後編はもうしばらくお待ち下さい。
「それで、何を探しに行きたいって?」
「アルミです」
そうして神妙な顔する亜森に、胡桃はもう一度問い返した。
「だからどうして、アルミが要るの?」
ヘリの飛来と墜落以来、既に幾度となく話し合いを重ね、聖イシドロス大学への偵察に向けて少しずつ準備を続けていたある日のこと。
胡桃は亜森に呼ばれ、こうして部室のテーブルを挟んでいた。
「結構前に言ってただろ? 胡桃が持つ銃を変えようって」
「あー、言ってたっけ? 確か、戦争映画でよく見る.45口径の……」
「サブマシンガン」
「そうそれ。思い出した、それで軽いアルミニウムに変えようって話になったんだっけ」
「思い出してくれたようで、なにより」
亜森は満足そうに頷くと、部室に置いてある地図と電話帳をテーブルに載せた。
意図をつかめない胡桃は、首を傾げてそれを見るが、亜森は気にもとめず説明を続けていく。
「それで、だ。アルミがありそうな場所を、ここから見つけ出す手伝いをしてもらおうと」
「そういうことなら、いくらでも手伝うけど。りーさん達には言ってあんの? 外に出るって」
「まぁ、この作業が終わってから伝えるさ。まずは計画を立てないとな」
そう言って、亜森は様々な職種の連絡先が載っている電話帳をめくっていく。
「で、どういう所を探してみるわけ? またホームセンター?」
「いや、今回はカー用品店と住宅リフォーム会社を当ってみようかなと」
電話帳を捲る手を止め、亜森はそのように返した。
亜森が言うには、カー用品店にはアルミ製のタイヤホイールを取り扱っている店舗があるだろうから、そこから車数台分のアルミホイールを手に入れれば十分な量を得られる。
そして、住宅リフォーム会社つまり工務店などの事業所には、窓用アルミサッシを保管している若しくは廃棄予定の物が残されている可能性が十分にある、とのこと。
「アルミ製のタイヤホイールを見つける方が楽だから、工務店の方は後回しになるけど」
「ふうん……、あっちの方じゃ駄目なの? ほら、リサイクル業者って金属とかも集めてたりするじゃん」
「リサイクル業者、ねぇ。……二つ三つほどあるみたいだけど、住所からしてかなり郊外だな。日帰りは難しいかも」
胡桃の指摘に、リサイクル業者のページを確認した亜森だったが、その業種の性質上街中には存在せず、大半が巡ヶ丘市から少し離れた地域にあった。
「じゃ、駄目かー」
「駄目って事はないけどな。店舗にあるアルミ製品を集めたほうが、今は楽ってだけだし」
電話帳と地図を照らし合わせながら、亜森はそのように語る。
その後、幾つか目ぼしい店舗を見繕った二人は、地図に印を付けてルートを確認していった。
学校周囲の住宅街や、以前遠征を行ったショッピングモールへの道などについては、ある程度の予測が立てられる。
しかし、今回は遠出とはいかないものの、新しいルートを通るのだ。
どこで道路が塞がれているか分からなかった。
「こっちの国道は? 大きい道だし、事故ってる車があっても避けていけるんじゃない?」
「そうだなぁ、あまり脇道を行くのも袋小路になりかねないし……」
「それに、一個目の店舗のある道路にもアクセスしやすいよ」
胡桃はテーブルに広げた地図を指先でなぞりながら、探索ルートを提案した。
それはショッピングモールにも繋がる道で、胡桃はモールより数キロ手前の交差点を指し示し、目的の店舗まで続く道路をなぞってみせた。
「……うん、いいなこのルート」
「だろ? 後は、あいつらが少ないことを祈るだけ」
「はは、ナイスジョーク」
「うっさい」
テーブルの下で亜森の向こう脛を小突いて、からかう彼を嗜める。
悪い悪いと平謝りした所で、亜森は再び作業に戻り、胡桃もそれに倣った。
それから二人は、いくつかの目ぼしい店舗をピックアップし地図に書き込むと、移動ルートを話し合い、さらに細かく計画を詰めていった。
「だいたいこんなもんかな、どう思う?」
ルートや目的地の店舗名など、いろいろと情報が追加された地図を広げながら、亜森は胡桃に他に何かないか尋ねる。
「良いんじゃないの? モールへの道の途中で曲がらなきゃならないから、そっから先のルートが行き当たりばったりになるのは仕方ないし」
