がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第23話 後片付け

 

 波乱の一日が終わった翌朝、亜森と胡桃の二人はヘリの墜落現場にいた。

 辺り一面が消火剤と燃え残った燃料に塗れ、ガソリン特有の匂いが二人の鼻腔を刺激する。

 

「これはまた、酷いもんだ……。片付けるのやめないか?」

「あたしだって、面倒くさいっての。ほら、さっさと動く」

 

 消火剤の粉塵対策に申し訳程度の薄いマスクを装着した二人は、それぞれに作業を開始した。

 亜森は焼けたゾンビの始末に、胡桃は消火剤塗れの駐車場の掃除だ。

 ゾンビの始末はともかくとして、胡桃としては雨風によっていずれ消えていくだろう消火剤を、態々箒で取り除く必要があるのだろうかと思ってみても、じゃあ亜森を手伝うかというと焼死体の処理は流石の彼女も抵抗がある。

 

(散々あいつらを葬ってきておいて何だけど、焼け焦げたのを見るとなぁ)

 

 視界の端に、胡桃が銃撃したゾンビや焼死体を適当な布で包みグラウンドの一角に運んでいく亜森の姿を捉えつつ、胡桃は作業に戻った。

 亜森は残った消火剤を集めて再利用するつもりだと言うが、ガチャガチャの丸いケースにでも詰めるのかと聞いても集めてから考えると返す始末。

 再生産の目処が見込めない消火器の中身を、後生大事に使いたい気持ちは分からないでもないのだが。

 胡桃は箒で集めた炎に曝されていない消火剤を塵取りに取り上げると、側に置いていたバケツへと入れる作業を繰り返す。

 

(大体だ、アモって集めるだけ集めて使わない物が多いんだよなぁ。工具とか、その辺の資材とか)

 

 典型的な物を捨てられない系の亜森の行動に、まぁ付き合ってやるかと考えつつヘリの周辺を移動している時だった。

 つま先に何か硬い物体が当たり、アスファルト上を擦れる音が聞こえてきた。

 その何かに目をやると、四角いアタッシュケース状の物体が煤と消火剤に塗れた状態で落ちているのが胡桃の視界に入ってきたのだ。

 そしてその傍らには、恐らくだがヘリのパイロットらしき人物。

 焼死体で焼け残ったヘルメットや軍事関係者らしい迷彩調の服装から、ヘリのパイロットなのだろうと胡桃は当たりをつける。

 このパイロットが、最後の瞬間まで抱えていたのだろう。

 背中や手足、頭部などは酷い状態だが、腹部にはちょうどケースが収まるぐらいの大きさだけが炎から逃れたように損傷が見られなかった。

 そこまでして守ろうとした物体に訝しむ胡桃であったが、手に持つ掃除道具を地面に下ろすとそのケースを引き寄せる。

 

(開けたらドカンッ……、なんて無いか。それなら守る必要なんて無いし、炎の中にあったのならもう跡形なんて無いよな)

 

 パチンとケースの留め具を外し、中身を露わにする胡桃。

 一瞥した胡桃は眉間に皺が寄る感覚を覚えたが、見なかったことにも出来ないと、焼死体を移動させていた亜森を呼んだ。

 

 

 

「おーい、アモ! こっち来て!」

「どうしたー?」

「こんなの見つけた」

 

 胡桃の呼び声に反応した亜森が小走りで走り寄ると、こいつを見てくれと胡桃が足元のアタッシュケースを指差した。

 そして、蓋を開けて中身を亜森に見えるように晒す。

 中には、オートマチック拳銃と幾つかの注射器、そしてこの地域一帯の地図が入っていた。

 ふむと独り言ち、アスファルトに片膝をついた亜森は顎に手を添え考える。

 視線を中身に固定したまま、どこで見つけたのか胡桃に尋ねた。

 

「そっちの……、たぶんパイロットの人の近く」

「そっか」

 

 パイロットと聞いて、胡桃の言った方向に亜森は顔を向けた。

 何かを抱え込むように、手足が折り畳まれた状態の焼死体。

 防護マスクが顔を覆っていたのだろうが、炎の熱で原型が分からないほど崩壊し完全に顔の皮膚と癒着している。

 小さな折り畳みナイフを取り出した亜森は、パイロットの襟部分の布地を切り裂くが、認識票の類も見当たらなかった。

 

(自衛隊や軍人なら、ドッグタグぐらい付けてるもんだと思ったが……。ここまで飛んできたのは、正規の任務じゃなかったとか?)

