黒澤家の長男です。   作:カイザウルス

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大変お待たせしました!
第28話、非常に難産でした。
オリジナル展開になりますので、苦手な方申し訳ございません。

今回は、千歌ちゃん視点からスタートとなります!


第28話

朝早い時間。

東京行きの電車が、ゆっくりとホームを離れていく。

車窓の向こうで、梨子ちゃんが手を振っていた。

私たちAqours全員は、その姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けていた。

 

「がんばってねー! 梨子ちゃーん!」

「東京の空気に負けないでー!」

「お土産よろしく〜!」

 

みんなで声をかけながら、笑顔で送り出す。

 

合宿最終日の夜。

梨子ちゃんは、こっそり打ち明けてくれた。

――ラブライブの予選と、ピアノのコンクールの日がかぶってるんだ、って。

ラブライブに集中するために、ピアノは諦めるつもりだったって。

 

だけど。

 

梨子ちゃんにとって、この街や学校、そして私たちAqoursは大切。

それと同じくらい、ピアノも大切な存在。

そんなふうに迷いながら話す梨子ちゃんに、私は言った。

 

「ラブライブは任せて」って。

「だから、ピアノを思いっきり弾いてきて」って。

 

梨子ちゃんはきっと、大丈夫。

ちゃんとやり遂げてくれるって、私は信じてる。

だって――梨子ちゃんだもん。

 

電車の姿が見えなくなった瞬間、みんな少しだけ黙り込んだ。

でもすぐに、果南ちゃんが空気を切り替えてくれる。

 

「さて……私たちも、そろそろ練習行こっか」

「おー!」

 

それぞれのテンションで返事をしながら、みんなで商店街を抜けて学校へ向かって歩き出す。

朝の光はまだやわらかくて、空は高く、夏の名残を運ぶ風が心地いい。

いつもの日常。

そう思っていた、そのとき。

 

「……あっ」

 

曜ちゃんが、ふと足を止めた。

気になって、私は曜ちゃんの隣に並ぶ。

 

「どうしたの、曜ちゃん?」

「……あー、そっか。梨子ちゃん、いないんだったよね」

 

曜ちゃんは頭をかきながら、ちょっと困ったように笑う。

 

「ダンスのフォーメーション、変えなきゃだよね」

 

ああ、そうだ――。

今回の曲では、梨子ちゃんと私がダブルセンターを務めるフォーメーションだった。

 

すると、果南ちゃんが口を開く。

 

「そうなると、誰かが梨子ちゃんのポジションに入らないとだね」

「適任なのは〜……」

 

みんなが一斉に、ある一人に視線を向ける。

その視線の先――曜ちゃんは、顎に手を当てて、なにやら考え込んでいた。

 

視線に気づいた曜ちゃんが、きょとんと目を瞬かせる。

 

「えっ……え?ん?私!?」

 

驚く曜ちゃんの声に、みんなが笑い出した。

その空気が、どこか懐かしくて、心地よかった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

梨子ちゃんを見送ったあと、私たちはそのまま学校に戻った。

今日は午後から、ダンスの合わせ練習をする予定――だったんだけど。

 

「え〜っと……本当に、これ特訓になるの〜?」

 

私がモップを手に、プールの床をゴシゴシとこすりながら言うと、隣で水をバシャバシャ撒いていた鞠莉さんが、肩をすくめながら笑った。

 

「実際のところ、特訓ってより“お掃除”ね♪ダイヤがプール掃除の手配を忘れていただけよ〜」

「忘れていたのは鞠莉さんでしょ!?」

 

すかさず声を上げたのは、生徒会長のダイヤさん。

 

「ちゃんと言ったよ?夏休みに入ったらプール掃除、何とかしてって」

「だから、何とかしてるじゃないですか」

 

2人の言い合いに、周囲はすでに苦笑いモード。

プールの水面には、容赦なく太陽が照りつけていて、暑さも相まって、なんだかカオスな雰囲気になっていた。

そのときだった。

 

「お疲れ〜……って、なんでダイヤと鞠莉姉が喧嘩してるの?」

 

低めの、でもどこか涼しげな声が響いた。

 

「ルーくん!」

 

声のした方を見ると、プールサイドの入口に、汗を拭きながら立っている瑠璃くんの姿があった。

手にはコンビニの袋を提げていて、首からは“入校許可証”の札がぶら下がっている。

 