「まぁな。そこは臨機応変に行くしかない」
胡桃の返事に頷いた所で、亜森は地図を折り畳んで懐にしまい、電話帳を元の書類棚に突っ込んだ。
「大丈夫、駄目なら引き返せば良いよ」
「……それもそうか、別に一度で成功させる必要は無いわな」
「そうそう、軽く行こうぜ。軽~く、な」
口元に笑みを浮かべ、胡桃はなんてことは無いように語った。
結論から述べると、この日の遠征は成功裏に終わった。
更に言うなら、想像していたよりもあっけなく目的のアルミを確保できたのだ。
一軒目の店舗で必要量を十分に確保できた二人は、まだ時間に余裕が残されていたものの、早々と帰還の途につく。
帰り道にあるかつて訪れたガソリンスタンドで、消耗した燃料を新たに補給していた。
「なんていうか、もっと何かトラブルが起きると思ってたよ」
「俺も何かしらあると考えてたけど、上手く事が運ぶ分には文句ないぜ」
手動供給装置のハンドルを回しつつ、亜森は胡桃に相槌を打つ。
亜森の傍らで周囲の見張りをしている胡桃も、辺りに視線を走らせながら会話を続ける。
「店先に陳列されてたままのアルミホイールを見つけたのはラッキーだったし、店内で他にも色々見つけたしさ」
「あぁ、胡桃は何かリュックサックに入れてたな。何を持ってきたんだ?」
亜森が目的の物資であるアルミホイールを手に入れた後、二人はカー用品店の店内を一通り物色していた。
自動車やバイクに関わる多くの商品が並ぶ中、胡桃はいくつかの商品を見繕っており、戦利品として自身のリュックサックへと入れていたのだ。
「へへへ、あたしだって結構良いもん見つけたんだぜ?」
「何だよ、意味深な笑い方して」
エアライフルを片手に見張りをしていた胡桃は、その成果を見せようとリュックサックを背中から降ろし、集めたものを一つずつ取り出して見せる。
一つ目は土台から取り外し持ち運びが可能なポータブルカーナビ、二つ目はカー用品店にはあまり似つかわしくないトランシーバーだった。
「カーナビはまだ理解できるけど、トランシーバーなんて良くあったな。レジャー用か?」
「売り場のポップには、『ツーリング中のコミュニケーションにどうぞ!』なんて書いてあったよ」
「あぁ、そういう使い方もあるよなぁ。……『デジタル簡易無線トランシーバー』、お値段にして諭吉さんが五人ほど必要なんだけど、業務用か何か?」
「何が良いのか分かんねーから、取り敢えず高くてオプションが沢山あるやつ取ってきた。なんてったって、100%オフセール開催中だからね!」
ドヤ顔で胸を張る胡桃を尻目に、亜森は受け取ったトランシーバーの箱を眺める。
メーカーと型式の他に、注意書きとしてデジタル簡易無線局に登録申請書を送付する旨が表記されているが、これは今の亜森達には関係のないことだろう。
それ以外は、バッテリーや乾電池でも動作可能であることや実働時間等についてが主だった。
箱蓋を開けて中身を取り出してみれば、いかにも警備員や工事現場の作業員が装備していそうな黒いトランシーバーが現れる。
箱の内部には取替交換が可能な長めのアンテナやイヤホンとコードが繋がったクリップ式マイク、警察官や警備員が身につけるようなPTT(Push To Talk)ボタン付きのマイクロホン等、確かに胡桃の言葉通りオプションパーツが豊富なようだ。
「お、結構カッコいいじゃん」
「防塵・防水機能搭載だってさ」
「ね、試しに動かしてみたら?」
自身のトランシーバーを手にワクワクした様子の胡桃が、亜森にそう提案する。
「目の前にいるってのに、無線を使ってどうする。そういうのは学校に帰ってから」
「それもそうか、じゃあ帰ってからな!」
「あぁ、好きなだけ遊んでくれ」
トランシーバーを箱に戻しそれらを胡桃に返した亜森は、途中だった給油作業に戻った。
箱を受け取った胡桃は、自身のリュックサックにもう一度仕舞うと、助手席に置いて周囲の見張りを再開する。
時折、亜森達の話し声や給油作業に刺激されたゾンビが寄ってくる事もあったが、それらも胡桃の持つエアライフルによって淡々と処理されていき、特に問題が発生することもなく二人はガソリンスタンドを後にして家路についた。
