ゼロ魔日記   作:ニョニュム

14 / 15
14ページ目

◇とある主人公の記憶◇

 

「アハッ、アハハハハハ!」

 

 躊躇いや戸惑う感情もなく、ただ自分以外の他者を傷付けて、虐殺する圧倒的な力を前にして、漆黒のローブで顔を隠していた女性の口元が歪み、愉悦を得た様子で笑っていた。

 

「一体、何が可笑しいんだよ!」

 

 それは心の底から湧き上がった感情の爆発。キャスターの英霊(サーヴァント)に消し去られた兵士達は彼女達の部下であるレコン・キスタの兵士達ばかりだ。トリステイン・アルビオンの連合であるこちら側からすれば喜ばしい事かも知れない。それでも人が、人間が一瞬にして大量に死んだ。

 

 その事実を“認識”しているにも関わらず、愉しそうに笑う女性を理解出来ない。したくもない。

 

 キャスターの一撃で巻き起こされた爆発の余波が向かい合う俺達の所まで到達する。強い突風が吹き抜けて、その風により女性がローブで隠していた顔が露になる。

 

「ッ!」

 

 狂気すら連想させる笑みを見せる女性と視線が交じり合い、ただ驚愕に息を呑む。見る者を魅了する鳥羽色の黒髪に、閑麗な美貌。その美しさはルイズ達に負けず劣らず。しかし、俺が驚愕した所はそこじゃない。

 

 それは彼女の額に刻まれた大きなルーン。彼女の額に刻まれたルーンの意味を俺は知っている。今よりも少し前、ルイズが召喚してみせたアーチャーが伝説の使い魔たる“ガンダールヴ”。“神の左手”にして勇猛果敢で一騎当千の力を宿す伝説の守護者。またの名を“神の盾”なのだと、コルベール先生に教えて貰った時に興味本位で尋ねてみた“ガンダールヴ”以外の伝説を冠する使い魔に刻まれるルーン。

 

 それは世界に存在するあらゆる魔道具(マジック・アイテム)を操り、使いこなすと謳われた神の頭脳を持つ使い魔“ミョズニトニルン”。彼女の額にはそのルーンが刻まれていた。

 

 だからこそ、俺は全てを理解した。ミョズニトニルンのルーンを宿していたからこそ、彼女は魔道具の一種であるクラスカードの“正しい使用方法”を理解していた。だから、強力な魔道具であるクラスカードを要求してきた。

 

「何が可笑しい? 本当に、この光景を見て判らないのかい?」

 

 本当に不思議そうな表情で首を傾げる彼女の瞳は既に濁っている。

 

「すごい……、圧倒的なチカラじゃないか! ずっと私はこんなチカラを待っていた! 慈悲もなく、無造作に振るわれる圧倒的な暴力! あぁ、見ていますか、ご主人様。私はとうとうこの世界を破壊するチカラを手に入れました!」

 

 自身の身体を両腕で抱きしめて、半狂乱の愉悦に溺れる彼女の姿。彼女の濁り切った瞳には眼前に広がる圧倒的なチカラの光景以外、何も見えていない。

 

「…………え?」

 

 だからこそ、彼女は気付かなかった。狂乱に溺れ、隙だらけだった彼女の心臓をアーチャーの放った矢が貫いていた。

 

 呆然と彼女が驚いた様子で自分の心臓を寸分違わず貫いた矢を見下ろす。突然の光景に彼女は勿論、俺も理解が追いつかない。

 

 それとほぼ同時に、背筋が冷たくなるほど冷徹な表情と雰囲気を纏ったアーチャーがクラスカードの回収をしようとしていたワルドの前に飛び込む。ワルドはクラスカードを手に入れる寸前で現れたアーチャーに反応してアーチャーと剣を交える。その隙を突き、現れたイリヤ達がばら撒いたクラスカードの回収を済ませる。

 

「何を呆けている! 早く彼女達を保護して、安全な場所まで避難させろ! ここは大きな戦場になるぞ!」

 

 キャスターの相手をしなければいけない時にワルドの相手などしていられない。すぐさまワルドの攻撃をいなしながら、余計な敵を排除したアーチャーは冷静な判断を下して、唖然としていた俺を急かす。

 

