がっこうぐらし with ローンワンダラー   作:ナツイロ

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第7話 新入部員とモールの脱出

「……。……私、いくよ」

 

 一人の女子高生が、意を決したようにつぶやく。

 

「え?」

 

(待ってっ)

 

 何とか声をかけようとするも、声が出ない。

 

「危ないよっ」

 

 かつて美紀自身が発した言葉を、もう一人の美紀がそっくりそのまま言う。

 そうか。これは夢なんだ。

 美紀は必死に手を伸ばし、何とか目の前の女子高生を繋ぎ止めようと必死に語りかけようとするが、やはり声が出ない。

 

「危ないよ?」

 

(ねえ、待ってっ)

 

 女子高生は扉で一度立ち止まり、顔だけを振り向かせながら、夢の中の美紀に問いかける。

 

「でもさ……」

 

(お願いっ)

 

 その続きは聞きたくない。しかし、夢の中の女子高生の言葉は止まらない。

 

「生きていれば、それでいいの?」

 

(置いて行かないでっ!!)

 

 

 

「圭っ! 待って!」

 

 横になっていたベッドから上半身をガバリと起こし、虚空に手を伸ばした美紀はハァハァと呼吸を荒くしながら、今しがた見ていた夢を思い返した。

 またあの時の夢だ。

 親友の祠堂圭が出ていったあの時の。

 

「……おはよう」

 

 美紀は、声が聞こえた方へ顔を向けた。

 そこには、扉を背にして座り込んでいる、美紀の様子を注意深く観察している亜森がいた。

 

「っ! だ、だれっ」

「昨日あったのを忘れたか? まぁお前さんは、意識がハッキリしていたとは言いがたかったけれども」

「昨日?」

 

 そう言われて美紀は、昨日の記憶を呼び起こす。

 昨日は、確かあいつらの様子がおかしくて、そして聞こえないはずの声が聞こえて。

 そして、今にも扉が押し破られそうな時、目の前の男と他に何人か現れたのだ。

 前後の細かいところは詳細に思い出せないが、それ以降の記憶は無い。

 

「……嘘じゃなかった」

 

 あれは、昨日あったことは嘘じゃなかったんだ。

 昨日の記憶と目の前の亜森達という証拠に、美紀は安堵の気持ちを隠せなかった。

 

「ほら、水と食事だ。昨日から、何も食べてないはずだろう?」

 

 亜森は、ダンボールのテーブルに美紀の分として用意してあったペットボトルとパンの缶詰を美紀に手渡した。

 "どうも"と一言断って、それをおずおずと受取り水を口に含む。言われてみれば、口の中がカラカラだった。

 

「説明やら何やらが欲しいだろうが、彼女たちが起きてくるまでは静かに頼む」

 

 亜森はもう一度扉の前に陣取りながら、寝ている三人を顎でしゃくってみせる。

 見渡してみれば、美紀と同じ高校の制服を着ている女子生徒が毛布にくるまって眠っていた。

 美紀は色々と説明が欲しかったが、それも先に制されてしまったので、仕方なく手元の缶詰をあけ中身を頬張る。

 久方ぶりのパンに舌鼓を打ちながら、男と巡ヶ丘学院高校の生徒を観察する。

 女子生徒たちは三人固まって眠っていて、近くには彼女たちのものであろうリュックサックが傍らに置いてあった。

 一緒に置いてあるシャベルにミスマッチを覚えながらも、"モールの最上階まで到達しているんだから、武器の一つや二つあるのは当然だろう"と考えれば腑に落ちるものだ。

 

 問題は男の方だった。

 先程ペットボトルと缶詰を手渡された時、男が立ち上がると同時にくるまっていた毛布が落ち、身につけている諸々の装備が目に入った。

 どう見ても拳銃と、それ用の装備品が一式まとめて装着されていた。

 武器を持っていて自分より力も上の男が同じ空間にいることに、今になって緊張感がました。

 

 チラチラと視線を向けられていることに、亜森は気がついていたが取り敢えず無視することにした。

 学園生活部の三人が起きる前に、美紀の疑問に答えても、男で武器も持っている自分の言葉を信用するとは思えなかったからだ。

 いや、信用しないだけならまだ良かった。

 もし、亜森の全てを話さないような説明で疑念と不信を持たれるがために、亜森と学園生活部を仲違いさせるような行動をされては大問題だ。

 そんな事態は避けたかった。

 亜森も、確保していたペットボトルから水を一口飲みこんで思考を打ち切り、学園生活部の三人が起きてくるのを待つ。

 

 

 

 三十分もしない内に三人とも起き出して、美紀が起きていることに驚いた様子で、朝の挨拶と簡単な自己紹介を始めた。

 

「よう、先に起きてたみたいだな。調子はいいのか?」

 

 胡桃は、率先して声をかけた。

 昨日の気を失った状態を目の当たりにしているので、体調も気遣っている。

 それでも、手元にシャベルを手繰り寄せる警戒心は持っていた。

 

「えっと、……はい。先程そっちの人から、水とパンをもらいました」

 

 胡桃の問いかけに大丈夫だと返事をして、美紀は膝に乗せていたペットボトルと缶詰を示して見せる。

 

「おはよー! ねぇ、お名前何ていうの? あたしは、丈槍由紀! 皆、巡ヶ丘学院高校の三年生だよ」

「私は若狭悠里です、よろしくね」

「あたしは恵飛須沢胡桃、あっちで座ってるのはアモ……亜森太郎。強いて言うなら無職だ」

「おい、その紹介はおかしいだろ。せめて求職活動中と言えよ」

「職業不詳よりマシじゃねぇか」

「分かってて言ってるな、恵飛須沢」

 

