黒澤家の長男です。   作:カイザウルス

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今から2話ほどは、Aqoursちゃん達との会話が少ないです。
黒澤家の長男です。の重要キャラクターが登場!
次回プロフィールを載せます!


第25話

夏の陽射しが傾きはじめた頃。

まだじっとりと肌にまとわりつく暑さの残る夕暮れ時、汗と塩の香りが混じる海沿いの坂道を、水泳部の一団が歩いていた。

 

「暑い…暑すぎる」

「わかります。瑠璃先輩、暑いの苦手なんですか?」

「無理。水に入りたい……今すぐに」

 

溶けそうになりながらタオルを頭にかぶって俯く俺に、隣を歩く蛍が気軽に声をかけてくる。

メドレーリレーメンバーに抜擢されてからの蛍は、どこか吹っ切れたようにハキハキ喋るようになってきた。

“引っ込み思案なアイドルオタク”の姿は、どこかに消えつつある。

 

「鍛え方が悪いんじゃない?こんなの序の口でしょ」

「……敬語」

「うっわ、無言で頭叩くなって!パワハラじゃん!暴力反対ー!」

 

後ろから口を挟んできたのは、水泳部のトラブルメーカー、1年の珊瑚。

確かに実力は1年で抜けてる。

全国出場も決めてるし、俺が絞ってるのも半分は期待してのことだが――敬語くらい使え。

 

「はーい、そこまでそこまで!瑠璃がちゃんと怒ってるうちは平和ってことだよな〜」

「暑い…銀次先輩、暑いですってば……! 抱きつかないで〜!」

 

軽やかな声とともに背後から抱きついてきたのは銀次先輩。

水泳部の副キャプテンで、普段からニコニコしてるくせに、暑さも汗もおかまいなしで人にくっついてくるからタチが悪い。

 

「ほらほら〜、暑い時こそスキンシップってことで。ね? 剛?」

 

助けを求めるように視線を前へ向けると、キャプテンである剛先輩は、完全に別次元に飛んでいた。

 

「……焼きそば……唐揚げ……ポテト……海の幸……」

 

無表情のまま、キラキラと瞳を輝かせて呟いている。

たぶん、海の家で食べるものをイメージしてるんだろうけど、その視線は真剣そのもの。

海の家にたどり着くと、木の看板が陽に照らされて少し色あせて見えた。

店の中を覗くと、客入りはまばら。

混雑しているわけでもなく、閑散としているわけでもない。

絶妙に「繁盛してるとは言えない」空気感が漂っている。

 

「あ!ルーくん、いらっしゃい!」

 

店の前に立つ段ボール箱が、突然喋った。

その箱には、手書きのマジックで『海の家』と大きく書かれている。

 

「お、おぉ……千歌? それ、何してんの……?」

 

段ボールの“中身”がこちらに歩いてきて、顔をのぞかせる。

中から出てきたのは、案の定、千歌だった。

元気いっぱいの笑顔は健在だが、被り物のインパクトで何とも言えない気分になる。

 

「ダイヤさんがさ~、“目立ってこそ宣伝効果がありますわ!”って! やるなら徹底的にって!」

「あー…うん。なるほどな。ダイヤのスイッチが入ったわけだな……」

 

俺はタオルを引っ張り直して汗をぬぐいながら、もうどうでもよくなってきた気温と疲労に、ぐったり肩を落とした。

 

「ま、頑張れ……俺もう暑くて倒れそうだから、中入っていい?」

「もちろん!どうぞどうぞ!今日はサービスするからね!」

 

箱のまま元気に手招きする千歌に促され、俺たちは海の家へと足を踏み入れた。

キッチンの奥では、曜、鞠莉姉、それに津島が調理をしている姿が見える。

曜がこちらに気付くと、鉄板のヘラを握ったまま片手を上げて笑ってみせた。

キラキラとした汗が額に浮かび、少し髪が跳ねているのが妙にらしくて、俺も小さく手を振り返す。

ホールには、ルビィ、ダイヤ、花丸がいて、接客に追われている様子だった。

ルビィはぎこちなくも真面目にオーダーを取っていて、花丸は丁寧な接客でお年寄りと談笑している。

そのすぐそばで、ダイヤは姿勢正しくメモ帳を持ちながら、あらゆる注文を采配していた。

 

「何食べようかな〜」

 

海の家の壁に貼られた手書きメニューを見上げながら、銀次先輩メニューを見る。

そこには“THE・海の家”らしい料理がずらりと並んでいた。

 

「焼きそば……唐揚げ……ポテト……海の幸……」

 

剛先輩が呟きながら、メニュー表に釘付けで、無表情ながら、口元からうっすらよだれが垂れていた。

 

「剛先輩、よだれ出てます。とりあえず拭いて戻しましょう」

 

