黒澤家の長男です。   作:カイザウルス

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曜ちゃん回です!


第23話+小話

「こっちこっち〜!」

 

曜に手を引かれ、俺は賑やかな夜の通りを歩いていた。

祭りの空気は湿度と熱気を帯びていて、どこか甘い感じがする。

射的、金魚すくい、綿菓子、チョコバナナ……まさに夏祭りの王道だ。

 

「ほら、あそこ見て! 金魚すくい、やってみたい!」

「おう、じゃあ行くか」

 

近くの屋台からは、炭の焼ける音と香ばしい匂いが漂ってくる。

そうこうしているうちに、聞き覚えのある声が俺を呼んだ。

 

「おおっ、ぼっちゃんじゃねぇか!」

 

振り向くと、焼き鳥の屋台の後ろに立っていたのは、漁師の宮内さんだった。

相変わらず日に焼けた肌と大きな笑い声が印象的だ。

 

「やっぱり黒澤のぼっちゃんは顔が違うねぇ! 立派になったもんだ!」

「宮内さん、そういうのやめてくださいって。もう“ぼっちゃん”って歳でもないんで」

「ははっ、口じゃそう言っても、背中はしっかり“ぼっちゃん”してるぜ?」

 

そのやり取りを見ていた曜が、くすっと笑った。

 

「ふふっ、やっぱり“ぼっちゃん”って呼ばれてるんだ。昔と変わらないね、瑠璃くん」

「勘弁してくれよ……」

 

顔をしかめながらも、曜が楽しそうならそれでいいかと思えてしまう。

次の屋台でも、その次でも、「ぼっちゃん」「ぼっちゃん」と連呼されて、曜はそのたびに楽しそうに笑った。

完全にネタにされている……。

 

「にしても、ぼっちゃんが連れてるのは……あらま、美人さんだこと」

「……うるせーよ。はい、お金」

「あざっした〜!!」

 

焼きとうもろこしを受け取り、曜に一本渡す。

美人ね……まあ、確かに今日の曜は美人だ。

いつもの元気さは出ているが、浴衣のせいか印象がずいぶん違う。

曜は美味しそうにとうもろこしを食べる。

口についたタレを、自分の指で拭い、ぺろっと舐める。

その姿に、少しドキッとした。

 

「……って、何でドキドキしてるんだ、俺…」

「ん? なんか言った?」

「何でもない」

 

そうして屋台巡りを終える頃には、曜の手には焼きそば、リンゴ飴、ヨーヨー、紙袋……完全に夏祭りフルコース状態。

 

「……なあ曜」

「ん?」

「重くないか、それ。持つよ」

「ううん、大丈夫。瑠璃くんもいろいろ持ってるでしょ? ほら、この焼き鳥なんて3本あるし!」

「それは宮内さんが押し付けてきたんだろ……」

「ふふ、でもありがとう」

 

その笑顔に、言葉が詰まる。

美人……いや、訂正しよう。

曜は“可愛い”だな。浴衣効果もあるけど、それだけじゃない。

 

俺が言葉に詰まっていると、曜が「きゃっ」と小さく声を上げてよろけた。

咄嗟に反射的に腕を伸ばすと、曜の体が俺の腕の中にすっぽりと収まる。

どうやら誰かとぶつかったらしい。

 

「危な……大丈夫か?」

「う、うん! 大丈夫、大丈夫!」

 

曜はバツの悪そうな笑顔を浮かべながらも、すぐに体勢を立て直す。

足元を駆けていった小学生が、こちらに手を振って「すみませ〜ん」と叫びながら人混みに消えていった。

祭りの人波はまだまだ多い。

今度こそ怪我でもされたら洒落にならない。

俺は曜が持っていたヨーヨーやら景品をひょいと奪い取り、空いた手を差し出す。

 

「怪我したら困るから、手掴んどけ」

「っ……うん!!」

 

一瞬きょとんとした曜だったが、次の瞬間には目を輝かせて俺の腕をしっかり掴んできた。

手じゃなくて、腕なのね……しかもがっつり。

 

「えへへ」

「ははは…なんだ?」

「えへへへ」

「ははは、だからなんだよ…?」

「えへへへへ」

「はははは…はぁ、好きにしろ」

 

苦笑しながらため息をつく。

けど、どこか心が温かくなる。

……このやり取り、前にもどこかでやった気がする。

 

その後も俺と曜は祭りを楽しみ、帰路に着く。

空気は熱を残しつつも、心地よく肌を撫でるくらいには冷えていた。

 

自転車を走らせながら、後ろにいる曜の様子をちらっと見る。

浴衣姿の曜は、どこか祭りの余韻に浸っているようで、少しだけ夢見心地な顔をしていた。

 

「送ってくれてありがと、瑠璃くん」

「別に。いつものことだ」

 

自転車のカゴには曜の荷物と、途中で買ったリンゴ飴の袋も入っている。

曜の余韻に浸る顔を見て、祭りを一緒に回ってよかったと感じた。

 

「……ねえ、瑠璃くん」

「ん?」

「今日、一緒に祭りまわってくれてありがと。すごく楽しかった」

「そりゃよかった」

 

