ふと目を覚ましたら枕元に狐(みたいだけど変な模様が入ったやつ)がいた。
「おめでとうございます! 貴女様は栄えある役職に選出されました!」
前日の仕事は締切前で修羅場だったため、帰宅したのは午前0時を回ってから。
ご飯を食べる気力はなかったけれど、せめて女として…いや人として風呂に入って化粧を落としてからでなければ眠れない、と最後の気力を振り絞って風呂に入ってようやくベッドに入った時間は覚えていないが、多分午前1時は回っていただろう。ちなみに海外とやり取りすることの多い私は基本的に早朝出勤しているので、毎日朝5時起き。単純計算しても4時間しか眠れない。おかしい。
徐に時計を見れば、現在午前2時。丑三つ時。
そんなわけですこぶる寝不足で疲れ果てていた私は、嬉々として語る狐の言葉を寝ぼけ半分で聞いていた。
「…というわけで貴女様には審神者として、世界を救って頂きます!」
夢だと思った。
私はこんな馬鹿げた夢を見るほどに疲れているのだと思い、がっかりした。
だって夢の内容が『救世主になる』なんて、どこの中学二年生の将来の夢だよって感じでしょ。
だから私は夢の中の狐に、こう云った。
「サニワでもハニワでもいいから、とりあえず今は寝かせて」
すると一度キョトンと目を瞬いた狐は――そう、思いのほか表情豊かなのだ、この狐――、ややあって心得たように頷いた。
「承知いたしました。では今は休息を。仔細は後ほど―――…」
そこで私の意識は睡魔に飲み込まれ、プツリと途切れた。
ああ、私ってば疲れすぎ。
そういえば今の職場に入って三年経つけど、有給なんてまともに取ったことなかった。
いい機会だから、どどんと二週間くらい有給取って南の島にでも行こうかしら。
そうだ、今流行りの『何にもしないをする』をやりに行こう。
日がな一日ビーチで寝て、ビール飲んで、本読んで、たまに海に出て、そうして夜はホテルでマッサージでもして寝る。
最高じゃないか。
大きな仕事は昨日で終わったんだし、早速明日出勤したら有給届を出そう。
行き先とホテルと飛行機を手配して、帰りにはあっちで読む本を買いに行こう。
今まで頑張ってきたんだから、これくらいの贅沢は許してもらえるよね?
ゆっくりするなんて久しぶりだし、楽しみ楽しみ。
―――なんて思っていたのは、一分前までの私。
「………。」
「おはようございます!」
ふと目を覚ましたら枕元に狐がいた。
デジャヴ。
思わず手を伸ばして狐の頭を鷲掴んでしまった私を責める人などこの場にはいなかった。っていうかいたら殴る。
「ここどこ」
「おおおおおお落ち着いてくださいませ主さまあああああああ!?!?」
この際狐がしゃべるっているという非常識はどうでもいい。
従って、この狐が私にアイアンクローをかまされて顔面蒼白になっているという事実も気になどしない。顔面っていうか毛だけど。
学生時代はバスケ部で一応ゴリゴリの体育会系だった私は、社会人となった今でも趣味でバスケをやってるしそこそこ身体も鍛えている。そんなことはどうでもいいが、つまりこの小さな狐にアイアンクローをかけるくらいなんともないわけで。
「二度は云わない」
ほんの少し前まで、休暇についてのほほんと考えながら幸せな眠りを貪っていた私は、目を覚まして突き付けられた不可解で理不尽な現実をすんなりと受け入れられるほど懐深くはなく。
「答えなさい」
…のちに狐――改めこんのすけが遠い目で呟いた。
「この方に逆らってはいけないと本能が叫びました」
そう遠くない未来、未確認生物にすら畏怖を抱かせた事実を聴かされるとは思いもしない私に、こんのすけは告げたのだ。
「貴女様は当本丸の主さま、審神者となられたのです! 今日からここが貴女様の居場所であり、ここに生きるのが貴女様の義務でございます!」
昨夜ご承諾されたじゃありませんかー、と半泣きになったこんのすけの頭から手を放す。というか力が抜けて、べしゃりという音とともにこんのすけが落ちた。
ふぎゃ、と可哀そうな声がしたけれど、多分私のほうがその何十倍も可哀そうなはずなので気にも留めない。
そして、ふと思い出す。
夢だと思った出来事。
寝ぼけ半分で答えた言葉。
ここ数年目立つようになったニュースの、歴史修正主義者に対する措置。
どういう理屈だか知らないが審神者としての能力があると判断されると送り込まれる使者がいて、一応拒否権も与えられるはずで。
けれど私は、話を早く終わらせて欲しいがために承諾してしまって。
つまり。
「…有給は?」
「ご、ございません!」
「南の島は?」
「ございません~!」
「…帰りたい」
「そっ、それは困ります!」
半分魂が抜けている私に、こんのすけは今がどれだけ大変な状況なのかと切々と訴えてきた。
ただでさえ厄介だった歴史修正主義者に加え検非違使という第三勢力が出現し、世界は混乱の中にあり、私にはそれを解決できる能力があるらしい。
私は体育会系だけど、脳筋ではない自負がある。文武両道を目指してそれなりに勉強も頑張ったし、小説を読むのも好きだ。ジャンルは多岐に渡り、サスペンスやラブロマンス、もちろんファンタジーなんかもよく読んだ。
最近はラノベにも手を伸ばしていて、その中にこんな感じの入り方の話があったなぁとぼんやり思い出す。
異世界からの使者に導かれて、特殊な能力に目覚めて世界を救う、なんていうハッピーエンドなファンタジー。
まんま今の私じゃん。
小説と違うのは、小説の中の主人公はそのとんでも状況をあっさり受け入れて楽しんでいたが、私には到底受け入れられるようなものではなかったということ。
それから、小説は確実にハッピーエンドが待っていたけれど、私の場合はそうとは限らないということ。
え、絶望ってこういうこと?
しんどい。
私が黙っているのを真摯に受け止めているのだと勘違いしている様子のこんのすけは、ひとしきり説明を終えると、そのもっふもふの手――前足?――を差し出して高らかに云った。
「主さまの手で、世界を救いましょう!」
キラキラと、溌溂と。
狐なのにやっぱり表情が豊かだなぁ、と考えるのはおそらく現実逃避で、まるで小説の中のような出来事が現実だとやっと受け入れたのは、翌朝三度こんのすけに起こされた時だった。まずいな私、気絶癖ついてるよ。
そういうわけで、わたくし、審神者始めました。
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多分ギャグです。
かるーくゆるーくのんびりやります。
連載ではなく、ゆるゆるとシリーズで。