がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第3章 巡ヶ丘学院高校・後編
第16話 日常への回帰と薪拾い


 

 亜森と胡桃がお互いの気持ちを確かめ合った次の日の朝、亜森は朝食と言うには少し早い時間に、部室へと向かっていた。

 すぐ傍らには、若干シワの寄っている体操着姿の胡桃がいる。

 

「アモ、皆に聞かれても何も言うなよ」

「分かってるよ、秘密だろ?」

「そうだよ、絶対だぞ!」

「言わないって、大体男の俺が話してもセクハラになるだけじゃないか」

「セクハラだろうが何だろうが、絶対秘密!」

「はいはい。ほら、さっさと制服に着替えてこい。朝食前に、着替えを済ますんだろ?」

「あ、そうだった……。じ、じゃあまた後で」

「おう、先に部室にいる」

 

 胡桃はそう言うと、若干名残惜しみつつも、足早に寝室の方へと向かっていった。

 その姿を見送った亜森は、部室の扉に手をかけて、ガラリと開けた。

 中には既に、朝食の準備を粗方終えた悠里がいて、炊飯器の前に陣取っている。

 

「おはよう、若狭。今日も早いな」

「あ、おはようございます。もう少しで、ご飯が炊きあがりますので」

「急がなくていいよ、こっちは早めに来たから」

 

 亜森にそのように言われ、悠里は部屋の時計を確認する。

 確かに、いつもの朝食の時間帯より少しばかり早い。

 

「あー……、そうみたいですね」

「恵飛須沢は、さっき寝室の方に着替えに行ったよ」

「え、えぇと……。さ、昨夜はお楽しみでしたね?」

 

 悠里は、取り敢えずお約束といった風に某RPGのセリフを使って、昨日の晩について聞いてみた。

 聞いた本人は何でも無いように取り繕っているが、薄っすらと頬を染めて毛先をいじっている姿から、恥ずかしがっているのは亜森から丸わかりだった。

 

「昨日のは、若狭が背中を押したんだろう?」

「えーと、その、はい。……迷惑でした?」

「いや、ありがとう。君がいなかったら、もっと遠回りしていたと思う」

「うふふ、どういたしまして。どちらかと言えば、くるみの為、でしたし」

「それでもさ」

「もう、褒めてもおかずは増えませんからね?」

「それは残念」

 

 茶化したような悠里の言葉に、亜森もフっと表情が緩み笑顔がこぼれる。

 会話に一応満足したのか、悠里は座るように亜森に伝え、二人分のお茶を入れ始めた。

 

「ふふふ。それじゃあ、今お茶を入れますから、席に座っていて下さい」

「あぁ、お願いするよ」

 

 お湯をティーバッグを入れたマグカップに注ぎ、紐を数度引きあげながら亜森に手渡す。

 

「はい、緑茶でいいですよね?」

「あぁ、ご飯にコーヒーは流石にな」

「確かに……コーヒーならトーストに付けたいです」

「それは言えてる」

 

 朝食に添える飲み物について論議しながら、悠里は自分の分を用意して、亜森から離れた椅子に座る。

 もちろん、二人の間に入るのは胡桃の席だ。

 これまでは割りと適当な席だったが、これからは固定になるだろう。

 ……いや、これまでも似たようなものか。

 悠里はそのような事を考えながら、亜森との会話を続ける。

 

「それで、昨日はどうだったんですか?」

「秘密だ」

「えぇー、ちょっとだけでも……」

「ダメだ、アイツとの約束だからな」

「くるみは今いないんですから、ちょっとくらい……あ」

 

 何とか亜森から聞き出そうとしていた悠里であったが、ふと気配を感じて扉の方へと視線を滑らせると、扉に隠れるように覗き込んでいる胡桃と目があった。

 胡桃は胡桃で、自分と亜森の行為について話題になっている事に恥ずかしさを感じているのか、紅潮している表情を隠せていない。

 

