MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説   作:歩暗之一人

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MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説 1

これから俺たちは伝えていかなければならない。あの時代の、記憶と体験、罪を。

子供達が後世にわたり、俺達の意思を継いでくれてこそ、俺達は本当に勝利したといえるのだ。

――盲目の策士

 

 

 

 

 

MGSV:TPP 蝿の王国 短編

 

 

この目を見ろ…。事故で失くして、かたっぽは作りもんだ。

その時から俺は、片方の目で過去を見て、もう一方で現在(いま)を見てた。

目に見えてるもんだけが現実じゃない…そう思ってた。

――『カウボーイビバップ』 スパイク・スピーゲル 

 

 

序章 ソウキ

 

水平線を見つめる隻眼の男がいる。砂浜の海岸沿いにぽつんと建っているぼろ小屋の窓から、曇天の空と鉛色の海の、その境界すら怪しい水平線を真っ直ぐ見つめるその目は確かにその景色を写していた。しかし、失ったもう片方の眼帯の奥の瞳にはかつて同じような風景を見つめていた記憶の中の心象が投影されている。

また、同じように始めなければならない。他に生き方を知らないのだから。あの人と決別し、そう生きると決めたのだから。そして、9年の時を経て目覚め、あいつらのおかげで今こうしている。どんな濁流にも飲まれない、生きるための力を、国を、創りあげなければならない。たとえそれがこの部屋ほど僅かな領土からでも。時代という、御するには人の手に余る相手との闘争はまだ続いている。9年という、ちょっとした休憩と呼ぶには少し長いブランクも物ともせずに、この足で立ち上がらなくてはならない。

 

水平線に異彩を放つオレンジ色のボートが見えた。波にもまれ流されるままに海岸に接近していく。奴の情報通りだ。思い出の中の嵐のような悪天候になる前でよかったと胸をなでおろしたその男は葉巻の火を消して部屋を出た。まずは監視を排除しなくてはならない。そして彼と合流して、独立の準備を進めるのだ。泡沫のような平和は終わった。以前のような関係は最早望むべくもない。だが、どれだけ冷酷であっても必要であれば成し遂げなければならない。そんな哀しみを、自分はもうずっと昔に経験したではないか。

こんな哀しみは伝えてはならない。蛇は一人でいい。

たとえ天国の外側でも、兵士にとっての楽園となる世界をこじ開けていくのだ。

 

男はバイクに跨り小屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一章 承

 

傭兵派遣を生業とする私設武装組織ダイアモンドッグズ、その司令部を担う司令プラットフォームのオペレーションルームは今朝から慌ただしく稼働していた。司令部のバックアップメンバーと諜報班の情報整理、そしてこれから行われる作戦の下準備に追われていた。正確には、その準備の殆どは行われるかもしれない作戦の準備だ。一流の医者があらゆる可能性を想定して外科手術に臨むように、本番では見えない備えはその本番をより良いものにするために必要不可欠になる。たとえ半分以上の苦労が見えないまま終わるとしても、それが命がけの現場ならば尚更だ。肝心のその作戦とは、一言で言えば「家出した子どもを連れ帰る」ことにほかならない。ただ、その子どもが世界を相手取る度量と材料を持っていることが、その作戦を命がけたらしめている。

作戦の総指揮をとるのはダイアモンドドッグズ副司令のカズヒラ・ベネディクト・ミラー。ダイアモンドドッグズの発起人であり、傭兵派遣というビジネスそのものの生みの親でもある。現地指揮はリボルバー・オセロットと名乗る、ミラーと双肩をなす組織の幹部が務める。敏腕の工作員として世界中で暗躍し、戦闘、指揮、潜入工作、人心掌握、尋問といったあらゆる面において優れた才を持つ男だ。アフガンでは『シャラシャーシカ』と呼ばれ恐れられている。多くの名を持ち、その全てを巧みに扱う世界でも指折りの諜報工作員エージェントである。しかし現地指揮とは作戦の第二段階、行われるかもしれない・・・・・・部分の指揮を指し、第一段階では通信によるバックアップ要員でしかない。作戦の第一段階、この任務の初期目標はたった一人の潜入工作員による敵対勢力の排除、目標の武力解除と回収である。誰よりも先頭にたった一人で立ち、すべてをその四肢でこなすその男こそ、ダイアモンドドッグズ総司令にして戦場では伝説として語られる男。BIGBOSSの称号を与えられ、VICBOSSと讃えられ、スネークと名乗る男。

