空間震警報が鳴ってから数分が過ぎた。
やはりこの町の住民達は空間震にかなり慣れているのだろう。避難のスピードは迅速の一言で、今僕達は大通りを走っているのだが人っ子一人見当たらない。街路も、公園も、コンビニも、まるですべての人間が一瞬にして神隠しに遭ったかのように蛻の殻だ。全員とっくにシェルターに移動をし終え、空間震が過ぎ去るのをじっと待っているのだろう。流石はシェルター普及率全国一位の街だと感心するが、目の前のこの光景は少しばかり不気味に過ぎた。
「なんで馬鹿正直に残ってやがんだよ……っ!」
あの後、携帯のGPS情報と自慢の体力を頼りに街を走り、無事に青年に追いついた僕は、彼に携帯を返して簡易的な自己紹介を済ませた後、半ば強引に同行の許可を取ったのだった。
五河士道【いつかしどう】という名前らしい彼は、恐らく妹さんへのものであろう愚痴を零しながら息も絶え絶えに走っている。
さしあたり、今の段階で残っている問題は、空間震が来るまでのタイムリミット、そして、
「士道さん、大丈夫ですかっ!?」
「…っはぁ……はぁ……ああ、大丈夫だっ!」
隣を走る彼の体力だろう。
ここまで一度の休憩も無くやってきたのだから、その疲れは当然だ。息づかいは荒く、胴体は今にも転んでしまいそうな程に前傾姿勢だ。足の動かし方に至っては完全に意地であることが解る。もう限界の筈なのに止まる気配が無いのは、妹への愛があるからか。
……………やはり、羨ましい。
いけない。思考が逸れてしまった。今は妹さん救出に集中せねば。
「なんだ……っ、あれ……」
かぶりを振って邪念を散らしていると、士道さんがなにかが目に付いたような声を出した。
「………っとと。どうかしました?」
「ああ、あの上の方。人影が………」
彼が説明を始めた、ちょうどそのときだった。
「っ!?士道さん伏せて!!」
形容しがたい悪寒が瞬時に全身を駆け巡り、僕の中の本能が最大音量で警鐘を鳴らす。
自分でも説明出来ない予感がして、「何かが来る」ことを第六感で理解させられ、遮二無二士道さんをアスファルトの地面に押さえつける。
「いっ……!?…おい何すんだ離せっ……………うわッ!?」
士道さんからの苦情が耳に響くが、すぐにそれどころでは無くなった。それは――
――自分たちの進もうとしていた先の街並みが、強烈な閃光に包まれたからだ。
直後にやってきたのは、鼓膜を破らんばかりの爆音と、意識を持って行かれそうになるほどの衝撃波。たまらず目を閉じ、士道さんを押さえる手に力を込めながら、自らも脚を強く踏ん張る。
そうして数秒後、恐る恐る目を開くと、そこにあったのは到底信じられないような風景だった。
これは、この天災としか言えないような現象は、恐らく。
「一体なんだったんだ……今の」
「状況からして、空間震かと。だって、ほら。見てくださいよ」
「――は―――?」
僕に組み伏せられ、うつぶせになっていた士道さんが顔を上げるなり間の抜けた声を発したが、宜なるかな。
僕らの眼前に広がっていたのは。否。広がっていたはずの街が。
跡形も無く、消滅していたのだから。
「な、なんだよ、なんだってんだよ、これは……ッ」
比喩でも、冗談でも、まして物の例えなどでも無く。街は瞬く間に廃墟と化した。
街全体が巨大な「何か」に押しつぶされたかの如くである。浅いクレーターのような形状に大地は凹み、確認できる限りすべての建物には罅が入り、街灯はへし折れ、電柱は粉砕されていた。
そして、生命の存在していた証拠が消え去ってしまったクレーターの中心。数十メートル向こうの広場に早変わりした地点には。
玉座が、鎮座していた。
「なんだ……?」
士道さんがのそのそと立ち上がりながら尋ねる。
「玉座……ですね。ですがそれよりも……」
「ああ、あの子――なんであんなところに」
どうやら士道さんも視認したようだ。
そう、ここで僕らが注目したのは、変わり果てた天宮市でも、ゴーストタウンにあって違和感しか無い玉座でもない。
