ゼロ魔日記   作:ニョニュム

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○月×日◇曜日

 ティファニアに手渡された破れた日記にも書いてあった通り、日々重ねている習慣とは本当に恐ろしいものである。学院を襲撃してきた傭兵達から皆を守る為に、ボロボロの状態にされても日記を書いているんだから、自分に自分で感心してしまう。

 

 少し前まで、俺の身体は学院を襲撃してきた傭兵達によってボロボロの状態にされていた。コルベール先生の活躍もあって、なんとか傭兵達を撃退した。その後、満身創痍であった俺はすぐさま保健室に連れられて、水系統のメイジから治療を受けた。幸い、切り傷や打撲程度の怪我ばかりだったので、大抵の傷はそんなに時間が経たずして、治療する事が出来た。しかし、治療が済んだとはいえ、かなりの怪我を負ったのは事実。大事を取って男子寮で休まずに、一晩だけ誰かの目が届く保健室で休む事になった。

 

 神聖アルビオン共和国からトリステイン魔法学院へ差し向けられた刺客である傭兵達による襲撃の被害は思っていたより少ない。こちら側がアルビオンから戦争回避の為に避難してきた大量の民間人を保護する為、トリステイン王国から派遣されてきた銃士隊の内、数名が倒れた。逆に、トリステイン学院を襲撃してきた傭兵達は完全に壊滅、死者と負傷者が半々と言った所だ。

 

 少なくない被害を被ったものの、理性的な思考で結果だけ見れば充分に勝利したと言えるだろう。絶対に守らなければ後々の政治取引で亀裂を産む可能性がある民間人を傭兵達の凶刃から守る事が出来た。

 

 本当はこの事を喜ばなければならないと判っている。それでも今の俺にとって、そんな事はどうでもいい。そう思ってしまう自分がいる。

 

 アルビオンのウエストウッド村で約束を交わして、魔法学院でも交流を深め、その結果としてようやくティファニアに一目惚れした俺の気持ちを思い出し、好きだと伝える事が出来た。それなのにティファニアは俺の目の前でトリステイン王国を裏切って、神聖アルビオン共和国へ寝返ったワルド子爵に攫われてしまった。

 

 俺がまだ小さい子供だった頃、妹にせがまれて本がボロボロになるまで読み聞かせた“イーヴァルディの勇者”。この本のように攫われてしまったお姫様を颯爽と助けに行く。勇敢な勇者のように行動が出来たらどんなに良い事だろう。

 

 しかし、現実はお話のように進まない。治療を終えて、ほぼ完治しているとはいえ、現実の俺は大事を取って、呑気に保健室で休んでいる。

 

 本当は判っているのだ。無理を通して、怪我を負ったボロボロの状態でアルビオンへ向かったとしても怪我人である俺に出来る事は何も無い。アルビオンで何が起きているのか。何故、クラスカードについてワルドが知っていたのか。俺には判らない事がまだまだ沢山ある。

 

 だからこそ、きちんと身体を休めて体調を万全の状態に整える事が必要なんだと判っている。それでも逸る気持ちを抑えきれずに保健室を何度も抜け出そうとした俺はその度にキュルケやタバサ、コルベール先生に見付かって、保健室へ強制送還された。果てにはイリヤや美遊、ウエストウッド村の子供達まで俺の事で心配させてしまい、懲りずに抜け出そうとする俺に対して、本気で怒ってくれた。こんな俺の為に怒ってくれる。その優しさが本当に嬉しかった。

 

 それに正直な所、気恥ずかしいけれど、何故、俺がどんな危機的な状況に追い込まれても日記を書き綴る時間があるなら日記を書き続けたのか。習慣だけでは説明のつかない、書き続けた理由を理解した。

 

 本当にそれは些細な事だ。この日は誰かと喧嘩した。次の日には誰かと仲直り出来た。あの日は誰かの優しさに気付き、触れる事が出来た。そして、日記を読み返す事で自分の弱さを知って、自分の成長を確認する。

 

 慌しくも穏やかな日々を過ごす中で、気付かない内に身に付けていた俺の弱さと強さ、俺という人間が色んな人によって支えられて生きていた事。そんな当たり前過ぎて、自覚すらなかった事を、日記を読み返す事で実感出来る。

 

