がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第12話 居住地のクラフト in 巡ヶ丘学院高校

「絶好の作業日和だなっ!」

 

 一人テンションの高い亜森。

 ホームセンターで仕入れてきた安全ヘルメットを被り作業服を身に着けた彼がいるのは、学校の屋上であり菜園から少しずれた空きスペースである。

 何故か運動会に使うような仮設テントまで用意されており、その下には種々の工具や資材が積まれている。

 周囲には、学園生活部の面々が安全ヘルメットを被り、思い思いに立っているが、亜森のテンションについていけないようで、リアクションはイマイチだ。

 

「なぁ、りーさん。アイツ、何であんなに元気なわけ?」

「さぁ、私はわからないけど」

「はぁ~ご飯食べた後だから眠いぃ」

「ゆき先輩、寝ないで下さい。ここじゃ、日差しも強くて寝れませんよ」

「どうした、皆。元気ないな」

「むしろ、そのやる気の理由が知りたいよ。あたしは」

 

 胡桃が皆を代表して、問題の亜森に尋ねる。

 空を見上げれば、雲一つない晴天だ。

 太陽が、ジリジリと照りつけている。

 

「何かを作り上げるって、すごくワクワクしてこないか?」

「分からないとまでは、言わないけどさぁ」

「そうねぇ、せめて曇り空だったら良かったんだけど……」

 

 付け加えれば空き教室じゃダメなんですかねと、視線で訴える。

 

「それでも良かったけど。作業中の材料の切り屑やら、デカい材料を使うことを考えると、広い空間が確保できる屋上が最適だったんだよ」

 

 亜森が目線で、資材の方へ注意を向けさせた。

 人の背丈を軽く超える単管のパイプが何十本もまとめられており、確かに教室での作業は少し手狭になるかもしれなかった。

 人数が増えれば、更に空間に余裕がなくなるだろう。

 胡桃達は亜森の言い分に一応納得を示し、本日行う作業内容について説明を求めた。

 バリケードを補強するのは分かっているが、詳細については亜森しか把握していない。

 説明を求められた亜森は、懐から用意しておいた設計図をそれぞれに手渡し、説明を始めた。

 

「今渡したのは、バリケードの補強案の設計図な。それぞれのパーツに、長さとか使う部品とか、全部書いてあるから」

 

 既に詳細な計測を終えていたらしく、階段や壁の幅や高さ、それに合わせたパーツの大きさまで、事細かに書き込んである。

 設計図のスケッチが、妙に上手いのが憎たらしい。

 

「道具は揃ってるんですか? 金属のパイプは、ノコギリじゃ切れないでしょう?」

 

 手を上げた美紀から、質問が飛ぶ。

 

「電動工具を使わなくても切断できるように、パイプカッターという専用の道具を手に入れてある。それで十分、切断可能だ。一つ、見本を見せてみよう」

 

 頼んでもいない実践を始める亜森に、一同は仕方ないなと既に諦めた様子。

 パイプを一本、生徒用の椅子を利用した固定器具に設置し、切断予定の長さに印をつけたところにパイプカッターを取り付ける。

 手前に一回転させ、軸がぶれていないか確認できたら、奥側に更に一回転。

 そこに潤滑スプレーをかけ、切断用の刃が摩耗するのを保護。

 そこからは、パイプ一回転につき、切断用の刃の押出ボルトを八分の一回転ずつ回して、何度もパイプの周囲を回転させていく。

 そうすることで、物の数分もしない内に金属のパイプが切断された。

 切断面のバリを金属ヤスリで削り取り、亜森はどうだと言わんばかりのドヤ顔で皆を見回す。

 恐らく練習したのだろう、パイプの残骸が幾つか隅っこの方に見られるが、それを指摘しないだけの優しさは彼女達にはあったようだ。

 亜森の実演に疎らな拍手を捧げた一同は、設計図を頼りに作業を始めることにした。

 