 

〈ボス。諜報班から連絡だ。至急オペレーションルームまで来てくれ〉

昨晩、突発的な問題(サイドオプス)を解決してマザーベースに帰還し休養をとっていたスネークのもとにミラーから通信が入る。事態への迅速な対応をとる指揮官然としたいつものミラーの声は、責任と負い目を感じさせる重苦しさを隠せないでいた。義手、時計、眼帯、髪と他人より少し手間のかかる身支度を素早く済ませる。鏡に写るその顔には幾つもの傷跡が、そして視力を失った右目の少し上には黒光りする塊が額に埋没している。右目以外の傷を負い、左手の肘から先を喪ったのは九年前の惨劇の時だ。9年間の眠りから覚醒して幾ばくかの時を経た今でも、思い出すだけで全身の傷が疼く。体に存在(Sein)する鉄塊や骨片はもちろん、今は喪われたそこに在るべき(Sollen)幻肢すら痛みを伝えてくる。義手バイオニック・アームに慣れても、この幻肢痛に慣れることはない。たとえ過去をやり直せても、7(Zain)回繰り返せば失くしたものを取り戻せるなんてことはない。

意識しだすと痛みも怒りもその激しさを増していく。スネークは頭を切り替え、部屋を出た。

 

建物の外に一度出れば、潮と硝煙の匂いが鼻をつく。ダイアモンドドッグズの本拠地であるマザーベースはインド洋、セーシェルの海上にそびえ立つプラットフォームの集合だ。海中からそびえたつ支柱の上に、四方数十メートルの四角い甲板が仮初めの大地を成している。それぞれは連絡橋でつながっているが初期に比べ規模はかなり大きく、離れたプラットフォームへの移動には車を使うほどだ。役割ごとにスタッフを班別に編成し、その班ごとにプラットフォームが4基ずつ建設されている。戦闘班、研究開発班、諜報班、医療班、資源開発班、支援班の6班が存在し、その全てが司令プラットフォームを中心につながっている。9年前の惨劇で喪った家ホームをそのまま拡大したような、俺達の新しい家ホームだ。もともと鉱物資源会社が建設した試掘プラントだったが、今では資源採掘設備はもちろんのこと私設軍隊の本拠地として武装や警備システムをも備えている。世界中他の海洋上にもFOB(Forward Operating Base)と呼ばれる同様の前線基地が幾つか存在する。プラットフォームを移動する道中、警備や海鳥のフンの掃除、射撃訓練中の兵士の挨拶に応えながら、スネークは司令プラットフォームのオペレーションルームに到着した。

 

室内に入ると慌ただしく動くスタッフが全員手を止め、席を立ち敬礼を向けてくる。正式な軍隊ではないのだから緊急時くらいはこうした堅苦しい動作は省きたいのが正直なところだが、可能な限りやるべきだというミラーの意向が優先されたのが現状だ。なにより、スタッフ全員が自主的にそう考えていると言われてしまえばもう口は出せない。片手を上げてそれを制するとスタッフは作業に戻った。続いて地図を囲む指揮官クラスのスタッフに指示を出すミラーのもとへ歩み寄る。

「イーライ達の逃亡先だが」

「判ったのか」

イーライ。アフリカではホワイトマンバと称されていたこの少年は現地の少年兵を集め、独自に組織化。マサ村落(ワラ・ヤ・マサ)に拠点を置き、その少年部隊のコマンダーとして周辺の村落での略奪行為を働いていた。以前、その回収を目標とした任務をスネークが実行。以来マザーベースで暮らしつつ幾つか問題を起こしていたイーライは先日、同じく回収されていた子供達を引き連れてマザーベースから逃亡していた。

