「ほらよ、ご依頼の品だ。ちゃんと確認しな」
テーブルの上を滑らせるように放り出し、向かいの席に座る男にソレを渡す。
「おっと……もう少し丁寧に扱いたまえよ。今世界でこれ程価値の有る物は存在しないのだからね」
「分かってるよ。どんなにでっけえダイヤモンドなんかよりも遥かに貴重な宝石みたいなモンだってのは。要するに、俺には似合わねえからさっさと金にでも変えちまった方が良いって事だな」
事実、待機状態にあるISというのはパッと見た限りではアクセサリーにしか見えないだろう。これが兵器、それも通常の物よりずっと性能が良いと言われても登場以前なら絶対に信じたりはしないだろう。
「まあいい、無事に私の手元に頂けた訳だから小言は控えよう。それよりどうなんだい?ジャイアントキリングを達成した気分というのは」
「……何の事か分からねえな。ソイツが有った基地はトチ狂った馬鹿の所為で崩壊しただけで、俺はドサクサに紛れてそれを拾ってきただけの火事場泥棒。そういう筋書きなんじゃねえの?」
「そう固い事を言わないでくれ。どうせ此処には真実を知る人間しか居ないんだから」
「どうせ衛星かなんかで見てたんだろうけどよ。気分、気分か……」
フウッ、と口から煙草の煙を吹き出す。余程綺麗好きなのか、わざわざ自費で取り付けたであろう高級な空気清浄機がすぐさま反応したちまちそれを吸い込んでいった。折角浴びせかけてやろうと思ったのに詰まらんな。
「最悪だな」
「ほう?それはまた一体どうしてだい。何と言っても史上初の出来事だよ、コレは。あのIS開発者の天災やブリュンヒルデの様に歴史に名を刻む事も難しくは無いのに」
「どいつもこいつも同じ事ばっか言いやがるんだな。仲間を四人も殺した無能、ってのをどうして好き好んで吹聴しなきゃならねえんだよ。大体よ……やろうと思えば、アンタん所の軍隊でもその位出来ただろうが」
「八倍の人数と十倍の被害を犠牲にすれば何とか、と言った所だがね。全く持って君の戦術眼には恐れ入ったよ。出来ればご教授願いたい物だ」
目の前に有るグラスの中身を飲み喉を潤し一旦落ち着く。ちょっと興奮しすぎている所為で言わなくても良い事まで言ってしまいそうだ、気楽に行こう気楽に。
「それを自分で戦う時の参考にしようってか?ホント狡いよな、アンタ。ま、報酬に色は付けて貰うが特別だ。まずは聞きたいんだが……そもそもISの強みは何処だ?」
「そうだな、色々有るとは思うが……やはり機動性の高さに加え絶対防御まで有る事だろう。撃墜出来ない相手というのは厄介極まりないからね」
「カタログスペック上はそうだ、良く分かってるな。それなのに何で気付かないんだか不思議でしょうがない。今の軍人ってのは馬鹿の集まりなのか、それとも――白騎士の姿をまだ追っ掛けてんのか。俺もあの場に居たからな、気持ちは分からない事も無いけどよ。いい加減夢から覚めたらどうだ?」
世界が変わり始める切っ掛けとなったあの日、俺は特等席でその光景を見つめていた。迫り来る大量のミサイル、そしてそれを苦も無く破壊していく白い幻影。正確には俺は完全に眼で追い続ける事は出来ていなかったが、それでもアレを敵に回してはいけないという事だけは簡単に理解できた。その後攻撃を仕掛けた奴らが簡単にあしらわれたのだからそれはきっと間違いでは無い。
「そりゃあ勘違いするのも無理は無い、それだけの事をやってのけたんだから。だけど分かってる筈だろ?今あちこちに配備されてるのはISであって白騎士じゃない、ってよ。随分と強いアレルギーを植え付けられたみたいだな」
「……君の言う通りだ。我々だけでは無い、何処の国もあの時の悪夢から目を覚ます事は出来ていないよ。同じような存在が誰かの手に有る事も、そして自分の手元に有る事も気になって仕方が無いんだ」
「そういう事だよ。排除するのが難しいのに目の前に有る限り絶対にそれが気になってしまう。存在を無視できない事――それこそが今のISの最大の強みだ。分かってしまえば単純だろう?ISと如何に戦うか、何てアンタらに取って本当はどうでも良いんだ。目の前の一兵士に拘る必要が何処に有る?」
