○月×日◇曜日
今日は正式にトリステインの王宮から魔法学院に対して、タルブ戦についての説明をするように俺を呼び出していると連絡を受けたオスマン学院長を通してコルベール先生から内密に教えて貰った。
タルブ戦が引き起こされてから既に数日経っているが、あの時を境にしてアンリエッタ様は正式にトリステインの女王という立場になってしまったので、様々な相手から祝いの訪問などを受けて、その相手をしていた為に俺と面会して説明を受ける時間が無かったらしい。
それほど重要な案件でさえなければ、あの場所にいらしたマザリーニ枢機卿へクラスカードについて説明して、アンリエッタ様に伝えて貰えれば話が早い。しかし、実際問題、隔絶した力を持つ
トリステインの王宮を訪れる前に最悪の事態だけは避ける為、ルビーだけに今回呼び出しを受けた事を話しておいて、イリヤ達を連れて行かず、単身でトリステインの王宮を訪れた。
コルベール先生から王宮の兵士に見せればいい、と言われて書状を手渡された。王宮を守る門番の兵士へ書状を渡すと確認作業を終えた後、丁寧に城の内部へ案内された。最初の予想通り、応接間に案内された俺はその場で控えていた人物を確認して心底驚いた。
俺を王宮へ呼び出したアンリエッタ様は勿論、その右腕として活躍しているマザリーニ枢機卿、そして実家で領地を治めている筈の父親が俺の事を待っていた。
今回の件を重く考えているのか、これだけの広さを持つ応接間には俺を除いたたった三人だけしかいない。何をしたんだ、と心配と俺を責める感情が入り混じった父親から向けられる視線に視線を泳がせて、タルブ戦で一体何が起きていたのか、その説明をした。説明自体は何度も繰り返ししているのでいいかげんに慣れてきた。
黒化して圧倒的な力を持つ
それは勿論、イリヤと美遊の事だ。本題の内容はイリヤ達を軍の戦力として組み込めるか否か。王宮を訪れる前から予想していた通りの展開に対して、彼女達をこの世界に呼び寄せてしまった者の責任として退いてはならない一線だけは断固として拒否した。クラスカードを巡る激闘に巻き込まれたイリヤ達は戦い慣れしているだろう。それでも元々、小学生だ。人間同士の殺し合いに巻き込む訳には絶対にいかない。
気付いた時には手から大量の手汗が滝のように滲み出ていた。国政を左右する権力者の提案を一介の学生が否定する。喉がカラカラになる重圧を受けてもイリヤ達を戦争に巻き込む事だけは容認出来なかった。ただ幸いだったのが、元々イリヤ達の戦力化にアンリエッタ様が反対だったようなので、それ以上の追及は無かった。
ただし、タルブ戦においてイリヤ達の戦いを目撃した兵士達を宥める為、イリヤ達の身元を明かさない事、クラスカードの回収に必要以上干渉してこない事を条件として、兵士達の間で“黒い悪魔”と呼ばれている黒化した
実際の所、俺の説明を聞いたマザリーニ枢機卿もいずれ自分達の世界へ帰還する予定のイリヤ達を本気で国の戦力として使うつもりは無かったらしい。協力してくれるなら助かる程度に考えていたとか。
俺としてはかなり破格な交渉結果だと思っている。実際、国の頭脳と呼ばれるマザリーニ枢機卿とお互いの利益を貪り合う本気の交渉なんてしたらボコボコにされてしまう。クラスカードがハルケギニア全土で出現する可能性を秘めている事からアンリエッタ様の計らいで王宮を含む国内外の移動と公的機関の使用を許された花押の押された許可証を承った。その後、隣で青い顔を浮かべていた父親と久しぶりに食事する為、王宮を後にした。
食事を終えた後、街の市場を歩いていた時に“とある衣服”を目撃してしまい、必要も無いのに衝動買いした結果、よく判らないテンションでそのまま魔法学院に帰って、喜々としてイリヤ達に見せたら、ドン引きされた後で月に変わってお仕置きされた。その後、冷静になって考えてみるとイリヤ達に水兵服を着せた所で何も面白くない事に気付いた。やはり、慣れない交渉事の帰りだったので、テンションが可笑しくなっていたのだ。そうに違いない。
不要となった水兵服を持っていても仕方ないので、メイドのシエスタにプレゼントして。水兵服を着てアーチャーに迫るといいよ、と言って渡しておいた。一応、動揺するアーチャーが面白かった、とだけ書いておく。
