がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第17話 スカベンジング in アンダーグラウンド

 

 久しぶりのインスタントラーメンに舌鼓をうった学園生活部と亜森は、一時間ほどの休憩の後、地下倉庫へと続くシャッターの前にいる。

 ここにたどり着くまでの学食等の惨状に、悠里と美紀は眉をひそめていたが、先頭を行く亜森と殿で背後を守る胡桃に先を促されつつ足を進め、由紀もそんな二人の間に挟まれながら一歩一歩進んだ。

 シャッターにはセキュリティ用の端末が設置されているが、既に亜森によって無効化されており、人力であるとはいえシャッターの上げ下げに支障は無かった。

 

「ここが……(めぐねえのいた)」

 

 悠里はシャッターに続く血の跡を見てしまい、めぐねえの最後を思い出していた。

 最後の力を振り絞って、ここまでたどり着いたのだろうか。

 もしかして、救急セットの存在に賭けていたのではないか。

 もしかしたら、助かっていたのではないか。

 答えの出ない、堂々巡りの思考に頭が埋め尽くされようとしている時、悠里は後ろからポンと肩を叩かれた。

 

「りーさん」

「な、何かしら」

「考えても、答えは出ないよ」

「……そうだけど」

「それにさ。めぐねえはあたし達を助けてくれた、それで充分だよ。あたしにはね」

「くるみ……」

 

 割り切っているのか、心の整理がついているのか、悠里には読み取れない。

 それでも、胡桃が前に進んだということは、何となくだが察しがついた。

 

「……で、くるみはそれを誰に慰めてもらったの?」

 

 その悠里の言葉に、胡桃は顔をぷいっとそむけることで答えた。

 悠里はその反応で大体のことを察したようで、笑い声が洩れるのを堪らえようと拳を口に当てる。

 

「ぷぷ、くるみっ。それじゃバレバレじゃない」

「い、いいだろっ。あたしだって、アモが隣にいてくれたから嬉しかったっていうか。その、あれだよ」

「あれ?」

「もうっ! りーさん!」

 

 怒ったように顔を背ける胡桃に対して、悠里は謝罪の言葉を投げかけた。

 

「ごめんなさい、くるみ。私を慰めてくれたんでしょう?」

「……まぁ、そんな感じ」

 

 胡桃としても本気で怒っているわけでは無いので、その謝罪を受け入れ改めて悠里に向き直る。

 

「くるみ」

「うん」

「ありがとう」

「いいよ、仲間だもん」

 

 ニカッと笑う胡桃につられたのか、悠里も笑顔になっていた。

 二人が友情を確かめていたところで、シャッターを既にくぐり抜けていた三人より、早くくるようにと声がかかる。

 二人が顔を見合わせると、いそいそとシャッターをくぐり抜けていった。

 

「中、暗いね。電気ないのかな?」

 

 由紀が近くの壁に手を伸ばし、照明のスイッチがないか探している。

 二三度、手をずらした辺りでそれらしいものを見つけたようで、それを押してみると天井の照明に灯りがつき地下へと続く階段がハッキリと見えるようになった。

 

「うわ、照明あったんだ……。気が付かなかった」

「俺も、考えてなかったなぁ」

 

 他の皆より先に、地下へと足を踏み入れていたはずの亜森と胡桃は、そんなことも気が付かなかった自分達の迂闊さを反省しているようだ。

 互いに目線を交わし、肩をすくめてみせる。

 

「ここまで、電気来てるんですね」

「そうみたいね、ここのブレーカー落としたら少しはマシになるかしら? バッテリーの充電率」

「どうでしょう、しないよりはマシになるとは思いますけど」

「なにがあるかなー」

 

 一人で進もうとする由紀を、直ぐ側にいた亜森が肩を掴んで止める。

 まだ安全は確認できていないのだ、亜森からすれば当然の行為であった。

 

「丈槍、一人で行くな。皆で一緒にだ」

「あ、はーい」

 