「今日は日差しが強いから、水分補給と休憩は小まめにな」

「はい」

「了解」

「じゃあ、私は何しようかな~。工具使うのは難しそうだし」

 

 由紀は、設計図と亜森が切断したパイプを代わる代わる見ながら、何をしたら良いのかと考え込んでいる。

 自分でも自覚しているが、こういった作業は苦手な部類に入るのだ。

 分からないなら詳しそうな亜森に聞けとばかりに、彼に尋ねてみることにした。

 

「丈槍は長さを測って、マジックで印を付けていってくれないか? そうすれば、後は切るだけになって効率よく作業できるだろ?」

「ん~分かった! アモさん、マジック貸してね」

 

 由紀は、自分でも問題なく出来そうな作業を割り当てられ、良かった良かったと安心しつつ、作業に必要なマジックの在り処を聞いた。

 ここに用意していないなら、部室まで戻らねばならないだろう。

 

「テントの方に置いてあるから、探してみてくれ。クッキー缶みたいな金属の箱にまとめてある」

「らじゃー!」

 

 テントに向かう由紀を眺めていた美紀、彼女も由紀と同じように亜森にアドバイスを求めた。

 彼女の得意とする科目は、文系に偏っているのだ。

 こういうことを期待されても、そのなんだ、困る。

 

「あの、私は何をしましょう?」

「直樹はそうだな、どの長さのパイプが何本必要かとか、残り何本かとか。その辺りの確認をしてくれ。ついでに、丈槍が長さをミスしないように確認を頼む」

「分かりました、やってみます」

「任せた」

 

 美紀が去った後、今のところ何の指示も受けていない二人が、亜森に近寄ってくる。

 

「アモ、あたしらは何すれば?」

「恵飛須沢は、俺と一緒にパイプを切断してくれ。若狭は、切断したパイプの切り口をラッカースプレーで塗装するのを頼めるか?」

 

 スプレー缶はテントに用意してあると、亜森は指で指し示した。

 

「それは構いませんけど、どうして塗るんですか?」

 

 流石にオシャレを気取るためではないだろうと、悠里は疑問を覚える。

 理由を問われた亜森は、簡単に訳を説明していった。

 言葉にすれば、単純な理由だ。

 

「サビに強い素材なんだけど、切り口や傷がついたところからだと、サビが発生しやすいらしいんだよ」

「サビに強いのは表面だけ、ということですね」

「そうらしい、それで塗装することで『応急的なサビ止めにならないかな?』、と思ってる。ついでに、パーツの組み合わせる接点ごとに色を変えてしまえば、組み立てる時に作業しやすいだろう?」

「同じ色同士を組み合わせれば、パーツを間違うこと無く組み立てられるってことか? はぁーやるねぇ」

「もっと褒めてもいいんだぜ?」

「たった今売り切れちまったな」

「言うじゃないか」

「「ハッハッハッ!」」

(二人共元気ねぇ、さっさと始めればいいのに)

 

 軽口を叩きあう亜森と胡桃を他所に、悠里は頼まれたスプレー缶を探しにテントへ向かって行くのだった。

 

 順調に作業を進めていき、およそ二時間後には、一つ目のバリケードに必要な全ての材料を揃えることが出来た。

 そこで一旦皆で休憩を兼ねて、テント内で悠里が途中で抜けて用意してくれたお茶を飲む。

 コップを傾ければ、ヒヤリとした液体が乾いた喉を潤し、疲れを癒やしてくれる。

 

「お茶がうまいなぁ、若狭助かったよ。ありがとう」

「いいえ、私ものどが渇いていたので」

「りーさん、あたしお茶、おかわり!」

「くるみちゃん、飲むの早すぎだよ~。もうちょっとゆっくり飲んだら?」

「汗かいた後だから、水分が必要なんだよ」

「ふう、一息つけましたね」

 

 亜森が用意していたベンチに並んで座り、彼女達はコップを片手に休息を楽しんでいた。

 このベンチは亜森自身が用意したもので、集めた資材を利用して作り上げたものだ。

 座面の幅・長さともに、日本人の平均よりも若干大柄な亜森が楽に横になれる大きさで制作されているため、ベンチというよりも背もたれのある簡易ベッドと表現したほうが適切かもしれない。