 冗談交じりの掛け合いに、美紀は少しぎこちなかった空気が柔らかくなるのを感じた。

 

「あのっ」

 

 美紀の声に、二人は掛け合いを止め、美紀の方に顔を向ける。

 

「……私は、直樹美紀といいます。巡ヶ丘学院高校の、二年生です」

 

 美紀はベッドに座ったままの体勢で、ペコリと頭を下げる。

 それを聞いた由紀は目を輝かせ、後輩が出来ることを喜んだ。

 

「じゃあ、私達の後輩なんだね! りーさん、とうとう私達の部にも後輩が入ってくるよー」

「良かったわね、ゆきちゃん。それじゃ先輩らしいことしないとね」

「うんっ!」

 

 美紀には、二人の言うところの部が何なのか検討がつかなかったが、これも亜森が先程言っていた説明に含まれるのだろうと思い、取り敢えず脇に置いておくことにした。

 

 一通り自己紹介が終わり、毛布等を部屋の脇に寄せたところで、亜森たちは食事を始めた。

 昨日に続き缶詰が中心であったが、美紀が保管していた食料からシリアルや固形栄養食を振る舞った。

 食事の間も由紀は積極的に新入りである美紀に話しかけていたが、由紀の幻覚からくる認識のズレによって、美紀は困惑を覚えていた。

 助けを求めるように周りを見るも、それが当たり前のように振る舞われてしまい、ますます困惑する。

 困惑している美紀を余所に、食事を終えた面々は今後の予定を確認し始める。

 

「今日は学校に帰るだけだよな? 他に何かあったっけ」

「いいえ、目的の物は集め終えたはずだから……」

「荷物を載せる車を探さないといけないが、そっちはアテがある。電気店のレジ裏に、タグのついた車のキーが一つあったんだ。恐らく、冷蔵庫か何かの大型家電を市内に配達するのに使っていたんだと思う」

「そう言えば、レジのところで配達が出来るって書いてあったような……」

「流石にめぐねえの車に、五人は乗れないものね」

「ああ、抱えきれないほどの荷物もな」

 

 館内案内のチラシを取り出して、予定の移動ルートを指でなぞりながら、どう行動するか話し合っていく。

 

 由紀の相手をしていた美紀は、隣で話し合っている内容が気になるも、口を挟めなかった。

 

「あ、みーくん。トイレってこの部屋にあるかな?」

「み、みーくん? それはともかく、トイレなら棚の向こう側にある洗面台の隣の扉です」

「ありがとう、みんなちょっとトイレ行ってくるね」

「ん、いってらー」

 

 由紀がトイレに立ったところで、美紀はようやく解放され、話し合っている三人に体を向けた。

 

 美紀の視線に気がついた三人は、美紀に向き直り質問を投げかけて来た。

 

「それで、直樹。君はどうする?」

「どうするって?」

 

 怪訝な様子で、美紀は聞き返す。

 

「ついてくるか、残るかってこと」

「助けてくれないんですかっ!?」

「あたしらは、余裕があって此処まで来たんじゃない。余裕がなかったから、此処までくる必要があったんだ」

「ええ、だからみきさん。貴方と会えた事は、とても嬉しかった。貴方がついて来てくれたら、どんなに良いかとも思ってるわ。でも、それが目的で来たわけじゃないの」

「そんなことっ、言われたって……」

「この三人に一昨日出会ったばかりの俺が言うのもなんだけど……、ついて来るなと言ってるんじゃないんだ。ただ、彼女達の現状を知った上で行動して欲しい。協調出来ない人間を、仲間に入れるほどの余裕はどこにも無い。だから、俺や彼女達が君を助けるんじゃない。君自身が、自分を助ける選択をするんだ」

 

 三人の言葉に、美紀は沈黙でしか返せなかった。

 頭が混乱して、三人の言っている意味もよく飲み込めない。

 助けに来たわけじゃないけど、ついて来てもいい。

 でも、積極的に歓迎しているわけでもない。

 余裕はないけど、会えて良かった。

 美紀には矛盾している様にしか思えなかったが、三人とも真剣な顔をして美紀の反応を見ている。

 

 歓迎されていないのかもしれない、でももう一人では居たくない。

 美紀には、それだけが確かだった。

 

「……一緒に、行かせて下さい。お願いします」

 

 美紀は零れそうになる涙を必死に堪えながら、まっすぐ前を見て自分も行くと答える。

 それに満足したように、亜森達三人も表情を和らげ、美紀の選択を歓迎するように頷いた。

 お互いに了解が取れたところで、胡桃はパンッと手を叩き、これで話は終わりと言った。

 

「よしっ! 辛気臭い話はこれでおしまい。みきは必要な物をまとめて。何か入れるものはあるか?」

「はい、リュックサックなら」

 

 涙を親指で拭い去り、美紀はリュックサックのある棚の方を指差した。

 答えに満足した胡桃は、うんと頷き指示を出していく。

 

「それに、自分の貴重品と身の回りのものを詰めておいてくれ」

 

 食料品はアモに任せる、視線で合図して亜森も了解する。

 それぞれが準備を進める中、目立たない様に手早く食料関係だけPip-Boyに収納した亜森は、一人作業を中断する。

 "ちょっと"と前置きして、安全のためにフロアを一度見てくると提案した。

 

「俺は一度フロアを見てくるよ、その間に残って準備を頼む。若狭、丈槍のこと任せていいか?」

「ええ、任せて。もう戻ってくる頃だし」

「それじゃ、また後で」

「気をつけて」

 