「りーさん……今、何て言ったの」

「あ、あはは。おはようくるみ、結構早かったわね」

「誤魔化したって、聞こえてたんだからな!」

「恵飛須沢、俺は秘密を守ったぞ?」

「そ、それは分かってるけど。でも、アモも悪いっ」

「ひどい」

「横暴だわ」

「アモは、どっちの味方なんだよ!」

「俺はいつだって、恵飛須沢の味方だ」

「え、えへへ」

(酷い茶番を見た気がするわ……)

 

 このままイチャコラされては堪らないと、悠里は胡桃の分のお茶も用意して彼女を強引に座らせる。

 そのまま数分程、朝食に添える飲み物についてあれやこれやと話していると、由紀と美紀も部室へと入ってきた。

 

「みんな、おはよ~。ふわぁあ」

「おはようございます、皆さん。ゆき先輩、また眠らないで下さいよ? もう運びませんからね、私は」

「分かってるよぉ、みーくん。心配症なんだから……ふわぁー」

「もう、言ったそばから」

 

 二人がそれぞれの席についた頃、炊飯器がピーっと炊き上がりの知らせを奏でた。

 それに反応した悠里は立ち上がり、皆のご飯をよそい始める。

 

「ゆきちゃん、配膳手伝ってくれない?」

「はーい。うんうん、今日も炊きたてのご飯の香りがいいねぇ」

「はいはい、香りを楽しむのもいいけど、冷めない内によろしくね」

 

 了解しましたと敬礼した由紀は、両手にご飯茶碗を持ちテキパキと配膳を始めた。

 その隣で美紀もおかずとなる缶詰を開け、テーブルへと運んでいる。

 

「……あたしも、何かしたほうがいいかな」

「人手は足りてるから、邪魔になるんじゃないか?」

「……お箸ぐらいは、並べよっと」

 

 手持ち無沙汰な胡桃は、皆が動いている状況に居心地の悪さを感じたらしく、取り敢えずと言った風に人数分のお箸を並べ始めた。

 朝食の準備が終わり、食事の挨拶をした面々はそれぞれにおかずとご飯に箸を伸ばし、思い思いに食事を楽しんでいる。

 しかしながら、由紀や美紀は昨夜のことが気になるようで、チラチラと亜森と胡桃を見ては手元のご飯に視線を戻す作業を繰り返していた。

 亜森は我関せずといったように、気にする素振りを見せなかったが、胡桃はそうはいかなかった様子で二人にジト目で圧力をかけている。

 由紀はそんな胡桃の反応が楽しいらしく、口角をあげ意味深な笑みを見せる。

 そんな二人の攻防を他所に、悠里と美紀は亜森を交えて、本日の活動予定を話していた。

 

「それで、今日はどうします? 午前中は、薪拾いの予定でしたけど」

「順調に集まってはいるけれど、余って困るということは無いものね。冬を越すのにどのくらいの量がいるかも、分からないから……」

「木炭用にも、ある程度の量が欲しいな。炭を使って屋内で調理するなら煙も殆ど出ないし、電気の使用量だって減らせる」

「えぇ、使い勝手こそ悪くなりますけど、電気には余裕を持たせたいです」

 

 曇りや雨が続けばそれだけ充電されず、電気で動く調理器具やシャワーが使えなくなる。

 完全に無くなれば、水道設備だって動かなくなるかもしれない。

 家計簿をつけ電気量を記録している悠里は、それだけは何とか避けたかった。

 

「炭用だと、木を切り倒すんですか? 今まで、雑木林であいつらと遭遇したのは一度だけですけど、流石に寄ってきませんかね?」

 

 美紀の懸念は最もだと、悠里も同意を示す。

 

「いや、切り倒すほどじゃなくていいんだ。腕ぐらいの太さで充分だから、少し太めの枝を切り落とせば大丈夫」

 

 亜森はそう言うと、自身の腕を差し出しこのぐらいだと目的の太さを説明し始める。

 