 

 考えても結論は出ないが、脅威か否かを判別する前に墜落してしまったのだ。

 何か他に判断材料が無いか、じっくりとパイロットが身につけていた装備品を眺めていると、隣で同じように観察していた胡桃から質問が飛ぶ。

 

「何か分かった?」

「いや……、多分自衛隊だと思う。民間人が用意するには、無理な代物だし」

「そりゃあ、そうだろ」

「後は……そうだな」

 

 亜森は、よっと勢いをつけてヘリの墜落によってひしゃげ焼け焦げた車に足をかけて昇ると、横転したままのヘリの内部を覗き見た。

 機内は想像通り、燃える物は全て燃え破裂した消火器の残骸と消火剤、そして立ち込める焦げた匂いと未燃焼燃料の匂いが残ったままになっている。

 操縦席側へと視線を動かしても、もう一人パイロットがいたような痕跡も見当たらない。

 ヘリの周囲を見回してみても、何者かが脱出した跡も無い。

 

「パイロットはそこの……彼、だけだったらしい」

「一人だけで、何しに来たんだろう?」

「救助かもな」

 

 亜森は、自分でも半信半疑の答えを胡桃に返す。

 それは胡桃の方も同様だったらしく、信じてないけど証明できないなと、何となく腑に落ちない感覚だけが胸に残った。

 

「その人の事はともかく、問題はこっちだな」

「そうだよ、これって……拳銃だよな?」

 

 亜森はアタッシュケースの中から拳銃を取り出すと、弾倉を抜き取り、スライドを半分引いて薬室にも弾薬が装填されていないことを確認する。

 

「銃だったら、もっとゴツいのまで見慣れてるだろ?」

「あたしの知る銃ってのは、どっちかというとこっちの方だし」

「ま、それは言えてる」

 

 弾倉から一発、掌に取る。

 リムの刻印を見ると、9mm口径の弾薬のようだ。

 

「俺の持つ弾薬は、コイツには使えないようだ」

 

 ほらとその弾薬を放ると、一二度お手玉をしてキャッチした胡桃は亜森と同じように刻印を観察する。

 

「9mmってある……。アモが使ってるのは?」

「俺のは拳銃が10mmと、近いのは.38口径だな」

「.38口径っていうと、パイプライフル?」

「そういうこと」

 

 簡単に動作だけ確認した亜森は、弾薬を全て抜き取って銃本体とは分けてPip-Boyへと収納した。

 そして残りの地図と注射器を手に取り、一先ず注射器だけPip-Boyへと入れ、地図を広げる。

 

「……印が書き込んであるね」

「あぁ、ここは……大学か?」

「うん、聖イシドロス大学。うちの学校からも、結構進学してたみたい」

「遠いのか?」

 

 その問いに、胡桃は顎に手を当て考え始める。

 距離そのものは、電車とバスでも使えば何時間と掛からず行ける距離だったと記憶している。

 オープンキャンパスの案内が紹介されていた時、詳しい内容を記したプリントが配布されており、日時と共に交通アクセスについても併記されていたのだ。

 問題は、それが公共交通機関が滞りなく運行されている場合であって、今の状況ではどうなるかは考慮されていない点である。

 

「行くにしても、今の外の状況じゃ数日は掛かりそう」

「どうするにせよ、皆で相談だな」

「うん……。こっちの、ランダル・コーポレーションは? 無茶苦茶怪しくない?」

 

 胡桃は、地図に記されたもう一つの印を指差した。

 ランダル・コーポレーション。

 職員用緊急避難マニュアルにも、連絡先として記載されていた外資系企業の名だ。

 この地図では、巡ヶ丘支社の場所にどうやら印があるようだ。

 

