がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第20話 グッドハンティング! スカベンジャークルミ!

 

「やっぱりさ、おにぎりは梅干しか、おかかが最強だと思うんだよ。俺は」

 

 簡単な食事を済ませ、ホームセンターへの道路を運転する亜森は、助手席で水筒からお茶を飲んでいる胡桃に持論を展開していた。

 

「あたしは、断然ツナマヨだね。もしくは明太子がいい」

「俺も、それは嫌いじゃない」

「でしょー。梅干しもカリカリするヤツなら、あたし好きだなぁ」

 

 そうやって道中の時間を潰していると、前回亜森が探索したホームセンターの姿が見えてくる。

 手前側には、様々な娯楽品を回収したレンタルビデオショップがあり、道路や駐車場には亜森が始末したゾンビの死体が残されたままになっていた。

 ゆっくりとブレーキをかけながら、レンタルビデオショップ入口付近でトラックを止める。

 助手席では胡桃が双眼鏡を覗き込み、動いているものがないか、注意深く観察しているようだ。

 

「うーん、パッと見るだけじゃ分かんないな」

 

 道路上はもちろんのこと、店舗の入り口や駐車場にも双眼鏡を向ける胡桃だったが、それらしい存在は見つからない。

 亜森の方はというと、サイドミラーに視線をやりながら後ろから近寄ってこないか観察しており、窓を全開にして更に見えるように身を乗り出していた。

 

「前回、かなりの数を始末したからな。この辺りのは、いなくなってるか……建物内にいるか、どちらかだろう」

 

 身体を座席に戻すと、亜森はそのように語る。

 双眼鏡から顔を離した胡桃も、その意見には同意見のようで、しきりに頷いていた。

 

「ねぇ、アモ。本命の前にさ、少しだけアッチに寄ってかない?」

 

 胡桃は少し言いにくそうに、レンタルビデオショップの方を指差して寄り道を提案してきた。

 照れ隠しなのか後頭部に片手をやり、誤魔化すように乾いた笑いが溢れている。

 

「別に構わないけど、長時間は無理だぞ。日が完全に暮れる前に、学校に戻るって約束だったろ」

「へへ、やりぃ」

 

 時間制限付きだが許可が降りたところで、胡桃は指をぱちんと鳴らし、満面の笑みを浮かべた。

 二人はサイドミラーに目をやり、死角から近寄ってこないことを確認した後、扉を開けて道路に降り立つ。

 鍵をロックした亜森はキーをポケットに押し込み、周囲を警戒しつつ胡桃の側へと近寄る。

 

「そんなに、新しいゲームソフトが欲しかったのか?」

 

 パイプライフルを構えた二人は、連れ立って歩きながら会話をする。

 駐車場の放置車両の影や、フェンスの向こう側、店舗入り口付近など、何かが隠れられそうな死角を重点的に調べながら、軽い口調で亜森は胡桃に尋ねていた。

 

「もちろん、それだけじゃないよ? 皆で楽しめるような映画とか、単純に趣味にあったドラマとかね。ついでに、ゲームソフトも見るってだけ。大体アモだって、ゲームするじゃんか」

「俺も好きだけどさ、テレビゲーム。でもここって、カセットタイプの古いソフト、置いてないんだよ」

「なに、アモってレトロマニア?」

 

 その亜森の言葉に、胡桃は意味深な笑みを浮かべ、少しばかり揶揄するような語り口で言葉を投げかける。

 

「いやいや、レトロじゃないから。現役だから」

「はいはい。インターネットでダウンロード販売が始まってても、カセットは現役だよなー」

「好きに言え、どうせ俺は懐古厨だよ」

「ははは、そう拗ねるなよ。今度、あたしがたまに行ってた中古ショップ、教えてやるからさ。ただし、モールの近くだけど」

「……、だめじゃねーか」

 

