がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

26 / 32
こちらは後編になります。


第22話 学園祭と生存者捜索ヘリ 後編

 

「あれっ! 上見て!」

 

 屋上のフェンスから飛び出さんばかりにフェンスへと走りより、胡桃は空の遠くに見える一点を指差した。

 他の皆も同じようにフェンスへと近寄り、遠くの空に浮かぶ黒点に視線を向ける。

 部室で使っていた双眼鏡を持ってきていた亜森は、そちらの方向に双眼鏡を向け睨みつけるように覗き込んでいた。

 

「あれは……ヘリコプターだな、こっちに向かってる」

「貸して!」

「あぁ、ほら」

 

 奪い取るように双眼鏡を掴んだ胡桃、その余裕のない姿に亜森も緊張感が増していく。

 ヘリは塗装の色からして民間企業が使っているような代物ではなく、いかにも軍事用らしいカラーリングであった。

 しかしながら、いわゆる偵察ヘリや攻撃ヘリといった正面からの被弾面積を意識する細長いシルエットではなく、兵員輸送に使用するようなタイプに見える。

 それでも扉を開ければドアガンナーがいる恐れは十分に考えられ、亜森の手は肩に掛けているスリングを無意識の内に強く握りしめていた。

 他の三人は、ヘリコプターが向かってきている姿を見て、美紀が用意して全員に配っていたタオルを頭上で振り回し始める。

 屋上からいくら喉を枯らして大声を張り上げようと、上空で爆音をかき鳴らすヘリ内のパイロットには伝わりようがない。

 そのため、出来るだけ上空からでも目立つようにタオルを振り回すのだ。

 私達はここにいます、と。

 

 一分と経たない内に学校の上空にたどり着いたヘリは、屋上にいる全員を観察するように大きく円を描きながら旋回し始めた。

 

「なぁ、アレってこっちに気が付いてるんだよな……」

 

 ヘリの様子を心配そうに見つめ、胡桃は不安を口にする。

 そのはずだと亜森も同意したいところだったが、旋回し始めてから変化のないヘリの様子に、亜森も答えに窮していた。

 ヘリからの呼びかけに変化はあったのかと期待して悠里の顔を見てみるも、ヘッドセットのスピーカーを耳に当てる悠里からは首を振って何もないと告げられる。

 

「なに、あれ……こわい」

 

 いつの間にかタオルを振るのを止めてしまっていた由紀は、上空のヘリを見つめたまま膨れあがる不安が口からこぼれ出していた。

 隣にいてその言葉を耳にした美紀は、安心させようとそっと手を重ねる。

 

「怖くないですよ、ゆき先輩」

「うん……」

 

 美紀の言葉に同意して見せるも、どうしても不安は拭い去れなかった。

 

「おーいっ、こっちだぁー!」

「……あの」

「ん?」

 

 目を凝らしながら上空のヘリを見上げる美紀は、旋回を止めてホバリングを始めた様子に違和感を覚える。

 ホバリングするヘリは、ああまでにも揺れたりするものだろうか。

 バランスを崩したヤジロベーのように、小さくはあるものの小刻みに揺れ始め、次第に振れ幅が大きくなっていくのだった。

 言い知れない不安が、美紀の胸中に広がっていく。

 

「あのヘリ、揺れて……ませんか?」

 

 いつの間にかタオルを振り回すことも止め、一同は両手でフェンスをぎゅっと握りしめ、成り行きを見守っていた。

 

「どうだろ?」

「着陸……するんじゃないの?」

 

 目を細めてヘリを見上げる胡桃と悠里も、不安からか表情が曇り始める。

 亜森も双眼鏡を除きながらヘリを見上げるが、何も分からなかった。

 傍らにいるヘッドセットを首に掛けた由紀に、何か変化があったかと聞いてみる亜森。

 しかしながら、スピーカーに耳を当てる由紀に否定される。

 

「何も言ってないか?」

「ううん、何も……」

「そうか……」

 

 その時だった。

 ヘリが完全にコントロールを失った状態に陥り、自由落下を始めたのだ。

 いち早く危険を察した亜森は、皆に対して強い口調でその場に伏せるように言った。

 突然の事態に動けたのは、亜森と声に反応できた胡桃の二人。

 胡桃は最も近くにいた美紀の襟首に手を伸ばすと、屋上の床に引き倒し彼女の頭を庇う様に抱え込んだ。

 その様子を視界の端で認識しながら、亜森は由紀と悠里の頭を庇い、可能な限り姿勢を低くさせる。

 

 ほんの少しの空白の後、大質量の物体が地面に衝突した轟音と金属を引き裂く耳障りな大音響が周囲にこだまする。

 校舎が衝撃で揺れた感覚が、全員の体を襲う。

 残響が止んだことを感じた亜森は、庇っていた由紀と悠里の体を離し、怪我がないか確認した。

 

「二人とも、怪我はないか?」

「だ、大丈夫……」

「私も、平気です……。一体何が?」

「ヘリが落ちた」

 

 事実のみを端的に伝えて、亜森は胡桃達の方に目をやる。

 美紀の頭を庇っていた胡桃が周囲をキョロキョロと見回しながら、反射的に背中に背負っていたシャベルに手を伸ばしつつ立ち上がろうとしていた。

 

「みきっ、大丈夫か!?」

「大丈夫ですけど……もう少しやさしくですね」

 

 やや乱雑に庇われたことに悪態をつきつつも礼を言い、美紀も胡桃につられて立ち上がる。

 制服についた塵埃を払い、胡桃と美紀の二人は周囲を見回し亜森に状況を尋ねた。

 