「部活終わって、練習見に来たら誰もいないし……って思ったら、こんな暑い中でプール掃除してたのかよ」

 

そう言って、手に持っていたタオルで首筋をゴシゴシと拭う。

表情はいつものクールさなんだけど、ほんの少しだけ、眉尻が下がっているようにも見えた。

 

「…これ、差し入れ。暑い中頑張ってるから」

 

そう言って、ルーくんは私の目の前に袋を差し出してきた。

受け取った袋は、手のひら越しにも冷たさが伝わってきて、思わず顔がほころぶ。

 

「ありがと、ルーくんっ!」

 

袋の中をのぞきこむと、ペットボトルのスポーツドリンクと冷たいゼリー、それからアイスバーがぎっしり詰まっていた。

 

「わっ……こんなに!? 買い込んでくれたの?」

「まあ、練習見に来る途中でコンビニ寄ったから。人数分、あるはずだ」

 

言いながら、少しだけ視線を泳がせるルーくん。

その仕草が、どこか照れてるようだった。

そんな姿が可愛らしく、私はちょっと胸の奥がくすぐったくなった。

 

「お〜! ナイスタイミング、瑠璃!」

「うわ、冷たい!お兄ちゃんありがと!」

 

果南ちゃんやルビィちゃんが袋に群がるように集まってきて、あっという間にプールサイドは歓声で包まれる。

曜ちゃんも「ありがとう〜!」って笑顔で手を振っていて、ルーくんはちょっと照れたようにそっちに手を上げた。

 

――その時、ふと曜ちゃんと瑠璃くんの目が合った。

 

ほんの一瞬だったけど、瑠璃くんの視線が曜ちゃんの方に向いて、その目が…なんだろう、ちょっとだけ、戸惑ってるような、そんな感じに見えた。

なんか、変だな。

さっきまで普通だったのに――今のルーくん、ちょっとだけいつもと違う。

 

その違和感が、胸のどこかに小さな引っかかりとなって残った。

差し入れのアイスや飲み物を手に、それぞれがプールサイドでひと息つく中――。

 

「曜、ちょっといいか?」

 

ふいにルーくんが、曜ちゃんに声をかけた。

その声は、さっきまでよりも少しだけ低くて、真剣な響きがあった。

 

「あ、うん。なに?」

 

曜ちゃんはすぐに立ち上がって、ルーくんのそばに歩いていく。

そのまま二人は、プールの端のほうへと並んで歩いていった。

 

思わず私も声をかけようとしたけど――言葉にならなかった。

 

だって、ルーくんの表情が、なんだか……さっきまでの照れた感じじゃなくて、どこか真剣で暑い眼差しだった。

そして曜ちゃんも、その表情に応えるように、静かに頷いていた。

 

二人は、私たちから少しだけ離れた場所で並んで座ると、何かを話し始めた。

聞き取れないくらいの声で。

笑ってるわけでもなく、でも険しい顔でもなくて――なんていうか、自然だった。

 

私はアイスの袋を手に持ったまま、動けずにいた。

果南ちゃんたちの楽しげな会話が後ろで続いているのに、そこだけ切り取られたみたいに、音が遠く感じた。

 

曜ちゃんがふいに笑った。

ルーくんも、小さく口の端を上げて、でもすぐに、何かを言い返していた。

 

ルーくんと曜ちゃんが話してるだけ。

ただそれだけのはずなのに、心がざわつく。

喉の奥が、かすかに苦い。

笑い合うふたりを見てると、胸の奥がぎゅっと締め付けられて、まともに息ができない気さえしてくる。

 

私は、ルーくんが好き。

それはもう、ちゃんとわかってる。

あの日、やっと気づいて、決めたんだもん。

 

ーーなんで曜ちゃんなの……?