 扉を開けて出て行く亜森を見送り、胡桃達は出発の準備を始めた。

 

 

 

 階段のバリケードを見回り、フロアの安全が保たれていることを確認した亜森は、電気店に直行して車のキーを回収した。

 キーに付けられているタグには、電気店の名前とナンバープレートの番号が記されている。

 

「トラックの類は何台も無いだろうから、まぁ間違う事はないな」

 

 バッテリーが上がってしまっている可能性も無きにしも非ずだが、もう一台車があるのだ。

 最悪電気ケーブルでつないで、エンジンを始動させてしまえば良い。動き出せばこっちのものだ。

 

 キーを胸ポケットにしまい込みながら、通路を戻ろうとする亜森の視界に、音響コーナーが映り込む。

 そこには十万円以上するオーディオ機器から、千円未満で購入できるポケットラジオまで、幅広い商品を扱っているコーナーだった。

 その中に比較的安価なオーディオ機器としてCDラジカセも展示されており、それを見てふと立ち止まった亜森は、その内の一台を手に取った。

 CDラジカセを様々な角度で眺めながら、亜森は何か思いついたように一人頷き、展示品と棚の下にある在庫のCDラジカセをPip-Boyに収納した。

 

「これと……後は電池とCDだな。電池は昨日回収したのがあるとして、CDは……一階のCDショップに寄るしかないか」

 

 

 

 避難所に戻る途中で、亜森は吹き抜けから下層フロアを見える範囲で観察したが、昨日と比較してゾンビの数に違いは感じられなかった。

 

「これなら何とか行けるか?」

 

 絶対とは言えないが、昨日の様に慎重に行動すれば、危な気なく外に到達出来そうだ。

 しかし、仮に強行突破することになると、現在装備している10mmピストルでは若干心許なかった。

 そこで弾薬にかなりの余裕がある、.38口径弾を使用するセミオートパイプライフルをPip-Boyから取り出した。

 非常に簡素な作りで、連邦で比較的容易に手に入るパイプを銃身として用いており、決して性能は良いものでは無いのだが、整備性や入手性の良い銃として、連邦で一定のシェアを築いている。

 このパイプガンシリーズはピストルからスナイパーライフルまで、非常に改造項目の多い銃であり、連邦の住民が最初に手にする銃でもある。

 亜森自身も、連邦に迷い込んで将軍と出会ったすぐのころ、銃に慣れるための訓練用として手渡されたのが、このパイプガンであった。

 

 亜森が取り出したパイプガンには、径の太いボルトのグリップに、パイプとスプリングを利用した反動吸収ストック。

 短く切断したパイプにネジを取り付け先端に発光塗料を塗りつけたリフレックスサイト、放熱用のフィンを取り付けた銃身に戦前のオイルフィルターを利用したサプレッサーが取り付けてあった。

 そしてマガジンにはドラムマガジンを利用しており、その装弾数48発入。

 近・中距離を意識した改造を施してあり、弾をばらまきつつも命中させることも意識した、若干どっち付かずの性能のパイプガンであった。

 これは、亜森の"当たらなければ弾の無駄じゃないか"という、銃が身近にない日本人らしい貧乏臭さから生まれた発想に影響されているのだが、将軍や同じミニッツメンの仲間であったプレストン・ガービー等からは不評だった。

 彼らが言うには、"威力が期待できないから、ばらまいて敵の頭を下げさせるんだよ"とのことで、結局は文化の違いという妥協点を見出して終わりを迎えた。

 亜森は彼らとのやり取りを懐かしく思い返しながら、コッキングレバーが動作するか、マガジンの着脱がスムーズか確認し、パイプライフルにスリングを取り付け肩に下げた。

 肩に下げた状態から、仮想のゾンビを相手に素早く照準を合わせてトリガーに指を掛けないまま、小さく"バンッ"とつぶやく。

 そのまま向きを変えたりして何度か同じように練習し、満足したように口角を上げる。

 そして吹き抜けから下のフロアを徘徊するゾンビの一体に、照準を合わせた。

 亜森はステルス状態で遮蔽物も無く、対象はゆっくりと体を揺らすだけ。

 リフレックスサイトを通してV.A.T.Sを起動、頭部に狙いを合わせる。

 

(命中率は95%か……、距離は目測で20メートルもない。この距離なら安定して狙えるな……)

 

 V.A.T.Sを一旦解除し、リフレックスサイトを覗いたまま狙いを定め、静かに引き金を引いた。

 

(おやすみ……)

 

 くぐもった発砲音とレシーバーの作動音、そして排莢された薬莢の床で跳ねる音が耳に入り、狙っていたゾンビは頭部を破壊されて崩れ落ちる。

 亜森はしばらくそのままの状態で、周囲を観察し続けた。

 今の一連の音で、周りのゾンビがどう反応するか見ていたのだ。

 最初の内は最も近くにいたゾンビが数体、刺激されたように数歩近寄ってきたものの、その後に何も音や光の刺激が無いことから再び止まったのを確認した。

 

(間を置いて、一発づつ撃つなら問題なさそうだ。流石に考えなしに乱射していれば、集団で寄ってくるだろうが……)

 

 亜森は今の情報を反芻しながら、ドラムマガジンを抜き取り消費した.38口径弾を一発マガジンに込めた。

 ドラムマガジンを装着し直したところで、安全装置をかける。

 

「スーパーミュータントやフェラルグールじゃないなら、コイツでも十分イケそうだ」

 

 亜森は満足げな様子でパイプライフルを肩に下げ、避難所への通路を歩いていった。

 

