がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第19話 コンビニエンスな寄り道

 

 校舎の窓から手を振る悠里達に振り返した胡桃は、亜森の待つトラックの助手席へと乗り込んだ。

 本日は学園祭の買い出しを口実に、再びホームセンターへと遠征することが目的だ。

 もちろん、現地の状況によっては予定を変更する可能性もある。

 

「それで、最初は何処に行くんだ? 早速、ホームセンター?」

 

 シートベルトを締めながら、胡桃は運転席の亜森に質問を投げかける。

 

「あぁ。最初はルート上にある、手付かずのコンビニに行こうと思ってる。恵飛須沢は初めてだったろ、銃を持っての探索は。だから、練習だな」

「それはいいけどさ……、二人っきりの時は名前で呼ぶって約束だろ?」

「あぁ、悪かった。"胡桃"、これで良いか?」

「へへへ、そうこなくちゃ。ほら、出発しようぜ!」

 

 その返答に満足感を覚えた胡桃は、パシパシとダッシュボードを叩いてみせる。

 それに応えるように、亜森はアクセルをゆっくりと踏み込んで、グラウンドから続く校門を抜けていった。

 

 ホームセンターのある街へのちょうど中間地点、街と街との間にある住宅が疎らで農地が道路沿いに続く道に、目的のコンビニがあった。

 長距離トラックや大型特殊車輌も駐車可能な敷地面積を持つ、郊外型のコンビニで、周囲はかつて田んぼや畑だったと思われる雑草が生え放題の土地で囲われている。

 駐車場には数台の車が残されたまま放置されているが、どの車もかなりの長期間使用された形跡が無く、車によってはガラスがヒビ割れている車輌も存在した。

 亜森はゆっくりと駐車場へトラックを進入させ、いつでも道路へ出せるような位置に車を停めた。

 

「さて、目的地だな。胡桃、道中いくつか説明したけど、最初に何をするんだった?」

 

 そう言いながら、亜森はテキパキと装備を整えていく。

 胡桃も、シャベルや自分用のパイプライフルを確認しつつ、質問に答えた。

 

「まずは、……車に寄ってくるのを相手にするんだっけ」

「そうだ。エンジン音とか、動く車そのものに刺激されたのが近寄ってくる。初めはそいつ等を始末して、安全を確保していくんだ」

「上手くやれるかな……」

 

 胡桃は不安そうに、周囲に視線を走らせた。

 距離こそ離れているが、既に数体のゾンビが道路をヨロヨロと移動してきている。

 どう見ても、このトラックが目当てだった。

 

「胡桃、こっちを見ろ。ほら、こっちだ」

 

 そう言われて、胡桃は運転席の亜森の顔を見た。

 学校でくつろいでいる時とは異なる、真面目な顔をした亜森がいた。

 

「いいか、上手くやろうなんて気負わなくて良いんだ。今出来ることを、正しく把握することが大事なんだ」

「……、分かった。やれるだけやってみる」

「フォローはする。大丈夫、訓練と同じだよ。な?」

 

 亜森はそう言って、安心させるように胡桃の頬に右手を添え、労わるように親指で撫でる。

 

(あっ……)

 

 胡桃は何かに期待するように亜森を見つめ、瞼を下ろす。

 頬から熱が離れ、さぁ来るかと待つものの、一向に期待するそれはやってこなかった。

 おかしいと思い始めた所に、運転席側のドアが開く音が聞こえ、薄っすらと目を開けると外に出て胡桃を不思議そうに見ている亜森がいた。

 

「胡桃、どうした? 早いとこ、トラックの屋根に乗ってくれ」

「……ふんっ」

 

 悪態を一つつくと、胡桃も外に出て屋根に登り始める。

 

(今のは、キスをする流れだった……。キスをする流れだった……!)