 軽口の応酬を楽しみつつも、二人の足は一歩ずつ店舗の入り口へと近づいていき、たどり着いた時には緊張感が張りつめたかのように押し黙っていた。

 玄関マットに立て膝をついた二人は、10mmピストルとシャベルに持ち替えると、静かに耳を澄ます。

 風が街路樹の木々を揺らし、木の葉が擦れる音が聞こえてくる。

 しかしながらそれ以外の音、特にゾンビを思わせるような物音は届いてこない。

 入口付近はともかく、店舗フロアの奥は外からの光も充分に届かず、コンビニよりも更に薄暗い。

 じっと店内を観察していた胡桃は、何か思い付いたのかショルダーバッグのポケットを探る。

 そして、かつて悠里がショッピングモールで見つけ、大量に持ち帰っていたケミカルライトの一本を取り出し、亜森に手渡した。

 これでおびき出してみよう、ということだろう。

 なるほどと、胡桃の考えに理解を示した亜森は、ケミカルライトを中ほどで折り曲げて、シャカシャカと振り混ぜ光らせる。

 淡い光を放つそれを、亜森はさっと店内の奥へと放り投げた。

 カランとプラスチックの跳ねる音が響き、フロアのちょうど中央付近で止まる。

 時間にして一分ほど様子を見ていたが、音と光に刺激されたゾンビは現れず、その気配も二人には感じられない。

 

「何かいた?」

「いいや、何も。だが、調べないわけにもいかない」

「うん」

 

 亜森は隣りにいる胡桃に顔を寄せると、小声で伝える。

 

「胡桃、俺の後ろを頼む。店内をくまなく調べよう」

「分かった」

 

 亜森はPip-Boyのバックライトを、胡桃はポケットからペンライトを取り出して点灯し、薄暗い店内に足を踏み出していった。

 

 

 

 結論から述べると、店内にゾンビの姿は無かった。

 前回、亜森が探索し終わった時とほとんど同じ状態で、違いを強いてあげるとしたら大きな蜘蛛の巣が掛かっているぐらいのものだ。

 フロアの床にも、人や動物が最近歩いたような痕跡も見当たらず、事務所とバックヤードを見終わった二人は、ようやく安全を確認できた。

 従業員用のドアをくぐり抜け、店内へと戻った二人は一度立ち止まると、改めて店内を見回す。

 

「結局、いなかったな」

 

 足元をペンライトで照らしながら、胡桃はポツリと呟いた。

 

「そのようだ。前に来た時と、変化が見当たらないよ」

 

 周囲を見渡す素振りを見せ、かつての店内を思い出していた亜森は、記憶と現在を照らし合わせている。

 

「それじゃ、さっさと欲しいものを回収して、ずらかるか」

「その言い方やめろよ、泥棒みたいじゃんか」

 

 お互いに肘を小突き合いながら、レジカウンターでレンタル用のバッグやレジ袋を見つけると、目的であったゲームソフトやDVDを回収していく。

 それぞれ、自身や学校に残っている悠里達が好みそうな物を物色し終えた二人は、一旦トラックに戻り回収してきた荷物を荷台に積み込んだ。

 

「アモ、それなに? ラジカセ?」

 

 胡桃が、亜森の手にあるプレーヤーを指差す。

 恐らくCDレンタルコーナーに設置されていたのだろう、試聴用のプレーヤーを亜森は手に持っていた。

 店の備品としての管理ラベルが張ってあり、再生ボタンは随分と使い込まれたように印字された文字が消えかかっている。

 

「あぁ、これ? 他にも幾つかあったけど、そっちはPip-Boyに入れてある」

「それは良いんだけど、何で一個だけ出してんのかなって」

「囮用だよ。外でガンガン鳴らせば、俺達が店内で多少物音をさせたって問題無くなる。多分」

「そこは自信持てよ……。まぁいい考えだと、思うけどさ」

 

 回収物を積み込みながら、胡桃はあまり腑に落ちない様子ではあったが賛成の意を示す。

 手に持ったラジカセに電池をはめ込み、持ち出していた適当なCDをセットした亜森は、荷台の扉をロックすると胡桃にトラックで待つように指示した。

 

「あたしは行かなくていいのか?」

「気づかれないよう移動するのに、ちょっとコツがいるんだよ」

「ふーん、今度教えろよ?」

「結構キツイんだぞ? ずっと中腰で移動するから、腰にくるんだ」

 

 亜森はそのように語って、言葉通りに中腰になるとラジカセを片手に音もなく進んでいった。

 その姿を見送ると、トラックの屋根から見張りをするために胡桃も移動する。

 屋根から亜森の姿を確認した時には、既に少し遠くにある交差点に辿り着こうとしていた。

 そういえば爆破をしたのはあの交差点って言ってたなと、胡桃はパイプライフルのスコープ越しに交差点周辺を重点的に観察する。

 亜森が前回ホームセンターに向かったのは、かなり前のこと。

 その間、何度も雨風にさらされているためか、聞いていた内容より悲惨な状況は確認できなかった。

 流石に千切れ飛んだ手足や、胴体などの身体のパーツはそのまま残っており、眉をひそめてしまったが。

 