「怪しいのは間違いないんだけど……。出向いて、何か情報があるかまでは分からん。支社も大学も、ここの高校と同じような避難者用の施設なだけかもしれない」

「そうすると、生き残りがいるかも!」

「レイダー……チンピラとかが、いるんじゃないか?」

「あははっ、アモを見たら縮こまるんじゃないの?」

 

 そりゃあどういう意味だと胡桃を見返してみれば、余計に笑われバシバシと肩を叩かれる亜森。

 肩の震えが治まらない胡桃をそのままに、亜森は消火剤を集めたバケツを手に校舎内へと戻っていく。

 その後ろを胡桃が続くが、目尻に浮かぶ涙を拭うのに忙しいようで、足取りは亜森のそれに比べて緩やかだ。

 

「お、おい待てって。笑って悪かったって……ぷくくっ」

「……はぁ、もう昼だから戻るだけだ。さっさと来い」

「はいはい、今行くよー」

 

 

 

「それで、この地図を見つけたわけですか……」

「あぁ、皆の意見を聞きたい」

 

 簡単な昼食の後、いつもは授業だと言って部室を離れる由紀も交えて、亜森達は地図を囲んで席についていた。

 亜森と胡桃からヘリの火災後から見つけた経緯を伝えられ、重苦しい雰囲気の中、美紀が代表するようにつぶやくと亜森は本題に入る。

 つまり、この地図から得られた情報をどう扱うか。

 

 印が記入された二つの地点、聖イシドロス大学とランダル・コーポレーション。

 更に付け加えるならば、ここ巡ヶ丘学院高校を目的地としていたヘリについてもだ。

 皆、顔や態度にこそ表さないが、救助だと思っていたのは間違いなく、現状のサバイバル生活でふっと現れて消えていった希望に、落胆と失望、諦観の感情が無いわけではない。

 しかしながら、沈んでばかりでは折角上手く回りつつあった学園生活部の崩壊を招きかねない。

 今回の件が尾を引く前に、何か前向きな意見が出てくることを、亜森は皆の表情を観察しながら願っていた。

 

「……この二箇所を見に行きたい、そういうことですか?」

 

 地図を眺めていた悠里が、ポツリと感じたことを口にする。

 

「あのヘリのパイロットが、持っていた地図だ。そこに印を付けたのには理由がある、そう考えてる」

「それはそうでしょうけど……」

 

 再び、口を閉ざす悠里。

 ヘリがやってきてから目まぐるしく変わっていく環境に、戸惑いと不安を感じていた。

 ヘリと他に生存者がいたという希望が絶望に変わる瞬間を目の当たりにした悠里は、新たな生存者の可能性にどこか悲観的な見方をしてしまっている。

 もちろん、それは悠里以外の学園生活部も同様で、地図を見る目もどこか険しい。

 

「聖イシドロス大学にランダル・コーポレーション、ですか。あのマニュアルに載っていた名前と同じですね」

「それはあたしも思った」

 

 美紀の言葉に、胡桃は同意を示す。

 亜森が、胡桃に投与した試験薬を用意していた企業の名を、彼女は忘れていなかった。

 対策を講じていたのは、この騒動が起こり得ると知っていたからに他ならない。

 胡桃個人としても、知りたいことが沢山ある。

 それが何なのか、分からなくともだ。

 あれから、後遺症などの自覚症状は感じてはいない。

 しかしそれは、不安ではないということとは異なるのだ。

 胡桃は、隣で腕組みをして聞き役に徹している亜森を横目でチラリと見る。

 あの時は助かった、だからといって次が無いとは断言できない。

 

(何も無いってんなら、それでもいい。でも、それを確かめるには行くしかない。……これで学校が駄目になってたら、また違ったんだろうけどな)

 