逃走ではなく、逃亡。

国を離れる亡命者が手土産に研究データや極秘情報、新兵器を持ち出す例は枚挙に暇がない。イーライもまた同様にただ逃げるのではなく手土産を持って距離をとったに過ぎない。亡命者が手土産と引き換えに他国での生活を手に入れるように、イーライもどこかに居場所を創り上げるつもりでいるのだ。その二つ・・の手土産を利用して。

「特定はまだだが、脱走に使われたヘリのパイロットが話してくれた」

「それで」

「サヘラントロプスとヘリはマザーベースを離れた後、海上で別々の方角へ向かったそうだ。ヘリはまっすぐ大陸へ向かい、海岸線を越えて50マイル(80キロ)ほど内陸に入ったところで燃料が尽きた。子供達はパイロットをシートに縛り付け去っていった。ツタとダクトテープを巻きつけられたパイロットは、メディックが発見した時には脱水症状で死ぬ寸前だったらしい。」

ダクトテープにツタ。おそらくテープでは事足りないと考えてのことだろう。アフリカの子供達には効率的な縛り上げ方といった知識も、ダクトテープの使用経験も不足している。しかし自然を利用する術には長けていることも事実だ。原始的だからといって侮れない。どれほど進んだ兵器があっても、最後には拳がモノを言う場面も少なくはない。

「子供達がパイロットを殺さなかったのは――」

「ああそうだ。俺たちを待っている。決着をつける気だ」

逃亡した子供達の中でその中核をなすイーライはその手土産の一つ、直立型二足歩行兵器、通称『サヘラントロプス』を駆りダイアモンドドッグズと正面から対立するつもりでいるのだ。たとえそれがなくとも反旗を翻すだけの反骨心と野心、そして報復心があの坊主にはある。

「サヘラントロプスと子供達が去った方角を基に諜報班が捜索範囲を絞り込んでいる。HECからの補足情報もあわせて、もうすぐイーライたちの目的地が特定出来るはずだ」

 

HEC。HUMINT Exploitation Companyの略称で、人的諜報開発会社を意味する。マザーベースに着いた初期、カズの治療が安定した頃に本人から聞かされた話を思い出す。かつてのサイファーと同様の手口で世界中の紛争地帯に潜入調査員(モール)を潜りこませ、カットアウトを通して手広く情報を収集する。その複雑性が匿名性を高め、身を守る盾にもなる上に仕事を請け負う複数の現地窓口にもなる。スネークが昏睡状態の間、カズはこの方法で部隊を拡充していた。

 

「だが一つ、気になることがある」

どうやら事態は単純に前進しているだけではないらしいことが窺える険しい声でミラーは続けた。

「近辺の村で『中空を行く巨人の目撃談』を聞き回っている連中がいるらしい」

巨人。それも宙を浮いているとなれば、それはイーライが持ち去ったサヘラントロプスに違いない。本来直立型二足歩行兵器であるサヘラントロプスは有人制御、つまりパイロットが乗り込んで直接操作する兵器として科学者エメリッヒ博士が設計、製造していた。しかし姿勢制御AIの小型化に成功したもののコックピットの確保には至らず、全体用量を増加させると重量過多の非現実的なサイズになるなどの問題で計画は難航。9年前の、いわゆる『ピースウォーカー事件』の遺産である特殊なAIを回収しソフトウェア周りを改善するも有人の直立二足歩行には問題が山積していた。そんな中、突如現れた正体不詳の少年の超心理学PSI的な超能力とでも言わねば説明のつかない特殊な能力によりサヘラントロプスは有人による直立二足歩行機動を実現。当初の想定をはるかに超える軽やかな身のこなしでスネーク達の前に立ちはだかった。それもそのはず、全高数十メートル、輸送に複数のヘリを導入し、あまつさえ運んできただけでマザーベースの研究開発プラットフォームを2フィート(60cm)も沈める、まさに巨人と呼ぶにふさわしいその巨躯を少年は宙に浮かせた・・・・のだ。その事実を知り、そして探し求めている連中がいるということは――