 

 不機嫌気味の胡桃に、原因である亜森は疑問を覚えるが、今は安全確保が優先だと疑問の解消を後に回すことにして、自分も屋根へと登った。

 

「で、どうすんだよ」

「あ、あぁ。胡桃は、トラックの進行方向から近づいてくるのを頼む。俺は後ろと、側面だな。何かあれば、直ぐに教えてくれ」

「分かったよ」

(何か怒ってる気がする……。何かしたか、俺)

 

 荷台の屋根、最前部に片膝立ちでパイプライフルを構え、じっと低倍率スコープを覗く胡桃の姿を後ろに、亜森も彼女と同じようにパイプライフルを構えて、近寄るゾンビを目についた側から仕留めていった。

 サプレッサーの効果によりくぐもった発砲音を背中に聞きながら、胡桃はどこかムカムカしながらじっと狙いを定めている。

 

(まったく……、いつもは皆がいるから、あんまり二人っきりになれないってのに。ちょっと期待したらコレなんだから……まったくっ!)

 

 怒りに燃える胡桃は、視界に入ってくるゾンビの頭部に照準を合わせると、先程までの不安はどこへやら、左目をゆっくりと閉じ、呼吸を止めて手ブレを抑え、ためらいなく引き金を引いた。

 撃針が雷管を叩き、火薬を爆発させ、反動がストックを通じて胡桃の右肩を叩く。

 エネルギーを受け取った弾頭が、銃身内で一気に加速していき、サプレッサーを飛び抜けていった。

 飛翔する弾頭は、胡桃の狙い違わずゾンビの頭部へと吸い込まれるように着弾し、頭蓋骨を砕き脳組織をずたずたに引き裂いて、役目を終える。

 傍らには、排莢された薬莢が金属音を立てて転がり、硝煙の匂いが鼻を突く。

 力なく崩れ落ちるゾンビに目もくれず、胡桃はマガジンの残弾が続く限り同じ作業を繰り返す。

 頭が大きく左右に揺れたり、スコープ越しでさえも小さく見えた距離のある目標には、一発二発とかすり当たりすることはあるものの、三発目には標的を捉えるようになっていた。

 撃ち終わったマガジンを足元にそっと置き、新たなマガジンを腰に巻き付けている弾帯より引き出し装填する。

 コッキングレバーを引いて初弾を薬室へ送り込むと、再び標的を探し始めた。

 結局、二つ目のマガジンを撃ち尽くす前に、目標は全ていなくなっていた。

 何時の間にか、背中から聞こえていた筈の亜森の発砲音も、静かになっている。

 

 銃口を下げ暫く道路を観察していた胡桃は、新たに現れる気配がないことを確認すると、ふうと息をつき立てていた膝を崩してその場に座り込む。

 カチャカチャと残弾の少なくなっていたマガジンを外し、新しいものと取り替える。

 使用済みは肩に下げている少し大きめのショルダーバッグに放り込むのだが、この瞬間はPip-Boy持ちの亜森がそばにいるため、彼に渡して換えの装填済みマガジンを貰えばいい。

 

「アモ、はいこれ。新しいのと交換して、片方は残弾が少し残ってるから」

「あぁ、分かった。……しかし、訓練通りにやれたじゃないか。マガジン二つで十体近くなら、上出来だ」

 

 胡桃の戦果を確認すると、亜森は感心したように彼女の肩を叩いて褒め称えた。

 

「アモと比べたらなぁ……、少なくとも二発に一発は外してるし。もっとスマートにやれば、弾だって節約できるのに」

 

 胡桃は換えのマガジンを受け取りながら、亜森の成果を見回してみた。

 トラックで通り抜けてきただけあって、その刺激につられて集まってきたゾンビは、少なくとも胡桃の二倍以上は倒れて動かなくなっているのが確認できる。

 もしかすると、三倍近くかも知れない。

 

「まぁ、俺はこういうのが日常だったからさ。慣れてるだけだよ」

「それは、分かってるけどさぁ」

 

 ゴソゴソとマガジンを弾帯にしまい込みながら、胡桃はふてくされたように唇を尖らせる。

 その様子に亜森も口元を緩ませ、そろそろ次にいこうと話を振った。

 これ以上ふてくされるのも相手に悪いかなと感じた胡桃は、気持ちを切り替えるように亜森の話に乗った。

 