「ヘリはどっちに落ちたんだっ!?」

「職員駐車場の方らしい、確認しに行くぞ」

 

 亜森は菜園のある領域とは反対側を示し、先に行くと告げて駆け出していく。

 その後ろに胡桃が続きながら、他の三人にもついてくるように手招きをした。

 イマイチ状況が飲み込めていない由紀と悠里の手を掴み、美紀も前を進む二人の後を追った。

 

 屋上のビオトープ用の貯水槽の脇を抜け、太陽光発電パネルを通り過ぎ、駐車場に面するフェンスにたどり着いた亜森は、眼下の惨状に眉間に皺が寄るのを抑えられなかった。

 横倒しの状態で複数の自動車を巻き込んだヘリは、テイルローターと胴体を繋ぐ部分が完全に折れてしまっており、プロペラは無残に根元から千切れている。

 ドアにはめ込まれた透明のパネルも僅かに破片が残っている程度で、既にその役目を果たせない状態にあり、それは周囲に散らばる透明な瓦礫からも察することが出来た。

 メインローターは横倒しになっていることもあり、屋上から見えない位置にあるが小さな黒煙が立ち上っている。

 周囲には遠くから飛来したヘリのローター音に引き寄せられたのであろうゾンビの集団がいて、三々五々に別れながらも見える範囲だけで三十体はくだらない。

 唯でさえ、ヘリの墜落でパイロットの生存が絶望的だというのに、これではヘリに辿り着くだけでも時間がかかる。

 黒煙が確認できるということは、少なくとも電装系がショートしたか、あるいは潤滑油が燃えているか、少なくともそのどちらかであろうことは明白だった。

 燃料が燃えているであれば、既に爆音とともに屋上の高さを超える炎が立ち上っているはず。

 タイマーのない時限爆弾に、準備も無しに近づくことは危険すぎるな。

 亜森は眼下のヘリとゾンビの集団を観察しながら、そのように考えていた。

 

「どうなってるッ!?」

「酷いもんだ、パイロットは期待できん」

 

 追いついてきた胡桃が、亜森と同じように駐車場を覗き込みながら、焦りを感じさせる語調で問いただす。

 それに軽く首を振り、亜森は率直な感想を返した。

 悪態をもらし、フェンスをギュッと握りしめる胡桃。

 その後ろには、ようやく追いついた悠里達三人がいて、胡桃と同じように下に視線を走らせている。

 

「アモッ、下に見に行くぞ。助けなきゃ!」

「生きてるのかどうか、分からないんだぞ」

「怪我して動けないだけかもしんないだろっ」

 

 言外に危険だと伝える亜森であったが、胡桃は諦めた様子もなく眼下のヘリを指し示し生きている可能性を提示した。

 胡桃とヘリとを何度も視線を往復させ逡巡した亜森は、仕方ないという風に胡桃の提案を受け入れる。

 

「……俺が危険だと判断したら、諦める。いいな?」

「――分かった」

 

 その条件付きの了承は、自分達を危険に晒したくないという亜森のギリギリの譲歩だと、胡桃は感じていた。

 しかし今は一刻を争う事態、亜森に感謝を伝える暇すらも惜しい。

 言葉少なく頷いた胡桃は、その場で踵を返し校舎内に通じる階段へと向かおうとする。

 

「若狭、そのヘッドセットを貸してくれ。何かあれば連絡する」

「え、あ、はい。どうぞ」

 

 ありがとう、そう言って亜森は受け取ったヘッドセットを手に胡桃の後を追う。

 そして、ふと何か思い付いたように振り返った。

 

「丈槍、何があっても良いように『コレ』に注意しておいてくれ」

 

 トントンと自分の耳を人差し指で叩くような仕草をして、由紀の持つヘッドセットを指差した。

 

「う、うん……。アモさん、くるみちゃんも……気をつけて」

「あぁ、そっちもな」

 

 亜森は由紀の隣りにいる悠里と美紀にも、後は頼むと伝え、少し先で待つ胡桃に続いた。

 

 

 

 階段を駆け降り、バリケードを乗り越えて一階を目指す亜森と胡桃。

 亜森は伝え忘れていたという風に、胡桃に言葉を投げかける。

 

「恵飛須沢、下では俺より前に出るなよ。それと、銃は使うな。少なくとも、俺が良いと言うまでは」

「それは良いけど……、何で?」

 

 たどり着いた一階の廊下を進みながら、胡桃は疑問を呈す。

 庇われているのはともかく、有効な武器を使うなとは腑に落ちない話だ。

 

「最悪の場合、燃料が漏れてる。下敷きになった、自動車の分もな」

「つまり?」

「俺達が近づき過ぎて銃を使ったら、俺達もろとも吹っ飛ぶ」

 

 淡々と可能性を並べていく亜森に、胡桃の顔は険しさを増す。

 そんな胡桃の様子とは裏腹に、亜森は使う相手がいなくなった.50口径ライフルをPip-Boyに仕舞い込み、代わりにやや肉厚な刃を持つマチェットを取り出した。

 

(本当はサスマタにナイフでも取り付けた物を使いたかったが……、用意してないんじゃ仕方ない)

 

 握り手に滑り止めの革紐をきつく巻いたそれを手にして、亜森は具合を確かめるようにくるくると手首を支点に回し満足すると、一緒に取り出していた鞘に戻して腰のベルトに差し込んだ。

 

「それって、薪拾いの時に使ってるアレ?」

「薪拾いにも使ってるし、ゾンビと一対一の時なんかにも使ってる。弾、勿体無いし」

「まぁ、あたしもそんなときはシャベル使うけど」

 