 スコープ越しの亜森は、交差点を曲がり少し進んだ場所に放置されていた車にとりつき、何やらゴソゴソと作業していた。

 そしてしばらくすると、軽快な音楽が遠くから聞こえてくる。

 亜森が、設置したラジカセを再生させたのだろう。

 音楽が流れ始めたと同時に、胡桃は交差点付近だけでなく、自分自身の周囲も集中して観察する。

 いくら亜森が大量に始末したと言っても、その後流れてきたゾンビがいないとは限らない。

 むしろ危険性が減ったために、生存者がこの地域に逃れてきた可能性だってある。

 そして、生存者が自分達に友好的だという期待はできないと、亜森は実体験を交えて語っていた。

 他人の物を奪い取ったほうが早いと考える人種が、残念なことであるが善人より圧倒的に多いことを、連邦の経験から亜森は確信しているようで。

 普段は冗談交じりに話すことが多い彼も、この話題ばかりは真剣な顔をして話していた。

 それらの可能性については、さんざん亜森と話し合ってきた胡桃だったので、緊張からかグリップを握りしめる手に力がこもる。

 

(生きている人間を、撃たなきゃならない状況になるのは嫌だな……。でも皆を傷つけるってんなら……あたしは腹をくくるぜ)

 

 低倍率のスコープで確認できる範囲に気になるような動きはなく、胡桃は双眼鏡に持ち変えると更に離れた建物などにも目を向けた。

 建物内から、こちらの様子を伺っていることだって考えられるのだ。

 

(まぁ、あたしならそうするって話だけど)

 

 そんな胡桃の不安にもかかわらず、双眼鏡の向こう側に不審な影や人の痕跡は見当たらない。

 不自然に窓が少しだけ開いていたり、カーテンの隙間から棒状の物が突き出ていたり。

 店舗の外壁の角や、屋上の縁から鏡を突き出している様子もない。

 

(ライアン上等兵……いや、二等兵だっけ? そんな感じの映画で、鏡にガム貼り付けて使ってたっけ)

 

 あたしもナイフ持ってガム噛むべきかなと、どうでもいいことを考えていると、既に車の側に亜森が戻ってきていた。

 タイヤに足を乗せ、荷台の屋根に手をかけると、亜森は自身の身体を引き上げる。

 

「何か見つけたか?」

「いいや、何もないよ。周りの店とかも見回してみたけど、人はいなさそう。もちろん、アイツラもね」

「そりゃ良かった」

 

 貸してくれと亜森に言われて、胡桃は双眼鏡を手渡す。

 グルッと周囲を一度見渡した亜森は、双眼鏡を覗き込むと道路の先をじっと観察した。

 

「遠くのやつが、音につられて寄ってきた?」

「んー、今のところは姿が見えないな。しばらくすれば、現れるだろうけど……」

「でも、待ってる時間は無いぜ? 帰りの時間を考えると、今直ぐにでも行動しなきゃ」

「あぁ、分かってる。行こう」

 

 胡桃の言葉に同意すると、亜森は出発を促した。

 トラックに再度乗り込んだ二人は、周囲を警戒しつつもゆっくりと発進させ、徐行運転でホームセンターの敷地内に侵入していく。

 亜森は玄関前で後付けでトラックを停車させると、改めてラジカセを設置した方向に視線を向ける。

 騒がしい音楽は聞こえてくるが、ゾンビが現れた様子はない。

 胡桃に向けて良しと頷くと、アスファルトへと足をおろした。

 胡桃もトラックを降りたところで、ドアをロックする。

 パイプライフルを構え警戒状態を維持したまま、二人は店舗入口へと向かった。

 

「前来た時と、変わりない?」

「……あぁ、違いは無いように見える」

「あんまり、荒れてないね」

 

 入り口からペンライトで中を照らす胡桃は、少し不思議そうに疑問を口にする。

 これまで見てきた商業施設や住宅は、例に漏れず酷い有様を見せていた。

 大抵のガラス窓やショーウィンドウは割れ、床や壁には血飛沫の痕。

 店舗に至っては、食料品であれば初期の頃に略奪があったような痕跡だって見てきた。

 それがここに来て、血の跡やガラスの破片こそ見つかるものの、商品の略奪に関しては目立つ被害が見当たらないのだ。

 

