯定し、自己正当化を図っていた。

 これぐらいのことは、連邦でいつもやっていたのだ。

 主犯は大抵の場合将軍であったが、亜森もそれを咎めたりしなかったので同罪でもある。

 

「ふわぁ、夕食まで時間ありそうだし。少し寝させてもらおう」

 

 亜森は部室にある椅子を並べて、その上に横になった。

 暫くも経たない内に、静かな寝息が聞こえてくる。

 そこに、片付けが終わった胡桃が入ってきた。

 胡桃は、亜森に声をかけようとするも、横になっている姿を見て取りやめた。

 静かに眠っている亜森の顔を覗き込み、胡桃はねぎらいの言葉をかける。

 

「やっぱり疲れてたか。あんまり、無理すんなよ。皆、心配するからな」

 

 小声で亜森に語りかけた胡桃は、寝室で自身が使っているタオルケットを一枚持ち出して、横になっている亜森に掛けてあげた。

 調理している部屋にいる悠里達に、夕食の時間をずらすことを提案した胡桃は、夕食の準備もそこそこに部室の方へ戻って行く。

 部室の余っている椅子に足を組んで座り、亜森が起きてくる一時間ほどの間、彼の寝顔を観察しつつ胡桃は静かに待つことにするのだった。

 

 

 

 





・情報集め
ホームセンターの住所を知るための一連のクエストっぽい何か。
ネット環境がない状況で、詳細な位置を確認するにはやはり住所と地図が必要になりそう。

・缶ジュース
ここではヌカ・コーラではなく、コーラ系飲料。
クアンタムだった場合、胡桃のおしっこが光ってました。
……うそです、何期待してんの?
胡桃さんがアップを始めました。

・みんなだいすきコンビニさん。何でもある? いいえ、あるものだけ。
正直、郵便ポストよりあると思うコンビニ。
品揃えなら、ダイヤモンドシティ・サープラスにだって負けていない。
人造人間だって? おやおや、ご冗談を。

・美紀と悠里の衝突
余裕があると言ったな、アレは嘘だ。
その御蔭で話が膨らんだので、作者は全く気にしてません。

・キンクリされたホームセンター編
そうはいっても、行って帰ってくるだけで、面白いとこないし。
レベル上げの終わったキャラクターの、アイテムコンプ作業を見てもつまらないでしょう?
作者はステータスを1上げる作業、嫌いじゃないですけど。

・寄り道
美紀がホームセンターを見つける目印と言っていた、レンタルビデオショップのこと。
その他にも色々とあったりしますが、それはシュレディンガーの設定ということで。

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