圧倒的な存在感を放つ、金属製とおぼしき物々しい玉座の上には、それを上回るオーラを纏った少女が肘掛けに片足を乗せるようにして立っていたのである。
年齢は僕たちとそう変わらないように見える少女だ。腰の辺りよりさらに長く、膝まで伸びている濡れ羽色の髪。細くしなやかな腕。無駄の無い脚線美を描き出す体躯。傾国の美女のようなたおやかさと、あどけない子供の愛らしさを両立させている貌の中央には、深い闇を思わせる妖しさを湛えた瞳が輝いている。
またその少女は不可思議なドレスを着ていた。高貴な紫色を基調とした、豪華絢爛な、しかし機能的な造りであることが窺える、堅牢な鎧のようなドレス。金属なのか布なのか判別できない素材の装甲が少女の華奢な体の至る所を覆い、装甲の無いスカートやインナーの部分には、淡く発光している、と言うより、光そのもので編まれたかのような謎の布地がはためいている。
あり得ない。これ程までに美しい存在が、僕らと同じ人間である筈が無い。
そんな考えに至らずにはいられない程の美貌。
明らかに人の叡智を超えたその姿に僕はしばらく見とれていたが、遠くの方を見やっていた彼女がふと気怠げにこちらを向いた、次の瞬間。
「ひっ………!?」
夢心地にあった頭は急激に現実へと引き戻され、先ほど空間震の直前に感じたものと同質の、しかし比べものにならない強さの悪寒が僕の四肢を凍り付かせた。
目を見開いて硬直した僕とは対照的に、隣の士道さんは首をかしげている。あまり目が良くないのか、もしくは彼女の美貌に興味が無かったか、不思議そうな表情をするばかりだ。危険を察知している様子もない。
ドレスの少女はこちらを一瞥し、僕らの存在を確認すると手首の向きを変え、何かに手を伸ばす動作を開始した。その動きの先にあるのは、異形の玉座、その背もたれの頂点に見える柄のような棒。彼女の腕が真っ直ぐに伸び、柄を握ったところで僕は気づいた。気づいてしまった。
彼女が立つあれは、ただの玉座などでは決して無い。その真の在り方は、鞘なのだと。
少女は握った柄を真っ直ぐに引き抜き、玉座の中にあった物の全貌を露わにした。
“それ”は剣であった。
この世の者とは思えない可憐な容姿の少女が持つに相応しい、この上なく美しい剣。
どんな名匠がどれほどの時間と金銭をつぎ込もうと、絶対に真似出来ないと断言できてしまう、殺人的な魅力に溢れた逸品。
大人の身の丈ほどはあるだろう長大な幅広の刀身は、煌びやかな虹色の光に染められていて、少女の髪や瞳にある漆黒の輝きとは対極のイメージカラーでありながら、彼女の容姿を相乗効果でより一層際立たせていた。
息をのむ僕らに視線を送りながらも、少女がおもむろに剣を上段に構えた。その動きに合わせて刃から光の軌跡が生まれる。
その時、僕の感じていた悪寒が最高潮に達した。
「い……ッ!?」
今一度士道さんを地面に押さえつける。前よりもっと素早く。少し勢いがありすぎたのか、彼の口からうめき声が漏れるが気にしている余裕など無いのだ。今度は僕も同時にうつ伏せになり、少女から感じる悪寒からなんとか回避を試みた。
結果的にそれは功を奏した。僕たちが頭を下げた刹那、頭上、すなわちさっきまで頭があった位置を斬撃が通過していったのだ。
「……は――」
体を持ち上げた士道さんが驚愕で一杯といった顔で後ろを振り向く。きっとそこには、横一線に高さが揃えられた廃ビルや民家があることだろう。滅多に見られない景色であることは間違いない。僕も是非一度目にしてみたいが、つい今しがた咄嗟に動けたことさえ奇跡に等しい。現状の僕はまるで蛇に睨まれた蛙のように、遠隔斬撃という物理法則ガン無視の荒技をたやすくやってのけた少女から目が離せないでいた。
背後から雷鳴のような崩落の音が轟いてくる。切られた建造物の上側がバランスを失ったのだろう。その様子を見ていたからか、士道氏さんの顔面が完全に恐怖に支配されたものになった。
「じょ、冗談じゃねぇ……っ!」
士道さんが尻餅をついたような体勢のまま、後ずさりをし始める。
いけない。それは悪手だ。今尚こちらを凝視している彼女に動きを見せては!!