 銃は止めとこうとの言葉に、胡桃はパイプライフルの代わりに背中に背負っていたシャベルを手に持つ。

 最近はとんと出番のないシャベル。

 亜森と行動を共にする限り、たった一人で目の前にいるゾンビ対処する機会はまず無いのだが。

 それでも訓練は欠かした事はなかった。

 

「ようやく、訓練の成果がお出ましになるってことだな」

 

 両手で持つシャベルを力強く握りしめ、よしッと胡桃は気合を入れた。

 

 一階の廊下を足早に進み、二人は駐車場に続く職員用昇降口の扉へと辿り着いた。

 例に漏れず、扉のガラスは割れてしまっており、ホームセンター等からの探索で得た資材を使って隙間を埋めている。

 取手の部分には単管パイプを使って閂を設置しており、今のところ外から加えられた力で破損した様子もない。

 二人は僅かに残った隙間から、外の様子を観察していた。

 

「……どう?」

「屋上で見たのと変わりは無いみたいだな……、ゾンビもかなり集まってきてる」

「あぁ、ウチの制服の奴はいないみたい。普通の服か、スーツばっかり」

 

 二人が見る限り、無残な姿を見せるヘリと下敷きになった自動車、そして集まってきているゾンビと、事態に変化はないように見えていた。

 さてどう動くべきかと、亜森が思案しながら観察していたその時だった。

 視界の端に、炎が微かに揺らめいているのが見えた。

 それは、ヘリの墜落に巻き込まれ殆どひっくり返っていた自動車から発生しており、駐車場のアスファルトに筋を作っていた燃料に引火する。

 漏れ出ていた燃料から発生した気化ガスを一気に焔へと変化させ、何か対処をしようと考える暇もなくヘリの方へと炎の道が走っていく。

 

「胡桃っ! 伏せろぉッ!!」

「なんっ──」

 

 胡桃の直ぐ目の前で外を覗き見ていた亜森が大声を上げたかと思うと、胡桃の身体を守るように抱きかかえながら、廊下へと身体を伏せた。

 亜森に覆いかぶされ視界が塞がれた胡桃は、一体に何が起きたのかと考えを巡らせようとした瞬間、これまでの人生に於いて経験したことのない轟音と衝撃が、亜森の身体越しに自身を打ち据えるのを感じた。

 外と廊下を隔てていた扉は完全にその役目を終え、ガラス板の代わりに打ち付けていた木材などは既に無く、閂として設置していた単管パイプはくの字に折れ曲がった状態で、空気を切り裂きながら廊下の遥か先へと飛んでいった。

 

 耳鳴りが、胡桃の思考を鈍くさせる。

 しかしながら、いつまでも立ち上がらないわけにもいかない。

 胡桃は自身を守っていた、亜森へと目を向けた。

 腕に力を込め身体を起き上がらせようとしている姿に、胡桃は安堵の溜め息をつきかけた。

 それは、頬に落ちる温かい雫によって中断を余儀なくさせる。

 胡桃の上から退き廊下の床に腰を下ろす亜森を視界に入れながら、胡桃は頬の液体に手を伸ばし、それが何なのか検めた。

 指には、赤く拭き取ったような筋が残っている。

 

「アモッ! ねぇっ、血がっ!? 怪我したのか!?」

「自分じゃ……見れん、背中を……」

「そのまま動くなよ!? うっ……」

 

 胡桃はその怪我の状態を見て大声を上げそうになるのを、口を手で塞ぐことで止めた。

 亜森の背中から左肩にかけて手のひら大の薄い金属片が、上着の上から突き刺さっている。

 金属片の周囲は血液で赤く染まっており今なお広がり続け、それが動いた時に胡桃の頬へと雫として落ちたらしい。

 この金属片以外に何か怪我の原因になってそうなものは無いか、亜森の背中を隅々まで視線を走らせるが、左肩以外にはそれらしい物体は見当たらなかった。

 胡桃は亜森の正面に回り込みながら、左肩に金属片が刺さっている事を焦りを隠せない様子で告げた。

 

「こ、これぐらいの金属の板が、肩にっ、……刺さってる。あたしっ、絆創膏貼る前に消毒するぐらいしか出来ないんだけどっ!?」

「大丈夫……だ、落ち着け。こいつを……使ってくれ」

 

 亜森は痛みで脂汗を額に浮かべつつも、腕に装着しているPip-Boyを操作し、中に常備していた救急箱とスティムパックを取り出した。

 

「救急箱ッ! と、これ何?」

「それは最後に使う……、胡桃」

「何っ、どうすれば良いんだっ?」

 

 自分では具体策を思いつかない焦りからか、胡桃は救急箱を目の前にしても焦燥感に包まれたままで、何も手に付かない状態だった。

 おろおろする胡桃の手を、亜森は落ち着かせるようにやんわりと握る。

 すると、次第に落ち着いていったようで、胡桃は小さく一呼吸ついた。

 

「──あたしが、しっかりしなきゃいけないのに……」

「いいんだ、やり方は……教えるから」

「──うん。それじゃ、何をすればいい?」

 

 それから、胡桃は亜森の指示に従って、傷の手当てを始める。

 救急箱内の消毒液で自身の両手を消毒し、患部がよく見えるように肩口周辺の布地を破る。

 金属片と皮膚の間から血液が滲み、胡桃は一瞬手を止めるが、意を決して傷口周辺を指で抑えながら、亜森の指示通りに金属片を引き抜く。

 亜森の硬く結んだ口から、苦悶の声が漏れ出す。

 

「ご、ごめん。大丈夫?」

「だ、大丈夫だ──。傷口に、何か異物は残ってるか?」

 

