黒澤家の長男です。   作:カイザウルス

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第31話

 

 

水の中では、余計なことを考えずに済む。

 

身体を水面に滑らせながら、俺――黒澤瑠璃は、プールの底を睨むように泳いでいた。

ターン、そして加速、身体は軽い、心拍もまだ余裕がある。

疲労感より、張り詰めた集中の方が勝っている。

 

明日はインターハイだ。

 

ラストの調整にしては、少しだけ力が入っていた。

気持ちが先行しているのはわかってる。

だけど、泳いでいる間はその感情すら水に溶けていくような気がする。

 

壁をタッチして浮き上がり、ゴーグルを外した。

しばらく息を整えてから、プールサイドに肘をついて顔を上げる。

 

……そして、ふと思い出す。

 

「まさか、あんな書かれ方するとはな」

 

ぽつりと呟いた声が、天井に吸い込まれていく。

 

この間の取材記事。

まさか“地元の希望”とか、“青春の一ページ”みたいな見出しで、写真まで大きく載せられるとは思わなかった。

しかも、“沢白和也を叩きのめしたい”発言まで、しっかり見出しの下に抜き出されてる始末だ。

苦笑が漏れた。

……これで、和也の耳に入ってたら面白いかもな。

 

スマホで時間を確認する。

午後の陽が、窓の外で傾き始めている。

 

「今日は……このへんで上がるか」

 

声に出して自分を納得させる。

いつもより練習は短めだ。

でも、今日は“大事な日”でもある。

ラブライブ――Aqoursの東海ブロック予選が、今日行われている。

 

「……そっちも、できる範囲で全力でサポートする」

 

独り言のように呟いて、バスタオルを肩にかける。

俺の試合は明日。

だからこそ、今は――彼女たちの戦いに、少しだけ想いを馳せる。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

会場に到着したのは、まだ日が高い午前11時過ぎだった。

 

駅から歩いて十数分。

緑に囲まれた小高い丘の中腹に建つ、大型のコンサートホール。

俺は、あらかじめ千歌から聞いていたとおり、正面には向かわず、ホールの裏手へと回り込む。

出演者や関係者が出入りする、関係者専用の搬入口があるはずだ。

 

「……ここだな」

 

建物の脇にひっそりと掲げられた「STAFF ONLY」のプレート。

その前で立ち止まり、軽く息を整える。

 

黒地のTシャツの胸元には、Aqoursのロゴ。

これは千歌から直接手渡されたもので、「関係者っぽくていいでしょ」と笑いながら押しつけてきた。

最初は冗談かと思ったが、今ではむしろ、背筋が伸びるような感覚がある。

制服でもジャージでもなく、このTシャツで来たのは、自分の意思だった。

 

たとえステージには立たなくても、今日の自分は、Aqoursの“関係者”であり、応援者でもある。

 

胸ポケットから取り出した名札には、《浦の星女学院/Aqours 関係者》と印字されていた。

名前の欄には「黒澤 瑠璃」と手書きの文字。

不思議な感覚だった。自分の名前が、こうして別の世界に“所属”しているような気がした。

 

「……なんでだろうな」

 

独り言のように、ぼそりとつぶやく。

 

明日はインターハイ――自分の人生を懸けてきた全国の舞台が、とうとうやってくる。

それなのに今、心の奥にあるのは、泳ぐことへの緊張でも、結果への執着でもなくて。

 

ただただ――Aqoursが、勝ってほしい。

 

ここまで努力してきた彼女たちが、“次”の舞台に進めますように。

それだけを願って、ここまで来た。

 

インターホンを押すと、すぐに応対の声が返ってくる。

 

『はい、ラブライブ東海予選の会場です』

「浦の星女学院・Aqoursの関係者です。控室まで案内をお願いできますか」

 

身分の確認が済むと、しばらくして扉が開いた。

中から現れたのは、スタッフタグを首から下げた女性だった。

Tシャツの胸元に手を添えながら、ぺこりと頭を下げる。

 

「ご足労ありがとうございます。Aqoursのご関係者ですね?控室までご案内します」

 

「……はい、お願いします」

 

彼女のあとを静かについていく。

 

冷房の効いた廊下は、さっきまでの陽光が嘘のように静かで、舞台裏ならではの緊張感がじわりと肌に伝わってきた。

壁には各出演グループの名が貼られ、楽器を運ぶスタッフや、音響調整の機材がすれ違っていく。

 

やがて曲がり角をいくつか抜けた先――

スタッフが立ち止まり、白いドアの前で振り返った。

 

「こちらが、Aqoursさんの控室になります」

 

ドアの前には、手書きの紙が貼られていた。

 

《Aqours様 控室》

 

「ありがとうございます」

 

会釈を返すと、スタッフは「どうぞごゆっくり」と笑い、廊下の先へと去っていった。

 

