IS Never Say Never   作:蟹男

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気が付いたら評価が入っていたので久しぶりに続きを書いて見たけれど、全くどんな話か思い出せない。これで有ってんのかな……。


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「仕事の依頼が来てますよ、ダニー。早くメールに目を通して下さい」

 

「面倒臭え。無視しとけ、そんなモン。今日は腰が痛いんだ」

 

「また、ですか。毎回毎回同じ言い訳ばかり繰り返して……。いい加減働かないと腕が錆び付きますよ?」

 

「聞き捨てならねえな、何時だって違う理由で断って来ただろうが。昨日は膝でその前は肘で、さらにその前は……確か頭だったか?見事にバラバラだ。それともう一つ、お前俺を誰だと思ってる。こちとら始めたのが何時なのかも分からない程昔からこの仕事やってんだ、ちょっと休んだからって鈍る訳ねえだろ。金が有る内は遊べるだけ遊んで、無くなってからやっと動き出す位で丁度良いんだよ」

 

サボりたいと言う気持ちが無いとは言わないが、必ずしもそれが全てじゃない。性質上どうしても命のやり取りになる事が多いこの仕事で最後に物を言うのは精神力だ。変に余裕が有る状態では、緊張の糸を張り詰めさせる事が出来なくなってしまう。何の力も持たない餓鬼だった時から今に至るまで、油断して臨んだ事は一度も無い。そしてそれこそが命を永らえさせてきた秘訣なのだ。

 

だからダラダラと過ごす時間と言うのはどうしても必要になってしまうのだ。本当は汗水流して働きたいのだが、環境が許さないのだから仕方無い。本当に残念だ。

 

「でしたら今がその時ですね。もう殆どお金なんか残っていませんよ」

 

「何ィ!?あの時スコールの姉ちゃんに貰った分も合わせりゃ相当有る筈だろうが!どうしてその金が無くなってんだ!?」

 

「何時の話をしているんですか、全く……。その仕事を受けたの自体随分前の事でしょうが。むしろ今まで持っていた事の方が驚きですよ」

 

「それにしたってよ、また急な話じゃねえか――あ!テメエ、まさか……注ぎ込みやがったな!お前賭け事に弱いってのに、どうして手出すんだよ……」

 

ブックメーカー、という物が有る。詳しい説明は省くが、要するにスポーツの勝敗だの何だのの適当な物の予想をして金を掛けるギャンブルだ。ギャンブルというのは不思議な物で、下手な奴ほど深みに嵌まって行くのだ。他の物だと人は大抵上手く出来なかったらすぐに興味を失くすってのに、本当に厄介極まりない。

 

「まさかあそこから逆転してくるとはね、思いもしませんでしたよ。失った物は多かったかもしれませんが良い物を見れました。さ、それより仕事ですよ仕事」

 

「ハア……面倒だからってお前に金の管理なんか任せるんじゃ無かったぜ。それで、どんな依頼が来てるんだ?どうせ下らねえモンばっかりなんだろうけどよ――」

 

「安心して下さい、内容は確認していませんが直接アナタ宛てに面白そうな物が届いていますよ」

 

「ほう、どれどれ……」

 

モニターを奪い取り、差出人を確認する。そこには先程話題になったばかりの名前――スコール・ミューゼルという文字が光っていた。まさか個人的な依頼では無いだろう、という事は……俄然面白くなってきたな。裏の世界で絶大な力を持つコイツらが俺に一体何を頼むつもりなのだろうか。

 

「どれどれ……と。成程な、久しぶりにやるにはこの位が丁度良いか」

 

「先程ブランクなんて関係無いような話をしていたのに、どうしてそんな事気にするんです?」

 

「バーカ、お前の為だろうが。育ちの良いお坊ちゃまの事を思って依頼を選んでやったんだぜ、感謝してくれよ?それじゃ、用意するぞ」

 

「そんなどうでも良い心遣いをしてくれて本当に有難いですよ、思わず欠伸が出そうになる程に。で、何処へ向かうんです?わざわざ選んで頂いた仕事の内容も教えてくれると嬉しいのですが」

 

問い掛けを無視して荷物を整え部屋を引き払う準備を整える。とはいえ武器などは基本的に現地調達して居る所為か持ち出すべき物など殆ど存在せず、支度はあっという間に終わってしまった。自分の分が終わった所でジャックの方を見ると、まるで片付けが進んでいない。

 