 

そんな風に思ってしまう自分が、なにより嫌だった。

曜ちゃんは、私の大切な友達であり、親友。

ずっと一緒にいて、誰よりも信頼してて、どんな時でも隣にいてくれた。

 

なのに、今。

曜ちゃんが瑠璃くんと話してる、それだけのことで、こんなにも心がぐちゃぐちゃになるなんて。

 

ーーわかってるよ……曜ちゃんは悪くない。何も悪くなんかないのに。

 

なのに、曜ちゃんの笑顔に棘を感じる。

瑠璃くんの視線が曜ちゃんに向いてるだけで、胸が痛くなる。

自分でも、そんな自分が最低だって思う。

 

ーーいやだ……こんなの、私じゃない

 

心の中で何度も繰り返すけど、それでもこの黒い感情は消えてくれなかった。

 

「……Ciao☆ 千歌、アイス溶けちゃうわよ?」

 

ふいに、背後から声をかけられて、我に返る。

振り向くと、そこには鞠莉さんが立っていた。

さっきまでダイヤさんと口喧嘩してたはずなのに、今はもう、いつもの鞠莉さんの笑顔に戻ってる。

 

「……あ、うん」

 

言葉がうまく出ない。

手に持ったままだったアイスは、もう少しで袋の底に水たまりを作りそうだった。

 

「ねえ、千歌」

 

鞠莉さんの声は、さっきとは打って変わって静かだった。

まるで、全部お見通しだと言わんばかりに、私の目をまっすぐ見つめてくる。

 

「練習終わったら、デートに行かない?」

「え……? デート?」

 

思わず聞き返していた。

“デート”なんて言葉が、この状況で出てくるなんて思っていなかったから。

 

「そう、デート!もちろん、2人っきりよ。あなたと私だけ」

 

いたずらっぽくウィンクする鞠莉さん。

けれど、目の奥は冗談ではない色をしていた。

 

「最近、がんばりすぎてる千歌に…ちょっとだけ息抜きさせてあげたいの」

「…そんな、私……」

「いいの。理由なんていらないわ。気分転換って、そういうものでしょう?」

 

そう言って、鞠莉さんはさらっと私の肩に手を置いた。

その手が、あたたかくて、なんだか泣きそうになった。

 

「どうしても、行きたくなかったら言って。無理には誘わないわ。でも、ちょっとだけ、私と付き合ってくれたら……うれしいな?」

 

ふわりと、優しい笑顔。

私は――何も言えなかった。

ただ、手の中のアイスをぎゅっと握りしめて、小さくうなずいた。

 

その後、フォーメーションを変更してのダンス練習は、思っていた以上に難しかった。

梨子ちゃんのいたポジションに曜ちゃんが入る形になったけど…。

どうしてだろう、息が合わない。

私と曜ちゃんは、昔から息ぴったりなはずなのに、少しずつズレていくリズムと距離感に、心までチグハグになっていく気がした。

 

「……ごめん、もう一回だけ、やらせて!」

 

私は声を張って、音楽をもう一度止める。

曜ちゃんは「うん、いいよ」といつもどおりの笑顔で返してくれた。

いつもと変わらない、やさしい笑顔。

なのに……ごめん、曜ちゃん。

 

心の中で何度も謝っていた。

私は、曜ちゃんに言わなきゃいけないことがある。

瑠璃くんのこと。

私の、この気持ちのこと。

 

それなのに、何も言えないままで、

こうしてまた、曜ちゃんのやさしさに甘えて、支えられてる。

 

ラブライブの地区予選まで、もう時間がない。

梨子ちゃんがいない今、このステージは私たちに託されてる。

だから、立ち止まってる時間なんてないはずなのに――。

フォーメーションが合わないことに、焦ってるのは技術的な問題だけじゃない。

私の中にある、この気持ちが……どこかで、曜ちゃんとのリズムをずらしてしまってるんじゃないかって。

 

何度もやり直したものの、最後までピタリと合うことはなかった。

このまま続けても、きっと集中できない。

そんな空気を察したのか、果南ちゃんが「今日はここまでにしよっか」と声をかけてくれて、みんな「おつかれ〜」と口々に言いながら、少しずつ片付けに入っていった。

 

私はまだ汗がひかない額をタオルでぬぐいながら、着替えもそこそこに外に出る。

夕方の空は、まだ少し明るくて、風が気持ちよかった。

空を仰ぐと、橙に染まる雲が静かに流れていく。

まるで、自分の感情とは無関係に。

 

「千歌!」

 

名前を呼ばれて、振り返ると、そこには鞠莉さんがいた。

夕暮れの陽に照らされて、金色の髪がほんのり揺れている。

 