 その返事に満足した亜森は、他の皆にも合図を出し、自身を先頭にして地下への階段を降りていった。

 めぐねえと遭遇した地下通路を抜けて、胡桃を治療した倉庫部屋へと到達した一行は、棚一杯に詰め込まれたコンテナ群を目の当たりにする。

 亜森と胡桃は既に一度見ているのでそれほどの反応は無かったが、他の三人には驚きでもって迎えられた。

 

「うへぇ、これ全部そうなの?」

 

 由紀が下から上へと視線を動かせば、自身の身長よりも高い位置にも、コンテナが積まれているのが分かる。

 それも一列や二列ではない、更に横へと目をずらせば壁の先まで幾つもの棚が見えるのだ。

 すぐ隣を見れば、美紀や悠里も似たような顔をして棚の列を観察している。

 圧倒されているのは私だけではないらしい、由紀はそのように感じてもう一度コンテナ群を眺めた。

 

「恵飛須沢」

「うん?」

 

 胡桃の隣に近づいた亜森は、トントンと肩を叩き声をかけた。

 それに反応して、胡桃は亜森がいる側に顔を寄せる。

 

「奥まで確認しよう。俺は左から、君は右からだ」

 

 そう言って、倉庫部屋の左右の壁を指差してみせる。

 意図がわかった胡桃は頷いて、パイプライフルを持ち直した。

 

「分かった、任せろ」

「三人はここにいてくれ、奥を見てくる。勝手に動いたりしないでくれよ?」

「はーい」

「分かりました」

「はい、二人共。気をつけて」

 

 亜森と胡桃は二手に別れ、棚で死角が出来ている部分を埋めるように、パイプライフルを構えながら進んでいく。

 一度左右の壁にまで到達したら、奥に向かって進み、再び壁沿いに進む。

 真ん中で合流した二人は、問題がなかったか確認しあうと、更に奥へと続くようにある床の矢印の先へと進んでいった。

 

「アモ、これ見て」

「うん? どうした?」

「血が落ちた跡、あっちに繋がってる」

 

 胡桃が示した先には、どす黒く乾ききった血液が点々と落ちており、角を曲がった先の扉へと続いていた。

 扉にはシャッターと同じように、セキュリティ用の番号入力装置が設置されていた。

 そこにも、血液が付着しているのが確認できる。

 亜森はパイプライフルからホルスターの10mmピストルに持ち替えて、扉へと向ける。

 

「恵飛須沢、俺の後ろに」

「あ、あぁ。分かった」

 

 向かって左側の壁沿いに進み、扉にたどり着く。

 亜森は後ろに続く胡桃に頷いて合図をすると、ドアノブに手をかけ一気に押し開いた。

 Pip-Boyのライトで中を照らしながら、銃口を向け部屋の様子を確認していくが、数秒もしない内に脅威が無いことが確認できたのか、銃口を下げ部屋の入口に立ち止まった。

 胡桃はその様子を亜森の後ろで心配そうに見守っていたが、立ち尽くしている彼の姿に疑問を覚えたのか、扉と亜森の隙間から部屋の様子を眺めた。

 その目に飛び込んできたのは、一人の男性だった人物の首吊り死体だった。

 かなりの長期間その状態だったのか、皮膚は完全に干からびており、生前の姿は想像できない。

 通風口が何処かにあるのか、部屋の中から匂いの類も感じられず、その御蔭か食事を戻すような吐き気が起こることも無かった。

 

「……自分で始末を付けたっていうのは、どうやら当たってたらしい」

「あぁ、……くそっ。どうして、こんな……。意気地なしっ」

 

 胡桃は扉脇の壁に背中を預け、ぶつける当てのない苛立ちを吐き出す。

 

「大人だからって、心が強いわけじゃない。子供の頃より、自分を誤魔化すのが上手くなっただけさ」

 

 亜森は苛立つ胡桃を宥めるように、目線を合わせ彼女の肩に片手を置き言葉をかける。

 その言葉に答えたのか、胡桃は大きく息を吐きだして気持ちを切り替えると、もう大丈夫だと伝えた。

 

「……ふう、いいよ。もう大丈夫」

「そうか?」

 

