がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第5話 新たなサバイバーを発見、ただしガーターベルトを着けている

 無事CDショップに戻ったきた二人は、悠里に地下フロアでの成果を簡単に報告した。

 由紀はヘッドホンでさっそくCDプレーヤーを使っているようで、戻ってきた二人に手を振るものの、会話にまで入ってはこないようだった。

 

「二人とも大丈夫だった?」

 

 戻ってきた二人の無事な姿を確認して安堵の表情を浮かべる悠里に、胡桃はケミカルライトがゾンビの誘導に有効に働いたと興奮気味に話す。

 

「ああ、りーさんのあれ大成功だった!」

「うまい事いったよな、ケミカルライトのおかげで比較的安全に物資を集めることが出来た」

「それは良かったわ」

 

 悠里は、ある程度の効果があるだろうと期待はしていたものの確証があるわけでは無かったので、もしかしたら全く効果がないかもしれないと不安に思っていたのだ。

 

「それで、下の様子はどうだったの?」

「ひどかったよ、臭いはまだ無視できるんだけど凄いし。それに、あいつ等の集団がひと塊りになっててビビった」

「ああ、誘導手段があったから良かったけど、暗闇の中あれとかち合うのは勘弁してもらいたいな」

「そう……、ともかく無事でよかったわ」

「そうそう、あたしはカバンに缶詰を詰めてきたんだけど、これ以外にも集めてるんだ」

「ああ、地下に降りる階段の所に集めてある。買い物カゴにいれて」

「ここから出る時、車に載せようと思って。大荷物を抱えてモールを歩き回るわけにもいかないだろ?」

「それもそうね、帰りには忘れないようにしないと」

 

 お互いに情報を交換し終えると、悠里は上層階の状況がどうなっているか、疑問を口にする。

 

「あとは上のフロアよね。誰かいるといいけど……」

「いるといいよな……」

「……」

 

 生存者がいるのなら、喧騒の止んだショッピングモールに車で乗り付けた時点で、何らかのシグナルを我々に送ってくるだろうと、亜森は考えていた。

 しかし、今のところ生存者のいる痕跡は見られない。

 いるのなら、食料品フロアで何らかのバリケードなり障害物なりの、ゾンビ達を牽制する様な代物があっても良かった。

 食料は生存者にとって最優先事項のはず。そこに何らかの対策を講じていないとなると、生存者は絶望的かもしれない。

 "生存者は期待出来ないな"と結論付けている亜森は、二人の言葉に何も答えられなかった。

 

「そろそろ行かないか? 全てのフロアを見て回るにしても、日が完全に暮れる前にここを出たい」

「そうね、ここで夜を明かすのは流石に危険だわ」

「ああ、りーさん次のフロアは何が売ってるんだ?」

 

 胡桃の質問に、悠里はポケットから館内案内のチラシを取り出す。

 

「二階は……そうね、アクセサリとか宝石とか。あんまり今の私達には必要ないかも」

「えー、りーさんダイアモンドとかあるんじゃない?」

「くるみ、宝石じゃお腹は膨れないでしょ」

「そうだけど、興味あるでしょ? な、アモもあるだろ?」

「俺が指輪やネックレスをつけるようなタマかよ。……腕時計ならあってもいいな」

「ハイハイ、それはまた今度にしましょ。それに行きたいフロアはまだあるのよ? 二階に時間を掛けてたら、本当に日が暮れちゃうわ」

「へーい、また機会があった時にするか」

 

 渋る胡桃をたしなめて、出発を促す。

 一人音楽を楽しんでいた由紀を連れ、一行は二階以降に足を踏み入れていく。

 途中、通路を徘徊するゾンビに出くわしても、既にケミカルライトが有効に働くと分かっているため、ケミカルライトを遠くに放り投げるだけで、比較的安全に移動することが出来た。

 中には、柱の影で近くにまで寄らなければ発見出来なかったゾンビもいたが、それらは先頭を行く亜森によって淡々と処理されていった。

 

 三階に足を踏み入れて、一つ目のテナントの脇を通り抜けようとすると、由紀が何か見つけたように声を上げた。

 子供向けのアクセサリーや雑貨売り場があり、その中の防犯ブザーコーナーに近寄る。

 隣のテナントスペースに目をやれば、小学生ぐらいの年齢向けの子供服売り場になっているので、親子連れの客層向けの売り場なのだろう。

 