ひとり残された廊下。

背後ではスタッフたちのざわめきが遠ざかり、前方の白い扉だけが、静かにその場に佇んでいる。

ドアノブに手を伸ばそうとして、一瞬、止まった。

 

――そういえば、控室で何度、地獄を見たことか。

 

控室前での過去の悲劇が、脳裏によみがえる。

 

たとえば――

初めてAqoursのライブに顔を出したとき、ノックもせずに扉を開けたら、なぜか千歌と曜と桜内が揃って下着姿だったという事故。

 

あるいは――

夏祭りのとき。ノックした上で「入っていいか」と確認までしたのに、丸と鞠莉姉が勢いよく扉を開けた。

開けた瞬間、衣装の着替え途中で、一部が視界に飛び込んできた。

 

そして今。

今日という日は、ただでさえ緊張感に包まれた勝負の日。

絶対に――絶ッッッッ対に、同じ轍は踏めない。

 

俺は、学ぶ男だ。

過去の失敗を、決して無駄にはしない。

 

ノックの音をしっかり二回。

その瞬間、俺はすばやく一歩、後ろに下がる。さらに念のため、もう半歩下がる。

完璧だ。

 

中から、しばらくの沈黙のあと――

 

「は〜〜い」

 

と、やや気の抜けた声が返ってくる。

ガチャリ、と扉が開いた。

 

「あれ……黒澤先輩?お疲れ様です」

 

現れたのは津島善子。

ステージ衣装ではなく、きちんと着崩しのない制服姿だった。

髪型も普段通りで、まだ本番前の準備段階だろうか?

 

「津島でいいんだよな?お疲れ様。他のメンバーは?」

「今は一年だけです。上の学年の方は、リハーサルの最終確認に行ってます。荷物、中に置きますか?」

 

言葉は端的ながらも、どこか丁寧で落ち着いた口調だった。

礼儀正しく扉を広げる彼女の仕草に、内面の静かな集中が滲んでいる。

 

「……助かる。お邪魔するよ」

 

控室の中に一歩足を踏み入れる。

そういえば、津島と話すのは初めてだな。

そう思いながら、すぐに目に入ったのは、椅子に並んで座っていたルビィと丸の姿だった。

 

「あっ、お兄ちゃん。お疲れ様」

「お兄さん、お久しぶりずら」

 

ルビィが控えめに手を振り、丸はお茶のペットボトルを両手で持ったまま、穏やかに頭を下げた。

 

「うん。元気そうでよかった」

 

柔らかなやり取りに、少しだけ表情が和らぐ。

控室の中は、衣装ラックや道具類が整然と並び、仄かに舞台裏らしい緊張と準備の気配が漂っていた。カーテン越しの光が静かに差し込み、落ち着いた空気を醸している。

 

俺はリュックを壁際の椅子のそばに下ろすと、背筋を伸ばして一息吐いた。

 

「来てくれてありがとう、お兄ちゃんっ!」

 

明るい声が響いた。

椅子に座っていたルビィがぱっと立ち上がり、駆け寄ってくる。

 

「そのTシャツ、すごく似合ってる!Aqoursって、胸にちゃんと書いてあるんだね!」

「お、おう……ありがとな」

 

ルビィの笑顔に苦笑しながら、俺は胸元の黒いTシャツを少し引っ張ってみせた。

自分でも少しだけ照れくさい。

津島と丸のふたりも、制服姿でこちらを見ていた。

 

「……緊張してるか? 今日は、大事な舞台なんだろ?」

 

そう声をかけると、丸はほんの少しだけ肩をすくめて、津島は目をそらしながらも頷いた。

 

「まあ……少しは」

「ルビィはすっごく緊張してるよ〜」

「丸も、心臓がずっとどきどきしてるずら……」

 

言葉のトーンは軽くても、3人の顔には真剣な色があった。

舞台に立つ者だけが知る、独特の緊張感――それがこの空間にも、確かに漂っている。

瑠璃は、控えめに微笑んだ。

 

「……大丈夫さ。お前たちがちゃんとやってきたこと、俺は知ってる」

 

そう言いながら、壁の衣装ラックに目を向ける。

並べられた衣装には、彼女たちの汗と時間が詰まっているように見えた。

 

その背中に、ルビィがそっと声を重ねた。

 

「今日、がんばるから見ててね、お兄ちゃん」

「……ああ。しっかり見届ける」

 

そう応えた声は、静かで、けれどどこか誇らしげだった。

 

「あ、あの…」

 

控えめに、小さな声が背後から響いた。振り返ると、津島善子がこちらを見上げていた。

先ほどまでの口数少なげな様子とは打って変わって、どこかソワソワと落ち着かない様子だ。

 

「どうした?」

「えっと……その……今日って、珊瑚は……来るのかなって……」

 

思いがけない名前に、一瞬きょとんとしたが、すぐに意味を理解する。

 

「ああ。さっき部活にも出てたし、水泳部の何人かも応援に来るって言ってた。たぶん、もうどこかにいるんじゃないか?」

「…そ、そう。よかった」

 