「まさか」

「そう、サイファー(XOF)だ。スカルフェイス亡き後も組織は健全に機能しているというわけだ。アフガニスタン以来、奴らはサヘラントロプスを追い奪い返そうとしている。サイファーが俺たちの先を越せばサヘラントロプスだけじゃない、イーライが持ち出した英語株――声帯虫まで奴らの手に渡ることになる」

スネークが昏睡コーマから目覚め、スカルフェイス率いるXOFとの争いを続ける中でその存在が明らかになったスカルフェイスの陰謀の核を担う寄生虫。他人の声帯に寄生、同化し、予め学習された対応する言語に反応して発病し宿主を死に追いやるその言葉とヒトを同時に滅する悪魔の名が『声帯虫』。そしてイーライが持ち去ったもう一つの手土産である『英語株』は、文字通り英語話者のみを殺しつくす声帯虫を指す。

 

「スカルフェイス亡き今、これほど早く組織だった動きができるとは想定外だったが、なんにせよ奴らの手に再び声帯虫を渡すわけにはいかない」

「ああ。子ども達も安全に保護される可能性は万に一つもないだろう。直近のFOBに待機している戦闘班の予備部隊にも捜索隊に回るように指示を出せ」

「了解した。警備レベルは下がるがやむを得ん。ヘリによる捜索部隊の編成を急がせよう。新しい報告が入り次第連絡コールする。ボス、装備を整えて待機していてくれ」

オペレーションルームの喧騒を背に、スネークは研究開発班へと向かった。

 

状況によっては、アレが必要になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初はちょっとしたイベントやイタズラのつもりだった。少なくとも僕は。周りにいるのは最新鋭の、その仕組さえどうなっているのかよくわからないような装備で武装する兵士ばかりで、なにをどうやったところで勝てっこないって判ってた。僕達が本気で挑んでもお互い怪我くらいで済むし、終わった後はこっぴどく叱られればいい。このまま机に座ってお勉強して仕事に就く事ができるならそれはすごくすごくありがたいけれど、逆に言えばせっかく覚えた銃の撃ち方ももう試せなくなる。僕以外のみんなはそのありがたみよりも戦場の空気の方が大事なようだった。大事というか、それ以外を知らないし、知らないから不安なんだと思う。誰だって自分が知らない土地や人、言葉には不安を覚えるし、それが生き方だなんて言われたら無理も無いだろう。それにここのお医者さんが言うにはガンパウダーとかコンバットなんとかのせいで、僕たちは殺しあいを楽しむように仕向けられたらしい。だから僕以外のみんなはイーライに賛同する子が多かった。

大人と子供という線引は、いや、こちら側とあちら側という風に線を引くことさえできれば人はそれだけである種の敵対心を抱くことが出来るのだ。その溝を決定的なものにしたのはラーフの死だった。別に大人に何かされたわけじゃない。ただの事故死だった。でもケッキのきっかけには十分だった。その日から、みんなの大人を見る目が変わった。みんながみんなラーフと仲が良かったわけじゃない。それでもラーフの死に憤りを感じて見せて、その怒りの矛先を大人に向ける。トドメはイーライの言葉だ。

「俺達はこんなところにいるべきじゃない。こんなところでは、俺達は生きていけない。自分たちの居場所に帰る。自分たちの力だけでも生きていける戦場に。そのためには自分たち自身が行動しなければならない。まだ、こんなところで終われない」

イーライは他の子供達にそう言っていた。でも、一番は自分自身に言っているような気がした。

みんながあいつに従ってた。そもそもイーライがいなければみんなこんな事考えなかったと思う。でもあいつには人を引き付ける何かがあるように感じたし、実際僕もそうだった。あいつは僕がみんなと違って戦場に帰りたいと強く願ってはいないこと、そしてあのロボット・・・・・・に惹かれていることを見抜いていた。大地にその足で立つ巨大な鉄の塊に、僕はなんとも言えないロマンのようなものを抱いていた。もっと間近で見てみたかったし、どうやって動いているのか知りたかった。それに感づいていたイーライはそのロボットを作った博士がいる部屋への誰にも見つからない入り方(子供しか入れない換気ダクトの出入り口)を教えてくれた。エメリッヒ博士は最初動揺していたけど、あのロボット――サヘラントロプスの事を聞くとそれはもう楽しそうにいろんなことを教えてくれた。僕もそれが楽しくて、いろんなことを覚えた。それが嬉しくて、イーライにもその話をしたし、もちろんお礼も言った。その時イーライが言ったんだ。

