ゼロ魔日記   作:ニョニュム

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○月×日◇曜日

 満身創痍という言葉が相応しく、傷だらけでボロボロの格好をしたアーチャー。そんなアーチャーが傷付き疲労した身体に鞭を打って、イリヤへ手渡した物は1枚のクラスカードだった。それもクラスカードに描かれていたイラストは最も警戒するべき英霊(サーヴァント)として名前が挙がっていたバーサーカーだ。

 

 満身創痍の状態まで追い込まれていたとは言え、クラスカードの元となった第五次聖杯戦争における純粋な力として最強の一角を誇ったバーサーカーを一人で討ち滅ぼしたアーチャーに内心でお驚きっぱなしだった。

 

 唖然とする俺と対面していたアーチャーから時折、諌めるような視線が注がれている事に気付いた俺はその意図が判らず、首を傾げた後、アーチャーの視線を追った先の光景を見て理解した。

 

 おそらくバーサーカーによって殺されたのだろう、凄惨な状態で事切れている男性の光景を真っ青な顔で見ているイリヤ達がいた。貴族の証でもあるマントを男性の亡骸へかけて、イリヤ達から男性の遺体が見えないような立ち位置へ移動する。

 

 このハルケギニアはイリヤ達が暮らしていた日本と比べれば、“死”という感覚が非常に近く、身近にあるものだ。そんな世界に暮らしていた俺でも少し怯んでしまう凄惨な死様はイリヤ達にとって、大きな衝撃だったに違いない。俺の気がそこまで回らなかった事は反省するべき所だ。

 

 真っ先にそういったものに対応しそうなアーチャーが俺にその役割を任せた時点で、アーチャーの消耗が表情に出さずとも相当なモノなのだと内心で理解した。その場にいたアンリエッタ様の指示に従い、詳しい説明は後日となって、疲労して気絶したルイズや負傷したアーチャーを気遣いながら、地下水路を後にした。

 

 地下水路で行動を別にした隻腕の美男子とアンリエッタ様がとても仲の良い雰囲気で話していた時には激しく動揺してしまった。隻腕の美男子が一体、“何者”なのか、予想だけならいくらでも候補が浮かび上がってくる。しかし、それを確信へ変える一歩を踏み出す事は無かった。アニエスと名乗る銃士隊所属の女性に、耳元で余計な詮索はするな、と囁かれた時は心臓が止まるかと思った。

 

 クラスカードの件で色々有った為、感覚が可笑しくなっていたが元々、一介の学生でしかない俺が一国の王であるアンリエッタ様と個人的な面識がある事自体、異常な状態なのだ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 地下水路で起きた惨劇について詳しい説明は後日として解散になった昨日、慌てて飛び出してきたのであまり路銀を持っていなかった俺達は何処に宿泊するか悩んでいた所、アンリエッタ様の計らいで王宮に宿泊させてもらう事となった。魔法学院である程度耐性が出来ていたものの、こちらが引いてしまうほど豪華絢爛な朝食を済ませた後、王宮仕えのメイドが宿泊した部屋を訪ねてきて、アンリエッタ様が呼んでいます、と案内されたのは一度訪れた事もある応接間に通された。

 

 応接間にはアンリエッタ様やマザリーニ枢機卿は勿論、少しくらい回復したのか、顔色が戻っているアーチャーの三人が俺達の事を待っていた。

 

 昨日、気絶していたルイズの姿が見えない事に気付いた俺は怪訝そうな表情を浮かべてアーチャーへ尋ねるように視線を向ける。その視線に気付いたアーチャー曰く、ルイズの身体に別状は無いらしい。ただ、身体に秘めていた膨大な魔力を急激に放出した影響で疲労が蓄積された為に宛がわれた部屋でぐっすりと寝て、休んでいるらしい。

 