津島の口元が、ふっと緩んだ。

小さく、けれど確かな笑み。

なんとなく不思議に思って、首を傾げると――隣から、丸の声がした。

 

「善子ちゃん、珊瑚くんにほの字ずら」

「ちょ、花丸!?」

 

顔を真っ赤にして、津島が慌てたように花丸の方を振り返る。

あ〜なるほど…そう言うことか。

俺は思わず笑いそうになるのをこらえて、ふっと視線を逸らした。

 

「そういえば、他のメンバーは何処いったんだ?」

 

ふと気になって尋ねると、ルビィが「うん」と頷いた。

 

「お姉ちゃんたちなら、観客席見に行ったよ!ステージからの見え方とか、照明のチェックとかするって」

「観客席、ね……」

 

なるほど、と俺は軽く頷いた。

 

「じゃあ、俺もちょっと行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃいっ!」

 

ルビィの明るい声に手を軽く振り返して、控室をあとにした。

舞台袖から伸びる通路を歩きながら、少しずつ胸の奥が高鳴っていく。

 

観客席に出ると、まだ客は誰一人いなかった。

本番前のホールは、静かで、照明が落ち着いた光を舞台に落としている。

遠く、前方の中央付近――そこにいたのは、3年生の3人だった。

果南姉、ダイヤ、鞠莉姉。

いつも堂々としている三人の背中が、今はどこか柔らかく、懐かしい雰囲気をまとって見えた。

声をかけようとして、俺は思わず足を止めた。

……何かを話している。

 

「高校3年になってから、こんなことになるなんてね……」

 

果南姉の低い声が、静かなホールに溶けるように響いた。

視線の先には、まだ誰もいない観客席。

 

「まったくですわ。誰かさんがしつこいおかげですわね」

 

ダイヤが、うっすら笑いながら言葉を返す。

まっすぐに、けれどどこか照れくさそうな眼差しだった。

 

「だね。……感謝してる、鞠莉」

 

果南姉の隣から、鞠莉姉が顔を上げる。

その顔は、どこか泣きそうで、でもとても嬉しそうだった。

 

「感謝するのは私だよ……。果南とダイヤがいたからスクールアイドルになって、ずっと2人が待っててくれたから……諦めずに来られたの……」

 

話しながら、鞠莉姉の声が震えていくのが遠目にもわかった。

言葉が心の底から溢れているのが伝わってくる。

 

「瑠璃だって……今でも私たちをサポートしてくれてる」

 

名前を呼ばれて、思わず身を引きそうになった。

けれど、その言葉にこもった思いを、逃げるように受け流す気にはなれなかった。

 

「瑠璃だって……今でも私たちをサポートしてくれてる」

 

名前を呼ばれて、思わず身を引きそうになった。

けれど、その言葉にこもった思いを、逃げるように受け流す気にはなれなかった。

俺の存在が、まだこの3人の中にちゃんとあるのだと、静かに胸の奥があたたかくなる。

だから、冗談めかすように声をかけた。

 

「……元祖Aqoursで同窓会?」

 

3人が振り返る。

ダイヤ――いや、姉ちゃんが、少し驚いたような顔をした。

果南姉と鞠莉姉も、すぐに表情をゆるめる。

 

「だったら、サポーターも混ぜてくれると嬉しいんだけどな。せっかくTシャツまで着てきたんだからさ」

 

胸元を軽くつまんで、黒いAqoursのロゴを見せると、鞠莉姉がふっと笑った。

 

「もちろんよ。サポーターっていうか、もう一員でしょ?」

「ふふっ、頼れる弟ですわ」

「よく来たね、瑠璃」

 

いつもの調子で、けれど少しだけ優しいトーンで3人が言葉を返してくれる。

 

俺は少しだけ肩の力を抜いて、小さく笑った。

そして、3人の笑顔に迎えられて、俺はそっとその輪に加わった。

 

「……ようやく、見れるよ。姉ちゃん達のでっかいステージ」

 

そして、真正面から3人に向き直る。

 

「おっきい舞台で、見せてよ。姉ちゃん達の、全部」

 

俺の言葉に、3人はしばらく何も言わなかった。

ただ、その場に立ち尽くしたまま、俺をじっと見ていた。

その沈黙を破ったのは、鞠莉姉だった。

 

「るりぃ……っ」

 

声にならない嗚咽とともに、まるで抑えきれなくなったように俺へ駆け寄ってきた。

そして、そのまま――抱きつかれた。

 

「あ、ちょ……」

 

不意を突かれて一瞬戸惑った。

けれど、鞠莉姉の肩が小さく震えているのがわかって、俺は静かにその背に腕を回す。

 

「ふふっ、もう……そういうとこだよ、瑠璃って」

 

柔らかな声がして、果南姉が一歩踏み出したかと思うと、

鞠莉姉の背越しに、俺の肩に両手を回してきた。

 