「……ちょっと大きめの枝ですね」

「そうねぇ、平均よりは大きい気がするわ」

「まぁ、俺の腕はともかくだ。今日は脚立か梯子を持っていこう、ノコギリが届かないかもしれないからな」

 

 集める薪材の大きさを確認し合った三人は、回収作業の話に移った。

 

「回収用のリヤカーは、いつものテニスコート脇にあるんですよね?」

 

 美紀の言うリヤカーとは、用具倉庫の裏にあったもので、主に校内清掃活動の際に落ち葉や刈り取った雑草を回収して回るのに使っていた代物だった。

 もちろんその他の用途にも使用されていただろうが、あいにく巡ヶ丘学院高校の生徒である美紀と悠里は見かけたことが無かったらしい。

 

「あぁ、あれが一杯になるか時間が来たら終了だな」

「亜森さん、そう言えばあの屋上の電動ウインチは動くんですか? ここ何日か、ずっと作業してたみたいですけど」

 

 悠里は、亜森が行っていた作業の進行状況を尋ねた。

 亜森が校外探索で、何処かの工務店の車から得たもので、あれが使えるのならばわざわざ階段を何往復もする労力が省けるというものだ。

 

「あれね、一応車用のバッテリーでも動くから、追加で設置してるソーラー発電用のバッテリーに繋げてあるよ。試運転も終わってるし、いけると思う。流石に人間を引き上げるのは不安定で危険だから、おすすめしないけど」

「いやいや、しませんよ。ワイヤー一本で命綱も無しなんて、怖すぎですから」

「どの程度の大きさなら、引き上げられます?」

「そうだな、米袋三つをピラミッド状に重ねるくらいなら余裕だと思う。元はトラックに付いてた荷揚げ用のものだし。それ以上は、引き上げる荷物側に何か工夫がいるな」

「すごく大きなカゴをつけるとか?」

「それもあるけど、重心がな。屋上でガッチリ固定はしてあるんだが、想定しているのは垂直に上げ下げすることだけなんだ。横に力がかかれば、最悪スッポ抜けるかもしれない」

 

 悠里と美紀は、その状況を想像してみた。

 過剰に積み上げられた木材を引き上げる最中、もう少しで屋上というところで電動ウインチもろとも、見上げている自分達の頭上に崩れ落ちてくる。

 嫌な想像をしてしまったと、二人は眉をひそめるように表情を歪めた。

 

「うわ、想像しちゃいました」

「……わたしも」

「そんなに怖がる必要もないさ、一度に沢山引き上げなきゃいいだけなんだから」

「それは、そうなんでしょうけど」

 

 結局、地面側で亜森が作業することで話が落ち着いた頃、ようやく胡桃と由紀の攻防も一応の決着を見たらしく、三人の話題に入ってきた。

 

「なぁ、それでどうなったんだ? 午前中は外で薪拾い?」

「えぇ、そこは予定通りね。その後は……えーと」

 

 まだそこまで話が進んでいなかったため、どう答えようか迷っている悠里に、美紀から助け舟が来た。

 

「午後からは、地下倉庫に行きませんか? ……あれから、何の進展もありませんし」

 

 その言葉に胡桃は、一瞬だけめぐねえの最後を脳裏に浮かべたが、それを頭から追い出し美紀の提案に乗ることにした。

 このままいつまでも、前に進まないのも良くない。

 これはいい機会だと、胡桃は思うことにしたようだ。

 

「あぁ、それが良いな。あそこに入った時、沢山のコンテナが棚一杯に積まれてたから、かなりの物資があるはず。だろ、アモ?」

「……うん、確かに沢山あった。暗かったから、全体がどうなってるかは分からないけど」

 

 あの時の状況を思い出すように、亜森は言葉を並べる。

 同時に胡桃の危機も思い返す事になったが、それはもう何とかなったのだ。

 何度も蒸し返す必要もない。

 