 抑えていた手をゆっくりと退かすと、抑えていた血流が戻りまた赤い鮮血が滲み始める。

 胡桃は痛みに耐える亜森の様子を気にしながらも、金属片が刺さっていた傷口を慎重に観察していく。

 救急箱にあった脱脂綿で傷口に溜まる血液を取り除き、異物が無いことを何とか確認して、亜森に伝えた。

 

「何も無いみたい。それで次はどうすれば?」

「良し……、それじゃ傷口を手でしっかり押さえて、血が流れないようにしてくれるか」

「分かった、痛いだろうけど我慢しろよ」

 

 両手を重ねて、傷口を圧迫する胡桃。

 痛みが走る身体を意志の力で押さえ込んだ亜森は、取り出していたスティパックを右手に持ち、傷口に最も近い左上腕に薬剤を注射した。

 その変化は、亜森のみならず胡桃にも伝わっていた。

 圧迫し続ける胡桃の手のひらの下で、患部が次第に熱を持ち始めたのだ。

 それから、亜森がもう大丈夫だと言うまでのたった数秒に満たない時間で、血にまみれていたはずの傷口はわずかに肉の盛り上がりを見せつつも、完全に塞がった。

 そのミミズ腫れにも似た痕がなければ、そこがさっきまでパックリと割れたような傷口だったとは気が付かない程である。

 

「アモ……、治っちゃった」

「大丈夫だって、言ったろ?」

 

 服こそ血に塗れたままの姿であったが、左肩を回し具合を確かめる姿は、胡桃からすれば異常の一言であった。

 

「ねぇ、その注射って……。ヤバいやつ、何じゃないの? ホントに大丈夫?」

「これまで何度も使ってるけど、傷が治って少し体力使うぐらいで何とも無いよ。心配いらない」

「そう。……でもこれからは、本当に切羽詰った時だけにしてよ? どう考えても、怪しいよ。これまで問題が無くたってさ」

「分かったよ、今みたいに一秒でも惜しい時だけにする」

「ッ!! そうだっ、ヘリが!」

 

 救急箱をPip-Boyに片付けている亜森を尻目に、胡桃の顔はヘリが爆発した外へと向いた。

 轟々と炎が立ち上り、黒煙が空に広がり続けている。

 周囲も爆発と炎に晒されたのか、無事に残っていた自動車も窓ガラスやフロントガラスが砕け散り、集まってきていたゾンビは、その身に炎を纏わりつかせ立ちすくんだり地面に横たわったりしていた。

 それでも、校外からはまだ集まってきていて、そのまま炎に引き寄せられ自ら燃えていく個体もいる。

 どこかの戦場かと見紛うほどの惨状に、胡桃の顔も険しくなる。

 

「胡桃、ありったけの消火器をかき集めよう。炎を消すか、せめて小さくしないと校舎にまで火が回っちまう」

「わ、分かった。それは良いけど、皆にも避難するように言わなきゃ」

「あぁ、煙に巻かれる前に降りてきてもらわないと。確かヘッドセットが──」

 

 亜森が周囲を見回すと、胡桃の側に床に落ちていたヘッドセットから誰かが呼びかける声が聞こえていた。

 近くにいた胡桃が手にとって耳にスピーカーを当てると、それは美紀からの必死の呼びかけだと分かった。

 

『くるみ先輩ッ!? 亜森さんッ!? 大丈夫ですかっ、応答して下さい!!』

「みき、こっちは大丈夫。何とかな」

『くるみ先輩ッ、良かった! 無事ですか!?』

「まぁ……擦りむいたぐらいだから、大丈夫」

 

 未だに服が血に塗れ痛々しい姿を見せる亜森を横目に見るが、今正直に告げて心配させる必要もないだろうと、胡桃は言葉少なく誤魔化した。

 皆が安全な場所についてから、正直に言おう。

 胡桃はそのように考えながら、優先事項に話を切り替えていく。

 

「みき、いいか。皆で下まで降りて来てくれ、最低限の荷物だけ持って」

『わ、分かりました。乾パンと水だけ、リュックサックに入れますっ』

 

 ヘッドセットでやり取りをする胡桃の傍らでは、行動に支障のなくなった亜森が、校舎一階の各教室に面した廊下に設置されている消火器を集めるため、廊下を走り回っていた。

 

「最悪、荷物は窓から落とせばいいから。今は、安全を優先して」

『えぇ、ついでに寝袋とテントセットを落としておきます』

「やり方は任せる。とにかく、煙に巻かれる前に早く!」

『はいっ。グラウンド側の窓に掛かってる避難梯子で降りて、一旦中庭に向かいます』

 

 美紀が口早に言うには、そのまま亜森の作業場となっている炭焼き窯のあるバリケードに行くとのこと。

 それを聞いた胡桃は美紀との通信を終わり、両脇に消火器を抱えて戻ってきた亜森に、皆が梯子で降りてくると伝えた。

 

「下に降りたら、体育館側から中庭に回るって。それで、アモの作業場の中に待機するみたい」

「分かった、俺は火を消して回ってくる」

「あたしはそれを援護する──だな?」

「皆と一緒にいてもらっても、いいんだぞ?」

 

 暗に危険だと伝えたが、胡桃は頭を振って答える。

 

「何のため訓練してると思ってる? アモを、一人にさせないためじゃん」

「……そっか」

 

 亜森を真摯に見つめる胡桃の言葉に、亜森は色んな感情を飲み込むと、握り拳を突き出した。

 意図が伝わった胡桃も、ニヤリと口角を上げ、その突き出された拳に自分の拳をコツンと当てる。

 

「──頼りにしてる」

「あぁ、任せとけ」

 