 

 

 亜森が避難所に戻った頃には、学園生活部の三人と新入りである直樹美紀の準備は既に終わっていた。

 

「アモ、結構遅かったじゃないか。何かあった?」

 

 シャベルを片手に扉近くに立っていた胡桃から、遅れた理由を問われる。

 特に誤魔化す必要を感じなかった亜森は、先程まで吹き抜けから下のフロアを見ていたことを伝えた。

 

「いや、キーを見つけた後、吹き抜けから下を観察してた。昨日とそんなに変わってないみたいだ」

「それなら昨日みたいに慎重に行動すれば、大丈夫かしら」

「あの……どれくらい、いたんですか?」

 

 下の様子を知らない美紀が、不安そうに尋ねる。

 避難者のコミュニティが崩壊してから、他のフロアについては一切の情報に触れていないのだ。

 不安なのは、当然の帰結であった。

 それ以外にも、亜森の肩に下げられている部屋を出るときにはなかった銃についても聞きたいところであったが、それは聞いても答えてくれそうには見えなかった。

 美紀の視線の先に気が付きつつも、亜森は聞かれたことだけに答える。

 

「うん、そうだな。三々五々、小さな集団が各フロアに散らばってる感じ。それだって迂回ルートが見つかれば無視できるレベルのことで、更に言えば囮用のアレを使えばもっと安全に移動できる」

 

 亜森に"アレ"と言われ首をひねる美紀だったが、隣に立っていた悠里がゴソゴソとリュックサックからあるものを取り出し、説明を始めた。

 

「アレって言うのはね美紀さん、このケミカルライトのことよ」

 

 悠里の持つまだ発光させていないケミカルライトを見ても、美紀はイマイチピンと来ない様子だ。

 それを見かねて、胡桃は補足で説明を続ける。

 

「そいつを光らせて投げるんだ、そうすると光ってるケミカルライトにあいつらが引き寄せられる。あたし達は、その横を通り抜けるってわけ」

 

 そこまで言われて、ようやく美紀は合点がいった。

 

「それじゃ、もう聞きたいことは無いな?」

「あたしは無い、皆は?」

 

 胡桃の問いに、悠里と美紀は首を振る。

 それを見た亜森と胡桃は"よし"と頷きあい、最終確認を始めた。

 

「よし、それじゃ最後の確認だ。俺は先頭を進み、ルートの安全を確保する」

「あたしはライトで皆の足元を照らしながら、周囲を警戒する」

「私は、ケミカルライトで彼らの誘導ね」

「私はー?」

「丈槍は後輩を引っ張って来ること、重要な仕事だ」

「らじゃーっ!」

 

 一人会話に入って来なかった由紀からの質問に、亜森は少し大仰に答える。

 由紀は任された内容が気に入ったのか、目を輝かせ畏まった様子で拙い敬礼をした。

 

「あの、私は何をすれば……?」

 

 自分だけ何も言われてないと、美紀は不安げな様子だ。

 それを見た亜森は、安心させるように静かなトーンでやって欲しいことを伝える。

 

「直樹の仕事は、静かに迅速に行動し、そして団体行動を乱さないこと、後はパニックにならないことぐらいだ」

「それだけじゃ何だし、美紀さんには私のお手伝いをしてもらおうかしら」

 

 亜森の言外に"邪魔はしないでくれ"という説明に、若干ムッとした表情を浮かべたものの、悠里からのフォローもあり美紀は素直に従った。

 悠里から幾つかケミカルライトを渡された美紀は、それらを制服のポケットにねじ込む。

 同じように亜森と胡桃も受取り、それぞれ取り出しやすいところに収めていった。

 

「今渡したのは、別行動を取らざるを得ない時用ね」

「わかってるよ、りーさん」

「ああ、外に出るまでは皆一緒に行動するようにしないとな」

 

 その言葉に、胡桃達は肯定するように頷いた。

 

「その後は、俺は駐車場に回って車を探してくる。昨日、買い物かごにまとめておいた諸々の物資を詰め込むから、結構時間がかかるかもしれないな」

「それなら、人手があったほうが早く終わるんじゃないか?」

 

 胡桃の疑問に同調するように、悠里や美紀そして由紀も手伝いを申し出る。

 

「何でも一人でやるのは、危険だわ。私達だって手伝いますよ?」

「私も部活の備品くらい運ぶよー」

「あの……、私も一緒にやります」

 

三人の主張に、亜森は難しい顔をして待ったを掛けた。

 

「その申し出は有り難いんだけど……、危険だぞ? 車は駐車場にある、あいつらはいくら掃除したって湧いてくるんだ」

「それを一人でやろうと、アモは言ってるんだけどな。皆で協力して、やって行くんだろ?」

 

シャベルを肩に担いだ胡桃は、亜森に"さっきと言っていることが矛盾してないか"と指摘する。

 

「……分かった降参だ、荷物の運び出しは皆で協力しよう。でも、車を取りに行くときは一人で行くからな」

 

 両手を上げて見せて、降参だと亜森は折れることにした。

 先程、美紀に対して協調性が云々と高説を垂れた手前、協力の申し出を断るのもバツが悪かった。

 

「それじゃまず、昨日のCDショップまで行こう。そこで小休止を取ってから、玄関まで一気に抜けようと思う。何か、異論はあるか?」

「いいや、無いよ。途中で、服を詰めたバッグを回収するのを忘れないようにしないとな!」

「ええ、せっかく選んだんだからちゃんと持って帰らないとね」

「新しいお洋服は大事だよね~」

「(……、服?)そうですね」

 