下らない事に拘るのは誰しもが持つ悪い癖だ。靴下をどっちの足から履くか決めていたり無駄に13という数字を避けたり……俺は人間のそういう所は結構嫌いじゃないが。
「成程な……ISを強くしてしまっていたのは我々自身、という事か。そうだな、冷静になって考えてみれば物凄く強力な遊撃隊が生まれただけに過ぎないのか。つまり――」
「白騎士の功績で勘違いされがちだが拠点防衛能力はそれ程高くないのさ、ISって奴は。自分が生き残る事に掛けては圧倒的だ、流石に俺もお手上げだよ。だけど何かを守るとなれば……一つの等身大の兵器に過ぎない奴がどれだけ役に立つっていうんだ?少し離れた場所を同時に攻撃されただけでもうどうにもならなく成っちまうさ。もしあの時沖縄から北海道までミサイルを撃たれていたら流石に白騎士もお手上げだろう」
咥えている煙草を揉み消し、次の一本を口にする。詰まらない話ばかりしているとどうしても何かに気を反らしたくなるものだ。
「固定観念って奴は恐ろしいな、出来ない事までやろうとしてしまうんだから。お蔭でこっちは適当に基地を攻めているだけで勝手に向こうが自滅してくれたよ。……元々は自分から攻撃に当たってくれるのを利用して一匹だけ生け捕りにする予定だったのに、ちょっとやらかしたがな。ま、ともかく本来拠点を守るのはそれ用の兵器が有るのに今じゃ殆どそれを取っ払ってくれてるから楽なモンだ。兵士が壁の真似をする何ざ馬鹿馬鹿しいと思わないか?」
「白騎士の毒が此処まで回っていたとは自覚が無かったよ。あの事件の爪痕は予想以上に深かったのか……」
「ミサイルならまだしも、基地に光学兵器なんざブチ込まれたらISじゃ自分の身を挺して守る位しか出来る事は無いからな。つっても、あの戦闘の映像を見れば遅かれ早かれ気付く筈さ。そのアドバンテージを生かすのは難しいだろうよ……真実を知らない国は除いて、な」
衛星かなんかで覗いていたコイツらは勿論の事、ヨーロッパの各国もどうにか戦闘の記録ぐらいは入手するだろう。つまり取り残されるのは――
「確かアンタの国だったっけ、ISが最強だ無敵だーなんて宣伝しまくったのは。わざわざ分かり易い様に条約まで自分の所で結んだんだから、始めから狙いはそこに有ったんだろう?何時の頃からか経済面でも人口面でも最大の敵になった国、それを攻め落とす為に」
「……何の事かな」
「知らない振りか?まあ別に良いさ、俺が勝手に話すだけだしな。どこぞの黄色い奴らはこの事件の裏を知らないから勘違いしたまま今の軍備をそのまま続けるに違いない。そんで自分達がISを攻略する準備が出来たら条約を盾に攻め入る――シナリオはこんな所か。それが出来そうなのはアンタの国ぐらいだろう、他の国だとバラバラになる所だが愛国心とやらのお蔭で国民を纏め上げられるからな」
懐から拳銃を取り出しこちらに向けてくる。その反応は今言った事が真実であるとの証明に他ならない。
「上乗せ分の報酬は鉛玉か?悪いが現金に換えてくれると助かるんだが」
「そうだな、余計な事を考えなければそうする予定だよ。君は口が堅い方かな?もし軽い様ならば猿に余計な知恵を与えない様少し静かになって貰わなければ。知らない方が幸せ、という事も有るからね」
「怖い怖い、俺は約束は守る方だってのに。どうやったら信じて貰えるんだい?」
「君が予定外の戦いをした結果手に入れた物……もう一機のISを渡してくれればそれで十分だよ」
誤魔化せるかと思ったが、流石にそれは無いか。現場に残されていないのだから俺が持っていると考えるのは当然の事だ。
「最初の契約では一つ有れば良い、っていう話だったろう。ちゃんと約束は守った筈だ」
「回りくどい遣り取りは止めにしようじゃないか。渡すのか、渡さないのか」
「……命綱ってのはさ、端っこを自分で持っていたら意味が無いんだぜ?何だったら身体検査でもしてみるかい?」
