黒澤家の長男です。   作:カイザウルス

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第33話⚓️

 

 

――ピピピ、ピピピ、ピ――。

けたたましい電子音で、目が覚めた。

うっすら目を開けると、カーテンの隙間から差し込む光が、まっすぐ顔を照らしていた。

 

時計に目をやる。朝の六時。

いよいよ、今日が本番。インターハイ100m自由形の決勝戦。

 

昨日の疲れが少し残っているが、問題ない。

昼には無くなるだろう。

 

そのとき。

 

シャッ、とカーテンが勢いよく開く音がした。

光が差し込み、視界が一気に白くなる。

 

「……いよいよだな」

 

部屋の窓の前で仁王立ち。

やたら決まった声が聞こえてきて、俺は思わず息をのんだ。

ただ一つ、見慣れていないものがある。

 

「……剛先輩、パンツ履いてください」

 

何故パンツ、履いていない。

 

「ああ……忘れてたな」

「なんでそんな堂々としてるんですか」

「寝てるときに脱いだのかもしれん」

「……いや、余計意味わかんないんですけど」

 

寝る時パジャマだったよなこの人?

真顔でカーテンを閉め、真顔でズボンを履く剛先輩を横目に、俺はベッドから起き上がった。

そして、そっと窓の外に目を向ける。

 

都会の空は思ったより澄んでいて、東の空には、もう太陽が顔を出していた。

これから、本当に勝負が始まる。

インターハイの決勝。全国のてっぺんを懸けた、たった100mの勝負。

 

ーー俺は……ちゃんと泳げるんだろうか?

 

そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。

不安。緊張。期待。全部が混じってる。

ベッドの端に腰をかけ、ひとつ深呼吸する。

 

――逃げるな。昨日の自分を、信じろ。

 

小さくつぶやいて、俺は立ち上がった。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

ホテルの食堂は、朝から賑わっていた。

チームで一緒に席に着いて、俺はトレイに並べられたパンとスクランブルエッグ、そして果物をつつく。剛先輩はというと、黙々とご飯と味噌汁。しかもおかわりしてた。

 

身体に入った食事が、じんわりと熱に変わっていく。

ほんの少し、眠気と緊張がほぐれた気がした。

 

朝食を終えたあとは、みんなでバスに乗って会場へ向かった。

既に観客が集まりはじめていて、ロビーはざわついている。予選の空気とは段違いだった。

 

決勝戦のタイムスケジュールを確認すると、俺の100m自由形は昼過ぎ。

まだ、だいぶ時間がある。

 

「……暇だな」

 

時計を見ながら、ぼんやり壁にもたれていたそのとき。

 

「だ〜れだ?」

 

後ろからふいに、目隠しされる。

でも、その声は聞き間違えようがなかった。

俺はフッと笑って、軽くため息をつく。

 

「……鞠莉姉?」

「シャイニー♪」

 

明るくはじける声と同時に、背中からぎゅっと抱きしめられる。

香水の匂いが鼻をかすめる。

振り返ると、やっぱり鞠莉姉。

ラフな白いシャツにサングラスをかけて、いつものように完璧にキマってる。

 

「おはよ鞠莉姉。来てくれてありがと」

「Good morning!瑠璃!そりゃそうよぉ♪ うちの可愛い弟が、全国の舞台で泳ぐんだから~?」

「……いや、弟じゃないし」

「細かいことは気にしないの!」

 

まるで昨日ぶりに会ったかのように、鞠莉姉は元気だった。

その直後、さらに聞き慣れた声が後ろから届いた。

 

「あなたが無事にここまで来れたこと、本当に誇らしいですわ」

 

振り返ると、ダイヤが微笑んでいた。

黒髪をきちんとまとめて、いつもの凛とした雰囲気は変わらない。

 

「瑠璃、いい顔してるね」

 

今度は果南姉。

にかっと笑って俺の肩を軽く叩いた。

 

「他のみんなは……?」

 