 

「アモ、この後はどうするんだ? もう運んで組み立てる?」

「その前に、ここで試しに組み立てよう。長さと部品の最終確認と、組み立て手順の練習だな。一発勝負は、流石に危険だ」

「それじゃあ、始めましょうか。早くやって早く終わりましょう?」

「はーい」

 

 各々ベンチから立ち上がり、自分達で用意したパーツを組み立て始める。

 慣れない工具を使う為か、初めは作業にまごついていたが、次第に要領をつかんだようで、お互いに声を掛け合いながら何とか形に出来た。

 高さは現在バリケードとして利用している物と殆ど同様で、机のバリケードに接する四角い面には、横方向に幾つものパイプを平行に配置し、机との接続箇所を増やしてより強固にする役割りと梯子として機能する役割りを持たせている。

 各頂点からは斜めにパイプが伸び、四角い面を支えていた。

 実際に設置する場合には、斜めのパイプは壁や天井のコンクリートと接続され、非常に強固な支柱として機能してくれるだろう。

 試しに胡桃や由紀が体重を掛けたり登ってみたりしても、各部の金具やボルトが弛むことは無かった。

 亜森はその様子に、十分な手応えを感じていた。

 

「良い感じだな、コレなら十分な強度がありそうだ」

「で、どうするんだ? 二階に通じる階段だけでも三つあるぜ?」

 

 胡桃はかつて設置した時の様子を思い出しながら、指折り数えた。

 

「一度に、全部は無理だからなぁ。今日は校舎の端のバリケードにしとこう。残りはまた、明日以降。気長にやるのが一番だ」

「ま、以前のあたしらも一度に作れたわけじゃ無いから。ちょっとづつ、やっていこうぜ」

「あぁ」

 

 

 

 三階から二階へと降りる階段に、五人はいた。

 屋上で切断した単管のパイプや接続部品、机のバリケードに貼り付ける板や金具にネジ。

その他必要な工具類。

 材料は既に、階段の踊り場に集められており、後は組み立てるばかりの状態だった。

 

「あの、作業中にあいつらが寄ってきませんかね? モールの時みたいに、ラジカセを反対側に置いてからのほうが」

 

 美紀は隣に立つ亜森に、気になっていた事を小声で尋ねる。

 

「もう設置してあるけど、気が付いてなかったか? あぁ、午前中に設置したから言ってなかったかも」

「いいえ、全く。今も聞こえてきませんし」

「ああ、今回はあまり大きな音量じゃないし、設置場所が外だから」

「外ですか?」

 

 屋上での作業の合間にグラウンドを視界に入れた時は、あいつらはいなかったような気がしたが。

 美紀は、亜森の言う設置場所に心当たりが無かった。

 設置してあるなら、ある程度集団で目立っているはずだった。

 

「生徒用玄関口があるだろう?」

「ありますね、でも玄関は建物内ですけど……」

「そっちじゃなくて、玄関入り口のヒサシの上に置いてあるんだ」

「あぁ……それで、外って言ったんですね。じゃあ今は、玄関周辺に沢山いるってことですか」

「そのはずだな。一応、延長コードを引っ張って来て繋げてあるから、電池切れの心配は無いはずさ」

「はず、はず、ばっかりで不安になるんですが」

「心配するな、早くやれば危険も少ないよ」

「まぁ、私達がどうにかなるとまでは思っていませんけど……。一応、確認したかっただけですし」

 

 目の前の男が、そう簡単に私達を危険にさらすとは思えない。

 まだそんなに長い付き合いではないが、美紀にもそのくらいのことは分かっていた。

 銃を持ってるし、アメリカにいただの、やたら工具類に執着したりする変な男であるが、それなりに信頼を寄せているのだ。これでも。

 