「それにだ。あーその、簡単にだけど掃除も終わってる」

 

 掃除とはもちろん、めぐねえの遺体のことだった。

 由紀に配慮しての濁した物言いだったが、彼女を除く三人には正確に意図が伝わった。

 

「アモさん、掃除って?」

 

 由紀は一人疑問に思い、亜森に尋ねていた。

 それを他の三人は、不安そうに見ている。

 

「んー、何ていうか埃が凄かったからな。空気の入れ替えやら、箒で掃わいたりな」

「へぇー、お疲れ様でした!」

「それが俺の、用務員のお仕事」

 

 両手の人差し指と中指をクイクイッと折り曲げ、強調の仕草をしながら亜森はそのように答えた。

 殆ど機能していない亜森の『用務員として働いている』という設定が、ここに来て役に立ったようだ。

 由紀の納得した様子に、亜森はほっと胸を撫で下ろす。

 

 

 

 話がまとまったところで食事の片付けを終えて、学園生活部とプラスαはそれぞれにノコギリや作業に必要な道具類を揃え、学校の周囲にある雑木林へと向かった。

 一度一階まで降りた面々は、サプレッサー付きのパイプライフルを構える亜森を先頭に、静かに中庭へ続く渡り廊下の扉を開ける。

 既に何度も行っている薪拾いの作業であったが、胡桃の一件以来、亜森の慎重さは若干過剰なまでに増していた。

 校舎と外を繋ぐ扉には、いつのまにやら扉の内側に切断された単管がまるで閂のように設置されていたり、中庭を隔離するように校舎や体育館、部室棟などの間にロープを腰の高さに合わせて張り巡らせていたりしている。

 

「アモ、随分とロープ張ってるな」

「無いよりは、あった方がマシになるだろ?」

「それはそうなんだけどさ、バリケード作るのに使ったパイプじゃダメだった?」

 

 どうせ作るなら頑丈な金属製の方が良かったのではと、胡桃はそう考えていた。

 

「出来るなら、その方向でやりたかったんだがな。流石に資材が足りないし、残ってる分は今あるバリケードの補修用に残しておきたかったんだ」

「まぁ、そういうことなら……。でも、いつかはしっかりしたもの作りたいな」

 

 胡桃は風で揺れるロープを眺めながら、そのように言葉をこぼす。

 その言葉に反応したのか、亜森からも返事が返ってくる。

 

「また、ホームセンター行ってみるか。資材は沢山残ってたし」

「……あたしも、行っていいのか?」

「そのつもりだよ。それに近くにいてくれた方が、安心できる」

「あ、安心出来るって……えへへ」

 

 放って置いたらいつまでもイチャコラしかねない二人の様子に、直ぐ後ろにいた悠里達は溜め息をつきつつも、先を促すように二人の肩をポンポンと叩く。

 

「話してばっかりだと、今日のノルマが終わらないでしょう?」

「あぁ、悪い」

「そういうのは、二人だけの時にしてくださいよ」

「そうだ、そうだー」

「べ、別に変なことしてないだろっ」

 

 わいわいと楽しそうに会話する学園生活部の四人を見ていると、亜森はようやく日常に戻れたなと実感していた。

 軽くなった空気を引き締めるように、亜森はパンッと拍手を鳴らすと、皆にそろそろ行こうと促す。

 

「さぁ、話すのはまた後にして、そろそろ行こうか」

「はーい」

「う、分かったよ」

「早いところ行きましょう」

「気温が上がってくる前に、済ませてしまいたいわ」

 