「泳ぎも、努力も……鞠莉のことだって、ずっと受け止めてくれてる。ほんと、すごいよ。瑠璃」

 

その言葉は、親友にしかかけられないような、まっすぐな信頼に満ちていた。

そして最後に、ゆっくりと、ダイヤが歩み寄ってくる。

 

「まったく……あなたは昔から、そうやって人の心に火をつけて……」

 

そう言いながらも、その声はどこか優しく揺れていた。

小さくため息をついたダイヤは、鞠莉と果南の肩越しに手を伸ばし、俺の腕をそっと取った。

 

「……ありがとう、瑠璃。来てくれて。本当に、誇らしいわ」

「……姉ちゃん」

 

口をついて出たその呼び方に、姉ちゃんは柔らかく微笑んだ。

3人に囲まれて、胸の奥がじんわりと熱くなる。

俺は、そっと目を閉じた。

この瞬間を、心に焼き付けるように。

俺はゆっくりと息を吐き、腕の中にいた鞠莉姉の肩を軽く叩いた。

 

「……そろそろ、行こうか。控室、こっちだろ?」

 

そう言えば、鞠莉姉は鼻をすんとすすって、ようやく身体を離した。

果南姉もダイヤも、静かに頷く。

 

「……ごめんね、瑠璃」

「ありがとう、ほんとに……」

「気にすんなよ。俺なんかでよかったら、いつでも話くらい聞くし」

 

そう返して、3人を先導するようにしてホールの通路を引き返す。

観客席から控室までの道を歩く間、ようやく落ち着いた様子を取り戻してきた3人に、ふと思い出して尋ねる。

 

「そういえば、2年の連中って今どこにいるんだ?」

 

俺の問いかけに、ダイヤが少し顎に手を添えて考える素振りを見せたあと、はっとしたように言った。

 

「時間も時間ですし――入場口にいると思いますわ。私たちも、すぐに向かいますわね」

「了解。じゃ、先に行ってる」

 

軽く手を上げてその場を離れた。

ホール内の空気は、さっきよりもわずかに熱を帯びているように感じる。客席のざわめきも徐々に膨らみ、開演が近づいていることを教えてくれていた。

 

入場口に向かう途中、スタッフとすれ違いながらも、足は自然と速くなる。

心の奥に、何かがじんわりと熱くなっていくのを感じながら。

そして、入場口の手前――

少し開けたスペースに差し掛かったところで、すぐに見つけた。

 

「よう」

 

少し距離を詰めて声をかけると、真っ先に振り向いたのは千歌だった。

 

「あ、ルーくん! お疲れ様っ」

 

ぱっと表情を明るくして、小さく手を振る。

すぐ後ろにいた曜も

 

「お疲れ〜、瑠璃くん」

 

と軽やかに笑みを浮かべて片手を上げた。

そして、少し遅れて顔を上げた桜内も、優しい声で言葉をかけてくる。

 

「お疲れ様、瑠璃くん。来てくれてありがとう」

 

3人とも、誇らしげな顔をしていた。

この日のために積み重ねてきたものを、胸に抱えて立っている――そんな気配が、まっすぐ伝わってくる。

俺は、少しだけ口元を緩めて、静かに頷いた。

 

「準備、大丈夫そうか?」

 

そう声をかけると、千歌はふわっと笑って頷いた。

 

「うん。不思議とあんまり緊張してないんだよね」

「へえ、珍しいな」

 

俺が少し驚いたように言うと、横にいた曜が「それってさ」と口を挟んできた。

 

「制服だからじゃない?なんか普通の放課後って感じするし」

 

ケラケラと楽しげに笑いながら言う曜に、千歌も「それかも!」と笑顔を浮かべる。

軽く談笑が続く中、ふと静かに、桜内が口を開いた。

 

「不思議だな。内浦に引っ越してきたときは、こんな未来が来るなんて思ってもみなかった……」

 

その言葉に、少しの余韻が残る。

曜がニコッと笑いながら、それを受け止めるように言った。

 

「千歌ちゃんがいたからだね」

「えっ?なにそれ、褒めてる?」

 

千歌が照れたように笑いながらそう返しつつ、すぐに真剣な顔つきになる。

 

「……それだけじゃないよ。ラブライブがあったから。μ’sがいたから。スクールアイドルがいたから――曜ちゃんと梨子ちゃんがいたから!」

 

そう言いながら、ぱっと俺の方を見て、にこっと笑った。

 

「それに……瑠璃くんもね」

 

不意に視線が合う。

冗談でも、照れ隠しでもない。まっすぐな、千歌の目。

胸の奥が、少しだけ熱くなった。

千歌はそのまま、前を向いて言葉を続ける。

 

「これからも、いろんなことがあると思う。嬉しいことばかりじゃなくて、辛くて、大変なことだって……いっぱいあると思う。」

 

その声に、強さと優しさが宿っていた。

 