「何やってんだ、俺はもう終わったぜ?」

 

「向かう場所も目的も分からないのに準備なんか出来る訳無いでしょう。アナタが教えてくれれば待たせずに済むんですけどね」

 

「そんなんだからお坊ちゃまって言われんだよ、お前は。必要な物は必要な時に集めりゃ良いじゃねえか。ま、しょうがねえ。後のお楽しみにしときたかったんだが特別だ、発表してやるよ。目的地はドイツ、仕事内容は――ゴミ掃除だ」

 

翌日。緩やかに流れる人の波を潜り抜け、俺達は路地裏の如何にも安っぽい人が全く寄り付かなそうな酒場で飯を食っていた。どうせならもっとマシな所で食事を楽しみたいのだが、何時もより遥かに大きな賑わいを見せているこの時期のこの街では内緒話をするのは難しいだろう。というのも――

 

「流石に何処の店に行っても混んでいますね」

 

「しょうがねえよ、今となっちゃこれ以上のお祭りなんて物は存在しないんだ。それにこんな状況だからこそ生まれる仕事って物も有るんだ、感謝しねえとよ――モンド・グロッソって奴にな」

 

今を生きる人々が最も注目を集めている物、インフィニット・ストラトス。無限の空を駆る者達の世界一を決める大会なのだから他のどんなスポーツよりも盛り上がるのは仕方無い事だ。

 

「その所為でこんな所に押し込められているじゃないですか。私はもう少しまともな所で欲求を満たしたいですよ」

 

「馬鹿言え、食い物なんぞ違いが分かるのは口の中に有る時だけだろうが。飲み込んじまえばどんな物でも大して変わんねえよ。それに、此処は最高の場所だと思わねえか?俺達がどれだけ底辺に居る人間なのか、この命にどれだけの価値が有るのか……それを思い知らせてくれるんだからな」

 

「ですが結果的に値段的には高くついてしまったのでは?弾薬だってタダじゃないんですし……」

 

「心配すんな、この位は経費で落としてみせるよ。正当防衛なんだから文句は言わせねえって」

 

小汚い財布を取り出し中身を確かめる。路地裏に入って来た俺達に襲い掛かってきた外国人観光客狙いのチンピラ共から巻き上げた物だ。ちなみにソイツらはきっちり“お話”したお蔭で、すっかり静かになっている。

 

「チッ……シケてんな、此処のメシ代にもなりゃしねえ。やっぱり不景気の影響か?」

 

「金を持っていたらこんな事はしないでしょう。それにしても珍しいですね、何時ものアナタなら睨みつけるだけで追い払えるのに。何かイライラする事でも――」

 

「おいおい、お前俺をそんな危ない奴だと思っていたのか。言っとくけど無意味に人を殺すようなそんな惨たらしい真似はした事無いんだぜ?ホント優しいよな、俺ってよ」

 

「という事は……あの二人組に手を掛けたのは意味が有った、と?」

 

「すぐに分かる。それよりさっさと食い終われよ、色々道具を揃えに行くからな」

 

出て来たばかりだと言うのに冷めきって固くなっているパンを無理矢理詰め込む。さっきは飲み込めば一緒だと言ってはみたが、不味い物というのは長い事口の中に居座ろうとして来るのだ。仕方無しに工業用アルコールを思わせるクソ不味い安酒でソレを胃の中に流し入れる。

 

「ほら、早くしろって。ちゃんと食わねえと――」

 

「私の事ならご心配無く。来る途中屋台でサンドイッチを買って歩きながら食べましたから」

 

「……お前そういうのだけは上手いよな、全く。俺の分も買っておいてくれれば良かったのに」

 

「腹に入れば同じ、でしょう?だったら別に良いじゃないですか」

 

言い返す言葉が見つからない。苛立ちからつい代金を叩きつける様に置いてしまい、店主に睨みつけられる。

 

「ちょっと、お客さん。随分乱暴じゃ――」

 

「なんか文句あんのか、オイ。ちゃんと金は足りてるだろうが」

 

「い、いえ。何でも有りません……」

 

「そうか、それじゃあな。その財布はチップ代わりだから好きに使え」

 

店を出て裏路地を進む。一応拳銃程度なら持っているが、今回の仕事を考えるとコレだけでは少々心細い。もう少し武器や防具を調達したい所だ。

 

「随分迷わずに進んでいきますね、てっきり此処に来るのは初めてかと思っていたんですが」

 

