魔法使いと黒猫のウィズ Abyss code 深淵の記憶   作:烏零

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この世界は、変わってしまった。

お母さんが見つけ出した《神話手術》により、人は神に近い力……いや、神の力を手に入れた。

それにより、世界は確かに良くなった。未知の技術や新しい抗体など、様々な恩恵がもたらされた。しかし、過ぎた力は、人の心を変えてしまう。

神の力を持った者とその眷属となった人間たちは、神話手術の適正の無い人間を迫害し始めた。もはや神話手術を受けられない人間はただのゴミだと言わんばかりに、嬲られ、殺されていく。

……母は、私の病気を治すため、神話手術に可能性を見出した。でも、私は適正は得られなかった。

神に追われる日々。お母さんは、いつも悩み、悔やんでいた。けれど、私にとっては、今まで誰にも成しえなかった事を遂げた偉大な人であり、尊敬する、たった一人のお母さんだった。

私は、お母さんのことが好き。

 

「ミーちゃん。まだ起きてたの?」

「あ……ごめんなさい。お母さん」

 

母、レスリーが部屋に入ってくる。今は昔住んで居たところから遠く離れ、小さな町に二人で暮らしていた。ここには、母が入っている神に対抗するためのレジスタンスの拠点もある。

 

「あまり夜更かしすると、また体調が悪くなるわよ?早く寝なさい」

「うん。おやすみなさい」

 

電気が消える。昔住んでいた家とは比べ物にならないくらい小さい家で貧しい暮らしだったが、それでもお母さんと共に暮らせるだけで私にとっては幸せだった。確かに私はこの世界にとっていらないものかもしれない。けど、お母さんが必要としてくれる。それだけで嬉しいし、お母さんを残して先に死ねない。

――――いや、ただ、自分が死にたくないだけだ。綺麗事を言っても、それは変わらない。

暗い部屋に一人で残ると、気分や考えることまで暗くなってしまう。私は、強く目を瞑り、何も考えないで眠るよう努めた。

 

 

 

「でねー。……ねえミルドレッド、聞いてる?」

「あ、ごめん。……なんだっけ」

 

私は、普段は身分を隠し、神の候補として生活していた。母はレジスタンスに参加するため別れ、私は一人で暮らしていた。昔住んでいた大きな都市では私が落ちこぼれであると知れ渡っていたため、離れた場所で暮らす必要があった。今は体調もいいため、学校にはなるべく通うようにしている。リスクは高かったが、家に引きこもりの娘がいると知れ渡った方が嗅ぎつけられる可能性がある。

まさか私がまた学園生活を送れるとは思っていなかったから、みんなの前で病気のことをばれないようにする必要はあったものの、楽しかった。友達も何人もでき、通う前に募っていた不安は消えていた。

帰り道の一角、人だかりが集まっている。何かとみんなが走り出した。私も、発作を起こさないようゆっくり走っていく。そこにあったのは、まるで祭壇のような建物と、そこに立つ神。

 

「聞け、人の子らよ。今日は我らに供物を捧げる時ぞ」

 

神が、騒音のような声で叫ぶ。その声に合わせて、神の眷属らしき人間が、縄で繋がれた人間を何人も連れてきた。嫌な予感がする。私は、直ぐにでもここから去りたい衝動に駆られていた。

 

「ねえ……なんだか怖いよ。もう行こう?」

「えー?気になるじゃん。ちょっと見ていこうよ」

「そうだよミルドレッド。軽い寄り道だって」

 

友達は動こうとしない。一人だけ帰るのも不自然だと思い、残ることにした。……そこに、好奇心がなかったと言ったら、嘘になる。そして、残ったことを後悔するのに、時間はかからなかった。

祭壇にささげられた三人の人間。祭壇に挙げられたいけにえの末路など、考えればすぐわかっていた。

 

「神よ。私に救いをください。この世界では私は選ばれなかった」

「よかろう。救いを与えてやる」

 

神が手を挙げると、眷属が手に持った斧を振り上げる。

 

手を降ろすと同時に、斧が振り下ろされ――――

 

神に祈りをささげた男の首が、宙を舞った。

 

なぜか沸き起こる、歓声。

 

吐きそうだ。これが――――――

 

 

 

こんなことが、許されるの?