「なぁアモ。このカタログによると中継機ってヤツを設置すれば、通信可能距離が約二倍になるとか」
「分かったから、次の遠征までにアマチュア無線とかを扱ってる店を電話帳から探しとくから。それはもうリュックに入れといてくれ」
……何の問題もなく、家路についた。
一方、亜森達を送り出した悠里は、他に残った二人と共に屋上菜園の手入れに勤しんでいた。
墜落したヘリから発生した火災によって、黒煙と共に熱風に晒された菜園は、見るからに萎びた様子を見せていた。
しかしながら、悠里主導のもと懸命な世話を続けた結果、既に半数以上の植物は以前と変わりない姿に戻っている。
「今日も日差しが強いわね」
麦わら帽子にタオルを首から下げ、軍手をはめて雑草を抜いていた悠里は、額に浮かぶ汗を拭いながら眩しそうに空を見上げた。
晴天の空を見渡せば、遠くには入道雲が発生しているのも確認できる。
近場にあれば、夕立でも降り出して気温も下がってくれそうなものなのに。
悠里はグッと背筋を伸ばし、肩を回して固まった筋肉を解していった。
「だよねー。りーさん、そろそろ休憩しない?」
「私も、ゆき先輩に賛成です。こうも暑いんじゃ、熱中症にでもなっちゃいますよ」
同じように作業していた由紀と美紀も、悠里の言葉に反応してか手をかざして空を見上げている。
「そうねぇ、それじゃあ休憩しましょうか」
「私、クーラーボックスにお茶とお菓子を入れてきたんで、それでお茶休憩しましょうよ」
「やったーッ! みーくん、頼りになりますなぁ」
「ゆき先輩、おっさんくさいですよ」
以前、皆でバリケードを作った際に設営したままになっているテントに移動して、三人は並んでベンチに腰掛け、保冷剤入りのクーラーボックスに用意していたお茶で喉を潤した。
「みーくん、お菓子ってなに持ってきたの?」
「クッキーとチョコレートですよ。はい、ゆき先輩の分どうぞ」
「ありがとー!」
「りーさんも、どうぞ」
「ありがとう、いただくわ」
ヘリの飛来によって中断を余儀なくされた、学園祭用に用意していた甘味を受け取りつつ、悠里も麦わら帽子を取り一息ついた。
口の中に広がる糖分に舌鼓を打つ中、三人は取り留めのない会話を楽しんだ。
そして何となしに、会話の流れが屋上の一角を占領しているあるものについての話題に行き着く。
「ねぇ、あれって何だろうね。アモさんが用意してたやつ」
由紀が指差すあれとは、亜森が前日用意していたアルミ溶融用の作業スペースのことだ。
屋上の床に大きなベニヤ板を敷き、周りを土嚢で囲んで内側にはグランドの土を敷き詰めていた。
そのスペースに、亜森がホームセンターより入手してきた大きな七輪や、耐火レンガを組み合わせた加熱炉を作り上げている。
傍らには燃料用に焼成した木炭を積み上げており、空気供給装置として加熱回路を取り外したヘアドライヤーも用意され、その他にも作業に必要なのだろう様々な道具が一緒くたに置いてあった。
「あぁ、亜森さんが何かアルミを溶かして、部品を作るって言ってたヤツですね」
「それで今日、くるみと一緒に外に出てるのね。急だったから、驚いちゃったわ」
「ですね、カー用品店を回るんだって言ってましたし」
「じゃあお土産は期待できないかー、ざんねん」
「流石にお菓子は売ってないでしょうしね」
それもそっかと、由紀は美紀の言葉に頷く。
「それにしてもさー、アルミで何作るんだろ? アクセサリーとか?」
「そうねぇ。亜森さんの言う必要な部品が何かは知らないけど、アクセサリーもあるかもしれないわ」
「くるみちゃんにプレゼントしちゃったり?」
話題の中心が次第に仲間の恋愛事情に変わってしまうのは、もはや様式美であるかもしれない。
キャーキャーと騒いだところで、止めに入る本人もいないため、三人の会話は留まるところを知らず、件の二人の話に終始した。
「アクセサリーと言ったら、あれですよ」
「みーくん、あれって?」
「くるみ先輩のチョーカーです。暫く前から、着けてないですよね?」
美紀にそのように言われ、由紀はここ最近の胡桃の姿を思い浮かべた。
確かに以前は身につけていた黒いチョーカーは、最近の胡桃には見受けられない。