 異論は無く、準備万端であることを確認した面々は、亜森を先頭に一晩過ごした避難所を後にする。

 最後に美紀が由紀に手を引かれながら扉を抜け、少しだけ振り向きかつて出ていった祠堂圭のことを思う。

 

(圭……、残っていてくれたら一緒に行けたのに……)

 

 出ていった親友の姿を幻視する美紀であったが、足の止まったのを心配した由紀が手を引き、前に注意を向けさせた。

 

「みーくん、どうしたの? 忘れ物?」

「い、いえ。そういうんじゃないんです。ただ……」

「ただ?」

 

 自然と視線が下がっていく美紀に、由紀は下から覗き込むように目線を合わせる。

 

「……なんでもないんです。ちょっと長いことここに居たので、少し……」

「名残惜しい?」

「そんな感じです」

 

 美紀の手を引きながら、由紀は言葉を続けた。

 

「ふーん? でも、これからは皆一緒だから寂しくないよ!」

「……そうです、よね」

「そうそう、それじゃあ行こう? 皆、待ってるよ」

「――はいっ」

 

 通路で由紀と美紀を待つ三人を指差し、由紀は小走りで進んだ。美紀もそれに遅れまいと続く。

 美紀は最後にもう一度振り返るが、圭の姿を見ることは無かった。

 

 

 

 亜森を先頭にして、バッグを回収しつつ順調に降りてきた一行は、無事CDショップにたどり着くことが出来た。

 道中、通路を幾つも迂回しながらも何度かゾンビの集団に出くわしたが、悠里の持つケミカルライトを使うことで容易に誘導可能で、亜森が銃を使うことは無かった。

 

「ふう、何とか無事にたどり着けたな」

 

 テナントのシャッターを下ろし、安全が確保できたことに安堵した亜森は、一息つくように手近の柱に寄りかかる。

 他の面々も、それぞれ楽な姿勢で休んでいる。

 

「ああ、やっぱ便利だよ。りーさんのケミカルライト」

「私のってわけじゃないんだけどね」

 

 ふふふ、と胡桃の賞賛に笑みを浮かべ、悠里はまんざらでもない様子だった。

 

「私は、使った分のケミカルライトを補充してくるわね」

 

 昨日見つけた在庫を見に、悠里は奥に向かう。

 

「みーくん、CD一緒に見ない?」

「え? それじゃあ」

 

 由紀は美紀を連れて、CDコーナーに進んだ。

 由紀達が離れるのを見送った胡桃は、亜森に避難所で言っていた"考え"というものを聞いてみることにした。

 

「アモ、上で言ってた"考え"ってのは何なんだ?」

「ああ、それはな……」

 

 Pip-Boyを操作してCDラジカセを取り出そうと考えた亜森だったが、CDショップ内で試聴用に展示してあったCDラジカセが目に入り、そちらに手を伸ばした。

 持ち上げたCDラジカセを見回して、これも電気店にあったものと同じように電池でも動くことを確認する。

 

「コイツを、囮に使おうと思ったんだ。上の電気店にも同じようなのが幾つかあったからな、後は音源のCDをここで調達するだけ」

 

 平積みされているCDを適当につかみ、亜森は封を開け始める。

 CDはJK47というアイドルグループのもので、主にティーンエイジャーがメンバーとして活動しており、他にも携帯電話の色違いのように複数の姉妹グループが存在していた。

 ちなみに、彼女らの言う卒業とは成人することである。

 

「わざわざここで開けなくても……。アモ、そのアイドルグループ好きなの?」

 

 あえてアイドルのCDを選んだ亜森に、胡桃はニヤニヤしながら聞いてみた。

 しかし、亜森は別になんとも思っていないようで、淡々と答える。

 

「別に? 失っても心が痛まないのを、適当に選んだだけだけど。……なんだ、投票用シリアルナンバー? 恵飛須沢、これいるか?」

「いらないよ、ゴミを押し付けんな」

 

 亜森はそのまま何枚か同じように封を開けていき、まとめてポケットに無理やり突っ込んだ。

 

「まぁ、CDのジャンルはともかくとしてだ。駐車場の隅っこでコイツを延々と再生し続ければ、あいつらはそっちに引き寄せられて、俺達は安全に作業できるってわけ」

 

 説明されてみれば単純な仕掛けに、胡桃は"ふうん・へぇー"と反応するだけ。

 

「何だ、意外とリアクションがないな」

「そりゃあなぁ、あんまり意外性がなくて」

「ハリウッドばりの意外性ばっかりやってちゃ、命がいくつあっても足らんだろ」

 

 亜森の言い分に、それもそうかと胡桃は同意する。

 しばらく休憩し、水分補給も済ませたところで、亜森は皆を呼んだ。

 

「そろそろ出発しようか」

「うしっ、最後まで気を抜かないように行こうぜ」

「あと少しね、頑張りましょ」

「ようやく外だねー」

「やっと、外に……」

 

 準備が整ったことをお互いに確認し合い、亜森はシャッターに手を掛け持ち上げた。

 

「よし、行くぞ」

 

 亜森の言葉に、四人はコクリと頷き、シャベルを構えた胡桃を先頭にシャッターの隙間をくぐり抜けた。

 

 

 