「かわいー! 何これ、ストラップかな?」

 

 由紀はキャラクターがデザインされた防犯ブザーを一つ手に取り、皆に見せた。

 

「ちげーよ、防犯ブザーだろ?」

 

 由紀の持つそれを防犯ブザーだと胡桃は指摘するが、由紀はそれに構うこと無く他のデザインの防犯ブザーも手に取る。

 鳥をデフォルメしたデザインのようで、由紀は何かに似ていると感じたようだ。

 

「あ、これ。アルノー・鳩錦に似てない?」

「アルノー? 手紙を飛ばしたときの鳩?」

 

 悠里はそういえばそんな名前だったと、つい先日のことを思い出す。

 あの時は、今のように生存者に会えるなんて考えてなかったので、ただ時間を忘れられるようなレクリエーションになればと思っていただけだった。

 

「んーと、これとこれと……。あとこれも」

「つけすぎだろ!」

 

 胡桃の突っ込みに、これはみんなの分だと由紀は振り返り、手に持った防犯ブザーを見せる。

 

「ちなみに、これはくるみちゃんの」

「いらねーよ!」

 

 そのチョイスはおかしい、丸い顔に二股の足だけというシュールなデザインの防犯ブザーに、胡桃にはそれがネタなのか本気なのか、由紀の笑顔からはついに読み取ることは出来なかった。

 

 

 

 それからテナントを幾つか通り過ぎて、若者向けの女性服売り場が集まる通路に差し掛かった時、胡桃より皆に提案がなされた。

 

「なあ、ちょっと洋服を覗いていかないか?」

「服を? しかし、その制服以外に何もないってわけじゃないんだろ」

 

 先頭を行く亜森の疑問に、悠里はそうでも無いと否定する。

 

「そういえば私達って、制服と学校指定のジャージしかないのよね」

「お洋服みるの? やったー! どんなお洋服あるかな」

「……分かった。それでどこの売り場がいいんだ?」

 

 亜森は女性陣の訴えに降参した様に、どこで洋服を選ぶのか聞くことにした。

 

「あそこなんてどうかしら?」

 

 悠里が指差した先には、比較的若者向けのデザインを展開しているブランドのテナントのようで、胡桃と由紀も賛成したように頷いた。

 

「じゃあ、あそこだな」

 

 一行は悠里の示したテナントに向かい、中の安全を確認した所でシャッターを降ろした。

 これなら、音や光が外に漏れることもそう無いだろう。

 女性陣は、それぞれ気に入った服をあれやこれやと選び始める。

 

 男である亜森は特にすることもなく、服に合わせる小物として陳列してある女性向けのポーチなどの、バッグ類のコーナーを見ていた。

 

 そこに胡桃が一人近寄ってくる。

 何か用かと亜森が聞くと、小声で話し始めた。

 

「ここはシャッター閉めたから安全だし、アモは先に四階の紳士服売り場に行っててもいいぞ。アモも自分の服を選びたいだろ?」

 

 四階を示す様に人差し指で天井を指差す胡桃は、亜森に先に行く様に勧めてきた。

 

「分かれて行動するのは危険じゃないか?」

 

 亜森からすれば当然の疑問に、服選びには結構時間が掛かるぞと胡桃は言う。

 

「そうだけど、ここにいるだけなら大丈夫だし女の買い物は時間かかるぜ。ファッションに関わるならなおさら」

「それは一理あるな」

「だろ?」

 

 胡桃の勧めに少し逡巡するも、まあいいかと了解することにした。

 

「……でも選び終わってもここにいろよ? 入れ違いに移動してるなんてことになれば困る」

「ああ。……そうだ、ついでに大きめのバッグを探してみてくれないか? あたしらのリュックサックじゃ服を持ち帰れないし」

 

 "私のは缶詰でパンパンだし"、そう言って胡桃は背中のリュックサックを叩いてみせた。

 

「分かったよ。ついでに俺に見られたくない下着類も選び終えてくれよ、少し時間をみておくから」

 

 図星を突かれたのか、胡桃は頬が引き攣るような表情を浮かべるが、観念したように深く息を吐く。

 