「ふふ、約束どおりね? 準備はいい?」

「……うん、待たせてごめんね!」

「これくらい、どうって事ないわ!」

 

そう言って鞠莉さんは、からかうようにウィンクしてみせる。

その仕草に、少しだけ笑いそうになったけど、胸の中のもやもやは、やっぱり拭えなかった。

 

夕暮れの校舎を背に、歩き出す。

今日の“デート”の理由がわからない私は、ただ鞠莉さんについていく事しか出来なかった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

展望台に着いた頃には、空の色がすっかり橙に染まっていた。

眼下には、穏やかな海が広がっている。

夕陽の光を受けて、海面がきらきらと輝いていた。

まるで、世界ごと金色に包まれていくような、美しさだった。

 

「うわあ……」

 

思わず、声が漏れた。

風が少し強く吹いて、汗ばんだ肌を撫でていく。

ひんやりとした空気が、少しだけ熱を奪ってくれて気持ちよかった。

 

「……綺麗ね」

 

隣で、鞠莉さんがそう呟いた。

静かに、その景色を見つめている。

いつもの明るさじゃない、静かで、でも柔らかい横顔だった。

 

しばらく無言で、ただ風の音と、波の音に耳を傾ける。

その静けさを破ったのは、鞠莉さんの言葉だった。

 

「最近、曜と話してないでしょ?」

 

――びくり、と心臓が跳ねた。

 

「えっ……」

 

反射的に聞き返す私の声が、少しだけ裏返る。

鞠莉さんは、そんな私を見て、ふふっと笑った。

 

「やっぱり、図星ね。顔に出てたわよ」

「……そんなこと……」

 

言いかけて、言葉を飲み込む。

否定したって、たぶん無駄だ。

自分でもわかってる。

ちゃんと話せていないこと、ずっと逃げていること――。

 

ふわりと、鞠莉さんの両手が私の頬に添えられた。

その手は驚くほどあたたかくて、まるで真冬に触れたマフラーみたいに、じんわりと私の心まで溶かしていく。

 

「暗い顔しないの。ここは“ぶっちゃけトーク”する場ですよ?」

 

冗談めかした口ぶり。けれど、その笑顔は、まっすぐで優しかった。

いつもの明るい鞠莉さんとは少し違う、誰かの痛みにそっと寄り添える、そんな大人の表情だった。

 

「……っ」

 

一瞬で、目頭が熱くなった。

涙が、またせり上がってくる。

隠してた感情を見透かされて、優しく包まれて――それが、どうしようもなく嬉しくて、苦しくて。

言葉にならない想いが、胸の奥でぐるぐると渦を巻く。

 

「がんばってるの、わかってるわよ。見てたから」

 

鞠莉さんはそう言って、私の額に軽く額をくっつけてくれた。

まるで「大丈夫」って伝えるように。

その小さなぬくもりが、ひどく心にしみた。

 

「ね、千歌。ほんとの気持ち、教えて?」

 

その声に、私は――もう、嘘をつけなかった。

 

「……鞠莉さん、私…曜ちゃんと、同じ人を好きになっちゃったんだ」

 

さっきよりも、もっと深く沈んだ声だった。

言葉にするのが、こんなに苦しいなんて、思わなかった。

 

「……中学の頃、曜ちゃんに言ってたんだ」

 

夕暮れの空を見上げながら、私はぽつりと口を開いた。

ずっと、言えなかった気持ちが、風に吹かれてほどけていくように。

 

「“好きな人がいる”って。恥ずかしそうに笑って……それが、瑠璃くんだった」

 

あの時の曜ちゃんの表情は、今でも鮮明に思い出せる。

戸惑いと、嬉しさと、ちょっとの不安が混ざったような――そんな顔。

 

「私は……応援するとか言っちゃって。

“絶対うまくいくよ!”なんて、調子よく背中押して……何も知らなかったから。

曜ちゃんの気持ちの重さも、好きっていう想いの大きさも、何にもわかってなかったのに」

 

手のひらを握りしめた。

あの頃の自分が、今はもう少しだけ遠くに感じる。

 

「それなのに……私まで、好きになっちゃった。

瑠璃くんのこと、どんどん気になって、どんどん目で追うようになって……気づいたら、曜ちゃんと同じ人を好きになってた」

 