「で、次は中に入るわけ?」

 

 胡桃は何処かスッキリした表情で、コンビニの方へと視線を向ける。

 好きなだけ銃をぶっ放した所為だろうか、それとも任された役割を全う出来た達成感からか。

 亜森には判断つきかねたが、もう怒ってないならそれでいいかと流すことにする。

 

「あぁ、銃からシャベルに持ち替えてくれ。中じゃ、取り回しの難しいことがあるからな」

「あたしも、拳銃があればなぁ……。訓練じゃ、イマイチな結果だけど」

「予備の10mmピストルを渡しても良いんだが……、サイズがな」

「あたしには、大き過ぎるよ。しっかり握り込めないもん」

 

 そう言って、胡桃は自身の手のひらを差し出してみせる。

 女の子らしい、男である亜森のそれよりは小柄な両手。

 大柄なアメリカ人が満足に扱える10mmピストルは、胡桃の小柄な手のひらでは扱いきれないのだった。

 パイプライフルについては、グリップやストックを加工することで胡桃の体格に合わせられたのだが、既に設計が完成している10mmピストルには、彼女に合わせて加工するだけの余裕も無い。

 それならパイプライフルをピストル仕様にすればいいと、亜森は考えてみたことがあったのだが、ストックを切り詰めるだけで終わるなら何もしないほうが良いと結論付けられた。

 訓練で.44口径リボルバーを撃たせて感想を聞いたこともあったが、反動が強かったらしく敬遠されてしまった。

 これはサプレッサーを付けられないことも、胡桃に敬遠される理由に挙げられるだろう。

 結局、胡桃は今持っているパイプライフルが、最も扱いやすいと感じている。

 

「おまわりさんの拳銃、探してみるか? 発砲音は、ごまかせないけどさ」

 

 多分胡桃の手にも馴染むと思うがと、亜森は警察官が持っているだろう拳銃を勧めてみた。

 制服警官のゾンビがいれば、恐らくだがストラップで脱落防止されている回転式拳銃を身に着けているはず。

 何ならこの地域の警察署に出向いてみても良い、亜森は胡桃に対してそのように語ってみせる。

 

「んー、見つけたら拾うのもいいけど。一発撃ってたくさん寄ってくるんじゃ、あたし達のやり方に向いてないよね。目立たないように動かなきゃいけないのに」

「まぁな、その辺りは追々考えてみるか。シャベルだって、頼れる武器には違いないんだ」

「ふふん、こいつの武勇伝を聞けばアモも驚くはず――」

「それはまた今度に」

「あ、おい。待てよっ」

 

 話が長くなりそうな気配を感じた亜森は、言葉少なく話を切ると、10mmピストルを構えてコンビニへと向かっていった。

 

 

 

 全国展開しているこのコンビニエンスストアは、入り口が自動ドアではなく観音開きタイプのもので、大きく外側へと開け放たれていた。

 ここも例に漏れず、世界が変わった日に大きな混乱があったことが伺える。

 大きなガラス扉はヒビが縦横無尽に走り、フロアに細かく散乱している部分もあった。

 店内は照明が点灯していないせいか、明るい青空とは裏腹に薄暗い印象を受ける。

 レジの周りも酷い有様で、床には黒くなった血飛沫やカウンター上のディスプレイが転がったままだ。

 かつては、肉まんや揚げ物が保存されていたらしいガラスケース内は、完全に腐り落ちた物体が残されたままになっている。

 雑誌コーナーに目を向ければ、割れたガラスのせいで風雨に晒され、ふやけてカビている物もあれば日に焼けて色が薄くなっている物もある。

 

 亜森が銃を構え一歩踏み出せば、パキリと靴底から割れたガラス片の砕ける音が静かな店内に響いた。

 

「アモ、しぃーっ」

「悪い」

 

 亜森のすぐ後ろで、シャベルを両手で構えた胡桃が注意を飛ばす。

 足元の散乱するガラス片を簡単に足で払い、亜森は慎重に歩を進めていった。

 レジカウンター内を覗き込んでみても、ゾンビの隠れた姿は見られない。

 店内の見える範囲にも、人影は見当たらなかった。

 