「通るのは初めてだよ。だけど届いたメールに地図が添付されててな、そこで調達しろって指示が有ったんだ。ま、付いてたのはのはそれだけじゃ無かったが」

 

「おや、そんな細かい所まで指定してくるんですか?普通はそんな所まで煩くは言って来ないのに、もしかして私達を信用していないんじゃ――」

 

「それだけ足が付かない様に慎重にやってるんだよ、あの組織は。ゴシップ雑誌に名前が載っててもおかしくない位有名な名前だぜ?それでも影で活動を続けられるんだからその程度の事はして来るさ」

 

有名な裏の組織というのは一見矛盾している様に思える。確かに探られやすくなるデメリットは有るのだが、それが突き抜けてしまえば話は別だ。既に知られている情報に惑わされ新たなネタが探しにくいし、その名前が与える恐怖も知名度に比例して強くなる。普通の人間ならリスクの強大さに反して得られるリターンが少なすぎる事はすぐに分かるだろう。

 

「理由はもう一つ、そんな下らねえプライドを振りかざす奴とは仕事出来無いって事だろ。中途半端に経験を積んだ奴は口出しするな、とか俺のやり方に文句有るのかとか言い出して言う事を聞きやがらねえ。本当のプロならクライアントの要求を読み取って最高の結果を出そうとするモンだよ。覚えとけよ、ジャック……二流は過程にプライドを見つけ出す。一流を目指すならプライドを持つのは結果だけにしておくんだな」

 

「ええ――肝に銘じておきます」

 

「まあプライドが有るだけ少しはマシなんだけどよ。この世界に入ってくる奴なんか大抵はまともに生きて来なかった人間だ、結果も過程も興味が無い金だけが目当ての馬鹿は凄え多い。何も考えないで言われた通りに動く事しか出来無い奴なんて三流ですら無い、只のゴミだ――っと、此処だ此処だ。危うく通り過ぎる所だったぜ」

 

気を付けていなければ見過ごしてしまいそうな、何の変哲も無い建物。さっきの酒場と同じ様にお世辞にも綺麗とは言えず悪い意味で年季の入った店であった。

 

「コレ、ですか?正直言ってどう見ても良い物が有る様には見えませんが……。置いて有るのは骨董品の銃ばかり、って事は無いですよね」

 

「心配すんな、ISが登場してから銃火器はロクに開発されてねえんだ。型落ちでも何でも大して性能何ざ変わんねえよ」

 

ドアを開け中に入ると、愛想の悪いそこらに居るチンピラじみた店員が一人座っていた。チラリとこちらを値踏みする様に見た後、挨拶もせずに目を背け読んでいた本の続きに戻ってしまう。襲い掛かられてもどうにか出来るという自信、いや、慢心が有るらしい。その様子を見たジャックが小声で俺に質問してくる

 

「本当にこの店で合ってるんですか?見た所どの銃も整備されていませんし、この態度を見ても大したこと無さそうですけど――」

 

「だからこそ、だよ。傷が付いていようが錆まみれだろうがそんな物は幾らでも消す事が出来る。だけど俺達が此処に居た事実は、人間の記憶ってのはそうは行かねえ。忘れろって言って忘れられる訳も無いし、そんな事をすればかえって怪しまれる。勿論良い店に行けばその可能性は低くはなるが、決してゼロになる事は無いんだ」

 

「……要するに彼らは厳重に自分達の情報を隠している、と言いたいのでしょう?でもそれでどうしてこの店なんですか。出来るだけ可能性を低くした方が安全なのは言うまでも――」

 

「ゼロで無い限り高かろうが低かろうが同じなんだよ、奴らにとっては。姿を何十年も隠し続ける為にはどんなに勝率が高くてもギャンブルには手を出せねえ、だったらどうする?どうすれば証拠を消し去れる?答えは簡単だ、記憶だけを消せないなら人間事ごと消し去れば良い。死人は口を開かないからな。こんな掃き溜めみたいな店消えて無くなっても気にする奴なんかまず居ない、夜逃げしたと思われるのが精々だろうよ」

 

万が一誰かに話されたとしても、こんな所に居る人間の言葉をまともに信じたりはしないだろう。いざとなれば話し掛けられた相手ごと始末すれば済む話だ。

 

「さ、物は選んだか?金は気にするな、使った分は後で幾らでも回収してくれるんだ。弾は多めに持っておけよ」

 