「それじゃ、今のバリケードを移動させるとしますかね」

「アモ、一旦バラすのか?」

「いや、このままずらせばいいと思う」

「流石に、無理があるんじゃないかしら」

「まぁまぁ、一回試してダメだったらそうするよ。丈槍、革製の作業用手袋とってくれ。直樹、そっちの毛布を二つ折りにして持ってきて」

「はーい、これでいい?」

「何に使うんですか? どうぞ」

 

 由紀に手渡された手袋を嵌め、美紀から毛布を受け取る亜森は、バリケードの端の方へ移動した。

 自身との間に毛布をはさみ、一番下の段の机を両手でつかむ。

 

「まさか、いやいや。それは無理だって、アモ」

「無茶ですよ。腰、壊しますって」

 

 胡桃と美紀の制止する声も聞かず、亜森は背筋をまっすぐに伸ばし下半身に力を入れ、一気に持ち上げる。

 ほんの五センチ程度だが、有刺鉄線で固めたバリケードは確かに、亜森の持つ端の方から浮き上がっている。

 バリケードが大きくしなってギシリと音を立てるが、負荷がかかっている有刺鉄線の破断も無い。

 

「ふぅーっ!」

 

 重みに耐える声を洩らし、少しづつだか予定の向きへと移動させている亜森。

 

「マジかよ。体鍛えてんなと思ってたけど、これほどとは……。ていうか力技過ぎる、普段あれだけ頭切れるのに、なんでこういう時は脳筋なんだ」

「うわぁ、ほんとに持ち上げちゃったわ……」

「アモさんすごーい!」

「(ドン引き)」

 

 目標の位置に達したバリケードは、亜森によってゆっくりと降ろされ、計画通りに向きを変えた。

 一つ一つの机の位置を微調整し、その様子に満足した亜森は、皆の方へと振り返る。

 

「どうよ、上手くいったろ?」

「いや、危ないから。バランス崩したら、どうするんだよ。今回はもういいけど、次はちゃんとバラそうぜ?」

「身体、痛くないですか?」

 

 額に脂汗を浮かせる亜森に、胡桃達は口々に心配の言葉を投げかける。

 亜森も"そこまで言うなら……"と、次からの作業では自重することにしたようだ。

 

「とはいえ、アモのお陰で早く終わりそうじゃないか? 私達も作業開始しよう」

「そうね、まずは……板で隙間を埋めるんだったかしら」

「ああ、板は俺が外側から支えるから、内側で誰かネジ止めしてくれれば……」

「はーい、私それやりたい! 電動ドリル、使うんでしょ?」

 

 由紀が一人手を上げ、立候補する。

 もう片方の手には既に、バッテリータイプの電動ドリル・ドライバーが握られており、小刻みにモーターの作動音が聞こえる。

 

「丈槍、使うときだけ動かすんだ。誰かの皮膚を、えぐりたくはないだろう?」

「はぁーい、ごめんなさい」

「それじゃ、ゆきちゃんはネジ止めをお願いね。私は横でネジを渡すわ」

 

 悠里はちゃっかりと、簡単な作業の確保に走った。

 とはいえ、悠里にこの作業が向いているかというと、そうでもないなと結論づけた亜森は、特に異論もなかったため了承する。

 

「あたしとみきは、どうしようか?」

「う~ん、余っちゃいますよね。どうみても」

 

 三人が板を取り付けている間は、パイプの組み立てはどうみても出来そうにない。

 しかし、何もしないのも何だか悪い気がする。

 胡桃達は、何かないだろうかと作業を仕切っている亜森の方へと顔を向けた。

 

「二人は、廊下と下階段の見張りをしていてくれ。囮はちゃんと機能していても、万が一ってのは起こり得るから」

「まぁ、それでいいならいいけど」

「私も、見張りでいいです」

「任せた」

 

 結局、板を全て取り付け終わるまで、ゾンビが現れることは無かった。

 囮のラジカセが、充分に機能しているのだろう。

 これまで、囮として結構な数を消費してきたので、手元にはもうあのラジカセしか残っていない。

 いずれまた、どこかに調達しに行かねばならないな。

 パーツの組立を始める面々を横に見ながら、亜森はそんなことを考えていた。

 