「わ、わかっている!」

 

 慌ててティファニア達へ駆け寄るとその拘束を解く。

 

「二人とも! 俺達を安全な場所まで!」

 

「了解!」

 

 俺の叫びに反応したイリヤと美遊が頷いて、俺とティファニア、それに土くれのフーケ――いや、マチルダの三人を抱えてキャスターのいるこの場所から物凄い速度で遠ざかっていく。

 

『私達の世界で戦った事のあるキャスターの英霊(サーヴァント)はあんな姿ではありませんでした。あのキャスターに心当たりはありませんか?』

 

 戦場から俺達を逃がす移動中、いつもと違い余裕の無いルビーの問いかけに頷く。何故、彼女が出現したのか判らない。ただ、あの姿形は知っている。

 

「キャスターの英霊(サーヴァント)“玉藻の前”。あれは彼女が黒化した英霊(サーヴァント)なんだ!」

 

『あ~、やっぱりそうですか。貴方に取り巻いた黒い霧が貴方の記憶からキャスターの英霊(サーヴァント)を読み取った訳ですね』

 

 ルビーの推測は多分、正しいのだろう。そうでなければ、“メディア”ではなく、“玉藻の前”が現れた事に説明がつかない。

 

『はー、確か相棒の玉藻の前さんは本来なら神霊クラスだったのをわざわざ英霊(サーバント)になる為に限りなくその能力を弱体化させる事で英霊クラスに落として、貴方とパートナーになった筈でしたよね? いくらなんでも本来ならあの破壊力は宝具級だと思いますが、あれだけ無造作に攻撃した所を見ると今の彼女は“英霊(サーヴァント)では無い力の塊”。英霊クラスではない、本来の神霊クラスの力を持つ玉藻の前さんでいいんですかね?』

 

「…………多分、そうだ。いくらなんでもあれだけのチカラは持っていなかった」

 

 事情を知らないティファニア達が顔を見合わせて首を傾げているけど、今はその説明を一々している状況じゃない。

 

『いや~、本当に参りましたね~。神霊クラスの“玉藻の前”と言えば、アマテラスの一部、要するに神様じゃないですか。クラスカードの戦いを飾る最後の敵が神様とか何処のRPGに迷い込んだんですか。一応、相手の真名が判明しているのでしたら少しは戦えるかも知れませんが、元々の地力が隔絶していますからどうしたものか……』

 

 少しだけ迷いつつ、彼女の真名を聞いたルビーの声音には若干の余裕が戻っていた。迷っているという事は何かしらの秘策を思い付いたのだろう。

 

「何か出来る事があれば言ってくれ。秘策があるんだろ?」

 

『いえいえ、秘策も何も、彼女の真名が判明している訳ですから、単純に弱点を攻めればいいだけの話ですよ』

 

 ルビーの言う玉藻の前の弱点。そんな物、考えるまでも無い。玉藻の前を死に追い詰めた“破魔の矢”。彼女がどんな姿になって、どれだけのチカラを取り戻そうが彼女にとって、アーチャーの英霊(サーヴァント)が最大の天敵である事に変わりない。

 

 そしてこの戦場には幸いな事にアーチャーのチカラを持つ人物が二人いて、魔法が主力となる戦争と言えど、戦場なのだから矢の数が足らなくなるなんて事はありえない。最悪の場合、彼女の伝説にある通り三日三晩、絶やすこと無く矢を放ち続ければアーチャーのチカラを借りずとも、彼女を倒す事が出来る。“破魔の矢”を受け止めた時の彼女は英霊ではなく、本来のチカラを持っていた彼女なのだから。

 

「弓矢による持続的な攻撃……」

 

『はい、その通りです。ですからその為の協力はそちらで取り付けてください。私達はアーチャーさんの援護へ向かいますので』

 

 イリヤ達の移動は早い。ルイズやウェールズ皇太子達が控えている後方まで非難してきた俺達はお荷物であった俺とティファニア達を後方へ運ぶ。そしてそのまま休む暇さえ見せず、一人で玉藻の前に応戦しているアーチャーを助ける為に戦場のど真ん中へ向かって飛んで行く。アーチャーはワルド相手に応戦しながら他の部隊へ被害が行かないようにキャスターの注意を引いている。勿論、その表情に余裕は無い。