 テナントを離れた一行は、亜森を先頭に玄関ロビーを目指す。

 此処まで来ると、吹き抜けの天窓から入り込む日の光によって十分な明るさが保たれ、ケミカルライトも効力を失ってしまった。

 玄関ロビーに差し掛かるに至り、亜森は何度かパイプライフルを使っている。

 使う度に、胡桃を除く三人はビクリと目を閉じて、頭部を破壊され糸が切れたように倒れるゾンビを視界に写らないようにしていた。

 亜森は彼女等の行動を把握しているが、だからといって銃を使わない選択肢を取るつもりもなかった。

 わざわざ自身と仲間を危険に近づける可能性がある、マチェットのような近接武器を使う理由がないからだ。

 趣味に走る贅沢は、将軍ぐらいになればいくらでもしてやれるのだが、あいにく亜森は辛うじて人類の枠組の範疇にいる。

 

(……将軍からデリバラーでも貰っておくべきだったかな、あちらの方が精度が良い部品使ってるから狙いも正確だし、何より静かなんだよなぁ)

 

 将軍の持つ、レイルロードのエージェント御用達の拳銃を思い出す。

 亜森には射撃訓練で何度か打たせてもらった経験があるが、日本人の亜森の手にもすっぽりと収まる拳銃で、扱いやすい印象を受けたことを覚えていた。

 将軍と共に、夜間にレイダーの根城を襲撃する時には、デリバラーの正確な照準と静粛性は重宝されていた。

 襲撃作戦が上手くいった時には、拳銃だけで制圧が完了することだってあった。

 もちろん、将軍の戦闘能力の高さは決して外せない要因ではあるが。

 

(ないものねだりしても仕方ない、俺のコレクションしている銃だって、いい銃なのは違いないんだ)

 

 亜森は、Pip-Boyに放り込んでいる将軍の監修を受けながらも、自身の手で改造を施した銃を脳裏に浮かべる。

 何れも、亜森が時間を掛けて部品を集めたり制作したりしながら、作り上げた銃だった。

 

(そういえば、マクレディに頼んでいた10mmSMGは結局間に合わなかったなぁ。アイツの故郷の話でそれが出てきた時、気になってたんだけど)

 

 元傭兵のマクレディは、元ワシントンDCのあったキャピタル・ウェイストランドから流れてきた傭兵で、ある時から将軍に雇われていたのだが、契約期間が過ぎても将軍の仲間の一人として戦っていた人物だ。

 そんな彼の伝手を頼り、話に聞いた10mmSMGを手に入れようとしていた亜森だったが、銃が届く前に亜森のほうが時間切れになっていた。

 

「……、無いもののことを考えても仕方ないよな」

「? 何の話?」

「いや、何でも無い」

 

 つい呟いた言葉に、胡桃が反応して尋ねるが、亜森は大したことじゃないと答える。

 

 玄関ロビーの端にある大きな柱の影に、一行は居た。

 亜森が片膝立ちの姿勢で、チラリと玄関口の方向を覗き込む。

 全部で二十体ほどのゾンビがたむろしており、しかも上手いこと分散しているため、迂回ルートを取ろうにも気づかれてしまう危険性があった。

 玄関のすぐ外には、乗ってきた車も見えている。

 ここで始末しておかないと、車にたどり着いた後のトラックを調達して物資の積み込みが、安心して行えない可能性があった。

 亜森がどうやって始末するか考えているところに、後ろから胡桃が服を引っ張った。

 

「どうした? 何かあったか?」

「いや、どうやって進むか考えてたんだろ? さっきの、アレ。使ってみようぜ」

「あれ?」

 

 そう言って胡桃は、手元にあるCDラジカセを示してみせた。

 

「それは駐車場で使う予定なんだけど」

「どうせ腕のそれにも入れてんだろ? それに、本番前のリハーサルは大事だぜ」

「……それもそうか。上手く行くかどうか、確かめておくのも悪くないな」

「でしょ?」

 

 話が決まったところで、前もって準備しておいたCDと電池を取り出し、CDラジカセにセットしていく。

 

「音量はどうする? 大きすぎて余計な集団まで引き寄せられても仕方ないだろ」

「メモリの全体の、四分の一か五分の一程度で十分じゃないか。ここから見て反対側の壁にある、トイレの中に設置すればまぁまぁ時間が稼げそうだ」

 

 トイレの方向を指差し、亜森はCDラジカセを掴み上げる。

 

「それじゃ、コイツを置いてくるから、ここで待つか行けると思ったら車に行ってくれ。すぐに後を追う」

「バカ言うな、アモ一人を置いてさっさと行くわけない」

 

 胡桃の後ろにいる三人も、無言で胡桃の言葉を肯定する。

 

「分かった、でも危ないと感じたらすぐ行動しろよ」

 

 胡桃たちに一言告げると、亜森は中腰の体勢でトイレに向かって大きく弧を描きながら進んでいった。

 ゾンビ達に気づかれず男子トイレに侵入した亜森は、10mmピストルを構えながら中にゾンビが居ないか確認していく。

 トイレの中はあちらこちらに乾いた血飛沫によって彩られているが、ゾンビは既に移動した後のようで居なかった。

 亜森は一番奥まったところにある個室トイレの扉を開け、ちょうどいい設置場所がないか観察する。

 トイレはウォシュレット付の洋式トイレで、タンクを常備していないタイプだった。

 

(タンクがあれば中の水を抜いて、内側に仕込めたんだけど。仕方ない、便器と壁の間に置くしか無い)

 

 一度トイレの入口を振り返り、何も入ってきていないことを確認した亜森は、CDラジカセを設置。

 音量のツマミを回し、リピート再生スイッチを入れる。

 スピーカーからは、一人で聴くには若干大きすぎる音量が出ており、アイドルグループの曲らしいポップなメロディが流れている。

 音が正常に出たこと確認した亜森は、すぐにトイレを後にした。

 中腰の体勢で外に出た時には、ホンの数歩先に一体のゾンビが迫っていたが、亜森は特に思うこともなく10mmピストルを向け頭部に撃ち込んだ。

 崩れ落ちるゾンビの後ろからも続々と続いていたが、それらについては無視して静かに玄関ロビーの壁沿いに進む。

 