「でも、私、それを楽しみたい! 全部を楽しんで、みんなと進んでいきたい!」

 

そう言い切る千歌の姿は、どこまでもまっすぐで――眩しいほどだった。

 

「それがきっと、輝くってことだと思う!」

 

 

 

 

千歌の言葉が、一つ一つ、まるで波のように胸に押し寄せてきた。

嬉しいことも、辛いことも――全部を抱えて、それでも笑って前に進もうとする姿に、俺は言葉を失っていた。

それは、ただの理想論じゃない。

目の前の少女が、生きてきた中で見つけた“答え”なんだと思った。

 

千歌の言葉が胸に響いたあと、俺はふっと息を吐いた。

そんな中で、ようやく言葉がこぼれた。

 

「……お前、スゲェな」

 

ぽつりと、それだけ。

千歌は「えっ?」と驚いたように俺を見た。

けれど俺は、目をそらさずに続ける。

 

「尊敬するよ。……本気でそう思った」

 

軽口でも、社交辞令でもない。

正直に、まっすぐに、そう言った。

千歌は目を丸くしたあと、はにかむように、けれど嬉しそうに笑った。

その笑顔を見て、俺の胸の中にも、小さな火が灯るのを感じた。

 

すると、突然――

 

「そうね」

 

柔らかく、けれど芯のある声がすぐ後ろから聞こえた。

振り返ると、そこには果南姉が立っていた。

その隣には、鞠莉姉。そしてその後ろから、ダイヤ……ルビィ……津島……丸。

先ほどまで控室にいた1年生と3年生たちが、揃ってこちらへ歩いてくる。

 

「9人もいるし!」

 

鞠莉姉が、いつものように弾ける笑顔でそう続けた。

明るくて、どこか頼もしいその声に、場の空気がふっと和らいだ気がした。

 

「9人だけじゃない……。」

 

千歌は小さく呟いた。

その声には、確かな実感と、温かな誇りが込められていた。

そして、俺の方を見て――にっこりと笑う。

その瞳に熱を宿したまま、千歌は前を向いた。

 

「行くよ!Aqours!」

 

力強く、そして晴れやかな声だった。

そのひと言で、空気が変わる。

 

千歌を先頭に、Aqoursのメンバーたちは一斉に動き出す。

入場ゲートを開き、差し込む光の向こうへ――ステージへと歩みを進めていった。

 

俺はその背中を、しっかりと目に焼きつけながら、静かに呟いた。

 

「……頑張れ」

 

俺はそのまま観客席へと向かう。

通路を抜け、客席の一角へとたどり着いた頃、ちょうどAqoursはステージ中央に円陣を組んでいた。

照明の落ちたステージ上、彼女たちは静かに顔を見合わせながら、ひとつの輪を形作っている。

そこには、緊張でも不安でもない。確かな自信と、仲間との絆だけがあった。

 

千歌の声が響く。

 

「1!」

 

続いて、曜が。

 

「2!」

 

桜内が続き、

 

「3!」

 

丸が笑顔で、

 

「4!」

 

ルビィが、少し震えた声で、

 

「5!」

 

津島が凛とした表情で、

 

「6!」

 

ダイヤが背筋を伸ばして、

 

「7!」

 

果南姉が穏やかに、

 

「8!」

 

そして、鞠莉姉が胸に手を当てて、

 

「9!」

 

その声がひとつになったとき――

観客席から、自然とひとつの声が上がった。

 

『10!!』

 

それは、浦女の生徒たちの声。

青いペンライトが、まるで星のように客席に灯り始める。

その光景を見て、ステージ上のAqoursが笑顔を交わす。

千歌がマイクを通さず、けれどホールの隅々まで届くような声で――力強く叫ぶ。

 

「今、全力で輝こう!0から1へ!」

「Aqours!!」

 

その声に続いて、観客席から返ってくる――

 

『サンシャイン!!!』

 

会場全体がひとつになったような、その瞬間。

メンバー全員が軽やかに飛び跳ねたのと同時に、ステージの照明が一気に弾ける。

眩い光とともに、イントロが鳴り響いた。

 

音の波に乗るように、9人のシルエットが躍動する。

一糸乱れぬフォーメーション。

けれど、どこか自由で、伸びやかな動き。

 

千歌の歌声が先陣を切った。

力強く、けれど瑞々しくて――

あの頃と変わらない“千歌らしさ”が、音に乗って真っすぐ響いてきた。

 

曜が続く。

全身を使ったダンスと、晴れやかな笑顔。

目が合った気がした。

思わず、心が熱くなる。

 

桜内の歌声は澄んでいて、どこか切なさも帯びている。

メロディの中で、まるで物語を紡ぐように指先まで丁寧に踊るその姿に、会場全体が引き込まれていく。

 

丸とルビィが駆け抜けるようにステージの両端から飛び出し、明るくハーモニーを重ねる。

津島は、センターへと滑り込むように現れ、その堂々としたポーズで一瞬空気を支配した。

 