 それらの返事に満足すると、亜森は胡桃に合図を出し自分は右側と前方を、胡桃には左側と後方を警戒するように言って、校舎の外へと踏み出していった。

 パイプライフルを構えて警戒する二人に挟まれるように移動する三人は、途中でリヤカーを回収しながら学校裏の雑木林の端へと到達する。

 鬱蒼と茂っているほどではないが、あちらこちらにヤブが茂っているため、見通しが悪い部分がある。

 そのようなところは見つけ次第、安全を確保しつつマチェットや草刈り鎌を使って刈り払っていた。

 世界が変わる前から日常的に人が入り込む事が無かった雑木林は、ゾンビが彷徨っていることは非常に稀であり、これまでの薪拾いでも現れたのは道路よりの地点で薪拾いをしていた時、一度だけであった。

 

「……今日も、いないみたいだな」

 

 地面に片膝をついてパイプライフルを構えていた胡桃から、周囲にゾンビがいないことが伝えられた。

 亜森も、雑木林内を注意深く観察しながら、更にV.A.T.Sを起動させ反応がないことを確認する。

 充分に時間を取ってから、銃口を下げた亜森と胡桃は、後ろにいる三人に安全を伝え雑木林へと進んでいく。

 足を踏み出す度にカサカサと落ち葉が擦れ、パキリと小枝が折れる。

 学校の敷地と雑木林の境界にリヤカーを置いた一行は、落ちた手頃な枝を拾い上げながら今日の活動場所へと進んでいく。

 既に境界付近の枝については粗方回収してしまっているので、少しばかり奥へと進まなければならない。

 

「あった、チョークの印。前回はここまで進んだみたいだな」

 

 胡桃は数本先にある木の幹に書き込まれている、白いチョーク跡を指差した。

 雨で洗い流されることもあるものの、それでも薄っすらとは残るため、今のところ困ることは無かった。

 

「あー、消えかかってるね。チョーク」

「そうねぇ、そろそろ別のものに替えるべきかしら。印付けるの」

「ですね、ちょうどいい目立つ紐などがあればいいんですけど」

 

 周囲の警戒を続ける亜森を他所に、消えかかるチョーク跡を前にして、何か無いものかと頭を悩ませる。

 そこにパイプライフルを手にしている胡桃が近寄って、三人に声をかけた。

 

「なぁ、そろそろ作業始めようぜ。印はまた戻ってから、考えよう」

「そうね、ごめんなさい。いつも大丈夫だったから、気が抜けてたかも」

「いいよ、いないのはホントの事だし。でも、注意はしとこうぜ」

「えぇ」

 

 胡桃の言葉に、悠里達は考える事を一旦止め、それぞれに薪として使えそうな枝を集める作業を始めていった。

 基本的に、薪拾いは全員まとまって行っている。

 散らばる方が効率こそ良いだろうが、安全を優先した結果であり、その点については誰も異論を唱えていない。

 

「みーくん、バケツお願い」

「あ、はい。どうぞ」

 

 由紀は両手に持った枝を、美紀の持つ枝の入ったバケツへと差し込んでいく。

 ある程度隙間が減ってきたら枝の長さを適当に揃えて、バケツに入った状態のまま、それをビニール紐を使って一つにまとめて括る。

 紐でまとめた枝は一箇所に集めて、ある程度数が揃ってくると護衛役と運搬役が二人でリヤカーまで運ぶ。

 護衛は亜森か胡桃が、運搬は主に悠里か美紀が担当していた。

 護衛役も初めの頃こそ、武器を構えて慎重に護衛に徹していたが、まずゾンビに遭遇しないことが分かってくると、その護衛役も運ぶようになっていった。

 

「亜森さん、この木の枝とかちょうど良くないですか?」

「ん? あぁ、良いね。ちょっと待って、今脚立を出そう」

 

 悠里が指差す先の枝を観察して、亜森は良さそうだと判断すると、Pip-Boyに入れていた脚立を取り出し、木の側へと置いた。

 固定具を外し折りたたまれている中心を伸ばせばちょっとした梯子にもなるタイプで、悠里は置かれた脚立を伸ばしてしっかりと金具を固定すると、木の幹へと立てかけた。

 何度かぐっと力を入れ、足元がグラつかない事を確認すると、悠里は二段ほど上り亜森からノコギリを受け取る。

 受け取ったノコギリを幹から伸びる枝の根もと付近に当て、何度か切れ込みを入れていくとゆっくりと引き始めた。

 主に庭木の剪定に使えるタイプの刃が大きい緩く湾曲したノコギリで、時間こそかかるものの音が大きい電動やチェーンソーと較べて、この方法が一番安全を確保しつつ短時間で切断出来るのだ。