「いない、みたいだな」

 

 一つ一つ通路を覗き込んで、胡桃はそのように呟いた。

 

「胡桃、俺は裏を見てくる。ここで、見張りを頼んでいいか?」

「あ、あぁ。分かった、すぐ戻れよ」

 

 了解と頷いて、亜森は事務所とバックヤードへと続く、従業員用の扉を潜って行った。

 一人店内に残った胡桃は、カウンターを乗り越えレジ裏に身を潜ませる。

 頭だけ覗かせて、コンビニの出入り口から外を見張り始めた。

 外は相変わらずの晴天で、照りつける日差しが補修予定のないアスファルトを焼いている。

 動くものと言えば、風に揺れる背丈のある雑草ぐらいのもので、周囲はしんと静まり返っていた。

 

(……うーん、静かだなぁ)

 

 目の前のカウンターに積もった埃を、何となしにふうと吹き飛ばす。

 ここもかなりの間、人の出入りがあった痕跡は見当たらない。

 カウンターも床も、亜森と胡桃が歩いた場所以外は薄っすらと埃かぶったままだった。

 ふと足元に目をやると、封が切られていないタバコが落ちている。

 タバコケースに視線を動かせば、補充したばかりだったらしく、多くのタバコが陳列されたまま残されていた。

 

(タバコか……。アモはライター持ってるけど、吸ってるところは見たことないよな?)

 

 足元のタバコを手に取り、埃を払う。

 タバコに縁のない胡桃には、手の中にある嗜好品に惹かれるものが見当たらない。

 

(ま、まぁ? キ、キスするときタバコ臭いのは遠慮したいし、今のままで全然良いんだけど。いや、アモが吸いたいって言うんなら、あたしも吝かじゃないっていうかですね……。あたしは誰に言い訳してんだか、……もう放っとこう)

 

 手に持ったそれをレジ脇に放り、他に何か有用なものがないか視線を巡らせていく。

 未使用で残っている大量のレジ袋や、コンビニ振込用の領収証、強盗対策のカラーボールなど、様々なものの中の一つに胡桃の目が釘付けになった。

 そして、恐る恐るそれに手を伸ばす。

 胡桃が見つけたそれは、いわゆる幸せ家族計画でありゴムともスキンとも呼ばれる、コンドームであった。

 

(うわぁ……、店頭以外の在庫ってこういうところにあるんだ)

 

 まじまじとパッケージを見つめ、胡桃は頬が熱を持ち始めるのを感じた。

 他にも、納品された箱から出されていないものが棚の奥の方にあり、全て取り出してカウンターへと置いてみる。

 

(えーと、一つ十二個入りで……。それが、ひふみの……と、とにかく沢山だな!)

 

 目の前に鎮座するそれに、恥ずかしいやら見つかってラッキーやら、複雑な心境でカウンターに両手を降ろし、体重を預ける。

 どうしたものやらと思考を巡らせてる間に、いつの間にか戻ってきた亜森がカウンター越しに胡桃の前に佇んでいた。

 

「胡桃、何か変わったことはあったか?」

「うわっ、アモ! 急に出てくんなっ」

「すまんすまん。で、それは?」

 

 慌てる胡桃に対して、亜森はカウンター上の品物に興味を向ける。

 遮ろうとする胡桃の手を避け、一つ手に取った亜森は、彼女が何故こうまで恥ずかしそうなのか合点がいった。

 

「あぁ、なるほどね。……胡桃」

「な、なに」

「これが欲しいんなら、もっと相応しいところに向かったのに」

「ち、違うしっ! たまたま、そうたまたま見つけただけだしっ」

「冗談だよ、胡桃。ほら、機嫌なおして」

 

 むくれる胡桃をなだめるように、カウンター内に回り込んだ亜森は彼女の肩に手を添える。

 ツーンとそっぽを向く胡桃だったが、視線を合わせて覗き込んでくる亜森に根負けしたのか、別に怒ってないと小さく呟いた。

 