○月×日◇曜日
最近、ルイズの様子が可笑しい。もっと言ってしまえば奇妙、異常な状態だ。俺の睨んでいた通り、ルイズはツンデレだ。たまにアーチャーとのやり取りを見れば、簡単に判る。それでも俺達がいる前では貴族と使い魔の関係を保とうと努力している所がある。しかし、最近のルイズは可笑しいのだ。人前で絶対にデレない筈のルイズが他人の目もお構いなしにアーチャーに対してデレている。デレたルイズは正直、可愛かった。
朝練が終了した後、アーチャーに何があったのか、となんとなく尋ねてみるとアーチャーとついでに何故かギーシュが激しく動揺していた。明らかに何かやらかした事は確定なのだが、関わったら妙な事に巻き込まれると判断した俺は放っておいた。
そういえば最近、キュルケとタバサがまた授業をサボって何処かへ出掛けたみたいだったけど、何をしているんだろうか。“竜の羽衣”でキュルケの宝探しは止めた筈だ。正直、キュルケ達が何をやっているのか、気にならないと言えば嘘になる。
○月×日◇曜日
とうとうと思うべきか、ようやくと言うべきか、判断に迷う場面であるが、ついにオスマン学院長に学院長室を訪れるように呼び出しを受けた。理由は勿論、数日前にただの学生である俺がトリステインの王宮に呼び出しを受けた事についてだ。しかも、許可証を提出して俺が要望すれば授業の欠席を休学として扱うように、と王宮からお達しが届いている。
オスマン学院長は信頼出来るメイジであるが、何処で密偵が目を光らせているか判った、ものではない。俺に対する破格待遇について疑問に思った学院長は王宮に確認すると本人から直接説明をしてもらえ、と言った内容の手紙が届いたとか。
何度も繰り返してきた説明を終えるとオスマン学院長は俺が授業をサボって出掛けた際、右肩を負傷して帰って来た時も今回の件に関わる事だったのか、と尋ねてきたので正直に頷いた。嬉しい事にその時の事も休学扱いにしてくれるらしい。正直、助かった。
○月×日◇曜日
本当に珍しい事であるが、あのアーチャーがお金を貸して欲しいと頼んできた。アーチャーの性格からして踏み倒したりするような心配は無いので構わないのだが、アーチャーが必要とする金額を聞いた時、思い切り噴き出してしまった。別に用意出来ない額とは言わないが最近はイリヤ達の衣服や身の周りを整えたり、杖を新調したりと出費が激しい。
アーチャーに求められた額も事情を聞かずに貸すことの出来る金額を大きく越えている。説明を求める意図に気付いたアーチャーは全てを話さなかった代わりに何が起きているのか、それぐらいの事を教えてくれた。要約して見れば“香水”のモンモランシーが作り出した惚れ薬をルイズが誤って飲んでしまい、結果としてアーチャーにデレデレのルイズが出来上がったとか。
大前提として惚れ薬の製作は違法である。豚箱に放り込まれて、臭い飯を食べるモンモランシーを少しだけイメージした後、溜息を吐いてお金を貸してあげた。
最近気付いた――――いや、今まで目を逸らしてきた事であるが、ギーシュにはモンモランシーという彼女が、アーチャーには様々な女性陣が、それに比べて俺は……。
最近はイリヤ達に見付かってしまうかも、と気にして書いていたけどもう知らない。氏ね、リア充は全員死んでしまえ。最近は猫かぶりの真剣モードの性格が地になってきたので、たまには生き抜きするか、と久しぶりに酒を浴びるように呑んだ。朝になって起きた時は椅子の上で寝ていたらしく、身体と頭が激しく痛かった。
○月×日◇曜日
ラグドリアン湖――――トリステインとガリアの国境沿いに広がっているハルケギニアでも有名な湖である。他にも“水の精霊”が住んでいる湖とされていて、貴族の間でも美しく神秘的な場所として、神聖視されている。
何故、こんな豆知識を日記へ書いているかと言うとハルケギニアにその名を轟かせるラドグリアン湖を訪れているからだ。どうしてこのような場所にいるのか、自分でも正直飲み込めていない。本来なら魔法学院で普通に授業を受けている筈だった。しかし、アーチャーから惚れ薬の件で相談があると呼び出されていたので、周囲の視線に気をつけながらルイズの部屋を訪れると部屋の主であるルイズとアーチャーは勿論、ギーシュと今回の件で犯人のモンモランシーが待ち構えていた。