 額に汗を浮かべてノコギリを引く悠里に、亜森から代わろうかと申し出があったが、彼女はそれを断っていた。

 これぐらい出来ると思っていたし、学校外の活動で悠里が主体的に動ける、数少ない仕事が薪拾いの作業だった。

 外で危険に晒されながらも皆のために動いている亜森と胡桃に対して、悠里は負い目というほどではないが若干思うところはあったのだ。

 悠里自身は、農作業や食事の準備などを自分の役割であり仕事だと自負しているが、それでも外で活動している者とは危険度が異なる。

 だからこそ、皆が揃って学校外で活動するこの薪拾いの作業は率先して動きたい、悠里はそのように思っていた。

 

 枝を落とした悠里はふうっと息をつき、亜森に休憩するように言われ休んでいる。

 目の前では、悠里が切り落とした枝の葉っぱが付いている細かい枝を、亜森がマチェットで払っていた。

 ある程度取り除いたら、次はノコギリで長さを切り揃えていく。

 

(やっぱり、男性の方がこういう事は手慣れてるのかしら……。いえ、亜森さんが特別慣れているだけよね)

 

 手際よく作業する亜森を見て、悠里は何となしに考えていた。

 そこに胡桃から声がかかり、悠里に水と袋入りの飴玉が差し出される。

 

「りーさん、お疲れ。はい、水と飴」

「あら、ありがとう。くるみはいいの?」

「あたしはほら、まだリュックサックに予備があるから」

 

 胡桃は背中のリュックサックを示しながら、悠里に答える。

 

「そういうことなら、遠慮なく」

「どうぞどうぞ」

 

 ペットボトルの蓋を開け、悠里は水を呷る。

 汗で失った水分を補うように、ごくごくと半分ほど飲み干した。

 

「ふう、ありがとう。結構飲んじゃった」

「いいよ、枝落としてたんだから。大変だった?」

「えぇ、腕を上げっぱなしなのは、結構キツイわね」

「うへぇ、あたしはパス。そういうのは筋トレだけでいい」

 

 悠里の答えに、胡桃はトレーニングを思い出したようで、降参だというように両手を掲げる。

 胡桃の後ろを肩越しに覗いてみれば、由紀と美紀も水分補給をしながら休憩しているようだ。

 

「ゆきちゃん達も、休憩しているみたいね」

「うん、さっき休憩するように言ってきたところ。それに、薪用の枝もそこそこ集まってきたみたいだしさ。休憩の後、リヤカーまで運んじゃおうぜ」

 

 それじゃと胡桃は言い放つと、亜森の方へと近寄って行きリュックサックから水を取り出し手渡す。

 悠里は貰った飴の封を開け口に含みながら、その様子を静かに眺めて額の汗をタオルで拭っていた。

 

(ふう、思ったより疲れちゃったわ……。私も、くるみみたいに鍛えた方が良いのかしら?)

 

 視線の先では、胡桃が亜森の隣で飲みかけのペットボトルを受け取り、彼女がそれに口をつけているのが見える。

 

(あぁ、予備ってそういうことね。くるみも強かになっちゃって、まぁ)

 

 ふいに胡桃と視線があった悠里は意味深な笑みを浮かべ、胡桃は焦ったように否定しながら手を顔の前で横に振った。

 そんな二人のやり取りを肴に、少し離れた木の根元で休んでいる由紀と美紀は、その様子を楽しみながらひそひそと話している。

 