とはいえ、由紀としてもそれほど胡桃のファッションについて常に気にかけているわけでもないので、特にこれといって感想はないのだが。
「あれね、今は別のを首に掛けてるのよ」
助け舟という風でもなかったが、横で聞いていた悠里から情報が提供された。
心なしか、口元には笑みを浮かべているようだ。
訝しむ美紀を脇に、由紀は疑問を口にする。
「りーさん、何か知ってるの?」
「チョーカー自体は、結構前に着けなくなってたのよ。確か、亜森さんとくっつく少し前ぐらいに」
「へ、へぇー」
「あぁ、色々ありましたもんね。あの頃は」
美紀の言うあの頃とは、地下倉庫に探索に向かった胡桃がめぐねえに遭遇し負傷した時期のことだ。
胡桃の危機に衝撃を受け、更には濃厚なキスシーンを見せつけられ、それ以外の印象が曖昧なのは美紀も由紀も同じだった。
悠里が知っているのは単純な話で、それ以前に身に着けなくなった胡桃の姿に気付いたためでしかないのだが、これは口を噤んでおくかと悠里は思っていた。
「それでね? その後、くるみが……あーその、あ、朝帰りしたことあったでしょ?」
「あぁー」
「そこは一夜を共にしたって、言ったほうが」
「ゆき先輩、それじゃ意味変わってないです」
「一線を越えた?」
「同じ事じゃないですか……」
「お、大人になった?」
「もういいですから、言ってる意味はちゃんと分かってるんで」
デリケートな話題のせいか、お互いに照れを隠せない顔をチラ見しては逸らしつつ、悠里は話の先を続ける。
「まぁ、そんなことがあって直ぐの頃だったんだけどね? 私、見ちゃったの」
「ごくり」
「なんで口で言っちゃったんですか……。いえ、りーさん続きをお願いします」
食い気味で悠里の続きを待つ二人を前に、一度呼吸を整えると、ようやく本題に入った。
「亜森さんが、ネックレスを渡してたのよ……。チェーンに指輪を通したシンプルなのを」
「キャーッ! 指輪だって、みーくん!」
「い、いやー亜森さんも中々洒落たプレゼントを……」
指輪と聞いて由紀は目を輝かせ、美紀は美紀で興奮気味に相槌を打つ。
それはかつて、その受け渡しの場面に遭遇した悠里のリアクションと、そう変わらないものだった。
「それで、指輪ってどんな感じのものだったんですか?」
「も、もしかして宝石ついてたり」
「いやいや、意外とくるみ先輩の誕生石だったりするんじゃないですか?」
「うわー! ロマンチック! いいなぁ」
「それが、ね……。その指輪なんだけど」
言いよどむ悠里は、その手渡されていた瞬間を思い出しているのか、少し遠くを見るような目をして、ほぅとため息をつく。
そして、自分の事でもないのにもかかわらず恥ずかしそうに頬に手を当て、もじもじしながら詳細を語った。
「その、装飾とか一切ない、け、結婚指輪みたいな感じだったの」
「──おぅふ」
「それは、また……」
予想の斜め上を行く悠里の言葉に、二人は顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「まぁあれですね。くるみ先輩でなくとも、そんなの渡されたらそりゃコロッと行きますよ」
(それに、こんな世の中だから嬉しさも一際大きいでしょうしね)
決して、相手のいない同盟から一抜けしたことに妬んでいるわけではないのだと無言で言い訳を重ねつつ、美紀はうんうんと頷きながらこの場にいない胡桃に対して共感を示す。
この場合、示しただけとも言うが。
その横で自身の両手を朱く染まった頬に当てて、プレゼントのシーンを想像していた由紀が、何かを思い付いたらしく、興奮気味に話し始める。
「じゃあさ、じゃあさっ! アモさんも、同じの持ってるってことかな!?」
「え、それはどうだったかしら」
グイッと顔を寄せてきた由紀に問われ、悠里は記憶を手繰り寄せてみるも、どうだったか判然としなかった。
その場面に出くわしたのは偶々であり、注意して見ていたのは胡桃の手元に渡される指輪付のネックレスチェーンや、胡桃の嬉しそうな表情ばかり。
亜森がチェーンのカニカンを外すと、胡桃は背中を向けてツインテールを片手でかき上げ、うなじを晒した辺りで悠里自身は覗き込んでいた頭を引っ込めたため、それからの二人については良く知らないのだ。