 アーチャーの説明を聞いて、なるほど、と納得した俺は何とも言えない違和感に襲われて、首を傾げた。確かに膨大な魔力を一度に放出すれば精神力の消耗が激しく、誰だって疲弊する。メイジが“魔法”を使用するには負担が掛かる。それが常識だ。ハルケギニアで暮らすメイジなら避けて通れない道。たとえそれが“魔法”の使えない“ゼロ”のルイズと呼ばれた彼女でも。

 

 そこまで思い浮かべてからちょっと待て、と違和感の正体に気付いた。

 

 ――――魔法がまともに使えないルイズが気絶するほど大量の精神力を消耗する魔法を使う。それがつまりどういう意味なのか。

 

 違和感の正体に気付いた俺は驚いて、事情を知るアンリエッタ様から内密に受けた説明はまさしく開いた口が閉じない驚愕の話だった。

 

 見覚えもなく、珍しい程度にしか思っていなかったアーチャーの左手に刻まれたルーンの正体は“ガンダールヴ”。“ガンダールヴ”とはハルケギニアに伝わる伝説の使い魔であり、その主は“虚無”の系統魔法を使う。アーチャーに“ガンダールヴ”のルーンを刻んだルイズは火・水・風・土の四系統に属さない伝説の系統“虚無”の担い手だったらしい。

 

 流石に込み入った事情があるので詳細な情報まで教えてもらう事は無かった。しかし、アーチャーとバーサーカーの戦いについて知る事が出来た。とある事情により地下水路を訪れていたアーチャー達の前に何処からとも無く姿を現したバーサーカー。当然、理性の無いバーサーカーと交戦状態に陥ったアーチャー達、死亡していた男性はその戦闘に巻き込まれてしまったらしい。

 

 その被害を受けてアーチャーは自身の切り札である“無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)”を発動、固有結界というアーチャーの“世界”へバーサーカーを引きずり込んで激戦を繰り広げたものの、アーチャーも追い詰められた。その時、バーサーカーからアーチャーを助ける為に唱えた魔法がルイズを伝説の“虚無”として覚醒させた。その結果、途方も無い破壊力を秘めた魔法が複数の命を残していたバーサーカーを殺し尽くし、味方には一切の被害を与えなかったとか。その不可解な状況に呆然としていた所へ俺達がルビーに案内されて地下水路を訪れたらしい。

 

 そんなハルケギニアを揺るがせかねない重大な秘密を説明してくれた理由はただ一つ。ルイズほどでは無いにしろ、俺も系統魔法は苦手な部類であり、春の使い魔召喚の儀式でルイズと同じ“人間”を呼び出したのは俺だけだ。

 

 俺が伝説の“虚無”かどうなのか、使い魔に刻まれたルーンを確認すれば一番早いと言ってアンリエッタ様がイリヤ達の顔色を窺っていたけど、その意図に気付いたイリヤ達はルビー達を構えて戦闘態勢になっていたので無理強いせず、諦めた。

 

 まあ、別に今更契約についてどうこう言うつもりは無い。ただ、イリヤ達の露骨な拒絶にちょっとだけ心が傷付いた。勿論、女の子にとって初めてのキスがとても大切なモノであると理解しているので別にいいのだが。

 

 確認としてアンリエッタ様から綺麗な宝石で装飾された指輪とボロボロにしか見えない本を手渡されて中身が読めるか、と尋ねられた。目を通したところ何も書かれていない白紙のページしか見えなかった。その事実を伝えるとアンリエッタ様は少しだけ残念そうな表情を浮かべた後、ここで見聞きした情報については口外しないように、と口止めされて説明が終了した。

 

 気絶から目を覚まさないルイズの事はアーチャーに任せる事にして、俺は新学期が始まる魔法学院へ帰る事にした。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 長期休暇の夏休みが終わり、トリステイン魔法学院が通常通りの授業が始まって日々の日常生活が戻ってきた頃、ハルケギニアを揺るがす大事件が起きた。既に暗殺されて死んでいると噂の流れていた旧アルビオン王国のウェールズ様が反神聖アルビオン共和国の軍隊を設立させて、アルビオン国内で武装蜂起を開始したとか。他国の生徒も預かる魔法学院という土地柄、政治的な詳しい話が入ってくる事は滅多に無い。しかしウェールズ皇太子が率いる“反乱軍”の中にはタルブ戦でトリステイン軍が捕らえた筈の軍人が紛れているとかいないとか、と妙な噂が流れていた。