その言葉を聞くと口元に笑みを浮かべようやく拳銃をしまった。代わりにこちらのグラスへ酒を注ぎ、足元に有ったアタッシュケースをテーブル上に乗せ中身を見せつけてくる。
「済まなかったね試すような真似をして。最も、慌てたり怒り出すような真似をしていたらつい人差し指に力が籠っていたかもしれないが。この金は迷惑料も込みだから受け取ってくれると有難い。我々はこれからも仲良くやって行きたいと思っているのだからね。……それにしても君に依頼した事は正解だったみたいだな、間違い無く成功させてくれると思っていたよ」
「良く言うよ、ISに勝てなくても報酬は後払いだから損は無いしデータも取れるんだから失敗なんて無いクセに。まあコレは遠慮なく頂いておこう。次からは止めてくれよ?撃たれたりしたら結構痛いんだからな。そんで……こっちの酒は?結構高い奴じゃないか、随分気前が良いな」
「何、もう少し聞きたいことが有ってね。只の興味本位だから答えなくても良いよ。酒は有った方が話しやすいかと思ってさ、三十年物だから飲みやすい筈だ」
遠慮なく注がれた酒をグイッと喉へ流し込む。全身に染み渡るアルコールの刺激が沈み込んでいた気分を吹き飛ばし、頭が活性化される。次の一杯をビンから注ぎつつ、上機嫌で依頼者に尋ねた。
「本当に美味いなコレ。良いぜ、何でも答えてやるよ。スリーサイズか?それとも口座の番号か?」
「気に入ってくれた様で何よりだ、全部君にあげるよ。――何故君がこの依頼を受けようと思ったのか、それを教えて貰えないか?」
「…………なあ。アンタは今の世界をどう思う?俺にとって昔の思い出と言えば、ゴミ溜めを漁って食いつないだり殺したり盗んだり――振り返ってみればロクなもんじゃないな。だけど、だけどだ。それでも俺は結構嫌いじゃ無かったんだよ。酒は美味いしダチも居る、何より生きている実感が有ったからな。面倒臭い性分だが、死に近づかないと自分が生きているって事が分からないんだ」
そこまで言い切るとまたしてもグラスを空にする。確かにこの話題は恥ずかしくて酒の力を借りないと話せそうに無い。
「勘違いしないで貰いたいけどな、別に俺はそれを守ろうって訳じゃ無いんだ。弱ければ消えて行く、当たり前だからな。それでも確かめたかったんだよ……本当に世界は変わってしまったのか、一体どう変化したのか、――俺の生きる場所は残されているのか」
「成程な。それで、結論はどうだった?」
「期待外れというか何というか……変わっちゃ居ないな、何も」
「随分とおかしな事を言うのだね。ISによって世界は塗り替えられたというのに」
その発言についつい吹き出してしまう。お蔭で飲んでいた酒が気管に入り盛大にむせてしまった。
「ゲホッ、ゲホッ……おいおい、冗談は止してくれよ。ウサギさんは世界にペンキをブチ撒けただろうけど、それを隅々まで塗り広げたのはアンタらじゃないか。まあそれは良いとして、世界は確かに見た目を一変させたように見えるが――まだ中まで浸み込んでいる訳じゃない。いずれは根底から変わる日も来るかもしれないが、どうせ俺が死んでからの話だ。そんな事になる前に絵の具を剥がしそうな奴らも居る事だしな」
ちらりと顔を覗き込むが、表情に変化は見られない。やはりこの程度で動揺するような甘い人間は上に行けないという事か。
「……喋り過ぎたな。全く、コイツが有るとつい口が回っちまってホント困る。それじゃそろそろ帰らせてもらうよ、待たせている奴も居るからな」
「そうか、引き止めてしまって悪かったね。また機会が有ったらよろしく頼むよ、ダニー。……君はこれからどうするんだい?」
去り際に聞かれた言葉に足を止め考える。これから、これからか……。
「別に何も変わらないさ。俺は俺らしく生きて行く、それだけだよ」
部屋を出てそのまま建物の出口へ向かう。外に出て振り返り全体を眺めると、そこには歴史を感じさせる立派な建造物が有った。この建物と同じで如何に見た目が違っても本質は何も変わっちゃいない。トップに立っているのは殆どが男のままだ。世代が完全に交代するまで女尊男卑が続くと言う事は――恐らく有り得ない。