「ネックレスってシャツの下に着けてたら、見てるだけじゃ分かりにくいですからね。亜森さんのことですから、どうせ着けてるでしょうけど」
「いやー、案外くるみちゃんの方から同じの着けてって言ってるかも」
「くるみ、男子みたいな言葉遣いするけど、かなり乙女だものね。中身の方は」
「前なんかねー、将来の夢はお嫁さんなんて言ってたんだよね!」
「あぁ、亜森さんはそういうギャップにやられちゃったんですか」
やいのやいのと続く三人の女子会は、手元のお菓子やお茶のストックが無くなるまで終わらず、気が付いた頃にはもう少しで夕方の時間帯に差し掛かろうとしていた。
そろそろ片付けて部室に戻ろうと、悠里と美紀がベンチから腰を上げかけた時、何やらひらめいた様子の由紀が二人の腕を掴んで待ったをかけた。
「ねぇ、二人とも。私達も何か作れないかな? あれで」
「あれで……って、亜森さんが準備してるもののことかしら?」
「ゆき先輩、さっきの話でアクセサリーでも欲しくなったんですか?」
「んーん、そうじゃなくて……。作ってるの見てるだけじゃ、なんだかなーって思えちゃって」
由紀があれと目線で訴える先には、亜森が準備をしていたアルミを溶かす作業スペースがある。
恐らく天候が良ければ、明日にでも回収してきたアルミを溶かし、パーツ作りを開始するのだろう。
その間、亜森はもちろんのこと胡桃もそれに付き合うのは分かりきっている。
そうすると、他の三人は手持ち無沙汰になるだろうと、由紀は考えた。
もちろん、何もやるべきことが無いわけではないのだが、聖イシドロス大学への偵察は未だ話し合いを重ねている段階であり、どのような準備が必要なのかはこれから煮詰めていく状態にあるのだ。
中途半端に暇な時間が生じる、今の三人はそのような感じだった。
「そうねぇ、ゆきちゃんは何か良い案があるの?」
「えっとね、学園生活部の看板なんてどうかなって」
「看板、ですか?」
「うん。大っきいのじゃなくて、これくらいの表札みたいな感じで」
これくらいと言いながら、指先で凡その形を空中に描いてみせる。
由紀の考えでは、A4のコピー用紙を横にして、高さを気持ち小さく幅を気持ち大きくした程度の大きさを想定しているようだ。
何でも、現在使っている部室に掲げているものは、ルーズリーフにマジックで『学園生活部』と書いただけの代物であり、ヘリ火災で生じた黒煙で使い物にならない状態にあるのを、由紀は随分と気にかけていたらしい。
「そう言われると、部室の貼り紙って見る影もないですよね」
「テープも剥がれちゃってたものね。ゆきちゃんが言う、看板を作るのも良い考えだと思うわ」
「でしょー?」
我が意を得たりと、由紀は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「それじゃあ、アモさんが帰ってきたら材料とか道具とか。あと作り方も教えてもらおうね!」
「その前にデザインを決めないと……、書道みたいな筆文字とかどうです?」
「はいはい、看板の話は一旦置いて部室に戻りましょう? 二人が帰ってくる前に、夕飯の準備もあるしね」
「はーい、りーさん」
元気の良い返事を返した由紀。
クーラーボックスを拾い上げる美紀を連れ立って、悠里達は屋上を後にした。
「つまり、部室の看板というか、レリーフみたいなのを作ってみたいんだな?」
「正式な名前は分かりませんけど、大体そんな感じですね」
亜森と胡桃が学校に帰還し、全員で食事を終えた後、由紀から提案のあったアルミ製の看板作りについて、悠里達三人は部室のホワイトボードを使いながら説明を行っていた。
ボードには看板のイメージなのだろう、『学園生活部』の文字列が立体的に浮いた図が描かれている。
「でね、どうやって作ったら良いのかなーって話になってね。アモさん、どうやったら良いかな?」
「そうだな……一文字ずつ木片にノミか彫刻刀で形作って、それを一枚板に貼り付けるってのは? それで、最後は作った木型を砂地に押し付けて鋳型を作る、と」
「なるほど、最後はその砂の型に溶けたアルミを流し込む……って感じですか?」
「イメージはそうだなぁ」