「俺が思うに、最初の段階でこの地域の生存者が皆無に近かったからだと思う。物資が必要なのは生きている人間で、アイツラじゃないからな」

「確かにそうかも……。それにアモが吹き飛ばすまで、沢山いたんだろ。そんなんじゃ、ここまで無事に辿り着くことだって無理だろうし」

 

 亜森の仮説に同意するように呟いて、胡桃は慎重に進みながらライトを商品棚へと向ける。

 整然と並んでおり、倒れている様子は無い。

 幾つか空白の見える棚も見受けられるが、これは亜森が以前回収してきた物資があった場所なのだろう。

 特に工具コーナーにその傾向が顕著に現れており、隣にいる亜森を見てみれば得意げな表情を浮かべている。

 

「その顔、むかつく」

「はっはっは、俺の目の付けどころは正しかったろう?」

「確かに便利だけどさ、他にも大事なのがいっぱいあるじゃんか」

 

 ほらと胡桃がライトを向けた先は、いわゆる生活用品のコーナー。

 工具もいいけど生活に直結したものを、胡桃はそう言いたかった。

 

「分かってる。だからこうやって、胡桃にも来てもらったんだ。俺だけじゃ、偏るからな」

「まぁこの話は、また後でいいだろ? それより、さっさと集めようぜ」

「あぁ、買い物カートを持ってこよう。入り口付近に、沢山あったはずだ」

 

 二人はライトで薄暗い店内を照らしながら、回収物の物色を始めていった。

 一先ず、学校の出入り口の守りや割れた窓ガラスを塞ぐための資材を第一にトラックに詰め込み、その後幾つものカートを利用して、必要そうな生活用品を集めて回る。

 学校の購買部やモールでも手に入れた洗剤等の消耗品は、未だ五人が生活していく上で余裕はある。

 しかしながら、今後このような製品の再生産が期待できない以上、発見次第回収することは既に話し合いで決定されていた。

 もちろん、その時の状況によっては未回収で終わる可能性も充分に懸念されるため、胡桃は充電しておいたスマホや学校の備品であるコンパクトデジタルカメラ、亜森はアナログなメモ帳に記録を取ることにしている。

 物資の発見した場所と物資の種類、そして凡その個数。

 大きめの付箋に書き込んで、この地域の地図に貼り付ければ、即席のスカベンジャー御用達マップに早変わりだ。

 写真もパシャパシャと撮っていけば、細かい製品の種類まで記録できる。

 パソコンは既に地下から見つけた物以外にも、教職員が使用していたものや、電算室より実習に使用していて無事に残っていた筐体を見つけ出しており、保存容量や閲覧には問題無い。

 

「胡桃、フラッシュは焚かないでくれよ。それと、周囲の警戒も怠るな」

「わ、分かってるよ。ほら、蚊取り線香。結構使うだろ、これ」

 

 撮影にのめり込んでいたのが気づかれて気恥ずかしい胡桃は、目の前にあった蚊取り線香のパッケージを掴み、亜森にひょいと手渡す。

 それを押していたカートに乗せながら、今いる殺虫剤コーナーを亜森は改めて眺めた。

 

「……しかし、よく置いてあったな。蚊取り線香」

 

 見慣れた緑色の渦巻きを視線で示して見せながら、亜森は素朴な疑問を口にする。

 

「どうして?」

「胡桃達の話だと、年度初めからそう経ってない頃だったんだろ? おかしくなったのは」

「あぁー、ちょっと季節はずれってこと?」

「単に、品揃えが良い店だっただけかもしれないけど」

「何にせよ、あたしらにはラッキーだろ。薪拾いすると、必ずどこか刺されるから有り難いよ」

「それもそうだな……」

 

 幾つもの虫除けスプレーを手に取りながら、どれがいいのか吟味する胡桃。

 もう全部持っていけよと、亜森は思わなくはなかったが、女性の買い物に口を出しても良い結果は得られないことは、分かりきっている。

 亜森は時間潰しも兼ねて、各メーカーが出している電気式の殺虫剤を手に取りながら、胡桃が選び終えるのを待つことにした。

 数分の時間をかけて、ベトベトしないタイプの虫除けスプレーを選んだ胡桃は、どこか満足げな表情を浮かべカートへと品物を置いた。

 