「……何だよ、お見通しかよ」

「着るものが制服とジャージしかないんじゃ、下着だって言わずもがな、だろ?」

 

 下着下着と連呼されて気恥ずかしくなったのか、あしらう様に亜森を急かした。

 

「ご高説どーも、それじゃバッグのことよろしく」

「任せとけ」

 

 静かにシャッターを潜って行く亜森を見送り、胡桃も他の二人と共に服選びに戻っていった。

 

 三人のもとに大きめのボストンバッグを手にして戻ってきたのは正味一時間ほどであったが、胡桃達女性陣が服を選び終えるのに満足したのは、更に30分ほど経ってからだった。

 亜森はジト目で、気に入った服や下着をボストンバッグに詰める三人を見ている。

 

「何か言うことは御座いませんかね?」

「正直すまんかった」

「あはは、ごめんなさい」

「アモさんごみん」

 

 平謝りする三人に溜息をつきつつも、仕方無いかと亜森は思う。

 彼女達は、昨日までずっと学校という閉鎖された空間に閉じ込められていたのだ。

 安全のために自らの意思で学校に留まっていても、好き好んで居るわけでは無い。

 そのストレスは相当にたまっていた筈だ、危険地帯で時間が過ぎるのを忘れてしまうくらいには。

 もともと、女性は買い物が長いと相場は決まっているわけだし、不満げな顔もこの辺りでやめておこう。

 亜森は三人にもういいと告げ、先に進もうと促した。

 

「さあ、先に進もう。明るい内にココを出ないと、本当に泊まる羽目になる」

「ああ、出発だ。行こう二人共」

「ええ」

「はーい」

 

 

 

 一行は再びシャッターを抜け、上層階を目指した。

 残るは最上階、五階だ。

 既に用を済ませた四階をスルーして、そのまま階段を登っていく。

 踊り場に差し掛かった所で、このショッピングモールで初めて生存者の痕跡らしきものを発見した。

 五階フロアに通じる入り口に、ダンボールが人の背丈を少し超える程度まで隙間無く積まれている。おそらく、バリケードの役割を果たしているのだろう。

 階段側に1メートル程の棒が立て掛けられているが、これはゾンビが接触した際に倒れて音を発生させる鳴子の様な働きを期待しているのだろうか。

 そうだとすると、棒が倒れていないことやダンボールに不自然な傷や凹みが見られないことから察するに、下層階からゾンビが上がってきたことは考えにくい。

 亜森は後ろに続く三人に制止するように合図を出し、10mmピストルを静かに構える。

 

 亜森の肩越しに、胡桃は手に持っているライトでバリケードを照らした。

 

「これは……バリケードかな? ダンボールだけど」

「ええ、そうみたい。崩れて無いみたいだし、中に人がいるかも――」

「……二人とも、静かに」

 

 声を抑える様に言う亜森に、二人は顔を見合わせる。

 

(バリケードがあるってことは、この先に生存者がいるかもしれないってことだよな)

(崩れてもいないから、可能性はあるわよね)

 

 ヒソヒソと小声で話し合う。

 二人は、生存者がいるかもしれないと思っている様だ。

 

 バリケードに忍び足で近寄った亜森は、バリケードの向こう側を伺う様に聞き耳を立てる。

 

(……ぅ……、……ぉ……ぅ……)

 

 微かにだが、音が聞こえてきた。

 風でカーテンがなびく様な雑音では無く、発生源の異なる複数の声だ。

 亜森は自身の眉間にシワがよるのを感じた。

 

(同じだな、これまでのフロアと)

 

 この様子では、今まで見て回ってきたフロアに違わず、五階も既にダメだったようだ。

 期待した様子で亜森を見ている二人に、力無く首を振る。

 それを見た胡桃が近寄ってきて、問いかけた。

 

(何も聞こえなかった?)