 二人はよしと頷き合うと、亜森は消火器を手に持ち未だ燃え盛るヘリへと向かって行った。

 そんな亜森を見送ると、胡桃はパイプライフルを手に持ち、校舎から半身だけ身を乗り出し膝撃ちの体勢を取る。

 グラウンド側から続々とやってくるゾンビを視界に入れ、駐車場に足を踏み入れようとしている一体へと銃の照準を合わせた。

 

(校舎と中庭側からは、アイツラは来ない。グラウンドから来るやつだけを、相手にすればいい。アモの消火が終わるまで、あたしがアモを守るんだ)

 

 弾薬も十分、気合も十分。

 後は、胡桃の腕の次第。

 意識が研ぎ澄まされ、徐々に周囲から音が消えていく。

 そして、一歩一歩ヘリへと近づいていくゾンビに照準を合わせたまま引き金を引き、銃口から最初の一発目が飛び出していった。

 

 

 

(クソッ、消火すると言ったはいいものの、流石に熱すぎる。寄ってくるゾンビは胡桃が何とかしてくれてるみたいだけど、消火器の数が足りるかどうか……。消せないまでも、何とか延焼範囲を押さえないと)

 

 亜森は押し寄せる熱から顔を庇うように手で遮るが、それでも近づくことは容易ではなかった。

 連邦では、ヘリが落ちて火災が発生したところで、誰も積極的に消火しようとなどしなかった。

 延焼して困るのは、居住地や都市部位のもので、消火活動といっても精々土や砂を掛ける程度。

 そんなことよりも、落ちたヘリを狙ったレイダーやガンナーの相手をする方がよっぽど重要なのだ。

 もっとも、巡ヶ丘学院高校では寄ってくるのはレイダーではなく、ゾンビであるが。

 

 亜森は何とか一つ目の消火器を使って、周囲で燃えていた車の炎を消していき、炎を校舎から遠ざけようとしている。

 

(こんなことなら消防署でも探索して、防火服とか貰ってくるんだったぜ。ガソリン火災用の消火剤とかあるだろうしな!)

 

 いくら悪態をついたところで、目の前の炎は消えたりしない。

 多少のやけどは覚悟の上と、亜森は新たな消火器を手に持ち、ヘリの周りで燃え盛る車へとノズルを向ける。

 ヘリにはまだ、たどり着けない。

 

 

 

 一方、屋上で爆音に晒された悠里達三人は、何とかヘッドセットで連絡が取れた後、急いで部室に向かっていた。

 寝室に置いてあった各自のリュックサックや寝袋、テントセットを持ち出して、部室で非常用に保管していた乾パンや水入りのペットボトルをリュックサックに詰めている。

 

「急がないと、煙が廊下の天井まで来ちゃってます」

「えぇと、乾パンは私のリュックサックで、水はりーさんのリュックサックで──」

「二人ともっ、タオルを水で濡らしたから、これで口と鼻を塞いで!」

 

 悠里がそれぞれに持っていたタオルを蛇口で濡らして一旦絞ったものを、二人に渡していった。

 美紀は、全員の寝袋を自分のリュックサックに強引に詰め込み、更には部室から持ち出したテントセットを担いでいる。

 テントセットは、亜森と美紀が学園生活部に合流する前、バッテリーが十分に充電できなかった日にキャンプと表して寝室で使っていた物だった。

 今では電気に若干の余裕が保たれているので使用する機会が無く、殆ど寝室のロッカーで埃をかぶった状態だったのだ。

 

 濡らしたタオルを受け取った美紀と由紀は、促されるがまま鼻と口を覆うようにタオルを当て、後頭部で結び止める。

 

「準備はいい?」

 

 由紀が用意したリュックサックを担いだ悠里は、部室の扉に手をかけて、直ぐ後ろにいる二人へと確認した。

 悠里の言葉に、サムズアップで答える由紀と美紀。

 お互いに頷き合い最終確認が取れた三人は、扉を抜け煙が天井を覆いつつある中、避難梯子のある教室へと走る。

 

 教室に辿り着くと、美紀は割れた窓からグラウンドの様子を観察した。

 焦る気持ちは消えないが、ゾンビの集団が真下にいるようでは別の逃げ道を探さねばならない。

 そんな考えも、燃え盛るヘリのある駐車場へと引き寄せられるゾンビ達の姿をみれば、美紀の不安も杞憂に終わる。

 これなら、梯子を降りる姿も気が付かれることは無いだろう。

 美紀は背中に背負っていたリュックサックやテントセットを一旦下ろすと、梯子の真下にある花壇の上へとそれらを落としていく。

 狙い通りの場所に落ちた事を確認した美紀は、後ろにいる二人に急いで降りるようにと指示を出す。

 

「私は最後に降りますから、二人は先に行ってください」

「危険よっ」

「そうだよ、みーくん! 後輩を置いては行けないよっ」

 

 心配からか、最後に降りると言い出した美紀を問い詰める二人。

 しかし、美紀は頭を振って説得する。

 

「私は身軽になりましたから、最後でいいんです。二人は荷物を持ってますから、尚更早く降りてもらわないと」

「──っ! 分かったわ、直ぐに降りてくるのよ?」

「はい」

 

 問答する時間すら惜しいと感じた悠里は、美紀に念を押すと、由紀を連れ立って梯子を降りていった。

 梯子を降りながら二階の教室や廊下を観察する悠里だったが、二階はまだ煙がそれほど入ってきていないようだった。

 そのまま駐車場側へと顔を向けると、黒煙が校舎の角で一旦渦を巻き、そのいくらかが割れた窓から校舎内に入っていくのが見える。

 上を見れば、美紀が梯子を降りてきており、三階の教室の窓からは薄っすらとだが煙が漏れ出し始めていた。

 