 俺という人間を形作っていく大切な日々だからこそ、俺は日記を書き続けているのだろう。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 今更ながら実感するが、メイジの使う魔法は凄い。あれだけボロボロに痛めつけられた俺の身体を、秘薬の助けも借りたとは言え一晩で治療して、万全の状態にまで回復させているのだから。

 

 一番初め、俺は誰にも言わずに一人でアルビオンへ向かうつもりだった。それが無謀な事だって理解している。それでも俺は一人で行こうとした。ワルド子爵はわざわざ俺に対して伝言を残していった。関係者以外が知る筈の無い、クラスカードについてだった。それはつまり、今回の傭兵襲撃を企画して命令を下し、トリステイン王国を裏切ったワルド子爵の背後に潜んでいる人物はクラスカードの存在を知っている。

 

 最も可能性が高い最悪の状況では神聖アルビオン共和国の代表であったクロムウェルのように、クラスカードの“正しい運用方法”を知っているかもしれない。いや、むしろ、それは希望的観測だ。ティファニアをワルド子爵に誘拐された黒幕がクロムウェルにクラスカードの運用方法を教えた。その方が納得出来る。

 

 “クラスカードを持って来い”と言っている以上、確実に罠が仕掛けてあるアルビオンへイリヤ達を連れて行く事は出来ない。その結論に至った俺はイリヤ達に秘密でアルビオンへ向かう為に学院を抜け出したのだが、抜け出した先には満面の笑みを浮かべて青筋を立てるイリヤと美遊が、ルビーとサファイアを輝かせた状態で仁王立ちしていた。

 

 一悶着が有った後、真っ黒焦げにされた俺はイリヤ達の前で正座をさせられて長々とお説教を受けた。色々と不平不満をぶつけられた後、イリヤ達に“自分達は一応、貴方の使い魔なんだから、気にせずに頼って欲しい”と言われた時は正直、嬉しくて泣きそうになった。

 

 それと同時にルビーの“貴方は自分に仕えるメイドさんのスカートをミニスカにして、チラリズムを楽しんで興奮する変態さんですから、シリアスなんて似合いませんよ”と言われた。

 

 うるさい、黙れ。過去の失態を掘り起こすな。持ち上げておいてのこの仕打ち。あの頃の自分を思い出して、悶えていた俺の事をイリヤ達が呆れた様子で見ていた。

 

 当たり前の事ではあるが、学院の外で折檻を受けたり、悶えたりしてワイワイと騒いでいた俺達は襲撃を警戒して警邏していた銃士隊に見付かった。そして丁度良いと言って、学院の襲撃者である傭兵達を王都まで連行するアニエスさんに捕まった。何故なら軽い負傷で済んでいる傭兵達をなぎ倒したのは手加減が可能なイリヤ達だったからだ。イリヤ達が同行すれば、傭兵達も妙な抵抗はしない。

 

 それとアニエスさんに連れられて王都を訪れた俺はそのまま王宮まで連れて行かれるとアンリエッタ様と面会した。話題は勿論、トリステイン学院と避難してきたアルビオンの民間人を傭兵の襲撃者から守った功績が評価された事。それにトリステインにとって裏切り者であるワルド子爵と最後に会話した重要参考人としてだ。

 

 ここに至って、全ての話をアンリエッタ様にした。何も言わず、ただ俺の話を聞いてくれたアンリエッタ様は行くつもりですか、と尋ねてきたので、その問いに俺はしっかりと頷いた。

 

 そんな俺の態度にアンリエッタ様は満足した様子で微笑するとフーケ討伐の際に、規定が変わった事によって結局、受け取れる事が出来なかったシュヴァリエの称号を俺に与えてくれた。

 

 突然の事に目を白黒させて戸惑っているとアンリエッタ様は歳相応の子供っぽい笑みを浮かべて、“たとえ勇者でなくともお姫様を守り、救い出すのは騎士の役目です”と言ってくれた。この時俺はトリステインに、アンリエッタ様に忠誠を誓った。本当にこの国に生まれて良かったと心から思う。

 

 それになにより、誰もティファニアが“エルフ”である事を指摘せず、絶対に取り戻して来いと激励してくれる事が嬉しかった。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 “特殊任務”を遂行する魔法衛士隊の隊員。それがアンリエッタ様の好意で乗せてもらったアルビオンへ援軍に向かう軍艦で名乗る俺の立場だ。魔法衛士隊は俺の夢だ。仮とは言え、自分の夢がこうもあっさり叶ってしまった事に拍子抜けした。しかし、元々、シュヴァリエの称号は本来軍人では無い俺が軍艦へ乗れるように気を回してもらった為に頂いたようなものだ。