(そうじゃない、聞こえるには聞こえたが……)

(! それじゃぁっ)

(……期待していたものじゃない。これまでと同じ、あいつ等のうめき声だ)

(……そうか。やっぱりいない、か)

 

 見るからに落胆した様子の胡桃に、悠里は大体のことを察したようだ。

 悠里と手をつないでいた由紀は、悠里の手に力がこもるのを感じたのか、気遣う様に声をかける。

 

「りーさん? 大丈夫?」

「え、ええ。大丈夫よ、ゆきちゃん」

 

 何とか心配いらないと返すものの、気が沈んだ様子までは隠せない。

 

「あたしがちょっと上に登って覗いてみるよ」

「大丈夫か? 足場がしっかりしてないから崩れるかもしれないぞ」

「男のアモがやるよりマシだろ?」

「それはそうだが……」

 

 答えを聞かない内に、背負っていたリュックサックを悠里に渡し、シャベルをダンボールバリケードの上に載せる。

 よっこいせとよじ登り、胡桃はライトをフロアに向けて、中の様子を観察した。

 

「あ、やべ」

 

 それが失敗だった。ホンの数メートルも離れていない距離に三体ものゾンビがいて、照らされたライトに刺激されバリケードに向かって手を伸ばしてきた。

 

「おい! すぐに降りろっ」

「くるみっ、気をつけて!」

「あ、あぁ。ちょっとまって、うわっ」

 

 胡桃が降りようとした時には、既にゾンビはバリケードに到達し力任せに押し出してきていた。

 バランスを崩した胡桃は、何とかシャベルだけは片手に確保したものの、そのまま階段側に落下、ほぼ真横の立ち位置にいた亜森の胸に飛び込む形で抱きとめられる。

 胡桃を何とか身体と左腕で受け止めた亜森は、自由な右手で銃を構えた。

 ガラガラと崩れていくダンボールの影にいた三体のゾンビに対して、V.A.T.Sを起動しダンボール越しに銃弾を撃ち込んでいく。

 とっさの発砲そして片手であったため、最も面積の広い体幹部に撃ち込んだ亜森は、着弾の衝撃でフロアの床に音を立てて倒れ込んだゾンビに対し、トドメの一発を三体のゾンビの頭部、それぞれに撃った。

 そのまま銃を構えつつ周囲を観察し、他のゾンビが近くにいないことを確認した。

 

「……もういないな」

「そう、みたいだな」

 

 周囲の安全を確認している二人に、悠里と由紀から声がかかる。

 

「ねぇ二人共、いつまでそうしてるの?」

「くるみちゃん、ひゅーひゅー! アツいね~」

 

 二人の言葉に我に返った胡桃は、自分の状態がどうなっているか瞬時に把握し、言葉が尻すぼみになりつつも礼を言って亜森の腕の中から離れる。

 

「もも、もう離してくれていいぜっ! あたしは大丈夫だから! ……その、受け止めてくれてありがと」

「いいってことよ、気にすんな」

 

 特にリアクションの無い亜森に、"少しは照れるくらいしろよ"と胡桃は思わないでもなかったが、そうされると余計こちらも恥ずかしいので、何も言わないことにした。

 既に由紀からはからかわれているのだ、これ以上傷口を広げたくなかった。

 

 胡桃が離れたことで腕が自由になった亜森は、使用したマガジンの残弾を数えていた。

 残弾が残り数発であることを確認したところで、腰元につけている大きめのポーチに使用済みマガジンを突っ込み、新しいマガジンと交換している。

 

「ねぇ、くるみ。どう?」

「ああ、結構筋肉質で胸板もあつかった……あ」

「私は、怪我が無いかどうか聞いたつもりだったんだけど」

「そ、そうだよな! 怪我なっ、いや無いよ! ほらっ、全然だいじょーぶ!」

 

 あらあらと笑みを浮かべる悠里に、胡桃は動揺を隠せず声が上ずっていた。

 悠里の肩越しに見える由紀は、そんな胡桃の様子を見て、これは良いものを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべている。

 

「ゆき、何か言いたいことでも?」

「え~別に~、ありませんけどー」

「じゃあ何でニヤついているんだよっ!」

「だからーなんでもありませんってー、気のせいだよ~くるみちゃん」

「ぐぬぬ」

 

 百面相を作る胡桃に、由紀はますます笑みを深める。

 やいのやいのと話す三人に、亜森がそろそろ行こうと先を促す。

 

「三人とも、そのへんで止めて先に進まないか」

「そうね、あんまり遅くなっても良くないし」

「さんせーい!」

「お、おい。話しはまだ――」

「恵飛須沢」

「わ、わかったよっ」

 