声が震えそうになって、鞠莉さんがそっと横で見守ってくれているのが、わかった。

でも、今だけは、自分の気持ちから目をそらしたくなかった。

 

「曜ちゃんには言えない。言っちゃいけないって思う。私、あのとき“応援する”って言ったのに。“親友”って、そういうものでしょ? 約束したのに……」

 

言葉が詰まる。

けど、胸の奥から込み上げてくる感情は止められなかった。

 

「でもね、鞠莉さん……曜ちゃんと瑠璃くんが、楽しそうに話してると……すごく苦しくなるの。“よかったね”って笑わなきゃいけないのに……本当は、見たくないって思っちゃう。その気持ちが、どうしようもなくて――そんな自分が、いちばん嫌なの……っ」

 

頬を伝う涙が、一滴、また一滴と落ちていく。

自分で自分のことがわからなくなる。

曜のことも、瑠璃のことも、どっちも大事なのに――だからこそ、どうすればいいのかがわからない。

 

すると、鞠莉さんがそっと、手を握ってくれた。

あたたかくて、揺るぎない手だった。

 

「大丈夫。間違ってなんかいないわ、千歌。人を好きになるって、そういうことよ。誰かを応援したいって気持ちと、自分の恋心は、時に矛盾するもの。でも、それを“悪いこと”にしないで。千歌の心は、優しいからこそ揺れるの。誰かを想うって、それだけで……とっても尊いことなんだから」

 

その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。

だけど、次の一言で――私は、呼吸を止めてしまう。

 

「それに、ほら」

 

鞠莉さんがふっと微笑んで、展望台の階段の方を指差す。

 

そちらを振り向いた瞬間。

汗を額に浮かべて、ゼエゼエと息を整えながら駆け上がってきた曜ちゃんの姿が目に飛び込んできた。

 

「ち……千歌ちゃん……っ、だ、大大大──」

 

「ッ!? ーー曜ちゃん!?」

 

心臓が飛び出そうになる。

まさかここに来るなんて。

まさか、鞠莉さんが……。

 

「曜〜♪Good timing!こっちよ〜!」

 

鞠莉さんが手を振って、まるで最初からこの瞬間を用意していたかのように、曜ちゃんを招いた。

 

曜ちゃんは走ってきたせいか、まだ少し肩で息をしていたけど、私の顔を見つけると、ぱっと笑顔になる。

その笑顔が、いつもと同じようで――今の私には、まぶしすぎた。

 

「いやー、びっくりしたよ。鞠莉さんから『今から展望台、来られる?』って連絡きてさ。何かあったのかと思って……千歌ちゃんが泣いているって聞いて、走って来たんだ」

 

「曜ちゃん……」

 

言葉が喉につかえる。

何を言えばいいのか、わからなかった。

だけど鞠莉さんは、そんな私の耳元に、そっと顔を寄せて、ささやく。

 

「……がんばって。千歌の気持ち、届けて」

 

それは、背中をそっと押すような、優しい声だった。

怖くても、不安でも、それでも逃げちゃだめだって。

今ここで言わなきゃ、きっとずっと後悔する。

 

私は、深く息を吸い込んだ。

夕暮れの空が、すこしずつ群青に変わっていく。

橙に染まっていた世界が、夜の気配を帯びていくその中で――

私はようやく、曜ちゃんの目を、まっすぐ見つめられた。

 

展望台には、風の音と波のざわめきだけが流れていた。

鞠莉さんは、「がんばって」――そのひと言と共に、私たち二人だけをこの場所に残してくれた。

 

曜ちゃんは、私の前に立っている。

いつもと同じ、でもどこか心配そうな目で、私をじっと見つめていた。

 

「……千歌ちゃん?」

 

私は小さくうなずいて、でもそのまま言葉が出てこない。

口を開きかけては、また閉じてしまう。

そのたびに、胸の奥がざわざわと波立っていった。

 

「曜ちゃん…あのね、ちょっとだけ……ちゃんと話したいことがあって……」

 

「うん」

 

曜ちゃんの返事は、優しかった。

それがまた、苦しかった。

 

「もしかしたら…私がこれから言うこと、聞いたら、曜ちゃん、私のこと……嫌いになるかもしれない」

「そんなこと、ないよ」

「…あるかもしれない。だって、曜ちゃんとは、ずっと一緒にいて…親友で……でも、これを言ったら、もう……今までみたいに、いられなくなるかもしれない」

 

