“静岡県高等学校総合体育大会水泳競技”
静岡県の水泳部が一堂に集まり、全国の切符を手に入るための大会だ。
俺はその中の100m自由型、200m自由型、メドレーリレーに出る。
この大会の緊張感は少し癖になる。
「瑠璃」
「ん?剛先輩…お疲れ様です」
「さっきの予選見た感じ、まだ固いようだが大丈夫か?」
先ほどの予選。
俺は1位通過で無事に決勝戦に駒を進めた。
後は決勝戦で勝ち上がれば、全国出場だ。
「久々の空気に緊張しましたが、もう慣れました
「さすがだな」
剛先輩は、フッと笑いながらゴーグルをつける。
そういえばバタフライの決勝戦組のアップ時間か…。
「頑張ってください」
「おう」
剛先輩はそう言い残し、アップ用のプールに向かった。
その背中か威圧感を感じ、背中が今までの以上に大きく見えた。
3年生最後の大会だ…メドレーリレーは絶対に全国に行こうと改めて覚悟を決めた。
その後、アップも一通り終わらせ時間がかなり余っている。
自動販売機で飲み物を買い一呼吸おく。
「だ~れだ?」
目の前が真っ暗になった。
正しく言うと、視界を手のひらで隠された。
「…鞠莉姉?」
「シャイニ~☆」
鞠莉姉は、ガバっと俺の首に腕を回し後ろから抱き着いてきた。
後頭部が豊満な胸に埋まるが気にしないで堪能しようじゃないか…。
「鞠莉さん!瑠璃を動揺させないでください!」
「?そこに瑠璃がいたら抱き着くのは当たり前でしょ??」
「そんなことありません!」
「ははは、瑠璃も大変だね」
俺に抱き着く鞠莉姉、それを叱るダイヤ、慣れたように俺に話しかける果南姉。
あの時の3人がいる風景に俺はつい笑みが零れる。
「練習は?」
「今日は鞠莉さんがどうしても瑠璃の大会に行きたいと言ったので、午前中だけですわ」
「なるほど、ありがと鞠莉姉」
「ノンプロブレム!問題ないわ!」
鞠莉姉はニコニコしながら、俺の隣に座り腕に抱き着いてくる。
あの騒動から鞠莉姉は、俺との距離感がめちゃくちゃ近い。
簡単に抱き着いてくるし、勘違いするような発言等々、鞠莉姉いわく海外じゃ普通とのこと。
「ちょっと鞠莉姉?あんまり近いと」
「…ダメ?」
「ッッッ!?」
ムニュっと鞠莉姉の胸の感触が伝わってきた。
これ絶対にわざとだろ!?ダメではないが、流石に刺激が強すぎる。
「すけべ」
「これ俺悪くないよね!?」
ダイヤから発言に、俺は勢い良く反論した。
鞠莉姉は楽しんだようで、謝りながら腕から離れた。
そんな中で果南姉は何だかソワソワしているが………あ、そういうことか。
「剛先輩ならいまアップ中だから、観客席から見えるよ?」
「えぇ!?な、何で剛が出てくるの!?」
珍しく慌てる果南姉。
俺はそんな姿を見ながらニヤリと笑う。
「剛先輩に果南姉がくるって言ったら、嬉しそうにしてたよ」
「え?…しょ、しょうがないな~…行ってあげるか~!後でね瑠璃」
そういうと果南姉は観客席に向かった。
俺は手を振り、にこやかに送るとダイヤが口を開いた。
「いいんですの?」
「何が?」
「果南さんのことが好きなのでは?」
「そうよ瑠璃!あんなに惚れていたじゃない!!」
ダイヤにバレていたのは驚いたが、もう昔の話だ。
それに…あの感情は“好き”ではなく“好き”だと思う。
そう考えるとまだ俺は“好き”の感情がわからないでいる。
「さぁ?何のことかな~」
すると鞠莉姉が俺の様子を見て
「それなら今はフリーってこと?」
「フリー?ああ、好きな人はいないけど…なんで?」
「ううん!瑠璃も大人になったのね!あ、ちょったバスルームに行ってくるわね!」
そう言うと鞠莉姉は鼻歌を歌い、スキップしながらその場をさった。
「トイレに行くのがあんなに楽しいのか?」
「はぁ…貴方って人は…」
ため息を吐き、何故か眉間にしわを寄せ俺を睨むダイヤ。
え?俺なんかしたか?するとダイヤが口を開いた。