 

「ちょっとアンタ達、大丈夫なの!」

 

「向こうで何が起きたのか、状況を説明してくれるとありがたい」

 

 避難を終えた俺達の下へ、こちらの状況に気付いていたらしいルイズ達が慌てた様子で駆け寄ってくる。幸いな事に、こちらへ駆け寄ってくる人の中にはトリステイン・アルビオン連合軍を指揮するウェールズ皇太子の姿も見える。それならば俺のやる事は一つしかない。

 

「ウェ-ルズ様、今アーチャー達と戦闘を繰り広げている彼女はタルブに現れた“黒い悪魔”の一人です。おそらく、チカラだけで言えば、一国ぐらいなら簡単に消滅させる事が出来るぐらいのチカラを秘めています。イリヤ達も応戦していますが、イリヤ達だけでは限界が来ます。援護をお願いします」

 

「それは構わない。アレだけの被害を受けたんだ。相手も混乱している筈だ。“黒い悪魔”へ割く戦力も少しなら確保出来る。でも、あれほどのチカラを持つ“黒い悪魔”へこちらの援護が届くかどうか……」

 

 ウェールズ皇太子の言葉は最もだ。普通に考えて、あれだけの一撃を無造作に放てる玉藻の前を見れば、弱点など無いように思えてくる。

 

「大丈夫です。彼女の弱点は矢による攻撃なんです」

 

「それは本当かい?」

 

「私の家の名にかけて……」

 

 俺の説明に怪訝そうな表情を浮かべるウェールズ皇太子。それは仕方ない事だ。このハルケギニアにおいて矢を放つより魔法を使った方がよっぽど強い。しかし、キャスターを魔法で攻撃したとしても彼女へ届く事は無いだろう。彼女の弱点である矢だからこそ、その攻撃が届くのだ。

 

 しっかりと頷いた俺の姿を確認したウェールズ皇太子は覚悟を決めた様子で隣に控えていた軍人へ指示を出す。

 

「連合軍全員に通達。弓矢による攻撃でアーチャー君達の援護をしてくれ」

 

「は、ですが奴等は……」

 

「やはり、彼らがネックか……」

 

 はきはきとした復唱を返しながら、どこか戸惑う軍人の視線に気付いたウェールズ皇太子は視線の先にいる一団を確認する。甚大な被害を受けた筈の神聖アルビオン共和国の軍隊は再編成を余儀なくなれながら、まだ連合軍と刃を重ねるつもりだ。現状では敵対しているものの、もし彼らが協力してくれるならとても力強い。逆に言ってしまえばこの状況で敵対してくるようなら本当に邪魔な存在だ。

 

「背に腹は変えられません。こちらから停戦の使者を送りましょう」

 

「いや、僕が直接行こう。面会している時間が惜しい」

 

「で、ですがそれでは!」

 

 国というのは面子が存在する。それも使者として連合の大将が交渉に向かうなど、下策の中の下策。相手を調子に乗らせるだけであり、大将が敵地へ乗り込むなど聞いた事が無い。

 

「今は一刻を争うんだ! 君も“黒い悪魔”のチカラを目の当たりにした筈だ。もしこれ以上、“黒い悪魔”がアルビオンで暴れてみろ。民への被害は広がるばかりで、最悪の場合、アルビオンという大陸自体が消滅しかねない。この非常事態にアルビオンと言う大陸に住む僕達がいがみあっている暇は無い。僕が自ら乗り込んで、彼らを説得して、指揮を執る!」

 

 決意を胸に宣言したウェールズ皇太子の瞳はただ真っ直ぐ純粋にアルビオンの未来を思い遣り、守りたいという気持ちに溢れていた。神々しさすら感じさせる圧倒的なカリスマにウェールズ皇太子の言葉を聞いた全員が息を呑む。

 

 ――――ウェールズ・テューダー。彼こそがまさしくアルビオンを統べる王。誰もがその存在に心を奪われ、動かされていた。

 

 そんな中、ティファニア達へ視線を向けたウェールズ皇太子。

 

「今の僕が貴女達に対して言える事は何もありません。僕が謝罪した所で貴女達の失ったモノが帰ってくる訳じゃない。ですが、これだけは約束して下さい。この戦争が終結した後、必ず会いに来てください。その時は全力で貴女達を歓迎させて欲しい」