 胡桃達のいる柱の影に戻った頃には、玄関ロビーに居たゾンビ達はあらかたトイレの方に引き寄せられていた。

 

「上手くいったな!」

「ああ」

 

 戻ってきた亜森に、胡桃は嬉しそうに声をかけ拳を突き出す。

 亜森も拳を突き出し、コツンと合わせた。

 

「じゃあ、アモも戻ったことだし。車まで一直線だ」

「ええ、早く外に出ましょ」

 

 胡桃の号令に、悠里達も応え一行は一日ぶりの屋外に足取りも軽やかになりながら、玄関ロビーを横切っていった。

 

 

 

 車にたどり着いた一行は、周囲の安全を確認した後、手に入れた服や物資を車のトランクに詰め込んでいく。

 亜森は一人そこを離れ、駐車場に向かっていた。

 昨日の内に、一階と地下を結ぶ階段付近に集めておいた物資を、詰め込むためのトラックを調達しに向かっているのだ。

 物資の詰め込みこそ彼女達にも手伝ってもらうが、車の調達にはむしろ人数は邪魔になりかねないので、彼女達には残ってもらっている。

 

 目的のトラックには電気店のロゴマークがあるはずで、家電商品の搬出の関係上予想では建物入り口からそんなに離れていないはずだ。

 

「軽トラがいくつかと……他は普通の乗用車が殆どだな」

 

 駐車場には、かつての買い物客の車が所狭しと並んでいた。

 逃げ出そうとしたのだろう思われる、他の車に衝突してそのまま動かなくなった車も至る所に見受けられる。

 ここを観察するだけで、当時の混乱が容易に想像できた。

 

 しばらく建物沿いに進んでいると、モール関係者用の駐車スペースに、目的の電気店のロゴマークがプリントされたトラックが見えた。

 タグに記されていたナンバープレートの番号も確認してみるが、一致している。

 表面上は凹みや傷もなく、窓ガラスも割れていない。

 

「軽トラぐらいを想像していたけど、こりゃあ二トントラックかな?」

 

 荷台部分はコンテナ状になっており、大型の荷物用の電動リフトが付いているタイプのようだ。

 荷台下には運搬に使うのだろう、台車の収納スペースも設置してあった。

 トラックの周囲をぐるりと見て回った亜森は、特に異常を見つけられなかったので、玄関ロビーで行ったCDラジカセによる安全確保の作業をすることにした。

 ステルス状態で移動する亜森に反応できるゾンビは居なかったようで、特に問題なく設置と起動、そしてゾンビの誘引に成功した。

 トラックの周囲が安全になるまで、少し時間を掛けて戻ってきた亜森は、トラックのドアにキーを差し込み運転席へと乗り込んでいく。

 

「さぁて、頼むよ~。かかってくれ」

 

 動け動けと念じながら、キーを差し込み捻る。

 エンジンを始動する際の、独特な音がトラックを振動させる。

 そして、意外にあっけなくエンジンが回り始めた。

 

「やったぜっ、やっぱ車は日本製に限る!」

 

 亜森はシフトレバーをドライブに入れ、静かにアクセルを踏み、ゆっくりと駐車スペースから滑り出す。

 燃料メーターはFULLとEMPTYの中間ほどを示していて、今日明日程度でガス欠することはないだろう。

 

「これで、ようやく脱出だな」

 

 亜森は意気揚々と駐車場を抜け出し、胡桃達の待つ玄関入り口にトラックを走らせた。

 

 

 

「よぉ、おかえり。無事に見つかったみたいだな」

「車に異常はなしだ、ラッキーだったぜ」

 

 シャベルを持って周囲の警戒を続けていた胡桃の歓迎を受け、亜森はバックで玄関入口に向けトラックを停車させた。

 車から降りてカギを掛けた亜森は、トラックに備え付けられていた台車を抱えたところで胡桃達に合流、最後の物資搬出のためにもう一度モールへと踏み込んでいった。

 

 モール内は先程仕掛けたCDラジカセの効果によってか、玄関ロビーで邪魔をするようなゾンビは居なかった。

 そのまま、地下フロアに続く階段を目指し、特に問題無くたどり着くことが出来た。

 

「集めていた買い物かごには、異常は見られないみたいだ。恵飛須沢、そっちはどうだ?」

 

 亜森は昨日共に行動した胡桃に、異常が見られないか尋ねる。

 胡桃は首を横に振り、自分が集めた分にも異常なしと答えた。

 

「いいや、変わった様子はないよ。さあ、さっさと持っていこうぜ」

 

 その言葉に、後ろについてきた悠里たちも手にカゴを持ち始めた。

 可能な限り亜森の持つ台車に載せたところで、残りはひとりひとつカゴを持てば良い程度になっていた。

 

「たくさん集めたみたいね、……これは洗剤に石鹸、それにろうそくも、こっちはひげ剃り?」

「それは俺用だな、使いたいならたくさんあるから持っていっていいぜ」

「アモ、それはセクハラだろ」

「生きてる限り、男も女も毛が生えるのは当たり前だろうが」

「……お前、女にモテたことないよな」

「うるせぇ、そんな余裕なかっただけだし。俺が夜の街で声を掛けたら一発だし」

「手錠掛けられるのがだろ」

「ナンパがだよ!」

 