 覗き込むように見つめてくる亜森を見返し、静かに頷く。

 

「いつまでも、気にしちゃいられない。そうだろ?」

「大事なのは、恵飛須沢の気持ちの方だ」

「ありがと。……それなら、少しだけギュッてしてくれる?」

「それだけで良いのか?」

「きっと、それで元気でるから」

 

 亜森は一つ頷くと、胡桃の背中に両手を回し、しっかりと彼女の身体を抱き寄せた。

 胡桃も亜森の胸に顔を擦り付けるように密着させ、目の前の男の存在を改めて確かめる。

 ポンポンと背中を叩く感触に、胡桃は満足感を覚えながら亜森から身体を離す。

 

「……ありがと」

「これぐらいなら、いくらでも」

「それじゃあ、中を見ようぜ。何か良い物があるかも」

「あぁ、遺体は俺が処分してくるから、恵飛須沢は部屋の方を頼む」

「うん」

 

 部屋に足を踏み入れた二人は、照明のスイッチを入れそれぞれにやるべきことを開始した。

 めぐねえの遺体を運んだ時と同様に、Pip-Boyからレジャーシートを取り出した亜森は、ぶら下がる遺体の真下にそれを広げ、備え付けのテーブルに付属した椅子を引き寄せた。

 椅子を足場にしてロープをマチェットで切り離し、遺体をシートで包む。

 一応の保険として、一発の10mm弾を頭部へと撃ち込んだ。

 直ぐ側で亜森の作業を横目で眺めていた胡桃は、彼が銃を構えた瞬間に両耳を押さえ身構えていたが、サプレッサーの効果が適切に働いたのか、想像よりもくぐもった音に拍子抜けしてしまった。

 むしろ、部屋に漂う硝煙の匂いの方が目立つぐらいだ。

 

「そんなに、音はしないんだったな。その……なんだっけ、サイレンサー?」

「サプレッサー。そっちの呼び方だと、完全に音が消えるって意味になりかねないからな。ミリタリー趣味の前では使うなよ、食いついてくるぞ」

「あぁ、目の前の男とかだろ? 良く知ってる」

「……次の筋トレ、覚えてろよ」

「やべ、藪蛇だったか」

 

 小さく舌を突き出す胡桃を見て、やれやれと言った風に亜森は遺体の処分作業へと戻った。

 梱包テープとレジャーシートでぐるぐる巻きにした遺体を、亜森は肩に担いで部屋を出ていく。

 それを見届けた胡桃は、もう一度部屋の中をぐるりと見回してみる。

 避難所にありそうな簡易パイプベッドに、備え付けの小型テーブル、付属の椅子。

 部屋の一角には、ユニットバスであろう物がすりガラス越しに見える。

 ベッドの隣にカラーボックスがあったが、中身は何もない。

 件の遺体の身元が分かりそうなものは、部屋の中には見当たらなかった。

 もしかしたら、遺体の服の方にあったのかもしれないが、流石に素手で探す気にはなれないし、既に運び出された後だ。

 知ったところでどうにもしようがないのだから、それほどの落胆は無かったが。

 

 あらかた部屋をひっくり返し、トイレットペーパーや石鹸等、使いかけの消耗品以外は何も見つけられなかった胡桃は、一旦部屋を出て悠里達の作業に加わることにした。

 彼女達は順番にコンテナ群の中身を確認しているらしく、一つ一つメモ帳へと書き記し、ページを破るとテープでコンテナへと貼り付けていく。

 

「奥は、何もなかったよ。そっちはどう?」

「くるみちゃん、ご飯とかお菓子とか、一杯あったよ!」

「大半はレトルトとか缶詰とか……、乾パンなどですね。それに、ミネラルウォーター」

「そう、りーさんは?」

「隣の列にいますよ」

「分かった」

 

 作業中の二人と別れた胡桃は、美紀が言っていた一つ隣にいる悠里の元へ向かう。

 悠里も由紀達と同じように中身を確認しながら、メモ帳へと記録しているようだ。

 右手をあげて声をかける胡桃に悠里も気が付いたらしく、作業を中断し胡桃の方へと向き直った。

 