そう尋ねると、鞠莉姉が唇に人差し指を立てて、ふふっと笑った。

 

「もう来てるわよ〜。でも、それぞれ自由行動中って感じかしら? 千歌なんて、今頃パンフレット読みながら歩いてるんじゃない?」

「善子はサングラスで芸能人気取りしてたよ」

 

果南姉が思い出し笑いしながら言う。

 

「ルビィと花丸さんは、たしかお土産コーナーに……曜さんと梨子さんは、プールの方に先に行ってたような……」

 

ダイヤが丁寧に説明してくれて、俺は自然と笑みがこぼれた。

みんなが来てくれてる。

それだけで、ほんの少し胸が軽くなる。

 

「……緊張、してる?」

 

不意に、ダイヤが真顔で聞いてきた。

俺は少しだけ間を置いて、素直に答える。

 

「……うん、少しね」

 

鞠莉姉が俺の肩を抱いて寄り添い、果南姉が両手を腰に当てて頷く。

 

「いい緊張だと思うよ。それだけ本気ってことだもん」

「わたくしたち、最前列で見守ってますからね」

「うん……ありがとう」

 

時間は刻一刻と本番に迫ってくる。

心の奥にじわじわと圧力がかかって、落ち着かない。

何とかこの緊張をどうにかしたい――。

 

「ちょっと……外、走ってくる」

 

三年生たちにそう伝えると、誰も何も言わずに頷いてくれた。

その背中をあとにして、俺は会場のロビーを抜け、外へ出る。

東京の夏の朝は予想よりも涼しく、空は高く澄んでいた。

空気を吸い込んで、俺はゆっくりと走り始める。

歩道沿いの影を辿るように、軽いランニング。

足を動かしながら、心拍数を上げていく。

身体は、悪くない。昨日の疲労も、思ったより残っていない。

 

……けれど。

 

頭の中で、昨日の映像が何度も再生される。

電光掲示板に映った、和也のタイム――49.51

50秒の壁を突破している上に、準決勝の全体トップ。

 

勝てるのか? 行けるのか?

頭の中には、ネガティブな言葉ばかりが次々と浮かんでくる。

落ち着こうとしても、思考は加速して止まらない。

 

呼吸のリズムを整えようと、少し強めに地面を蹴った時だった。

 

「あ?」

 

前から、ランニングしてくる影が見えた。

近づいてきたのは――和也だった。

 

上半身はタンクトップ一枚で、筋肉の浮いた腕に汗が光ってる。

肩で息をしてる様子もなく、むしろ身体はもう完全に起きてる。

アップは、十分って感じだ。

 

「……黒澤か」

 

立ち止まりざま、和也は額の汗を拭って俺を見た。

その視線に、少しだけ圧を感じる。

 

「調子どうだ」

 

立ち止まりざま、和也は額の汗を拭って俺を見た。

その視線に、少しだけ圧を感じる。

 

「……まぁ、悪くないよ」

 

そう返すと、和也はふっと口角を上げた。

 

「昨日、見たよ」

 

その一言に、胸が微かにざわつく。

まさかとは思ってたけど、やっぱり見られてたか。

 

「タイム、見ても漠然だな。お前がどう泳いだかも、大体想像はついた」

「……それで?」

 

和也は、軽く息をついてから言った。

 

「悪いが、お前は――俺に勝てない」

 

その言葉には、迷いも飾りもなかった。

ただ、事実を述べるような、静かで重たい断言。

 

胸の奥が、ギュッと締めつけられた気がした。

頭では分かってた。和也は強い。誰よりも速い。

それでも、こうして目の前で、はっきり言われると……こたえる。

俺は唇を噛んだ。

 

「……そっちこそ、油断してたら、足元すくわれるかもよ」

 

やっとの思いで返すと、和也は眉をひとつ上げて、ふっと笑った。

 

「その気概があるうちは、いい勝負になるかもな」

 

そう言って、また走り出す。

その背中は、さっきより少しだけ遠くに見えた。

まだ、追いつけない遠い背中。

 