曜ちゃんは、少し驚いた顔をしたあと、すぐに真剣な表情になった。

私は言葉を止められずに続けた。

 

「スクールアイドルも、ラブライブも、一緒にやってきて、これからも一緒にって……そう思ってたのに。これを言ったら、もしかしたら……全部、壊れるかもしれないって……」

「……壊れないよ、そんなの。私は……千歌ちゃんが、何を言っても、嫌いになったりしない」

 

曜ちゃんはまっすぐに、言い切ってくれた。

その言葉が、胸に突き刺さるほど、嬉しくて、苦しかった。

 

「……本当に、言っていいの?」

「うん」

 

私は、もう一度だけ深呼吸をして――そして、心の奥にしまっていた言葉を、ようやく口にした。

 

「……私、瑠璃くんのことが、好き」

 

ようやく言えたその言葉が、空に消えていく。

心臓の音だけがやけに大きく響いて、目の前の曜ちゃんの反応を待つ時間が、永遠みたいに感じられた。

 

「……そっか」

 

静かな声だった。

だけど、すごく優しかった。

顔を上げると、曜ちゃんは、笑っていた。

けれど、その目の奥に、ほんの少しだけにじんだ光が見えた気がした。

 

「……なんとなく、そうじゃないかなって、思ってた」

「えっ……」

 

思わず聞き返してしまった。

曜ちゃんは、ゆっくりと息を吐いて、少しだけ遠くを見るように言葉を続けた。

 

「瑠璃くんと話してるときの千歌ちゃん、なんか……表情が違うんだよね。楽しそうで、真剣で……ちょっと照れてて」

「そんな、顔してた……?」

「うん。……でも、千歌ちゃんって、たぶん自分の気持ちに気づいても、それをちゃんと伝えるまでに、すっごく時間かかるタイプでしょ?」

「……うっ」

 

図星だった。

否定できなくて、思わず俯いてしまう。

 

「だから……もしかして、そうなんじゃないかなって」

 

曜ちゃんの声は、いつも通り穏やかだった。

でもその一言一言に、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような切なさがあった。

 

「……曜ちゃん……ごめん」

 

ようやく出せた声は、涙混じりになっていた。

曜ちゃんは首を振って、ほんの少し、寂しそうに笑った。

 

「ううん。言ってくれて、ありがとう。ちゃんと、話してくれて……本当に、ありがとう」

 

曜ちゃんの目には、まだにじんだ光が残っていた。

でも、そこには――私を責める色は、どこにもなかった。

 

「私ね……千歌ちゃんのこと、すごく大事。だから、傷ついてほしくないし、応援したいって気持ちも、本当にあるの。けど……」

「けど?」

「正直に言えば、ちょっとだけ……悔しいなって思っちゃった」

「……っ」

 

その一言が、私の胸に深く突き刺さった。

 

「でも、それってきっと……本当に、千歌ちゃんのことが大好きだからなんだと思う。だから、許してくれる?」

「曜ちゃん……」

 

私は、うなずくしかなかった。

曜ちゃんの強さと、優しさと、痛みと――全部が詰まった言葉だったから。

 

「それにさ――」

 

曜ちゃんは、涙をぬぐうでもなく、照れたように笑って言った。

 

「親友と同じ人を好きになるって、すごいことじゃない?」

「……え?」

 

あまりにも予想外の言葉に、私は目を見開いた。

 

「だって、同じ時間を過ごして、同じものを見て、同じ人を好きになったってことでしょ? なんかもう、運命とか縁とか、それ以上な気がするもん」

「曜ちゃん……」

「だからさ、きっと私は――千歌ちゃんと同じ人を好きになれたこと、ちょっと誇ってもいいのかもって、今は思ってる」

 

その声には、寂しさも、悔しさも、そして何より本気の優しさが滲んでいた。

私は、胸の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じながら、ぎゅっと唇を結んだ。

 

「……ありがとう、曜ちゃん。ほんとに、ありがとう」

「ん、じゃあさ」

 

曜ちゃんが、ふっと笑いながら、私の横にちょこんと座る。

 