 

 勿論、正式に入隊した訳では無い。だから、正確には夢が叶った訳では無い。それでもなんというか、言い表せない感情を持て余した。

 

 順調にアルビオンへ航路を進めている俺は“特殊任務”に務めている隊員なので、規律を持って行動している軍艦の中では手持無沙汰である。幸い、考えなければならない事と考える時間は充分に余っている。思考の海に溺れていく中で、気付いた事があった。

 

 それは学院に攻撃を仕掛けてきたフーケの事だ。フーケが俺にウエストウッド村の事を教えた時、本気でウエストウッド村の人間に何かあったら必ず殺すと宣言していた。それほどまでに大切にしていた子供達を、そしてティファニアを、学院に避難してきた彼女達を何故、自分のゴーレムで危険に晒したのか。もしかしたら、フーケは学院にティファニア達が避難していた事を知らなかったのでは無いのか。

 

 もしこの予想が正しければ、これはチャンスと見ていいだろう。ワルド子爵に捕らえられたティファニアに協力してくれる人がいる。ティファニアを大切に思ってくれている人がいる。それだけで少しは安心出来る。

 

 それにフーケの正体について、意外な所から知る事が出来た。ティファニアに言い聞かせられて、俺と初対面を装っていたウエストウッド村の子供達。フーケの正体は隠して、村を懇意にしている緑色の髪を持つ女性について尋ねた所、嬉しそうな笑顔を浮かべてマチルダ姉さんと教えてくれた。

 

 サウスゴータ地方に拠点を置くマチルダと言う名前のメイジ。ウェールズ皇太子に心当たりが無いか、と速達の伝書鳩を送った所、返事の内容は驚くべきモノだった。

 

 “土くれのフーケ”、その正体は――――マチルダ・オブ・サウスゴータ。テューダー王家の血縁者であるモード大公の直臣であり、サウスゴータ地方を治めていた貴族。しかし、モード大公の愛妾であるエルフの母子を忠義によって庇った為、テューダー王家により取り潰されてしまった貴族である。そのマチルダと一緒に生活して過ごしていたハーフエルフのティファニア。

 

 それがつまり、どういう事なのか。俺でも判る。俺は身分違いの恋と諦めそうになった事があった。確かにその通りだった。しかし、それは俺が思っていたのと立場が違う。ティファニアが上で俺が下。

 

 まあ、そんな事実が発覚した所でどうという事は無い。そんな事は俺がティファニアを諦める理由にはならないから別に興味も無い。どちらかと言えば、外聞を気にする両親を黙らせる良い条件だ。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 数日を掛けて移動した航海の後、アルビオンへ到着した俺達はまず初めにこちらへ来ている筈のルイズ達を探す事にした。ワルド子爵の“アルビオンへ来い”という伝言以外、何も情報は知らされていない。流石にこれだけの情報でアルビオン大陸を探し回るのは効率が悪すぎる。

 

 ティファニアの事は心配だけど、まずはアーチャーが打ち倒したであろうクロムウェルが操ったセイバーのクラスカードを受け取る方が先決だ。幸い、ルイズ達の所在を補給部隊である兵士に尋ねたらすぐに判明。

 

 セイバー化したクロムウェルと激闘を繰り広げたルイズ達はヴュセンタール号という軍艦に身を寄せて、休憩しているらしい。ヴュセンタール号を尋ねたら、すぐに再会する事が出来た。

 

 驚く事にヴュセンタール号の乗員にはギーシュの姿もあり、ギーシュが学院から離れてから起きた近状を話し合った後、ルイズ達に俺がアルビオンを訪れた理由を説明した。

 

 クラスカードを“正しく運用する事が出来る何者か”。多少、面倒な事になったとアーチャーは眉間に皺を寄せて溜息を吐いていたが、そこまで警戒する必要もないだろう、と言っていた。

 

 元々、黒化した英霊(サーヴァント)は強大な力の塊である。本能の赴くまま、方向性を持たない破壊の力を撒き散らすから危険なのだ。しかし、そこにわざわざ武器の心得を持たないメイジのような人間がクラスカードを運用した所で、一番厄介な理性の無い圧倒的な暴力に使用者の思考と言う知性が加わり、圧倒的暴力は使用者の支配下へ落ちる。

 