「ま、いいですわ。私も観客席に向いますわ、ルビィたちが心配ですし」
「おう、来てくれてありがと」
そう言うとダイヤは俺の胸に拳を当てる。
真っ直ぐ俺を見ながら
「黒澤家の為じゃなくて…自分の為に頑張りなさい。応援していますわ」
「!!…ありがと姉ちゃん」
俺は胸を張り堂々と答えた。
すると
『フリー100mの選手は準備をお願いします』
放送が流れた。
プールを使っていい時間だ。
「そんじゃ行ってくる」
飲み物を飲み干してゴミへ。
ダイヤに背中を向けた俺は、準備運動に向かった。
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『バタフライ100m優勝は、水沼 剛くんです』
放送で瑠璃くんの先輩である水沼先輩が呼ばれ、無事にインターハイ出場の切符を手に入れた。
隣を見ると果南ちゃんが涙目で口を抑えている。
水沼先輩は、普段表情を崩さないが、今日は嬉しそうにしているのが私でもわかった。
「曜ちゃん!」
「ん?なに千歌ちゃん」
「次はルーくんの種目だよね」
次の種目が瑠璃くんの専門種目だ。
「たぶんもう直ぐで出てくると思うよ」
すると会場が一気に盛り上がった。
プールサイドを見ると、決勝戦に参加する選手が歩きレーンの前に並んだ。
瑠璃くん3レーン目だ。
スタート台をタオルで拭いた後に、ジャージを脱ぎ始めた。
「く…黒澤くんってかなり鍛えているのね」
「ワーオ!瑠璃ったらあんなにたくましくなったのね!」
梨子ちゃんと鞠莉ちゃんが瑠璃くんの上裸に反応する。
確かに瑠璃くんの体は水泳選手として理想的な体をしている。
だけど簡単には手に入らない、あの体を手に入れるには並々ならぬ努力が必要だ。
私が瑠璃くんを見ていたら、視線があった。
すると瑠璃くんは私に親指を立てる。
お返しに親指を立てると
「あ!いいな!私も!!」
隣にいた千歌ちゃんが続いて、瑠璃くんにサムズアップするが。
瑠璃くんは手で払うジェスチャーをしてゴーグルを付け始めた。
「むっ~~!何さ!ルーくん何か知らない!」
「はははははっ」
多分、瑠璃くんは千歌ちゃんをいじったつもりなのだろう。
その証拠に凄く楽しそうに笑っている。
ゴーグルをつけて後頭部にゴム紐を後ろに引っ張り離す。
バチン!っと音がなると同時に
「はいった」
先ほどまでの笑顔が消えてプールを見つめている。
瑠璃くんの集中状態。
あの一連の動きはどうやら瑠璃くんのルーティンのようで、完全に使い分けている。
スタート台に立ち、腰を曲げ合図を待つ。
それと同時に会場が一気に静かになる。
『用意…』
会場全体が静寂を包む。
そして、ピッ!と機械音で笛の音がなると同時に、スタート台に乗っていた選手たちが一斉に飛び込んだ。
「瑠璃くん凄い!」
「いや!少し遅れた!」
集中しすぎて回りの音が聞こえなくなるのは、瑠璃くんの悪い癖だ。
案の定頭を上げた時点では、4位にいる。
けど…ここからが瑠璃くんの真骨頂。
「瑠璃の泳ぎを久々にみましたが…相変わらず綺麗なフォームで速いですわね」
ダイヤさんが小さく呟いた。
瑠璃くんの泳ぎ方は、教科書に載せたいほどに綺麗なフォームにストロークが速いことが特徴だ。
そんな瑠璃くんは、前の人を次々と抜いていく。
50mの折り返し地点で一気に残り2人を抜いていき、1位に上り出た。
「いけぇぇぇぇ!!ルーく~~ん!!」
「お兄ちゃんファイト~~!!」
Aqoursのみんなが瑠璃くんを応援する。
そして、瑠璃くんは壁に手を着きタイムを見る。
「51秒91……全国出場だ!!」
瑠璃くんは水面を叩きガッツポーズをして、全国出場の喜びに浸っている。
私は席を立ち瑠璃くんの所に向かった。
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「全国か…」