「お待たせー」

「じゃあ、次のコーナーに行くか。隣は何だっけ」

 

 カートを押しながら、隣の商品棚に移動する二人。

 胡桃はペンライトで天井から下る看板を照らしながら、そこにプリントされた文字を読んだ。

 

「えーと、台所用品だから……台所用洗剤とか、タッパーとか」

「フライパンにヤカンに……鍋に包丁かぁ。ここは若狭が好きそうだな」

「確かに、りーさん連れてきたほうが良かったかも」

 

 パシャリとカメラで記録していく胡桃の隣で、亜森は棚にある商品を観察していく。

 基本的な調理器具に、カセットコンロによく似合う土鍋。

 ステンレス製の包丁やトング、足元の棚には地域の催し物で使いそうな大きなアルミ鍋まで。

 一番端の方には、一応需要があるのだろう、御影石をくり抜いた餅つき用の臼だってある。

 

「丈槍が言っていた遠足を、ここにするってのも良いかもしれない」

「あー、遠足か。モールもいいけど、アイツラいっぱい居るもんな」

「モールで冬用の服を、色々集めたいところだけど……」

「あたしらも、ずっと半袖の制服じゃいられないか……」

 

 そう言って、胡桃は自身の制服に視線を下ろし、ややくたびれてきつつある布地を摘んでみた。

 少なくとも三年間は着ることが出来るように丈夫に作られているが、サバイバル生活で常に酷使してきたせいか、何かの拍子に引っかかり糸が解れることもある。

 今のところは、ソーイングセットやミシンで修繕可能なレベルに収まってはいた。

 しかしながら、それも何時まで持つかは胡桃にも未知数であった。

 

「一応、学校の購買部に予備の制服が置いてあったのは、ラッキーだったけど。冬用ってあったかな」

「俺は手持ちのと、新しく周辺の住宅から適当に見繕うことも出来るが……。胡桃達は、自分で選びたいだろ? やっぱり」

「そりゃあ、ね。可愛いのがいいもん」

「それに、卒業したらコスプレになるもんな。制服着てると」

「コスプレって言うなっ!」

 

 抗議の拳で亜森を小突く胡桃であったが、やんわりと手のひらで受け止められる。

 

「はぁ、まったく。遊んでないで、さっさと要るもの探せよ」

「ははは、悪い。ほら、コレなんかどうだ? 七輪」

 

 サイズも幾つかあるぜと、その中の一つを手に取り胡桃に見せる。

 一家族が夕食に焼肉をする程度なら、充分な大きさの七輪だ。

 同じ棚には合わせ買いを目的としているのだろう、焼き網やプレートが一緒に並んでいた。

 

「そういや、ステーキを焼いた時の炭がまだ沢山残ってたな」

「あぁ、それにこれから木炭を自前で作る予定でもあるしさ。電気が使えない時用の加熱調理に、もってこいじゃないか?」

 

 確かに亜森が言うように、充電量が覚束ない場合、このような七輪は有用かもしれない。

 その言葉に胡桃は頷いてみせ、新しいカートを用意すると必要そうなものを載せていった。

 胡桃がどの焼き網が良いか吟味しているその横で、亜森は一番大きな七輪を前にして、何かを考え込むようにくるくると回してはサイズを確認している。

 

「アモ、何やってんの? そんなに大きいのって、いる?」

「あーいや、これは調理用じゃなくて別のに使えないかなって思って」

「ふうん?」

 

 その別の使い途が何なのか、胡桃にはピンとくるものが無かった。

 とはいえ、無駄なことには使わないだろうなと、胡桃は特に追求することもなく、カートへとそれを載せる亜森を見ていた。

 

「胡桃、使用済みの消火器なんて学校にあるか? 若しくは、デカいガスボンベみたいな」

「消火器? 使用済みなんて……あ、そういやかなり前にだけど。りーさんが三階に上がってきたあいつらを追い払うのに、使ってた気がする……。帰ってみないと、確かとは言えないな」

 

 消火器と言われ、胡桃は記憶を遡ってみた。

 学校には幾つもの消火器が設置してあるが、じゃあ使用済みがあるかと聞かれると、中々思い浮かんでこない。

 そして唯一記憶に残っていたのは、まだ亜森や美紀が学園生活部に加入する前のこと。

 偶々トイレに由紀と共に向かった時に、バリケードをすり抜けてきたゾンビが三階に侵入したのだが、それをギリギリのところで悠里が持ち出してきた消火器によって助けられたのだ。