 ここまで来ればタオルも要らないだろうと押し下げ、口と鼻を露わにする悠里。

 地面に降り立った由紀と美紀に顔を向け、行きましょうと移動を促す。

 二人を引き連れ、体育館と校舎の間を通り抜けて中庭に出た。

 途中には幾つか、迷い込んでくるゾンビ阻止用のロープが張り巡らされており、先頭を行く悠里がそれを持ち上げ由紀と美紀をくぐり抜けさせていった。

 はしごを降りて数分と経たない内に、三人は目的の亜森の作業場にたどり着き、バリケードの中でようやく一息つく事が出来た。

 

「はぁはぁ……、二人とも大丈夫? 怪我したりしてない?」

 

 濡らして口と鼻を覆っていたタオルを顔から取り去り、緊張と疲れからか額に滲む汗を拭く悠里は、同じく一息ついている二人に尋ねた。

 由紀はその言葉に悠里と顔を見合わせると、問題ないと頷き美紀にも同じことを聞く。

 

「みーくんは、大丈夫? 気分悪かったりする? ちゃんと言うんだよ」

「ふぅー……、いえ私は大丈夫です。りーさんは?」

「私も、問題ないわ。でも、ちょっと……疲れたかな」

 

 設置してあるベンチに腰を下ろしながら、悠里は疲れた様子を見せている。

 由紀と美紀もそれに倣い、悠里を挟むように座った。

 

「りーさん、少し横になる?」

 

 悠里の顔を心配そうに覗き込んだ由紀は、自身の膝をポンポンと叩くと、膝を貸すよと告げる。

 

「ここは安全だから、ちょっとぐらい休んでも大丈夫だよ」

「じゃあ、少しだけ……お願いしていい?」

「どーぞ、どーぞ」

 

 普段の悠里であればこのような姿は見せないのだが、今は由紀の心遣いに感謝する様子さえ見せ、由紀の厚意に甘えさせてもらったようだ。

 美紀もすぐに寝入った悠里の様子に、よっぽど疲れているのだなと感じていた。

 

「……ゆき先輩。りーさんの事、少し見ていてもらってもいいですか?」

「良いけど、どうするの?」

「くるみ先輩と亜森さんが心配ですので、様子を見てきます」

 

 美紀はベンチから立ち上がり、背負っていた寝袋を詰めたリュックサックやテントセットを地面に置く。

 そして、屋上で使ってからは首に掛けたままだったヘッドセットの具合を確かめながら、バリケードへと足を進めた。

 

「危ないよ?」

「でも……、心配ですから。お二人はここに居て下さい」

 

 単管パイプを組んだバリケードに足をかけ、上まで登り足でまたぐと、もう一度美紀は由紀の方へと顔を向ける。

 

「みーくん、気を付けてね?」

「はい、すぐ戻りますから」

 

 真剣な顔をする由紀に返事をした美紀は、バリケードの外側へと降り立ち、周囲に視線を走らせ警戒しながら足早に中庭を通って駐車場へと向かった。

 

 

 

「アモッ! 新しい弾をくれ!」

「分かった! 少し待ってろっ」

 

 職員用昇降口より半身を出してゾンビに銃弾を撃ち続ける胡桃から、亜森に弾の補給が叫ばれる。

 亜森が延焼範囲が狭まりつつある付近から、そちらの方へと意識を向ける。

 ゾンビはその襲撃の波を一旦は途切れさせており、胡桃の周囲には空になったマガジンと薬莢が散らばっていた。

 消火剤が空になるまでヘリ以外では最後まで燃えていた自動車に撒き終えると、亜森は空になった消火器をその場に捨て、胡桃の方へと走り寄った。

 

「すまん、待たせた」

「今使ってるので最後、そっちはどう?」

 

 亜森から新しいマガジンを受け取りながら、胡桃は消火の状況を尋ねた。

 最初の頃よりも身体に当たる輻射熱は和らいだと感じていたが、ゾンビを撃退している間も視界には黒黒とした黒煙が立ち上り続けていたのだ。

 空のマガジンを回収している亜森は、手短に答える。

 

「何とか残りはヘリだけになったんだが……、横倒しになったヘリの機内から炎が出てるから、上手く消火剤が撒けるかどうか分からん。胡桃の方はどうだ?」

 

 見たところ問題無いようだけどと、亜森は駐車場とグラウンドの境目付近で無力化されたゾンビ達を顎でしゃくってみせた。

 額に穴が開いているものから、一度膝を撃ち抜かれたもの、首が銃弾で引き裂かれ頸椎を破壊されたもの。

 様々な状態で、ゾンビ達は無力化されている。

 

「見える傍から撃ってたからなー、ただこっちの方が限界かも」

 

 胡桃はそう言って、今まで撃ち続けていたパイプライフルを亜森に見せる。

 銃身は発射ガスの熱で色味が変わり、サプレッサーからは薄っすらと煙が銃口から出ていた。

 

「これは……、もう駄目だな。代わりに俺のを使ってくれ」

 

 そのパイプライフルをやや強引に引き取ると、亜森は消火中は邪魔になると昇降口内に置いていた自身のパイプライフルを手渡す。

 受け取った銃をカチャカチャとイジり、胡桃は動作を確認した。

 マガジンを装填しては外しを一度だけ繰り返し、一体グラウンドから近寄りつつあるゾンビに銃口を向ける。

 発射された銃弾は、胡桃の狙い通りゾンビの頭部へと吸い込まれていった。

 

「大したもんだ」

「問題なし……。でもさ、ずっとここで弾をばら撒いてるわけにもいかないぜ? どうすんだ?」

「流石に、消火器が尽きたら皆の所に引き上げるしか……」

 

