千歌の家に行ってから、数週間が経った。
その間に何と、ルビィと丸がスクールアイドル部に入部したようだ。
あの気弱なルビィがしっかりと自分の意志で入部を決めた時は、成長を感じて嬉しさのあまりに涙が止まらなかった。
そして何時も通りに部活が終わり、更衣室で着替えていると、スクールアイドルが好きな蛍からある動画を見せられた。
どうやらAqoursの新しい動画のようだ。
「ヨハネ様のリトルデーモン4号。く…黒澤 ルビィです。一番小さい悪魔…可愛がってね!!」
ゴスロリ姿の妹が、変なポーズを取っていた。
可愛い…じゃなくて!?
「滅茶苦茶かわいくないですか!!!」
蛍は目をキラキラさせながら聞いてきた。
「ふ…妹だからな」
「シスコンかよ気持ち悪い」
「………」
俺と蛍の話に後ろを通りすぎ際に、珊瑚が毒を吐いて言った。
しかし俺は逃がさない。
肩を掴み首に腕を回した。
「誰が変態シスコン野郎だ!モブが~~~!!!」
「そこまで言ってねぇよ!!あと珊瑚だ!!」
珊瑚が暴れるがしっかりと拘束している為、外せないでいる。
「さぁ珊瑚くん……何か言うことは~?」
「…すみませんでした」
「不服そうにしているんじゃね~~!!」
「ぎゃぁぁぁ!!すみませんでしたぁぁぁ!!」
今日も浦の星男子学院水泳部は平和です。
その後、珊瑚を一通りにしばき終わり、俺はある人を自転車に乗って待っていた。
「すまん瑠璃、待たせたな」
「珍しいですね。剛先輩が俺と帰るだなんて」
水泳部主将の剛先輩。
珍しく帰り誘われ一緒に帰ることになった。
「まぁ、と言ってもすぐ近くの船着き場までだからな」
「そういえば剛先輩って淡島に住んでいるんですよね」
「ああ」
淡島出身者は船で帰るのが一般的だ。
幼い頃、淡島には何度も行ったことがあるし、もしかした何処かですれ違っていると思う。
「それで早速なのだが」
「ん?何でしょうか?」
急に真剣な雰囲気が流れた。
何か部活関連で大事な話だろうか?俺は真剣に話を聞こうとその場に立ち止まる。
「瑠璃…お前…」
「ッ!?…はい」
「…………腹が減らないか?」
「…………はい?」
なんて言ったこの人?こんな真剣な状態で腹が減っただと…?
いや、何時もの剛先輩らしいか。
とりあえず剛先輩に連れられ、近くのコンビニで中華まんをおごってもらった。
近くのベンチに腰掛け、中華まんをいただく。
「それで?いい加減、話してくださいよ」
「お?……そうだな」
剛先輩は半分あった中華まんを一口で口に入れて飲み込んだ。
「もうすぐ東京遠征だろ?」
「そうですね。もうそんな時期なんですね」
夏に入るこの時期に、毎年水泳部は東京の大きなスポーツ施設を借りて練習する。
他校の水泳部も来たり、大会さながらの練習をしたりと、2泊3日でかなりきつい日程になる。
「そこで。メドレーリレーもやるのだが…瑠璃」
「は…はい」
「メドレーリレーのメンバーになってくれないか?」
メドレーリレー。
水泳競技でも、花形を飾る競技の一つ。
浦男水泳部のリレーのメンバー決めは、主将の役目で選ばれたメンバーそのまま、夏の大会で泳ぐことも決定している。
「俺でいいんですか?」
「ああ、俺が最高だと思ったメンバーで泳ぎたいんだ」
普段、無表情の剛先輩は眩しい笑顔をこちらに向けた。
剛先輩は不思議な人だ。
普段何考えているかわからないし、天然で偶にわけわからないことも言う。
けど…水泳に対する熱い思いは浦男で一番だ。
だから俺はこの人を尊敬している。
この人の作ったリレーメンバーなら参加してみたい。
だからこそ、俺の答えは決まっている。
「それなら、よろしくお願いします!」
「おう!…ただな」
「ん?何でしょうか?」
また急に真剣な顔で唸る剛先輩。
すると一枚の紙を取り出し、俺に見してきた。
そこにはメドレーのメンバー表だった。
最初に泳ぐ、背泳ぎは銀次先輩・平泳ぎ2は空欄・バタフライ3は剛先輩・フリーは俺の名前が書かれている。
「なるほど…平泳ぎですか」
「ああ…候補2人はいるのだが、どちらも1年だ」
「1年!?マジっすか!?」
驚いた。
1年からまさか選抜されるとは…まぁ浦男のリレーは速い人じゃなくて、主将が泳ぎたい人だからな。
そしてその2人とは、
「珊瑚に蛍だ」
………確かに難しい、2人ともタイプが違いすぎる。
蛍の専門は、平泳ぎだ。
普通に行けば専門の蛍を選ぶが、珊瑚も負けてない。
そんな珊瑚の専門は、俺と同じフリーと個人メドレーだ。
つまり全部の種目が得意なのだ。
平泳ぎもそつなくこなすだろう。
「珊瑚の荒々しく一気に伸びるブレは俺好みだ。しかし、蛍の基本に忠実で後ろから来るプレッシャーも1年とは思えない」
「……わかります。滅茶苦茶わかります」
剛先輩のそれぞれ2人への感想は、同意できる。
しかし、メドレーは1人しか選べない。
「瑠璃、お前ならどっちを選ぶ」
「…俺ですか」
俺なら、どちらを選ぶか。
荒々しく派手な珊瑚か、忠実で静かな蛍。
今いるメドレーメンバーに合う選手は、1人しかいない。
そしてもう1人は未来の為に切り捨てる。
「俺はーーがいいです。もう1人は俺が来年チームを作る時に選びます」
「―――!?…ははははは!そうかそうか!うん、そうしよう」
結構真剣に答えたのだが、まさかあの剛先輩に笑われるとは…。
おかしなこと行ったのか?剛先輩は空欄の部分に俺が言った名前を書いた。
「発表は、近いうちに言うから内密にな」
「了解です。そう言えば他の種目もその時ですか?」
「ああ、まぁお前は安定だろ。自由形の100mと200mじゃないか?」
「剛先輩はバッタの100mと200mですかね」
そんな会話を続けているうちに、日差しは徐々に沈んで行っていった。
剛先輩はベンチから腰を上げ、時間を確認する。
そして俺の顔を見て口を開いた。
「目指すは全国優勝だ。俺の我儘に付き合ってくれ」
「!?…はい!」
主将…剛先輩からの我儘を叶える為、全国優勝の為。
より一層俺は自分に気合いを入れた。
次の日、いつも通りに朝起きてランニングの準備をしたら、ルビィがゴスロリ姿の小悪魔になっていたのは、また別のお話。