どうでも良い事だ、世界がどうなろうと俺の居場所など用意されていない。戦って戦って戦い続けて、最後は戦いの中で死んでいくんだろう。
次にあの男と会うのは味方としてかはたまた敵としてか――そんな事を考えつつその場を後にする。世界を未だに支配する国、アメリカ合衆国のその大使館を。
「ういーっす、やっと終わったぞー。大分待たせたか?」
「何ですか、その挨拶は……。大分予定を過ぎていますし、おまけにこの臭いからすると一杯飲んでから来たんでしょう。もっとちゃんとして下さいよ」
「おいおい分かってねえな。ううん、今来たとこーって言ってくれないと。待ち合わせの定番だぜ?ま、これはお詫びだ。飲みかけだが高級品だから美味い筈だ」
「そんな物で――バランタインの三十年ですか。仕方無いですね特別に許してあげましょうさあ早くこちらに渡しなさい」
そう言うと何時の間にやら手元から酒が無くなっていた。初めから渡すつもりで有ったから構わないが、かなり驚かされてしまう。コイツにもこんな一面が有るんだな。
「ああ、そうそう。預かっていた物を返しますよ。はいどうぞ」
「っとと。おいおい、放り投げんなよ。それにしてもちゃんと持ってたんだな……何処かに持ち逃げしたり飲み屋の姉ちゃんに渡したりすれば面白かったのに」
「そんな事する筈が無いでしょう。今コレがどれだけ貴重か分かってるんですか?」
「投げて寄越す奴に言われたくは無いけどな。それに珍しいだの何だの言った所で俺にはどうする事も出来ないし、それなら使える人間に渡した方がISだって幸せだろうよ。道具は使われるために有るんだからな。んじゃ、行くか」
待ち合わせ場所の公園のベンチを立ち、駅の方へ向かう。
「何処へ行くんです?飛行場は反対の方向ですよ」
「アレは一回の燃料が結構高いからしばらくお休みだ。それにやってみて分かったがありゃISと戦うのには向いてねえ。それより、折角金も入ったんだし仕事は少し休んで観光にでも出かけようぜ」
「……アナタには全く似合わない言葉ですね。ま、良いでしょう。どうせ何か考えが有っての事でしょうし」
信頼されている事は有難いが、別に何にも決めては居ない。何となく面白い事が有りそうな方へ気の向くままに移動するだけだ。
「偶にはこうして列車でゆっくり移動するのも良いもんだ。風情が有るしな」
「そんな事より仕事の予定は入っていませんが何処へ向かっているんです?私は行き先を確認していませんが」
「そりゃお前……アレだ、行くべき所に行く様になってるよ。そんなもんだ人生ってのは」
目の前の男が溜息を付く。折角人が珍しく良い事を言ったというのにその態度はどういう事か。それとも何処か行きたい所でも有ったのかもしれない。やれやれ、我慢は体に毒なんだから遠慮せず教えてくれれば良いのに。そう思いつつふと前を見ると、いつの間にやらビンの蓋を空け酒を直接流し込む姿が目に入った。
「――私は一体どうしたら良いんでしょうね、ダニー。私にだって夢が有った。こんな世界に足を踏み入れ、どれだけ手が汚れてもそれだけは手放さずに居た。なのに私にはどうする事も出来ない所で……それを奪い取られてしまった。教えて下さいよ、どうしたら取り戻せるんですか?」
「少し飲み過ぎじゃないか?周りの迷惑も考えろ、他にも乗客は居るんだぜ。なあ、ジャックよ」
コイツがこんな風になるとは珍しい。普段は冷静で何を考えているか分からない様な奴だが内には随分熱い物を秘めている様だ。どう対応した物か困っていると、背の高い金髪の女性が俺達の居る車両にやって来た。どうやら空いている席を探しているらしい。
「失礼、相席して宜しいかしら?」
「ああどうぞどうぞ。ほら、ジャック。こっちの席に――」
「いえ、大丈夫ですよそのままで」
酔っ払いをどかし座る場所を空けようと思ったのだが、何を思ったのかその女性は俺の隣に座って来た。