「あら、くるみ。奥の方は?」

「何も、これと言って無かったよ。アモはまだ戻ってないの?」

「亜森さんは、水漏れでカビたカーペットを処分してくるって、少し前に外に向かったけど……。あれって、つまりアレよね?」

 

 アレというのは亜森が運んでいった遺体のことだろう。

 胡桃は眉間に皺を作りながら、言いにくそうに肯定した。

 

「あぁ……、多分りーさんの想像通り」

「やっぱり……」

 

 手近なコンテナの中身を覗き込みながら、胡桃は淡々と語る。

 胡桃自身も驚くほど、先程とは打って変わって冷静だった。

 

「うん。感染してたかまでは分からなかったけど……、諦めちゃったんだろうなぁ」

「……そう。仮に生きていても、今更仲間に入れたいとは思えないだろうから、これで良かった……のかしら」

「それは、あたしも似たようなこと考えてたよ」

 

 この地下避難区域にいたということは、緊急避難マニュアルの中身を知っていたはずだ。

 その様な相手に対して、心優しく受け入れるなんて選択肢を、二人は取る気がしなかった。

 

「はぁ……、実際今の私達は上手くいってるわ。それを壊されるかもしれないと思うと、ね」

「まぁね。そういうこともいつか、考えなきゃな」

「えぇ」

 

 自然に会話が途切れた二人は、コンテナの中身を確認する作業へと戻っていった。

 胡桃は外への通路に続く棚付近で作業を続け、亜森が戻るか何らかの脅威が来ないか警戒していたが、亜森が何事も無かったように戻ってきたので、見張りを彼に任せ自身も確認作業へと専念していった。

 暫くの間、黙々と確認してはメモ帳へ記録していると、倉庫部屋の壁沿いに作業していた由紀から皆へ声がかかる。

 

「みんなっ、こっち来てー」

 

 彼女の声がする方へと皆が向かうと、由紀が『冷蔵室』とパネルが貼り付けてある扉の前にいた。

 扉は倉庫内の棚並に大きなプレハブ状の箱に取り付けられており、今も冷却装置の作動音が薄っすらと聞こえてくる。

 壁には当然のことながら断熱材が埋め込められているらしく、手で触れても冷たさは感じられない。

 

「ど、どうしよう。開けちゃって良いのかな?」

「まぁ待てって、落ち着こうぜ」

「こりゃまた、立派なもんをこしらえたな。沢山、入りそうだ」

 

 亜森は、コンコンと壁や扉をノックするように叩いていた。

 悠里と美紀も、冷蔵室を眺めつつ感想を述べる。

 

「中身が残っているかしら……、もう食べてしまってるんじゃない?」

「もしかしたら、腐ってるかもしれませんね」

「止めてくれよ。俺は食えるものが入ってれば、それで満足だ」

「あたし、肉が良い」

「はい、私は卵とか欲しい! 卵かけご飯とか、久しぶりに食べたいなぁ」

 

 口々に何が良いか盛り上がる面々は、妄想上の食事について楽しんだ後、ようやく扉を開ける決断を下した。

 いざ開けようとする段階になり、誰が一番手になるかで擦り付け合いが始まったものの、結局数の暴力で男の亜森が『坑道のカナリア』となることに決まった。

 

「全く、開けるからには俺が最初に欲しいものを選ぶからな」

「分かった分かった、ほら開けて」

「……どうしてそんなに離れてる」

 

 取手に手をかける亜森がチラリと後ろを見てみれば、二歩ほど下がっている四人がぎこちない笑顔を浮かべている。

 溜め息を一つ吐き出すと、亜森は扉をゆっくりと開けた。

 中から冷気が溢れていき、床に白い靄が広がっては消えていく。

 亜森の後ろから固唾を呑んで覗き込んでいた四人は、開きつつある扉の中を注視する。

 冷蔵室の中身が顕になった時には、全員の顔に驚きと歓喜の表情が浮かんでいた。

 