ダイヤはブレない軸と視線の強さで、全体を引き締めるように踊っていた。

一拍遅れて果南姉が跳ねるようにステップを踏み、まるで海を泳ぐような滑らかさで動いていく。

 

そして鞠莉姉。

スポットライトの中、その金色の髪がふわりと舞い、空へ溶けていくようだった。

瑠璃に向けたかすかな視線と微笑みに、思わず胸がぎゅっとなる。

 

歌が、ダンスが、想いが重なっていく。

曲が進むごとに、ステージは熱を帯びていった。

跳ねるようなコール。リズムに合わせて揺れるペンライト。

 

そして――サビに入り始めた、その瞬間。

誰かが叫んだわけじゃない。

そういう合図があった気訳でもない。

 

気づけば、観客席にいた浦女の生徒たちがぞろぞろと立ち上がり、ステージへと歩き出していた。

まるで決められた振り付けの一部みたいに、迷いなく、誇らしげに。

 

彼女たちは、ステージを囲むようにその場に立ち止まり、手にした青いペンライトを――上げた。

一斉に、空へ。

 

光の輪ができた。

それはまるで、星を囲む星座みたいに、Aqoursを中心に光り輝いていた。

観客席からもどよめきが上がる。

 

この瞬間、Aqoursは――ステージだけの存在じゃなくなった。

 

仲間たちが支え、学校が支え、見守るすべての人たちが、今ここで彼女たちを光らせていた。

俺は言葉を失って、その光景をただ、見ていた。

胸が、熱かった。

 

青く光るその輪の中心で、Aqoursの9人は、まっすぐこちらを見て――歌い続けていた。

 

ラストサビが終わった瞬間、千歌がステージの端からと、勢いよく駆け出した。

その背中を追うように、曜が、鞠莉姉が、ルビィが――Aqoursのメンバー全員が走る。

まるで、輝きのその先に向かって、飛び込んでいくように。

 

曲が終わり、照明がふっと落ちる。

静寂。

そして、割れんばかりの拍手と歓声。

ステージの幕がゆっくりと降りていくのを、俺はただ、動けずに見つめていた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

楽屋に戻ると、空気は一変していた。

 

「す、すみませんでしたぁぁぁ!!」

 

ぺたんと床に正座している千歌が、頭を深々と下げている。

ステージ衣装のまま、少し汗ばんだ額を床につけるようにして。

 

その前で、俺は腕を組み、軽く睨みを利かせていた。

 

「……このバカみかん」

 

怒鳴る気力はなかった。

ただ、どうしてこうも突飛なことをするのかと呆れるしかない。

 

結果から言えば、Aqoursは失格だった。

もちろん、パフォーマンスの完成度は高かった。

観客の熱も、会場の空気も圧倒的だった。

だけど、あの終盤――浦女の生徒たちがステージに向かって動き、Aqoursを囲むようにした行動が、運営に「演出上の安全配慮を欠くもの」と判断された。

要は、危険行為とみなされたのだ。

 

「……やりたいことや、その理由もわかる。けど大会は、勝つための場所でもあるんだって」

「でも……」

 

千歌が顔を上げる。

その目は、悔しそうで、でもどこか納得しているようでもあった。

 

「やっぱり、ああしたかった!浦女の、みんなと、一緒に……あのステージに立ちたかったの」

「気持ちは分かる。でも、ルールはルールだ」

 

淡々と告げながらも、俺の中のどこかも、揺れていた。

あの光景は確かに――美しかった。誰にも真似できない、“Aqoursらしさ”だった。

 

それでも、勝負の場である以上、それは“ルール違反”として扱われる。

その現実を、彼女たちは痛感したのだ。

 

「まぁまぁ、瑠璃くん」

 

と、横から曜が声をかけてきた。笑ってはいるが、その声にはどこか優しさが滲んでいる。

 

「千歌ちゃんだよ?昔から突拍子なかったじゃん。それに、今回は私たちも同罪だよ」

 

曜は、メンバーたちを見渡す。

誰も、言い訳をしようとしない。

後悔すらしていない。

その澄んだ視線を受け取って、俺は深く、長いため息をついた。

 

「……ステージ終わったあとな」

 

俺は、思い出してイラつきを取り戻す。

 

「スタッフさんたちに、めちゃくちゃ怒られたんだぞ!?俺が!?」

 

思わず声を上げた。

言いながら、ほんの少しだけ、情けなくなる。

 

「『関係者なんだから、何か聞いてなかったのか』とか、『学校ぐるみで仕込んだ演出か?』とか……今回Aqoursサポーターとしてきたせいで……どんな顔して説明したと思ってんだ!」

「ご、ごめんなさいっ!」

 

またもや千歌が頭を下げる。

それを見てメンバー達も苦笑い。

 

「……ったく。知るかよ」

 

そう言いながら、もう一度ため息をついた。

 