「おい、アモ。呆けてないで、手伝ってくれよ。これ結構重いんだから」

「すまんすまん。ほら、貸してみろ」

 

 胡桃に呼ばれ、亜森は思考を打ち切った。

 考えるのは、また今度でも良いだろう。

 亜森も組み立て作業に加わり、胡桃に手渡されたパイプを持ち上げ、彼女がパイプ同士を接続部品で取り付けるのを待つ。

 

 それからは、一度屋上で試しに組み立てたお陰なのか、比較的スムーズに作業が進み、予定より一時間ほど早くバリケードの補強が完成する。

 最初のものより、やや武骨で不格好ではあるものの、強度や乗り越えやすさは段違いに良くなっていた。

 これには、初期のバリケード制作に携わった胡桃達も、新しいバリケードの出来に満足感を覚え、顔には笑みを浮かべている。

 

「こうやって完成形を見ると、やって良かったって思えるよな」

「ええ、前のだってもちろん頼りになったけど。改善は良いことよね」

「疲れたけど、頑張ってよかったよね!」

「ええ、頑張った甲斐がありましたね」

 

 口々に完成の喜びを口にして、本日の作業を終了した。

 

 

 

 この日を境に、五人はバリケードの補強作業に追われることになったが、誰も作業を放り投げたりせず、バリケード設置に邁進することになる。

 そのお陰だろう、苦労が実ったのは予想より早かった。

 新しく設置され、頼もしさを増したバリケードを前に、亜森達は完成を心から喜んでいる。

 

「ようやく完成したな!」

「ええ、やっと。大変だったけど、結構楽しかったわね」

「皆で、頑張ったお陰だな。皆、お疲れ」

「アモさんお疲れ! 皆もねっ!」

「お疲れ様でした。けど、楽しくやれて良かったです。前よりも、かなり安全になりましたね」

 

 美紀は、完成した目の前のバリケードを見上げた。

 隙間を縫って入ってこれないように貼り付けた板、強固に組み上げられた鈍銀色の単管、 バリケードを支える壁から伸びる支柱。

 どれもこれも、自分たちの手で作り上げたのだ。

 何日か前、自身が言葉にしていた達成感を、美紀は今まさに実感していた。

 

「みき、お疲れ」

 

 いつの間にか、隣には胡桃が立っており、美紀の肩をぽんと叩いて、労いの言葉をかけていた。

 

「はい、お疲れ様でした」

「あたしは結構楽しんでやってたから、そんなに疲れた感じは無いけどな」

「くるみ先輩は陸上部でしょう? 私は運動部じゃないので、体力が有り余ってるわけじゃないんです」

「言ったなこいつ」

「ははは、冗談ですよ。それに先輩の本命は、この後のことでしょう?」

「ありゃ、バレてたか」

「バレバレです、あの夜アレだけ亜森さんに食いついていたんですから。分かりますって」

「おいっ! 違うよっ、ゲームの話の方だよ、食いついていたのは!」

「そうでしたっけ?」

 

 悪びれもせずすっとぼける美紀の様子に、胡桃は自分がからかわれたことに気づく。

 

「ふんっ、全く。みきも言うようになりやがって」

「ふふふ、ごめんなさい」

「まぁ、もういいけどさ」

 

 深く追求する気もなかった胡桃は、話を打ち切り、話題を元に戻そうとする。

 

「次は外で、バッテリーやら部品やら集めだからな。アモには、ついていっても良いって許可もらえたし、結構楽しみにしてるんだ」

「外は危険ですけど……、実際一番安全な場所って、亜森さんの近くですよね。恐らく」

「それは言えてる。アモの持ってる武器を、ちょこっと見せてもらったことあるんだけど、銃だけじゃなくて鉈みたいな分厚い刃物とか、片手で持ち運べるチェーンソーとか持ってたし」