二人乗りの自転車。

ハンドルを握る俺の背中に、曜の手がそっと触れている。

すると、唐突に。

 

「……ねえ、瑠璃くん」

「ん?」

「好きな人とか、いる?」

 

まさかそんなことを聞かれるとは思わなかった。

俺の手が一瞬だけペダルから滑りかけたけど、なんとかごまかす。

 

「また、唐突だな」

「いや〜、祭りでカップル多かったからさ〜…ちょっと当てられちゃった」

「そっか…」

 

まあ、気持ちはわからなくもない。

確かにカップルは多かったもんな…。

 

「いないよ。それに今は部活に集中したいんだ。恋愛とかあんまり得意じゃないしな」

 

できるだけ軽く、笑い混じりに答える。

 

「そっか……」

 

曜の声が、ほんの少しだけ静かになったような気がした。

 

「曜はどうなんだよ。いるのか? 好きな人」

「え!? 私!?」

 

戸惑う曜が面白くて、話を続ける。

 

「俺だけ答えるのは理不尽だろ?」

「え〜……まぁ、そうだけどさ……」

 

曜は落ち着くために息を吐く。

背後で少しの沈黙があったあと、小さな声で。

 

「……いるよ」

 

ちょっと驚いて、俺は思わず口元が緩んだ。

 

「どんなやつなんだ? そいつ」

 

曜は俺の背中に額を預けるようにして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「努力家で……すごく頼りになって、優しくて……ちょっとだけ泣き虫な人、かな。本人には気づかれてないと思うけど」

 

その言葉を聞いた瞬間、胸のあたりがざわざわした。

理由はわからないが、なんだか落ち着かない。

 

「……そっか。いいやつなんだな。応援するよ」

 

俺がそう言うと、曜は小さく笑って、ぽつりと呟いた。

 

「ほんと……鈍感」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん、なんでもない!」

 

曜はごまかすように笑った。その笑顔がなんだか少しだけ、切なく見えた。

 

 

 

《みかんが痛み始める夏》

 

『――えっ、ルーくんと一緒に回るの?』

 

昼間、曜ちゃんにそう言われたとき。

胸の奥が、ぎゅっとした。

 

『うん! 久しぶりのお祭りだし、なんか誘ったらOKしてくれた!』

 

そう笑う曜ちゃんは、いつも通りの曜ちゃんだった。

だから私は、「そっか〜! 楽しんできてね!」って、明るく言った。

それが親友としての、精一杯だった。

前回、ルーくんとデートに行ったときに、私の気持ちを曜ちゃんに伝えるって決めたのに……私は、伝えられずにいる。

そして――

 

「……曜ちゃん、いるね」

 

梨子ちゃんと通りを歩いていて、焼きとうもろこしの屋台の前で、ふと足が止まった。

赤い提灯の灯りの下で、曜ちゃんが笑ってた。

その隣には、ルーくんもいる。

 

いつもよりおしゃれな浴衣姿の曜ちゃんが、ルーくんに焼きとうもろこしを差し出して、ふたりで何か話してる。

ルーくんはちょっと困った顔で笑ってて――

その顔が、ずるいくらいに優しかった。

 

「……ほんとに、行ったんだね。一緒に」

「千歌ちゃん……」

 

梨子ちゃんが、私の表情をうかがうように声をかけてくる。

 

「うん、知ってた。曜ちゃんが、ルーくん誘ったって。でも……実際見ると、やっぱり少しだけ……」

 

苦笑しようとして、うまくいかなかった。

胸の中に沈んでいくのは、言葉にならないものばかり。

 

「……ルーくん、楽しそうだね」

「うん。そうだね」

「曜ちゃんも……可愛い」

 

そう口に出した瞬間、自分の中の嫌な感情が渦巻いている。

 

「声、かけないの?」

 

梨子ちゃんの問いに、私は首を横に振った。

 

「やめとく。あのふたり、今すっごく楽しそうだから。……邪魔したくない」

 

親友として、言えることはそれだけだった。

 

「……わたしさ、ほんとはすごく、ずるい人間なんだと思う」

「……千歌ちゃん?」

「ふたりが一緒にいるのを、見たくなかったくせに、ちゃんと見て、ちゃんと嫉妬して……なのに、何もしようとしない。全部見て見ぬふりして……優しいふりして、傷つくのは自分だけって思ってる。……ずるいよね、すごく」

 

梨子ちゃんは何も言わなかった。

ただ、そっと手を握ってくれた。

 

「ありがと、梨子ちゃん。……わたし、もう少しだけ、がんばってみる」

 

笑ったつもりだったけど、目元が少し熱かった。

 

「ほら、あっちにかき氷の屋台あるよ! 青いやつで舌を真っ青にしよ! なんか悔しいから!」

「ふふ、それで悔しさ晴らすんだ?」

「うん! 今夜だけは、青い舌で勝負!」

 

梨子ちゃんと笑って歩き出す。

けど、胸の奥にまだ、焼きとうもろこしの匂いと、ふたりの笑い声が残っていた。

それが、ちょっとだけ――夏の痛み。

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