慌てて士道氏を止めようと首を後ろに振り、声を出す。
「だめです士道さんいまは………!?」
あ、しくじった。
「――お前達も……か」
目を、離してしまった。
例え反応出来ずとも、彼女から視線をそらすべきじゃなかった。
振り返った僕の目の前には、士道さんを見下ろすように立つドレスを身に纏った少女の後ろ姿が。
そんな。さっきまで相当遠くにいた筈なのに。いくつもの瓦礫が散乱している数十メートルを、音も立てず一瞬で移動したというのか。
僕がよそ見した隙に。逃走を図った士道さんの息の根を止められる至近距離まで。
「……………ッ」
動けない。
彼女は士道さんの方向を向いており、僕に大きな隙を晒しているというのに、肝心の僕の五体は竦んだままだ。
比較的自由に動く首を傾け、せめて現状把握に努めようと必死に少女の目の前にいる士道さんの方を確認する。
少女はこちらに背を向けているので彼女の表情は窺えなかったが、その向こうで腰を抜かしたままの士道さんの顔はなんとか見えた。
腕の一振りで人を殺せる存在に接近されているにも関わらず、さっきまで蒼白だった顔色は元に戻り、惚けた眼差しを彼女に送っていた。
「――、――、――君は……」
たっぷり二呼吸分の絶句をして、ようやく喋った士道さんの第一声。それは、間近に見る彼女の美しさに当てられたのだと簡単に察せられる呆然自失としたもので。それに対する彼女の返答は、どこか悲しげな印象を持たせるものだった。
「……名、か」
極楽鳥のさえずりも、これには負けを認めるしかない美声。
なのに、その主である少女はすべてを諦めてしまった声音でこう言い放った。
「――そんなものは、ない」
そうして物憂げな雰囲気のままにカチャリと音をたてて虹色の大剣の柄を握り直し――って、おい。
「ちょっと待って頂けませんか?」
短時間とはいえ、しばらく彼女の視界から外れていたのが幸いした。この状況に慣れ、幾ばくか冷静さを取り戻せていた僕は、四肢はまだしも口は自由に動かせられるようになっており、すんでの所で少女に待ったをかけることに成功した。彼女はこちらへの敵意を消してはいない。僕らがまだ生きていられるのは偏に彼女が本気になっていないからだ。どうやら名無しと判明した相手の少女は、少しは話の出来る人物のようである。ならば、平和的解決を目指すしかあるまい。それが弱者に許された唯一の抵抗法。人類の叡智の一つ、口頭弁論だ。ペンは剣よりも強し、なのである。まぁ、僕ごときの弁論が彼女の持つ大剣に勝てるとは、小指の爪の先ほども思えはしないのだけれど。
「……なんだ?」
言い、彼女は緩慢な動作でこちらへ振り返る。
闇色の双眸が真っ直ぐに僕を捉え、またしても硬直しそうになるがギリギリで耐えた。
「ああ失礼、あなたには名が無いようですが、一応の礼節としてこちらは名乗っておきましょうか。僕は百目鬼智也と申します。さっきまであなたが話していたそこの彼は五河士道。僕らは通りすがりの者です。一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか」
「質問だと……?何故そんなことをする必要がある」
「それは、あなたの目的が解らないからですよ。どうして僕らを攻撃なさるのです?」
「どうしても何も無い。どうせ、貴様らも私を殺そうとしているのだろう?お前達なぞに殺される私ではないが、効きもしない刃を振り回されるのも面倒だ。ならば、早めに殺しておくのは道理であろう。」
「……………」
想像の斜め上の回答である。