 一人納得のいかない顔をする胡桃を尻目に、一行は最後のフロアを進み始めた。

 

 

 

 ショッピングモール『リバーシティ・トロン』唯一の生存者である直樹美紀は、いつもと変わらぬ、そしていつ終りを迎えるのか分からない日常を、避難所として使っているスタッフルームで過ごしていた。

 日課としていた時間割を早々に切り上げた美紀は、いつものようにベッドで横になっていたが、今日に限ってはいつもと異なる何かを感じていた。

 "今日は何か彼らが騒がしい"、そんな風に物思いにふけっていたところで、自分がいる五階フロアでガラガラと何かが落ちる、もしくは倒れていくような音が響いてきたのだ。

 

 バッと布団をめくり上げ、美紀はフロアに通じる扉に近寄り耳を済ませる。

 ドタドタとゾンビが移動する音が聞こえてきた。彼らが何かを引っ掛けた拍子に、それにつられて他のものまで移動しているのだろうか。

 判然としないまま、とにかく扉を椅子やダンボールで塞ぎ、ベッドに潜り込む。

 結局やり過ごすしか、美紀には他に方法がないのだ。

 

(……シュッ、パ……、……ッ)

 

 何か空気が抜けるような音が、微かに聞こえた。そして何か重いものが倒れる鈍い音、最後に三回硬いもの同士が衝突したような"ビシッ"という音。

 何れも、避難生活を始めてから一度も聞いたことが無い音だった。

 美紀はもう一度ベッドから抜け出し、扉のそばでフロアの様子を注意深く伺った。

 

(そ……だよ……! けが……! ……ら、だいじょ……っ!)

 

 自身の耳を疑った。あるはずの無い、人の声が聞こえたのだ。

 更に耳を澄ましていると、内容は全く聞き取れないものの遠くから、しかし確かに同じフロアから聞こえてくる。

 

 美紀はいてもたってもいられず、声の主に呼びかけた。

 

「ねぇ、誰か。いるの?」

 

「誰かっ!!」

 

 返事は、扉のすぐ外にいたかつては同じ生存者であった彼らから先に届いた。

 ガリガリと扉を引っ掻くような音に怯えた美紀は、必死に扉を塞いでいるダンボールを押す。

 

「誰かっ、助けて。お願いっ」

 

 

 

「ねぇ、今何か聞こえなかった?」

 

 由紀は一人、何かが聞こえた方向を向いて、三人に何か聞こえたか尋ねた。

 

「いや、聞こえなかったけど……。アモ、聞こえた?」

「俺達の足音に紛れてたから、わからないな」

「リーさんは?」

「私も何も聞こえなかったと思うけど、確かじゃないわ」

「ぜったい聞こえたよ」

 

 顔を見合わせる三人に、由紀はじれったそうに耳を澄ませている。

 

「ほらっ、また! 助けを呼んでるっ!」

 

 そう言って、由紀は一人飛び出していった。

 由紀の突然の行動に反応が追いつかなかった三人は、慌てて由紀の後を追う。

 

「ゆきっ! 一人じゃ危ないっ」

「丈槍っ、戻れ!」

「ゆきちゃんっ」

 

 幸い、由紀に追いつくまでにゾンビは現れず、追いついた時には由紀はあるテナントの扉の直前で止まっていた。

 

「ねぇ、あれっ!」

 

 由紀の視線の先には、テナントの奥にある扉に向かって数体のゾンビが群がっていた。

 彼らは由紀の声に刺激されたのか、一斉に振り返り手を伸ばしながら近寄ってくる。

 追いついた亜森は、由紀を庇うように前に出て、銃を構えた。

 胡桃も手に持ったシャベルを構え、ライトで照らす。

 悠里に手を引かれ由紀は少し後ずさりした。その時悠里は、由紀の様子が少しおかしいと感じた。

 しかし、今はそれにかまっていられない。

 

「みんな、少しずつ、下がるんだ」

 

 亜森の言葉に、三人はジリジリと通路の方へ後退していき、亜森自身も同じように下がっていく。

 それにつられてゾンビが近寄ってくるが、亜森は冷静に先頭のゾンビから始末していった。

 距離があって片手にも満たない数なら、亜森が慌てるような事態にはならない。

 