 ――――“根源的な破壊を撒き散らすのではなく思考する敵”。脅威に値する警戒が必要な相手ではある。しかし、メイジがクラスカードを運用した所で、武器と能力を十全に振るう事が出来るかどうか、その辺になると妖しいものだ。少なくとも剣が届く近距離において、判断を誤る事はある筈。考えて行動する敵は確かに恐ろしい。だが、“手に入れたチカラを満足に使いこなせない敵”ほど、下しやすい敵はいないだろう。

 

 アーチャー自身、セイバーのクラスカードを行使したクロムウェルとの戦闘は近接戦闘において経験を持たないクロムウェルだった為、何度も間違った判断を下したのでそこまで負担にならなかったと言っている。

 

 しかし、だからこそ、懸念するべき状況なのだ。最後まで残ったクラスカードの種類はキャスターのクラスカード。戦闘において、最弱の英霊(サーヴァント)であり、理性を奪った状態なら一番簡単に回収出来ると踏んでいたが、その認識は改めた方がいい。キャスターのクラスカードが回収されているのか、それは判らない。もし、敵に回収されていた場合、このハルケギニアの地において、キャスターのクラスカードほどメイジに合った、チカラを十全に使いこなせるような物は無い。

 

 メイジがクラスカードの“正しい運用方法”をした時、回収を終えたどのクラスカードよりもキャスターのクラスカードがよっぽど恐ろしい。

 

 

 

 

○月×日◇曜日

 何が出来るのか、判らない。そんな状況に動きがあった。なんと、ワルド子爵の放った偏在が敵陣のど真ん中であるヴュセンタール号に現れて、俺に手紙を手渡すとそのまま姿を消した。偏在とはいえ、敵地まで乗り込んでくる度胸と隠密行動の錬度、俺の行動がワルド子爵に筒抜けだった事。少なくともワルド子爵が警戒するべき敵なのだと改めて思い知らされた。

 

 一応、ワルド子爵の偏在がヴュセンタール号に出現した事を警備兵に伝えた所、ウェールズ皇太子が俺の所に訪ねてきた。ウェールズ皇太子の片腕を切り落とし、隻腕に追い込んだのはワルド子爵だ。その因縁は深い。いくつかの質問を受け答えて、納得した様子でその場はお開きとなった。

 

 それとウェールズ皇太子はフーケの正体を探る為に伝書鳩で情報交換した関係上、俺が何をしようとしているのか、簡単に予想しているだろう。それでもティファニアの事に触れてこないウェールズ皇太子に感謝した。

 

 ――――手紙に書かれて、指定された場所は神聖アルビオン共和国とトリステイン・アルビオン連合軍が激戦を繰り広げる最前線だった。

 

 

 

 

◇とある主人公の記憶◇

 手紙の指示に従い、軍隊と軍隊が鎬を削る最前線へ向かった俺達を待っていたのは両軍が睨み合う草原のど真ん中で両手両足を縄で拘束されて身動きが取れなくなっているティファニアとワルド子爵達と組んでいる筈なのに同じように拘束された状態のフーケ――マチルダの姿だった。そんな二人の隣にはローブを被って顔を隠している人物とワルド子爵が控えている。

 

 交渉の場に行けるのは俺一人。警戒しつつ、二人と対面する。

 

「カードは?」

 

「……カードならここにある」

 

 警戒をした状態の俺へローブを被った人物が声を掛ける。その声音は女性のモノだ。その事に驚きつつ、懐に入れておいたクラスカードを取り出して、相手へ見せびらかす。このクラスカードはいつでも駆け付けられる位置で待機しているイリヤ達から預かった大切な物。

 

「フーケは貴方達の味方だったんじゃないのか?」

 

「確かに最初は味方だった。けれど、彼女がどうしてもハーフエルフの味方をすると言うのでね」

 

 相手の警戒を解く為に尋ねた俺の問い掛けに対して、ワルド子爵は肩を竦めて何でもないように答える。声が出せないように猿轡を噛まされているマチルダはワルド子爵の事を睨んでいる。

 

「無駄話に付き合うつもりは無いわ。用件を済ませましょう」

 

 咎めるような女性の言葉に頷く。持っていたクラスカードの内、一枚を自分の足下へ置く。相手が交換方法を指示する前にこちらから行動して、出鼻を挫く。他のクラスカードも同様に、自分の近くへランダムに見えるよう配置する。

 