「千歌ちゃんは、瑠璃くんのどんなところが好きなの?」

「えっ、ええっ!?」

 

思わず変な声が出た。

 

「え、だって、ここまで来たらもう、ぶっちゃけトークでしょ? 気になるよ、千歌ちゃんの“好き”」

「うぅぅ……」

 

顔が熱くなるのが分かる。なのに、ちょっとだけ笑ってしまう自分がいた。

 

「……練習のとき…すごく真剣で、まっすぐで……でも、たまに見せる、ふっとした笑顔が、すごく優しくて……」

「うんうん」

「それに、ちょっと不器用なんだけど、でも自分の気持ちをちゃんと持ってて…水の中にいる時の瑠璃くんって、本当に綺麗なの。見てるだけで、胸がきゅってなる」

「……ああ、それ、すごく分かる」

 

曜ちゃんも、静かにうなずいた。

 

「私もさ、瑠璃くんが水の中にいる時の姿、ずっと憧れてた。努力とか、覚悟とか、全部を背負ってるような泳ぎ方、ほんとにかっこいいよね」

 

ふたりで瑠璃くんの話をしながら、気づけば笑っていた。

さっきまであんなに苦しかったのに――今は不思議と、心があたたかくなっていた。

 

「やっぱり……好きって、いいね」

 

私がぽつりとそう言うと、曜ちゃんはすぐに頷いた。

 

「うん。たとえちょっと痛くても、悩んでも――それでも、好きになれてよかったって、きっと思えるよ」

 

ふたりで空を見上げる。

そこには、茜色から夜の色へと変わっていく、静かな空が広がっていた。

 

同じ人を好きになった私たち。

でも、きっとそれは、喪うんじゃなくて、繋がる理由になる――そんな気がしていた。

 

ふと、曜ちゃんが私の顔を覗き込むようにして、いたずらっぽく笑った。

 

「ねぇ、千歌ちゃん――ちょっとだけ、練習しない?」

「……え? 今から?」

 

驚いて聞き返す私に、曜ちゃんはうん、と力強く頷く。

 

「うん。今の私たちなら、1から作り直した方がいいと思うの。梨子ちゃんの代わりとか、埋め合わせとかじゃなくて……千歌ちゃんと私の2人で作る、新しいフォーメーションを」

 

その言葉に、胸がきゅっと鳴った。

 

「新しく、2人で……?」

「そう。だって私たち、今、ちゃんと話せたじゃん。気持ち、ぶつけ合えたじゃん? だったら、きっと今なら――前より、もっと良いステージが作れると思うんだ」

 

頬にかかる髪を指で払って、曜ちゃんは真っ直ぐに私を見た。

ああ――曜ちゃんは、どこまでまっすぐなんだろう。

傷ついて、悩んで、それでも私を信じて、同じ場所に立ってくれる。

 

「……うん!」

 

気づけば私は、大きく頷いていた。

 

「曜ちゃんとなら、きっと大丈夫!ううん、曜ちゃんとだからこそ、やれる気がする!」

 

元気に走り出す曜ちゃんの背中を追いかけて、私も隣に笑いながら走る。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

そして、数日後。

舞台袖に立つと、眩しいほどの照明の光が、幕の向こうから漏れていた。

客席のざわめき、遠くから聞こえてくる司会者の声、そして、心臓の音。

 

いよいよ――ラブライブ、予備予選。

私たちAqoursの、新しい第一歩が、今、始まろうとしていた。

 

「さあ、いこう!」

 

私は、思わず声を張った。

 

「ラブライブに向けて! 私たちの第一歩に向けて!」

 

その言葉に、みんながうなずいて、円を作るように集まってくる。

 

「「おーっ!!」」

 

気合いを込めて、全員で腕を突き出した。

その腕には、それぞれのイメージカラーのシュシュが光っている。

それぞれの色が、ステージ袖の光に照らされて、まるで小さな星のようにきらめいていた。

 

「梨子ちゃんも……一緒だよね」

 

曜ちゃんが、ぽつりとそう呟く。

みんなも、小さくうなずいた。

 

「いこう、Aqours!」

 

私たちは、手を取り合って、背中を押し合って、

今――幕の向こうへ、光の中へと走り出す。

 




まさかの最高文字数となりました。
次回!瑠璃くんメインとなります!
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