 

 

 

神の《裁き》は止まらない。次はみすぼらしい女性が、同じ言葉を神へと投げる。神はそれを聞いて、無慈悲に、無関心に、無価値に、手を振りかざす。

女の首が舞う。その血が神に降りかかると、神はまるで泥でも付いたように払う。あれが、人々を救うという神の姿なの?

最後の男が神の前に立つ。だが、どうも様子がおかしい。前の二人の血を浴び、紅く染まった男は、震える唇で何かの単語を発しようとした。

 

「か……神よ……わ、わたし、に……」

 

そこまで口にして、縮こまる男、眷属が、苛々しながら男の胸倉を掴む。

 

「救いが欲しいんだよな?ならちゃんと懺悔しろよ。才能のない自分の生をさあ!」

 

観客が沸き立つ。なぜ、なんでこんな悪趣味な見世物でみんな笑えるの?

吐き気がする。動悸が止まらない。口を押え、必死に耐える。

祭壇のような処刑場に乗せられてしまった男。彼は、大粒の涙を流しながら、神を名乗る何かへ叫ぶ。

 

「嫌だ……嫌だよ!死にたくねぇ!なんでだよ!なんで死ななきゃいけないんだよ!神様なら、俺の命を助けてくれたって――――」

 

男の言葉は、そこで途切れる。神が、男の首を手刀で切り落としていた。手に付いた血を、綺麗な白いハンカチで、何度も何度も、何度も何度も何度も何度もこすっていく。

 

「神は慈悲深い。貴様のようなゴミにだって、救いを与えてやるのだからな」

 

湧き上がる歓声。私は耐え切れず走り出していた。友達が何かを言っている。家まで耐えきれず、路地裏に吐き出してしまう。急いで口元を拭き、何事もなかったように呼吸を整える。友達が追い付いた。

 

「急に走り出すからびっくりしたよ。大丈夫?」

「うん、ちょっと……気分が優れなくて」

「なら余計走らない方がいいよ?ほら、帰ろう」

 

三人で歩き出す。しかし、私の足取りは重い。前の二人が、先ほどの光景について話している。私は、ぽつりとつぶやいた。

 

「……いくら劣等種、だからって、あんなこと……」

 

しかし、二人の言葉は、予想外のものだった。

 

「そう?むしろあの劣等たちを殺して救いをあげてるんだから、優しいんじゃないの?」

「私も早く神話手術を受けたいなぁ。そうすれば、今よりもっといい暮らしができるだろうし」

「そうだね。私達にも早く手術を受ける順番が来ないかな」

 

え?と、心の中で呟く。友人たちの声が、自分の知らない言語で話しているような間隔。それからのことは、覚えていない。ただ、虚ろな足取りで家に着いたのは覚えている。暗い、暗い家に一人たどりついたころには、涙が止まらなかった。布団に隠れるようにしてうずくまり、お母さんに心の中で助けを求めていた。

だが、私は知らなかった。

レジスタンスの反抗作戦、それが失敗し、最後の手段に頼らざるを得なかったお母さんが、

自らの体を怪物に変えていたことに――――

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……本当に、やるんですか。今ならまだ……」

「何度もごめんなさいね。ラルフさん。でも、もう決めたの」

 

注射器を手に、腕をまくるリスリー。レジスタンスの犯行作戦が失敗した今、反逆者に残された手は少ない。数少ない生き残りであるラルフが、必死に説得を試みていた。しかし、リスリーは聞く耳を持たない。

 

「私は、あの子を助けるために禁忌を犯したようなもの。せめて自分で幕を引かせてちょうだい」

「あの子を巻き込むんですか!あの子は、あなたが守りたかったはずだ!」

「……ええ。でも、もう戻れない。ラルフさん、ミーちゃんのこと、よろしくね」

「博士……!」

 

注射器を打ち込むレスリー。瞬間。レスリーの体が跳ねる。血を吐き、体中から青い血のようなものが噴き出す。

レスリーが打ち込んだのは他の神話手術のように自分の体を改造し神になる物ではなく、自らを神とは到底呼べない怪物に変異させる異質のものだ。理論上は可能とはいえ、とてもその改造に体が耐えられるものではない。