 トドメの一発を倒れたゾンビ達に加えたところで、後ろに下がっていた三人を呼ぶ。

 

「終わったぞ」

「ああ、助かった。ゆきが飛び出した時はどうなることかと」

「! そうだわ、ゆきちゃんっ」

「え、どうしたの。りーさん」

 

力なく答える由紀に、悠里は先程様子がおかしかったことを思い出した。

 

「二人共、ゆきちゃんの様子が変なの」

「変って?」

「丈槍、どうかしたか? 少し顔が赤いぞ」

「大丈夫、だよ」

 

 亜森と胡桃も、由紀の様子がおかしいことに気づいたようだ。

 胡桃は由紀の顔を覗き込み、心配そうに気遣う。

 

「少し休んだ方が良いんじゃないか? 何処か横になれる場所が」

 

 その時背後から、ギィと何かが軋む音がした。

 亜森が反射的に振り返り銃を構えたその先には、少しだけ開いた扉が見える。

 先ほどの、ゾンビ達が群がっていた扉だ。

 

 三人を遮る様に扉に正対した亜森は、注意深く扉に意識を向けている。

 そして、後ろにいる三人に下がる様に手で合図を出し、扉の方向に対して誰何する。

 

「誰か、いるのか」

 

 その問いかけに答える様に、扉が開いていく。

 現れたのは、学園生活部と同じ巡ヶ丘学院高校の制服をきた女子高生の様だった。

 胡桃の持つライトに照らされた生存者らしき人物は、目の前にいる者たちが本当にいるのか信じられないような顔をして、足元が覚束ない様子で近づいてくる。

 

「いたっ、やっぱり、いたんだ……」

「止まるんだ。両手を見える所にゆっくり上げて、その場に止まれ」

 

 銃を向けたまま警告する亜森に、胡桃から戸惑った声がかかる。

 

「な、なぁ。銃を向けなくても大丈夫じゃないか? あたしらと同じ高校の制服きてるし」

「君等にあった時とは、状況が違うだろ」

「そうだけどよ……、生存者だぜ。あいつ等は言葉を話さない、そうだろ?」

「亜森さん、銃を降ろして。私達の為にそうしてくれてるのはわかるけど、このままじゃ話もできな――あっ、ちょっと!」

 

 一歩二歩と近づいた女子高生は緊張の糸が途切れたのか、その場に崩れ落ちた。

 倒れた女子高生に銃を構えたまま近寄った亜森は、膝をついて呼吸を確認した。

 ただ気を失っていることを確認し、ようやく銃をホルスターにしまい込む。

 その後ろで、胡桃と悠里は心配そうに覗き込んでいた。

 

「大丈夫、気を失っているだけだ」

「はぁ、良かった」

「うん、まさかウチの高校の生徒がこんな所にいるなんてな」

「はぁ、はぁ」

「そうだ、ゆきちゃん。ねぇ、本当に大丈夫?」

 

 悠里は、顔の赤い由紀に心配そうに問いかける。

 由紀は大丈夫と答えるものの、少しに間休む必要がある事は誰の目にも明らかだった。

 倒れたままの女子高生を仰向けにしていた胡桃も、心配そうに由紀の様子を見ている。

 

「なぁ、みんな。こっちに来てくれないか」

 

 女子高生が出てきた扉の中を見ていた亜森は、皆に呼びかけた。

 

「ここでしばらく丈槍を休ませよう。ここは、安全みたいだ」

「おおぉ、ベッドまである」

「ここでずっと避難していたみたいね」

 

 部屋の一角に、シリアルや栄養ブロックの空き箱が纏めてあるのが見えた。

 長いこと、この部屋にいた事が伺える。

 他にも部屋に不釣り合いなベッドや、トイレに洗面所、食料等の物資が纏めてあるのだろうダンボールなど。

 ここだけで、生活が完結しているようだ。

 

「さぁ、ゆきちゃん。ベッドで少し休んでいきましょう?」

「うん、ごめんねみんな」

「謝る事なんてないぜ、ゆき。休んだら元気になるって」

「こっちの娘も一緒に頼む」

 

 由紀がベッドで横になり眠りに入った所で、亜森が気を失っている女子高生を抱えて部屋に入ってきた。

 