「うぇ、ホントですか? うわー、私はたとえあいつらになったとしても、出会いたくないですよ。銃がなくたって、八つ裂きじゃないですか」

「あたしはシャベル持ってるけど」

 

今は手元にないけどなと、胡桃はシャベルの柄を持つかのように構えてみせる。

 

「張り合ってどうするんです、シャベルは武器ってわけじゃないんですよ」

「何だ、知らないのか、みき。第一次大戦の塹壕で猛威を奮った存在――」

「ああ、もう。薀蓄はいいですから。ほら、もう皆、上がっていっちゃいましたよ? 私達も行きましょう」

「あっ、待てよ。シャベルは一人で何役もこなせる頼れる――」

「はいはい」

 

 自身の相棒の素晴らしさを伝えようとする胡桃を尻目に、美紀は安全がようやく確立された三階へと、階段を登っていった。

 これからは、夜間の見張りの負担も、かなり改善されるだろう。

 亜森に集中していた負担も、ようやく軽減され、他のメンバーとのバランスも健全なものへ変化する。

 

 美紀は、この亜森を加えた学園生活部が、良い方向へと始動し始めていると感じていた。

 "一人が皆のため、皆が一人のため"、使い古された標語だが、まさに今の状況に合致しているではないか。

 美紀は、今後の学園生活部での生活に、少しづつではあるが、不安よりも希望を持ち始めていた。

 モールの、あの避難所で一人生きていた頃とは、全く異なる心境だ。

 ただ死に向かって生きているだけの暮らしと、未来を切り開くために今を生きる生活。

 圭の言っていた、"生きているだけでそれでいいの?"という言葉。

 美紀は、その言葉にようやく答えが出せそうな気がした。。

 

(圭……私、生きてて良かったよ。これからもきっと、良いことが私達を待ってる)

 

 しっかりとした足取りで、部室へと向かう。

 楽しそうな声が、部室の方から聞こえてきた。

 

(早く戻って、りーさんの夕食作りを手伝わないと……。今日は、何を作るのかな)

 

 この数日で、かなり体力を使ったのだ。

 きっと、少しは材料を奮発してくれるのではないだろうか。

 美紀は、期待感を胸に、今日も悠里の手伝いのため、部室の扉を開けた。

 今日生きていることに感謝し、明日からの英気を養うために。

 

 

 




・安全ヘルメットに作業服
ホームセンターで調達した物の中の一部。
ヘルメットは一応、硬い単管から頭部を守るためであるが、作業服の方は殆ど趣味の領域。
アモは、どちらかと言えば、形から入るタイプ。

・仮設テント
学校施設であれば、ほぼ必ずと言っていいほど備えている、運動会御用達のテント。
恐らく、大きな運動器具準備倉庫的な所から失敬してきたと思われる。
え? 鍵はどうしたって?
ここに、バールがあるじゃろ?

・作業に使う諸々の工具類に組立部品
このために、ホームセンター近くの交差点でゾンビ集団を爆発四散させたと言っても、過言ではない。
パイプカッターの使い方は、動画で見た程度なので、これを真に受けないこと。
実は、既にパイプライフルの材料が揃っているのは、ここだけの秘密である。

※以下、この回とは関係ない話。
実はこの話よりも、少し先のイベントと、それにリンクするR-18エピソードが先に完成してたなんて、とてもとても。
こちらには、本編を。
それとは別に、独立してその回とリンクするR-18として投稿する予定です。
その回が来たら、あらすじやタグ、まえがきにでも何かコメントをいれます。
『そういうのが、読みたいんじゃないよ』という方もいらっしゃると思いますが、R-18の話を読まなくても、ストーリーは問題なく進みますので、どうかご容赦の程を。
フラグを着々と積み立てた男女が、非日常で死に直面して、思いが通じ合ったら、まぁ行き着く先は大体R-18になるよなぁ、というのが作者の意見。
本音はエロスを書きたかっただけなんですけどね!

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