てっきり彼女は能動的にこちらを殲滅しにかかる侵略者なのかと思っていたのだが、どうやら真実は異なるらしい。攻撃されるのが嫌なので先に攻撃しておく。成る程、子供にも解る単純明快な理論だ。こちらとしては、第一印象が視認するなり首を切断しにかかると言う劣悪なものだったので、その可能性は考えてなかった。しかし、これは好都合だ。彼女が温厚な性格かどうかはまだ推し量れないが、少なくとも理性的な会話は成立している。これなら、彼女を説得してお引き取り願うのも不可能では無いかもしれない。
「……っ、そんなわけ、ないだろ」
「士道さん……?」
僕が彼女の誤解を解くべく次の展開を脳内で模索していると、士道さんがポツリと呟いた。
「――――何?」
自らの考えを否定され三度振り返った少女の顔は、不信・驚愕・困惑と、様々な感情がない交ぜになった表情に歪められる。
そんな彼女を真っ直ぐ見据えて、士道さんは続けた。
「初めて会ったばかりの君を殺そうとするなんて……絶対に無い、そんなの間違ってる。…なんでそんな風に思うんだよ」
さっきまで恐怖に腰が抜けていた人間とは思えない、凜とした口調。
「お前は……何を――」
名無しの少女が士道さんの言葉を問い詰めるため口を開こうとした。だが、それを突然やめて、上を見上げた。
それにつられるように、僕ら二人も空を仰ぎ見て―――唖然とした。
「んな……ッ!?」
目蓋を限界まで開けて、息を詰まらせる士道さん。
「……………………へぁッ!?」
阿呆のような声をあげる僕。
確か、空間震警報が鳴った瞬間にも、似たような空を見た。
すがすがしい青空の中にカラスの群れが飛び立ち、不吉な黒い模様をなしていた。
今僕らの上空に広がる空も、その時と同じ黒い模様が散見される。
ただし、模様の主は空飛ぶ武装集団だが。
いや、少し修正しよう。
正確には、“バーニアらしき巨大な機械を背負って飛行する、重厚な火器を持った数名の人間と、彼らの放った無数のミサイル”が、空に模様を作り出している。
完全にSFである。さらば僕の常識。こんにちは死の運命。
……………んなアホな。
「「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ――!?」」
士道さんと共に声の限りに叫ぶ。もう完全に終わりだ。僕の青春は始まる前に散る。そう、思ったのだが――いつまで経っても、ミサイルの爆音は聞こえてこない。
「え……?」
気の抜けた声は、果たして僕のものか。もしくは士道さんが発したのか。
白煙を描きながら僕らの方向へ飛来していたミサイルは、空中数メートルで何かに抑えられているかのように静止したままになっていた。
「………無駄だと解らないのか、奴らは」
無感動にそう言った少女が、剣を握っていない左手をミサイル群にかざし、握りこむような動きをする。
途端に止まっていたすべてのミサイルが水圧に潰されるように形を変え、爆発を起こした。しかしその爆発も水風船レベルに規模が小さい。まるでミサイル本体も爆発も、外部から見えざる手で封じられたようだった。
先制攻撃が文字通り不発し、武装集団が狼狽えたように見えたが、ミサイルの嵐を止めはしない。むしろ、発射される数は増えるばかりだ。
「――やはり、そうだ。………やはり、やはり……っ」
絶大な力を見せつけた少女はか細い声でそう言うと、僅かに表情を変化させた。
その顔は、強者には不釣り合いな、助けを求める迷い子のそれに似ていて――
「――――っ」
――それを目の当たりにした士道さんが、悲痛そうな彼女に胸を痛めるように眉間に皺を寄せた。
「……消えろ、消えろ消えろ消えろッ!人間!!」
士道さんは、彼女を殺そうとする人間は間違っていると言い切った。だが、彼らは。銃火器を間断なく撃ち続ける彼らは。
確実に、少女の命を奪おうとしている。
憎悪を、絶望を、悲しみを、その水晶のような瞳に宿した少女は、右手の剣を空へと向ける。その心にあるのだろう負の感情を刃に乗せて、攻撃を続ける敵目がけて袈裟懸けに振り下ろした。