「ええ、大丈夫ですよ。この程度の品揃えならむしろ悩む必要は全く有りません。すぐに動作しそうな奴を探すだけですし」

 

銃を二丁と大型のナイフ、それと防護服を買い店を出る。次に来た時は無くなっているのだろうが、その事に対して寂しさや悲しみと言った感情は一切湧いて来なかった。振り返りもせず人目を避け路地裏を進み、目的の建物へと辿り着く。ノックもせずにドアを開けると入り口のすぐ傍に居た男にいきなり銃を突き付けられ、仕方無しにホールドアップの姿勢を取らされてしまった。

 

「おいおい、人を出迎えるにしてはあまりにもマナーが悪すぎるんじゃないか?確かにこっちもノックはしなかったけど――」

 

「五月蠅え!テメエ何モンだ、どうしてこの場所を知ってる!?」

 

「そう怒るなって、俺達はアンタの仲間だよ。ちょっと遅刻したのは悪かったけどな、ホレ、証拠に――」

 

「何だ、お前らが遅れてた奴か。傭兵のクセに時間も守れねえのかよ」

 

銃を下ろし小言をぶつけてくる。折角奪い取って来た仲間である証拠も確認しないとは、あまりにも杜撰だ。こんなチンピラ上がりの奴に見張りを任せているのだから、他の連中も聞いていた通り大した事は無いらしい。

 

「もう良い、テメエらは隅っこで雑用でもしてろ!報酬も減らすからな」

 

「悪い悪い、次からは気を付けるよ」

 

「おいフール!この時計の見方も分からねえ奴らに仕事を教えてやれ!」

 

「お、おれの名前は――」

 

のそりと出て来た大柄な男が会話に入り込もうとしたが、見張りの奴に殴り飛ばされてしまった。よろめいたその体は荷物にぶつかり、崩れた一部が頭を直撃したらしく呻き声を上げている。だが見張りはその様子をみても謝りもせず、むしろ更に攻め立てようとフールと呼ばれたその男に近付いて行く。

 

「お前みたいな奴が俺に逆らうんじゃねえ!それとも何か、皆で着けてやったあだ名が気に食わねえとでも言うつもりか?折角ピッタリな呼び方をわざわざ探してやったのに、ソレを拒否すんのか?ふざけんじゃねえ!文句を言いたきゃ銃の一つでも使えるようになってからにしやがれ!」

 

「う、うう……ゴメン」

 

「おい、取り敢えずお前らもこのグズと一緒に此処を片付けてろ。面白い――いや、大変な部分は俺達がやるからよ。じゃあな、しっかりやれよ」

 

「はいはい……っと。おい、大丈夫か?」

 

崩れた荷物を元に戻しながらその男に声を掛ける。見た所血の一滴も流れていない様だし心配はいらないだろうが、目に見えない部分で不調が有るとマズイ。何より、こういった時に心配しておくことは信頼関係を築く上でとても役立つのだ。

 

「だ、大丈夫だよ……。おれ、体だけは頑丈だから」

 

「ですが頭の怪我は一歩間違えれば命に係わりますからね。具合が悪かったらすぐに言うんですよ?」

 

「優しいんだな、アンタ達……。他の皆は馬鹿にして来るだけなのに、久しぶりに気を遣って貰ったよ」

 

「当たり前だろ、少しの間とはいえ一緒に働く仲間なんだからよ」

 

仲間、と言うフレーズを聞いた途端にその巨体を小さく丸め泣き出してしまった。

 

「ありがとう、ありがとう……。おれ、今までずっと邪魔者扱いされて来たんだ。体だけはデカいけど、頭が悪いから誰も相手してくれなくて……。まともな仕事に付く事なんか出来無いから、傭兵になるしかなかったんだ。最初は体格のお蔭で皆期待してくれてたんだ。でも銃もまともに使えないってばれてから、やっぱり馬鹿にされ始めて……此処でも結局お荷物になってしまった。やっぱり俺みたいに戦いも出来ないのは――」

 

「そんな事は無い、保証してやる。お前にしか出来ない事は必ず有るさ、俺が証明してやるよ。頭が悪い?銃が使えない?そんな事関係無い、お前なりの戦い方を――」

 

「おい、連れて来たぜ!これで報酬は貰ったも同然だな!」

 