激痛と体の変異により、声を出せないまま苦しみもがくレスリー。ラルフは、抗神話薬が効かなかったように、今回の手術が失敗すればいいと願わずにはいられなかった。

数時間に渡り、レスリーの体は変異していた。一時間もたったころ、もうレスリーはその体を残してなく、青い不気味な塊になっていた。残りの時間は、その青い塊が卵の様に、大きく、丸くなっていった。

そしてその時は来る。卵が割れ、中から青く、神々しく、それでいて恐ろしい、歪な怪物が生まれた。ラルフは、もういないと知っていながら、神に祈ることしかできなかった。

 

「ミー……チャ……」

 

怪物が、かろうじて声だとわかるような鳴き声を上げる。そして、地響きを鳴らしながらゆっくりと動き出した。

 

「ムカエニ……イカナキャ……」

 

怪物が消える。ラルフは、事前の打ち合わせ通りに動き出した。――――研究所のレスリーの部屋に残っていた、抗神話薬を二つくすねて。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「おはよー。ミルドレッド」

「おはよう……」

 

昨日はよく眠れなかった。けど、学校にはちゃんと行かなくてはと、重い体を引きずるようにして学校へと出てくる。みんなと軽く挨拶して、一直線に席へと向かい倒れこむように座る。

 

「なんだか具合悪そうね。大丈夫?」

「うん。ありがとう」

 

あまり人と話したい気分でなかった私は、眠るふりをして机に顔をうずめる。心配してくれた友達には悪いと思う。けれど、それが失敗だった。

周りの子たちが話をする。話題は、友達と一緒に見た昨日の処刑について。

 

――――すごいな神様は、

――――ああ、そんな罪深い劣等種にも自ら救いを上げるなんてな。

――――私達も、神族の役に立てるよう頑張ろう。

 

何を、言っているの?

私には理解できない。あの劣等種と呼んでいる人たちは、自分たちと同じ人間のはず、さらに言えば、神族だってもとは私達と同じ人間のはずだ。

なのに、なんで――――

同じ命を、軽視できるの?

 

再び早くなる動悸、もはや、抑えられるものではなかった。

 

「どうしたの?ミルドレッド……きゃあっ?」

 

発作が始まる。耐えられず、倒れるミルドレッド。視界が霞む。手を伸ばし、みんなに手を伸ばす。

 

「た……助けて……みんな……」

「おい、こいつまさか劣等種かよ!」

「誰か!早く神様を呼んで!汚らわしい!」

「――――!」

 

目の前が、完全に暗くなる錯覚。みんな、昨日まで仲良くしてくれていた。休み時間は遊んだりもした。変な時期に来た転校生だが、それでも仲間に入れてくれた。なのに――――

 

「なん、で……?」

「触んなよ、劣等種!」

 

伸ばした腕は、蹴り飛ばされた。涙が止まらない。嗚咽が口から洩れる。誰も、助けては、くれない。

先生が走ってくる音。このままじゃ殺される。と、教室からおぼつかない脚で逃げ出した。

 

 

 

幸いと言うべきか、通学の時間が過ぎていたため人通りは少なく、逃げるのは容易だった。だが、心臓が痛み、思うように走れない。

道路に倒れこみ、大きく息を吐くミルドレッド。体力は限界に近い。

だが休む暇はない。後ろから足音が聞こえてくる。立ち上がり、走り出そうとする。

 

「待って!ミルドレッド!あなたを助けたいの!」

「……!」

 

声をかけてきたのは、昨日あの処刑を見た友達だ。駆け寄ってきて、ミルドレッドに肩を貸す。

 

「早くいくよ!追いつかれる!」

「助けて、くれるの?」

「うん!私達、友達でしょ!」

 

私の目から、再び涙がこぼれる。しかし、今度は喜びの涙だった。ありがとう。と何度もつぶやき、二人で走る。町の端のほう、暗い路地に連れられ、「ここで待ってて」と私を置いて周りの様子を見に行く友達。ようやく落ち着いてきた私は、呼吸を整える。どこか近くの店から、おいしそうな食べ物の匂いがしてきた。

 

「お母さんのスープ……また飲みたいな……」

 

足音が聞こえた。突然のことで驚く私は、とっさに近くにあった空のゴミ箱の中に隠れる。少し匂ったが、背に腹は変えられない。箱に空いていた穴から、外を覗き見る。現れたのは、友達だった。なんだ、と外へ出ようとする。