拳をぎゅっと握った、その瞬間。

 

「わぁっ!!」

 

背後から不意に声がして、肩が跳ねた。

一瞬にして心臓が跳ね上がる。

 

振り向くと、そこには――

 

「……千歌」

 

いたずらっ子みたいな笑顔で、千歌が立っていた。

 

「ビックリした? 絶対したよね? 顔、ピクってしてたもん!」

「……するに決まってんだろ」

 

思わずため息をつきながら、軽くデコピンをかました。

千歌は「いたっ」と小さく悲鳴を上げて、額を押さえる。

 

「だからやめようって言ったのに〜……」

 

ふくれっ面の千歌の背後から、二人の顔がぬっと現れる。

 

「やっぱり……やったんだ、千歌ちゃん」

 

曜が少し呆れたように笑う。

その隣では、桜内も小さくくすくすと笑っていた。

曜が、少し首を傾けながら俺の顔を覗き込んでくる。

 

「調子、どう?」

 

……その一言に、喉が少し詰まった。

正直、不安でいっぱいだった。でも、素直にそれを言えるほど、俺はまだ強くない。

 

「……問題ないよ」

 

咄嗟にそう言い切ってしまった。

自分でも驚くくらい、綺麗に嘘が出てきた。

曜は「そっか」と言いながらも、ほんの一瞬だけ、眉を寄せたように見えた。

だけどそれを追及せず、ふわりと笑ってくれる。

 

「にしても……すごいわね、瑠璃くん」

 

桜内さんがそう言って、俺の肩を軽くたたく。

その瞳は柔らかくて、でもどこか感心したような、そんな色をしていた。

 

「インターハイの決勝なんて、簡単に立てる舞台じゃないもの」

「えへんっ!」

 

なぜか胸を張って、堂々とした態度を取っているのは千歌だ。

 

「ルーくんはすごいんだよ。……私の、同級生なんだから!」

 

何をドヤ顔で言ってんだ、こいつ。

 

「何でお前が自慢するんだよ」

 

思わずツッコむと、千歌はふふっと照れたように笑った。

……と、その時だった。

 

「瑠璃先輩!」

 

ちょっと高めの声に振り向くと、蛍が小走りで駆け寄ってきた。額にうっすら汗をにじませて、俺の前でぴたりと止まる。

 

「剛先輩の100mバタフライ、もうすぐ始まります。応援席に来てくださいって、監督が!」

「わかった、今行く」

 

そう返してから、曜、桜内、そして千歌を見やる。

 

「じゃあ……応援、よろしく」

 

俺が言うと、曜が親指を立てながら言った。

 

「任せて、瑠璃くん!」

 

その隣では桜内が穏やかに微笑みながら、優しい声で言葉をくれる。

 

「がんばってね、瑠璃くん」

 

そして千歌は、まっすぐ俺を見て――自分の両手を握りしめながら叫んだ。

 

「ファイトだよ!ルーくん!」

 

顔が自然とほころぶ。

不思議と、気持ちが少し軽くなった。

 

「……ありがとう」

 

その一言だけ残して、俺は蛍と並んで、その場をあとにする。

通路を抜けて、観客席の方へと足を向けた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

結果から言うと、剛先輩は――2位という成績だった。

 

タイムも、決して悪くはない。むしろ、ほぼベストに近いはずだ。

それでも、表彰台の一番上には届かなかった。

全国の舞台に立つと、つくづく思い知らされる。――上には、上がいるんだって。

 

でも、それより気になったのは、ゴールした後。

プールサイドを上がった剛先輩が、ふと肩に手をやっていたことだ。

一瞬の動きだったけど、俺の目には確かに映った。

 

……気のせい、だといいけど。

 

その後すぐ、銀次先輩のレース――100m背泳ぎの決勝。

 

結果は3位。

やっぱり全国の壁は厚い。でも、それでも。

ゴールして水をかいたまま顔を上げた銀次先輩は、どこか晴れやかな表情をしていた。

 