「これ……、マジ?」

「あぁ、マジだよ。恵飛須沢」

「すごーい! こんな大きなの、スーパーでも見たこと無いよ!」

「これはまた、ホント立派ねぇ」

「うわ、高そう」

 

 冷蔵室の最も目立つ位置にある棚に鎮座していたのは、大きな肉の塊だった。

 真空パックで冷蔵されているそれは、棚に幾つか乗っており、他にも生鮮食品が真空パックに詰められ所狭しと冷蔵されていた。

 

「アモ、よだれ」

「おっと、失礼」

 

 口元を拭う亜森の姿に苦笑しつつも、胡桃はそれも仕方ないと感じていた。

 ここにあるものは確かに、誘惑に駆られるものばかりだ。

 

「ねぇ、そう言えばさっきある物を見つけたんだよ」

「何を見つけたんですか、ゆき先輩」

 

 先程まで由紀が作業していたコンテナ付近に近寄り、ゴソゴソと中身を取り出して他の面々に見せてくる。

 それはファミリーレストランなどで利用されているような、ステーキプレートセットだった。

 恐らく、冷蔵室にあれらの食料を保管した人物が用意したのだろう。

 外の惨状と比べれば、ミスマッチこの上ないが。

 

「なぁ、皆」

「なんですか?」

「ホームセンターでバーベキューセットを見つけてきてあるんだが、どうかな?」

 

 全員が頷いて、了解が得られた。

 

 

 

 夕焼けで屋上が染まりきり空に星が現れ始めた頃、バーベキューコンロなどを揃えた五人がウキウキしながら食事の準備を進めていた。

 他にも人数分の机や椅子、既に炊き終わった炊飯器、飲み物など。

 後はメインディッシュが準備できれば、完璧だった。

 

「まさか、屋上でこんなこと出来るなんてな。普段だったら、教師が怒鳴り込んできてるぜ。生活指導の」

「えぇ、そうね」

「まだかな、まだかなー」

「ゆき先輩、自分のお肉は自分で焼いて下さいよ? 焦げても交換しませんからね」

 

 焼き網に乗せたステーキの焼き具合を確かめながら、学園生活部は会話を楽しんでいた。

 焼き色が広がるステーキ肉の隣では、ステーキプレートも一緒に並んでいる。

 プレートには付け合せの野菜が乗せられ、火が通りつつあった。

 

「アモ、火の番はもう良いんじゃないか?」

「そうか? なら、団扇はもういらないな」

 

 炭に空気を送っていたそれを、今まで座っていた椅子に置き、亜森は自分のステーキの世話に戻った。

 

「おぅ、いい感じに焼けてる」

「この匂いだけでご飯食えそう」

 

 その言葉に、亜森は深く同意するように頷いた。

 

「恵飛須沢、それ分かる」

「だよなっ、脂が焼けた炭で弾ける音とか最高」

 

 二人して焼き加減がどうの、塩と胡椒がどうのと盛り上がっているところに、悠里が二つほどおにぎりを持って会話に入ってくる。

 

「はい、亜森さん。ご注文のおにぎり」

「若狭、ありがとう。網に乗っけてくれ」

 

 亜森は自分のステーキを少し脇に避けて、スペースを開けた。

 その仕草に苦笑しつつも、悠里は言われたとおりに乗せていく。

 置かれたおにぎりに少しばかり醤油を垂らした亜森は、溢れた醤油が焦げる匂いに満足したらしく、菜箸とフライ返しを器用に操り裏返す。

 

「え、何それ。あたしもやりたい」

「はいはいっ! 私もしたい!」

「あのぉ、私も一つ……」

「分かりました、皆の分作ってくるから。誰か私のお肉、お願いね」

 

 再び炊飯器に向かった悠里を見送ると、胡桃達は悠里の分を裏返しながら楽しみに待つことにした。

 すべての準備が整い、席についた面々は一斉に手を合わせて食事を開始する。

 