蛍が苦笑しながらタオルでそっと剛先輩の顔をぬぐう。

こういう時、先輩後輩の境界線がよく分からなくなるのがうちの部のいいところでもある。

 

「待って!? シャイ煮って何!?」

 

突然声を上げたのは銀次先輩。

壁の端に描かれた、キラキラした鍋のイラストと、その横に書かれた文字を指差している。

 

「え…10万……?」

 

俺も視線をやると、そこにはしっかりと『シャイ煮 ¥100,000』の表記があった。

 

「10万は流石にヤバいですね……」

 

蛍が目を丸くしながら呟いた。

 

「頼むやついねーだろ、こんなん……。てか“堕天使の涙”って……絶対善子じゃねーか」

 

銀次先輩が笑いながら別のメニューを指差す。

そこには、“堕天使の涙 ¥666”の記載。

横に描かれたイラストが、無駄に凝っていて逆に怖い。

 

「中二病すぎるだろ……」

 

すると、珊瑚の背後から、聞き覚えのある気怠げな声が響いた。

 

「あら、リトルデーモン、来てくれたのね?」

「げっ!?」

 

肩がピクリと跳ねた珊瑚が、ゆっくりと振り返る。

そこには、白いエプロンを腰に巻き、片手にお盆を持った津島善子の姿があった。

 

「善子……!」

「ヨ・ハ・ネ!!」

 

間髪入れず、食い気味のツッコミ。

珊瑚の声が完全にかき消される。

 

「ちょっと! 朝に私が誘った時は“用事あるからムリ”って言ってたくせに! なんでいるのよ、こんなところに!」

「ここの海の家だって知らなかったんだよ、俺……!」

 

視線を逸らし、耳まで真っ赤になりながらも必死にごまかそうとする珊瑚。

 

「ふ〜〜〜〜〜ん?」

 

善子の顔がじわじわと近づいてくる。

目を細め、ニヤニヤと笑いながら追い詰めるその様子は、完全に詰問モード。

 

「うるせぇな、あっちいけよ!」

「なにそれ!? せっかく来てくれたと思ったら、あっちいけですって!? 冷たすぎない!?」

「あーもう、うっさいうっさい、善子のテンション夏より暑苦しいんだよ!」

「だからヨ・ハ・ネだってば!! ていうか夏より暑苦しいって何よ! それ褒めてるの!? 貶してるの!? どっちなの!?」

「褒めてねぇよ!!」

 

何だこの夫婦漫才。

俺が額に手をやって呆れていると、ふわりと甘い風が香った。

見上げれば、エプロン姿のルビィが笑顔で近づいてくる。

 

「善子ちゃん、楽しそうだね〜」

「そう見えるか、ルビィ……?」

 

なんとも言えない顔で俺が問い返すと、ルビィはこくんと頷いた。

 

「うんっ。あ、注文聞きにきたよ、お兄ちゃん!」

 

――お兄ちゃん。

その一言に、一瞬だけ周囲の空気が変わったような気がした。

ルビィの声は、いつだってまっすぐで、まるで陽の光みたいだ。

 

「あー、そうだな。ヨキソバと、唐揚げと、ポテト。くれ」

「うん!待っててね」

 

元気よく厨房に走っていくルビィの背中を見送りながら、俺は小さくため息をついた。

あいつがいると、なんだかんだで空気が柔らかくなる、やっぱり天使の生まれ変わりかな?

水泳部の面々は、相変わらず自由に騒いでいる。

蛍は剛先輩のよだれを拭いてるし、珊瑚は善子と口ゲンカしてるし、銀次先輩は謎のメニュー名にテンション上がってる。

……まぁ、任せといても平気か。

少し人の少ないカウンターの奥、鉄板の前に立つ曜に視線を向けて、俺はそっとその場を抜け出した。

 

「よう、曜」

「瑠璃くん! いらっしゃい!」

 

振り返った曜は、いつもの爽やかな笑顔を見せてくれる。

額にはうっすら汗がにじんでいて、それが陽射しに照らされてキラキラと光っていた。

 

「様になってるな」

 

鉄板の前で、手際よく焼きそば…改め、ヨキソバを炒める曜は、本当に板についた姿をしていた。

 

「ふふっ、ありがと」

 

ヘラを軽くくるっと回しながら、曜がウインクを飛ばす。

その動作も自然で、まるでずっと前から海の家で働いていたような余裕すら感じた。

 

「客足はどうだい?」

 

鉄板の上で立ち上る湯気を見つめながら、俺は訊ねる。

 

「まぁまぁかな! 千歌ちゃんと梨子ちゃんが頑張ってくれてるみたいだけどね」

 

曜は笑いながら答えた。

その笑顔はどこか誇らしげで、でもどこか肩の力も抜けていて。

 