折角人が良い話をしてやっている所だと言うのに、空気を読めない馬鹿が大きな荷物を持ってこの建物に入って来た。だが当然ながら腹を立てているのは俺だけで、状況を飲み込めていないフールと呼ばれる男と冷めた目でソレを見るジャック以外は歓喜に包まれていた。

 

「やるじゃねえか、良く連れて来たな!」

 

「所詮平和な島国の餓鬼だったよ、こんな奴。これで世界最強の女の身内だってんだから笑わせるよな!」

 

「全くだ、ガハハハハ!」

 

俺達三人を除く全員が奪ってきた宝物を目にしようとそこに集まって行く。……間違い無く、全員顔を確認したらしい。この距離では良く聞こえないが、誘拐してきた子供と仲良く戯れているというのは分かる。

 

「あっちの騒ぎは気にすんな、それよりプレゼントだ。ホラ、身に着けてくれ」

 

「コレは……?」

 

「型落ちだが機動隊が使うような防護服と大型のナイフだ。これだったらお前でも扱える、コレさえあれば――誰もお前を役立たずって呼んだりはしない」

 

「い、良いのか?おれにこんな物くれるなんて……。ああ、でも、やっぱり駄目だ。受け取れないよ」

 

驚きの表情から一転、悲しそうな表情で渡した装備を返してくる。喜ぶと思ったのだが……一体どうしたというのだろう。

 

「おれ、馬鹿だから。この服をどうやって着たら良いか分からないんだ。それに目を付けられたらまた殴られそうだし――」

 

「ハハハ、何かと思えばそんな事か。大丈夫、俺達が手伝ってやるから心配すんな。それに連中も今は向こうで盛り上がってるし、これから細かい事を気にしている余裕も無くなる。さ、後ろ向け。着せてやるよ」

 

迷いながらもこちらに背中を向け立ち上がった男の体に、二人掛かりで防護服を着せていく。そして完成したのは、何処から見ても隙が無さそうな非常に威圧感の有る一人の巨人であった。

 

「良いじゃねえか、なあ!」

 

「ええ、とても良くお似合いですよ。今のアナタに勝てる人間はそうは居ないでしょうね」

 

「そ、そうかな?自分じゃ分からないけど――」

 

満更でもなさそうなその表情を凍り付かせたのは、突如乱入してきた一体のISが生み出した轟音であった。どうやったかは知らないが、やって来たであろう場所に大きな穴が開いている。全く、スマートじゃないな。

 

流石にコレにはあのチンピラ共も驚いたようで、必死に指示を飛ばそうとするリーダー格の男の奮闘も空しく全員が混乱に包まれている。

 

「あ、あ、あ……ど、どうしよう。逃げないと――」

 

「無理だな。ISを相手にして只の人間が速さで勝てる訳が無い、すぐに追い付かれるだろうよ」

 

「じゃ、じゃあどうしたら?」

 

「可能性は低いかもしれないが、出来る事は一つだけだ。――戦うんだよ」

 

「そ、そんなの無理だ!あんなのどうやっても――」

 

「今までだったらそうだろうな、でも今のお前には力が有る。敵を倒す為の、誰かの役に立つ為の力がな。それを世界最強にぶつけるんだ、もうお前を誰も笑ったりはしなくなるさ。……心配すんな、俺達も一緒に戦ってやる。多分俺やジャックは生き残れはしないだろうが、俺達は仲間だからな。行くぞ、フィリップ!」

 

最後に俺が言った名前を耳にした途端、その眼からは恐れが消えた。闘志と勇気が渦巻くその眼は間違い無く一流の傭兵、戦士の物だ。

 

「それは、おれの本当の名前……」

 

「知ってるさ、仲間なんだから当然だろう?それじゃ、覚悟は――」

 

「一つ、頼みを聞いてくれ。此処は俺に任せて欲しいんだ、代わりに他の奴を連れて逃げて貰いたい。……おれに優しくしてくれた、おれに戦う力をくれた、おれを本当の名前で呼んでくれた。アンタ達だけは本物の仲間だから――死なせる訳にはいかない。なあ、頼むよ。おれも……誰かの役に立ちたいんだ」

 

「分かった。そこまで言うなら仕方無い、此処は任せたぞ。そう言えば言い忘れてたな、俺の名前はダニーだ。覚えておいてくれよ……おい、皆!こっちから逃げられるぞ、こんな所で死にたくない奴は着いて来い!」

 