ホワイトボードの直ぐ側に立っていた美紀は、マジックを手に取ると亜森の言葉を反芻しながら凸凹した図を描き始め、凸部分の木型、凹部分の砂の鋳型を記した。
最後には、その凹部分にアルミを流し込む絵を添えて、『冷やして完成!』と一言コメントを加える。
「みーくん上手いねぇ!」
「いえ、まぁこれぐらいは」
由紀の拍手に、照れた表情を見せる美紀。
その様子を腕組みしながら眺めていた胡桃は、よしと頷き話を進める。
「それじゃ、『学園生活部』は五文字だから一人一文字がノルマな。あたしは『学』の字」
「私はねー、『生』の字にしよ!」
「それなら私は、『活』ですかね」
「んー、私は『部』になるのかしら」
それぞれに自分が担当する文字を言葉に上げる中、一人残った亜森は最後の文字を担当することが自動的に決まった。
亜森がジト目で皆を見るも、そっと目を逸らされ、由紀に至ってはできの悪い口笛を吹く始末。
「俺だけ画数が多くないか?」
「気のせい気のせい。ほら、さっさとアモの部屋行って、作業を始めようぜ? 早くやんないと、明日までに間に合わなくなっちまう」
「……分かったよ、食器を片付けたら皆部屋に集合な。俺は先に戻って、材料と道具を準備しとくから」
ひらひらと手を振って部室を後にする亜森を見送った胡桃達は、さっさと食事の後片付けを終えると、亜森の部屋へと集まった。
その日は結局、深夜を過ぎるまで原型となる木型が完成せず、胡桃達は最後の仕上げを亜森に任せ、持ち寄った寝袋で先に就寝するのだった。
・スカベンジ(アルミ)
胡桃の新しい銃(.45口径サブマシン)の軽量化&改造を目的としたクエスト的な何か。
以前の話ではアルミ缶を集めるなどと言っていたが、自動車のタイヤホイール(アルミ製)or解体現場から廃棄されるアルミサッシ等に変更された。
いろいろネットで調べていると、アルミ缶1000個ほどで体積にしてレンガブロック約三つ分程度の収量(ロスは含まない)になるようだ。
連邦ならMahkra Fishpackingに行けば、いくらでもアルミトレーを手に入れられるのになぁ。
・ポータブルカーナビ
埋込みタイプではなく、ダッシュボードに載せて使用するタイプ。
ここでは、GPSがまだ機能していると仮定して使用する。
道順を知ることよりも、現在地の詳細な把握が主要目的。
登山者が使用するようなGPSロガーの類も候補に挙がったが、流石にカー用品では無いなと断念した。
実際の所、アポカリプスになった場合、どの程度の期間GPS衛星が機能するのか……。
作者には未知数です、はい。
・回収できた『デジタル簡易無線トランシーバー』
カー用品店にあるのはかなり苦しい気がするが、バイクツーリングやアウトドアレジャーで使われることは結構あるらしい。
店舗によってはホームセンターや、大きな家電量販店にも販売されていることもある。
実際の使用には、公的機関に届け出て一台ごとに年会費を支払う必要があるが、末法の世に誰の許可が必要だというのか、いや無い(反語。
開けた空間なら数km先まで、市街地ならば一kmくらいまでなら通信が可能になった。
どこかのビルの屋上に中継機を設置すれば、更に通信可能範囲は広がるだろう。
ラジオなんて要らんかったんや!(なお生存者への呼びかけはラジオが適している模様)。
・外したチョーカーと送られた指輪、または悠里はミタ
オリ設定の一つ。
チョーカーは想い人だった先輩からのプレゼントで、外して過去との決別をした……、とかだったらいいな。
指輪はどこかの宝石店から手に入れたのだろうが、それほど高価でもなさそう。
しかし、そこに込められた想いは本物である。
最初はナットを削ったものにしたらクラフターっぽい気もしましたが、ここは素直に貴金属を贈ることに。
連邦で指輪を贈るとしたら、やはりナットを削るのだろうか。
それにしても……うなじを見せる女性って良くない?
・学園生活部のレリーフ的な何か
校門の門柱にはめられるような、金属製のアレがイメージ。
塗装した黒地に銀色の『学園生活部』の文字が浮かぶ。
※前後編に膨らんでしまい、後編は現在製作中です。中途半端に途切れて申し訳ない。
続きはなるべく早めに投稿できるよう、努力します、はい。