「あのロボットがまた動くようになれば、博士もみんなも助かるし、何より楽しいだろうな」

 

僕はその好奇心にどうしても抗えずに博士に尋ねた。

――どうすればまた動かせるようになるの

 

博士はそれまでの楽しいだけの口調から、少しどろどろした感情が見えるような不思議な真剣さを備えた雰囲気に変わった。その日から『僕らの計画』が始まった。僕の質問に応えるように細かい図面や器具の扱い方をメモした資料を博士が準備し、僕とイーライが修理を実行する。僕一人では手が足りないけど、他の子は足手まといにしかならないからという理由でイーライが手伝ってくれた。なにより僕達子供専用の居住区には監視もいるし、そこからサヘラントロプスがある研究開発班のプラットフォームまでは警備の兵士ももちろんいる。その監視の目をかいくぐってスニーキングするためにイーライは必要不可欠だった。まるで相棒バディのように、とまではいかないけど、大人の目をかいくぐって一緒にぬけ出すのはそれだけで楽しかった。そして博士の指示通りに修理は進んでいった。

同時にイーライはマザーベースでのケッキの計画を動かし始めた。食事の時にこっそり持ちだしたナイフやフォークを研いだ刃物や資材置き場のくず鉄や廃棄になった武器から作ったボウガン、キッチンから盗んだ洗剤とくず鉄でちょっとした爆薬も作った(これはイーライの知識によるところが大きい)。その時間稼ぎのために何人かの子供がマザーベースから逃亡。故郷へ逃げて時間稼ぎをしつつ仲間を増やしている間に残った子供たちが準備を進める計画だった。でもイーライが大人たちに連れて行かれて、逃げた仲間も少しずつ捕まって行く頃に、その内緒のイベントもバレてしまった。全てがイーライ頼みだったせいで、いろんなことでボロが出始めたせいだった。作った武器は取り上げられて、監視も増えた。

僕はそれでもサヘラントロプスの修理を続けた。イーライと一緒にスニークした移動ルートは覚えたし、あと少しで完成すると思うと、いてもたってもいられなかった。そして最後の仕上げを残すのみになった頃にエメリッヒ博士がマザーベースから追放された。ずっと前から監禁されていて会えなかったけど、機械のことをたくさん教えてくれた博士がいなくなったのは素直に寂しかった。博士の意思を受け継ぐように、というのは僕の勝手な解釈だけど、サヘラントロプスの修理に勤しんだ僕は、ついにそれを成し遂げた。理論上はこれで動くはずだ。

スカルフェイスが起動していた間の稼働情報はAIが学習していた。そのデータを基に組み上げたプログラムによるアップデートにより姿勢制御、マニュピレータ制御の向上によるバイラテラル角の調整がもたらす武装の取り回しの改善、変形による重心移動がもたらす歪みの調整等、ソフトウェア面も改善しているはずだと博士は言っていたけど、それは実際に動かしてみなければ分からない(動かしても僕にはきっとわからない)。僕ができたのはハードウエア面の破損部分を言われたとおりに直すこと。いくら知識を学んだとはいえこんな短時間にプログラミング言語をマスターしシステムをいじることは難しかった。今までの僕らはひたすら銃を握らされ、敵だと教えられた相手や、自分たちの民族や部族、家族を殺した相手への報復に忙しかった。だからソフトウェアに関して言えば僕はメモリーカードを差し込んだだけ。パソコンの前でボタン一つ押すだけであとは博士のプログラムが勝手に仕事をやってくれた。

僕は、ドキドキしていた。この巨人が、この足で立って歩いて武器を使い変形する。

日本という国では、そういったロボットが活躍するコミックやアニメーションと呼ばれる音が出て動くコミックがあると博士が教えてくれた。これ(サヘラントロプス)はその意味で希望ともいえると。博士もイーライも、もう身動きはとれない。僕が成し遂げた。もちろん二人の協力なくしてはありえなかったけど、完成のその瞬間は僕一人だけのもので、その高揚感は銃で