用件はルイズを治療する為にラドグリアン湖へ付いてきて欲しいとの事だった。俺がついていく必要性を見出せなかったので、断ったらギーシュがモンモランシーにバレない位置で頭を下げて、後から教えてくれた。
一言で言ってしまえば、モンモランシーは関わり合いの無い俺が信用出来ないらしい。自分達のいない間に告げ口されたら困るので一緒に連れて行くと言い出したとか。正直、モンモランシーの言動にカチンと来たが、ギーシュの顔を立てる為に旅へ同行する事にした。
まあ、ルイズ達と違って、モンモランシー個人とは交流なんてした事が無い。お互いの性格や人柄を知らないので、モンモランシーが警戒するのも無理は無い。
一応、ラグドリアン湖に住む“水の精霊”と謁見出来た事だけでもこの旅に同行した価値はあった。初めて見る“水の精霊”は美しさと神秘さを兼ね備えている不思議な印象を持つ存在だった。少し見聞が広がった。
“水の精霊”から頼まれた願いを叶える為に戦った襲撃者の正体が学院を休んでいたキュルケとタバサだった時には驚いた。アーチャーが俺とギーシュの二人で捕らえてみろ、と言ったので、あれだけ朝練を積んだのにギーシュと二人で襲撃者を捕まえようとした時、良くて互角、いや、襲撃者たるキュルケ達の押され気味だったのはちょっとショックだった。
○月×日◇曜日
アンドバリの指輪――――水系統に属する伝説のマジックアイテム。なんとその効力は死者に仮初めの命を与えると言い伝えられている驚くべき代物だ。“水の精霊”はキュルケ達と遭遇して、事情説明による和解の功績を認めてくれたようで、ルイズを治療する為に必要な“水の精霊の涙”を分けてくれる代わりに何者かの手で奪われた“水の精霊”の宝物を取り返して欲しい、と頼んできた。
その宝物こそがアンドバリの指輪である。“水の精霊”と指輪を取り返す約束をしてラグドリア湖を後にしようとしたその時、“水の精霊”が思い付いた様子でイリヤ達を呼び止めて、嫌な気配がするからこれもついでに持っていけ、と言ってアサシンの絵が描かれたクラスカードを渡してきた。
なんでも突然、ラグドリア湖の中に現れたクラスカードは汚い魔力を水中に撒き散らす為、“水の精霊”の手で隔離して、確保していたらしい。
棚から牡丹餅的な幸運であるのだが、正直納得いかない。もっとこう、覚醒した
ルビー曰く、散らばったクラスカードは封印された状態だからこそ、その魔力を感知する事が困難であり、クラスカードの封印が解けて黒化した
◇アンリエッタ・ド・トリステインの記憶◇
トリステイン魔法学院から正式に呼び出した彼のお話はとても衝撃的なモノでした。このハルケギニアとは全く異なる文化と法則が存在する地球と言う異世界の事。春の使い魔召喚の儀式によって、ハルケギニアへ召喚されてしまった二人の少女。召喚された際の事故として、ハルケギニアへばら撒かれてしまったクラスカードと呼ばれる異世界のマジックアイテム。呼び出した彼は手馴れた様子で私達へ説明をしてくれました。
それとは別にマザリーニが提案した“本題”について話が上がった時、彼は険しい表情を浮かべました。マザリーニが提案した“本題”とはつまり二人の少女をトリステインの戦力として使えるかどうか。その問いかけに対してm彼は何の躊躇も無く、首を横に振って、マザリーニの提案を拒絶しました。
異世界とは言え、学生として暮らしていた彼女達を自分の使い魔として呼び寄せた事に責任を持ち、事故が起きたばら撒かれたクラスカードは絶対に回収する。ですが、同時に保護するべき平民である彼女達を戦場に送り込む事はありえない。
そう言い切って、マザリーニの交渉を跳ね除けていた彼の手が汗に濡れている事に私は気付いていました。彼の緊張は最もな話です。未熟である私に代わって、マザリーニはトリステインの国政を行なっている重要人物です。その重要人物の提案を跳ね除ける。言ってしまえば、ただの学生である彼がそれだけの英断を下すのにどれだけの覚悟が必要だったのか、考えても私では思いつきません。