 要は惜しいのだ、この安全地帯を半ば放棄することが。

 いや、必ずしも放棄という言葉は適切ではないが、地図に記された地点を偵察するならば、安全な空間から危険渦巻く外へと打って出る必要がある。

 その間、学校は誰もいなくなる。

 自分達、学園生活部と亜森が協力して築き上げた小さな居住地を、無防備に晒すのだ。

 何者かに奪われる等の危険性について、これまで何度頭を過ぎったことか。

 無論、今まで得られた周囲の状況から、付近に生存者が皆無なのは分かりきっているのだが、それでも懸念は付き纏い続けた。

 

(問題を起こすのは、生きている人間だけ……か。いっそのこと、ヘリなんて来なきゃ良かったのかも)

 

 考えても仕方のないことだと自覚しているが、そのような考えを胡桃は拭い去れなかった。

 

 

 

 一方亜森はというと、重苦しい雰囲気に昨日の今日でこの様な話し合いの場を作ったのは間違いだったかもしれないと思い始めていた。

 それにどうも、この学校を放棄して地図の場所に向かうかのような空気に、戸惑いも感じている。

 

(……もしかして、ここを去ると勘違いされてる? いや、そんなこと言ってはいないけど、言葉が少なすぎたか)

 

 亜森はんんっと咳払いをすると、自分の考えを念を押すように話し出す。

 

「勘違いされてるかもしれないから、言っておくけど。ここは放棄しないからな? 地図の場所に行っても、帰ってくるのはこの学校だから」

「……それを最初に言いましょうよ。私はてっきり……」

 

 美紀は大きくため息をつくと、自身の仮定が間違っていたと漸く気が付き、それは美紀の言葉にしきりに頷いている悠里も同じだったようだ。

 

「まぁまぁ、アモが言い方が悪かったのはこの辺で許してやろうぜ?」

「こういう時、俺だけを悪者にするの止めようや……」

「アモさん、ドンマイ!」

「俺の味方は丈槍だけだぜ……」

 

 サムズアップしてくる由紀の励ましに、癒やしを感じつつも、一旦皆に平謝りしたところでもう一度話し合いを再開する。

 そこからは皆の懸念が取り除かれたこともあり、いくらかスムーズに進んでいく。

 偵察に行く心理的ハードルが下がったためだろう、行かないという選択肢は挙げられなかった。

 

「──進学か就職か」

「なぁに、みーくん?」

「あ、いえ。大学と企業で迷ってるんですから、まるで進路を迷ってるみたいで」

 

 ふうんと、由紀は頭の中で美紀の言葉を反芻する。

 

「それなら、進学かなー」

「ゆきちゃん、何か理由があるの?」

「ずっと皆で勉強してきたんだし、進学かなーって思うんだ」

「そうねぇ」

 

 由紀の何気ない一言に、悠里も賛成のようだ。

 胡桃や美紀も特に反対する意見は無さそうで、それは亜森も同じであった。

 結局、どちらにも偵察しに行くのは当初の予定通り。

 大学に行くのも、遅いか早いかの違いでしか無かった

 

「それにさ、社会に出る前にもう少し準備したい……みたいな?」

「モラトリアムってヤツ?」

「そう、それ!」

 

 えへへ~とふやける笑顔を見せながら、由紀は亜森の言葉に頷いている。

 亜森が改めて皆に尋ねてみても、大学への偵察に反対意見は無いようで、前向きな同意が得られた。

 

「それじゃ……行くってことで、いいな?」

「はい」

「準備しないとなー」

「えぇ、歩いては無理だろうから……車が必要ね」

「やった! じゃあ卒業旅行だねっ!」

 

 卒業旅行、由紀の中では『そういう事』になったらしい。

 美紀や悠里、胡桃がその言葉に顔を見合わせる。

 最近の、由紀の言動のあちらこちらに現れる、幻覚に生きているにしては現実と矛盾しない言葉、そして行動。

 亜森は、彼女が現実に適応してきているのではないかと、考える事がある。

 今回の彼女の言う『卒業旅行』にしても、二年生である美紀や用務員という体を取っている亜森の同行は、矛盾極まりないはずなのだ。

 それにも関わらず、全員一緒に行くことに異を唱える様子は見当たらない。

 