だけど、不思議だった。

どれだけ怒っても、あのステージの光景が、どうしても心から離れなかった。

頭では分かっている。ルール違反、失格、ダメなこと。

でも、心のどこかでは――

 

「……バカだな、ほんと」

 

呟いた声に、誰も返事をしなかった。

でもきっと、それでよかった。

……静まり返った楽屋の中で、ため息をついた俺は、ふと天井を見上げた。

 

「……なぁ、千歌」

 

俺はゆっくりと口を開いた。正座したまま、頭を上げた千歌の瞳が、俺の方に向けられる。

 

「もっと賢く立ち回るべきだった……って、思ってる自分もいる。ルール守って、失格にならないように、ちゃんとやるべきだったってさ」

 

誰かが小さく息を呑む音がした。

俺は続けた。

 

「けど、それでも……今日のステージ、お前らの輝き、全部が間違ってたなんて、俺は思えねぇんだよ」

 

心の奥に沈んでいたものが、ようやく言葉になった。

それは俺自身が、あのステージで受け取ってしまったものへの、正直な想いだった。

 

「本気でぶつかって、本気で輝いて……たった数分で、あれだけの人の心を動かすなんてさ。俺……ほんと、すげぇって思った」

 

不器用な言葉だったかもしれない。

けれど、千歌は微笑んだ。

ほかのメンバーも、静かに目を伏せ、どこか誇らしげだった。

 

「だからこそ……次は、もっと上手くやれよ」

 

俺は、そう締めくくるように言った。

 

「次?」

 

曜が、顔を上げる。

 

「ああ。次があるだろ。ラブライブの舞台は、まだ終わっちゃいねぇ。だろ?」

「……うん!」

 

千歌が力強く頷く。その顔には、もう迷いはなかった。

 

「ルールも守ってね!」

 

と、ルビィが言って、場が少しだけ和らぐ。

 

「もちろんずら!」

 

丸の声に、善子もにやりと笑った。

 

「次は、堕天使の演出で客席を沸かせてやるわ!」

「いや、それはたぶん……また怒られると思うぞ」

 

そう言ってしまい、みんなが笑った。

怒りは、もうどこにもなかった。

あるのは、未来に向かう熱と、繋がったままの絆だった。

――輝きは、まだ終わらない。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

海沿いの夜道を、俺はペダルを踏んでいた。

荷台には曜が乗っている。

制服の袖を揺らして、時おり俺の背中に軽く手を添えてバランスを取っているのがわかる。

 

しばらく無言で走っていたが、気になっていたことを思い出して口を開いた。

 

「なあ、さっき……千歌とじゃんけんしてただろ?あれ、なんだったんだ?」

 

後ろから小さな笑い声が聞こえる。

 

「ふふっ……女の友情ってやつだよ」

「は?」

「なんでもないよー。そういうの、男子にはナイショってやつ」

「はあ……」

 

よくわからないが、まあ曜が楽しそうならそれでいいか、と思えてしまう。

俺はひとつだけ深く息を吸って、また視線を前へと戻した。

波の音が、遠くから微かに響いている。

 

「……それにしてもさ」

 

後ろから曜の声が聞こえた。夜風に乗って、ほんの少し弾んでいる。

 

「今日のライブ、どうだった?私たち、ちゃんと輝けてた?」

「……まあ、悪くはなかったな」

「えぇ~、その言い方なにそれ!まさか減点方式で見てた?」

「ルール違反で失格だった時点で、満点はないだろ」

「うわ~、シビア! でも……」

 

曜の声がふっと優しくなる。

 

「来てくれて、ありがと。嬉しかったよ。瑠璃くんが見ててくれるって、なんか安心した」

「…そうかよ」

 

しばらく風の音だけが流れる。

そして、曜がぽつりと呟く。

 

「……でも、ほんと、夢みたいだったな。舞台の上に立って、叫んで、歌って――ちゃんと届いた気がする。お客さんにも、みんなにも」

「……届いてたよ。俺にも、ちゃんと」

 

その言葉に曜は小さく息を呑んだようだったが、すぐにまた声を弾ませる。

 

「よーし、それ聞けただけで満足! じゃあ明日は、全力で応援だね!」

「……は?」

「だって、明日インターハイでしょ? すっかり忘れてたでしょ、瑠璃くん!」

「うわ……マジで忘れてた」

「えぇー!? 忘れちゃだめでしょ、主役なんだから!」

「……今日のステージのせいで、全部ぶっ飛んだ」

「ふふ、じゃあ……責任取って応援しちゃおっかな?」

「いらねえ。お前が声張ると、集中できねえんだよ」

「えぇ~、ひど~い! でも、明日もちゃんと輝いてね」

「……わかったよ。期待してろ」

 

そう言いながら、俺はまたペダルを踏み込む。

隣には星空。背中には、どこまでも無邪気な声。

ほんの少し――この夜が、名残惜しいと思った。

 