まだ、浦男から出場している個人種目で、決勝に残っているのは――俺だけだ。

 

普段なら、そこまで気にしない。

自分のレースに集中して、いつも通りに泳ぐだけ。

だけど、全国大会って場所は、やっぱり特別だ。

先輩たちの戦いを目の当たりにして、

あの巨大な電光掲示板を何度も見上げるうちに、

胸の奥にじわじわと、言葉にならない重みが広がっていく。

 

――俺が負けたら、終わりだ。

 

誰にもそんなこと言われてないし、チームメイトがそんなふうに思ってるとも思わない。

でも、勝手に背負ってるんだ。俺自身が。

プレッシャーってのは、結局自分との戦いなんだなって、今さらながら思い知る。

 

応援席をそっと抜け出し、会場の隅の自動販売機の横まで歩く。

その近くにある、小さなソファに腰を下ろした。

座面が少し沈んで、背中がふっと軽くなる。

喧騒が遠のいて、ようやく自分の呼吸の音が聞こえた。

 

「……深呼吸、しろ。まだ、落ち着ける」

 

自分自分に言い聞かせるように、息を吸って、吐いた。

決勝まで、あと少し。

頭ではわかってるのに、心だけがずっと落ち着かないままだった。

 

落ち着け――…。

 

そう言い聞かせても、うるさい。

心臓が、耳の奥でドクドクと鳴っている。

呼吸のリズムを乱して、思考の流れすらかき消してしまう。

鼓動が速すぎる。緊張が、指先にまで伝わっていた。

 

集中しろ、瑠璃。

決勝戦まで来たんだ。ここまで来たなら――あとは、一位を取るだけ。

それだけだ。たったそれだけなのに。

 

……できるのか? 本当に俺に?

 

否定的な言葉が脳裏に浮かぶ。

気づけば、奥歯を強く噛み締めていた。

ダメだ、考えるな。もうやめろ、そんなことは。

不安も、プレッシャーも、全部、全部押し殺せ。

 

勝つんだ。

勝たなきゃ。

絶対に――勝たないと……!

勝って親父を見返す!

 

「瑠璃くん?」

 

静かな、けれど確かに届く声。

その瞬間、現実に引き戻された。

 

肩が、ピクリと動く。

背後から聞こえたのは、優しく包み込むような声だった。

不安で膨れ上がった胸の内を、そっと撫でてくれるようなその響きに、思わず振り返る。

 

そこにいたのは、曜だった。

 

額にかかった前髪の隙間からのぞく、まっすぐな瞳。

心配そうに、けれど笑みを絶やさず立っている姿。

 

「顔死んでるよ、瑠璃くん」

 

笑いながら、曜が俺の隣に腰を下ろす。

いつも通りの明るい声。だけど、どこか優しさがにじんでいた。

 

「……そんなにヤバい顔してたか?」

 

自分でも、ちょっと自覚はあった。

緊張と不安で表情がこわばってたんだろう。

曜に見透かされてたと思うと、少しだけ恥ずかしくなる。

曜は俺の顔を覗き込むようにして、優しい声で訊いた。

 

「どうしたの? ……何かあった?」

 

その視線が、まっすぐで、逃げ場がなかった。

でも、俺は咄嗟に首を振った。

 

「いや、別に。なんでもないよ」

 

小さな嘘だった。

けれど、すぐに曜が「ふぅ……」とため息をつく音が耳に届く。

 

「何年、幼なじみやってると思ってるの?」

 

その声には、どこか呆れと優しさが混じっていて、

なのに次の瞬間、曜は真剣な目でこちらを見た。

 

「隠さないで。ちゃんと……話して、瑠璃くん」

 

胸の奥がぐっと締めつけられた。

ごまかせない。見抜かれてる。

そのまっすぐな視線が、俺の心の奥をやさしく、けれど鋭く突いてくる。

 

「……」

 