自動販売機前のベンチで少し休んでいた。
200mの決勝まで時間がある。
「ふぅ…」
何だか実感がなく、意外と虚しいものなのだと。
けどこれで憧れた舞台で泳げる…そう思うと、心が奮い立つ。
そんな時だった。
「えい!」
「痛ッ!?…曜か」
後頭部に衝撃が走ったので振り向くとそこには、ニヤニヤと笑っている曜がいた。
「なんだよ?」
「スタート遅れたでしょ?」
「うるせぇ」
実際スタートが遅れたのは、事実のため何も言えない。
すると曜は続けざまに手を振り下ろしてくる。
「瑠璃君の悪い癖だよ!集中!しすぎると!周りが!見えなく!なる!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!叩きすぎだよ!!」
曜は、リズミカルに頭にチョップしてきた。
容赦なく叩いてくるため結構痛い。
すると曜は、俺の横に座りニッコリと笑いながら。
「すごかったね!〝50秒の壁〟切りそうだったじゃん!」
高校競泳の100m自由形には、〝50秒の壁〟がある。
プロスポーツ選手になるには最低限の50秒台を切らなければならない。
今回のタイムは、51秒91。
「けど、50秒切らないと全国に通じないよ……もっと速くならないと」
「それでもだよ!着実に速くなるのが一番だよ」
曜は俺のスイムをよく褒めてくれる。
なぜそこまで褒めるのかと聞いたら、どうやら俺のフォームが綺麗だからと話してくれたのを今でも覚えている。
ニコニコと笑いながら曜に釣られ自然と笑顔が出る。
「とりあえず次の目標は全国突破!一先ず頑張るよ」
「その域だ!頑張ろう!!」
曜とこのように話して過ごすのはなんだか久しぶりな気がする。
そういえば
「明日の花火大会、Aqours出るんだろ?楽しみにしてる」
「鞠莉ちゃんに果南ちゃん、そしてダイヤさんが入部してくれたから、あの時よりレベルアップは確実にしてるよ」
あの時、きっと最初のステージのことを言っているのだろう。
俺自身、あの時以来Aqoursのステージを見ていない。
スカイランタンの時は、撮影係だったしな。
「んじゃ、俺もAqoursに負けないように明日のメドレーと200m優勝してくるか」
「いったね~~!!それじゃ、優勝できなっかったらハンバーグ食べさせてね」
「んじゃ、優勝したら何かに付き合ってもらおうかな」
時間を忘れそうになりながら、お互い話、笑い、軽口を叩きながらふざけあう。
曜と過ごすこの時間は心地がいい。
さてと、時間を確認し俺は立ち上がる。
「そろそろ応援席向かうよ。他のメンバーも始まるだろうし」
「もうそんな時間か…ねぇ瑠璃くん」
「ん?」
少し頬赤らめている曜が、モジモジしている。
「明日の花火大会さ、ステージ終わりに一緒に屋台回らない?」
「お、いいね。千歌とか桜内も誘ってみんなで回るか」
元々、俺の中ではそのつもりだった。
久々の屋台に少しテンションが上がる。
しかし、曜は深呼吸をし、言葉を続けた。
「2人でとかどうかな?」
「2人…俺と曜でか?」
「うん…ダメ??」
顔がリンゴのように赤くなっている曜。
2人で回るなんていつぶりだろうか、小学生のころは、よく一緒に花火大会に行っていた。
今はお互い成長しているため、2人で歩くのは少し照れくさい。
現状、曜につられて俺も顔が赤いのを感じる。
「まぁなんだ…いいよ。久々に回ろう」
「ホント!?やった!楽しみにしてる!!」
嬉しそうに笑う曜。
そんな姿を見て、俺も少し笑う。
その後曜は、赤らめた頬を手でパタパタと仰ぎながら、落ち着いたら席に向かうと言い残しその場を去った。
俺は再度ソファーに座り、先ほどの曜の言葉を思い出した。
「2人で…か、まぁ曜のことだ。他意はないだろう」
結論を決め観客席に向かった。
その後、大会はどうなったのかというと、
浦の星男子学院は、去年に引き続き賞を総嘗めにした。