 

 様々な憶測が魔法学院を飛び交う中、地下水路で遭遇した隻腕の男性を少しだけ思い出しながら、ウェールズ皇太子が指揮する軍隊が“反乱軍”として認識されている事に少しだけ寂しさを覚えた。隻腕になってまで生き延びたウェールズ皇太子はきっとかなりの挫折や苦労を味わってきた。それでも再び立ち上がるその闘志と不屈の信念には素直に感嘆した。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 既に習慣となっている早朝の鍛錬。ギーシュとの手合わせで実感したのだが、長期休暇以前と比べてギーシュのゴーレム指揮能力が拍車を掛けて向上していた。長期休暇の間にも鍛錬を積んでいた事は容易に想像出来るが明らかに成長速度がおかしい。その理由を尋ねてみた所、予想の斜め上をいく答えが返ってきた。

 

 予想通り、長期休暇中も鍛錬は積んでいたらしい。ただし、戦上手として知られているグラモン元帥が指揮する兵の調練に参加させてもらい、“本物”の軍隊を指揮して何でもグラモン元帥と模擬戦を行なったとか。

 

 ギーシュの指示に対して従順に従うゴーレムとは違い、指揮するのは意志を持つ人間、それも軍隊同士のぶつかり合いだ。志気の上下や伝令の遅延などゴーレムを操るのに比べたら必要とされる指揮能力は雲泥の差であり、現役軍人である家族相手に一蹴されてボコボコにされたギーシュ。しかし、その経験は何事にも変えられないものだ、と嬉しそうに語っていた。

 

 負けじと俺もスクウェアクラスのメイジである父親相手に何度も模擬戦を挑んでボコボコにされたと自慢した。話を聞いている限り、隣の芝生は青く見えるというのは本当なんだと実感した。ギーシュと俺はお互いに実家の自慢話をした後、酒を飲み交わした。次の日に酔いつぶれた俺とギーシュが朝の鍛錬に遅刻してアーチャーにこってり絞られたのはここだけの秘密だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 ウェールズ皇太子が神聖アルビオン共和国打倒に向けて軍を挙げてから既に一ヶ月。最初は反神聖アルビオン共和国が不利な状況で開かれた戦局であったが、日を経つにつれて均等を保つようになってきたらしい。なんでも最大の原因は神聖アルビオン共和国から続々と個人単位で離反者が続出しているとか。反乱軍である“レコン・キスタ”に敗北してなりを潜めていたアルビオン王国の誇りと魂は着実に民へ受け継がれていた訳だ。

 

 これはウェールズ皇太子という圧倒的な求心力とカリスマを持つ人物を前回の戦争で殺せなかった“レコン・キスタ”の失態だろう。サウスゴータ地方から始まった解放戦争はアルビオン中へ戦火を広げながら、それでも着実にウェールズ皇太子の方へ状況が傾いていた。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 アルビオンの内乱。均衡する戦火を打破する為に動いたのはウェールズ皇太子だった。ウェールズ皇太子はトリステインに対して“正式”に援助を求める同盟を結ぶよう話を持ち掛けて来た。既にタルブ戦において神聖アルビオン共和国とは決定的な亀裂が生まれ、戦争状態であったトリステインは古くから友好関係にあったアルビオン王国の要請に応じる事となった。

 

 

 トリステインとアルビオンの同盟は成立、勝ち馬に乗ろうと多くの男子学生が王軍募集に参加する中、俺は戦争へ参加するかどうか迷っていた。均衡していた戦争にトリステインが加勢すれば連合軍の勝利は手堅いものとなる。何も背負う物が無ければ、参加していただろう。ただ俺が王軍へ参加するという事は使い魔であるイリヤ達も戦場へ連れて行く事と同義である。