何て言えばいいんだろう。

プレッシャーで潰れそうだなんて、格好悪いし。

でも、曜になら――話しても、いいのかもしれない。

ほんの少しだけ、目を伏せてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……怖いんだよ、たぶん。負けるのが」

 

吐き出した途端、胸の奥が少し軽くなった気がした。

情けない自分を見せたのに、曜は何も言わず、ただ静かに聞いてくれている。

視線を逸らしたままの俺に、曜がそっと言葉を返した。

 

「怖くない勝負なんて、ないよ」

 

その言い方は、あまりに自然で――でも、強くて。

 

「勝ちたいって思うから、怖いんでしょ? だったら、ちゃんと真剣に頑張ってる証拠だよ」

 

そう言って、曜はふっと笑った。

その笑顔が、あまりにもまぶしくて、眩しくて――見ていられなかった。

 

俺は視線を落としたまま、ぐっと息を呑む。

 

「瑠璃くんは、ちゃんとやってきた。だから、大丈夫。信じてるよ。……私が、一番近くで見てきたんだから」

 

曜の声は、まるで水面を渡る風みたいに静かでやさしかった。

そのまま、少し照れたように笑ってから、曜はぽつりと話し出した。

 

「ほら、覚えてる? 最初にタイム測ったとき、飛び込みがうまくいかなくて、思いっきり水飲んだやつ」

「……覚えてるよ。あのとき、めっちゃ咳き込んで、周りの人に心配されたんだよな」

 

自然と口元が緩む。

思い出は、どれも温かくて、ちょっと恥ずかしくて、それでも全部大切だった。

 

「それからさ、スクールの夏合宿のときも。疲れてるのに、自分からタイム取り直したじゃん。ああいうの、ちゃんと見てたんだよ」

「……そっか」

「うん。私ね――瑠璃くんの笑った顔が、好きだよ」

 

一瞬、時が止まった気がした。

不意を突かれたみたいに、息が詰まる。

 

「……え?」

 

視線を落としたままの俺に、曜はゆっくりと、でも確かにそう言った。

心が、少しずつ溶けていく。

張り詰めていた緊張も、冷たい不安も、曜のその言葉に少しずつ洗い流されていくようで。

 

「だから、私に――楽しく泳いでる瑠璃くんを見せて?」

 

優しい瞳が、まっすぐに俺を見つめていた。

そのまま、何も言えなくなって、俺は曜の顔を見た。

心の奥深くで、何かが、はっきりと音を立てて鳴った。

 

あぁ、そうか。

気づいてしまった。

ずっと、当たり前のように隣にいてくれて、

気安くて、楽しくて、何でも話せて――

だけど今、こんなにも俺の心を揺らすのは。

 

俺はーーー曜が、好きなんだ。

 

そう自覚した瞬間、呼吸が少しだけ浅くなった。

この気持ちに名前をつけるなら、それは、恋。

間違いなく、恋だ。

 

「ありがとう、曜……。もう大丈夫だ」

 

絞り出すように、そう言った。

曜は何も言わずに、にこっと笑った。

 

「俺の水泳……見ててくれ」

 

そう言ったとき、曜の目が少し見開かれた気がした。

でも、すぐにまた、柔らかな笑みが浮かぶ。

 

「……ついでに、勝ってくるよ」

 

気取った言い方じゃない。

気負いすぎてもいない。

ただ、今の俺が言える、精一杯の覚悟だった。

 

曜は頷いた。言葉はなかったけれど、その瞳がすべてを受け止めてくれている気がした。

 

「頑張って!瑠璃くん!!」

 

もう、迷わない。プレッシャーも不安も、すべて背負って、超えてみせる。

 

俺は立ち上がる。

そして、曜に背中を向けて歩き出す。

戦場へ。

決勝の舞台へ。

 

胸の奥には、曜の笑顔。

泳ぐ理由が、たしかにここにある。

 

――見ていてくれ、曜。

俺のすべてを、水の中に置いてくる。

 





切りがいいので短めに投稿。
次回、決勝戦!
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