 

「そうか……、なら大丈夫かな。胡桃、最後にもう一度資材売り場に寄ってもいいか? ちょっと、欲しいものが出来たんだ」

「まぁいいけど。トラックに載せられない分は、アモの腕のヤツに入れるしか無いんだからな。必要なものだけにしてくれよ」

 

 それと言って、亜森の腕に装着されているPip-Boyを示してみせる。

 一体どれほどの物資を収納できるのか、胡桃には見当もつかないが、流石にいくらでもというわけではないだろう。

 限界を超えた場合のデメリットを把握していない胡桃は、程々にしとけよと亜森に釘を刺す。

 

「大丈夫、分かってるよ。それに、これは多分胡桃にとっても良いことだと思うし」

「あたしにとって?」

「形になるのは、暫く先になるから……。そこは、お楽しみにってことで」

 

 一人納得している亜森を横目に、何のことかさっぱり分からない胡桃は疑問符を浮かべながらも、ボウルや鍋等の調理器具をカートに放り込んでいく亜森を手伝った。

 学校二階の図書室と廊下を挟んで反対側にある学生食堂兼調理室にも、充分な数の調理器具はある。

 しかしながら、血飛沫がかぶった調理台などもあるため、どうしても棚や収納場所の奥の方で埃をかぶったフライパンなどを使うことを強いられていた。

 安全そうなものに限って、大抵は使い古されており日常的に使用するのにはやや不向きで、くたびれた印象があった。

 ここいらで、多少の埃は見られるものの充分に安全そうな、まとまった数の調理器具を持ち帰るのも良いだろう。

 そのように胡桃は考えながら、主に調理を担当している悠里が好みそうな器具を見繕っていった。

 

 カート一杯に詰め込んだ二人は、それを通路の端に寄せておき、新しいカートを用意して店舗内の探索を継続する。

 電装品関係の売り場では、胡桃がペンライトに変わるマグライトを気に入り、家具関係の売り場では亜森がそば殻入りの枕を慎重に吟味する。

 似たような行動を何度も繰り返し、二人してそれなりに時間をかけて楽しんだ後、亜森が最後に寄りたいと語っていた資材売り場へと向かった。

 既に建築現場で使われるような単管パイプや、纏まった枚数のベニヤ板、木材等はトラックへと積み込まれているし、亜森のPip-Boyにもいくらか収納されている。

 それじゃあ何がいるのだろうと、胡桃は疑問を口にした。

 

「それで、何が欲しくなったんだ?」

「欲しいのは、レンガだよ。特に耐火レンガ」

「耐火レンガ? ……ピザでも焼くのか?」

 

 耐火レンガと言われ胡桃が思い浮かべるのは、以前テレビで放送されていた個人でピザ窯を作るという、いわゆるDIYを扱う番組だった。

 その時は、オーブンで良くないかと身もふたもない感想を持った胡桃であったが、今の状況で大量に電気を使うマネは出来ない。

 それならレンガを組んだストーブもどきを作成して、集めている薪を利用するのもありだ。

 冬なら文字通りのストーブとしても使えるし、その他の季節ならコンロにだって使える。

 以前から計画していたものを、今回材料を集めてようやく制作に入るのだろう。

 大方そんなところだろうなと、胡桃は当たりをつけた。

 

「前から言ってたけど、冬用のストーブをレンガで作ろうと思ってるんだよ。もちろん、ストーブ以外にも使う予定だ」

「薪も集めてるしな、使わないんじゃ何で集めたんだって話だよ」

 

 売り場に置いてある運搬用の台車を運んできた亜森は、次々に目的のレンガを積んでいく。

 

「ストーブは以前から計画してたけど、もう一つ作りたいものが出来たんだ」

「それが、さっき思い付いたってやつ?」

「あぁ、金属を高温で融かす炉を作ろうと思ってな」

「何でそんなもの作るんだ?」

 

 レンガ運びを手伝う胡桃は、暇つぶしを兼ねて疑問をぶつけてみた。

 