「うわ、アモやるなぁ。お姫様抱っことか」

「あら? くるみはさっき抱きしめられてたんだから、別に羨ましがることは無いんじゃないかしら」

「りーさんっ!」

「ふふふっ」

 

 悠里のからかいに、顔に熱を持つのを感じた胡桃は、亜森から視線を外しさっさと話を進めるようにふてくされた様子で言った。

 

「もうっ、さっさとその娘を降ろせよ」

「そう怒るなよ。今降ろす」

 

 ベッドで横になる由紀の隣に、気を失っている女子高生を降ろす。

 

「まだ目覚めないかしら?」

「呼吸は安定しているし、しばらくすれば起きると思う」

 

 亜森と悠里が気を失っている女子高生について話している間、扉を閉めに行った胡桃は鍵をかけつつ、二人に対してここでしばらく休憩していこうと提案した。

 

「由紀のこともあるし、あたしらもここで休んでいこうぜ」

「ええ、そうね。今すぐには動けないもの」

「二人がそれでいいなら構わないが、いいのか? もう外は夕方になってる」

 

 外に面した窓を指差し、既に夕方の時間帯になっていることを二人に知らせる。

 二人の目には、夕日で赤く染まる街並みが映っていた。

 

「あちゃー、もうそんな時間かよ。ずっと建物の中にいたから、時間感覚がマヒしたか?」

「これじゃあ今から車に向かっても、辿り着く頃には夜かしら」

「かもな。それに荷物だって積まなきゃならないから、実際はもっとかかりそうだ」

 

 外を眺める二人に、亜森はどうするにせよ夜に行動するのは危ないと指摘する。

 その尤もな意見に、二人も肯定するように頷いた。

 

「ああ、遠足は続行だな」

「そう、なるわね」

 

 

 

 それぞれ自分のスペースを確保し座り込んだところで、亜森は二人に尋ねた。

 

「なぁ、さっきあの娘を運んでいた時に気がついたんだが……」

 

 神妙な顔をして話し出す亜森に、二人は"もしかしてあの娘は噛まれていたのか"と心配しだした。

 

「なんだよ、やっぱり怪我を見つけたとか?」

「もしかして……噛まれた痕があったとかっ」

「いや……そうじゃなくてな」

「何だよ、もったいぶらずに早く言えよ。大事なことだろっ」

 

 胡桃の催促の言葉に、悠里も頷いて同意する。

 

「最近の女子高生は、ガーターベルトが普通なのか? 俺の高校時代には、いなかったぞ」

 

 "最近の子はマジやべーな、戸締まりしとこ"とぶつぶつ話している亜森に、なんとも言えない微妙な雰囲気になる二人。

 心なしか、亜森を見る温度が数度下がっているように感じる。

 

(怪我はないが、マヌケは見つかったな)

(そうね……、まぁ私もガーターベルトを着けてる高校生なんて初めて見るけど)

(……あたしも)

 

 なんとも締まらない空気の中、学園生活部とミニッツメン、そして新たな生存者が加わった遠足二日目は、一旦終わりを迎えた。

 

 

 




・服選び
学園生活部は制服とジャージしかない設定になってしまったが、そもそも学校に私服や換えの下着が複数あるのもおかしな話。
女子高生にはきつかったのではなかろうか。
結局、亜森も自分の分を確保したのだから、時間超過はノーカンで。

・防犯ブザー
今後の使い道があるのか未知数の小道具。
音を出すだけなら、百均の目覚まし時計でもいいが、大音量を鳴らすならこれ。

・露骨なテコ入れと胡桃いじり
女子高生がちょっとしたことでも、恋バナに繋げて騒ぐのはもはや全国共通では。
でも胡桃さん? 貴方の口の滑りがよろしいのも悪いんだよ。
亜森の淡白な反応は、これまでの経験から"自分がモテるとかないわー"と思っているから(大体は将軍ってやつのせい)。

・ガーターベルト系女子高生、またの名を直樹美紀
ようやく現れた最後の学園生活部部員。
ガーターベルトとか普通でしょ? 

・遠足延長のお知らせ
アニメ・コミックス共に二日目には学校に戻ってきたが、ここでは三日目に延長が決まった。
テンポが多少悪くとも、どんなサバイバルをしているのかを描写したかった。
作者は小説版World War Zとか好きだからね、仕方ないね。

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