(ヘリが落ちてきてからもそうだが、丈槍の様子がまるで普通になってる気がする……。ここ最近は、『めぐねえ』との会話の頻度も減っている。しかし、下手に突付くわけにもいかんしなぁ)

 

 時間が解決してくれることを願いつつ、亜森はこの件について静観、いや現状維持を選択するしかなかった。

 

 それから、所謂『卒業旅行』の計画を立てようと意見を交わしていった。

 しかしながら、決まったのは聖イシドロス大学へ向かう事だけ。

 どうやって向かうかなどの細かい部分は、また日を改めて話し合うとして、一先ず午前中に行っていた作業の続きに、それぞれ再び戻って行った。

 

 亜森と胡桃は、外での作業を明日に回すことにして、それぞれの部屋に向かった。

 大学への行き方を決める前に、今日の寝床を整えなければ屋内でテントを張る羽目になる。

 寝袋の質がいくら良かろうと、屋内では布団かベッドの方が快適だ。

 色々と考える事が増えた二日間であったが、やることはいつもと同じ。

 目の前の問題を一つずつ、着実に片付けていくだけだった。

 

(だからって、掃除が得意だってわけじゃないけど……。連邦じゃ掃除するそばから汚れていくから、暫くして汚なさに麻痺しちゃったしなぁ)

 

 鉛玉を使った掃除なら上手くなったんだがと、一人でブラックジョークを楽しんだ亜森は、あまり気の乗らない調子で掃除を進めていった。

 

 

 

 その日の夜のこと。

 結局、亜森は寝床としている教室の掃除を終えられなかった。

 箒片手に天井を擦るものの、至る所にこびり付いた煤が斑模様に変化したに過ぎず、天井付近の汚れについては早々に諦め、作業台や手が届く範囲の掃除に終始するしかなかったのだ。

 それでもきれいになったと言えるのは、最初に手を付けた作業台と電子機器であり学園生活部の娯楽の中心であるTV周りぐらいのもの。

 一通り煤を取り除いた後は、動作確認だけで既に夕食の準備に追われる時間帯。

 夕食後、夜の帳に包まれている教室に戻っても、手付かずのベッドやソファには煙の匂いを纏ったまま。

 『むせる』だの何だのと言ってタフガイを気取ろうにも、これでは到底疲れを癒やすとは言えない状態であった。

 

 まぁ仕方ないかといった様子で、教室の床に保管していた毛布を敷いて、その上に寝袋を広げる。

 いざとなれば地面にだって直接寝そべるぐらいのことは出来る亜森であったが、快適に過ごせるならそちらを選ぶのは極々当たり前の思考だった。

 それから、いつもの如く枕元をオイルランタンで照らし手帳を取り出すと、鉛筆で今日の出来事を書き込んでいった。

 

 

 

 暫くの間、色々と書き込んでいると、扉の方からトントンとノックの音が聞こえた。

 そちらの方に顔を向ければ寝袋を持った胡桃が佇んでおり、視線が合うと亜森の元へと歩を進め隣に座った。

 

「どうした、皆と寝ないのか?」

「アモが寂しくて眠れないだろうと思ってね」

「ほぉー? 嬉しくて涙が出るね」

 

 冗談を交えながら、床に敷かれた毛布の上に自分の寝袋を広げると、胡桃はゴロンと横になる。

 ランタンの灯りを頼りに、今日の話し合いについて手帳に記入していた亜森もそれを畳むと、胡桃と向かい合うように寝そべった。

 

「何笑ってんの?」

「べっつにー」

「何だそりゃ」

 

 さも当たり前のように腕枕を所望した胡桃は、身体を寄せると軽く触れるだけのキスを交わした。

 

「そっちからとは、珍しい」

「昨日は……してなかったし」

 

 それなら続きをと、亜森が顔を寄せるが、胡桃に人差し指を立てて制止された。

 

「……何か?」

「ムードが足りない」

「それは俺の苦手分野、何だけど」

「そこは頑張ってもらうしか」

 