人を殺した時なんか比べ物にならないくらいだった。殺し、奪い、生き延びることだけが全てだった戦場では味わえない感情――産み落とす快感を初めて知った。

動かしてみたい――そう思った。

しかしもうすぐ夜が明ける。見つからないように戻るには夜の闇を味方にしなければならない。僕はその人生で初めての燃え上がるような情熱を静かになだめながら、居住区に戻った。興奮よりも疲れが勝ったその夜の僕は泥のように眠った。

 

 

 

 

その次の日だった。頭に響く声に誘われてヘリに乗った僕は、宙に浮くサヘラントロプスを横目に、イーライとケッキに乗り気だった子たちと一緒にマザーベースを離れ、今、彼が創りあげた王国の中にいる。

 

そのシンボルと化したサヘラントロプスとともに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世の中には魔法なんてない、と研究開発班の科学スタッフ達はスネークに言う。科学者程魔法や神と相性が悪い生き物はいないだろう。ただ、この世の中というのはあくまでそれぞれの主観であり解釈だ。百人しかいない村で百人が真実だと思えばその真偽は議題にすら上っては来ない。だから、だれが見ても魔法にしか見えなければそれは魔法になりうる。浮くはずのないものが浮いたり、銃弾が勝手に逸れたり、水面に人が立ったり。理解の埒外にあるものを説明するなら理解の埒外のものを用いなくてはならない。神や魔法がそうだ。しかし、戦場で相手が魔法を使うからと言ってそれを理由にただ犬死にするわけにはいかない。魔法の正体が高度に進化した科学であったり、何かしらの原因に基づく結果であるならば、対抗策を講じて突破する余地があるはずだ。そして目下相手として打倒しなければならないのは、現代ではありえないようなオーバーテクノロジーで駆動する大型二足歩行兵器と、超強力なサイキックを行使する『第三の子供』だ。スネークはスカルフェイスとの闘争の中でこの両者と幾度か銃弾を交わし、そして最終的には打倒した。しかし正直、なぜ倒せたのか理解していない。その一瞬一瞬を生き抜くために戦い、鉄の巨人を地にねじ伏せたのはまだいい。件のサイキックは銃弾や爆薬すら無効化するバリアのような力すら持ち併せていた。その力の前ではどうすることもできなかったのだ。もしそのバリアを展開されたままあの巨人が攻めて来ていたなら、如何な英傑も兵器も、核兵器でさえ傷をつけられたかわからない。諜報班の情報整理により、サヘラントロプス起動中にバリアが展開されなかったことを考慮すると、そのサイキックにはリソース限界がありサヘラントロプスを動かしている間はバリアが出せず、逆に他に力を使っていない状態ではバリアが展開可能であると考えるのが妥当だという仮説が提示された。最終決戦前、スカルフェイスに接触を図り奴を迎えに来たヘリを撃墜しようと撃ったミサイルや銃弾が無効化されたバリアが強力なのに対し、第三の子供の力により活動していた『燃える男』は銃弾を完璧に無効化、消滅させるのではなく、一度体内に取り込んだうえでエネルギーと共に拡散していた。つまりサイキックは無限ではなく、そのエネルギー総量のうち対象を操る部分とバリアを展開する部分で分割され、一度に行使できる異能には限界があると考えられるのだ。

 

そうした諜報班のデータを基に、研究開発班と諜報班、作戦準備を指揮するミラーを除く司令クラスの幹部の間で対策会議が開かれた。スネークが研究開発班に到着した時には班のリーダーとオセロットが話し込んでいた。スタッフの兵装の製造から新兵器の試作、既存兵装の改良を主な仕事とするこの研究開発プラットフォームの会議室で今回の為の「新兵器」についての検討をしていた。

 