「俺とのこれからを、真剣に考えてくれてたんだろう?」

「……うん」

「嬉しいよ、ありがとう」

 

 そっと胡桃を抱き寄せ、亜森は彼女の髪に口づけて、頭を撫でる。

 その一連の行為に胡桃の身体が一瞬強張ったものの、その抱擁に身を任せることにした。

 身体のあちこちに当たる、装備品の角の事は一旦脇に置く必要はあったが。

 

「……アモ、マガジンとかの角が当って痛いんだけど」

「おっと、すまん。大丈夫か?」

「それより。さっさとそれ、仕舞ってよ」

 

 そう言って、胡桃はカウンターに鎮座するゴム製品を指差してみせた。

 分かった分かったと、亜森は苦笑してPip-Boyへと収納していく。

 そして最後の一つを手に取ると、胡桃に向き直り質問した。

 

「一つは、胡桃が持っておくか?」

「アモっ!」

「ははは、悪い」

 

 胡桃のツッコミを兼ねた蹴りが亜森の靴先を襲うが、いわゆる安全靴タイプのブーツに阻まれ、その効果はイマイチ伝わっていなかった。

 亜森が全てを収納し終えると、胡桃は自分に不利な話題を変えるため、彼の成果について尋ねてみる。

 

「それで? アモは、何か見つけたのかよ」

「あぁ、裏には店長さんが居てな。眠ってもらったよ」

「……そう」

「それ以外は、まぁキレイなもんで。ダンボールから出してない缶飲料とか、その辺の在庫は全部貰ってきた」

 

 食料品は流石に無かったけどなと、亜森は答えてみせた。

 それら以外は、学校近くのコンビニと大差無かったらしく、特に目新しいものは見つからなかったらしい。

 缶飲料の種類がどうとか亜森が語っていると、視線がタバコケースへと向けられた。

 

「あ、タバコ結構残ってるじゃん。……うん、ふやけてもないし封も開いてないな」

「アモって、タバコ吸うの?」

 

 一番大きなレジ袋を手に取り、ガサガサとタバコケースから商品を袋に放り込む亜森。

 その姿を胡桃は隣で観察しながら、疑問を口にする。

 

「いいや、俺は全く。ただ、こういう嗜好品は取引に使えるんだよ。あと、アルコールもな」

「へぇー、そういうもん?」

「あぁ。もし生存者と出会うことがあったら、こういうのを見せれば態度が変わるかもしれないし」

 

 何やら実感のこもった言葉で、亜森は淡々と語った。

 

「胡桃は、ライターとかその辺の小物を集めてくれるか?」

「了解。……全部持ってくの?」

 

 胡桃もレジ袋を手に取り、言われたとおりにライターや補充用ライターオイルなどを袋に詰めていく。

 そんなに必要だろうかと、疑問を亜森に投げかけるが、返答はシンプルなものだった。

 

「あいつらに残しても、使う予定は無さそうだしな」

「ま、それもそうか」

 

 亜森の答えに納得を示し、胡桃はライターオイルをレジ袋へと入れていく。

 全ての商品を袋に入れ、袋口をレジに置いてあったテープで止めていると、胡桃はそう言えば自分もライターを持っていたなと思い出し、隣りにいる亜森に声をかける。

 

「そういやさ、アモ。あたしがアモから貰ったライター、オイル切れっぽいんだけど」

 

 胡桃は、いつもポケットに入れて持ち歩いている金メッキのライターを取り出し、カチンと蓋を開け火をつけるような仕草をしてみせた。

 しかし発火石から火花が散るだけで、一向に火がつく様子は見られない。

 

「ライター……。あぁ、モールで渡したアレか。もう随分と前だなぁ」

「これって、オイルの補充どうやるの? 袋に詰めてるオイル缶を使うのは、何となく分かるんだけど」

「難しい作業ではないけど、学校に戻ってからにしないか? 急ぎなら今日の夜でもいいけど」

「うん、じゃあ夜にアモの部屋ね。久しぶりにテレビゲームしたいし、シャワーの後行くから」

 