「お連れ様は随分とお飲みになっていらっしゃるようですね、ダニーさん?」
「へえ……光栄だね、アンタみたいな美人に名前を知って貰えてるとは。俺も有名になったかな?」
「ええ、我々の世界では特に。昨日から一躍スターの仲間入りですよ」
何者かは知らないが、此処に居るのは偶然では無いらしい。とすると目的は当然この俺には不似合いなアクセサリーという事だ。女性の気を引くのは何時だって金や宝石という事か……全く、世知辛いな。
「ヒック……良かったですね、ダニー。女性と仲良くなれそうで。こんな世の中で中々無い事ですよ、あー羨ましい羨ましい」
「事情は分かりませんが、どうやら今の世の中にご不満をお持ちのようですねジャックさん。アナタはどうなんですか?彼と同じ様に――」
「別に何とも思っちゃいないよ。ただ少し滑稽では有るがな」
「滑稽、ですか。それはどういう……?」
「俺がガキの頃も、女性に人権をーだのもっと自由をーだのそういう運動はずーっと有ったさ。その時の言い分が男が力で女性を押さえ付けるのは乱暴だ、野蛮だって言い張ってたんだよ。所が今になって力関係が逆転すると男は弱いんだから引っ込んでろ、と来たもんだ。これを笑わずしてどうするよ」
それを聞くと女性は先程までの貼り付けた様な偽物臭い笑顔とは違う、本当の笑顔を見せた。
「面白いですね、その考え方嫌いじゃ有りませんよ」
「ようやくちゃんと笑ってくれたな、その方が似合ってるよ。ええと――そういえば名前を教えて貰って無いな」
「それは失礼しました。スコール・ミューゼルと言います。お見知りおきを」
「良い名前だ。それで、スコールさんよ。わざわざ名前まで調べて来て雑談しようってんじゃ無いだろ?用件は一体……ちょっとスマン」
ジャックの奴先程から話に加わらないな、と思っていたら何と酒瓶を抱えたまま眠りについているではないか。奪い取ろうとしたが凄い力で離そうとしないので、仕方無く蓋をするだけに留める。
「お優しいんですね」
「零れるのが勿体無いだけさ。それで――」
「お察しの通りです。そのISを頂けないかな、と思いまして。勿論報酬はお支払いしますよ?自由の国がお支払したより高い金額でも構いませんし」
「それも悪くないが、今は金に困ってないしな。それよりだったら……アンタ自身の方が魅力的に見えるよ」
それまで普通に座っていたのに急にしな垂れ掛かってきて体を寄せて来る。二の腕に押し付けられる柔らかな膨らみからは全身のスタイルの良さを否応無しに想像させられてしまう。
「あら、この体をご所望ですか?」
「生憎だが俺は結構シャイなんでね。まずはお互いの事を良く知る所から始めたいんだが、それじゃ駄目かな」
「フフッ、分かりました。それでは早速ご案内しますよ」
「……成程ね。おい、起きろジャック。途中下車だ」
文字通り酔い潰れている男を叩き起こす。完全には頭が働いていない様だがさっさと立ち上がらせスコールと名乗った女性の後を一緒に付いて行く。
「何ですか一体……こんな所に駅なんて無いでしょうが……」
「悪いが説明している時間は無い。早く走れ!」
彼女の待つ列車の連結部へ辿り着いた途端、轟音を立て地面が回り始める。いや、正確には車体が横転しているのだ。準備が出来ていた俺達二人は難無くやり過ごし、途中でやっと事態を把握したジャックも少し頭をぶつけ軽く切り傷を作る程度で済んだようだ。
「さ、降りましょうか」
「まさかとは思うが、初めから足跡を消す為だけに此処までやった訳じゃ無いよな」
「さあ?どうでしょうね。此方です、着いて来てください」
真相は闇の中だが、この事故が起こる事を予期していたのは確かな様だ。もし知らずに居れば間違いなく巻き込まれていたのだからどうやら御眼鏡に敵ったらしい。
この列車事故の被害はかなり大きく、死傷者や行方不明者も続出した。死亡者の中にはとあるイギリスの貴族の夫婦も居たとの事だ。運命が交錯するのはまだもう少し先の話だが、それは確実に訪れる事になるだろう。
伏線を張っても回収する当ては無し。