「それに、ルビィちゃんもすっごく頑張ってるんだよ? ほら、ああいう子って、見てるだけで元気になるじゃん?」

「……まぁ、否定はできんな」

 

ついさっきまで、自分がその“元気”をもらっていたことを思い出しながら、俺もつられて笑う。

 

焼きそばの香ばしい匂いと、曜の穏やかな声。

鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるヨキソバの音に、不思議と心が落ち着いていた。

ほんのひととき、海辺の喧騒も忘れ、夏の午後を味わっていた――その刹那だった。

 

「誰か!!助けて〜!!」

 

突如、けたたましい叫びが海の家に響いた。

全員の視線が、一斉に声の方へと向く。

海辺には、必死の形相で叫ぶ一人の女性。

震える指先が指している先には、沖へと流されていく浮き輪、そしてその上につかまっている小さな子どもの姿があった。

 

「曜、頼む!!」

 

俺は迷わず叫び、Tシャツを脱ぎ捨てて海へと走り出した。

曜の驚く声が背後から聞こえたが、振り返る余裕なんてなかった。

海に飛び込むと、思った以上に潮の流れが速い。

波は高く、足が取られる。

必死に手足を動かすも、思うように前に進めない。

焦りが喉を焼く、届かない。

このままじゃ――。

そのときだった。

 

「――っ!?」

 

突然、俺の視界の右側で、大きな水飛沫が弾けた。

それはまるで、水面を切り裂く弾丸のような速さだった。

そちらを向いた瞬間、もうひとつ、反対側からも同じように巨大な水飛沫が上がる。

 

「……剛先輩……それと……誰だ……?」

 

左側――剛先輩だ。

迷いのないフォームで、一直線に子どもへと向かっていく。

右側――そちらには、日焼けしたような褐色の肌と、逆光に映える白髪の男が、水を切って泳いでいた。

褐色の肌には海水がきらめき、白髪は水を切るたびにしぶきを散らしている。

剛先輩に匹敵するか、それ以上のスピード――そう思えるほどだった。

波の中でも、はっきりとわかる。

あの目――狙った獲物を逃さない、まるで野生の獣のような鋭さがあった。

俺は息を整えながら、必死に追う。

その2人がいれば、大丈夫。

そう思えるほど、信頼に足る背中だった。

やがて、剛先輩が先に子どもに到達し、浮き輪をしっかりと抱え込む。

ほぼ同時に、褐色の男も横に並び、波を利用して反転。

ふたりがかりで子どもを引き寄せ、浜辺へと戻っていく。

息を荒くしながら、俺はその光景を沖から見つめていた。

クッソ……真っ先に飛び込んだのは俺だってのに……。

悔しさと安堵が入り混じる。

あの子どもが無事で何よりだが、それにしても、あの白髪の男、何者だ?

砂浜では、剛先輩とその男が、母親に深々と頭を下げられていた。

何度も、何度も「ありがとうございました」と繰り返すその姿を見て、俺もようやく岸へ戻る。

 

「素晴らしいスイムだ。この辺の人ではないな?」

 

剛先輩が言葉をかける。

 

「アンタも中々だったよ。北海道から来たんだ。人を探しててな」

「む? ずいぶん遠くから来たな」

「昔はこの辺に住んでたんだけどな……。ま、いいや。アンタでも話が早そうだ。黒澤瑠璃って、知ってるか?」

 

その名前が出た瞬間、俺はぴたりと動きを止めた。

ん? 今、俺の名前を言ったか?

息を整えながら、二人に視線を向けると、剛先輩がちらりとこちらを見て、あっさりと指差した。

 

「……あぁ、そこにいるのが瑠璃だ」

「……へ?」

 

男がこちらを振り返り、目が合う。

その瞳には見覚えがあった。

褐色の肌、白髪の短髪。水を弾く鍛え上げられた体。

まるで競泳選手のようなガタイと、右目の下に並ぶ二つの黒子――

 

「瑠璃〜!元気だったか!?」

「あ……か、和也……!?」

 

俺は思わず声を上げていた。

間違いない。

そこに立っていたのは、俺が水泳を始めたきっかけであり、

子どもの頃に夢中で追いかけた背中、沢白和也(さわしろ・かずや)だった。

 

思いもよらない再会に、頭の中が真っ白になる。

時間が止まったような感覚に包まれる中、和也はいつも通りの笑顔で、腕を大きく広げていた。

 

「お前だったか!なんかでっかくなったなぁ〜!」

「……なんで、和也がここに……?」

「んー、まぁ色々だ。話したいこと、山ほどあるぜ?」

 

どこか昔のままの調子で笑うその姿に、

俺の中の懐かしい記憶が、夏の陽射しと共にゆっくりと蘇ってくるのだった。





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