一斉に押し寄せる人の群れを掻き分け、フィリップは一人ISに向かって突っ込んで行く。その姿を最後まで見届ける事無く俺達は其処から脱出する。入り組んだ路地を走っていると、ジャックが俺に話し掛けて来た

 

「相変わらずああいうのが上手ですよね、本当に」

 

「人聞きの悪い事を言うなよ。俺は只アイツが欲しがっている物を与えて代わりにお願いを聞いて貰っただけだぜ?名簿のデータを見てから使えると思っていたのは事実だがな」

 

「ですが……どうしてあんな嘘を言ってまで彼女に挑ませたんですか?あの場では煽てましたがISどころか私にも勝てないと思いますよ」

 

「――織村千冬って女はな、天才だよ。いや……あそこまで行ったらもう怪物って言った方が良いのかもしれねえ」

 

唐突に語り出した話を聞き、何を言っているんだコイツはという表情でこっちを見るジャック。だが俺はソレを一切気にせず言葉を続ける。

 

「あそこまで強けりゃ戦う相手はどうしたって向こうに合わせた戦い方をするしかねえ。とにかく近寄られない様に、遠くから仕留める様に、ってな。フィリップの奴とは大違いだ」

 

「それはそうでしょう、誰もが憧れるブリュンヒルデと皆にフールなんて呼ばれてしまう様な人間とでは比較するのがそもそも間違いですよ」

 

「アイツはどう言い繕おうが、ハッキリ言って只の馬鹿だ。出来る事はたった一つ、ナイフやらの簡単な武器を持って突っ込むだけ。相手は間違い無く弱点を付く戦い方をして来るだろうが、それでも戦い方を変えられない。例え相手が銃を持っていようが、どれだけ距離を取られようが――ブリュンヒルデだろうが、な」

 

「まさかアナタの狙いは……」

 

天才には人を思い通りに動かす力が有る。特に意識せずとも相手は自身に合わせて行動してくれるし、周囲には才の有る仲間が集まって来るのだ。だが世の中には自分の思った通りに動けない人間が、人に合わせて動く事が出来ない人間が確かに存在する。本当の天才なら決して関わり合いになる事が無いだろうそんな奴を俺は無理矢理引き合わせたのだ。

 

「生半可な天才が潰れていくのは珍しくないが、その理由は大体が才能が無い奴との出会いによる物だ。初めて自分の思い通りに行かない事が起きて、ソレを乗り越えられずに沈んでいくのさ」

 

「じゃあ……織村千冬も――」

 

ニコリと笑みを浮かべ、ジャックのその質問に対する返答を返す。

 

「そんな訳無いだろ」

 

「え……」

 

「今俺が言ったのは半端な才能の持ち主の話で、あの女は本物の天才だ。持ち合わせていない物なんか無い、当然心の強さもだ。確かに自身の得意分野に真っ向から挑まれるなんて殆ど無い経験だろうよ、だけどその位であの素手でISにも勝っちまいそうなバケモンをどうにか出来る筈がねえって」

 

「じゃ、じゃああのフィリップとかいう彼を焚き付けて戦いに挑ませたのは何の意味が?無駄死にじゃ――」

 

「こうして逃げる隙を与えてくれただけで既に意味が有るだろうよ。それに……確かにアイツは勝てない、だけど無意味じゃないんだ。爪痕はきっと残す筈さ――おい、その角を右に曲がれ!そこがゴールだ!」

 

ようやく終点が近付いてきた為、足を止め後ろの集団に方向の指示を出す。全員が通過したのを確認してから俺達もその後を追い掛ける。

 

「おいどういう事だ、行き止まりじゃねえか!何処で道を間違えやがった!」

 

「いいや、間違えてなんかいないぜ?此処がゴールだよ――お前達の、な」

 

買ったばかりの銃を取り出し混乱している奴ら目掛けて引き金を引くと、真っ赤な液体とピンク色のひき肉がそこら中に飛び散った。そう言えば此処はドイツだったな、こんな光景を見るとついつい本場のハンバーグを思い出してしまう。

 

「流石に二人掛かりだとすぐに終わるな、腹も減ったしレストランにでも行こうぜ」

 

「この光景を見て良くそんな事を……。それにしても、数の割に思ったより簡単でしたね」

 

「数が多くてもコイツらには頭が無いんだよ。だから俺の言う事を疑いもせずこんな所までホイホイ着いて来てしまうし、急な事態にも対応出来無いんだ」

 