 

 そう言い残したウェールズ皇太子は少しの護衛を引き連れて、神聖アルビオン共和国の軍へ向かっていく。それから数刻が経った後、キャスターへ攻撃する矢の中には神聖アルビオン共和国のモノも混じるようになっていた。

 

 ウェールズ皇太子は彼らの説得に成功したのだ。

 

 ――――しかし、それでも彼女が倒れる事は無い。ワルドを下し、アーチャーやイリヤ達と三対一の状況で、外部からの援護もある。そんな状況にあっても、彼女は五分五分か、それ以上の戦いを見せている。

 

 だからこそ、俺はその違和感に気付く事が出来た。

 

 “大前提として、何故、一国を簡単に滅ぼす程のチカラを秘めた彼女と戦いが拮抗しているのか?”

 

 その理由を考え出したら止まらない。段々と思考の海へ溺れていく。

 

 理由の一つとして、弓矢による援護が効いていると思われる事。いくらなんでも弱点である矢による攻撃だ。少しは効いているだろう。しかし、“破魔の矢”でもない普通の矢でも戦力が拮抗するほどの絶大な効果を発揮するようなものなのか。

 

 理由の一つとして、彼女の天敵であるアーチャーの英霊(サーヴァント)が二人もいる事。確かにその事実は大きい筈だ。いくらアーチャーが特殊な戦い方でも弓兵のクラスである事に代わり無い。しかし、原作で英霊(サーヴァント)程度なら簡単に片付けられる事が出来ると明言された彼女なのだ。それだけでは説明が着かない。

 

 そして最後の理由として、彼女が出現した時に一番初めに放った大規模攻撃。たったの一撃で大勢の兵隊を消滅させた大規模な魔法攻撃が一度も起きていない。何度でも大規模攻撃を行なえる余裕を持っているにも関わらずだ。攻撃と言えば、攻勢に出ているアーチャー達の攻撃をあしらう為に使用されているのが殆ど。

 

 ――――そう、キャスターは一番初めに行なった攻撃以外、誰かを傷付ける為の攻撃を一度も行なっていない。自分の身を守る為の攻撃しか行なっていないのだ。

 

 絶え間なく続く一方的な人間の攻撃。――――それはまるで伝説の再現。彼女はただ、自分を悪と定めた俺達人間の攻撃をじっと“耐えていた”のだ。

 

「ッ!」

 

 その答えを得た時、息を呑むと同時に雷に撃たれたような衝撃が俺の中を駆け巡る。本当に最後の最後まで、俺という人間は大馬鹿野郎だった。振るわれた圧倒的なチカラの前に、俺という人間は自分をぶん殴りたくなるほどの勘違いを犯していた。

 

 彼女の真名を思い出せ。そう彼女の名前は――――。

 

 ――――キャスターの英霊(サーヴァント)、“玉藻の前”。

 

 彼女の送った生涯は神霊として、悪霊としてカテゴライズされる生涯だった。悪霊として扱われ、人間に弓を引かれた“玉藻の前”はそれでも人間の事が好きだったのだ。化け物として扱われ、沢山人間に傷付けられた。――――それでもどうしようもなく、彼女は人間の事が好きだった。

 

 そんな彼女の生き様をたかが“悪意を切欠に覚醒する”クラスカード程度の事で変える事が出来るだろうか。なにより、彼女を生み出した俺が敵だと認識していた神聖アルビオン共和国にしか彼女は攻撃していない。そして現在、彼女の生みの親である俺が敵だと認識しているのは“彼女自身”。だからこそ彼女は俺達の攻撃を甘んじて受け止めていた。

 

「俺が行かなきゃ……」

 

 身体が自然と動いていた。一歩一歩、地面を踏みしめながら進む。もう止まらない。いや、止まれない。

 

「ちょっと、アンタ! 何考えているのよ! 早く帰ってきなさい!」

 

 俺の行動に驚き、引き戻そうとするルイズの声が聞こえる。

 

「何をするつもりなんだ! 帰ってきたまえ!」

 

 俺を心配するギーシュの声も聞こえてきた。

 