 二人して思案顔をしていると、胡桃の傍らで転がっていたヘッドセットから呼びかける声が聞こえてきた。

 胡桃は一旦銃を亜森に渡し、ヘッドセットを取り上げると、聞こえてくる声の主に応答する。

 

『くるみ先輩、亜森さんっ。聞こえてますかっ』

「ゆき、あたしだ。聞こえてるよ、どうした?」

『あ、良かった。ゆき先輩とりーさんは、中庭のバリケードにいて安全です。私は、くるみ先輩達が気になって……そっちの様子はどうですか?』

 

 その美紀の言葉に、胡桃は端的に今の状況を伝えた。

 

「あー、炎は小さくなりつつあるよ。アイツらはまだ、煙と炎に寄ってくるけど」

『今そっちに向かってますから──』

「は? 危ないから戻って──」

「──来ました」

 

 いつの間にか校舎の角を曲がってきた美紀が、胡桃の側に駆け寄り膝をついて呼吸を落ち着かせている。

 その様子に呆気にとられ、胡桃は咎めようとした言葉を飲み込むしかなかった。

 

「まったく、危ないんだぞ?」

「ホントに危ないなら、さっさと戻りますから」

「直樹、いてもいいが胡桃の側を離れるなよ」

 

 胡桃の代わりにグラウンド側を警戒する亜森から、美紀へと注意が飛ぶ。

 分かってますと返すと、亜森の方へと顔を向け、その上半身の約半分が血にまみれている姿を見て驚愕に目を見開いた。

 

「ち、ちょっと!? 亜森さんっ、それ大丈夫なんですが!? 血がっ、いっぱい──」

「大丈夫だ、落ち着け。もう傷は塞がってるから」

 

 確認の意味を込めて胡桃にも問いただしたが、やや呆れたような顔をして肯定された。

 何がどうなって大丈夫なのか、更に問い詰めたい美紀であったが、今は緊急事態と言っても過言ではない状況だ。

 きっちり説明してもらうのは、安全が確保されてからにしよう。

 美紀は口から出掛かった言葉を、生唾とともに飲み込むことにした。

 

 それから、美紀はようやく周囲をじっくりと確認することが出来た。

 屋上で見た時とは異なり、延焼していた周囲の車は消火剤に塗れて煙がくすぶっているが、炎が再び発生する様子は今のところ無かった。

 ヘリこそ未だ焔を上げている状況に変わりはないが、この状態まま燃料が空になるまで燃え尽きてくれれば、校舎や周囲の雑木林に飛び火する心配も無さそうだ。

 

「傷のことは後で聞きます……。もう、ここから離れても良いんじゃないですか? ヘリは燃えてますけど、校舎から離れてますし」

 

 それにと、美紀はグラウンドの方を視線で示す。

 

「引き寄せられてるアイツラも、火が消えてしまえば生存の記憶にある行動範囲に戻っていくでしょうから」

 

 確かに美紀の言う通り、誘引の刺激が無くなれば勝手に元の場所へと帰っていく可能性は十分にある。

 中庭のバリケード内で静かにしていれば、駐車場でいくらゾンビがフィーバーしてようと、感付かれる恐れはまず無いだろう。

 

「どうする、アモ? さっきも言ったけど、いつまでもは居られないぜ」

 

 グラウンド側を視界に入れて警戒しながらも、胡桃からも尋ねられた亜森は思考を巡らせる。

 無理してここで消火を続ける理由が薄くなりつつある中、このまま放置して良いのか悩んでいた。

 美紀の言葉も最もであるし、胡桃の言うようにこのまま続けるというのも現実的ではなかった。

 最後に残っているヘリの機内から燃え上がる炎を見ながら、十秒ほど思案し決断する。

 

「……分かった。最後にもう一度、消火器を集めてから引き上げよう。二人で、一階部分の消火器を集めてきてくれるか?」

「アモがさっき集めたやつは?」

「あれは廊下に置いてあったもので、保健室とか事務室とか、そういった部屋の中のものまで手が回らなかったんだ」

「ふうん、分かった。みき、行こうぜ」

「あ、はい」

 

 亜森の言葉に理解を示した胡桃は、美紀を連れ立って彼の言う廊下以外の場所に向かう。

 結局、二人が集めてきたのは両手で持てる合計四つの消火器でそれぞれ、保健室、事務室、そして学食で二つ。

 一度亜森の元へと運び、さてもう一度行こうかとしたら、もう十分だと止められてしまった。

 

「これ以上はいいよ、ありがとう」

「まだ見てないとこあるけど、良いのか?」

「これだけあれば足りるさ、ちょっと待ってろ」

 

 訝しむ胡桃と美紀を置いて、亜森は両手で二つの消火器を掴むと足早にヘリへと近付いていく。

 そして、これ以上熱で近付けないという距離で立ち止まると、徐ろに一つずつ消火器を燃え盛るヘリの機内へと放り投げた。

 その姿に胡桃と美紀が呆気に取られていると、合計四つの消火器を放り込んできた亜森が二人の元に足取り軽く戻ってきた。

 

「さぁて、撤収しようか」

「あ、あぁ……」

 

 亜森に背中を押されながら、二人は中庭へと向かっていった。

 

「消火器、使うんじゃなかったんですか?」

 

 予想とは異なる使い方をされ、中庭に戻る道すがら美紀は疑問を投げかけた。

 その隣で胡桃も、美紀と同じように聞きたそうな顔をしてうんうんと頷いている。

 