「成程。ところで、どうしてもっと早く始末してしまわなかったんですか?袋小路に追い詰めなくても倒せたでしょうに」

 

「殺すのは簡単だけどよ、その後が大変だろうが。こんな大量のゴミ持って帰るのは大変だぜ?だからこのゴミ捨て場まで自分の足で来て貰ったんだよ。此処には後で引き取りの業者が来てくれる予定だからな。それより飯だ、飯!」

 

使った銃をそこらに投げ捨て裏路地を抜け、表通りに向かう。だが近付くにつれ街には朝とは違う種類のざわめきが訪れているらしい事が伝わって来た。大丈夫だろうか、レストランは閉まっていないだろうか……そう心配しながら歩いていると、急に周りを物々しい装備をした集団に取り囲まれる。急な展開に緊張の色を隠せないジャックを余所に、俺はリーダーらしい男に話し掛けた。

 

「こんにちは、すいませんが道をお聞きしても宜しいですか?観光に来たんですが迷子になってしまって」

 

「ダニー、それで誤魔化せると――」

 

「そうですか、それは大変でしたね。この道を真っ直ぐ行けば大通りに出ますよ。この辺りは治安が悪いので気を付けて下さい」

 

「有難う御座います。そう言えばこの先の袋小路にゴミが沢山落ちていましたよ。それでは」

 

軍人達と軽く言葉を交わしその場を後にする。姿が見えなくなった頃、ジャックが今の茶番の説明を求めてきた。

 

「ダニー……一体さっきのは何だったんですか?どうしてドイツ軍が味方を――」

 

「亡国企業は、第二次大戦中に生まれたらしい。丁度ドイツはアメリカ辺りと戦ってた頃だ。……一体亡き国ってのは何処の、何の事なんだろうな」

 

「……あの組織はドイツと繋がりが有る、と?」

 

「ハッキリした事は分からん。だけど前回大会で優勝した有名人の家族が護衛も付けず放置され、そのくせ誘拐事件が起きた途端迅速に動き出せたんだ。少なくとも今回の件を知らなかった訳じゃ無いだろうな」

 

今の俺に分かるのは此処までだ。想像は無限に膨らむが、結局その域を超えはしない。これ以上首を突っ込むなら命を投げ出す覚悟が要るだろう、しかし俺の命は興味本位で投げ捨てられる程安い物では無いつもりだ。

 

「とにかく、この話は終わりにするぞ。俺達はゴミ捨て場にゴミを捨てに行って何も残らない様に現場を綺麗にした、それだけの事だ。幸か不幸かあのボウズに全員顔を見られてたみたいだしな」

 

「分かりました。でも、後一つだけ聞かせて下さい、彼――フィリップが残した爪痕とは一体何ですか?」

 

「……あの女なら、一目見てすぐに理解出来ただろよ。こんな奴に負ける筈は無い、だけど死を恐れずに向かって来る相手とまともにやり合うと時間が掛かる。急がないと残りの敵に逃げられてしまう、だけど――刀一つで頂点に登り詰めた自分がこの戦いから逃げ出して良いのか?ってな」

 

カルネアデスの板、という問題が有る。どんな選択をしたとしても常に結果には後悔が付きまとう、悪魔のような質問だ。

 

「現場に有る銃を使ったりして自分らしくない戦いをするか、それともいつもの様に接近戦で片を付けるか――弟を取るかプライドを取るか、どちらかを選ばなければいけない。そして最終的にどちらを選んだにせよ――」

 

「心には僅かな傷が残る、と。……随分と残酷な方法を思いつきますね」

 

「まともにやり合っても絶対に勝てる相手じゃねえからな。それにフィリップの奴も最後の最後に世界最強の女に爪痕を残せたんだ、満足な筈さ。……後は俺がその頑張りにいつか報いてやるだけだ」

 

織村千冬という生き物は、さながら芸術品だ。完成度が高く一点の曇りも無い完璧な存在と言っても過言では無い。だからこそほんの僅かに付いた傷、それが物凄く引き立って見えるのだ。純白の布に一点だけ付いてしまった小さな黒い染みの様にどうしても目から離れないだろう。そしていずれは――布そのものを捨て去ってしまう日が来るかもしれない。

 

いつか訪れるかもしれない戦いの日、その時は傷口を抉ってでも勝利を掴みに行く。それだけが俺の出来る唯一の供養だ。

 




I……S……?
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