瞬間、大気が轟轟と唸って彼女を中心に衝撃波が広がり、虹の大剣の切っ先からは見覚えのある斬撃が猛スピードで飛んでいった。
滞空していた集団は大慌てでそれを回避。次いでその場から離脱を始めた。だがその直後。ミサイルが飛んできていたのとは別の方角から光線が襲い来る。
その攻撃もミサイルと同じように空中で掻き消され少女には到達し得なかったが、光線が四散した際発生した閃光に僕と士道さんは思わず目を瞑ってしまう。
何も見えない状況の中、近くで何者かが舞い降りるような足音が聞こえた。
目を開き、足音の方を見ると、そこには光で出来たナイフ型の武器を構え、ボディスーツや全身タイツを彷彿とさせる機械服を着た細身の少女が。
年の頃は十代中盤。僕らとそう変わらない。肩にかかるかどうかくらいのボブカットの髪に、人形のような端正な顔のつくり。そして――殺意に満ちた瞳の少女だ。
「鳶一……折紙……?」
士道さんが機械服の少女を見てぼそりと呟く。すると、名無しの少女を鋭く見つめていた彼女が士道さんを一瞥し同じく呟いた。
「五河士道……?」
どうやらこの二人は知り合いのようだ。しかし今はそんなことはどうでも良い。
「また……お前か」
「〈プリンセス〉。あなたを殺す」
「……やめろ。その目は、嫌いだ……!」
互いに知り合いであるのは士道さんと機械服の少女だけではないらしい。遠慮の欠片も無い敵意の応酬が始まり、一触即発の空気が漂いだす。
この立ち位置はまずい。とてもまずい。
「士道さん……逃げますよ」
両サイドの彼女らには聞こえない音量で士道さんに話しかける。
今僕と士道さんは二人の少女に挟まれる場所にいる。
それだけ聞けば羨ましがられるかもしれないが、片や人外の力を振るう天災の化身。片や一般人への流れ弾も厭わないアナーキスト軍団の一員。それも今にも殺し合いをしだしそうな雰囲気。もしこのまま戦いが始まれば……。
はっきり言って詰みである。
「可及的速やかにここから離れないと………」
「……待ってくれ……二人を止めないと…………話が出来る相手と殺し合うなんてっ」
「気持ちはわからなくも無いですが冷静に。…死にたいんですか?あなたにはまだ、琴里さんを救い出すという大切な用事があるでしょう」
「っ………」
士道さんが悔しげに唇を引き結ぶが、反論はしてこない。不承不承といった態度だが、了解はしてくれたようだ。
そうと決まれば長居は無用である。
額から滝のように脂汗をかきながらも、彼女たちの様子を見つつジリジリと少しずつ移動して――
その時。士道さんの制服のポケットから、軽快な電話の着信音が響き、静寂を破る。
「――――!」
「――――!」
それが、合図となった。
二人の少女が、衝突する。
「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
ああ、もう。士道さんの馬鹿。
光のナイフと虹の大剣がぶつかり合って起きた暴力的な風圧に仲良く同じ方向へ吹き飛ばされ、僕と士道さんは凹凸の激しいアスファルトの上をゴロゴロと転がっていく。
士道さんに八つ当たりに近い呪詛を送りながら、僕はしたたかに塀に頭を打ち付けて意識を手放した。
__________
その頃、空の上のとある艦橋にて――
「状況はどう?」
「司令……ご機嫌麗しゅおうふっ!!」
「挨拶は良いから説明をなさいこの下郎」
「はっ。精霊出現と同時に攻撃が開始されました。顕界したのは、ここ数日の傾向の通り〈プリンセス〉です」
「AST?」
「そのようです」
「ふん……たかだか現代の魔術師風情が、精霊に勝てるわけ無いのに」
「確認されているのは総勢十名。内一人が現在追撃、交戦中です」
「映像だして頂戴」
「はっ」