 どうしたものかと考える亜森は、一つ思い付いたようで一度立ち上がると、半ば物置状態になりつつある生徒用ロッカーに向かう。

 そこから何かを持ち出し、胡桃の元へと戻ってきた。

 

「何それ?」

「んー、最近空いてる時間に作ってさ。ロウソクランタン」

 

 そう言って、亜森は缶飲料サイズのガラス張りランタンを床に置いて見せた。

 ハンダ付けで継ぎ接ぎされたガラスを四面に配置したそれは、控え目に言って不格好であったが、ロウソクの明かりが灯ると、オレンジ色に揺れる影が寧ろ幻想的に胡桃の目には映っている。

 それに、かすかではあるが何やら花の香りが鼻をくすぐった。

 ロウソクそのものに目を向けてみれば、ややピンクがかった色合いで、直径が五百円玉程度の高さのない所謂アロマキャンドルの類のようだ。

 

「へぇ、このロウソク。どこで見つけてきたの?」

「近所の住宅を探索した時に、適当に回収してきた中にあったからなぁ。他の似たような香り付きのロウソクは、確か……モールから持ち帰った分くらいだな」

「ふーん……、いいねこれ。もらって良い?」

「え、うん……まぁ、良いけど。いずれ、全員分作るつもりだったし」

「やった!」

 

 嬉しそうな表情を浮かべ、胡桃はロウソクランタンを手に取り、じっくりと眺める。

 薄い金属製の板を折り曲げて作られた枠組みに、継ぎ接ぎのステンドグラス風の風防。

 底の部分には予備のロウソクやマッチを入れるのだろう、タバコケースサイズの入れ物が備えられていた。

 

「ガラスはどこから?」

「割れたヤツならいくらでもあるだろう? この学校は」

「再利用って訳だ」

「まぁ、そんなとこ」

 

 ハンダ付けのラインを指先でなぞっても引っ掛かりはなく、強度もちょっとやそっとでは壊れそうもない。

 一つの面にだけ蝶番が取り付けられており、そこからロウソクを入れ換えたり火を灯したりするのだろう。

 小さくはあるが、空気の取り入れ口や排気用の隙間もある。

 

「変な所で凝り性だよなぁ、アモは」

「うるせ、好きなんだよ。そういうの」

 

 満足そうな顔をした胡桃は、そっと床にロウソクランタンを置くと、再び亜森の隣へと戻り横になる。

 何度か身じろぎして、ちょうど良いポジションが得られたのか、胡桃は亜森に顔を向けた。

 

「ありがと」

「お安い御用です」

「何だそれ」

 

 どちらともなく、喉を鳴らすように笑い声が洩れた。

 亜森が胡桃の頬に手を重ね、彼女は気持ちよさげに目を細めると、重ねられた掌に顔を擦り寄せる。

 

「胡桃」

「……んっ」

 

 先程は押し返したそれを胡桃は受け入れ、二人は顔を寄せ合った。

 

「ん、……ふぅ。どうせこの続き、するんでしょ?」

「どうせ、って言うのは良くないな。それじゃ、俺がいつも強引みたいに聞こえる」

「へぇー? 保健室の時とか体育館倉庫の時とかは、強引じゃなかったんだ?」

 

 保健室には、使えそうな医療品や器具等を探しに行った時に。

 体育館は、定期的な運動兼レクリエーションをしようと、亜森と胡桃が『掃除』と『封鎖』を行った時に。

 いずれも、詳しい内容を述べる必要は無いだろう。

 

「あれは、その、何だ……。魅力的な後ろ姿に、こうムラムラしてだね」

「身体が勝手に、って?」

「……俺が強引でした」

「よろしい」

 

 勝ち誇ったような笑みを深めた胡桃は、素直に謝る亜森と再び唇を重ねる。

 そのまま亜森と胡桃は、二人だけの世界にのめり込んでいき、夜が更けていった。

 

 

 

 翌朝の胡桃は、普段よりは少し早めの起床をし、昨夜の余韻をシャワーで洗い流して部室へと向かっていた。

 すると、部室の前で何やらそわそわしている美紀を発見。

 片手を挙げて挨拶する胡桃だったが、美紀の方は胡桃に気付くと早足で近付いてきた。

 

「何だ、どうしたんだ?」

「えっと、そのぉ……ですね」

 

 歯切れの悪い返答に疑問を感じつつも、胡桃は続きを静かに待った。

 

「昨日の夜、トイレに起きたら……」

(うんうん、昨日の夜……ん?)