実際、虚偽報告をさせない為に、と保険で呼んでおいた彼の父親はマザリーニの提案を跳ね除ける彼の姿を見て、表情を青くしていました。マザリーニ曰く、彼の家系はメイジとしての実力は高いものの領主としてはそれなりの技量しかなく、交渉事は苦手だとか。
それでも貴族の誇りを、民を守ると心に決めていた彼の姿にマザリーニが折れて、最低限の協力だけ取り付けていました。
“民を慈しむ貴族の誇りは確かに受け継がれている”。彼が応接間を去った後、地面へ頭を擦り付けそうなほど頭を下げる彼の父親に対して、マザリーニが嬉しそうに言っていました。私と同じ若い世代に正しき貴族の誇りが受け継がれている事を知れて嬉しい。お世辞でもなんでもなく、純粋に嗤うマザリーニを目撃したのは久しぶりの事でした。
「ふう……」
未だにお飾りの女王とは言え、仕事は大変です。今日の仕事を終え、部屋で一息ついた私が思い浮かべるのはクラスカードについて説明に来た彼の事。彼は友人を売る事を嫌って、意図的に情報を隠していたようですが、春の使い魔召喚の儀式で地球なる異世界からハルケギニアを訪れたのが、彼の召喚した二人の少女だけでは無い事を私は知っています。
私の親友であるルイズ。そしてルイズが呼び出した異世界からの来訪者であるアーチャーさん。そしてルイズとアーチャーさんが契約した事で出現した伝説のルーン“ガンダールヴ”。“ガンダールヴ”は虚無に関係する伝説の使い魔です。つまりそれは、ルイズ同様に異世界から人間を呼び出した彼もまた――――。
そこまで考えた所で部屋の扉がノックされました。
「ラ・ポルト? それとも枢機卿かしら? こんな夜中にどうしたの?」
しかし、返事は返ってきません。その代わりにもう耳にする事は無いと思っていた人の声が聞こえてきました。
「ぼくだ」
「嘘よ、なんで貴方が……」
「……」
とまどう私に扉の向こうにいる“誰か”は少し考えるような沈黙をすると再び口を開きます。
「……風吹くよるに」
「水の誓いをっ!」
無防備である事は自覚しています。それでも二人だけの合言葉に我慢できず、扉を開いてしまいました。
そこに立っていたのは確かにウェールズさまでした。
「っ!」
ですが、ウェールズさまの身体は健全なものではありませんでした。左肩から先が存在しない隻腕。国を落とされたウェールズさまが殺されずに私の目の前に立っている。それだけでも奇跡と呼べるのにウェールズさまの姿を見て私の心は痛みました。
「本当はこんな姿で君と会うつもりはなかったんだけどね。アーチャー君だったかな、彼にはお礼を言っておいて欲しい。こんな姿になっても生きていられたのか彼のおかげさ」
私の動揺が伝わってしまったのか、ウェールズさまは曖昧な困った表情を浮かべながら微笑んでいます。
「“死んで守る貴族の誇りと受け継いでいかなければならないアルビオンの誇り、どちらが大切なのか”。恥ずかしながらアーチャー君に指摘されるまで残された中立の貴族や民の事を忘れていてね。自分が簡単に死ねない事に気付いたら道は一つしかなかったんだ」
「…………」
ウェールズさまが何を考えているか、なんとなくですが分かりました。
「ぼくはぼくの国――いや、ぼくの所為で滅んでしまった国を取り戻す。ぼくは君を利用する為にここに来た」
「っ!」
分かっていても目の前で告げられると心が痛かった。ウェールズさまの目的は分かっている。捕虜として捕らえているタルブ戦でのアルビオン軍。
「彼らと会わせてほしい、ぼくは敗北者で君には逆立ちしたって釣り合わないどん底の人間だ」
自分で自分を否定するその言葉を聞きたくなかった。でもウェールズさまの瞳には自虐的なものを感じなかった。
「――――だから、ぼくは這い上がる。失いかけて気付いた本当の気持ちを、ごまかし続けた君への気持ちを、君と対等な状態で、誰にも文句が出ないくらいの力と地位を手に入れて」
むしろ、昔では見る事の出来なかった獰猛なそれでいてずっと先を見ている力強い瞳だった。
「だから待っていてくれないか、ぼくは君を利用する。そしてぼくは――――君を手に入れる」
「はい、いつまでも待っています」
力強いウェールズさまの宣言に気付かない内に頷いていた。