 だけど、俺は止まれない。そんな中、俺の耳にたった一言が届き、俺の心を奮わせる。

 

「行ってらっしゃい」

 

 そう言ってただ微笑みを見せてくれるティファニアの姿。

 

 ――――行ってきます。心の中で返事をしながら、俺は叫ぶ。

 

「イリヤ! 俺を彼女の下まで連れて行け!」

 

 戦場の中で響いたその咆哮は確かにイリヤの耳へ届く。イリヤが驚いた様子でこちらを見た後、すごい速度で俺の下へ来る。

 

『もしかして、彼女を倒す方法でも思いつきましたか?』

 

 ルビーの言葉に首を横に振る。だけど。

 

「判ったんだ。俺のするべき事が。彼女は俺が生み出したんだ。だから、彼女は俺が受け止めてやらなきゃ駄目だったんだ」

 

 かつて、彼女は化け物だったから殺された。そして今、彼女は化け物だから殺されようとしている。けれど、本当にそれでいいのか?

 

 ――――俺の心が自問自答する。いや、それは嘘だ。答えなんて最初から決まり切っている。そんな事はありえない。目の前で傷付く“玉藻の前”をただ人間ではない化け物として見捨てるようなら、俺はティファニアに顔向け出来ない。

 

 俺には“人間じゃない”程度の事で、自分が生み出した“玉藻の前”を見捨てる事なんて出来ない。

 

 だから俺は覚悟を決める。イリヤに連れて行かれた戦場のど真ん中、じっと俺を見ていた“玉藻の前”を抱きしめる。

 

「ごめん、本当にごめん。俺が勝手に呼び出したのに。俺が勝手に君を恐れて、傷付けた……」

 

 いつのまにか、大量の矢が降り注ぐ戦場は様々な剣が突き刺さっている荒野へ変化していた。“玉藻の前”を説得するのに、攻撃など必要ない。俺の犯した間違いにアーチャーは無粋なものを排除したとばかりに肩を竦める。

 

 次の瞬間、身体にちょっとした衝撃が奔る。

 

「……え?」

 

 呆けていた俺は大人しく抱き締められていた“玉藻の前”に押し倒されていた。そして同時に、口元に柔らかな感触を得る。口付けが交わされていた。

 

 唖然として硬直する俺を余所に表情の見えない“玉藻の前”はそれでも確かに笑っていた。その右手には使い魔の証であるルーンが刻まれていく。そして刻まれたルーンを確認して、“玉藻の前”は満足そうに頷くとクラスカードとなって四散した。

 

「え、どういう――――」

 

『アハ~、貴方という人間は一体、人外からどれだけモテるんですかね~』

 

 ルビーが何か言っている。けれど、思考が追いついてこない。ルビーのからかいに反応出来ない。

 

『――――さてと、これでクラスカードも回収出来た事ですし、私達も元の世界へ帰るとしましょうか』

 

「え?」

 

「ちょっと、ルビー! それはどういう事!」

 

 全てが終わったとばかりに告げるルビーの何気無い言葉にイリヤが叫んだ。

 

『いやいや、そんなに驚くような事でもないですよ。私達がハルケギニアへ来てからどれだけの時間が経ったと思っているんですか? 私も毎日遊んでいる訳では無いので、帰る方法ぐらい、ちゃんと見つけていますよ。強引な手段で、規格外な量の魔力を必要としますが、元の世界へ転移する事は可能です。必要となる規格外の魔力は丁度、キャスターのクラスカードに残っていますから。私としてはクラスカードに集まっている魔力が四散してしまう前に向こうへ帰りたいのですが……』

 

「それにしたって、急過ぎるよ!」

 

「そう思う」

 

 イリヤの叫びに美遊が賛同する。確かにいくらなんでもこれでお別れは寂しすぎる。クラスカードの回収を終えたとは言え、イリヤ達にだって、お別れを言いたい人が沢山いる筈だ。

 

「――――いや、ルビーの方が正しい。イリヤ達はこのまま帰った方が良い」

 

 皆がルビーへ不満を洩らす中、アーチャーがルビーを援護する。

 