「ある教室から声が聞こえてっ」

「ま、まって!? それって──」

「くるみ先輩が……亜森さんの上でっ」

 

 それはつまり、そういうことだった。

 胡桃は、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆ったが、恥ずかしいのは美紀も同じ。

 しかし、年頃の女子高生として色々と気になる美紀の言葉が、トドメを刺した。

 

「くるみ先輩って、ああいう時……髪、解くんだなぁって」

「う、うわああぁっ! やめろ、それ以上言うなぁぁ……」

 

 羞恥心が限界だったのか、胡桃は紅潮した表情を隠しながらその場にしゃがみ込む。

 やめてくれ、その攻撃は私に効く。

 冗談でも言って誤魔化したい衝動に駆られるも、そんなことをしたところで真っ赤な顔は消えてくれないだろう。

 顔をひた隠す胡桃の肩を、美紀は優しくポンと叩く。

 

「先輩……大人ですね」

 

 いっそのこと、貝になりたい。

 以前話題になった映画のフレーズが脳裏をよぎるが、今の状況はむしろまな板の鯉である。

 

 その後、全員が揃って朝食を囲んだが、胡桃と美紀の二人は終始無言で食事を取り、他のメンバーに不思議がられた。

 特に亜森は、胡桃からは睨みつけられ、美紀からは恥ずかしそうに視線を逸らされ、何か知らないうちにやってしまっただろうかと、一日中疑問符を浮かべていたのはまた別の話である。

 

 

 





・消火剤の再利用について
現実ではしないように、まぁ当たり前のことですが。
しかし連邦を散歩できるクラフターならば、取り敢えず拾っておくのではないだろうか。
今後室内で薪ストーブやらを使う際、近くに緊急用の消火剤を用意しておく等に使えるかも。

・ヘリコプターのパイロット
原作では服装はあまり焼けてなかったが、ここではケースを守っていた腹部以外は殆ど焼け焦げている設定。
中にあった紙製の地図が焦げていたり、注射器のビニール製の袋が変形していなかったところを見ると、ケースは耐熱性だったのだろうか。
ここは、パイロットの最後の献身のお陰と考えたい。

・卒業旅行
地図に記された聖イシドロス大学への偵察。
原作では学校のインフラが破壊されたため、居住地の放棄を余儀なくされた。

・手製のロウソクランタン
学校にはいくらでも落ちていた割れたガラスを再利用した、クラフターの一品。
作者がドラゴンズドグマやスカイリムにハマってたからね、仕方ないね。
スカイリムでは片手に装備できるMODがあるので、洞窟探検が捗ります(ダイマ。
連邦でも、ロウソクについては至る所に灯りとして設置されているので、どこかで生産しているのは間違いなさそう。
石油系は戦前の事情を考えると残ってなさ気なので、蜜蝋か櫨蝋のような植物系油脂を使っているのだろうか。
昔の日本にあったような行灯タイプで良いのなら、バラモンなどから得られる獣脂を燃料に出来そうだけども。
意外と某開拓島のように、椿油よろしく種子を集めて植物油を得るのもありかもしれない。
こんなことやってるから、メインストーリーが放っておかれるんだなぁと、ベセスダ系オープンワールドRPGを遊んでる作者は思います。

・当たり前のように差し込まれるロマンス要素
シリアスが続くと痒くなりそうで(大嘘。
人類が絶滅しない程度には皆スケベなのは明らかですから、作中のように絶滅の危機にあるならこうなるのも仕方ないでしょう?(ゲス顔。
詳しくはいつかR-18の方で書けたらいいなと、思います。

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