 ポケットにライターを突っ込んだ胡桃は、楽しみが増えたことを喜んでいるのか、心なしか表情が明るい。

 そんな彼女の様子を見て、亜森は何か思い付いたらしくニヤリと口角を上げ、肩を組むように腕を伸ばし、胡桃の耳元で囁いた。

 

「胡桃。夜に俺の部屋に来るなんて、それもシャワーの後に。もう、言ってくれれば俺も歓迎の準備を……って、あれ?」

「……はぁ」

 

 勿体ぶった口調で言葉を続ける亜森だったが、ジト目で彼を見る胡桃の様子に気が付いたようで、予想と異なる反応に戸惑いを覚えた。

 胡桃はヤレヤレと溜め息をつくと、軽い肘打ちを彼の腹部に御見舞し、さっさと両手に抱えたレジ袋をトラックの方へと運び出そうとする。

 

「痛い」

「そうやってあたしをからかおうとしてるのは、分かりきってるんだからな。残念でしたー」

 

 一度振り向くと小さく舌を突き出して、してやったりと笑ってみせた。

 

「恥ずかしがる姿が、可愛かったのに……」

 

 先を進む胡桃の後に続き、亜森もレジ袋を片手に追いすがる。

 可愛いと言われた胡桃は、緩み始める頬をを止められなかったが、努めて期待される反応を見せないように振る舞った。

 

「ホント、アモってアレだよな。そういうところ、子供っぽい」

「少年の心を忘れない大人ですから」

「大きな子供の間違いじゃねーの?」

「これは手厳しい」

 

 軽快な軽口の応酬に、二人して肩を震わせると、トラック荷台の扉を開けレジ袋を積み込んでいく。

 

「それじゃ、さっさと他のもトラックに運んじゃおうぜ。早くしないと、ホームセンターで時間足りなくなりそう」

「あぁ。食料品以外は、買い物かごとレジ袋に放り込むか。何が使えそうかは、戻ってから考えよう」

 

 荷台の扉をバタンと閉め、二人は再び店内へと戻っていく。

 結局、二人が物資をかき集め選別するのに満足するまで、一時間以上の時を費やすことになり、トラックに積み込み終わるのは正午を回ってからになった。

 そしてホームセンターでの作業に備え、かつての亜森のようにトラックの屋根で持参したおにぎりを食し、二人は英気を養うのだった。

 

 





・名前呼びを求めるヒーロー兼ヒロイン
凡そ20万文字を超えて、ようやくオリ主モノのテンプレの一つをクリアした。
達成感は特に無い。

・校外で初めての射撃
胡桃さんに取っては、銃での無力化は校外では初めて。
校内だと、屋上や教室の窓から練習で狙うことも。
精神的ショックの描写を入れるか迷ったが、そもそもシャベル君で首チョンパしてきた胡桃さん。
今更ショックも無いだろうと、カット。

・幸せ家族計画
こちらはR-18の感想コメントで情報を頂きましたので、せっかくだしここで登場。
使用している様子は、いずれR-18の方でということに。
ここだけの話、この回はそちらの方の導入部分だったりしましたが、計画は変更されました。

・挟まれるイチャコラと慣れてきた胡桃さん
作者も、二人の距離感をどうするか悩んでいる。
理想は、軽口を叩き合うも硬い信頼関係が垣間見える、そんな感じ。

・取引アイテム(タバコ・アルコール)
嗜好品の代表格。
別のコミュニティの門番的なおっさんに、タバコを賄賂として渡す。
そんなロールプレイをさせてみたい。
まぁ、そんな人出てきませんけど。

・コンビニでの収穫
大体、食料品以外のモノで数ヶ月放置されてても大丈夫なモノ。
文房具とか重宝しそう。
一番の収穫は、ゴムとタバコ関係とフライヤーに使用予定だった未開封のフライ油(一斗缶入りが複数)。


※最後まで、書き加えるか迷った一文。
・この夜、メチャクチャオイル補充した。
オイルを潤滑剤と捉えたら、意味深に。
でも伝わらなければ、ただ滑稽な一文。

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