「俺がティファニア達を助けている間に、貴方達はカードを回収する。それでいいだろ?」

 

「……まあ、いいわ。ただし、カードの回収は私だけ。彼には私がカードの回収を終えるまで、彼女達を見張ってもらう」

 

 出鼻を挫かれた女性は不満そうな声音で承諾する。

 

「こんなの罠です。逃げて下さい!」

 

「大丈夫、俺はこれでも修羅場を潜り抜けてきたんだ」

 

 こちらに来ないでくれ、と叫ぶティファニアを安心させる為に微笑む。罠が仕掛けられている事は充分に承知している。だからこそ、アーチャーは遠方で弓を構えているし、イリヤ達はいつでも飛び出せる状態だ。最悪、命さえ失わなければ、イリヤ達に救出して貰えばいい。それにイリヤと美遊が好んで使うアーチャーとセイバーのクラスカードは出来るだけ相手から遠い位置に置いておいた。イリヤ達が本気を出せば、その二枚くらいは回収出来る筈。

 

「ああ、そういえば一つ、言っておくのを忘れていた。捕らえられ、貴様の名前を呼ぶ彼女は実に滑稽だったぞ」

 

「ワルドォォォォ!」

 

 愉しそうに笑うワルド子爵の言葉に、俺の沸点が軽く越える。皆が見守ってくれている。乗り越えてきた修羅場がある。感情に身を任せて、ワルド子爵に向けて一歩踏み出す。

 

 ――――瞬間、ぐにゅりと地面が揺れた。

 

「え?」

 

 戸惑い、足下を見る。そこには俺を飲み込もうと“黒い霧”が地面から溢れてきた。

 

「クス、大陸の地下に眠っていた途方も無い風石の魔力を吸い尽くし、限界寸前だったあのカードへ最後の悪意を注ぎ込んだ気分はどうかしら?」

 

「まさか!」

 

「えぇ、そのまさかよ。最後のカードは貴方の悪意によって覚醒するの!」

 

 ローブの女性が心底愉しそうに笑っている。いつかルビーが言っていた。クラスカードは“悪意が集まりやすい場所で見付かりやすい”。俺のワルド子爵に対する逆鱗を切欠に黒化した英霊(サーヴァント)を覚醒させる。つまり、相手の狙いはクラスカードなんかではなく、最初から俺に狙いを絞った罠。

 

 ――――しまった。そう思うよりも早く“黒い霧”に身体を包まれる。

 

 ねっとりとした“何か”が俺の中へ流れてきて、心を揺らす。ソレは暗くて、黒い負の感情だ。

 

――――敵意、悪意、殺意、悲しみ、憎しみ、怒り、色々な感情が入り混じった“何か”を薄れていく思考の中で感じている。。

 

 クラスカードが宿す事になった人間の悪意、人を傷付ける感情。けれど、“何か”の根底に眠る優しさを俺は見付けた。

 

 仲間や友達を傷つけられた怒りや憎しみ。――――それは仲間や友達を想う優しさ。

 

 ……別に特別な事じゃない。“黒い霧”に眠る“何か”の正体は悪意や殺意などが混じっている。しかし、同時に優しさといった人が生きていく上で心に抱えている感情が宿っている。ただ少し、黒い感情の方が強くなってしまっただけだ。

 

 “何か”は世界に生まれたがっていた。世界に生まれて、この感情を誰かにぶつけたがっている。

 

 ――――だからこそ、俺は油断してしまった。“何か”の正体が人間の持つ当たり前の感情だったから。

 

 “何か”は俺の知識から自分がなるべき形を見つけた。

 

「ッ!」

 

 “何か”が俺の中から出ていき、世界に生まれ出る。

 

 ――――キャスターの英霊(サーヴァント)

 

 ただ、それは誰もが予想していた裏切りの魔女と呼ばれたメディアでは無かった。

 

 ――――特徴的な獣耳に大きな尻尾、九尾の狐“玉藻の前”。

 

 その出現をきっかけに睨み合いを続けていた筈の神聖アルビオン共和国軍の部隊が動いた。

 

 けど、『彼女』の一撃ですべてが消えた。千を超える人がたった一撃で消え去った。

 

 ――――ああ、そうか。

 

 理解が追いつかない状況の中でこれだけは理解する。

 

 今の“彼女”は英霊(サーヴァント)として呼び出された“彼女”では無い。ただ、純粋なチカラとして呼び出された“彼女”なのだ。

 

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