「胡桃、今日コンビニで銃を撃ってた時、あんまり当たらないって言ってたろ?」

「そりゃあ……、似たようなこと言ったけどさ。あたしの、腕の問題じゃないの?」

「いや、多分パイプライフルの精度の問題だと思う。じゃあ、他の銃を使ったら良いじゃないかって話だけど、他のは他ので反動もキツイし、銃の重さそのものもキツイだろ」

「確かに、そうかもな。撃たせてもらったけど、反動を押さえ込めるのはギリギリあの戦争映画で見るような.45口径のヤツ? それだってフルオートは無理だし、重いからあたしが持ち歩くのは難しいかなって」

 

 訓練で撃たせてもらった経験を、胡桃は思い返す。

 威力や口径の小さい順で撃ってみたのだが、まともに扱えそうなのは現在手元にあるパイプライフルぐらいのもの。

 試しに.50口径を使った際には、ひっくり返るかと思ったほどだ。

 反動で、肩がすごく痛かったのも印象的だ。

 

「それで私は考えました」

 

 勿体ぶった調子で、胸に手を当て背筋を伸ばす亜森を、ジト目で睨む胡桃。

 さっさと先を言えと、無言の圧力を受ける亜森はゴホンと喉の調子をととのえると、続きを話す。

 

「胡桃が言った.45口径サブマシンガンの銃身と火薬の爆発エネルギーを受け止めるボルト、その他細々とした部品以外をアルミニウムに置き換えようかと。具体的には、レシーバーの外殻をな。ストック部分も今風の格好良くて、軽いものにしよう」

 

 亜森は饒舌になりながら、今後の展望を語りだした。

 どうやらモールで見つけたミリタリー系の雑誌を眺めていた時に、そのサブマシンガンとよく似た銃の改造された姿を見つけたらしく、それ以来計画を少しずつ立てていたらしい。

 原料のアルミニウムも、破壊された住宅のアルミサッシと、いくらかは空き缶を利用するとのこと。

 市販されているアルミの空き缶では、どうしても不純物が増え収量が減るそうだが、そこは数を用意することでカバーするらしい。

 力技過ぎるその解決法に、胡桃は溜め息をもらしてみる。

 アルミニウムはエンジンにも使われていると亜森は言うが、何の問題もなく動くものを分解して鋳潰す気は無いようだ。

 ただ整備工場などで廃車寸前の物を探すのも良いかもしれない、亜森はそのように語ってみせた。

 

(アルミ缶から、ねぇ。といっても、あたしの為だって言うんなら、まぁ仕方ないか。プレゼントならもうちょっと可愛いものが良いけど、でもプレゼントかぁ……えへへ)

 

 プレゼントとは一言も口にしていないが、胡桃の中ではそういうことになったようだ。

 緩む頬を隠すようにオッホンと誤魔化すと、胡桃はレンガを積む作業を続けた。

 その後、接合用のモルタルなど必要な素材や道具を揃えた二人は、何度かトラックと店内を往復しながら回収していた物資を積み込んでいく。

 最終的に積み込み作業が終わったのは、時間にして夕方の直前。

 あと一時間と経たない内に、辺りは茜色に染まるだろうという時間帯であった。

 

「あぁー、疲れたー。最後のレンガとか、重すぎだろう。アレだけまた今度、取りに来れば良かったじゃんか」

 

 背伸びをして固まった背中を解す胡桃は、未だ交差点付近で再生を続けるラジカセの音楽を遠くに聞きながら、本日の感想を簡潔に語った。

 

「すまんすまん、アレはそれなりの量が必要なんだよ」

「それは分かってるけどさぁ。もっと楽に運べる方法を、考えないとな」

「確かに、もう少し台車とかその辺のものを探してみようか……」

 

 トラック荷台の扉をロックした亜森は、運転席に座ると胡桃の意見に同意する。

 今後も、物資回収を続けていくのは間違いない。

 その度に適当な運搬手段もなく、トラックなどの車輌へ手作業で運び込むのは効率的とは言えないだろう。

 せめてそれなりの大きさの台車を、スロープなどで直接運び込めるようにするなど、より楽に行う工夫を考えるというのも良いかもしれない。

 キーを回しアクセルを踏み込もうとする亜森を、助手席にいた胡桃がちょっと待ってと制止する。

 

「どうした? 何か、忘れ物したか?」

「いや、その。あのラジカセ、どうすんのかなって」

 