「いずれ炎の熱で消火器のボンベが破裂して、消火剤が周囲に飛び散るよ。そうしたら、後は勝手に消えてくれるさ」

 

 多少は朝までくすぶってるだろうけどね、亜森はそのように続けて問題は無いと二人に伝えた。

 

「まぁ、それなら良いけど……」

「その件はそれでいいとして。亜森さん、りーさん達の所に戻る前に、そのシャツ着替えて下さいよ。そんなの見たら、りーさん気絶しかねないですよ?」

「いやしかし、女性は血に耐性があると聞いたことが──」

「おい、セクハラだぞ」

「そうですよ、こんな時に何言ってるんですか」

 

 女性陣に不評を買ったことに、若干の理不尽を感じつつも、亜森は美紀の勧めに従いPip-Boyから予備のシャツを取り出して着替える。

 

 着替えている最中、消火器が破裂する音が響き、三人は亜森の案が凡そ上手くいっていると判断。

 そのまま、中庭のバリケードへと向かい、ようやく全員が安全地帯に揃ったことを喜んだ。

 その後、テントを張ったり、作業場に残っていたレンガを組んで簡易コンロを作ったり。

 由紀達が持ち出していた乾パンで食事を取り、水を沸かして温かい白湯を飲んだ後、慌ただしかった一日の疲れが出たのか、日が完全に暮れる前に学園生活部の四人はテントへ、亜森はベンチで休むことになった。

 

 

 

 皆が寝静まった深夜のこと、テントから静かに抜け出した胡桃は、ベンチで横になっている亜森の元へ近寄る。

 そのベンチは背もたれが倒れるような設計になっているらしく、足となる部品と組み合わせ、一人ではやや広めの簡易ベッドの様相になっていた。

 テントから出てきた胡桃に気がついた亜森は、顔を向けて近寄ってくる胡桃を眺める。

 

「アモ、起きてる?」

「起きてるよ、……寝れないのか?」

「んー、そうでもないけど」

 

 ちょっとつめてと亜森に囁き、少しばかり強引に彼の隣で横になった。

 

「ほら、腕伸ばして」

「注文が多いぜ……、テントに戻ったら?」

「うっさい」

 

 口では文句を言いながらも、これと言って不満があるわけでもなく、亜森は胡桃の求めるまま腕を差し出し、腕枕とした。

 狭くなったベンチで身体を寄せ合い、胡桃の左腕は亜森の身体に回されギュッとシャツを掴む。

 

「アモ……、外で寒くない?」

「まだ、外で寝て風邪を引くような時期じゃないからなぁ。それに暖かくなったし」

「ふふふ、ばぁーか」

 

 二人は夜空に浮かぶ星を眺めながら、静かな時間を過ごす。

 都市から光が消えて久しいこの世界で、夜の星空は殊更輝いて見えていた。

 これまでは、そのような余裕も無かったため、ただ何かを眺めるといった行動を取ることはまず無かったのだ。

 

「……ねぇ、怪我は大丈夫? 痛くない?」

 

 胡桃は亜森の胸に頭を預けるようにもたげ、心配そうに聞いた。

 気遣う様子を見せる胡桃を安心させようと、亜森は枕にしていた左手で胡桃の頭を優しく撫で、腕で胡桃の背中に回し抱き寄せる。

 

「傷の方は、もう何とも無いよ。ただ、血を失った分が戻るまで、数日は無理しないようにするさ」

「そっか……、無茶すんなよ」

「心配かけたな、すまん」

「……うん」

 

 短いやり取りだったが、胡桃は亜森の答えに満足したらしく、暫くすると安心したように静かに寝入っていった。

 

 

 

 翌朝のまだ薄暗い中、起き抜けの悠里によって二人の寄り添って寝ている姿が目撃され、携帯のカメラに収められた事実が分かるのは、それから随分と時が経ってからのことになる。

 

「若狭、後でこっそり俺にもデータをくれよ?」

「ふふふ、もちろんです」

 

 もちろん、一人を除いて。

 

 

 




・墜落したヘリ
原作コミックスの描写を見るに、どこかの地上基地より飛来した可能性が高い。
ヘリポートの周りに、街灯が設置されている空母は無いだろうし。
なお、飛び立つシーンでコックピットの窓ガラス?パネル?には規則正しく並ぶ光源が書き込まれている。
基地の周囲にはそれだけのビルがあり、それぞれの部屋を使っている人間が居て、なおかつ電力が賄われていると、考えられ無くもない。
なお、この推察がこの作品に活用されることは恐らく無いです。

・活躍に恵まれたヘッドセット
ここでは、地上と屋上間の連絡手段として使われた。

・燃料火災と消火活動
最初、学校施設には必ずある消火栓から放水ホースで消せばいいと考えていたが、燃料火災で水を撒くのはNGだろうなと、消火器をチョイス。
ちなみに現実では、車火災等で燃料系統に火が回っていないならば、ドバドバ水をかけていたりするらしい。
いつでも適切な消火剤が用意できるわけじゃないからね、仕方ないね。
ただし、当たり前ですが消火器を火に投げ込むことは推奨されていません。

・亜森の怪我
Perkの『Demolition Expert』の効果で、爆発ダメージこそ無かったものの肩に傷を負ってしまった。
同じくPerkの『Adamantium Skeleton』さんが言うには、俺の仕事は手足までで肩を含む胴体部分は管轄が違う、とのこと。

※今回は書いては消し、書いては消しを繰り返し、投稿が遅くなり申し訳ない。
さて、投稿が終わったので作者はSteamセールで購入し、積みかけのドラゴンズドグマダークアリズンを始めます。(ダイマ
次は正月明けから書き始めますので、また次回まで!
それでは、良いお年を!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。