「言い方に問題あるがハルケギニアにおいて、我々のような突出した戦力が何の規制もなく、自由に動けたのはクラスカードという我々でしか対応出来ない危険なモノがあったからこそだ。手に余るクラスカードが全て回収された今、我々という戦力は圧倒的な軍事力に様変わりする。あまり言うような事では無いがルイズと違い、彼の家柄はあまりよくない」

 

 アーチャーの視線に頷く。それは当たり前の事だ。何代か前の当主が王家の血縁者だったと聞いた事あるが、公爵家と比べればかなり見劣りする。今では月とスッポンくらいの格差がある。

 

 それでアーチャーが何を危惧しているのか、簡単に理解出来た。公爵家であるルイズくらいの家柄を持っているなら国からアーチャーのチカラを軍事的な戦力として利用したいと提案してきても跳ね除ける事が出来る。しかし、俺の家柄ではそんな事を出来る筈がない。今でさえ、プロパガンダとして使っていいと許可をしているくらいだ。トリステインの軍事力から予想すれば、イリヤ達のチカラは喉から手が出るほど欲しいだろう。そうなった場合、俺では断りきれない。

 

 こちらの都合で、イリヤ達が無関係な戦場へ向かわされるなら、今ここで帰った方が確かにマシだ。

 

「ねえ、ルビー。本当に今すぐじゃないと駄目なの?」

 

『はい、今現在でもクラスカードに集まっていた魔力がどんどん四散しています。この機会を逃せば、今度は大量の魔力を集める為に奔走する事になります』

 

 ルビーの態度は珍しく真面目で、有無も言わせぬ雰囲気だった。

 

「イリヤ、帰ろう」

 

「うん、そう……だね。帰ろう、私達の世界へ」

 

 寂しそうなイリヤに割り切ったのか冷静な美遊が声を掛ける。イリヤは寂しそうに頷いた。

 

「本当に御疲れ様。今回の件は完全に俺のせいだ。それでも俺は君達と出会えてよかったと思っている。君達のおかげで俺の人生は変わったよ。君達からすれば、不甲斐無い大人だったかもしれない。それでもお礼を言わせてくれないかな。今まで本当にありがとう」

 

 イリヤ達をこのハルケギニアへ呼んだ事は何かの間違い。事故だったのだろう。それでも俺はイリヤ達に感謝している。始まりは事故だったとしても謝るのは違う気がした。だからこそ、ありがとうが相応しい。

 

「私、この世界の事を一生忘れません!」

 

『まあ、世界を超えた訳ですからそうそう忘れるものでもないと思いますけどね』

 

「……ありがとうございました」

 

『こちらでの出来事は記憶しておきます』

 

 みんながみんな、心の中で寂しさを感じていた。それでも浮かべた表情は笑顔だった。

 

 ルビーを中心に魔法陣が浮かび上がる。

 

「――――イリヤ、さようなら。君が幸せそうに生きている姿が見る事が出来て“俺”は嬉しかったよ」

 

 アーチャーの呟いた言葉が聞こえたのか、イリヤは満面の笑みを浮かべてこちらに手を振りながら姿を消した。

 

「………………さて、君はどこまで知っていたのかな?」

 

 イリヤ達を見送った後、不思議な沈黙が漂う空間でアーチャーが呟いた。

 

「…………とりあえず、イリヤの“弟”だった事くらいかな」

 

「……そうか、君にも礼を言っておこう。君がイリヤを呼んでくれたおかげで“俺”は救われた気がしたよ」

 

「そりゃどうも、俺達もそろそろ帰ろうか」

 

「あぁ、外は矢の雨あられだ。気をつけるんだぞ」

 

「――了解」

 

 荒野が草原に変わっていくのと同時に矢の雨を掻い潜りながら全力で二人して避難する。

 

「ちょっと、二人とも大丈夫! イリヤ達はどうしたのよ!」

 

 クタクタの俺達にルイズ達が駆け寄ってきた。

 

「二人はクラスカードを回収して『自分達の世界』へ帰ったよ……」

 

「アンタはそれでいいわけ?」

 

 ルイズの言葉に肩を竦める。いいも何も俺は元々フクロウの使い魔が欲しかった。

 

「とりあえず、また使い魔召喚の儀式をしないとな」

 

 そう言いながら俺は笑う。

 

 イリヤ達の来訪とクラスカードを巡る戦いは終わったのだから。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。