「………ふぅん、中々やるじゃない。――でも、これじゃどうしようもないわね」
「確かにその通りですが、何も出来ていないのは我々も同じことかと」
「……………フッ」
「あふんっ!!」
「言われなくとも理解しているわ。それに、これからは見ているだけじゃないわよ」
「と、いうことは」
「ええ、ようやく円卓[ラウンズ]の爺共が許可を出したわ。――作戦開始よ」
「おお、ついにですか」
「………神無月」
「はっ。どうぞ」
「………………フンッ」
「ぶべらっ!!」
「間抜け。イチゴ味は三日前に舐めたわ。同じ味を出すときは最低四日は置きなさい」
「失礼しました。ではこちらを」
「ソーダ味……まぁ良いでしょう。……ああ、そう言えば、ウチの秘密兵器は?さっき電話にでなかったんだけど。」
「ああ、彼でしたらあちらに」
「………全く。何暢気に気絶なんかしてんのかしら、あの愚兄。ちょうどいいわ、回収しなさい。」
「はっ………。隣で同じく伸びている青年はいかがなさいますか」
「一般人の部外者でしょ。適当なシェルターに送っといてやりなさい」
「いえ……それが、彼は先ほど〈プリンセス〉相手に堂々と問答をやってのけまして。かなり優秀な人材かと」
「………………………シッ」
「ぐおぉう!!」
「そういうのは早く言いなさいよこのトウキョウトガリネズミ」
「世界最小のほ乳類ですか……良イッ!」
「その問答の音声流して」
「はっ」
『ちょっと待って頂けませんか?』
『……なんだ?』
『ああ失礼、あなたには名が無いようですが、一応の礼節としてこちらは名乗っておきましょうか。僕は百目鬼智也と申します。さっきまであなたが話していたそこの彼は五河士道。僕らは通りすがりの者です。一つ質問があるのですが、よろしいでしょうか』
『質問だと……?何故そんなことをする必要がある』
『それは、あなたの目的が解らないからですよ。どうして僕らを攻撃なさるのです?』
『どうしても何も無い。どうせ、貴様らも私を殺そうとしているのだろう?お前達なぞに殺される私ではないが、効きもしない刃を振り回されるのも面倒だ。ならば、早めに殺しておくのは道理であろう。』
『……………』
「……へぇ………」
「百目鬼君はこの後、ASTと〈プリンセス〉の両者に挟まれた際、士道君に素早く撤退指示を出しました。しかしタイミング悪く司令からの着信で士道君の携帯が鳴ってしまい、それを切っ掛けに始まった戦闘の衝撃波で士道君諸共気絶したようです」
「……………」
「あべしっ!!」
「私が悪いと言いたいのかしら?このアシナシイモリ。……で?状況判断能力や弁論術が優れている程度じゃ理由として薄いわよ。一般人の記憶なんて顕現装置で幾らでも消せるのだし、精霊を目撃したことも関係ない。あなたがわざわざ引き込もうとするんだもの。理由、他にもあるのでしょう?」
「流石は司令、お見通しですか。ええ……。彼が精霊の攻撃や空間震に対して異常に敏感に感知・回避をしていたので、少し気になって調べてみたのですが……。百目鬼君からごく微弱ではあるものの霊力が確認されました」
「…………なんですって」
「まだ遠距離からのスキャンだけなので具体的な数値は定かではありませんが、少なくとも一つ、先ほどの司令のお言葉に訂正を。彼は……一般人などではありません」
「……決まりね」
「では…」
「ええ、彼も一緒に連れてきて」
「了解しました」
「さて……。私たちのデートが始まるわよ。総員、準備はいいかしら?」
「司令。彼はもしや、我々の第二の切り札となるのでしょうか」
「さあね、私には解らないわ。それにしても、霊力を持った人間……ねぇ。そいつほんとに人間なのかしら」
「経歴なども洗っておきますか?」
「頼むわ。後は………そいつが役立たずで無いことを祈るばかりね――」