くだらない話で笑い合っているうちに、気づけば自転車はいつの間にか、見慣れた路地を抜けていた。

俺たちは、曜の家の前にたどり着いていた。

 

「――あ、着いちゃったね」

 

曜がそう言いながら、俺の背中からふわりと降りる。

玄関の脇に置いていた荷物を抱え直すと、振り返って、にこっと笑った。

 

「送ってくれてありがと、瑠璃くん」

「……別に、帰り道だ」

 

そっけなく言いながらも、どこか気恥ずかしさが残る。

この静けさと余韻の中で、やけに曜の声だけが耳に残っていた。

 

「……今日、楽しかったな〜」

「……ああ。俺も、ちょっとだけな」

 

曜は、その“ちょっとだけ”に気づいていたのかいないのか、嬉しそうに目を細めると――

「おやすみ!」と手を振って、玄関のドアを開けた。

俺はその背中を見送ってから、もう一度だけ空を見上げる。

どこまでも澄んだ夜空。明日は晴れる。そんな気がした。

 

……そう思った矢先だった。

 

ガチャッと、ドアの音が鳴り、ふと振り返ると、開けたはずの玄関から曜がもう一度姿を見せ――

 

「……え?」

 

そのまま、俺に向かって飛び込んできた。

 

「う、うおっ……!?」

 

曜の腕が、ぎゅっと俺の背中にまわる。

 

「な、ななな……なんだよ、いきなりっ!?」

 

慌てて声をあげるが、曜は抱きついたまま、離れようとしない。

顔も見えない。

だからこそ、いつもの曜じゃないことが伝わってくる。

 

心臓が、変な音を立てていた。

鼓動が、曜に聞こえてないか心配になるくらいに。

そんな俺の動揺をよそに、曜がぽつりと口を開いた。

 

「……明日、瑠璃くんが頑張れるように、今のうちに……勇気、あげとこうかなって」

 

その声は、冗談めかしてはいたけれど――

どこか、震えていた。

 

曜の腕の中、俺は微動だにできなかった。

いつもの曜なら、軽口の一つでも叩いて照れ隠しをするはずなのに――今日は違う。

勇気、あげとこうかなって。

その言葉は、まるで祈るような、願うような響きを帯びていて。

俺の胸の奥に、そっと触れてきた。

 

「……お前」

 

ようやく声が出た。

けれど、それは怒鳴り声にも茶化しにもならず、ただ、静かに漏れたひとことだった。

 

「だからって……急に抱きつくなよ…」

 

そう言うと、曜が少しだけ体を離した。顔を上げる。

ようやく見えた曜の顔は、笑っていた。

泣いてなんか、いない。でも――本当に嬉しそうな、そんな顔だった。

 

「……じゃあ、交換こだね」

「……は?」

「瑠璃くんが、くれたから。今日、いっぱい。ステージの前も、後も……隣でいてくれたから。だから今度は、わたしの番」

 

そう言って、曜はそっと俺の腕を握り直した。

手じゃなくて、腕、繋ぐんじゃなくて、つかまるみたいに。

 

「明日、勝ってね。絶対。ちゃんと見てるから」

 

その声には、もう震えなんてなかった。

ただ真っ直ぐな、まるでスタート台の前で構えるスイマーのような、確かな意志があった。

 

俺は、ふっと息を吐いて、力を込めずにその手を受け止めた。

 

「……ああ。負けられないよな、もう」

「うん」

 

曜はまた笑って、そして今度こそ手を離した。

 

「じゃあ――ほんとのおやすみ!」

 

そう言い残して、今度こそ玄関のドアが静かに閉まった。

俺はしばらくその場から動けずに、星空を見上げた。

背中が、ほんのりあたたかかった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

夜が、ほんの少しだけ色を変え始めていた。

空はまだ深い藍色のままだけれど、東の端がわずかに白み、世界に静かな予兆が差し込んでいる。

 

俺は、深呼吸をひとつ。

そして、肩にリュックを背負い直すと、玄関のドアをゆっくりと開けた。

 

まだ誰も起きていない家。

眠る街。

けれど、今日だけは――俺の鼓動が、それら全部を追い越していた。

 

「……よし、行くか」

 

ぽつりと、気合いのように呟く。

これが、俺のインターハイ。

これが、俺の――“今”だ。

 

閉じたドアの向こうへと一歩を踏み出す。

 

靴音が、まだ静かな朝に溶けていく。

胸の中に残るのは、昨夜の声。昨日の背中。

そして、今日という日への――ただひとつの覚悟。

 




一期終了となります!
長かった…次回から、インターハイ編(予定では5話構成)
予告として、2期に入る前に曜ちゃんと海外旅行だったり、千歌ちゃんとデートだったりを予定してますのでお楽しみに!

一応確認しましたが、誤字脱字あると思いますので報告や感想くれるとモチベになりますのでよろしくお願いします!!
インターハイ編お待ち下さい!
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