「ぷくく、くるみちゃんも何やってるんだか」

「笑っちゃ悪いですよ、そりゃ微笑ましい感じですけど」

「だよね!」

「はい。……それにしてもあの二人、上手くいって良かったです」

 

 もしダメだったらどうなっているのやら、美紀にそのような不安が無かったと言えば嘘になる。

 ギクシャクした雰囲気がコミュニティに蔓延するような事態は、何とか避けて欲しかったのが本音であったので、美紀は今の状況に満足感と安堵の気持ちを覚えていた。

 

「私はね、こうなるって思ってたよ」

「え? ホントですか?」

「うん!」

 

 心底嬉しそうに語る由紀の表情を見て、美紀自身も似たような思いだったと、少し照れも混じりながら答えた。

 

「……私だってそうなったらいいなー、ぐらいは思ってましたけども」

「くるみちゃんは、ずっと頑張ってたから。だから、寄りかかっても大丈夫なアモさんがいてくれて、嬉しいんだよー」

「それって……」

(本当は、全部分かってるんじゃないんですか?)

 

 美紀は喉元まで出かかった言葉を、何とか飲み込んだ。

 

「うん? みーくん、どうかした?」

「いいえ、何でも無いです」

 

 何それーと、クスクスと笑う由紀を見ていると、美紀自身も自然と笑みが浮かんでくる。

 こうしていると、ゾンビが彷徨う世界にいるなどとは到底思えない。

 美紀は、こうして非日常の中でかつての日常を感じさせてくれる由紀のことを、ただの部活の先輩以上にすごい人なのではないかと、最近になって常々思うようになっていた。

 今でも幻覚のめぐねえと会話したり、一人で授業を受けていたりするが、そんなことは些細なことなんだと感じている。

 皆に元気を与えてくれる、そんな人が一体どれだけいるだろうか。

 かつての日常でさえめったに存在しない人物が、非日常の世界で仲間にいる幸運に、美紀は今更ながらその幸運を噛み締めていた。

 

「ゆき先輩は、……すごいですね」

「え、何が?」

「べ、別に何でも無いです」

「えー、何か言ってたでしょ?」

「だから、何でも無いですって。ほら、亜森さんの作業が終わったみたいですし、休憩終わりましょう」

「あ、ホントだ」

 

 視線を向けてみれば、既に枝を切り揃えてビニール紐で幾つかの束にまとめ終わっていた。

 

「おーい、そろそろ運ぼうぜー」

「あ、はーい。今行きます」

 

 胡桃が少し離れて休憩していた二人に声をかけて、美紀が外していた軍手を嵌め直しながら返事をする。

 由紀もそれに合わせるように準備をし始め、足元に置いていた枝の束をフンッと持ち上げた。

 

「じゃあ、もう少し頑張ろうね。みーくん」

「ゆき先輩、途中で力尽きないでくださいよ」

「ふふん、それはこっちのセリフだよ。みーくん」

 

 二人共軽口を叩いている自覚があるようで、表情は明るい。

 採取場所とリヤカーまで若干距離がある関係で、安全を優先して全員でリヤカーまで薪束を運び込み、もう一度枝を集め終わる頃には既に正午に近づいていた。

 予定の時間が来たことで作業を終わらせた面々は、亜森と美紀を地面での積み込み作業に残し、胡桃と悠里、それに由紀は屋上での引き上げ作業へと向かった。

 悠里と由紀の二人で電動ウインチの操作と薪置き場への積み込みを担当して、胡桃は屋上から地面の二人を援護するために、パイプライフルを構えて中庭側の屋上の縁を行ったり来たりしながら警戒している。

 そんな警戒とは裏腹に、ゾンビが現れることもなく引き上げ作業は順調に進んで行く。

 

「結構便利だったな、電動ウインチ」

「そうね、リヤカーに積んだ物全部人力で運んでたら、今頃動けなくなってたかも」

「アモさんが作ったんでしょ? すごいね!」

「そうだなぁ、何処でこんなこと覚えたんだか」

 