「いっただきまーす」

「わお、プレートで肉汁が焼ける音がする」

「まさか、ステーキソースまでついてるなんてなぁ」

「……美味しい」

「本当、美味しいわぁ」

 

 それぞれに久しぶりの新鮮な動物性蛋白質に舌鼓を打ち、あれやこれやと会話しながら食事を続けた。

 ステーキはナイフとフォーク派の悠里と美紀は、ステーキを一切れ口に運んでは感想を述べている。

 既に包丁で切り分けている胡桃と由紀、そして亜森はソースを肉と絡めながらおにぎりと交互に頬張っていた。

 

「丈槍、急いで食べると直ぐになくなるぞ?」

「え? あぁっ、後少ししか無い……。アモさん、一切れちょうだい?」

「ダメだ」

「そうだぞ、ゆき。もらうのは、あたしだ」

「それも無い」

「えー、一個だけ。な?」

 

 その懇願にも無視を決め込み、亜森は二人に対して箸で牽制しながらも、新たな一切れを口に運ぶ。

 そんな三人の様子を、口元に笑みを浮かべつつ悠里は楽しそうに眺めていた。

 

「ふふふ、まさかこんなに豪華な夕食になるなんて」

「はい、お昼なんかインスタントラーメンでしたし。あれはあれで、嫌いではありませんけど」

「でしょう? 何だかギャップが可笑しくて」

 

 ご飯茶碗が空になった悠里は立ち上がり炊飯器へと進んだが、ふと皆の方へと振り返って、こう問いかけた。

 

「ご飯はまだたくさんあるけど、おかわりどうする?」

 

 その言葉に四人とも残ったご飯を口に放り込んだり、茶碗を突き出したりした。

 あまりにも慌てた姿に、悠里はクスクスと笑みをこぼしてしまう。

 

「ん、待ってくれ。今、食べてしまう」

「はい、りーさん。おかわり!」

「あたしも、おかわり」

「私も下さい」

「急がなくても、全員分あるからね。慌てないでいいわ」

 

 悠里はおかわりのご飯を人数分よそい、それぞれに手渡して自分も席に戻るのだった。

 

 

 

「おいしかったねー」

 

 満腹だと言うように、由紀は少し膨れたお腹をさする。

 予期せぬ豪華なディナーの後、片付けを終えた学園生活部は亜森と交代でシャワーを浴び、現在部室で就寝まで時間を潰していた。

 シャワーに向かった亜森を見送り、寝間着姿の四人はパイプ椅子に座って、お茶を入れたマグカップを片手に夕飯の感想を語り合っていた。

 

「あぁ、まさかステーキがあるとはなぁ」

「えぇ、美味しかったわね」

「はい、お腹いっぱいですよ」

「校外活動も楽しかったし、倉庫整理もね!」

 

 由紀は今日の活動を振り返りつつ、楽しい時間ももうすぐ終わりかと呟いた。

 

「どうしてですか?」

 

 隣で聞いていた美紀に聞き返され、人差し指をピンと立てて説明しだす。

 

「ほら、私達って三年生だから。卒業しちゃうし」

 

 "ね?"と胡桃と悠里にも同意を求めるように、顔を向けた由紀。

 卒業という単語に、悠里は物思いに耽るように目を細め、視線を天井へと向けた。

 胡桃はテーブルに片肘をつき、顎を手に乗せる。

 

「卒業……ねぇ」

「卒業ですか」

 

 美紀もその言葉を聞いて、少し気まずそうに由紀から目線をそらし軽く腕を組む。

 

「……卒業なぁ、考えてなかった」

「ちゃんと考えないと、いけないわね」

「そうですね……、でも」

 

 美紀は一度言葉を切り、静かに語りだす。

 

「もう少し先でも、いいと思います」

 

 美紀の言葉を聞いていた胡桃達は、口にしなかったが小さく同意するように頷いた。

 

「あー、でも」

 

 何やら思い付いた由紀は、口角を上げながら胡桃の方を向いて爆弾を落とした。

 

「くるみちゃんは、卒業後の予定あるよねぇ」

 