「ボス、ミラーから話は聞いたな」

「ああ、今度はかつてないほどの大仕事になるかもしれない。なによりこれまでの検討が正しいとすれば、今度サヘラントロプスが動き出したら俺一人では手に負えん」

「そうだ。ま、あんたが作戦の第一段階ですべてを終わらせてくれれば俺たちは取り越し苦労で済むんだがな」

「さすがに今回は義手(スタンアーム)で一発、というわけにはいかないだろう。二度も幸運は続かない。それにXOFの動きもある」

気楽ではいられない重さがある事を再確認し、ため息をつきながらオセロットはひとつのファイルを寄越した。

「それで、だ。今研究開発班から上がってきたデータだが、やはり今度は自立する可能性も捨てきれないらしい。少なくとも、脚部関節にかかる負荷は減少しているそうだ」

勿論、イーライが持ち去ったサヘラントロプスのことだ。研究開発班がコンピューターに残ったデータからデータ上でシミュレートした結果、サヘラントロプスはやはりただ修復されただけでなく、主にソフトウェア面で改善されたことが判明した。エメリッヒ博士の置き土産だ。奴は自分では成し遂げられなかった二足歩行をスカルフェイスが成功させていたことに嫉妬心を抱いていた。今度こそ自分の手で、というのが奴の願望だったはずだ。それを子供たちを通じて試行錯誤を繰り返していたということだ。このデータが導く、決して無視できない予測がある。

「ボス、以前諜報班のデータと今回のデータをまとめて再確認するぞ。第三の子供のサイキックはサヘラントロプスの戦闘マニューバを実現するためにそのリソースを使い切っている。だからあの強力なバリアを張れなかった。あのバリアを展開されれば通常兵器は無効化され、こちらは歯が立たなくなる。そして今回イーライが持ち去ったサヘラントロプスは武装も完璧、ソフトウェア改善により自立行動の負担も軽減している。つまり――」

「以前同様の戦闘マニューバに加え、潤沢な武装と無敵のサイキックバリアのおまけつきというわけだ。まさにフルアーマーサヘラントロプスだな」

「まあそういうことだ。正確には自立も完全ではない為、段階的には「燃える男」同様弾丸を完全無効化するまでには至らない段階のバリアだとは思われるが、どちらにせよ小銃レベルのダメージはサヘラントロプスには効果がない。ミサイル系統の武装に的を絞って無効化、もしくは弾頭を逸らされでもすればこちらには同じことだがな」

「そのための対抗策として、コイツがあるんだろう」

スネークは会議室の窓から見えるドッグに佇む、戦車や装甲車より一回り大きな図体をした兵器を顎で指した。戦車の体躯に巨大な四肢が前足と後ろ足に別れて備え付けられたような脚部。機体上部の前方にはウォーカーギアの脚部と腕部をオミットした胴体部分が接続されており、操作系はそのままに新しい手足に対応させている。その後部は装甲に覆われており、ウォーカーギア搭乗時のような左右後方の隙きはない。そして機体の右側面に搭載された試作型最新特殊武装。熱核兵器――核ミサイルを隠語で槍(スピア)と呼ぶ。これはまさしく鉄(くろがね)の槍そのものであり、稲妻をまとう雷槍。サヘラントロプスに搭載されていたレールガンを小型化、改良した超電磁砲だ。

あらゆる地形を走破し、戦車並みの頑健さを有し、対象の装甲を容易く穿つ新時代の戦闘単位。

エメリッヒ博士がマザーベースに来て以来、ウォーカーギアやその他科学兵装と並行して制作していた新型戦闘兵器。完成したものの日の目を見ずに眠り(コーマ)についていた、新しい力(フォース)。

「ああ、バトルギア。これを今、対サヘラントロプス――いや、対第三の子供仕様に改造、調整中だ。時間はまだかかるが急がせよう」

「頼んだぞ」

スネークは自分が来る前にオセロットと話していた研究開発班のリーダーの肩を軽くたたきながらそう言うと、会議室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まずは設定と前置き、初見のためのメタルギアに関する説明に終始しています。
2章以降からオリジナル要素が強まり、最終的にはTPPのラスト、Vがボスのテープを聞くシーンまで繋げます

五章までシブに上がってますので気になる方はそちらも。
こちらにも順次アップします。

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