 亜森と胡桃の軽口の応酬に、他の三人は張り詰めた緊張感が柔らかくなるのを感じ、自然と笑みがこぼれた。

 胡桃は亜森との付き合い方を大体飲み込めたところで、掛け合いを止めた。

 

「それじゃモテないアモの株を上げるために、先頭で格好いい所を見せてもらおうかな」

「へいへい、チャンスを下さいましてどうも」

「みーくん、私と一緒にこれ押していかない?」

「私ですか? まぁ、構いませんけど」

「じゃあ、私とくるみで二人の分のカゴを持って行くわね」

「ゆきー、途中で落としたりするなよー」

「へっへっへ、おまかせあれっ!」

 

 片手にカゴを持ち、もう一方の手で10mmピストルを構える亜森の後ろで、学園生活部+αは声のトーンを落としながらも楽しそうに騒いでいる。

 特にアクシデントも無くモールを出た一行は、運んできた物資を手分けしてトラックへ詰め込んだ。

 詰め込んだとはいえ、トラックの積載許容量からすれば、まだまだがら空きの様相だったが。

 

「まだまだ余裕があるみたいだなぁ、もう少しもらっていくか?」

 

 胡桃はがら空きの荷台を眺めて、改めて中に取りに行くことを軽い気持ちで提案してみた。

 

「あんまり欲張ってもな、動きっぱなしで自分たちが思ってる以上に疲れてるし。今日の所はここでやめとこう。欲しくなったら、また来ればいいさ」

「うん、次はルートも分かってるし、日帰りで来れるかもしれないしな」

 

 亜森のやんわりとした否定に胡桃も異論はなかったようで、次の機会に回すことにしたようだ。

 

「それじゃ、帰ろうか。学校に」

「ええ、三日ぶりの学校にね」

 

 胡桃と悠里は、ようやく学校に帰れることに嬉しさを覚えた。

 

「私が先に運転するわ」

「よろしくー、昨日のガソリンスタンドで一度休憩入れようぜ」

「分かってる、運転交代とトラックの燃料補給も兼ねて、よね」

「そういうことです」

 

 亜森にも、同じ内容を伝え了解が取れた。胡桃は、まだ車に乗っていない由紀と美紀にも声をかける。

 

「ゆきー、みきと一緒に後部座席に乗れよ」

「えー、そしたらめぐねえと一緒に乗れないじゃん」

「めぐねえは、アモが運転するトラックに乗るからいいんだよ。アモも話し相手が居ないのは寂しいだろ?」

「それもそうだね! じゃあめぐねえ、また後でねー」

 

 皆が車に乗り込んだのを確認した胡桃は、めぐねえの車の後ろに着けているトラックの亜森に、手を上げて出発の合図をした。

 亜森の返事を確認したところで、胡桃自身も車の助手席に乗り込む。

 

「りーさん、おまたせ」

「それじゃ、出発ね」

 

 エンジンを掛けて悠里はアクセルを踏み込み、静かに車を発進させた。

 バックミラーを見れば、亜森の運転するトラックも付いてきているのが分かる。

 

 遠足三日目、一行は新たな生存者を仲間に加え、学校への道を走っていった。

 

 

 




・美紀に対して少し厳しい対応
元ミニッツメンの亜森にとって、よく知らない住民は大抵トラブルを抱えているか、トラブルを起こしそうか、その二つに絞られる。
理由?
いつも「お前の危険な一面を見た。ここに着た目的が私でないことを祈るよ」「人造人間でなければいいが……」と言われていたから。
居住地にミニニュークを降らせたのは、作者だけでは無いはず。
日本に戻ったことで、少しづつであるがそのあたりのトラウマは薄れている模様。

・CDラジカセ
原作では、美紀の持つポータブルプレーヤーが学校で似たような働きをしている。

・JK47
元ネタはカラシニコフのほうだよ(すっとぼけ
CDの販売枚数が他の音楽グループに比べて突出して多いことから、平積みで置いてある設定。
メンバーの卒業っていったい、ナニからの卒業なんですかねぇ。

・パイプライフル
Fallout4の中でも特に印象深い銃であり、クラフト要素のチュートリアル的存在。
レシーバーを大口径に変えられるならば、中盤以降でもなかなか使える渋いやつ。
亜森は.38口径から変更せず運用している。というより、これ以外に.38口径弾を使う銃がまず無いともいう。

・将軍のデリバラー
レイルロードのクエストの報酬として入手できる拳銃。
そこそこの威力とAP消費ポイントが低いことから、特定のPerkと組み合わせることで、ステルスV.A.T.S無双タイムが始まる。
一瞬で集団を始末していく様子は、最高に格好いい。

・10mmSMG・10mmサブマシンガン
連邦には存在しなかった種類の銃。
10mmピストルのフルオート化で、その役割を奪われてしまった感が否めない。
Fallout3の舞台であるキャピタル・ウェイストランドではそこそこ流通していたので、マクレディの伝手を頼りに取寄中だった。
ゲームで使うには、すばらしいMODがあるのでそちらを是非使ってみてほしい(ダイマ

・電気店の配達用トラック
田舎に住んでいる作者には、ホームセンターなんかに同じようなサービスが存在するので、特に違和感はないのだが、都会の住民にはどうだろうか?

・アモと胡桃の軽口
海外ドラマ特有の軽快なやり取りを目指しているが、ただのちょっと仲がいい程度のクラスメイトみたいな感じに見える。
アモはわざとそうすることで空気を明るくしようとしているが、胡桃は今のところ素の反応である。

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