 三人が屋上の柵越しに下を覗き込めば、最後の薪束をウインチのワイヤーの金具に引っ掛けている美紀と周囲の警戒を続ける亜森の姿が見える。

 美紀が両腕を使って大きな丸を作り、準備完了を伝えてきた。

 それを確認した悠里は、電動ウインチのスイッチを入れ引き上げられるのを待つ。

 その隣では、胡桃が下の二人に向かって戻ってくるように手招きをしている。

 美紀はサムズアップすることで了解を示し、傍らにいた亜森にも伝え校舎内に入っていった。

 暫くもしない内に、亜森と美紀が屋上の扉を開けて三人の元へ戻り、薪束を薪置き場へと運ぶ作業に加わった。

 作業が全て終わった時には十三時を大きく過ぎており、学園生活部の四人は空腹と疲労でヘロヘロになってベンチで休んでいる。

 既に疲労が溜まりつつあった彼女達は、昼食の後休憩を挟んでから地下倉庫の探索を行うことで一致する。

 亜森もその意見には賛成のようで、否は唱えなかった。

 

「さて、そろそろ食事の準備をしないと」

「疲れてるなら、俺が代わろうか? ただし、インスタントラーメンになるけど」

「あたしは、もうそれでいいよ」

「はーい、私もさんせー」

「かなり汗かきましたし、ちょっと塩分があった方が良いかもしれませんね」

「それなら……亜森さん、お願いしていいですか?」

「任してくれ、たまには食事を自分でも作らないとな」

 

 スープの味はランダムだぞと、亜森は屋上の扉を抜けながら四人にそう伝える。

 屋上に残された四人は、ベンチで身体を休めていた。

 

「あー、疲れた。生木のせいか、結構重いんだよな」

「くるみは大きくまとめ過ぎなのよ、バケツの大きさ分でいいのに」

「くるみちゃんが男子みたいにたくましいのは良いけど、あれは大きすぎだよー」

「そんなことを言うのはこの口かっ! 男子ちゃうわ!!」

 

 流石に聞き逃せなかったのか、胡桃は由紀のほっぺたをつまみ引き伸ばす。

 それでも冗談なのは分かっているようで、二人共笑っていた。

 

「いひゃいよ、くふみちゃん~」

「まぁまぁ、二人共その辺で。私達も戻りましょうよ、インスタントならあまり時間はかからないでしょうから、グズグズしてると伸びちゃいますよ?」

「それはいけないわね」

「あぁ、さっさと戻るか。ゆきはあたしに酷いこと言ったから、味選ぶの最後な」

「えぇ~、ひどーい」

「あー、聞こえないなー」

 

 食事と休憩で英気を養った後は、いよいよ地下倉庫の探索だ。

 学園生活部の四人は、どんな物資があるのか期待と不安で胸を膨らませつつ、やいのやいのと騒ぎながら校舎内へと戻っていくのだった。

 

 

 





・薪拾い
越冬準備のための、長期繰り返しクエスト。
つまるところ、『ところで将軍、~』系の繰り返しクエストに分類できる。
アップデートで解消されるまで、ミニッツメンロールプレイに満足出来ていても、如何せん多すぎた。
『膝に矢を受けてしまってな』とは別の意味で、ネット上に広まった感が強い。

・何とか聞き出そうとするりーさん
女子高生だからね、気になるのは仕方ないね。
なお、胡桃さんは就寝前に質問攻めにされる模様。

・屋上に設置した電動ウインチ
イメージは、連邦のガンナーによって設置されただろう、高架高速道路に備え付けられたアレ。
赤いボタンを押せば、ビルの窓拭き用の足場みたいに上下に移動できる。
ここでは、工務店が使ってそうなトラックに機材などを積み込む用のウインチを使用している設定。
『そんなに屋上から地面に届くほど長いワイヤー使って無くね?』と思ったが、まぁクラフターやし良かろと採用した。

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