 あのと言って、遠くで再生を続けるラジカセの方角を指差す胡桃。

 今後ラジオ放送が可能になった場合、生存者に呼びかける以外にも誘導装置として使用する予定なのだ。

 再利用が叶うのならば、そうした方が良いに決まっている。

 無駄に出来るものなど、殆どないのだ。

 

「うーん。寄ってきたのが少なかったら、回収してみるか……。どうする?」

「そりゃ、回収したほうが良いんじゃないの? そこら辺の家を探せば、一軒に一個や二個ぐらいあるだろうけどさ、ラジオ。勿体無いよ、まだ使えるんだし」

「なら、少し見に行ってみよう。駐車場出入り口で一旦止めるから、見張り頼めるか?」

「あぁ、任せろ」

 

 言葉通りに駐車場出入口でトラックを止めた亜森は、胡桃にキーを渡した後、10mmピストルをホルスターより引き抜くと、中腰の体勢のまま設置したラジカセへと向かって行く。

 亜森を見送った胡桃は、頼まれた見張りを遂行するためトラックの屋根へと登った。

 見張りと言っても、ずっとラジカセを大音量で再生させ続けているのだ。

 トラックの周囲をぐるりと見回しても不審な姿は存在せず、亜森が向かった先に数体のゾンビがラジカセの設置された車の周囲を取り囲み、ただ本能のままに車をその腕や身体で押しているだけだった。

 そんな状態のゾンビ達が亜森の接近を察知するわけもなく、銃を構えた彼によりただ淡々と処理されていく。

 

(あ、音が止んだ……。アモの方も、問題無さそうだな)

 

 ラジカセを無事に回収したらしい亜森の姿を視界に捉え、胡桃は大きく手を降ってこちらも問題無いことを伝えると、早く戻るように手招きをする。

 何でも無いように帰還した亜森にキーを渡し、胡桃は改めて出発を促した。

 

「さぁ、学校に帰ろうぜ! 皆、心配して待ってるだろうしな!」

「あぁ、今から帰れば日が暮れる前には戻れる」

 

 アクセルを踏み込み、トラックはゆっくりと無人の道路を走っていく。

 ホームセンターを後ろに、レンタルビデオショップを横に走り抜けて、二人は悠里達の待つ学校へと向かった。

 

 

 





・おにぎりの具
梅干しにおかかは定番として、ツナマヨや明太子はコンビニおにぎりの大定番。
どれも残った食料から食い潰していくしかないが、梅干しは梅の木を探せば新たに作れそう。
ただし、それなりの塩や消毒用のアルコール等が必要になる。

・レンタルビデオショップ再び
今回は、二人で。
二人共ゲーム世代真っ只中だから、仕方ないね。
作者は未だに、GBAの黄金の太陽を遊ぶことがあります。
戦闘シーンとか、好き(突然の語彙力不足)。

・殆ど皆無なゾンビについて
がっこうぐらし世界のゾンビ特有の性質、生前の記憶に沿って行動している説。
作者の解釈としては、死の直前一日だけの記憶を、ただ繰り返しているように感じている。
なので粗方始末してしまえば、その地域一帯は空白地帯になりそう。
他の地域のゾンビは、最後の日に空白地帯で行動した記憶が無いはず、だろうし。
ただし、ラジカセのように新たな刺激に反応した場合は除く。

・ゾンビサバイバーにいつもカモられる、ホームセンターさん
皆大好きホームセンター。
最近は、灯油を販売している店舗もあったりする。
今回も、お世話になります。

・銃を現代風のアレンジでクラフトする、予定の主人公
ネット動画を眺めている時に、AR-15のレシーバーをソーダ缶を溶かしたアルミブロックから作り出した動画を発見して、作者はこれだ!と思いました。
強度が心配ではありますが、実践している方はいるし、火薬の発射エネルギーを受け止める部品はオリジナルを使えばいいし、アルミもちょっと分厚くすれば良いだろうと適当に考えた次第。
ちなみに銃の種類は、Fallout4のサブマシンガン(現実ではトンプソン・サブマシンガンM1A1がモデル)。
ストックをM4カービン風のパイプと肩当てのシンプルな物に変え、レシーバーを少し肉厚のアルミに変更し、フォアグリップとリフレックスサイトや低倍率スコープを付ける、みたいな感じ。
これは、かっこ悪いかすごくかっこ悪い、そのどちらかになりそうな予感。
これは迷彩塗装で誤魔化すしかないな!

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