 

 たくさん悩んで考えた末、王軍に参加しない事を決めた俺の事を影で臆病者と罵っている人物が何人かいた。そんな相手は無視して、戦火の拡大によりウェールズ皇太子からの依頼で戦争難民を受け入れる事になった魔法学院の仕事を手伝った。食料の配布や仮設住居の設置、戦況が段々と有利に運んでいる報告を聞きながら、暇を持て余している子供達の世話をしていた時、俺は深く帽子を被った金髪の“彼女”と出会った。

 

 

 

 

◇ウェールズ・テューダーの記憶◇

 

「……ようやくここまで来たね」

 

 目前に広がる光景と夜風が頬を撫でるのを感じながら呟く。

 

「いえ、まだまだですよ、ウェールズ様。奴等を殲滅し、このアルビオンを以前より良き国へ変える。皆、ウェールズ様の言葉を信じてここにいるのです。その言葉はアルビオン王国を再建し、トリステインに避難している難民がこのアルビオンで笑顔に過ごせるようになってからにしてください」

 

「……それもそうだね」

 

 僕の横に立つ“レコン・キスタ”を抜けてこちらについてくれた軍人、サー・ヘンリ・ボーウッドの言葉に苦笑を浮かべる。

 

 僕の仕事は奪われてしまったアルビオン王国を取り戻す事では無い。アルビオン王国の再建は僕が成さなければならない事の通過点に過ぎない。この国に住む全ての人が笑顔を浮かべて笑い合える日、その時まで僕は止まる事も諦める事も許されない。いや、僕自身がそれを許さない。僕の為に傷付いた人が沢山いる。僕が無理すれば心配してくれる人がいる。けど、僕は僕を大切に思ってくれる人達に報いる為、無理をしてでも強いウェールズ・テューダーでなければならない。

 

「なぜ、そこまでお急ぎなのですか?」

 

 アルビオン軍人とトリステインから来た援軍が仲良く杯を交わす様子を見ながら尋ねてくるボーウッドの言葉に頬を掻く。

 

「僕には好きな女性がいる。失ってから初めて気付いたんだ、僕は彼女をどんな事をしても欲しかったんだと。だけど、彼女は今の僕では手が届かない存在だ。だから、僕はこの国を取り戻す。不謹慎かな?」

 

 異性の為に国を奪還する。呆れられる事は承知の上だ。それでも僕を信じて付いてきてくれた人に嘘を付きたくなかった。

 

 そんな僕の言葉にボーウッドは目を丸くした後、愉快そうに大声で笑った。その様子に他の兵士達もこちらを見ていた。

 

「不謹慎? 大いに結構! 誇りの為、民の為、綺麗事ならいくらでも並べる事が出来ます。好きな女性の為? これほど身勝手な国取りなど聞いた事ありません」

 

「っ」

 

 言葉が胸に突き刺さる。

 

「……ですが、『好きな女性を手に入れる為』。これほど分かりやすく簡潔で完結、男が男に協力する言葉は無いんじゃないんですかね」

 

 喉を鳴らして笑うボーウッドはシニカルな笑みを浮かべると大声で全軍にその事を伝えた。

 

 良い酒の肴として使われた僕の恋心は後に引けなくなった状況にほんの少し高揚していた。

 

 ――――そんな時、僕は瀕死の重傷を負った僕を助けてくれた彼女を思い出す。大きめの帽子をいつも被っていた彼女の正体はなんとなく分かっている。けど、それをどうこうするつもりは無い。彼女には彼女の想い人がいる。周りの子供達に聞いてみるとそれは二人の幼いメイドを連れたトリステインの貴族らしい。そして僕は丁度そんな条件に当てはまるトリステインの学生と地下水路で出会っている。

 

 今頃、彼女と彼は出会えたんだろうか。

 

 そんな事を思いながら僕はわいわいと騒いでいる仲間の中に紛れていった。

 

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