 ニヤニヤとしながらそう言い放った由紀に、胡桃は一度表情が強張ったが、次第に意味が分かったらしく顔を紅潮させていった。

 焦るように他の二人に視線を向ければ、悠里と美紀も何やら含み笑いをして胡桃を見返している。

 

「なっ、何言ってんだよ。ゆき、あたしはそんなんじゃ」

「あら、じゃあ昨日は何も無かったのかしら?」

「だ、だから! 別に何かあったわけじゃ……」

「くるみ先輩、往生際が悪いですよ?」

「みきっ! 分かってて言ってるな!」

 

 始めの頃こそ威勢よく反論していた胡桃だったが、椅子を寄せて聞き出してくる悠里達の勢いに次第に押されていき、亜森と胡桃の間で交わされた特別な行為を除いて、大半を聞き出され始めていた。

 胡桃が恥ずかしそうに言葉をぽつりぽつりとこぼす度に、悠里達は興味津々といった様子で聞き入っている。

 そこに運が悪いのかタイミングが良いのか、シャワーを終えた亜森が戻ってきた。

 目つきが食い気味だった悠里達の視線を一斉に向けられた亜森は、その迫力に気圧されるが気を取り直して部室へと足を踏み入れる。

 

「アモ! 良いところに!」

「な、何だよ。どうしたんだ、皆」

「いーえ、別に」

「これは、女子だけの話ですから」

「そ、そうか」

 

 助けを求める胡桃の目線に気が付きつつも、被害を恐れた亜森は降参だと言わんばかりに両手を掲げ、声に出さず諦めてくれと胡桃に伝えた。

 両肩をがっちりと掴む悠里や由紀は、その亜森の姿に満足気に笑みを浮かべ、胡桃の事情聴取に戻り始める。

 取り囲まれる胡桃の姿に、流石に良心の呵責を覚えた亜森は、そちらの方へと近づきながら悠里達に声をかけていく。

 

「はぁ、俺と恵飛須沢の関係を知りたいんだろ? 皆は」

「まぁ、そうですけど」

「アモ……」

「こういう、関係だ」

 

 胡桃の後ろに回った亜森は、前にかがみ込み彼女の顔を自身に向けさせ、頬に手を添えて胡桃に優しく口付けを降らせた。

 

「うわぁ」

「ひゅーひゅー」

「だ、大胆ねぇ」

 

 触れるだけのキスを数秒間続け、亜森は顔を離す。

 真っ赤な顔で硬直する胡桃と、好奇心に輝く瞳を大きく開き驚いた表情を浮かべる周囲の三人は、おやすみと告げて部室から出ていく亜森を見送った。

 

「――っ、おい! このまま置いてくなっ」

「くるみ、もっと聞きたいことが増えちゃったみたいね」

「くるみちゃ~ん? 夜は、これからだよぉ」

「くるみ先輩、そろそろ諦めては」

「アモの馬鹿野郎っ!!」

 

 胡桃の最後の抵抗は虚しく夜の帳に消えていき、寝室に移っても続く戦いに彼女は頭を抱えるのだった。

 





・地下倉庫のスカベンジング
マニュアルによれば、十五人以内での生活で一ヶ月分がある、らしい。
素敵なステーキセットがある辺り、流石外資系と言うべきか。
ステーキナイフセットは、Vault-Tecじゃないのでここではただの汎用品。
日系企業なら?
そら、乾パンやインスタント系食料とミネラルウォーターよ。
要冷蔵食品はリストアップすら、されないだろう。

・屋上でバーベキューもどき
どうせやるなら、派手に行こうかと。
炭火焼きステーキなんて、現実ではそうそう口にする機会が無いし……。
ホームセンターは、本当に何でもありますね。
だから皆、立てこもるんだろうなぁ。

・唐突に差し込まれるイチャコラ
アメリカンなウェイストランドにいたためか、愛情表現をストレートに表現しがちになる亜森……という体で、ただ書いてて楽しいだけだったり。
美少女が羞恥心で顔を赤らめて、怒っている姿(本気じゃない)って素敵やん?

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