 

「こっちです!早く!」

 

何か様子がおかしい。蓋を開けようとした手を止めた。友達の後ろから、さらに足音が聞こえる。現れたのは――――神族だった。

 

「何もいないじゃないか?」

 

私が隠れたのを知り、青ざめる友達。みるみる血の気が去っていく友達とは対照的に、神は赤く、怒りで赤く染まる。その手が、友達の細い首へと延びる。

 

「ちが……ほんとうに、ここに、劣等が……」

「神様に向かって嘘はいけないよ。……人間」

 

ぽきり、と、あっけなく何かが砕ける音。神が、布切れでも捨てるように動かなくなった友達を投げる。それは、私が隠れているゴミ箱の上に落ちた。

 

「ひっ……!」

 

神が振り返る。必死に口を押え、強く鳴る心臓に黙れ、黙れと強く念じた。幸い、神は路地から去っていく。髪がいなくなった後も、しばらくゴミ箱から出ることはできなかった。日が暮れ、ようやく重い体を動かしゴミ箱の蓋を開ける。外に出て、死して動かないはずの友達と目が合った。その目は、まるで、私を責めるかのように、見開いて、じっと、私を、

 

「うっ……」

 

もう、何も出ない。けど、吐き気が収まらなかった。自分の居場所が、もうどこにもないという確信めいたものもある。行く当てもないまま、街をさまよった。

それからのことは、よく覚えていない。必死に走り、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて……ついに、追い詰められた。神を称する何かの、下卑た笑みと、神々しさ示すためのメッキを塗った体。ひどく対照的ながらも、神々しさのが勝るのはやはり神だからだろうか。銃が私に向けられる。死んだ、と、全てを諦めた。

銃の音がする前に、なにか重い、まるで隕石でも落ちたような衝撃が走る。前には、神が潰れて死んでいた。あの全能の、どうあがいても倒せなかった神が、いとも簡単に、だ。

潰したのは、神と対照的な青い醜い巨人だ。顔は無く、頭から無数の蛇のようなものがうごめいている。それは、潰れた神の死体をむさぼり始めた。

 

「ひ……」

 

逃げなきゃ、なのに……足が動かない。怪物が、私に手を思わせる何かを伸ばしてきて……

優しく、頬を撫でた。何か、言葉を発しているが、私にはそれの意味を理解できない。怪物に向け、神が次々と攻撃を仕掛ける、しかし、怪物は無視し、神を次々とむさぼっていく。

 

「ミルドレッドちゃん!こっちだ!」

「ラ……ラルフさん!」

 

助けに来たラルフさんに連れられ、私はその場を後にする。

後ろから見た怪物の姿は気高く、確固たる意志を持っているようにも感じた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ア……」

神を見つけては喰らい、神を見つけては潰し、神を見つけては殺す。

それが遺伝子に刻まれた運命。私は、神を滅ぼす獣。

今もひとつ、神を潰した。そいつは、誰かを襲っていた。知らない。ヒトに興味はない。

はず、だった。

それは子供だった。ひどく怯え、涙を流している。だから、拭いてあげた。彼女からは、懐かしい匂いがする。私の知り合いに、似た人がいたのかもしれない。

だけど、何かが引っかかっていた。私は、大事な何かを忘れている。

思い出そうと考えていると、後ろに何かが当たった。振り返ると、多くの餌。

ああ、そんなに殺されたいか、と、一人一人確実に、丁寧に殺していく。

何かを思う出そうとしていたが、そんなことはもうどうでもよかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

ラルフさんに連れられたどり着いたのは、使われなくなったアジト。そこで私は、お母さんが死んだことを知った。さらに、あの怪物に対抗するには、私が適合する神話手術を受けるしかないことも。

ラルフさんはつらいならやめてもいい。という。けれど、私はそれを受けることにした。

英雄になりたかったわけではないし、人々を救いたいとかいう大それた望みを持っていたわけではない。

ただ……お母さんが死んだと聞いて、私は生きる理由を失っていた。それに、お母さんが私にこれを託してくれたなら、それに従わないわけにはいけない。

私は……人々を救う、英雄になる。

けど、本当は、

まあ、お母さんが生きているかもしれないから、

お母さんを見つけだし助けるために、私は英雄になる。

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